『魔界街』登場人物紹介
安倍なつみ:私立ハロー女子高3年B組。
MAHO堂で修行する魔女見習い。
矢口と仲が良い。
ハロー製薬部長の父を持つ恵まれた家庭に育つ。
矢口真里:私立ハロー女子高3年B組。
MAHO堂で修行する魔女見習い。
安倍と仲が良い。
辻希美:市立朝娘中学3年。MAHO堂で修行する魔女見習い。
家が貧乏で、同じ長屋に住む飯田圭織を慕う。
加護、紺野と仲良し。
加護亜依:市立朝娘中学3年。MAHO堂で修行する魔女見習い。
小料理屋を営む母親と二人暮し。
辻、紺野と仲良し。
紺野あさみ:市立朝娘中学3年。MAHO堂で修行する魔女見習い。
どんな死の病に感染しても死なない特異体質の少女。
物心がついた頃から、ハロー製薬の実験体にされ続けたが、
辻達に救出されて、MAHO堂に住み込む。
失っていた15年の歳月を取り戻すかのように、ひたむきに今を生きる。
最近、クラスメイトの浜口優と仲が良い。
ハンサム軍団:辻達のクラスメイト。矢部、加藤、武田、有野、浜口の5人組。
矢部は加護と感じが良さげ。武田は小川と交際。浜口は紺野と急接近。
飯田圭織:朝娘市警察の特殊刑事(デカ)。別名、魔人ハンター。
隔世遺伝によって鬼の能力を持って生まれた、小川家の呪われた長姉。
小川家に捨てられ、チビッコハウスで育てられる。自信の出自を知ったのは最近の事。
小川麻琴の実の姉である事が分かり、一人悩む。
吉澤ひとみ:私立ハロー女子高3年B組。
魔界街での影響なのか?男に変わった元女。
ただし満月の夜は女に体に戻る。
右手をテレポートさせる事が出来る。
魔人ハンター見習い。家庭は極普通。
石川梨華:私立ハロー女子高3年B組。
吉澤を慕う天然ハッピーな女子高生。
平家みちよの能力を受け継ぎ、高校生ながら『スナック梨華』のママ。
夜中に外出しても怒られる事の無い複雑な家庭環境に身を置く。
藤本美貴:私立ハロー女子高3年B組。高慢チキな生徒会長。
ハロー製薬専務の一人娘。吉澤を慕う。
魔人KEIに心臓を盗まれた事によって特殊能力を身に着ける。
平家みちよ:『スナックみちよ』を経営するサイコメトラー。
普段は17時から0時まで営業するスナックママ。
だが真の家業は午前3時から開業する情報屋。
人造舎総帥の北野に殺され、能力を石川に捧げた。
中澤祐子:MAHO堂を経営する、齢200歳の魔女。
辻達に辛く当たるも、実は可愛くてしょうがない。
石黒彩:石黒音楽事務所社長。中澤の元弟子の魔女。
ぁゃゃと高橋愛の2人のアイドルを抱える敏腕社長。
松浦亜弥:私立ハロー女子高2年A組に通う魔界街出身のスーパーアイドル。
通称ぁゃゃ。周囲からはチヤホヤされるが、実は孤独感を抱えている。
魔女としての実力は師匠の石黒をも超える潜在能力を持つ。
高橋愛:市立朝娘中学3年。辻達の同級生。
新人アイドル。石黒を師事に仰ぐ魔女見習い。小悪魔的な存在である。
何事にも一生懸命な紺野あさ美の事が気になってしょうがない。
後藤真希:朝娘市警察の巡査。魔人ハンターを志す。
魔人ハンター『銃人』デューク次元に師事を仰ぐ。
北野:犯罪組織『人造舎』主催。盲目の白髪鬼。 小川直也に殺される。
新垣里沙:犯罪組織『人造舎』の連絡係。
6期生:市立朝娘中学1年。犯罪組織『人造舎』に所属する六鬼聖と呼ばれる3人組。
小川神社の巫女。趣味は新垣イジメ。小川直也を崇拝している。
小川龍拳:小川神社当主。家族思いの小川麻琴の良き理解者。
長兄直也に殺害され、当主の証である『元鬼魂』を奪われる。
小川麻琴:市立朝娘中学3年。小川姓発祥の寺、小川神社の末妹。巫女さん。
鬼拳小川流拳法の使い手。
飯田圭織を実の姉としらず、飯田のアパートに今は居候している。
小川直也:小川神社の長兄。全国に散らばる小川一門を手中に治めるべく
小川家当主、小川龍拳と対立そして殺害。現小川家当主。
人造舎総帥 北野を殺し人造舎を乗っ取る。現総帥。
人造舎所属の魔人達を意のままに操る。
-----『魔界街』あらすじ-----
人口が推定30万人弱の小都市がある。
市名は朝娘市(あさめし)。
関東の中心より北東にある、某県の県庁所在地のある市より東方に有る
この朝娘市は世界でもっとも有名な街の一つだ。
別名『魔界街』…
日本に有りながら日本の法律が適用できないこの小都市は日本国から…
いや、世界の理(ことわり)から隔世していた。
朝娘市は隣接する市町村…
いや日本とは『奇異な地割れ』によって隔離されている。
その地割れは一辺が20キロメートル程の六角形の形を形成していて
朝娘市を囲むように出来ていた。
地割れの幅は50メートル〜100メートル…
深さは…測定不能…一説には魔界に繋がっているとの噂だ。
そして、隔世のこの街と外界を繋ぐのは一本の橋だけ…
幅50メートルもあるこの橋は最高の強度を誇る最新の技術が使われている。
橋の下側に伸びている十数本の直径数メートルの極太のパイプは、
電気 水道管は勿論、あらゆる生活の為の光回線が伸びており、
日本と魔界街を繋ぐインフラの要となっている。
魔界街への流入は基本的には自由、簡単なチェックがあるだけだ。
しかし、出る時には自由は無い。
橋の外側で待ち構える日本側の自衛隊による厳重なチェックが必要だった。
理由はいくつか有るが、おもだった理由は一つ。
魔界街から持ち出される、生物植物が有害と認定されているからだ。
魔界街の中ではなんの害も起さない その動植物は市外に出たとたん、
人間に対して牙を剥く、凶悪な悪魔に変質するのだ。
---------------------------------------------
そんな朝娘市に転校してきた安倍なつみは、転校初日から
魔女見習いの矢口真理と友達になり、魔界街を創り出した
齢200歳を超える老魔女の中澤裕子の元で、加護亜衣、辻希美と共に
MAHO堂という店を手伝いながら魔女になる為の修行を励むことになる。
ハロー製薬に囚われていた紺野あさ美は人体実験のモルモットだった。
偶然に出会った辻希美と友達になる事を切に願い、
中澤の手助けで自由の身になり、辻たちと一緒にMAHO堂に住み込み
魔女見習いの仲間になる。
---------------------------------------------
安倍と矢口のクラスメイトの石川梨華と吉澤ひとみは中学からの同級生。
石川の求愛に辟易しながらも満更でもない吉澤は、特異体質の元女だ。
石川も知らない裏の顔を持つ吉澤は朝娘市警察の特殊刑事、
魔人ハンターこと飯田香織に『見えざる右手』で狂人を殺した所を
目撃された事で魔人ハンターの助手をやらされる羽目になった。
平家みちよというサイコメトラーの情報屋の協力を得て、
自分の正義の為に警察活動をする吉澤は
魔界街の裏の顔というべき秘密結社『人造舎』が起した事件で、
ハロー製薬専務の一人娘、石川と同様に吉澤に想いを寄せる
同級生の藤本美貴が死の淵に立ったことに愕然とする。
盗まれた藤本の心臓と取り返すべく立ち上がった吉澤は
飯田のサポートで見事 犯人の魔人KEIこと保田圭を殺し、
心臓を取り戻した。
---------------------------------------------
辻達の中学に転校生がやってきた。
スーパーアイドルぁゃゃの妹分、新人アイドルの高橋愛だ。
愛らしさと反比例するように高橋は捻くれた性格の持ち主。
中澤裕子の弟子だった石黒芸能事務所の石黒彩社長を師事する
高橋も辻達同様、魔女見習い。
しかし、紺野あさ美の ひたむきさに触れ、ほだされる様に
徐々に性格も変わっていく。
---------------------------------------------
人造舎総帥に殺された平家の能力を受け継いだ平家の弟子の石川は、
吉澤と より緊密になる事を望み飯田と吉澤の手伝いをする事を望む。
そして平家の店をも受け継ぐ決心のもと、『スナック梨華』を開店。
心臓を取り戻した事によって特殊能力を得た藤本美貴も
石川と反発しあいながらも、飯田達の警察活動に協力する決心をする。
----------------------------------------------
平家の葬儀の為に小川神社を訪れた飯田一行は
小川麻琴と出会い、親交を深めるも、小川家長兄の小川直也の
謀反によって事態は一変する。
当主小川龍拳を殺害、そして人造舎総帥をも葬り去った直也は
自分の野心に狂った鬼その物に変質してしまった。
小川家の事件によって自分の出自を知った飯田香織は、
麻琴が自分の実の妹と知り、愕然とし悩み苦しむ。
----------------------------------------------
失った15年を取り戻すように一生懸命に青春を謳歌する
紺野あさ美は、クラスメイトの浜口優と少しづつ距離を縮める。
修学旅行で不良に絡まれた紺野を身を呈して庇った浜口との距離は
急接近し、友達以上恋人未満の関係に。
----------------------------------------------
魔女見習いとして、今一つ抜け出せない
安倍と矢口に一人の少女が近付いた。
石黒事務所のスーパーアイドルぁゃゃこと松浦亜弥だ。
自身が魔女でもある松浦は、安倍と矢口を引き連れて、
今では魔人の巣窟になっている小川神社に向かう。
魔人達の襲撃に会い、パニックになった
安倍と矢口は初めて飛ぶ事に成功する。
こうなる事を計算してたかのようにケラケラ笑う松浦の笑顔は
素直な少女の微笑みを初めて安倍と矢口に見せた。
----------------------------------------------
小川神社から松浦を狙った銃の達人は
特殊刑事、魔人ハンター『銃人』ことデューク次元だ。
ミイラ取りがミイラになった事に気付いた
次元の弟子の後藤真希は単身小川神社に潜入するのだった。
----------------------------------------------
前回より
松浦に誘われるままに小川神社に到着した安倍と矢口は、
襲い来る魔人達にパニックになる。
そして…
「ほ、本当の魔人?」
「な、なんだそりゃ?」
松浦の殺人技を目の当たりにして、
ドキドキドキドキ 心拍数が跳ね上がる安倍と矢口。
「あら、言ってなかったっけ?この神社には30人近い魔人が棲んでいるわよ。
どういう理由で集まったかは、私は知らないけど、師匠(石黒)が言ってたわ。
…さて…どうする?先輩達」
と、ニヤニヤ笑いの松浦が、2人に顔を向けた。
「ど、どうするって?どどどどどどうするべさ!?」
「さささ30人って!どどどどどどうすんだよ!?」
顔面蒼白になった安倍と矢口が顔を見合す。
「逃げる準備をしたほうがいいんじゃないの?」
言いながら松浦は純銀製のホウキに跨る。
「来たぞ…」
初めてマネージャーの真也が口を開いた、
と同時に階段を猛ダッシュで駆け下りて逃げ出した。
「ゎゎゎゎゎわわわわわわ!マネージャーが逃げたべさ!!」
「あのマネージャー、何しに着いて来たんだよ!
ボディガードじゃなかったのかよ!!」
慌てて安倍と矢口もホウキに跨る。
まだ何も見えてないが、安倍と矢口にも分かった。
嫌な感じの気が、こちら目掛けて向かってくる。
そして、ドスドスと階段を駆け下りてくる複数の足音も聞こえてきた。
飯田の名前を統一した方がいいと思うが
「じゃあ、お先にぃ」
銀ボウキに乗った松浦が、手を振りながら上空に上っていく…
「と、飛んだべさ…」
「バカ!おいら達も飛ばなきゃ、殺されるよ!」
ガチガチと震えながらもホウキに念を集中…集中…
……集中…‥出来ない…
…出来ない‥
‥出来‥
…集中‥出来る訳がない!!…
パニックになる2人の目に、物凄い形相の魔人曙太郎の巨漢を筆頭に、
10人程の明らかに人とは思えない連中が走り下りて来るのが見えて、
安倍と矢口の何かがキレた。
「ぅわぁぁぁぁあああああああああああ!!」
「ぎゃぁぁぁぁあああああああああああ!!」
いきなりボンッと飛んだ。
縦横にクルクルと回転しながら、地上から一気に飛び上がり、
気付いた時には、上空50メートル程の高さでフワフワ浮いていたのだ。
「ウフフ、やったじゃん」
呆然とホウキに跨る安倍と矢口の間に、スーッと割り込んだのは、
銀ボウキを横座りに、ニコニコと笑う松浦亜弥だ。
「しししししし死ぬかと思ったべさ…」
ハァハァと荒い息をする安倍が安堵感から力が抜ける、
と、ヒューッと真っ直ぐに落下し、慌ててバタバタと手足を動かし、
なんとか持ち直して、また上ってきた。
「ハハハ、慣れるまでは、気を抜いちゃダメですよ。安倍先輩」
屈託無くケラケラと笑う松浦の顔を見た矢口は、
本当の松浦亜弥の顔を見た気がした。
「…マジで死ぬかと思ったよ」
安堵の声をポツリと漏らす矢口。
「ね、必要でしょ?必殺技」
矢口に向かって、松浦がニーッと白い歯を見せた。
「……かもな…」
矢口は複雑な表情で、そう答えた…
突然 バーンと音が聞こえた。
と、同時に松浦の銀ボウキが尻尾のように何かを叩き落とす。
「うん?自動防御が働いた…」
そう言って、両手の指を丸めて望遠鏡のようにして音の出る方向、
つまり、魔人達が集まっている下方を見た松浦が、
「ヤバいよ。もっと高く飛んで」
と、2人を促し、訳が分からない安倍と矢口を、もっと上空に導く。
雲を見つけ、そのの中に隠れる3人。
その間中、パンパンと断続的に音がして、その度に松浦の銀ボウキが
尻尾のように動き、キンキンと音を立てて何かを弾いていた。
「どうしたんだよ?」
矢口が聞いた。
「あの魔人連中の中に、銃の達人が居て、私に狙いを定めていたの」
ちょっと心外な顔の松浦。
「ええッ!!」
驚く矢口と安倍。
「大丈夫、雲の中なら撃ってはこないわ」
銃で松浦を狙ったのは、朝娘市警察の人間だ。
松浦はその男を知っている。
以前、朝娘市で開催されたコンサートの身辺警護を朝娘市警察に頼んだ時、
「それならば優秀な刑事と付けます」
と、何故か乗り気の署長命令で派遣されてきた刑事の
風変わりな格好が印象に残り、その時 顔と名前を憶えた。
男は 上から下まで黒ずくめで帽子を深く被って目を隠し
顎鬚を生やした、デューク次元と名乗る男だった。
その後、自慢気な署長(ぁゃゃヲタが発覚)が語ったデューク次元の正体。
その男は朝娘市警察署でも3人しか居ない『魔人ハンター』の一人、
『銃人』の異名を持つ銃器の達人だったのだ。
その銃人が、どういう訳か、松浦にマグナムを向けた。
小川神社側の魔人となって…
「でも、これで、ハッキリしたわ。小川神社が魔界街の敵だという事が…」
腕を組んで唇を尖らせる松浦は、何故か不満そうだった。
暫らく雲の中に隠れて様子を伺っていた3人は、
安全を確認してから、コッソリと雲の中から抜け出した。
「なっち、せっかくだから このまま練習しようぜ」
飛んだ事が未だに信じられない矢口は、今の感覚を忘れないようにと、
安倍に練習する事を提案した。
「うん」
同じ気持ちの安倍も同意する。
「じゃあ、付き合ってあげる」
スーッと2人の前に出る松浦。
「仕事とか大丈夫なのか?」
マネージャーでもないのに矢口は仕事の心配をする。
「フフフ、使い魔を燃やしたお詫びって所かな」
「…あっ」
顔を見合わせた安倍と矢口は、松浦に燃やされた使い魔の事を思い出して、
フツフツと怒りが込み上げて来た。
「私を捕まえる事が出来たら、使い魔をもどしてアゲル♪」
「ほ、本当か!?」
ニーッとイタズラな笑みを漏らす松浦。
「逃げろー!」
「あっ、逃げた!」
「ま、待つべさ!」
ピューッと加速する、松浦の銀ボウキと、それを追いかける安倍と矢口。
必死に追いかける2人に対し、余裕の松浦はスルスルと2人の間をかいくぐる。
キャハハハと、からかう様に笑う松浦は嬉しかった。
イジワルしようとして、近付いた筈が、すっかりアドバイスする立場になっている。
一緒に行動するにつれて、何故か仲間意識が芽生えた。
松浦亜弥もまた、寂しいアイドルだったのだ…
――― 28話 師弟対決 ―――
小川神社に結界が張ってある事は、以前調査したことで知っていた。
ここは小川神社が有る小川山から流れる霊水が源流となる
山との境にある朝娘川の辺(ほとり)だ。
師匠は「俺一人で十分だ」と、潜入して2日が経った。
「戻らなかったら、死んだと思え」とも言った。
何日待てばよいのか聞けば良かったと後悔したが、
これ以上、待つ事は限界だ。
精神的におかしくなってしまう。
そして今、山の中腹辺りから聞こえた銃声は
師匠の愛銃コルトバイソン357マグナムだ。
耐生物防弾機能の付いた黒皮製の上下のスーツに身を包んだ
後藤真希は、スーツのジッパーを首まで閉じて、
超軽量のフルフェイスヘルメットを被り、
肩から提げた多段式ガンフォルダーをスーツに
密着するようホックを掛けて、おもむろに脇道とも言えない
獣道(ケモノミチ)に分け入った。
魔人ハンター『銃人』ことデューク次元 救出の為に。
魔人ハンターに成るべく『銃人』に師事を仰いだ後藤は、
次元が出題した、試験と称した体の良い断りに、
天才的な銃の腕を見せ付けて、有無を言わさず弟子になったのだ。
ここ2ヶ月の修行で五感は研ぎ澄まされ、後ろにも目があると
後藤自身もが錯覚するほどの精神の集中力は、
結界を越した事で、襲い来る筈の元『人造舎』所属の魔人達の
動向が手に取るように解かり、後藤を探す魔人達から百メートル程の距離を取って、
隠れるように音を立てず、真っ直ぐに銃声がした方向に向かわせる。
なんとか銃も使わずに銃声がした山の中腹、
つまり、小川神社に続く石階段が見える所まで来た。
スルスルと杉の木に登り、フルフェイスヘルメットに備え付けてある
小型双眼鏡のスイッチを入れる。
愕然とするしかなかった。
数名の魔人達の中心にいて、何事かを談笑するのは
デューク次元その人だったからだ。
操られている。
後藤の直感がそう語っていた。
生物捕獲用のワイヤー銃を多段式フォルダーから取り出し、
素早くサイレンサーを取り付け、両手で構えて狙いをつけた。
距離は約100メートル、銃から伸びている光学式のレーダー配線は
後藤のヘルメットと繋がっており、そのまま小型双眼鏡のスコープになっている。
躊躇せずに引き鉄を引く。
プシュンと小さな音を立てて放たれた直径1ミリのワイヤーロープは
正確に次元に絡み付き、超高速の電動式巻き取り機能は
瞬時に次元の体を森の中に引き寄せた。
ワイヤーによってグルグル巻きにされた次元は、
それでも自分の銃を離してはいなかった。
音もなく木から飛び降りて、次元の前に立つ後藤。
「…オマエ、何しに来た?」
深く被った帽子の奥の目は異様な光を放っている。
「やはり、なんらかの術を掛けられているね」
時間が無い。
後藤は次元の後頭部にグリップの柄の部分を当てようと手を上げた。
その時、
「待てよ、勝負しねえか?」
焦る後藤の気持ちを見透かしたように次元が声を出した。
次元を気絶させて運ぶとしても、森の斜面と追ってくる魔人達との接触は不可避、
現状では明らかに不利なのは此方だ。
「勝負?」
「ああ、オマエはその装備のままでいい。
俺は、この銃一丁だ。弾は六発しか入っていない。
バトルエリアは結界が張られている、この山中。
それに、他の連中には手は出させない」
「勝敗は?」
「オマエは俺を助けに来たんだろう?
だったら、結界から俺を出せば、俺はオマエに従う。
それ以外の決着は、どちらかの死しかない」
「……」
自分の周りに次々と押し寄せる魔人達の気配。
「受けるしかないぜ」
「分かった」
ドンッ!と銃声がして後藤が仰け反る。
ワイヤーに巻かれながらも次元の握った銃は
正確に後藤の心臓に鉛の弾をぶち込んだ。
「ハハハ、勝負は始まってるぜ!」
ワイヤー銃を離した後藤からワイヤー銃を手繰り寄せて、
捕縛の鉄線を解いた次元は、もう一発同じ箇所にマグナムを撃った。
「グァ!!」
防弾性のスーツを着てても、衝撃は相当な物だ。
アバラは折れた。
後藤は転がるように、森の中に逃げ隠れた。
作戦は最所から幾つか考えてある。
その作戦のうちの一つを後藤は選んだ。
万が一、次元が相手の術に嵌って洗脳され操られている場合。
小川山には朝娘川へと続く川が流れている。
滝つぼに誘い込み、捕縛もしくは銃を握れないほどの重症を与え、
そのまま川に流れて小川山から脱出する作戦だ。
後藤は真っ直ぐに川に向かって走り出した。
次元の言う事が本当ならば、魔人は襲っては来ない筈だ。
そして事実、他の魔人達は傍観を決めたの如く、
何の反応も示さなかった。
追って来るのは『銃人』次元ただ一人。
だが、後藤の背中が見えているのにもかかわらず、
次元は愛銃コルトバイソン357マグナムを撃ってはこなかった。
ドドドドドッと、滝の音が聞こえてきた。
水量はさほど多くはないが、落差20メートルはある滝は
白い水しぶきを上げて、周りは靄が蔭っている。
後藤は振り向きざまデザートイーグル44マグナムを抜いた。
振り向いたと同時に、またしても撃たれた。
さっきと同じ、心臓の部分だ。
次元の正確な銃の腕前は、寸分たがわず同じ場所を貫く。
そして、もう一発。
確実に同じ箇所。
次元の弾数はあと二発。
だが、あと一発で確実に防弾スーツは貫かれ、心臓を打ち抜かれる。
後藤はうつ伏せに倒れ、デザートイーグルの銃口を次元に向けた。
距離は30メートル、次元は繁る杉林から抜け、悠然と歩いてくる。
ドゥン!ドゥン!ドゥン!
続けざまに三発撃った。
次元は陽炎のように揺れて、全ての弾を避け、不適に笑った。
「さっきは不意を突かれてワイヤー銃を受けたが、
銃口が見えれば、避ける事は簡単。
俺が、防弾スーツを着ない理由よ」
「マトリックスかよ!」
更に近付く次元に対して、後藤は背中を向けて立ち上がり、
素早く弾を詰め替える。
「バカめ、背中を向けても同じ事…」
「コレは避けられないよ!」
2人は同時に言うと、同時に引き金を引いた。
次元は川の向こう側に そり立つ岩に向かって。
後藤は次元に背中を向けたまま、後ろ手で。
結果は二人とも血を噴き出して、その場に倒れた。
次元の弾は岩に当たり跳ね返った弾が
後藤の弱くなったスーツの心臓部分を貫き心臓を潰した。
後藤の弾は自分で自作した特製の散弾だ。
50個程の微細の鉛の弾は、マグナムの威力を借りて、
次元の体全体に数えられない穴を開けたのだ。
ググッと立ち上がったのは後藤真希だ。
ヘルメットを脱ぎ捨て、血を吐きながらも、次元に向かって歩いた後藤は、
グッタリする師匠を抱えて、滝つぼに飛び込んだ。
死ぬであろう2人は、魔人達に死体を晒す事を拒んだ。
次元は一発の弾が残ったマグナムを手放さず、
後藤は師匠を救出する当初の目的を達成するために…
誰にも知られず、ひっそりと逝く朝娘市警察署特殊課の師弟…
以後、2人の亡骸は見付かる事はなかったのだ…
お久しぶりです。ハナゲです。続きは夜にでもうpします。多分。では。
ハナゲ待ってたよハナゲ
>>3 × 中澤祐子
○ 中澤裕子
次回から修正よろ
――― 29話 花の絨毯 ―――
一番大切と思える人が突然自分の目の前から消えてしまった時、
貴方ならどうしますか?
昨日まで楽しく会話してた、大切な人が理由も無く居なくなったら、
貴方ならどうしますか?
教えてください。
お願いです。
優君…
教えてください。
七月下旬の黄色い花の絨毯と、その花を下から支える
青々とした草葉が繁る朝娘川の堤防で、
一人花畑に埋もれるように寝そべる紺野あさ美は、
雲行きが怪しくなってきた灰色の空を呆けたように眺めていた。
一昨日から、誰一人とも会話をしていない。
一昨日から、水さえも飲んでいない。
一昨日から、涙も流していない。
ポツリと一滴(ひとしずく)の雨が紺野の鼻先に落ちて、はじけた。
まだ十五歳の若い肌は、ポツポツと降り始めた雨の雫を綺麗にはじく。
十五年しか生きていない。
まだ、たった十五年しか生きていない。
人生の楽しさ、切なさや幸せ、苦しみや痛み、そして出会い…
何一つ、満足に味わってはいない。
彼の人生は、これからだった。
そして、紺野の人生もこれからだった。
朧気(おぼろげ)ながらも夢想していた、気恥ずかしくも切ない、
2人で生きていく淡い未来像は果敢なく崩れ去った。
浜口優は一昨日…
死んだ…
---------------------------------------------------------
修学旅行から帰って来て以降、週の半分は一緒に下校するようになっていた。
最初は冷やかしていたハンサム軍団も、今では見守るように応援している。
勿論、まっすぐ帰る訳ではない。
浜口の自転車の後ろに乗って遠出をする日もある。
朝娘駅跡地に出来た噴水公園に寄ったり、商店街でラーメンを啜ったり、
取り止めも無く、くだらない長話しをダラダラと喋ったり、
時には、何時の間にかデキあがっていた(本人達は否定)矢部と加護と
ダブルデートらしき事をしたり、ハンサム軍団と辻班でゲームセンターで遊んだり、
他校の生徒との喧嘩を必死になって止めたり、
浜口と些細な事で喧嘩らしき事をしてしてしまって…一人で帰ったり…
少し前までの自分では、考えられないくらい幸せな十五歳の青春を謳歌していた。
4月に転校してきて、まだ3ヶ月しか経っていないし、
浜口とお喋りするようになったのは5月以降だ…
ハロー製薬という名の、籠の中に閉じ込められていた小鳥は、
今 飛び立ったばかりなのだ。
MAHO堂の二階の自室から、窓の外に映る月夜をボンヤリと眺め、
本当に浜口の事を好きなのかと自問してみる。
ふと思った。
そう言えば、浜口から告白はされていないし、
「好きだ」とも言われてもいない。
いつも一緒に帰っているのに、ちゃんと付き合ってるのかも疑問だ。
今でも時折 眩しそうに紺野を見る浜口は、微妙な雰囲気になると顔をそらし、
慌てたように話題を探し、焦ったように話しはじめる。
「ばか…」
溜め息を付きつつ、窓の外に流れる雲を眺める紺野は
それでも微笑んでいた。
そして、翌日も普段通り一緒に帰る。
辻と加護に手を振って、校門を出ると自転車通学の浜口が
自転車の後ろの荷台をペンペンと叩く。
いつもなら徒歩の紺野に合わせて自転車を押して歩く浜口だが、
今日は何処かに行きたいらしい。
「またラーメンでも食べに行くの?」
「ハハハ、ちゃうがな」
自転車に揺られて30分、着いた所は朝娘川だった。
魔震によって外界と隔離された朝娘市には、外から流れ込む川は勿論無い。
霊山『小川山』から流れる無数の小さな水の流れは、
山を下りたところから一つに繋がり、幅が20メートル程の川になり、
そのまま魔界街を囲む西側の地割れに吸い込まれていく。
段差になっているコンクリートの堤防の下は、
なだらかな斜面に足首まで生えた6月下旬の青草が生い茂り、
子供達が歓声を上げてダンボールのソリで滑り遊んでいる。
「…そう言えば、川を見たのは生まれて初めてかも」
「マジかいな?」
転校以前の紺野の秘密を知らない浜口は、少し驚いた。
「え?ぁ‥う、うん」
曖昧に返事をする紺野。
クラスの皆には、両親が死んで市外から親戚の居るMAHO堂に
転校してきたと言う事になっているし、浜口にも そう話していた。
両親が死んだという事に気を使って、クラスの皆も浜口も、
市外での過去の生活の事を聞かないようにしている。
そんな雰囲気が息苦しく、紺野は申し訳ない気持ちになる。
「ハハ、そりゃええわ。下りようぜ」
コンクリートの階段を下りて、草むらに座った。
「ほら、紺野も座りや」
そう言って、浜口は白いハンカチを敷いた。
「うん。ありがと」
空は抜けるように青い。
上空で雲雀(ひばり)が鳴いている。
「ほい」
「うん」
途中で買った缶ジュースを渡されて、紺野は頬に当てて火照った顔を冷やした。
夕刻近くとは言え、6月下旬の日差しは、紺野の白い肌には少々刺激が強かったようだ。
「あっ」
紺野が何かに気付いたような小さな声を上げた。
「なんや?」
「水辺は魔が寄り付くって、裕子お婆さんが言ってたけど大丈夫なの?」
紺野が少し心配そうにソリ遊びをする子供達を見た。
「大丈夫や。この川は霊山から流れてる水や。
魔界街でも数少ない安全地帯の一つになってるんやで」
「ふうん」
ちょっぴり感心する紺野。
「どや、見てみぃ。辺り一面、緑色の絨毯やで」
浜口が促すように周りを見回す。
「うん。凄いね」
そう言って、手をかざして辺りを見た紺野は、
自分の周りの青草の先端が小さく膨らんでいる事に気付いた。
「蕾(つぼみ)や」
浜口が一本の茎をポキンと折って、ピラピラと揺らしてみせる。
「へぇ、花を咲かせるの?」
紺野は自分の横に生えている蕾をそっと撫でた。
「ああ、今は足首ぐらいの背丈のこの草も7月の終わり頃には
膝ぐらいまで伸びてな、その頃には この辺一帯が花の絨毯やでぇ」
浜口は自慢げに答える。
「なんて名前の花なの?」
当たり前のように聞いてみた。
「うっ…す、すまん。そ、それは知らへん」
ちょっぴり固まる浜口。
「え?知らないの?」
今さっきの自慢は何だったのか、と、紺野。
「知るかいな。でもな、俺は小さい頃、矢部達と毎日ここに来て遊んでたんや。
ちょうど、あの子供達みたいにダンボールのソリ作ったりサッカーしたりしてな」
別に悪びれるでもなく開き直った浜口は、
ワァワァと歓声を上げている子供達を懐かしそうな眼差しで見た。
「でな、毎日、少しづつやけど、この草が伸びてくるのが分かるんよ。
あと何日で花が咲くってな。
まぁ、そんな事を思ってたのは軍団の中では俺だけかもしらへんけどな」
最後の言葉は少し自嘲気味だった。
「なんで?」
「格好悪いやんけ。男の俺が花の種類や咲く時期を気にするなんて」
ポリポリと鼻の頭を掻く浜口は、恥ずかしそうに答えた。
スウッと紺野の目の前をタンポポの綿帽子が風に運ばれ通り抜ける…
「アハハ、じゃあ、花の色を教えて?」
川面はキラキラと光を反射する…
「それは、見てのお楽しみや」
風は草の絨毯を、なだらかに揺らす…
「…うん」
空は透き通るように澄んでいた…
「あ、あのなぁ…紺野…」
「…な、なに?」
「お、俺なぁ…」
「…うん」
「す…好っきやねん…」
先程からドキドキドキドキ小さく鳴っていた紺野の胸の鼓動は、
「好き」の一言で、浜口に聞かれてしまうかもしれないと思うほど
大きく高鳴り、チリチリと胸の奥が熱くなり頭が白くなりかけた。
「…ぇ?」
出た声は自分でも情けないほど小さな物だ。
しかし、それに輪を掛けて情けない浜口。
「あ…い、いや、ほら…こ、紺野の事ちゃうでぇ。
お、お、俺は、ほれ、ここここの場所が好きと…言ったんねん」
「え?」
「あ、いや、こ、紺野の事が嫌い言うてるんちゃう。
ど、どっちかと言えば、す、好きな…ほうやで…
て、言うか…あ、あのなぁ紺野」
正面切って紺野に向き直った浜口は正座していた。
その顔は真っ赤になって、涙目になり、とても情けない。
紺野も慌てて向き直り、浜口の次の言葉を待った。
だが、紺野に見据えられ、何かを口に出そうとする浜口は
金魚のように口をパクパクとさせるばかりだ。
そんな状況に、いたたまれなくなった紺野は、
何かを言いかけた浜口が、ギュッと握り締めている小さな花の蕾を取り上げた。
「ダ、ダメじゃない。花の蕾を折ったりしちゃ」
ピンと浜口の顔に蕾を投げつけて、スクッと立ち上がった紺野は、
斜面を駆け下り、靴を脱いで川の辺に足を入れた。
「アハハ、冷たーい。気持ちいいよ、優君!」
正座の姿勢のまま、呆然と見詰める浜口に向かって手を振る紺野は、
「おいでよ!」
と浜口に手招きする。
「お、おう。おっしゃ!」
浜口も立ち上がり斜面を駆け下りたが、
途中で足がもつれて、ゴロゴロと転がり落ちた。
「あたた…」
尻餅を付いた浜口が見上げると、腰に手を当てた紺野の
小馬鹿にしたような悪戯(いたずら)な笑い。
「バ〜カ」
ペロッと舌を出してイーッとした紺野はケラケラと笑った。
「ハ、ハハ…バカ?」
「そうよ。バカ」
「ハハ…俺が?」
「うん」
「ハハハ」
「アハハハ」
「ハハハハハハ」
2人が笑い合う河原には、斜めになった太陽が色を朱に変え、
辺りの景色も その色に染まっていった。
「うん?」
「なんや?」
さっきの子供達が騒がしい。
見ると、一人の子供を置いて、皆が逃げるように帰って行くところだった。
「ケンカでもしたんかい?」
「行ってみましょう」
浜口の指摘した通り、ケンカで仲間外れになった子供は、メソメソと泣きながら立ち尽くしていた。
「どないしたん?泥だらけになって」
浜口が子供の頭を撫でる。
「大勢で一人を苛めるなんて」
紺野は服の汚れを落としてやる。
「オマエ、何年生や?」
「二年…」
指を二本立てる小学二年生。
「名前は?」
「…マサル」
ヒックヒックとしゃくり上げながら答える、もう一人のマサル。
顔を見合わせた紺野と浜口。
「マサル君?」
紺野は含み笑いで、
「マサルかい…」
浜口はガックリと項垂れる。
「しゃあない、家まで送ってくわ」
「一緒に帰りましょう」
ヒクヒクッと喉を鳴らしながらも、マサルはコクンと頷いた。
マサルを真ん中にして紺野が右手を、浜口が左手を取って
夕日の沈む土手道を歩く。
「なんや親子みたいやな」
ハハハと浜口が考えも無しに笑う。
「……」
紺野は黙っていた。
ドキリとしたからだ。
紺野も同じ事を思った。
子供を真ん中にして手を繋いで歩く。
何故か切なくて、涙が出そうになった。
「ハハハ、マサルよ、若いオカンが出来て良かったな」
そこまで言って、浜口の顔が引きつるように固まった。
自分の言った言葉の意味に気付いて顔が真っ赤になる。
「…ばか」
同じく赤くなった紺野が項垂れながらポツリと呟いた。
マサル少年にケンカの理由を聞いたが、彼は首を振って頑なに答えなかった。
子供には子供達なりの世界が有るのだろう、
紺野と浜口も それ以上深く聞く事はなく、少年を自宅に送った。
小学2年生から見たら大人の紺野と浜口に優しくされたのが余程嬉しかったのか、
泣いていた少年には笑顔が戻り、バイバーイと手を振って自宅の玄関に消えた。
「ハハ…なんだかなぁ」
ポリポリと頭を掻く浜口は、同じ名前のマサル少年に
自分の少年時代を重ねたのか、なんとも言えない微妙な顔をした。
「よかったじゃん」
ポンと浜口の肩に手を置いた紺野の人差し指は、振り向いた浜口の頬をプニッと挿した。
「キャハハハ」
「…紺野ぉ、オマエなぁ」
紺野の態度が変わっていた。
こんなイタズラをする少女ではなかった。
このような無邪気な笑顔を見せる少女ではなかった。
浜口の中の何かがプチンと切れた。
「…こ、紺野」
浜口の口調が変わった。
震える声は乾ききっている。
カクカクと震えながら、浜口が近付き…
震える手で紺野を抱きしめた。
紺野は逃げるでもなく、黙って抱かれた。
「好き‥やねん。俺、オマエの事が好きやねん」
震える声の浜口の顔を紺野の手の平が覆い、
抱きつく浜口を引き剥がした。
「…自転車」
「はぁ?」
「自転車、忘れてきたでしょ」
「あっ!」
ニーッと歯を見せた紺野は、浜口に背を向けて、来た道を駆け出した。
30メートルほど端ってピタリと止まった紺野は、クルリと浜口に向き直り、
「取りに行かないの?」
と両手を口に、大きな声で浜口を促す。
「付き合ってあげる!」
キャハハハと笑いながら、また駆け出した紺野。
付き合う…?
自転車を取りに行くのを付き合うのか…
それとも…
「待ちぃや!」
「競争だよ!」
夕日は赤く…
本当に赤く…
2人は包み込まれるように、朱色に溶けた…
------------------------------------------------------
一人になったらどうすればいいの?
教えて、優君…
心の中で浜口に問いかけても、答えが返ってくる筈もなく、
答えの代わりに、思い出だけが昨日の事のように次々と甦る。
ただ、思い出すたびに血の気が失せ、気持ちが悪くなり…
それでも、思い出を塞ぐ事は出来ない…
降り出した雨は強くなり、黄色い花が咲き乱れる堤防の真ん中で、
仰向けに倒れる紺野あさ美を、容赦なく濡らした。
涙が出ているのかも解からず、絶望感が全身の筋肉を弛緩させる。
何度も胃が痙攣を起こし、その都度、何も食べていない紺野の胃液は吐き出される。
もう、立つ気力さえ失せていた…
--------------------------------------------------------
「なんや、アイツ等、ごっつう仲良う なっとるやん」
「何かあったな、確実に」
「何かって何やん?」
「…セックスに決まってるだろ」
矢部、加藤、有野、武田は昨日とは全然違う、浜口と紺野の緊密ぶりを
半分嬉しく、半分うらやましく、複雑な心境で見守っている。
紺野は浜口に対してだけ、口調が違っている。
いつもの「デスマス調」は影を潜め、いたずらっ子のように大らかだ。
休み時間に浜口の背中をバンバン叩いてケラケラ笑う、
紺野自体が昨日の紺野と同じ人物かと思えるほどの違いようだ。
「あさ美ちゃん、昨日なんかあったんか?」
「ぐっちょんに対する態度が、明らかに違うのです」
昼休み時間に弁当を広げる加護と辻は、弁当の玉子焼きをパクつく紺野に、
訳知り顔のイヤらしい含み笑いで聞いてくる。
「な、なにもありませんよ」
トボけた振りをしても、自然に笑みがこぼれる紺野。
「なんか腹立つなぁ」
「あいぼんは嫉妬してるのです」
「ちゃうわ!」
加護と辻の突っ込みあいにもキョトンと、すまし顔の紺野。
「やったんやろ?」
「なにをです?」
「…コレや」
加護は周りに隠すように右手でグーを作り、親指だけ
人差し指と中指の間から出して、ピコピコと動かす。
加護の表情からはヘッヘッヘと下卑た笑いが聞こえてくるようだ。
その意味を知らない紺野と辻がポカーンとするのを見た加護は、
自分がえらく下種な人間に思えて、顔を真っ赤にして縮こまった。
「…でも、ちょっと不安があります」
「なんや?」
「優君は私の過去を知りません」
加護と辻はハッとして、顔を見合わせた。
「話していいのかどうか…」
「なぁ、好きなんか?」
ふざけて聞いた さっきとは違う、本当の友達の口調。
「…うん」
紺野は頬を染めながらコクンと頷く。
「なら、話せばええやん」
「でも…」
「アイツは、そんな事であさ美ちゃんを嫌いにはならん」
恋愛話は不得手な辻が、腕組みをしながら偉そうに頷く。
「のの達は、最後まで あさ美ちゃんの味方なのです」
そう言いながら、意味も知らずにグッと突き出した手は、
さっき加護が出したチョメチョメサインだった。
2人に勇気付けられた紺野だが、本当の事を知ったら、
嫌われるかもしれないという不安から、中々言い出せず、
それでも時間は過ぎていき…
過ぎる日々の数だけ、不安は膨らむ…
「紺野と初めて仲良く話したのはココやったなぁ」
深呼吸をするように両手を上げて背を伸ばす浜口。
放課後、紺野に誘われるままに来た場所は、
グライダー事件を起こした、第二グランド建設予定地だ。
あの出来事以降も、何一つ手付かずの予定地は、
2人に新鮮な記憶を甦らせる。
「で、なんやねん?」
ココに来た理由を聞こうと、横目でチラリと紺野を見る。
「…どないした?」
チョコンと膝を抱えて座る紺野は、少しうつむき加減で
自分の横の草地の地面をパンパンと叩く。
促されるままに紺野の横に座る浜口は再度聞いた。
「どした?」
「……」
「…じゃあ、しゃべるまで待ってるわ」
「…」
静かな時間が、2人を包む…
浜口はボンヤリと眼前に広がる景色を見ていた。
「…あのね」
ポツリと出る紺野の声は、力が無い。
「なんや」
寂しそうな声に不安を覚えるが、浜口は遠くを見詰めたまま静かに聞いた。
「…私、転校してきたでしょ」
「ああ、確か北海道って言ってたな」
「…違うの」
「へ?」
「…聞いてくれる?」
「…聞いてる」
「うん、あのね…」
ポツリポツリと出る、紺野の秘密…
両親の顔を知らない事…
物心つく前にハロー製薬に売られた事…
病気では絶対死なない体質の事…
治験実験のモルモットだった事…
話していくうちに不安で不安で堪らなくなり、ポロポロポロポロ涙が出てきた。
今まで嘘を付いてきた事で嫌われる不安。
自分の、人とは違う体質を嫌われる不安。
変なウィルスを持っているんではないかと疑われ嫌われる不安。
「…こ、こんな女の子、嫌でしょ?」
鼻をすすりながら自嘲気味にヘヘヘと笑いながら聞いてみた。
景色を眺めながら、そっと紺野の手を握った浜口。
その力はギュッと強くなる。
「この手は離さへん」
「…ぇ?」
「俺はこの手を絶対離さへん」
「…」
真っ直ぐ前を見たままの浜口は、言葉を切るように、噛み締めるように、言葉を繋いだ。
「嫌いになる訳ないやんけ」
「なんで俺がオマエを嫌いにならな、ならんねん」
黒目がちな小さな瞳は、紺野を見ない。
「好きやねん」
「むっちゃ好きやねん」
「オマエの事を思うだけで、胸が張り裂けそうになるほど好きやねん」
見れない理由は、次の言葉が語っていた。
「だからなぁ…」
「不安なのは俺の方や」
「オマエに嫌われたらとどないしよって、不安になるのは俺の方なんや」
紺野の顔を見ないで喋り続けた浜口が横を向くと、
目を閉じて唇を震わせる紺野の顔が近付いてきた…
「そ、そうや」
照れたように、鞄から取り出したMDディスクレコーダー。
景色を見ながら二人並んで座る第二グランド予定地。
浜口の肩にチョコンと頭を預ける紺野の耳に一つのイヤホン。
もう一つのイヤホンを自分の耳につけた浜口がプレイボタンを押す。
流れてきたのはスピッツのロビンソンだった。
新しい季節は なぜかせつない日々で
河原の道を自転車で 走る君を追いかけた
思い出のレコードと 大げさなエピソードを
疲れた肩にぶらさげて しかめつら まぶしそうに
同じセリフ 同じ時 思わず口にするような
ありふれたこの魔法で つくり上げたよ
誰も触われない 二人だけの国 君の手を離さぬように
大きな力で 空に浮かべたら ルララ 宇宙の風に乗る
まるで今の自分達を歌っているような歌詞とメロディ…
「この歌、好きやねん」
「私も…」
2人のシルエットは今日 再び重なり合った…
---------------------------------------------------------
思い出の中の浜口は、紺野にありったけの笑顔で白い歯を見せる。
全てを知って、全てを包み込むように…
「ひぃ……」
心が引き裂かれ、頭が割れそうになった。
悲鳴とも嗚咽とも分からない声を漏らしながら、
雨に濡れる花畑を泥だらけになりながら、胸を掻き毟り、転げまわる紺野あさ美。
--私のせいだ!全部私のせいだ!あんな所で魔法なんか使ったせいだ!--
駄々っ子のように手足をバタつかせても、時間は戻らない。
思い出は、楽しければ楽しいほど、切なければ切ないほど、苦しみになるだけだった。
----------------------------------------------------------
「中澤さん!お願いがあるんです」
バタバタと階段を上がって、中澤の部屋に飛び込んできた紺野は、
椅子に座ってうたた寝をしている中澤を揺り起こした。
「なんじゃ?鬱陶しいのぅ」
「魔法を教えてください。花を咲かせる魔法を!」
「ふん。この頃、店の手伝いも ろくにせんと何言っとんじゃ」
にべも無く拒否する中澤。
「教えてくれたら、もっと修行に励むから。お願いします」
深々と頭を下げる紺野は、中澤が教えると言うまで頭を下げ続けるつもりだ。
結局、いつも根負けするのは中澤の方だ。
「仕方ないのぅ」
やれやれと溜め息を付きつつ、紺野が「ハイ、これ」と言って差し出した
まだ膨らみかけていない小さな花の蕾を受け取る。
「裏庭に行くぞえ」
杖をついてヨロヨロと腰を上げる中澤は、近頃めっきり老け込んできた。
老け込むと言っても、200歳の老婆のシワクチャな顔は変わりないが…
中澤を支えるように手を貸して裏庭に連れ出す紺野は、
中澤がこのまま死ぬんじゃないかと少しハラハラした。
魔女見習い達を魔女に育て上げ、その魔力を吸収して
若さを取り戻そうとした、当初の計画を完全に諦めた中澤は、
目的を失い、老いるだけの身に成り果てていたのだ。
魔方陣が中央に描かれた芝の庭で、紺野から受け取った花の蕾を
魔方陣に無造作に投げ入れた中澤は、水を入れた如雨露(じょうろ)を
紺野に持ってこさせて、種に水をまくように蕾に如雨露の水をかけた。
「これで良しっと」
言いながら中澤は、ベンチに腰を下ろした。
「へ?それだけですか?」
「うむ、後は杖で蕾をチョンチョンと叩くだけじゃ。紺野よ、やってみんしゃい」
「私、杖どころか、ホウキさえ持ってませんけど…」
「おぉ、そうじゃったかのぅ」
中澤のボケも相当進行しているらしい。
中澤は式神の木偶を呼び寄せると、中庭の隅に生えている高さ5メートル程の
白樺の木を切らせて、倒木させた。
「オマエに杖をプレゼントしようかのぅ」
「は、はい。でも木を切り倒す事までしなくても…」
「一本の木で、一つの杖を作るのは鉄則じゃ。
この白樺の木はまだ若い。オマエと共に成長させなさい」
「どうやって杖を作るんです?」
「オマエが削るんじゃよ」
「えっ!じゃあ花の魔法は?」
「杖が出来上がってからじゃな」
「え〜〜!!」
紺野は、切り倒された白樺の木を呆然と眺めた。
白樺の木は堅い。
午後から始めた作業は夜の10時を過ぎるまで続いた。
肉刺(まめ)だらけになった手で、サンドペーパーで最後の仕上げを終えた紺野は
フラフラになりながらも2階の中澤の部屋に入って、仕上がり具合を見てもらう。
結果は上々、中澤は最後の仕上げにと自分の樫の杖を取り出し、
若い白樺の杖と重ねた。
「紺野よ、この2本の杖を両手で抱き、一つになるように念じるんじゃ」
「はい」
中澤は部屋の中央に6本のロウソクを六角形になるように立てて、
その中央に紺野を立たせた。
「これから、契約を交わす」
そう言いながら、紺野の前に立ち水晶球を高く掲げた中澤は、
師弟契約の呪文を唱え始めた。
ゾクゾクとする感覚は、何かを引き抜かれ、何かを得る感覚。
紺野は少し不安に駆られるが、花の魔法の為だと自分に言い聞かせた。
花の魔法が使えますように、花の魔法が使えますように、花の魔法が使えますように、
花の魔法が使えますように、花の魔法が使えますように、花の魔法が使えますように、
花の魔法が使えますように、花の魔法が使えますように、………
どの位念じたのだろう。
気付けば、中澤が2本の杖を抱く紺野から、自分の杖を抜き取るところだった。
「…中澤さん…私…」
ハッと我に返る紺野。
「ふん、どうじゃ?」
「どうって、言われても…」
自分の両手を見詰める紺野には、何も変わってないように感じる。
「ワシの方は、寿命がいくらか長くなって感謝しとるがのぅ」
「え?どう言う事です」
「ふふふ…」
中澤の杖は、契約した弟子の杖から紺野の若さを貰い、
紺野の杖は、師匠の中澤から魔力を貰った。
直弟子になった紺野の若さは、ボケが入り始めた老い先短い老魔女に
以前の老獪と狡猾さを取り戻させた。
「オマエは辻達と同じ魔女見習いと言っても、ワシと正式な契約を交わした。
魔女になるまで、以前のようにワシの命令を逆らう事はできんぞ」
「へ?どういう事です?」
「じゃから、正式な契約を…」
「交わしてませんよ」
「なにぃ!?」
「だって、正式な弟子になるなんて聞いてないですよ。
中澤さんが勝手に杖を持たせたんです」
「…オ、オマエ、ワシが呪文を唱えてる最中、何を思っとった?」
「エヘヘ、花の呪文が使えますように、って…」
「なにぃ!…杖が一つになるように念じてたんじゃないのか…?」
「…はい」
「……」
物分りの良い紺野とは思えぬ答えに唖然とする中澤。
確かに、契約呪文を唱える前に詳細な説明をしなかったし、
紺野の同意も得ていない気がする。
って言うか、ボケが入っていた中澤は、呪文を唱える前の事を良く憶えていなかった。
ここ2週間ぐらい前の事も良く憶えていない。
つまり、中澤は老衰で本当に死にそうだったのだ。
「…こ、こんな事も有るんじゃな」
200歳を越える中澤も こんな経験は初めてだった。
正式な契約を交わしていないのだから、契約は無効、
だが、若さと魔力を引き換えたのも事実。
ただし、契約違反には瞬時に、それ相応の魔的災いが降りかかる筈。
しかし、それが無い。
まったくと言って無い。
魔法契約法の隙間をついた、不完全な契約は結果的に双方にメリットになった。
「でも、中澤さん。私の若さを吸い取ったって…」
まだ、年老いたくない紺野は不安を隠せない。
「心配するでない。ワシの弟子だった石黒を憶えているじゃろう。
あ奴は、ああ見えても80歳を越えてるババァじゃ。
ほんの少し、10年ばかしオマエの寿命を貰っただけじゃ」
「じゅ、10年…」
長いような短いような、複雑な心境に複雑な顔の紺野。
「それより、花の呪文って何の事じゃ?」
「はぁ?」
本当にボケてたんだと、唖然とする紺野は、一から説明する羽目になった。
-------------------------------------------------------
「裕子婆ちゃん!あさ美ちゃんが火葬場からいなくなったのです!」
「どこにおるかも分からへん!」
紺野の居場所を中澤に探してもらおうと、
ドタドタと階段を駆け上がってきた辻と加護は
中澤の部屋に入るなり血相を変えて悲痛な訴えを叫んだ。
「…あ奴は自分のせいだと勘違いしておる。
契約違反の災いが降りかかったと自分を責めておる」
憂いの眼差しで水晶球を見る中沢は、辻と加護に見るように促す。
「…ぁぁ!!!」
言葉も無く愕然とする辻と加護。
水晶球に映る紺野は、何処かの花畑で泥まみれになりながら
狂ったように泣き叫び、頭を掻き毟りながら懊悩を繰り返していた。
その姿を目の当たりにし、2人は止めどなく涙が溢れ出て、
辻はその場にペタリと座り込んで顔を覆って泣きじゃくり始めた。
「このままじゃ、あさ美ちゃんが死んでまう!お婆ちゃん、場所は何処やねん!」
ギリギリと歯噛みするように水晶球を凝視していた加護の体はブルブルと震えている。
「死にはせん。ワシの式神が紺野を監視しておる」
「いいから言えや!」
中澤から場所を聞き出した加護は、
泣きじゃくる辻を無理矢理立たせ、朝娘川の花畑に向かった。
「あ奴等が行っても、何の慰めにもならん…」
中澤のシワクチャな目尻に一筋の涙。
「…じゃが、露ほどでも慰められればマシか…」
冷静を装う中澤も、何かに縋りたい気持ちに苛まれていたのだ。
-------------------------------------------------------
「優君、早く早く!」
浜口の自転車の後ろに乗る紺野は、
浜口の頭を白い杖でペンペン叩いて急き立てる。
目的地は勿論、朝娘川のお花畑だ。
「まだ、花は咲いてないやろ」
「いいから、いいから」
今日のために一生懸命練習した。
花の魔法は、ほぼ完璧にマスターしたつもりだ。
浜口を驚かせてやろうとする、オチャメなイタズラ心は、
ビックリする浜口の顔を思い描いて、ニコニコと自然に顔がほころぶ。
堤防に着いた2人の眼前に広がるのは、まだ青いままの草の絨毯だ。
「なぁ、言った通りやろ」
それでも花の蕾は9割ほど膨らんでおり、あと一押しで開花しそうだ。
紺野の花の魔法は、その一押しをする文字通りの『開花のお手伝いさん』。
「来て…」
浜口の手を取り、川辺に駆け出す。
「おい、そんなに引っ張るなって…わぁ!」
「アハハ…キャッ!」
もつれて転んだ2人は、重なり合うように一回転して、
紺野に浜口が乗りかかる格好になった。
「…こ、紺野」
ゴクリと喉を鳴らして顔を近づける浜口。
その浜口の顔を手でふさいだ紺野は、
「ダ〜メ」と言いながら、体勢を入れ替えて立ち上がり、
「花が咲いたらキスしていいよ」
と、仰向けに倒れている浜口に、
腰に手を当てながら見下ろす体勢でニコッと笑う。
「…白か」
「うん?何の事?」
「見えてる」
「あっ!」
柔らかい風にそよぐセーラーのスカートは、
その中にある物を、仰向けになっている浜口に見せ付けていた。
ちょっと膨れっ面の紺野は、それでも浜口と一緒に
川の辺(ほとり)に立ち、白樺の杖を空に向かって掲げた。
「何をするつもりや?」
「しーっ、ちょっと黙ってて、集中しなきゃいけないんだから」
「…はい」
目を閉じて、暫らくの間 精神集中していた紺野は
静かに、ゆっくりと天に向けて掲げた白樺の杖を回し始めた。
「風よ…」
ビューッと紺野を中心に風が回り始める。
「水を運んで…」
杖を川に向けると、紺野の周りを回っていた風は、川の水を吸い込むように巻き上げた。
「す、すっげー!」
浜口が感嘆の声を上げる。
「ここからよ!」
少し余裕が出来た紺野は、ニコリと浜口に微笑みかけた。
だが…
しかし…
花畑を雨のように濡らす筈の、吸い込みの風は、水と共に違う物も吸い上げた。
ザウッと音を立てて巻き上げられた物は、人の形をしていた。
黒ずくめの人の形をした物体の右手には拳銃が握られている。
魔人ハンターの異名を持つ、人の形をした物体は、
死してなおも、本能に従い、紺野の魔力に向かって引き金を引く。
残った、たった一発のマグナムの弾を…
魔人ハンター最後の仕事として…
「危ない!!!」
紺野に向かって放たれた、銃人の弾丸は、紺野を庇うように
押し倒した浜口の胸の中心に風穴を開けた。
ゾンビのように川面に揺らめき立つ魔人ハンターを
皮のスーツを着た死人が後ろから抱きつき、川に引きずり込んだ。
何者なのかは、解からないし、解かりたくもない。
瞬間的に起きた悪夢のような出来事は、一瞬にして終わったのだ。
倒れた浜口の開襟シャツは見る間に血に染まっていく。
「わぁぁぁああああ!!」
穴の開いた箇所を塞ごうと手を当てるが、ドクンドクンと心臓に合わせて
滲み出る鮮血を止める事は出来ない。
「…何かを詰めて…血を止めてくれ」
心臓は動いている。
弾丸は心臓をかすめただけだった。
浜口は薄れる意識の中で、血を止める事を優先した。
「ま、ま、ま、待ってて…」
言われた通りに浜口の開襟シャツを破り、
1cm程の穴に破いたシャツを詰めて血を止めた。
強く詰めすぎたせいか、浜口は咽るようにゲフッと血を吐く。
「ひっ…」
「…ハハ、すまん」
吐いた血が、紺野の顔にかかった。
「それから、救急車を呼んでくれ…」
死ぬ訳にはいかない。
こんな訳の分からない事で死ぬ訳にはいかないのだ。
堤防一面に広がる黄色い花の絨毯を、紺野と2人で歩かなければいけないのだ。
ガクガクと震える足は、なかなか上手く走る事が出来ない。
それでも必死になって堤防を駆け上がる。
誰かに頼むしかない。
紺野は携帯を持っていないのだ。
誰もいない…
周りには人の影さえ見当たらない…
キョロキョロと周りを見回しながら、それでも堤防の道を駆け出した。
自転車に2人乗りのカップルを見つけた。
紺野達同様、堤防デートを楽しむ高校生カップルだ。
だが そのカップルは、浜口の血で血だらけになり、何事かを叫びながら
走ってくる紺野に驚いて、引き返すように逃げた。
ハァハァと膝に手を置き、荒い息をを吐く紺野…
「…助けて」
「…誰か、助けて」
「誰か、助けて!!」
叫んでも空しく響くだけ…
ハッと気付く。
来た道を必死に戻った。
色の変わった浜口の顔…
紺野は失禁し、その場で失神した…
その日から二日が経過した。
紺野は一言も喋らず、何も口に入れなかった。
泣く事もしない紺野は、火葬場の煙突から立ち上る煙を見上げ、
そっと、火葬場を離れた。
堤防の花畑は、辺り一面黄色い花を咲かせ、まさに花の絨毯になっていた。
フラフラと花畑に入った紺野は、崩れるように花に埋もれた。
見上げる空は、火葬場の煙突から上る煙と同じ色だった。
ポツリと雨が落ちる…
降り出した雨は、紺野を責めるかのように激しくなり、
容赦なく黒い腕章を付けたセーラー服に降り注いだ。
「あさ美ちゃん!!」
走り寄ってきた加護と辻に抱きしめられて、初めて紺野は泣きじゃくった。
一番大切と思える人が突然自分の目の前から消えてしまった時、
優君ならどうしますか?
昨日まで楽しく会話してた、大切な人が理由も無く居なくなったら、
優君ならどうしますか?
教えてください。
お願いです。
優君…
教えてください…
のっけから鬱な展開で申し訳ない。
映画のセカチュー見て、影響を受け、鬱の状態なまま書いたせいだ。
次回は紺野が救われる話しになる予定です。多分。
>>26ただいま。
>>27すまん。
では。
復活おめ
おめ
ho
h
ほ
前スレから一気読みしたよ…まだ話の半分も見えてこない、壮大なストーリーですな
ハナゲ〜まだー?
ハナゲ不足
79 :
ハナゲ:04/08/02 00:50 ID:4QkJz2y4
>>77 あと5,6話で完結する予定ですよ。
>>78 スマンもうちょい待っててくれ。
――― 30話 魔界決戦前夜祭 ―――
水晶球に映る小川神社の風景は普通の風景ではない。
本尊から立ち上がる妖気が黒い渦を巻き、広がり、朝娘市に拡散する。
自室で ソレを見守る中澤は深い溜め息をついた。
そして、ノックをして入ってきた弟子の石黒彩には
「何しに来たんじゃ?」
と、素っ気ない。
「久しぶりに来たのに、ご挨拶ね」
そう言いながら、石黒は中澤の水晶球を覗いた。
「やっぱり…気付いてたわね」
「…ふん」
石黒は中澤の正面にある椅子に座る。
「ヤバイわよ。師匠、どうする?」
石黒の心配は、至極まともだ。
小川神社の妖気は、当主 小川直也が発する本物の鬼の気と
魔界の深遠から噴出す『魔』そのものが融合した
危険極まりない代物なのだ。
「このままじゃ、魔界街ではなくなる。
街自体が、魔気に飲み込まれて人の住めない本物の魔界になってしまうわ」
「どうするも、こうするも、ワシ等では、どうにもならん。
オマエも知っている筈じゃ」
「分かってるわよ、だから師匠と手を組もうと来たんじゃないの」
「オマエとワシの2人だけで、あの化け物軍団を相手に勝てるかのぅ?
返り討ちに会うのがオチじゃ」
「……」
小川神社に集結した『人造舎』登録魔人…
彼等は新総帥の小川直也の鬼拳を受けて、言いなりに動く木偶と化した。
そして小川神社の妖気を浴びて、超能力を増幅させた魔人達は
小川流念法を教え込まれ、神社を守る、使徒となっている。
小川神社には、結界が張られ、足を踏み込んだ者は
一般参拝者と信者意外、不審者は囚われの身になる。
異変に気付いたのは、中澤と石黒だけではない。
奇異な事件解決を生業とする、魔人狩人や、
警察の中にも、異変に気付き潜入捜査を開始しようと試みる者もいた。
だが、その者達は全て捕まり、生死さえ分からず、帰っては来ない。
業を煮やした警察署長が、魔人ハンターに出動を要請したが、
『超人』飯田香織からは、にべも無く断りの電話が入った。
『銃人』デューク次元に期待したが、彼も囚われの身になり捜査は打ち切られた。
魔人ハンターがやられる相手に、警察の力が及ぶ筈が無いからだ。
「ワシはのぅ、このまま、この街が魔界に飲み込まれてもよい、と思っておる」
「魔力が戻るから?」
「…うむ、ワシは未だに若さを取り戻す事を諦めておらん」
「戻らないかも、しれないわよ。それに師匠の弟子達はどうするの?」
「ふん、あんな勝手気ままな娘共は知らんわ」
「…顔には、そう書いてないわね」
クスッと含み笑いの石黒は
「私は困るのよ」と、続けた。
「ようやく事務所も軌道に乗って来たんだから、
こんな事で魔界街を出るのは嫌なのよ」
「一人だけ、あの小川という鬼を殺せる奴を知っておる」
「誰?」
「たぶん、オマエも知っていよう」
「…あっ」
石黒は気付いた。
以前、接触した事が有る飯田圭織という魔人ハンターだ。
「あやつの気は『鬼の気』じゃ。たぶん、身内がおるのじゃろう」
「鬼には鬼を当たらせる訳ね…」
そう言って、少し考えてから石黒が出した答え。
「私の一番弟子を、あの魔界刑事に付ける…
取り巻きの魔人連中ぐらいは殺せる魔力を持ってるわ。
…暫くの間、仕事はキャンセルという事になるわね」
「おぬしは手伝わんのか?」
「私?…私は自分の手で人を殺すのが嫌なの。
それに、あの飯田って刑事と手を組む気にはなれないし…」
「…」
「松浦の魔力は私より上だわ」
複雑な表情で語る石黒は、フと小さな溜息を付いた…
商店街の外れに有る、小さなスナックの前には
毎夜のように大型のリムジンが停車してある。
運転席に座る小柄な猿(ましら)のような従者を横目に、
飯田圭織は『スナック梨華』に入った。
---カランカラン---
「いらっしゃい…」
飯田に気付いた吉澤が、薄く笑う。
小さいながらもモノトーンで統一された、洒落た店内にいる客は何時も決まっている。
カウンターに座るセーラー服の藤本美貴と、
テーブルに陣取る、石川目当てのサラリーマン諸氏達だ。
「久しぶり…」
カウンターでグラスを拭く吉澤は、藤本と椅子一つ分を空けて座る
飯田に、何時もの水割りを作ってテーブルに置く。
「週一回は来てるだろ」
毎日のように来ている藤本と比べれば、それは久しぶりの筈だ。
飯田は少し苦笑しながら答えた。
「…どうした?」
飯田の表情が、何時もより幾分沈んでいる事に気付いた吉澤。
「…石川に用事が有ってな」
飯田がチラリとテーブルを見ると、ほろ酔い加減の石川梨華が
ケラケラ笑いながら接客していた。
「まぁ、他の客が帰るまで待つよ」
そう言いながら水割りのグラスを傾けた。
石川と客の声とは別の、静かな時間が店内に流れる。
飯田の周りの空気だけが止まっているようだった。
石川が客から解放されたのは、1時間半後の9時を回った頃だ。
ガチャガチャとテーブルのグラス類を片す石川が、
カウンターに戻り、一息ついて吉澤にしな垂れかかった。
藤本に対し、これ見よがしな態度をとる石川は、
今の時間まで、藤本に吉澤を独占された憂さを晴らしているようだ。
何か言いかけた藤本を制し、飯田が静かに話し始めた。
「石川…紺野という少女を憶えているか?」
「紺野?」
小首をかしげる石川に代わって、思い出したように吉澤が答えた。
「ああ、小川神社に着いてきた大人しそうな子…?」
「そうだ」
「…その子が、どうかしたの?」
吉澤に言われて思い出した石川は、
やっと、飯田の微妙な雰囲気に気付いた。
「その少女の彼氏が殺された」
エッと小さく驚く石川のカウンター前に、コトリと鉛の弾が置かれた。
「浜口という少年でね。私も知らない仲じゃなかった。
で、その少年の胸に突き刺さったのが、この弾なの」
銀色に鈍く光る鉛の弾…
「ちょっと、店を閉めてくる」
危険な事件の匂いに、吉澤がカウンターから離れて、CLOSEの看板を出しに外へ出た。
「…な、なんで、私に?」
石川は、飯田が自分に弾を見せた意味が良く分からない。
「オマエは、みっちゃんの能力を受け継いだんろ?」
「へ?」
能力と言われても、ピンとこない。
「その弾から、犯人像を調べてくれ」
「調べる?」
確かに平家の記憶は貰ったが、貰ったのは『記憶』だけの筈…
と、思っていた石川は、今まで平家の能力とやらを試した事がない。
「サイコメトラーなんだろ」
そう言いながら、飯田は鉛の弾を石川の手の平に乗せた。
キョトンとする石川を見ながら、溜め息を付いたのは藤本だ。
「何も知らなそうね。本当に能力なんて有るのかしら?」
小バカにしたように聞く藤本は、勿論 面識もない平家の事は知らない。
知らないが、自分の心臓が盗まれた『KEI事件』後の事の顛末は、
吉澤から聞いて知っていた。
だから、その平家という人物が石川に能力を授けた事も知っていたが、
今の態度の石川を見ていると、どうにも信用できないでいたのだ。
藤本の挑発にカチンときた石川。
やり方は知っている。
平家の記憶が、そうしろと言っている。
弾を手の平に置いたまま瞑想する事10分。
石川の酔いは完全に醒めた。
「飯田さん…飯田さんは犯人を知っていたの?」
そっと、銃弾をカウンターに置いた石川が、寂しそうに聞いた。
黙って頷く飯田。
確認したかっただけだ。
銃の線状痕は一致していた。
犯人は朝娘市警察の魔人ハンター『銃人』ことデューク次元なのだ。
「奴は何故、少年を殺した?」
それが知りたかったのだ。
小川家と自分の出生の秘密がリンクしている事を知った飯田は、
小川神社が魔人の巣窟になっている事の事実を確認し、
殲滅するという署長命令の捜査を断った。
訝(いぶか)しがる署長は、それでも何か理由でも有るのだろうと、
飯田の辞退の申し出を受け取った。
それで、飯田の代わりに選ばれたのデューク次元だったのだ。
しかし、次元の捜査は失敗に終る。
小川直也の鬼拳『洗脳術』を受け、魔人に堕した。
その時点で、魔人ハンターとしての役目は終った筈だった。
終った筈の役目は、弟子の後藤との死闘で受けた傷で蘇る。
死という代償を以って…
だが、死しても尚、本能にしたがった魔人ハンターは、最後の仕事をしただけだった。
魔女の魔力を撃ち抜くために…
石川の言葉を黙って聞いていた飯田は、
カランと氷の音を響かせて、カウンターに空になった水割りのグラスを置き、
物憂げに視線を落とし、タバコに火を点けた。
「何もアンタのせいじゃない…」
空になったグラスにスコッチとミネラルウォーターを注ぎ、
新たな水割りを作った吉澤が、慰めとも言えない 慰めの水割りを差し出した。
「だが、腹は決まったようだな」
一気に水割りを飲み干した飯田の表情は変わっていた。
小川神社に巣食う魔人達を殲滅すると、その顔は語っている。
「手伝うぜ…」
ひっそりと言う吉澤の透き通るような瞳は、微かに据わっていた。
「私(わたくし)も参加させていただきますわ」
痺れるように格好イイ、吉澤の物憂げな表情に頬を染めながら、
藤本も魔人殺しを申し出る。
「じゃあ、私も…」
チョコンと手を上げた石川。
「貴女の役目は、今ので終わりましたわ」
石川のサイコメトラーの能力を見てしまった藤本は、その能力に少し驚きつつも、
これ以上 石川の出番は無いと、醒めた態度だ。
「死ぬ覚悟はあるのか?」
そっと呟く飯田。
「…今回は『警察ごっこ』じゃないんだよ」
飯田は一人で行くつもりだった。
だが、吉澤と藤本の唇の端はキューッと吊り上がる。
死ぬ覚悟など無い。
そして、死ぬつもりも勿論無い。
絶対的な自分への自信が、唇に表れただけだ。
「フッ、勝手にしな」
肩をすくめる飯田。
「あのぅ…私は?」
オズオズと聞いてきた石川。
「小川神社に行けば、オマエは確実に死ぬ」
飯田が間髪入れずに断言する。
「で、ですよねぇ♪」
能力のカテゴリーが違う石川の役目は、藤本の言う通り、ここで終る予定。
「だが、やってもらう事が有る」
石川の仕事は残っていた。
「オマエが知っている魔人達の能力を全てレクチャーしてもらう」
人造舎登録魔人KEIの記憶を奪った平家の記憶は、石川に受け継がれているのだ。
「…え?そ、それは…」
平家の記憶が言っている…
タダでは教えるなと。
「イヤとは言わせない」
覚悟を決めた飯田が、石川を見据える。
「じ、じゃあ、こっちも情報料を頂くわよ」
飯田の視線は怖かったが、踏ん張って答えた。
「いくらだ?」
「う〜…お、思い切って一億!」
ピンと人差し指を一本立てた石川。
「払おう」
「私が払いますわ」
飯田と藤本が同時に即答する。
「や、ややややっぱり、二億は貰わないと」
一発返事の2人に、一億じゃ安かったのかと、ビビりながらも指を二本立てて様子を伺う。
「分かった」
「小切手でよろしいかしら?」
これまた即答。
「じゃあ、さささささ三億…」
「いったい、いくら欲しいんだ?」
「呆れますわ。金の亡者ですわね」
蔑(さげす)むような2人の視線。
「…や、やっぱり、い、一億でいいです」
自分の浅ましさに真っ赤になりながら、最後は消え入りそうな声で答えた。
呆れ顔の吉澤は、それでも
「いいから二億で手を打っておけ」
と、助け舟を出した。
「じゃあ、その人の代わりに、魔人討伐隊には私を入れて♪」
カランカランとドアを開けて入ってきたのは、スーパーアイドル。
いきなりのぁゃゃ登場で、「エッ」と全員 目が点になった。
「社長に言われて来たんだけど、飯田さんって貴女?」
ニコニコしながら、松浦は飯田に歩み寄った。
「そ、そうだけど…社長って?」
何故アイドルが?と、怪訝な顔の飯田。
「石黒芸能事務所の社長よ。
貴女とは少なからず因縁が有るみたいな言い方だったわよ」
「あの時の魔女か…」
言われて、ハッと納得する飯田は、藤本の事件の時の
ハロー製薬ビルでの初対面の事を思い出した。
「でも、因縁が有るのは、私より吉澤の方じゃないか?」
飯田は顎をしゃくって吉澤を指した。
石黒のお気に入りは確か、飯田よりも吉澤の筈だ。
吉澤の身を案じて、ペンダントに魔人に反応する術を掛けてやった位だ。
「あの時はどうも」
カウンターの吉澤に嫌味ったらしい笑みを浮かべて、
マネージャーの真矢を半殺しにした吉澤の事をチクリと刺す松浦。
「あ、ああ…」
その事を憶えている吉澤も、曖昧に返事を返した。
「待ってくださる?アイドルの貴女には関係の無い場所よ、ここは」
自分よりもチヤホヤされている松浦を快く思わない生徒会長。
「人殺しの生徒会長が何か言ってるよ」
アイドルは藤本の顔も見ずに、ボソリと返す。
「なっ!」
藤本は、怒りで顔が紅潮した。
「…これで、文句はないでしょう?」
そう言いながら、松浦がドアから引きずり入れたのは血だらけの運転手。
「お、岡村」
愕然とする藤本。
藤本家最高の腕を持つボディガードは、どんな技を掛けられたのか、あっさりと半殺しにされた。
「あっ、私は悪くないですよ。
この人が、店に入ろうとした私の腕を取ったから…やっちゃった♪」
ペロッと舌を出して、おどけてみせる。
「オマエ…学校では猫を被っていたな…」
呆れたように、半笑いの吉澤。
松浦のマネージャーを半殺しにした時の、アイドルの怯えた表情は、造った嘘の顔だったのだ。
「エヘヘ…でも、あの時の貴方は格好良かったよ。ちょっと惚れたかも」
どこまでが演技か分からないアイドルの言動に「ハハハ」と笑って返す事しかできない吉澤は、
突き刺すような藤本と石川の視線を全身に感じ、表情が固まった。
「腕は分かった。で、なんで私に付く?」
飯田は、もっとも素朴な疑問を口にした。
「社長が言ってたの。このままでは、この街が本物の魔界に飲まれると」
「…で?」
「鬼を殺す事ができるのは、鬼しかないって言ってたわ」
ピクリと飯田の眉が動く。
「だから、鬼退治のお手伝いをしなさいって」
「……」
「アイドルの仕事も、暫くはキャンセルされたわ」
「…ごくろうなこった」
「と言う訳で、よろしくお願いします」
と、飯田と吉澤だけにペコリと頭を下げる松浦亜弥。
その松浦を睨み付ける、石川と藤本。
傍から見ても、松浦、石川、藤本は仲が良さそうには見えない。
事実、実際に仲は悪い上に、憎み合っている感じさえする。
飯田と吉澤の視線が合った。
諦めにも似た、その視線は、今後のチームの状況を物語っているようだった。
そして、岡村は…
忘れられていた…
今日はココまでです。
次回更新も未定っちゅうことで。。。。では。。。
>>97 乙。
ハナゲは読書家ですね
ところどころいろんな作家の文体が影響してるのれす。
まさかクライマックスに近づきつつあったとはなぁ。
一番面白かったのは「志村、後ろー!」でしたね(w
パソコンが逝っちゃったのでケータイから読みました。暫く読んでいなかったのでこんなことになっていたとは・・・
ハナゲ待ってたよハナゲ
あと5,6話で完結する予定ですよ。
↑マジ?
寂しいよハナゲ...orz
HAMAGUCHE---------!!!(遅
あと5,6話とは・・・・。これはもう最初から読み返すしかない
よく見たらもう30話…
考えてみたら昨年の秋から連載されてたわけだし長いっちゃ長いですね
終わる前にhtmlで各話をまとめておきますので誰かまとめサイト作ってー
ハナゲよ、早くこんこんを救ってやってくれ
>>98-103いつもレスを返そうと思うんだが、気の利いたコメントが浮かばずレスを返せないズブズブな俺を許してくれ。
いや〜、実は小説はここ数年まったく読んでない。でも前は西村寿行と菊池秀行が好きでよく読んでいたなぁ。
文体が変わるのは、多分、一話書くと次を話を書くまでに一週間以上あけるから、前回どのような文体で書いたのかを忘れてしまうからだと思います。
自分でも「うん?こんなんだったっけ?」と思うことしばしばです。申し訳。で、物語は安倍が4月に転校してきて浜口が死ぬ7月下旬の約4ヶ月しか経ってません。
気をつけてたんですが、読み返してみて「ありゃ!しまった。もっと経ってるやん」…と…ま、いっか。
明日うpします。多分。でわ。
――― 31話 魔法の欠片 ―――
浜口の死から3週間が過ぎようとしていた。
紺野は登校する事が出来ず、そのまま夏休みに入り、
MAHO堂の自室に閉じこもったままだ。
そんな紺野を慰めようと、毎日交代で辻、加護、安倍、矢口の
魔女見習い仲間が泊まりに来ていた。
辻からは安らぎを、
加護からは勇気を、
安倍からは優しさを、
矢口からは元気を、
毎日少しづつ貰い、少しづつ元気を取り戻していく紺野。
だが、胸にポッカリと空いた心の穴は塞がらない。
辻達の気遣いは痛いほど分かったし、嬉しかった。
それでも失った物の大きさに、身が押し潰されそうな感覚に陥り、
フラッシュバックのように、あの一瞬の出来事が頭の中に甦る。
泊まりに来ていた安倍は、ブルブル震え、泣きじゃくる紺野を
ギュッと抱きしめて、母親のように頭を撫で続けた。
慰める言葉は見付からない。
ただ抱きしめてやる事しか出来ない。
だが、無償の愛は紺野を癒していく。
紺野は辻達の前では涙を見せなり、笑顔さえ見せるようになっていた。
「ねぇ、あさ美ちゃんは、夏休みが終わったら学校に来れるの?」
MAHO堂にひょっこりと現れ、居合わせた辻と紺野に聞いてきたのは高橋愛だ。
「さぁ、分からへん」
「でも、少しづつ元気になってきたのです」
店番をしながら、ケーキを食べていた加護と辻は、少しバツが悪そうだ。
「毎日貴女達が泊まって慰めてるんだよね?」
フーンと聞きながら、加護のショートケーキの
苺をヒョイと摘まんで口に運んだ高橋。
「まぁ、そやけど…」
アッと食べられた苺を恨めしそうに見ながら加護。
「私、今日泊まっていいかな?」
「今日は ののがお泊りするのです」
「じゃあ、辻ちゃんも一緒にお泊りしましょ」
「あーい」
「…」
一抹の不安を覚えた加護。
だが、高橋は紺野とだけは何故か本当に楽しそうに喋っていたのを思い出し、
「ほなら、頼むわ」
と、辻の事もお願いしますと、頭を下げた。
ちょっぴり不安気な加護が、後ろ髪を引かれる思いで帰路に着いたのは、
夕方6時を過ぎたあたりだ。
「しかし、アンタ達、こんな物 売っても魔力なんて身に着かないわよ」
小物屋のMAHO堂には辻達が、造った魔法アイテムが売っている。
その一つを手に取った高橋は、熊の形をした粘土細工をプラプラと振って見せた。
「それは、ののが作ったウサギちゃんなのです」
「ウサギ?熊かと思ったよ」
「ウサギなのです。恋の悩みが叶うのです」
「…恋のコの字も知らないくせに」
「知ってるのです。マンガで読んだのです」
「……」
のれんに腕押しとは、この事だと気付いた高橋は、突っ込むのをやめた。
「そんな事より、さっさと店を閉めて、あさ美ちゃんと夕ご飯食べよ」
「あーい」
「…」
辻希美という名前の、とても同じ15歳とは思えない少女が、そこには居た。
ノックして紺野の部屋に入ると、紺野は夏休みの宿題をやっていた。
「お久しぶり」
高橋の笑顔に、紺野も微笑を返す。
「今日は愛ちゃんと ののがお泊りするのです。なに食べますか?」
辻は、さっそく夕ご飯の事を気にしだす。
「アハハ、じゃあ何か買い出しに行こうよ」
「行くのです!」
高橋と辻が紺野の手を取った。
夕食のメニューはクリームシチュー。
3人でキャッキャと はしゃぎながら作る夕食は とても楽しく、
そして、とても暖かかった。
でも高橋には、紺野の笑顔は造った笑顔に見えた…
紺野は夕食が終わると、机に向かって、また宿題をやりだした。
何かから逃げるように…
高橋と辻は、紺野のベッドでトランプ(ババ抜き)を始める。
トランプをしながら、高橋は今日来た目的を紺野の背中にぶつけた。
「あさ美ちゃん…どう?」
何気なく聞いたつもりだ。
「ど、どうって?」
紺野のエンピツの動きが止まる。
「…‥」
高橋は、辻のカードを抜きながら無言で紺野の返事を促した。
「うん、大丈夫だよ」
大丈夫と言いながらも項垂れる紺野は、思い出したくないのだろう。
「…ねえ、あさ美ちゃん」
「うん?」
「このままじゃ、ダメなんじゃない?」
言いながら、辻にジョーカーを抜かせて勝った高橋はトランプをケースに戻した。
「…‥」
皆の前では、明るさを取り戻しているように見える紺野…
だが…紺野の時間は、あの時に止まったまま…
忘れる振りを一生懸命演じていただけだった。
「覚悟は有る?」
「…な、なんの?」
紺野の声は震えていた。
「浜口君が最後に何を思っていたか知りたくない?」
「え?」
「何を思いながら死んだか知りたくない?」
「…そ、それは」
知りたかった。
どうしても知りたかった。
紺野が助けを求めて浜口から離れてから約20分…
その間に浜口は息絶えたのだ。
「それを知る事は、あさ美ちゃんにとって悪い事ではないと思うし…
浜口君も知ってもらって、救われるかもしれないよ。
…でも、逆に死ぬほど辛い事になるかもしれない。
今日私が来たのは、その覚悟が有るかって聞きたかったの」
「…‥」
高橋の言う所の意味は直ぐに分かった。
絶望の内、無念のまま死に行く浜口の最後の心情を知ってしまったら、
紺野の心は、次こそ確実に壊れる。
高橋は、その覚悟を問い質したのだ。
それでも、どうしても知りたい…
「直ぐ返事が欲しいの。時間が無いの…
時間が経てば経つほど浜口君の残留思念は薄れていくわ。
何週間も経った今はタイムリミットぎりぎりなの」
「…うん」
断る理由も、時間も無かった…
向かったのは、浜口が眠る墓地。
月明かりだけが頼りの朝娘寺の墓地に入った3人は、浜口家の墓の前に立っていた。
初めて浜口の墓前の前に立った紺野は、その場に崩れ落ちるように膝を付いて泣き崩れた。
火葬場から抜け出してから、紺野は葬儀にさえ参列していなかったのだ。
「ど、どうするのです?」
紺野の背中を摩りながら辻が高橋に聞いた。
「とりあえず、お線香あげようか」
高橋が持ってきた線香に火を点けて、墓前に納めて手を合わせる。
辻に支えられ、しゃくりあげながらも手を合わせる紺野は、
泣き叫びたいのを必死に我慢する。
ここで心が壊れる事は許されないのだ。
「さてと…」
拝み終えた高橋は、辻に手伝うように促す。
「何をするのです?」
「墓泥棒」
ニッと笑う高橋…
墓を暴くと聞いた紺野の手はギュッと握られ、ブルブルと震えた…
小さな木箱を大事そうに抱える紺野。
木箱の中には、骨壷から盗んだ5mm程の浜口の骨の欠片が入っていた。
そしてここは、来る事も、立つ事も辛い、朝娘川の花が散りつくしたお花畑だ。
「よく我慢したね。偉いよ」
紺野に向かって そう言いながら
「うん。いい月夜ね」と、高橋は夜空を見上げた。
「箱…開けて」
言われた通りに小箱を開ける。
http://blanch-web.hp.infoseek.co.jp/cgi-bin/data/IMG_000065.jpg 「その欠片に、あさ美ちゃんの血を一滴垂らして」
逆さ爪を切るように、小指の薄皮を噛んで血で滲んだ指を浜口の欠片に付けた。
高橋は、血の付いた骨の欠片をそっと取り上げると、
紺野の額に付けて、額に万年筆で五芒星を描いた。
「このペンは、術者、つまり私の血をインクに混ぜて作ったマジカルペンよ」
「ど、どうするの?」
「説明してなかったわね。
浜口君の骨に残った残留思念を、あさ美ちゃんの血で呼び戻すの。
これで、浜口君が死ぬ前に何を思っていたかが分かるわ」
「……」
無言で頷く紺野。
「最後に もう一度確認するけど、覚悟はいい?
浜口君、絶望の中で死んでるかも知れないわよ。
その時は、彼の思念は、あさ美ちゃんを蝕み現実世界に戻って来れなくなるかも知れないのよ」
「…」
廃人になってもいい…
黙って再び頷く紺野は、その場合は浜口の想いと心中する覚悟をしていた。
「そう…わかったわ」
頷き返す高橋も覚悟を決めた。
紺野が絶望に打ちしがれ、現実に戻って来れなくなったら、自分が連れ戻す。
心の闇の迷宮に迷い込んだ人間を現実世界に連れ戻す事は容易ではない。
その人間の迷宮に自分も入り込むからだ。
失敗すれば術者自身も戻ってこれない可能性が高い、
危険な救出魔法を、高橋は在る覚悟を持って決意していた。
そのために高橋は、紺野の覚悟を確認したのだ。
自分が死んでも、紺野を救い出す。
何故、紺野のために自分が命を懸けるのかは高橋自身判からない。
判からないが、解かっている事が一つだけ有った。
初めて出来た友達。
その友達を失いたくなかった。
多分、それが理由なのだろう…
そして、もう一つ。
浜口は、紺野を苦しめる事はしない筈。
漠然とだが、そんな気がした…
「じゃあ、いくわよ…」
紺野の前に立つ高橋が、両手を掲げて月の光りを集めだした…
固唾を呑んで見守る辻は、瞳を閉じた紺野の額がボウと光り、
月明かりが額の五芒星と、紺野が立つ地面に描かれた五芒星に集まるのを見た。
紺野の右手には、浜口が倒れたときの土が握られ、
左手には、浜口が見せたがっていた花畑の枯れかけた葉が握られていた。
額に付いた小さな骨の欠片は、溶けるように額に消えていく。
「あさ美ちゃん!」
辻が倒れ掛かる紺野を抱きとめ、そっと地面に横たえる。
高橋が説く呪文が終わると同時に、紺野は崩れ落ちたのだ…
紺野の目の前の光景が突然変わった。
青々と葉が茂った、まだ蕾の状態のお花畑で、紺野は仰向けに倒れていた。
横たわっている自分の胸には、真っ赤な鮮血。
(あぁ…さっき撃たれたんだっけ…)
その血を必死に押さえるのは、もう一人の自分…
(アハハ、変な顔…)
必死になっている、もう一人の自分は、自分でも笑ってしまうくらい情けない顔をしていた。
もう一人の自分は、「待ってて助けを呼んでくる」と言いながら、どこかに消えていく…
「ハハハ、期待しないで待ってるわよ」
目の前に広がる空は、吸い込まれそうになるくらい青い…
雲雀が飛ぶ、青い空をぼんやりと眺めている自分…
胸から噴き出る鮮血は止まりそうにない。
(死ぬのかな…?)
何故か怖くは無かった。
ただ、ちょっぴり寂しかった。
「俺、ちょっと飛行機に乗ってるわ
あの時に皆で造ったグライダーや
それで、オマエを見守ってるから心配すんなや
なぁ、紺野
悩んだり、迷ったりした時は、空に向かって俺を呼んでや
俺は、すぐに飛んでくるでぇ
だから、あんまり悲しむなや」
ハハハと笑う浜口の声が空に溶けていく…
「ふえ〜ん…」
自分の情けない泣き声で目が覚めた。
目の前には、辻と高橋の心配そうな顔。
「…会ったよ。優君と」
「なんて言ってたのです?」
「教えて?」
辻と高橋は優しく微笑んでいた。
「心配するなって…」
辻と高橋は顔を見合わせて頷いた。
「悲しむなって…」
微笑み返す紺野の頬は涙で濡れている。
だが、その涙の意味は、2人に向かって微笑む紺野の笑顔が教えてくれた…
帰り道…
紺野は思いついたように切り出した。
「ねぇ愛ちゃん、優君のご両親にも教えてあげよ」
「うん。いいよ」
「それから、矢部君達にも」
「うん。じゃあ連絡しよ」
「今からでも、いいかな?」
「うん。いいと思うよ」
月光は囁く…
今夜しかないと…
忙しい夜になりそうだった…
数日後。
高橋の携帯に留守電が入っていた。
愛ちゃん…
私ね、決めてたの…
魔女をやめるって。
でね、優君に聞いてみたの…
やめていいかなって。
そうしたら、空に居る優君が答えてくれたの…
やめる事はあらへんって。
えへへ…
それだけ。
携帯を持っていない紺野は、MAHO堂から掛けているのだろう。
「仕方ないなぁ…効き目の無い魔法グッズでも、冷やかしに行くか…」
高橋の意地悪な独り言の声は、嬉しそうに弾んでいた…
今日はここまでです。どこかで見たことが有るかもしれないが「○○チューだ!」とは言わないように。
次回更新も未定ってことで。。。。。では・・・
ピカチューだ!
ハナゲ氏、ハマってますな(w
でも影響受けたものを自分なりにアレンジするんって結構大変なことですよこれは
畜生!ハマグチェの奴こんな良い役貰いやがって!
悔しいけど泣きそうになったよ
コソーリ各話のhtml化作業開始しますた。
まとめサイト作ってくれる人大募集。
ハナゲー
呼んでみただけ..
>>125乙 がんがって!
小説総合スレに呼びかけてみたら?
すまん。オリンピックが面白くて全然書いてない。すまん。オリンピックから目が離せない。すまん。
気が向いたら書いたらよろし
狼の小説職人も注目してるでよ
――― 32話 魔界城 ―――
魔界街に異変が起こっていた。
それは、人々が気付かないほどの些細な新聞記事に表れている。
朝娘タイムスの社会面に乗る、妖魔情報がそれだ。
以前は週一回ぐらいの割合で乗っていた情報は、
いつしか週二回になり、三回になり、今では毎日のように乗っている。
それに比例するかのように凶悪犯罪も増え、
人間が獣化する『ヴァンパイア現象』も珍しくなくなっていた。
だが、人々は、警察がソレ等を駆逐する事を知っており、
事件が増えても、また警察がソレ等を殺してくれると安堵し、慣れ、
日々の生活の中で多発する妖魔事件をも、当たり前の事のように受け止めていた。
9月に入ろうとする夏の終わり。
残暑が陽炎のように揺らめく駐車場のアスファルト。
車は一台も止まっていなかった。
今では参拝客も滅多に来ないだろう。
小川神社は確実に何かが変わっていた。
真実を知らない一般参拝客は、その何かを感じ取って、足を運ぶのを止めた。
真昼なのに空気が冷たく感じる…
小川麻琴は漫然と鳥居を見上げた。
参拝を終えて出てきた一人の老婆が巫女姿の麻琴に向かって声を掛けた。
「あなたは、この神社の…」
「はい。…あの、信者の方ですか?」
「ええ」と頷く老婆は麻琴の手を取り
「龍拳様はどうなされた?この神社はどうなってしまったのか?」
と不安気に尋ねてきた。
聞くと、小川神社には不気味な連中が境内を徘徊し、
神主の小川直也も滅多に参拝者や信者の目の前に姿を現さない。
拳法道場から聞こえる絶叫と、不穏な静けさだけが満ちあふれた本堂。
鳩さえ居なくなった神社には、巫女の3人の少女が
監視するように参拝客の動向を伺っているだけだと言う。
「申し訳ありません」
麻琴は頭を下げる事しか出来なかった。
悲し気な老婆を恐縮しながら見送り、再び鳥居を見上げる。
「私が何とかするしかない…」
悲壮な決意の基、小川神社に来た小川麻琴は
遠くを見詰めるように静かに目を閉じた。
きっかけは飯田圭織の微妙な変化だった。
転校して間もなく、同級生の浜口優が殺された。
そして飯田は、浜口の事件を独自に調査していると、麻琴に語った。
その死の真相を知った事を境に、飯田の態度がぎこちなくなった。
最初は、同級生の死に直面した麻琴に、
心配を掛けまいとして、事件の真相を知らせまいとして、
気を使っているのかと簡単に思っていたのだが、
実際には、麻琴には絶対に知られたくない事実が有ったのだ。
夜中、携帯でヒソヒソと話す飯田の口から小川神社との言葉を聞いて、
ビックリして飛び起きてしまった。
最初は何でも無いと、頭(かぶり)を振って否定していた飯田は
嘘を付けない性格なのだろう。
追求する麻琴にシドロモドロになって、遂には「すまん」と白状した。
麻琴は知らなかった。
自分の家が、小川神社が、朝娘市を飲み込もうとする
魔界からの妖気を放っている魔城と化している事に。
魔人と称する数十人の人間が、小川神社に棲み付いている事に。
その魔人の一人が浜口を殺した事に。
兄の直也が、本物の鬼と化して、魔人を操っている事に。
直也の目的が何なのかは、今になっては解からない。
ただ、当初の目的は知っている。
小川流拳法を日本に広め、小川神社を大きくし、信者を増やし、
政界に出て、権力を手中に収める。
夢みたいな事を本気になって語る 直也の横顔が、
麻琴の閉じた瞼に浮かび上がった。
「飯田さんは、どうするつもりなの?」
知っているが聞いた。
魔人ハンターの仕事は一つしかない。
困った表情で何も語らない飯田。
「兄を殺すの?」
祖父龍拳を殺害した兄だ。
同級生の浜口を殺害した魔人を操っていたのも兄だ。
だが、それでも、たった一人の兄なのだ。
ポロポロと涙を流す麻琴に向かって飯田はただ一言。
「…ごめん」
そう言うのが精一杯な飯田は、麻琴に背を向け、外に出たまま帰宅しなかった。
翌日も飯田は帰ってこない。
麻琴は学校を休み、袴に着替え、小川神社に向かった。
そして、今、小川神社の鳥居をくぐろうとしている。
「オマエは誰だぁ?」
うわずった声が背後から聞こえた。
振り向く麻琴の目の前に立っているのは、小川流拳法の胴着を着た、
妙に影が薄い印象がする、ハゲた中年男だ。
「新しいバイトかぁ?巫女のバイトは募集してないぞぉ」
若い麻琴の体を舐めるように見る中年は、舌を出して息が荒い。
「いい匂いがしたから 来てみれば、正解だったようだぁ」
辺りをキョロキョロと見回して、他の人間が居ない事を確かめた中年は、
麻琴に近付き、おもむろに手を取った。
「俺の名は影丸ちゃんだよぅ。仲良くしようよぅ」
言い終える前に、中年影丸の体は5メートルも吹っ飛んだ。
麻琴の小川流波動拳を腹に受け、とたんに表情が変わる影丸。
「や、やったなぁ!」
言いながら影丸は前傾姿勢になり、両手をダラリと下ろし地面に付けた。
内臓を破壊する筈の小川流波動拳が効かない。
分かっている、相手は魔人なのだ。
麻琴は驚きもせず、右拳を前に突き出した。
『鬼拳』を拳に込める。
脳を破壊する『脳坐瘴』だ。
カウンターを当てようと、ジリジリと前に出る麻琴の背中にガツンときた。
「ぐう」と仰け反る麻琴に、影丸がヒャヒャヒャと笑いかける。
「ごめん、ごめん。ちょっと強く殴っちゃったかなぁ。
知ってるよ、鬼拳を使おうとしたねぇ。
でも、僕の影には通用しないよぅ。
君が誰かは知らないけど、大人しく言う事を聞いた方が身の為だよぅ」
真昼の太陽を背に受けて、両手を地面についてる影丸には影が無い。
振り向く麻琴の前には真っ黒な人の形をした物が、
小川流拳法の形を構えていた。
「それは僕の影だよぅ」
耳障りな影丸の声を後ろに聞きながら、
麻琴は正面の影に鬼拳を当てた。
だが、影は影。
黒い人の形をした影丸の分身に鬼拳が通り抜けた。
「ひゃははははは。無駄だよぅ。
君は僕に嬲られるんだよぅ」
影が小川流波動拳を麻琴に当てた。
防御した腕をすり抜けるのは、人の形をした影だからだ。
だが、影の威力は麻琴の内臓を破壊する事は出来ないようだ。
その辺も、やはり影だった。
「小川流拳法を知っているようですね」
そう言いながら、麻琴は両手の拳をギュッと握り、
腰を溜めるように下ろし、握った拳も腰に溜める。
「それでは、この形は知ってます?」
握った拳には梵字が浮き上がった。
小川流拳法最終奥義『発主流(ハッスル)』…
発主流を唱える数だけ、自分の生体エネルギーを拳に込め、
爆発的なオーラを瞬時に発揮する究極の聖拳は、
命を削る危険な諸刃の拳なのだ。
「なにそれぇ?」
とぼけた声の影丸。
「発主流、発主流!」
麻琴が2回唱えると同時に、ドドン!と来た。
左右の聖拳『発主流』は、人の形をした影を貫く。
「だから、無駄だっ…ゲフッ!」
言い終わらずに、影丸本体が血を吹いて、のた打ち回る。
「バカにゃ…」
血を吹きながらもヨタヨタと立ち上がった影丸のハゲ頭に
何かが飛んできて当たり、パンッ!と爆(は)ぜた。
飛んできた物はカツンと音を立てて、アスファルトの地面に落ちる。
それは普通の石ころだ。
ブシューッとハゲ頭が無くなった影丸の首から大量の血が吹き上がり、
バタリと倒れた影丸は絶命した。
両手を膝に当てながらハァハァと息をつく麻琴が、
影丸を殺した石が投げられた、気配の方向を向く。
「兄様…」
鳥居で仁王立ちする、見知らぬ少女(新垣)を従えた
神主姿の小川直也の拳には、拳大の石が握られていた。
小川神社本堂に通された麻琴は、座する兄 直也と対自するように座っていた。
「懐かしくないか?」
暫く黙っていた兄は、ふと周りを見ながら聞いた。
「懐かしいです」
「…うむ」
本堂の広くて高い天井を懐かしそうに見上げた、
麻琴の声は震えていた。
「麻琴よ、オマエに見せたい物がある」
スクッと立ち上がる直也の、有無を言わせぬ態度と声は
以前と少しも変わっていない。
黙って兄に着いて行く先は、奉納堂だ。
色々な物が奉物されている奉納堂には、見た事も無い札束が積み上がっていた。
麻琴の背丈より高く積まれた万札の束を、呆然と見上げる妹を横目に、
「ざっと600億は有る」
と、直也は事も無げに言い放つ。
「魔界街の裏社会を牛耳っていた男の遺産だ」
北野を葬った直也は、人造舎の全てを手に入れたのだ。
「だが、この金に何の価値も無い。…その意味を教えてやる」
言いながら、奉納堂を出る直也は、またしても有無を言わせぬ態度で
麻琴を中庭に連れ出した。
白砂利が敷き詰められた庭園には、
以前と変わらぬ静かな佇(たたず)まいがある。
だが、どこか違う…
霊山の精錬な空気が消えていた。
代わりに漂うのは、妙な違和感を発する不気味な空気…
静かなのは、鳥が鳴かないから。
生物の息づかいが感じられないから。
死んだように静かな中庭は、生命という文字が掻き消えていた。
「俺は魔界街の王になる」
「魔界街の王?」
「…そうだ」
「どうやって?」
「気付かぬか?」
「何をです?」
「神経を集中して周りを見てみろ」
兄は、また訳の分からない世迷言を夢想している。
だが、心の底から湧き上がる不安は拭いようも無い。
その不安を見定める為に、麻琴は言われた通りに集中して周りを見た。
ドクンと心臓が鳴った。
いや、悲鳴を上げたと言った方がいいのかもしれない。
この神社は魔界と確実に繋がっている。
そう実感させられる物の存在に、麻琴の膝がガクガクと震えた。
中庭を眼下に臨む、杉林の中に何かが蠢いていた。
目を凝らして見ると、それは人の顔だった。
ただの人の顔ではない。
それは、5メートルもある巨大な女性の顔だ。
血走った怨霊を思わせる目は、麻琴を凝視している。
ザザザザッと、いきなりソレは麻琴に向かって襲いかかった。
首も何も無い、ただの巨大な顔は、大口を開けて麻琴を飲み込んだ。
http://blanch-web.hp.infoseek.co.jp/cgi-bin/data/IMG_000067.jpg 「ひぃ!」
腰が抜けた。
巨大な顔は…
消えていた。
「奴等は、まだ実体を持ってはいない」
腕を組みながら直也が語る。
「だが、魔城と化した、この小川神社の妖気は奴等に肉体を与えて、
魔界街を真の魔界にするだろう」
ズーンと何かが落ちる音…
ズルズルと音を立てて、中庭に這って来るのは、
胴回りが3メートルもある大蛇…いや、蛇の顔は人間の顔。
「だが、たまに、こうして実体を持って降りて来る魔物もいる。
我が小川神社の妖気に同調してな」
大股で大蛇の前に立った直也は、ギューッと握った拳を
直也の体ほども有る、魔蛇の人間の顔に叩き込む。
ボンボンボンボン!と音を立てて内側から爆発するように内蔵を撒き散らす
魔界の大蛇は、この世の物とは思えぬ悲鳴をあげて、溶けるように消えていく。
「見たか!麻琴よ!奴等は人間を狙う。奴等は人間を食らう。
人間は奴等の餌にしか過ぎんのだ」
余りの出来事に言葉を失い、呆然とするしかない麻琴。
ガクガクと体が震えるのを抑えることが出来ない。
それは出会ったことも感じた事も無い、未知の恐怖に身を落としたからだ。
「魔界街が本当の魔界になるとは、こういう事よ。
だが、麻琴よ、俺は奴等をコントロールできる。
我が小川流拳法の開祖、小川秀麻呂が練り上げた鬼を殺す拳法は、
今、俺が魔物を殺したように魔界の化け物共を破壊する破邪の拳なのだ。
その意味が分かるか?」
ブンブンと首を振る麻琴。
分からないし、解かりたくもなかった。
麻琴の知っている兄は、もう目の前には居なかった。
「小川流拳法を身につけた者だけが、生き残り、
怯える人類を支配する時代がやってくるのだ!」
直也の声は、ある種の色を帯び始める。
「俺は鬼の角を二本持っている。一つは爺殿から奪った元鬼魂。
一つは所在知れずの小川家長姉オニ子の形見の鬼の角。
この二つの角を持った俺は、本来の鬼の能力をも超える
真の王になる資格を持つ、この世で只一人の人間なのだ!」
兄の声は、狂っていた。
兄の世迷言は、狂気に満ちていた。
「俺は、奴等を召喚し、操り、魔界街の、
そして世界の王になるつもりだ…
麻琴よ、オマエは俺に従い着いて来い。
オマエにも世界というのを見せてやろう」
もう…兄の存在自体が、許せなくなっていた。
「…兄様は…」
呟くように声がでた…
「なんだ?」
「兄様は狂っている」
出た声は震えている…
「今に分かる」
「兄様は、お爺様を殺した」
否定し難い事実…
「…爺殿は生きている」
「嘘だ!」
兄の言う事は信用できない…
「本当だ、山頂の祠に幽閉してある」
「嘘だ!もう、兄様を信じられない!」
狂った兄の言葉は信ずるに値しない…
「……」
「兄様は全てが狂っている…」
堰を切ったように涙が溢れた…
「どうするつもりだ?」
「飯田さんが兄様を殺す…」
魔界刑事が兄を殺しに来る…
「…飯田?誰だ?」
「その前に…飯田さんが兄様を殺す前に…」
魔人ハンターは事情を知りながらも兄を殺しに来る…
「……」
「私が兄様を殺す!」
どうせ殺されるなら、自分の手で兄を殺す…
幽鬼のように立ち上がり、念を集中して構える。
ギリギリと砂利を噛む足の指は、飛び込む瞬間を伺い、
腰を落として両手を溜める構えは、小川流拳法最終奥義『発主流』…
「無駄な事はよせ。オマエの『発主流』は俺には通用せん。
オマエのオーラが『発主流』によって何倍にもなろうとも、
俺には全くの無意味だ」
兄に反抗する妹を初めて見た…
「うるさい!」
「…麻琴!何故分からん!」
何故か狼狽してしまう…
「発主流!」
「やめろ!オマエは先程、『発主流』を使って命を削っているんだぞ!」
麻琴は自分の掛け替えの無い妹なのだ…
「発主流!」
「やめるんだ!」
このままでは妹は死んでしまう…
「発主流!」
「やめろぉぉおおお!!」
このままでは本当に死んでしまう…
先に動いたのは直也だった。
小川直也に着き従っていた新垣里沙は、声も出ずに失禁し、
中庭の端っこで、呆けたように、うわ言をブツブツと呟いていた。
今の今まで、小川直也の正体を知らなかった。
今の今まで、小川神社が魔城と化しているのを知らなかった。
今の今まで、魔界街が真の魔界に飲み込まれつつあるのを知らなかった。
初めて目の当たりにした異世界の化け物に驚愕し、恐怖した。
朝娘市を徘徊する妖魔や亡者の類では絶対に無い、
真の魔界の生き物は、新垣の頭をパニックに陥れる。
こんな化け物に自分が食われ、朝娘市が破壊されると思うと気が狂いそうになった。
そして、目の前では、涙を流す小川直也が拳を振り上げて天を指している。
その突き上げた拳の先には、唇から一筋の血を流した
実の妹が、人形のように果敢なく揺れていた…
http://blanch-web.hp.infoseek.co.jp/cgi-bin/data/IMG_000068.jpg
今日はココまでです。ハッスルは界王拳だと思ってください。
>>123-129こんな小説モドキを読んで頂いて感謝です。
次回更新も未定ってことで。。。。。。。。。。。ではでは。。。。。。。
おもしろいよぉ!!!!
いつの間にか続きが…乙ですハナゲ氏
あら、きてたのか、物語も佳境だな。盛り上がってまいりましたですよ。
>>145 ( T▽T)<天を目指すか・・・ラオ・・・ナオヤ
いきてる?
生きてるよ。もうちょい待ってて。。。
>>152 作者さん頑張ってください。。。
川o・д・)<プギャー
自分の本当の妹、小川麻琴が小川神社に行った事を知らない飯田圭織は、
気まずい雰囲気のままで麻琴と顔を合わすことが出来ず、昨日から『スナック梨華』に入り浸っていた。
昨日、閉店しても居残る飯田に店を預けて帰った石川と吉澤が、今日 店を開けに出勤した時、
昨夜と同じ格好でカウンターに座って水割りをチビチビやってる飯田の姿にビックリしたが、
あまり酔ってはいないようなので、「お疲れ様」と、声をかけて、そのままにしている。
飯田が今日 何回目かも分からない溜息をついた。
昨日、麻琴に問われるままに、小川神社の真相は話した。
麻琴は案の定、ショックを受けたようだ。
そして、喉まで出かかったが、自分が麻琴の本当の姉だとは遂に言い出せなかった。
これ以上のショックを与えることが忍びなかったし、
鬼の子という不浄な出自の自分が嫌われるかもしれない、という不安が過ぎったのも事実だ。
カウンターに寝そべるように頬を付け、溜息をつく姿は泥酔者にも見える。
そんな飯田の格好を見て、肩を竦める吉澤と石川。
カランカランとドアを開けて定刻通りに入ってきたのは藤本だ。
ただし、藤本の後ろには背の低い男が着いてきていた。
藤本の運転手かとも思ったが、猿顔は同じだが、格好が違う。
どこかの拳法着を着ている。
藤本の目配せで気付いた。
石川からレクチャーを受けた人造舎所属の魔人だという事に…
「入り口で店内の様子を伺ってましたので、『入ったらどう?』って私が声をかけましたの。
…飯田さんに用が有るそうよ」
目が据わり、漫然と立ち竦む小柄な男を尻目に藤本は、いつも通りカウンターに座った。
物憂げに男を見た飯田も、男の正体に気付き、「…何のよう?」と立ち上がった。
「…オマエが魔人ハンター飯田圭織か?」
「アンタは人造舎の飛猿ね」
飛猿と呼ばれた男は自分の正体を知られている事に
驚きながらも、吉澤達を舐めるように見回した。
「この3人が魔人ハンターの仲間か…」
「だったらなに?」
ポキポキと指を鳴らしながら前に出る飯田を、右手を上げて止める飛猿。
「小川直也様からの言伝を伝えに来た」
「なに!?」
「麻琴という少女を預かっている。取り戻したければ明日の夜、小川神社に来るように。との事だ」
「!!」
愕然とし、言葉が見つからない飯田の代わりに吉澤が聞く。
「オマエは麻琴が小川直也の妹と知っているのか?」
「なっ?」
今度は飛び猿が言葉を飲んだ。
「…どうやら知らなかったようだな」
「と、とにかく伝えたぞ」
言いながら後ろに下がり、ドアの向こうに消える飛猿。
「岡村…」
飛猿が消えたと同時に従者に命じる藤本。
いつの間にか現れた岡村は藤本に一礼して、身を翻した。
「どうするつもりだ?」と、吉澤。
「飛猿は私と貴方の存在を知ったわ。消えてもらいます」
「でも麻琴ちゃんが…」と、心配顔の石川。
「伝言係が死んだくらいでは、実の妹を殺しはしないでしょう」
依存は無いわね?と、飯田を見る藤本。
「…お前達には話してた方がいいかな」
肩を落とした飯田が、ポツリポツリと妹の事を話し始めた…
街並みを見下ろすように、飛猿はビルの間を人家の屋根を、文字通り
飛ぶサルの如く駆け抜ける。
人質の麻琴という少女が小川直也総帥の実の妹と『スナック梨華』で聞いてから、
ずうっと考え事をしていて、周りの気配に注意をしてなかったことが不味かった。
ビルとビルの間を跳んだ飛猿の背中を、いつの間にか忍び寄った何者かが
ガッシリと羽交い絞めにして、そのまま地面に叩きつけようと20メートルの高さから落下した。
「ぐう!」
両肩の関節を自ら外し、羽交い絞めを逃れる飛猿は地面にぶつかる寸前に
身を翻して両足だけで着地したが、不完全な着地は両膝に衝撃を与え、
大腿骨と脛の骨に数箇所ヒビを入れた。
「キサマ…」
目の前に立つ、背格好が同じ位の男は運転手の格好をしている。
そして右手には、飛猿に向けた拳銃が握られていた。
パンパンパン!
続けざまに3発、岡村の銃が火を噴いたが、
当たった筈の鉛の弾丸は、滑るように飛猿の体を抜けた。
フウ、フウ、と荒い息をつく飛猿の額は、油を塗ったようにテラテラと光っている。
「危なかったぜ…」
岡村の銃に気付いた瞬間に、大量の汗を噴出した飛猿の身体防御機能。
その汗は、弾丸さえも滑らす鉄壁のガードを誇っていた。
「もう、俺を捕まえる事は出来ないぜ」
足の骨にヒビが入っていても、肩の骨が外れていても、
全てを滑らす事が出来る汗に守られていれば、歩いてでも帰れる。
「誰が捕まえると言った」
岡村は懐から携帯を取り出すと、どこかに連絡をした。
「ちょうど近くを通りかかっていたぜ」
岡村がパチンと携帯を閉じると同時にサイレンの音が聞こえてきた。
「警察?ハハハ、警察に何が出来るというのだ」
飛猿は警察などには捕まらない絶対の自信があった。
直ぐにパトカーが到着し、警官がドアを開けると同時に岡村はパトカーの中に勝手に入って、
対生物用に備え付けてある火炎放射器を、これまた勝手に取り出した。
慌てて岡村に銃を向ける警官に向かって、自分のIDカードを投げ渡し、
そのまま火炎放射器を飛猿に向ける。
ボン!
両足の骨が折れ、走ることが出来ない飛猿の油汗に包まれた体は、
逃げることも出来ず、一瞬にして灰になる。
さすがの滑る汗も爆発的な火力には勝てなかったのだ。
IDカードを端末機で照会した警官が、諦めにも似た顔で
「勘弁してくださいよ」と、こぼした。
ハロー製薬専務のS級ボディガードの起こした殺人は事件にはならない。
だが、始末書を書くのは重火器を渡した、この警察官自身だ。
ボディガードが殺した相手によっては懲戒になる可能性だってある。
ガックリと方を下ろす警官。
「大丈夫だ。昇進だって有り得る」
ニッと笑った岡村は、そう言い残して夜の街に消えた。
「そうか…」
飯田の話しを聞き終えた吉澤は、それ以上の言葉が出なかった。
石川と藤本もフウと溜息を漏らすだけだ。
飯田が麻琴の実の姉だったなんて知らなかった。
それだけではなく、明日殺そうとする相手は実の兄なのだ。
「でもでもでも。麻琴ちゃんは絶対助けないとね」
石川が、水割りを作って飯田に差し出す。
「うん…」
頷く飯田。
「それより間に合うのか?例の件は」
吉澤が自分の携帯を取り出した。
「予定では明後日だが」
チビリと水割りに口をつける飯田。
「大丈夫ですの?あんなやる気の無いB級アイドルで」
藤本のぁゃゃに対する言葉には、いつも棘がある。
「事情を話して発破を掛けるてみるよ」
吉澤は携帯を耳に当てて、呼び出し音を聞く。
携帯に出た松浦の声は眠そうだ。
「俺だ…」
『……?』
「事情が変わってしまった。
明日の昼に正面から突入することになった」
『…?!…!!』
「ああ、そうだ…人質を取られた。飯田さんの妹さんだ」
『!!…!!!』
「それまでに例の件を仕上げてくれ」
『★△■○!!!』
「…た、頼んだぜ」
ピッと携帯を切った吉澤が肩を竦める。
「ハハ…無理かもしれん」
携帯の向こうから伝わる空気は、
受話器からこぼれ落ちた松浦の声の雰囲気で分かった。
顔を見合わせて、溜息を付く3人…
時計は夜の9時を回ったばかりだった…
短いけど今日はココまでです。次回更新も未定って事で。。。(こればっかりだな・・・)。。。。でわでわ。
作者さん乙です。。。
川o・д・)<プギャープギャー
まぁマターリいきましょう。。
乙。
いい感じですよ。
脂汗の防御はカーズを思い出した(w
ほ
t
>>155の
>「麻琴という少女を預かっている。取り戻したければ明日の夜、小川神社に来るように。との事だ」
は、「麻琴という少女を預かっている。取り戻したければ明日の『昼』、小川神社に来るように。との事だ」
に訂正です。 ↑
安倍の住むハロー製薬の社宅はセキュリティーレベルが最も高い地区にある。
泊まりに来た矢口と、自室で他愛も無い話しをしてると携帯が鳴った。
「誰だべ?」
出ると不貞腐れたような松浦の声。
「なんだべ?」
矢口の耳に、甲高い声が携帯から漏れ聞こえる。
「え!!もう11時ちかいよ!」
漏れる声のトーンで何を言っているのか、だいたい分かった。
「え〜っ!眠いよ」
困惑した安倍の顔はもっともだ。
「……う〜〜、分かったべさ」
なっち では拒否出来ないだろうな と、思った。
ピッと携帯を切った安倍が「ハ〜ッ」と溜息を付く。
「なになに?」
分かっているが聞いてみた。
「ぁゃゃが今から出て来いって…」
「やっぱり…」
フーッと溜息混じりの矢口。
「時間が無いらしいべ…」
言いながら、パジャマを脱いで、安倍は私服に着替えだす。
「アイツ…明日の朝って言ってなかったか?」
明日、約束してた松浦に付き合うために、今日 矢口は安倍の家に泊まりに来たのだ。
「理由が有るんだべ。向こうに行ったら聞こう」
「…しゃあないなぁ」
ホウキに跨って、窓から外に出る安倍と矢口。
スーッと月に向かって飛ぶ姿は立派な魔女に見える。
今こうして空を飛ぶことが出来るのは松浦のお蔭だった。
小川神社の一件以来仲良くなった松浦は、安倍達の飛ぶ練習に付き合い、
何度か安倍の家にも遊びに来た。
だから夜中の呼び出しに「NO」と言えなかった。
ワゴン車の後部座席でアクビをする松浦は、時計を見て「おそ〜〜い!」と、頬を膨らませた。
携帯で連絡を取ってから1時間近く経つ。
飛べば30分も掛からない筈の この場所は、小川神社から少し離れた公園の駐車場だ。
この時間に安倍と矢口を呼び出したのには訳がある。
明日の昼までに、ある物を造らなければならなくなったからだ。
その為に徹夜作業をする必要があった。
そして、それを造るには魔力を持つ人間の手伝いが必要だった。
使い勝手が良い、安倍と矢口を計画に入れた理由だ。
妹分の高橋愛は、呼び出しても絶対に来ないという確信があったから、
当初からこの計画には入れてなかった。
「小腹が減った!おでん買ってきて!」
「え?歩いてか?」
「そうよ、早く買ってきて!」
マネージャーの真也に、来る途中で見つけた屋台から焼き鳥と おでんを買いに出かけさせて、
松浦はイライラしながらワゴンの後部座席に置いてある、高さ1メートル以上も有る
6本の大きな水晶柱を見た。
---魔法陣を造って封印する---
松浦の目がスウッと細まった。
計画はこうだ。
6本の水晶柱を小川神社を中心とする小川山を囲むように、六角形に置き、六芒星を作る。
魔法の儀式を行い、魔法陣を完成させる。
そして、小川神社を囲むように造った魔法陣で、神社を守る結界を破り、
噴き出る魔界の妖気を封印し、魔界街から隔離する。
つまり、魔界街の中に、もう一つの小さな魔界街を作るつもりなのだ。
松浦を含め、飯田と吉澤と藤本の4人で30人近い魔人を正面から相手にするのは不利に決まっている。
侵入者を察知し、その動向を魔人達に伝える 小川神社に張りめぐされた結界を破壊すれば、
飯田達が小川神社に侵入しても気付かれないし、小川直也に術を掛けられた魔人達の洗脳も解ける筈。
そうなれば相手は小川直也ただ一人になるのだ。
魔人達の殲滅は後日やればいい。
という、当初の計画は、小川麻琴が人質に取られた事で変わった。
計画変更の責は、「時間が無い」という理由で松浦の肩に圧し掛かった。
松浦の計算では結界を破る魔法陣を作るのには、あと2日は必要なのだ。
それを明日の昼までにやれと言う…
「なんで私が!」
一人、ブーたれても仕方が無かったが、誰かに八つ当たりしたい気分だ。
その八つ当たりの相手の安倍と矢口が、コンコンとワゴンのドアを叩いた。
「おっそぉい!何して…」
ドアを開けた松浦は、ハハハ…と半笑いになった。
「ゴメ〜ん」
と言って入ってきた安倍と矢口の手には、
コンビニから買い込んできたお菓子の袋でいっぱいになっていたのだ。
ワゴン車内で、真也が買ってきた焼き鳥と おでんと、安倍と矢口が買ってきたお菓子を
食べながら、計画と作業の手順を説明する。
「なんか。お腹が膨れてきたら眠くなってきたべ…」
「おいらも…」
ファ〜っとアクビをする安部と矢口に「コラ!」と怒りつけて、松浦は車外に2人を出す。
「もう、しっかりしてよ!」
言いながら、変わった形の小型測量機と菓子袋を持つ松浦は、銀ホウキに跨ってフワリと飛んだ。
「私の指示通りの場所に水晶柱を埋め込んでね」
プルルルと鳴った安部の携帯から松浦の声が聞こえた。
松浦は小川神社の上空、結界の届かない高さまで飛び、そこから魔法測量機を使って、
水晶柱を埋め込む場所を特定し、安倍と矢口に携帯で指示を出す。
「重いべさ…」
「キツイぜ」
一柱100キロはあると思われる水晶柱を、ロープで安倍と矢口のホウキに縛りつけ、
安倍はスコップ、矢口は発電機を背負い、ヨタヨタしながら飛んでいく。
それでも松浦の指示通りの場所に水晶柱を運び、スコップで穴を掘り、
発電機を取り付けた水晶柱を埋め、自分達の魔力を注いだ。
その一つの作業に2時間がかかった。
それを後5回繰り返すと思うとウンザリとしてくる。
「なっち、オヤツにしようか?」
「それがいいべ」
お菓子の袋を破いてポリポリとやってると、松浦からの携帯が鳴る。
『なにやってんの!まだ一箇所しかやってないじゃない!』
矢口が安倍から携帯を取り上げて、文句を言う。
「ちょっとぐらい休憩させろ!こっちは無給でやってんだ!夜中に!」
『…給金は出すわよ!私じゃないけど』
「誰が、いくら出すんだ!?」
『今は名前は言えないけど、出すのは貴女達が知ってる人よ。一人百万円は出るんじゃない?』
「ひ、ひゃひゃひゃ百万!か、からかってるんじゃねえだろうな!」
『本当よ。なんなら値上げするように私が掛け合ってあげるわよ』
「……」
ピッと携帯を切った矢口は、スクッと立ち上がる。
「どうしたの?」
「なっち、次行くぞ」
「へ?」
矢口の眠気は完全に覚め、さっきまでパシパシしていた瞳はギラギラと燃えていた。
「ひゃっくまんえん!ひゃっくまんえん!」
驚くほどスピーディになった矢口と安倍の作業は、当初の予定よりも半分の時間で終わる。
そして、滞りなく五箇所目も終わろうとしていた。
「なぁなぁ、なっち、百万円もらったら何に使う?」
「う〜ん。とりあえず貯金するかな」
空は白々と青みがかり、夜が明けようとしていた午前5時。
五箇所目は朝娘川の川縁だ。
小砂利をスコップで掘って、水晶柱を埋めようとしている所に、後ろから誰かが声を掛けてきた。
「お嬢ちゃん達、何をしているのかな?」
「うわっ!」
思わず声が出て、矢口と安倍は後ろに跳ねた。
「何を怖がっているんだい?」
ゲフゲフと含み笑いが漏れる男に、2人が驚き怖がるのは当たり前だ。
川から上がって来たばかりのように深緑色のコートをズブ濡れにした、
ハゲ頭の男の顔は滑(ぬめ)るように光っていて、
目と目の間隔が異様に開き、薄い唇は蛇のように裂けていた。
肌の色が無い真っ青なその顔色は、まるで半漁人そのものだ。
「ここここここんばんわ」
ヒクヒクと顔を引きつりながら挨拶をする安部。
「ケヘヘヘ、もう朝だよ。それより僕と川に入って遊ぼうよぅ」
スウッと伸びた魚顔の男の腕が、ペタリと矢口の腕に触れた。
「ぎゃ!気持ちワル!」
男の腕を払って、安倍の後ろに隠れる矢口。
「気持ち悪い…?」
ピクピクと滑(ぬめ)るハゲ頭の血管が浮き出る魚男。
「俺が気持ち悪いだとぉおお!!」
叫んだ口は、矢口の頭がスッポリ入りそうなくらいに裂けていた。
「ヤヤヤヤヤヤバイよ!」
「ホホホホウキ、ホウキ!」
2人同時にホウキを掴んで、間髪入れずに振った。
ブオン!と風が鳴り、魚男の体を傾ける。
「矢口!」
「お、おう!」
安倍の合図に矢口が魚男の後ろに回り、魚男を前後に挟んでホウキを振る。
前後から吹く突風は、旋風(つむじ)を起こし、魚男を巻き込み上空に上げた。
以前、松浦から言われた「必殺技」を二人で考えて編み出した、ホウキの風を利用した技だ。
ちなみに技の名前は考案中である。
「飛んじゃえ!」
風で巻き上がった魚男を下からホウキを振って、もっと高みに巻き上げる。
あれよあれよという間に、魚男の体は上空30メートルにまで達した。
普通なら、このまま地面に叩きつけられて即死コースだが、魚男は小川神社の魔人だった。
川に向かって落ちれば、無傷で助かる可能性が高い。
そして態勢を整えて、すぐに反撃して、この不思議な少女達を陵辱してやる。
と、地面を見下ろしながら考えている魚男の全身に、無数の銀の針が音も無く突き刺さった。
全身を銀の針山にし、血を噴出しながら、ドスンと地面に落ちた魚男は、すでに絶命していた。
遅れて下りてくるのは銀ボウキに乗った松浦亜弥。
「結構ヤルじゃん」
ニカッと白い歯を見せて笑う松浦は、2人にハイタッチしようと手を上げた。
「うん?どうしたの?」
放心状態の2人の膝はカクカクと震えている。
「ハハハ、今頃怖くなったの?」
「ハ ハ ハ ハ …」
乾いた笑いで返す矢口を、なんとも不思議な気持ちで見てしまう安倍なつみ。
つい数ヶ月前までには考えられない出来事が起こっている。
朝娘市に来る前は本当に普通の高校生だった。
それが、今では魔女見習いとなり、空を飛び、危険な目に会い、
そして、人を殺した。
それでも、不思議と心は落ち着いている。
自分の心が麻痺してしまったのかと、少し不安になったのだ。
「安倍さん、心配しないでいいよ」
そんな安倍の心を見透かしたような松浦の言葉。
「え?」
「こいつ、警察から懸賞金が懸かってる殺人犯だよ。
つまり、貴女達2人は、社会にとって良い事をしたと思っていいわ」
魚男の顔を見た松浦がフンと鼻で笑った。
「ほ、本当?」
確かに、この男の顔は普通ではない。
「名前は確か、サカナ君ってヤツだよ。まぁ、名前に似合わない立派な魔人ね。
確か、水に人間を引きずりこんで殺す人造舎所属の殺し屋だよ」
石川のレクチャーで憶えた魚顔の男は、水中では無敵な男だったのだ。
「し、賞金って?」
懸賞金との言葉が気になる矢口。
「300万ぐらいだったと思うけど…」
「ささささ300万!!」
矢口は素っ頓狂な声を上げて「どうしよう、どうしよう」と、安倍に縋る。
「ととと兎に角、警察に連絡するべさ」
震える手で、携帯を取り出す安倍の手を松浦が押さえた。
「ちょっとぉ、後にしてよ、そんなの!それよりヤル事があるでしょ」
「でも、300万だよ!300万!」
安倍も、死んだサカナ君の事より、賞金の方が気になって仕方ない。
「そうだよ、それにこっちの仕事も後、一箇所だけだろ。昼までには余裕で片付くよ」
矢口も譲る気は無いらしい。
「仕方ないなぁ…じゃあ、私は隠れてるから勝手にやってよ。
私はアイドルなんだから、殺人事件とは係われないの」
松浦は自分無しでは、どうしようもないだろうと、タカをくくって肩を竦める。
しかし、安倍と矢口は、松浦の意に反して電話で警察を呼び出した。
一通りの検証と事情聴取を受けた安倍と矢口は、ホクホク顔で
ワゴン車に隠れてた松浦の元に帰ってきた。
「本当に300万、もらえる事になったべさ!」
「賞金稼ぎになれるかもしれないって警察の人に言われたぜ」
キャッキャッとはしゃぐ安倍と矢口は、殺人を犯して震えていた事など
すっかりと忘れているようだ。
「家族には知られたの?」
ヤレヤレと聞く松浦。
この2人も完全に魔界街の人間になったなと、クスリと笑ってしまう。
「黙っててくれるって言ってたべ」
「いい人ばっかりだったな」
「ね〜♪」と顔を見合す安倍と矢口。
「じゃあ、そろそろ仕事を再開しますか」
呆れ顔の松浦は、時計を見た。
朝の7時を回る所だった。
「え〜っ!ちょっと休憩しようよ」
「そうだべ、なっちは疲れたよ。それにまだお昼には時間があるべ」
2時間もあれば残りの仕事は終わる。
徹夜の仕事と、警察の事情聴取は2人の体力を奪った。
「……じゃあ、2時間ぐらい仮眠しようか」
同意した松浦も、さすがに疲れていた。
マネージャーに時間になったら起こすように言って、座席を倒して車内で仮眠を取る3人。
しかし、マネージャーの真也もウトウトと寝てしまう…
彼も疲れていたのだった…
今日はココまでです。次回も未定。。。。では。。。。
ダンナの名前は「真也」じゃなくて「真矢」だべさ
という指摘は無粋ですかそうですか
183 :
キーヨのことは:04/09/21 23:41:56 ID:5IVFvEpA
age
飼育の百姫夜行?だったっけ。印象があれとすごいカブる。でもおもろい。がんがれ。
――― 33話 真昼の決闘 ―――
約束の時間の1時間前。
吉澤と石川は飯田のコルベットに、藤本は自分のリムジンに、
小川神社を見上げる駐車場で待機していた。
見る限りでは小川神社の結界は消滅してはいない。
「やっぱり無理だったか…」
溜息を付く吉澤の肩をチョンチョンと石川が叩いた。
「ちょっとアレ見てよ」
「うん?」
石川が指差す先には、見た事が有るワゴン車が止めてあった。
「アレって、松浦のワゴンじゃない?」
「…ああ、見た事ある車だな」
学校に送り迎いに来る松浦のワゴン車に見覚えがあった。
そのワゴン車が同じ駐車場に止めてある。
吉澤と石川は顔を見合わせ、頷きあい、タバコをふかしている飯田をよそに
コルベットから降りて確かめに行く。
「ああ!ちょっと見てよ、よっすぃ!」
スモークガラスに顔を近付けて、車内の様子を伺った石川が呆れた声を上げる。
「寝てるな…」
吉澤の声も呆れ気味だ。
「でも、なんで なっちと矢口も一緒に寝てるの?」
「…知らん」
口をあけてイビキをかいている矢口と、矢口の腹に足を乗っけている安倍、
丸まって猫みたいに寝ている松浦と、運転席で腕を組んで目を開けながら寝ているマネージャー。
「ちょっと!なにやってんのよ!起きなさいよ!」
石川がドンドンとワゴン車を叩くと、マネージャーの真矢が真っ先に起きて、時計を見て
慌てて車から飛び出し、全速力で駆け出し視界から消えた。
ポカーンと寝ぼけ眼(まなこ)で、辺りをキョロキョロと見回す安倍と、
まだ寝ている矢口、松浦は機嫌が悪そうに目を擦っている。
「ちょっとアンタ達!今 何時だと思ってるのよ!」
運転席から車内に入った石川が大声で怒鳴りつけた。
「ええ?まだ時間有るでしょ?…って、な、なんでアンタがいるのよ!」
松浦が石川に気付いて、文句を言うが、ある事に気付く。
「あれ?マネージャーは?」
「今、逃げたわよ」
フンと鼻を鳴らす石川。
「……」
吉澤は、ワゴンの車体にマッチを擦って火を点け、
タバコに火を点けて、紫煙と共に長い溜息を付いた…
何故、安倍と矢口が松浦を手伝っているのかは知らないが、
松浦達が慌てて飛んで行って、もう一時間が経つ。
「時間だ…」
結界は消滅していない。
しかし、時間を伸ばすことは出来ない。
飯田はコルベットから降りて、少し背伸びをした。
「行くのか?」
コルベットに寄りかかり、気だるそうに聞く吉澤。
「計画が変わった…お前達は残ってていいよ」
そう言い残し、飯田は振り向きもせずに小川神社へ向かう。
「冗談」
ヘヘッと吉澤は鼻の頭を掻きながら、飯田の後を着いて行く。
その後に続く藤本。
石川は駐車場でお留守番だった。
当初の計画から、3人とも正面から乗り込むつもりだった。
でもそれは、結界が破れ、魔人達の洗脳が解け、こちらの動向が相手に分からず、
魔人達との戦闘も極力避けられるという計算の基での計画である。
洗脳が解けず、こちらの動きを手に取るように分かられては、
戦闘は必至、いや戦争と言ってもいいだろう。
小川神社の鳥居を見上げ、一呼吸置いてから おもむろに踏み込んで立ち止まる。
一時(いっとき)待ったが気配は無い。
「…どうやら、お呼びのようだな」
吉澤は吸っていたタバコを捨て、足で踏み消した。
「ああ‥」
「参りましょう」
襲って来ない所を見ると、境内に誘っているようだ。
飯田、吉澤、藤本の3人は、それでも慎重に気配を探りながら石階段を上り、境内に出た。
「よく来たな!魔界街の刑事よ!」
上半身裸の小川直也は腕を組みながら、よく通る大きな声で出迎える。
広い境内には小川直也を真ん中に、小川流拳法の胴着を着た約30名の魔人が
ズラリと並び、飯田達を待ち受けていた。
「大層な出迎えだな」
ハハと笑いながら吉澤が呟いた。
「壮観ですわ」
藤本もフフと笑う。
「…麻琴は?」
一歩前に出た飯田が聞いた。
「ふん」
鼻で笑いながらも直也は、身を引き、顎をしゃくって本堂を見ろと促す。
直也達の後ろに堂々と居を構える、境内を見下ろす形の小川本堂。
その本堂の30畳もある広い本座敷の中央に
敷いた布団の中で、スヤスヤと眠る小川麻琴の姿が見える。
そして、麻琴の傍には白い医服を着た魔界医師 財前がひっそりと立っていた。
瀕死の麻琴を治療した財前は、無表情のまま唇だけで笑う。
飯田の怒りがフツフツと沸いてきた。
「テメエ!自分の妹を人質に取るとは、どういう了見だよ!」
指を突き上げて非難する飯田。
「それを救出に来るオマエもどうかしてるぜ」
「こっちは……け、警察活動だ‥」
最後の言葉は言い澱(よど)んだ。
「ふん、まあいい。用件を言おう。こちらの魔人達と一対一で闘ってもらおう。
決着は勿論どちらかの死だ」
「3人対30人か…随分とお優しいことだな」
皮肉を込めて言ったが、正直ホッとした。
一対一では負ける気がしない。
「ふふふ、こいつ等も欲求が溜まっていてな。
たまには 憂さを晴らしてやらないと…余興よ!」
余裕の小川直也は不適に笑った。
「今のうちに笑ってろ」
飯田も吐き捨てるように笑い返す。
「くっくっく…それでは噂に聞く、魔人ハンターの実力、見せてもらおうか!
以前ここに潜入した2人の魔人ハンターにはガッカリさせられたからな!」
直也の自信はソコにあった。
魔人ハンター如き、与し易いと…
「2人…?」
銃人次元が取り込まれたのは知っている。
だが…
「知らなかったようだな」
飯田の前にスウッと音も無く現れたのは、もう一人の魔人ハンター。
「オマエは!?」
『妖人』の異名を持つ3人目の『魔界刑事』福田明日香は軽く会釈をした。
「久しぶり…」
妖人の手には超硬軟質ラバー製の黒い鞭が丸めて握られている。
そして、美しき その無表情な顔からは、何を考えているのかは読み取れない。
そっと一歩を踏み出そうとした福田の肩を掴んだ魔人が、ズイッと前に出た。
男の名前は橋本真也、強烈な足技を得意とする魔人だ。
「最初は俺だ」
闘魂の文字が入った白く長い鉢巻を巻いた巨漢が、パンパンと拳を鳴らしながら
履いていた下駄を投げ捨てた。
丸太のように太い両足を大地に踏みしめると、足の甲にメリメリと血管が浮き出る。
「さっそくだが修行した発主流(ハッスル)を使わせてもらうぜ!」
「ご自由に…」
発主流が何かは分からないが、橋本の足の甲に浮き出た梵字を見れば、おおよその見当はつく。
要するに鬼拳の足バージョンと飯田は理解した。
「発主流!発主流!」
叫ぶと同時に、橋本の背中が見えた。
それが、橋本の旋風脚と理解する前に飯田は両腕でブロックする。
ガシッと、ぶつかる音。
ビリビリと腕の骨が痺れる感覚。
だが、飯田の体は、少しもその場所からズレてはいない。
「キサマ!」
愕然としながらも、丸太のような脚でミドルキックを繰り出す橋本の顔が更に驚愕する。
橋本の太腿に食い込んだ飯田のカウンターの左肘。
大木(たいぼく)さえ折る自慢の右足の骨がボキリと折れたのだ。
膝を突いた橋本の視界に広がる飯田の右拳。
パンッと子気味良い音に似つかわしくない、
首から上が無くなった橋本の首からは、噴水のように鮮血が溢れた。
ゴロゴロと橋本の頭が『妖人』福田明日香の足元に転がる。
何の感情も無くソレを見る福田が今度こそと、動き出そうとすると、
福田の後ろから頭上をクルクルと回転しながら飛び越えて、
飯田の前で着地したのは、黒い覆面を被った魔人サスケ。
苦笑いの福田は後ろを向いて、引き下がった。
「プロレスラーみたいのばっかり出てくるな」
余裕の飯田の言葉に、カチンときたサスケ。
「俺様の空中殺法を受けてみろでがんす!」
ブアッと高く飛んだサスケ。
だが、何かに足を掴まれて地面に叩きつけられた。
勿論その「何か」とは、吉澤の『見えざる右手』の事だ。
「ぐあ!だ、誰だ!」
クスッと笑った吉澤に対して、サスケの覆面の奥の目が血走る。
「キサマァ!バカにしたな!ようし、キサマに発主流を岩手県風にアレンジした、
俺様の奥義を喰らわせてやるでがんす!」
「岩手県?」
ハァ?と聞き返す吉澤。
「また、バカにしたでがんすな!」
「いいから、さっさとやれよ」
「…おのれ!」
腰を下ろし両手を腰に溜める体勢は『発主流』と同じだ。
「ケッパレ!ケッパレ!」
言うと同時に、サスケは血を吐き、胸を押さえて蹲(うずくま)り、そのまま動かなくなる。
「なにがケッパレだ。言い方を変えただけじゃねえか」
ポケットに手を突っ込んだまま吐き捨てた吉澤は、動いた気配さえない。
何が起こったかも解らず、ざわめく魔人達。
それもその筈、テレポートさせた吉澤の右手がサスケの心臓を握りつぶしただけ…
魔人達に見えるはずが無い。
だが、見える奴もいる。
異様な眼つきの黒タイツの男が、四つん這いでワラワラと蜘蛛の様に這い出る。
「俺の名は、エスパー伊藤!」
あがっているのか、声が甲高く うわずっている。
そして、もう一人、ゴロゴロと転がりながら出てきた小太りの背虫男。
「俺の名は、蜜魔ジャパン!…ま、そんな事はどうでもいいんですけど」
こっちは、独り言のように呟いた。
「2対1か…」
なんだコイツ等は?と思いつつ、
余裕の吉澤が前に出る。
が、表情が固まった。
ピクリとも体が動かない。
右手も動かせない。
「俺の『金縛りの術』はどうだ!その変な手も動かせまい!
…ま、そんな事はどうでもいいんですけど」
訳の分らない事を言いながら、顔が真っ赤になるほど、気張っている蜜魔ジャパンの超能力。
四つん這いのエスパー伊藤の口がカパンと開いた。
異様な関節を持つ、蜘蛛魔人のエスパー伊藤は、
ビューッと白い蜘蛛の糸を吐き出し、吉澤に巻き付け、窒息させるつもりだ。
だが、巻きついた物は白い一輪の薔薇だった。
藤本がフワリと投げた、たった1本の薔薇は、蜘蛛の糸の束の勢いを止めて、
エスパー伊藤の口に戻す。
「私がお相手しますわ」
ムシャムシャと薔薇を食べたエスパー伊藤はニヤリと不気味に笑い、
今度は藤本に向かって口を開けた。
エスパー伊藤が再度口を開き、吐かれた物は蜘蛛の糸ではない。
それは、シュルシュルと伸びた、束ねられた棘(いばら)の茎。
エスパー伊藤が意図して吐いたのか、それとも藤本の術なのか。
その答えは、すぐに出た。
見る間にミイラのように干乾びたエスパー伊藤は、
口から薔薇の茎を漏らしながら絶命したのだ。
ツカツカと蜘蛛の魔人に近寄り、その口から棘の茎を引き抜いた藤本は、
ビュンと鞭のように棘の茎を振った。
http://blanch-web.hp.infoseek.co.jp/cgi-bin/data/IMG_000073.jpg 振ったその先には、顔を真っ赤にしている蜜魔ジャパンが動かずにいた。
全神経を集中する『金縛りの術』は術者自身も金縛りにするのだ。
薔薇の棘を全身に巻かれて「ギャー!」と声を上げる間抜けな魔人。
吉澤の金縛りは、あっさりと解けた。
瞬間、ブチブチと心臓を引き抜かれる間隔に身悶えする蜜魔ジャパン。
ポケットから右手を抜いた吉澤の右手には、ドクドクと脈打つ心臓。
「か、返して…」
「今度は『そんな事はどうでもいい』と、言わないのか?」
蜜魔ジャパンが最後に見たもの。
それは、自身の心臓が握りつぶされる光景だった。
見守る魔人達の間に動揺が広がる。
こいつ等は手強いと…
「おいどんが殺るでごわす」
ドシンドシンと大地を踏みしめて登場したのは、西郷どん みたいな髷を結った相撲取りだ。
「武蔵丸と申す!」
ブワッと足を上げて四股を踏むと、ズズンと地震みたいに境内が揺れる。
「おまん達を踏み潰して見せるでごわす!」
ガッハッハと豪快に笑う超巨漢。
その武蔵丸を覆う、真っ黒い風呂敷状の物体。
「貴方じゃ無理だ…」
福田明日香の握る超硬軟質性の特殊ラバー鞭は、その形を自由に変形させることが出来る。
ギュギューッと縮まる、武蔵丸を飲み込んだラバー製の鞭。
ボキボキと骨の折れる音と絶叫が、武蔵丸を包んだラバーの中から聞こえた。
シュルシュルと福田の手に戻る妖人の鞭。
残ったのは元武蔵丸の肉の塊だけだった。
「キサマァ!」
武蔵丸を更に一回り大きくした魔人が福田に詰め寄る。
武蔵丸を弟のように可愛がってた、魔人曙太郎だ。
「この人達を殺し終わったら、相手になってあげる」
そっと、曙太郎を押しのけて、飯田の前に改めて立つ福田明日香。
「ソノ前ニ、俺ガ相手ダ!」
福田の肩を掴もうと手を伸ばす曙。
そこに、
「あけぼのぉおお!!」
ビリビリと境内に響く声に、曙が凍り付く。
「引っ込んでろ!」
腕を組み、仁王立ちの小川直也の命令は絶対だ。
ギリリと歯噛みする曙は福田を睨み付けながらも、その場から身を引いた。
無表情の福田の瞳には感情の色が無い。
その虚ろな瞳と視線が合った。
「…こんな形で対峙するとは思わなかったけど」
右手に自在鞭を握る福田は、腰を落として鞭を肩に掛けた。
「いいだろう…来な」
飯田はダラリと両手を伸ばした自然体のままだ。
ジリジリと少しづつ間合いを詰める福田は、飯田の実力は知っているつもりだ。
あと数センチで確実に仕留められる自分の間合いに入る。
だが、その数センチに、ためらいが生じる。
飯田の間合いだ。
飯田の剛拳を受ければ、いや、かすっただけでも華奢な福田には致命傷になる。
その飯田の間合いが分からない。
飯田は素手だ。
鞭と素手の間合いには雲泥の差が有る事などは分かりきっている。
だが…だが、相手は『超人』と呼ばれている魔人ハンターなのだ。
福田の心に初めて不安が生じる。
そして、初めて その瞳に感情の色がともった。
ツーッと汗が、額から落ちて福田の左目に入った。
左目を僅かに閉じた。
刹那、飯田が消えたと思ったら、左側に風圧を感じた。
ペチンとグーで左頬を小突かれる。
「もう一回やるか?」
そう言って、飯田は背を向けて元の位置に戻った。
振り向く飯田に向かって
「いや、いいです」
福田は鞭を収めた。
その福田と飯田の間合いの中心、つまり境内の中心にズーンと何かが落ちてきた。
銀色に煌くソレは、純銀で出来た三角錐の円柱だ。
ドリルのように回転する円柱は境内の中心にめり込み、地中深く埋まる。
その場所に突然出来る、光る六芒星。
「どいてー!」
叫びながら降りてきたのは銀ボウキに乗った松浦亜弥。
降り立った松浦は、間髪入れずに銀ボウキを振って、早口で呪文を唱えた。
バチバチと境内に青い放電。
その放電は、結界を破り、魔人達の頭を駆け巡る。
瞬間、パーッと空が晴れた。
元々晴れた空だったが、意味が違っている。
妖気に包まれた空が晴れたのだ。
小さなお堂の中で髑髏の水晶を見詰め監視をする六鬼聖。
その髑髏水晶がパリンと割れた。
「結界が消えた!」
「有り得ないよ!」
「でも、どうやって!」
六鬼聖と一緒にいた新垣はお堂を飛び出た。
「まさか、魔界と繋がったの?」
言い様の無い不安が胸を掻き毟った。
魔界と繋がったら、もう終わりだと思った。
小川神社から、魔界街から、逃げなきゃと思った。
その不安は嬉しい事に、裏切られた。
空は晴れ晴れとし、魔人達は洗脳が解けて、呆然と立ち尽くしていた。
「やった…やったぁ!妖気が晴れた!」
両手を挙げて万歳をしていると、六鬼聖が駆け寄ってきた。
「何がバンザイだよ!」
「裏切り者!」
「死ねよ!」
六鬼聖が印を結んで新垣に術を掛けようとする。
その六鬼聖達の頬が新垣のビンタでパンパンパンと鳴った。
「黙れ!魔人達の洗脳は解けたんだよ!オマエ達は負けたんだ!」
新垣が指差す方を見た六鬼聖は「うわぁぁああ!」と叫びながら、境内に駆け出した。
「す、素晴らしい…」
小川麻琴を診ていた魔界医師 財前は、目の前に広がる光景を感動を持って見守っている。
財前は洗脳を受けた訳ではない。
魔界街が どうなるのかを見届けたくて、自ら望んで小川直也の下に残っただけだ。
妖気に誘われて、小川神社に降臨する真の魔界の化け物に何故か胸が躍った。
ソレを物ともせずに粉砕する小川直也の強さに惹かれた。
化け物が魔界街を跋扈する姿を夢想し、狂喜する自分に気付いた。
財前は魔界に魅入られたのだ。
眼下に広がる光景は、自分が望んでいた光景ではない。
だが、それでも満足だ。
傍観者として、これ以上のショーは見られない。
満足気に頷く財前の唇は、久しぶりに白い歯を見せて開いていた。
何が何だか分からず辺りをキョロキョロと見回す曙太郎の巨体を
黒い鋭利な鞭が縦横無尽に巻きついた。
福田が手を振ると同時にバラバラと肉片になって崩れ落ちる曙。
その曙の首を持って、境内を降りようとする福田の背中に飯田が声を掛けた。
「オマエ、仕事は?小川神社の壊滅に乗り出したんじゃなかったのか?」
そっと首を振った福田は、曙の首をかざした。
「…私の仕事は、この曙を捕らえる事。
この神社に用が有った訳ではないの」
「そうか。でも、洗脳されるとはオマエらしくなかったな」
一緒に階段を下りながら、福田の失敗を笑いながら咎める。
「次から気をつけるわ」
フッと笑った福田に本来の表情が戻っていた。
そして、
「…小川直也は人間ではないわよ。気をつけてね」
そう言い残して、『妖人』は階段を下りていった。
福田を見送っていたら、ゾクゾクと背中に来た…
今まで感じたことも無い、異様で禍々しいオーラの存在を…
それは、飯田に浴びせかかるように、境内から立ち昇っていた…
「思ったより早かったじゃないか」
晴れた空を眺めた吉澤が、松浦を褒めながらタバコに火を点けた。
「寝てたんだから、そのくらいやって貰わないと困りますわ」
嫌味を言わずには いられない藤本。
「安倍と矢口はどうした?」
散り散りに小川神社を出て行く魔人達を眺めながら、吉澤が聞いた。
「駐車場で待ってる筈よ。今頃は石川さんと お喋りしてんじゃない?」
なんとか間に合わせた自信が松浦に余裕を持たせた。
「それより、アレ見てよ」
松浦が指す方には、呆然と天を見上げたままの小川直也がいた。
「アイツだけは殺した方がいいわね」
ニッと笑った松浦が、銀ボウキを直也に向けて振る。
ホウキから出る無数の銀の針。
その針がブスブスと直也に刺さった。
瞬時に両手で顔面を防御した直也の体に。
殺ったネ!と松浦は思い、ガッツポーズを取る。
だが、針ネズミになった直也は倒れる事も無く、血も噴き出ない。
「詰まらぬ…」
ボソリと直也が言った。
「下らぬ技だ…」
顔面を防御した腕を下ろした直也の顔には、狂気が宿っている。
そして、額には鬼の角が二本生えていた。
「むん!」
気合と同時に、全ての針が何事も無かったかのように抜け落ちる。
「…あ、有り得ない」
ポカーンと口を半開きにした松浦は、信じられない面持ちだ。
松浦に向かってニヤリと一瞥をくれた直也は、一本の銀の針を摘み上げて、唇に含む。
見る間に直也の頬が膨れ、プッと吹き出した銀の針は
松浦の心臓に突き刺さり、爆(は)ぜた。
http://blanch-web.hp.infoseek.co.jp/cgi-bin/data/IMG_000071.jpg 声も無く、人形のように崩れ落ちる松浦亜弥。
「キ、キッサマァ!」
吉澤が叫びながら右手を突き出す。
そして、テレポートさせた右手で直也の心臓を握った。
だが、直也の強靭な鬼の心臓は吉澤の握力では潰せない。
それどころか、直也の筋肉が吉澤の右手を逆に押し潰す。
「ぐあっ!」
戻した右手はグシャグシャに潰れていた。
「その右手を飛ばすのがオマエの技か…」
ギラリと牙を見せて笑った直也が、ドーンッと跳んだ。
吉澤との距離、10メートルをあっという間に縮めた直也の手刀は、
吉澤の肩口から右腕と体をズルリと引き剥がした。
http://blanch-web.hp.infoseek.co.jp/cgi-bin/data/IMG_000072.jpg 直也は、ボトリと落ちた吉澤の右腕を拾い上げ、
滴る鮮血をゴクゴクと飲み干し、そのままゴミのように捨てた。
右肩から血を噴き上げて転げまわる吉澤は、蹲(うずくま)るように動かなくなる。
「おのれぇ!」
シュルシュルと音を立てながら投げつけられた藤本の薔薇は、
プスリと直也の胸に突き刺さり、見る間に鬼の体に根を張った。
「…痒いだけだ!」
その突き刺さった薔薇を無造作に引き抜いた直也の右手には、
数メートルにも伸びた薔薇の根と茎がウネウネと くねっている。
ズン!と藤本に向かって進む直也の前に黒い影が飛び出た。
「お嬢様!」
影のように付き従う藤本家最高のボディガードの手には銃が握られている。
パンパンパンパンパンパン!全ての弾丸6発を、たて続けに撃った。
「邪魔なり!」
しかし、凶大なオーラを纏った直也の剛拳は、全ての銃弾を弾きながら
岡村の胸の中心に食い込み、「ぬん!」と体内に送り込んだ鬼拳は、
ボディガードの体を木っ端微塵に噴き散らかした。
バラバラと地面に落ちる岡村の肉片。
藤本の顔は恐怖に引き攣った。
境内に駆け上って見た、目の前に広がる光景に、
飯田は一瞬、何が起こっているのか理解できなかった。
怯える藤本を襲うとする直也と飯田の視線が合う。
「や、やめろぉぉおお!!」
直也の体が飯田のタックルで、ズズーッと下がった。
福田を見送った僅か2,3分の間に松浦と吉澤と岡村が殺され、
藤本が恐怖に放心していた。
「オマエの仲間は全員死んだ!いや、まだその小娘が残っているか」
ギラつく直也の目は藤本を一瞥し、飯田を舐める様に見る。
「…キサマ」
直也に見据えられた飯田の額の傷痕がズキリと痛む。
「バカめ!あれぐらいで勝ったと思うな!
オマエを殺した後、また同じ物を復活させるだけだ!」
直也には、まだ六鬼聖がいるし、魔人と連絡を取れる新垣もいる。
境内の隅で震えながら此方を見ている新垣と、
信者のごとく目を輝かせる六鬼聖。
甘かった…
結界を破った後、
実の兄に自分の事、そして麻琴の事を話せば
分かってもらえるんじゃないかと、漠然と思っていた。
兄は、そんな人間では無かった…
目の前にいる物は、角の生えた鬼そのものだった…
http://blanch-web.hp.infoseek.co.jp/cgi-bin/data/IMG_000069.jpg そして、甘かった自分に、自分の仲間を奪った鬼に対し、
湧き上がる憎しみの感情を抑えることが出来ずに体が震えた…
「許せない…」
たとえ実の兄でも…
「殺してやる…」
それが、麻琴の愛する家族でも…
フウフウと出る荒い呼吸と、ブルブルと震える体の戦慄(わなな)きは、
ズキンズキンと痛み出した飯田の額の傷痕の痛みを、憎しみと共に更に増幅させる。
そして、その額の痛みと連動するかのように、直也の首に掛かっている、
組み紐にぶら下がったオニ子の形見の鬼の角がブルブルと振動しだした。
ハナゲキタ━━━━━\(T▽T)/━━━━━ !!!!!
ハナゲよ、次もいいらさんのカッケーところ見せてくれ
乙です
みつまJAPANとエスパー以東の組み合わせが出るとは…バリ3000でも見てました?
乙カレー
そして保全
とにかく落ちる前に終わらせて下さい。保全しますよ。
>>211はいわかりましたぜ。
>>212バリ3000?すまん知らないです。みつまJAPANは昔ナイナイナで出てたのは見てた。
>>213落ちる事が有るのか?知らなかったYO。。。
>>214 バリ3000は1999年に東北放送で深夜にやってた不思議なバラエティ番組。
(音楽番組のフリをしてたけど明らかにバラエティだった)
それにエスパーとみつまがレギュラーで出てたのです
小川神社近くの駐車場に飯田のコルベットと松浦のワゴンが止めてある。
石川、安倍、矢口の3人は、松浦のワゴンの中でお菓子を食べながら
飯田達が帰るのを待っていた。
結界が破壊されたのは分かったから後は結果を待つのみ。
「ちょっと見てよ、アレ」
スモークガラス越しに石川が指差すのは、
口喧嘩をしながら、駐車場を横切ろうとしている初老の2人だ。
小川流拳法の胴着を着ている事から魔人と分かったが、
何故喧嘩しているのか分からない。
「ちょっと何よアンタ!臭いわねぇ!」
「アナタこそ凄く匂うじゃない!不潔よ!」
お互いに指を差し、罵り合いながらワゴンに近づく。
唖然と2人の やりとりを見る車内の3人。
「オカマじゃん」
矢口がニヤニヤ笑いながら毒づく。
「双子のオカマ魔人よ…」
訳知り顔の石川は平家の記憶に有る、2人の魔人を思い出し、
安倍はプッと吹き出した。
しかし、耳の良いオカマ魔人は、キッとワゴンを睨み付けた。
「ちょっと!私は地獄耳なのよ!」
「なんなのよ!あなた達!出てらっしゃい!」
矢口がスモークガラスを少しだけ開けて、更に毒づいた。
見た目は怖そうだが、オカマに負ける気がしなかったのだ。
「うっさいオカマ!」
そう言ってピシャリと窓を閉める。
「まー!悔しい!」
「キー!許さないわよ!出てらっしゃい!」
ドンドンとドアを叩いて、凄い形相で車内を見る2人のオカマ。
「ちょっと、ヤバいわよ。仮にも魔人なんだから」
石川が矢口の背中に隠れた。
「大丈夫だって、おいらと なっちの連携技が有れば一発でギャフンよ!」
「ギャフンって…」
死語に近い言葉に安倍が呆れるが、それでも今朝方サカナ君を殺した
(実際に殺したのは松浦)自信が言葉になって表れた。
「オカマって言われたくなかったら、名を名乗れべさ!」
「ちょちょちょちょちょっと、あんた達本当に大丈夫なの?」
挑発しすぎだと、安倍と矢口を咎める石川。
「大丈夫、大丈夫!」
「へっちゃらだべ!」
どこからそんな自信が来るのか、2人の魔女見習いはベーッと舌を出して
更に挑発した。
「キーッ!」
「悔しいわ!」
歯噛みして悔しがるオカマ魔人は それでも、
「お杉です!」
「P子です!」
と、窓越しに名乗る。
安倍と矢口は堪えきれずゲラゲラと笑い出した。
2人が強気になっている理由、つまり、徹夜でハイになっている事を知らない石川も
釣られてゲラゲラと笑い出す。
プチンと頭の血管がキレた双子のオカマの表情が
みるみる変わっていく その面は、まるで大魔神か金剛力士像だ。
「ひっ!」
「怖いべ!」
「だから言ったでしょ!」
ワラワラと車内の奥に逃げる3人に、これ以上の逃げ道は無い。
そこに…
ドーン!という鋭い音と共に青い落雷が、お杉とP子の頭に落ちた。
プスプスと煙を上げながら真っ黒く爛れ死ぬ2人のオカマ…
呆然としている3人の後部ドアをコンコンと誰かが叩いた。
「私の会社の車に乗ってる貴女達は誰?」
稲妻を発した杖を持つ、鷲っ鼻の魔女は怪訝そうに車内を覗いている。
「あっ!あの鼻!」
「ほ、本物の魔女だべ!」
「誰が!鷲ッ鼻じゃ!ぼけ!」
誰も鷲ッ鼻なんて言ってないが、石黒は気にしているのだろう、
その恥ずかしいツッコミに自ら気付いた魔女は「ウホン」と咳払いしながら、
車外に3人を手招きして降ろす。
「私は松浦亜弥の事務所の社長よ。貴女達は?」
「ぁゃゃのお友達の安倍です」
「同じく矢口です」
「よっすぃ の恋人の石川です」
ペコリと頭を下げる3人。
「マネージャーが居たはずだけど?」
「…逃げました」
石川の逃げたとの答えに、石黒はチッと舌打ちをし、何やら独り言をブツブツ愚痴った。
「あの…なんで社長さんがここに?」
オズオズと安倍が聞く。
「ちょっと、心配になってね。
それより、私が来なかったら貴女達、オカマに殺されてたわよ」
ハハハと乾いた笑いで顔を見合わせる3人と、
フウッと溜息を漏らす石黒。
石黒が駆け付けた理由は勿論、結界が消えた事を知ったから。
そして急遽 杖に乗り、飛んできたのだ。
「まぁ、いいわ。今までの事、話して頂戴」
「は、はい…」
「〜〜〜と、言う訳だべさ」
今日の出来事を石黒に促されるまま、手短に話す安倍と石川。
「そう、貴女達が松浦の助手をしてたのね」
石黒も安倍と石川の説明を聞いていて思い出した。
中澤の所の糞生意気な魔女見習いの事を…
多分ホウキを持つ2人が中澤の弟子で、
もう一人が松浦が言っていた情報屋の小娘なのだろう。
「神社の方はどうなってるのか分りますか?」
心配そうに石川が聞く。
「私も今来たばかり。でも、さっき 使い魔のカラスを飛ばしたから…」
石黒が話していると、タイミング良くギャーギャーと鳴きながら
使い魔のカラスが報告しに飛んできた。
肩に乗ったカラスを撫でながら、使い魔のクチバシに
耳を傾けていた石黒の表情が一変する。
「そ、そんな…」
愕然と肩を落とす石黒。
石川、安倍、矢口の3人に嫌な胸騒ぎが去来する。
「死んだわ…松浦と吉澤君が…」
その言葉を聞き終えずに石川は走り出した…
今日はココまでです。。。
>>215へぇ、そうなんだ。エスパーもみつまも超マイナーなくせに、結構有名なんだよね。
でわ。。。
>>222 ただ単にギャラが安かっただけなんじゃないかと(w
>>154あたりから読んだ。もうドキドキっすよ、ハナゲたん。
ズサー
小川神社の境内で、無言で対峙する小川直也と小川オニ子こと飯田圭織は
先ほどから、どちらも動かずにいる。
それ程の緊張感が空気をピリピリと震撼させ、
2人の体から湧き上がる、見えざる闘気がぶつかり合い、周りの空気を歪ませる。
一触即発の関係は、どちらも動けない状況を作り出しているのだ。
その撓(たわ)んだ空気にも意を解さず、颯爽(さっそう)と二人の脇を横切る白衣の医師。
お互いを見据え、視殺戦を繰り広げる、実力が高次元で拮抗している直也と飯田は、
魔界医師の行動を止める事も出来ない状態なのだ。
いや、魔界医師の次の行動を知れば、飯田は死んでも直也の動きを止めるだろう。
松浦亜弥の死体に近付いた財前は、そっと膝を突いて、自分の黒い鞄を開けた。
「おまえ達は運が良い。僕という医者が近くにいたのだから」
そう言って、吉澤の死体を抱きかかえる藤本に向かって、
「その男の遺体も、こちらへ。お嬢様」
と、藤本を促す。
「…あ、貴方は!」
藤本は、ようやく気付いた。
どこかで見た顔だと思っていたが、今まで思い出せないでいた。
魔界医師、財前吾郎はハロー大学医学部教授で大学病院の外科医長をしている男だったのだ。
そして、勿論ハロー製薬にも広く顔が利く存在だ。
軽く会釈をする財前は、鞄から一本のキラリと光るメスを取り出し、
松浦の服の上から刺し込み、胸を開いた。
「礼には及ばない。むしろ素晴らしいショーを見せてもらい、こちらがお礼をしたいくらいだ」
鈎状の針に、ハロー製薬が開発した抜糸の必要の無いバイオ糸を通し、
開いた胸に手を突っ込み、溢れた血で何も見えない状態の
松浦のバラバラになっている心臓を事も無げに縫い付け、
胸を閉じる時間は僅か10分。
続いて、吉澤の腕を付けるのだが、
「神経か…」
そう呟いて、腕をまくった財前は、藤本に右腕を持たせ、
肩と右腕を10センチほど離して、少しの間 凝視した。
「財前式縫合」
フッと笑った財前の針を持った右手が消えた…
ように見えた。
実際は目には見えない程の速度で縫合手術をした訳だが、
右手が元の位置に戻った時には、吉澤の右腕と肩の間には、
バイオ糸が細かい血管や神経を繋いでいた。
財前がキュッと右手を引くと、バイオ糸が引っ張られて、ピタリと元の位置に吉澤の右手が繋がった。
その時間、たったの5分。
計15分の間に、2人の難手術を遣り遂げた魔界医師の額には露ほどの汗もかいてはいなかった。
その15分の間に何が起こったか。
何も起こってはいなかった。
緊張して対峙していた直也と飯田も、財前の見事な手捌(さば)きに次第に見惚れ、言葉も無く見守り、
そして、吉澤の手術中に境内に駆け上ってきた石川、安倍、矢口、石黒も
白衣の医師を見て、事の成り行きを黙って見守っていたのだ。
「さすがに此方の死体は戻せない」
財前は、木っ端微塵にバラバラに成り果てた岡村の肉塊をチラリと見て、
藤本に、諦めろと、同意を求めた。
「さて、これから蘇生させるのだが、血液が足りない。
誰かこの二人の血液型と同じ人はいますか?O型とB型だ」
財前は吉澤と松浦の血を少し舐めて、血液型を言い当てる。
「なっちはA型だべ」と、安倍。
「おいらもAだ」と、矢口。
「私もA…」と、石川。
「わたくしもAですわ」と、藤本。
「…私も同じくAだわ」と、石黒。
無言のままガックリと肩を落とす飯田もA型だった。
「ふむ、仕方ない…」
財前は、自分の黒い鞄に手を入れて、何やらゴソゴソと物色する。
そして、取り出したのは、針の付いた2本のチューブ。
財前は2人の腕に、それぞれの針を刺すと、黒い鞄の中からニュッと伸びている
透明のチューブから血液が流れ出し、松浦と吉澤の腕に流れ込んだ。
財前の鞄は財前自身の個人研究室と次元を超えて繋がっている。
手術のために必要な医療器具を取り出すのは造作も無い事だった。
「後は電気ショックだな…」
また鞄の中に手を入れた財前に、
「電気ショックなら任せて」
と、名乗り出たのは石黒彩だ。
「強烈なヤツでいいの?」
「ああ、やってくれ」
樫の杖を松浦の心臓に当てると、青いスパークが弾けた。
電気によってビクンと松浦の体が動き、呆けたように目を開くと
咽たようにゲホゲホと咳き込み、凝固しだした自分の血液の塊を吐いた。
そして、石黒の杖により、同じように咳き込む吉澤。
数分間、黄泉の世界を旅していた2人は、何が起こったのか解らず
呆然と目を瞬(しばた)いている。
「今、輸血を行なっている。暫く動かないことだ。
そして、傷が塞がるまで2週間は安静にするように」
財前は吉澤の右手を取り、小川直也の胸の筋肉によって砕かれた右手の骨折を、
粘土細工を作るように捏(こ)ねると元に戻す。
「サービスだ。だが、付くまで動かすなよ」
鞄から石膏を取り出し、添え木を当ててペタペタと固めると、
包帯を取り出して、藤本に渡す。
「あとは宜しく。お嬢様」
その藤本の持つ包帯を、強引の取り上げる石川。
「私がやる!」
吉澤の右手に包帯を巻く石川を黙って見詰める藤本は、
自分の不甲斐無さに意気消沈し、ただ項垂れるだけだった。
松浦の胸に、グルグルと包帯を巻く安倍と矢口は、
「よかった、よかった」と、松浦の頭を撫でている。
「俺は…負けたのか…」
極度の貧血によって、石川に身を預ける吉澤は、項垂れながら飯田と小川直也を見据えた。
「生き返ったからいいじゃん!」
石川は、ギュッと吉澤を抱きしめる。
「…そうか、死んだのか…俺は…」
震える左手でポケットからタバコを取り出し、石川に火を点けてもらった吉澤はフウと紫煙を吐き出す。
「で、最後の闘いが始まる所か…」
見詰める先には、鬼に変わった2人の兄妹が立ち尽くしていた…
「さて…」
小川直也は辺りを見回す。
「ギャラリーも増えたな」
フと笑顔を作り、飯田を見る瞳は兄のソレだ。
「俺はオマエをずっと心配していた…」
スウッと一呼吸し、空を見上げる。
「そして、探していた」
身動(じろ)ぎもせずに、上を向いたまま瞳を閉じる。
「オニ子よ、良い仲間にめぐり合えたんだな」
直也が財前の手術を、手を出さずに見守っていた理由だ。
「…だからと言って、俺は生き方を変えることは出来ん」
直也は飯田の顔を真っ直ぐに見据えた。
「オニ子よ、俺に着いてくる気は無いか?」
飯田の体から立ち昇るオーラを見た直也は、残念そうに首を振り、
体の筋肉を緊張させ、力を集中させる。
「拒否すれば、今度こそ本当にオマエの仲間を全員殺す事になるぞ」
コキコキと首の骨を鳴らす飯田は、全身の筋肉を弛緩させる。
そして、闘う前の準備運動を始めだした飯田は屈伸と前屈を繰り返す。
「ならば、力で止めてみよ!この兄を!」
ギュッと握る拳を前に突き出し、小川流拳法の構えを取ると、
飯田もダラリと伸ばした両の拳を握り、前傾姿勢を取った。
「まいる…」
二人同時にグンと前に出ると、同じタイミングで右拳を相手の顔面に繰り出す。
バチンと、もろに当たった拳に二人同時に吹っ飛ぶ。
初めて尻餅をついた直也が、ググッと上体を起こすと、上空に飯田の影が見えた。
直也の直突きに吹っ飛びながらも、体を一回転させて着地した飯田が
そのままジャンプをして、尻餅をついた直也の体めがけて膝を突き立てたのだ。
ゴロリと横に避けて、体を起こした直也が、地面に膝を突き刺した飯田の左横腹に
丸太のような足を投げ打った。
直也のミドルキックを左腕で脇をガードした飯田だが、勢いでゴロゴロと転がる。
大股で飯田に近寄り、その足首を片手で取った直也が、飯田の体をブンッと振り回し、
地面に叩きつけた。
そして、そのまま飯田の髪の毛を掴み、立たせた直也は、飯田の腹部に
ボディブローの連撃をあびせる。
「どうだ!」
「まだまだよ!」
その直也のボディへの拳を掴んだ飯田は、そのまま力比べの手四つに持っていく。
グンッと両手に力を入れる二人の肩がぶつかり、踏ん張る地面には砂煙がフワッと巻き上がる。
顔を真っ赤にしながら覆い被さるように更に力を込める直也。
飯田が瞬間、力を抜いた。
と、見事なタイミングで体を反転させた飯田が、直也を背負い投げる。
ズーンと地面に叩きつけられた直也が上体を起こす所に、飯田の蹴りが直也の背中にバシッと入る。
「うぐぅ!」
背中を仰け反らせる所に、蹴りがもう一発。そして、更に一発。
ゴロゴロと転がりながら起き上がる直也は憤怒の表情だ。
「怒ったの?」
肩をグルグル回しながら、おもむろに近付く飯田は、
直也の無骨で真っ直ぐな蹴りを身を低くして避け、
そのまま下段回し蹴りで、足を払い倒れた所に回転浴びせ蹴りを胴体に当てた。
「蹴りの軌道が丸分り」
挑発するように破顔する飯田は、悶絶する直也に圧し掛かり、
マウントのポジションを取る。
「騎乗位ってヤツね」
ニヤニヤ笑いながらの飯田のタコ殴りは、その笑みに似合わない強烈な破壊力を持つ。
「きっさまぁ!闘いを侮辱するつもりか!」
「ボコボコにされて何いってるの?」
直也の顔面がボコボコと腫れてきた。
さらに追い討ちをかけようと、飯田が振りかぶると急激な直也ブリッジ。
仰け反る飯田の襟首を掴んだ直也が、巴投げのように腕だけで飯田を投げ飛ばした。
一回転しながら綺麗に着地した飯田は、起き上がる直也に対し、
チョイチョイと中指を立てて、挑発のポーズだ。
怒りで我を忘れた直也の突進。
その直也の懐に飛び込んだ飯田が、回転しながらのエルボーを首筋にヒットさせ、
よろめいた所に顔面直撃の膝を突き立てた。
鼻血を出して仰け反る直也のガラ空きになったボディに渾身の肘撃ち。
直也は「うがっ!」と、声を上げながら、その巨体を5メートルも飛ばされた。
よろめきながら立ち上がる直也に追い討ちをかけようと、更に突進する
飯田の右のパンチは、抜けるように避けられ、続く左の膝も流れるように避わされた。
「あれ?」
横を向いた飯田の脇腹に、以前受けたことの有る衝撃。
あっという間に吹き飛ばされた飯田が、すぐさま上体を起こすと、
両手を開き突き出している直也が、静かに構え直す所だった。
小川流授手の形で飯田の連撃をかわした直也は、そのまま小川流波動拳を放ったのだ。
「オマエの作戦が分った。俺を挑発し、自分のペースに巻き込むつもりだな」
「ハハハ、今頃気付いたの?」
ベーッと舌を出した飯田に対し、またしても顔を真っ赤にして挑発に乗ってしまう直也。
「うおぉぉおお!」
挑発に乗った直也が、大振りのパンチを出して、あっさりと かわされてしまう。
それに合わせる飯田の合気。
手首を掴まれた直也の体が回転し、しこたま地面に顔面を叩きつけられる。
「へん!柔術だって出来るもんね」
倒れた直也の首に飯田の足がザクリと刺さる。
「うげぇ!」
喉を潰された痛みに、転がり逃げる直也。
「アンタ、実践向きじゃないよ」
腰に手を当てて首を振る飯田は、直也を見下す。
一見なんの痛手も見当たらない飯田だが、実は相当なダメージを受けていた。
小川直也の一発一発の衝撃は、それだけで人間が粉砕される代物なのだ。
先程受けた小川流波動拳などは、飯田の内臓を揺さぶり、
激痛の中、転げまわっても おかしくない程だ。
それを何事も無かったように涼しい顔でいる飯田は、相当に我慢強いのだ。
小川直也に小川流拳法を使われたらヤバイ…
飯田が、自分のペースに巻き込みたい理由だ。
それに気付き始める直也。
「オマエの喧嘩殺法に付き合ってたぜ」
呼吸を整えるように深呼吸をする。
「なんだ、付き合ってくれないの?」
内心舌打ちをする飯田は、それでも作戦を変えるつもりは無い。
ツカツカと詰め寄り、何かに気付いたように直也の顔を指差した。
「鼻血、出てるよ」
「うん?」
親指で滑る鼻血を拭い取ろうとした直也の頬に、飯田の左フックがめり込む。
そして、右手で直也の袴を掴んで引き倒し、腹にサッカーボールキックをぶち込み、
腹を押さえて悶える、直也の両足を持ち、今度はエアプレーンスピンだ。
そのままグルグル回しながら、神社の石篭に叩き込むとガラガラと音を立てて
石篭が崩れ砕けた。
頭からドロリとした血を流す フラフラの直也をボディスラムで数メートルも投げ飛ばし、
落ちた所に走りながらのスライディングキックを見舞わせた。
普通なら5回は死んでいる飯田の波状攻撃。
だが直也は、よろめきながらも立ち上がり、構えるのは小川流。
揺らめくようにフラフラと構える虚ろな表情の直也を見て、
そろそろ潮時かな、と飯田は思った。
「殺しはしないよ…」
こういう挑発作戦に出たのは、飯田には実の兄を殺せる勇気がなかったからだ。
だから、本気で闘ったが、死に至る最後の詰めはしなかった。
だが、決着は付けなくてはいけない…
飯田は、ギュッと握る拳を振り上げ、ググッと身を捻って拳に気を集中させる。
渾身のパンチを腹に叩き込んで、止めを刺すつもりだ。
普通なら、確実に内臓を破壊し、背骨を折る、死の拳…
それでも直也は死なないだろう…
力技では、鬼は死なないのだ。
ブンッと唸(うな)りを上げる、飯田の剛拳…
「うぎゃっ!!」
剛拳を 直也の腹に叩き込んだ筈の飯田が、逆に吹き飛び、
腹を押さえて、転げまわりながら身悶えする。
シューッと摩擦煙を上げる直也の右拳…
同じ軌道でカウンターを放った直也は目を閉じていた。
無心で構えていた小川流拳法『水鏡の形』は、
飯田の構えと軌道を刹那に感じ取り、寸分違わない、
いや、それ以上の速さと破壊力を持って相手に返すのだ。
「小川流水鏡の形…オニ子よ、自分の拳の威力はどうだ?」
スウッと目を開いた直也は、拳に鬼の気を送る。
梵字が浮かび上がる拳に込めるのは鬼拳『仙脳術』…
直也は実の妹を洗脳するつもりだ。
まだ転げまわっている飯田に向かって大ジャンプをした直也は、
その落下の勢いのまま飯田の顔面に鬼拳を叩き込む。
5センチほど地面にめり込んだ飯田の頭部。
引き抜いた直也の拳には、滑る飯田の血が滴り落ちる。
「わ、私には鬼拳は通用しないよ…」
大の字になった飯田はゲフッと血を吐きながら、弱弱しい声で応じた。
何かが脳に送り込まれる感じがしたが、それは直ぐに霧散したのだ。
「そうか…鬼拳は鬼には通じなかったな」
直也は、顔面の潰れた飯田の鬼の角を掴み立ち上がらせ、そのまま放り投げた。
ヨロヨロと立ち上がる飯田圭織。
「さっきとは立場が逆転したな」
ポキポキと指を鳴らす直也。
「仙脳術が通じなければオマエを殺すまでだ」
言うと同時に、グンッと肩から飯田の懐に飛び込んだ直也は、
背中を飯田の胸に当てて、気を放つ。
ダンッと音がした。
広い背中から発せられる直也の気が、飯田を10メートルも吹き飛ばす。
全身に広がる直也の鬼の気が飯田を襲い、激痛が体中を駆け巡る。
直也は動かない。
飯田が立ち上がるまで待つつもりだ。
「オマエ、先程合気を使ったな」
ニヤリと笑った直也が立ち上がった飯田に無造作に近付く。
反射的にパンチを繰り出した飯田の手首を取ると、キュッと捻った。
「!!!」
言葉も出ないほどの激痛。
飯田の右肩から肘、手首と全ての関節が外された。
右腕をダラリと垂らした 飯田に、俊速の肘撃ち。
そして回転しながらの首筋に手刀。
ふらつき背を向ける飯田の背中に小川流波動拳。
飯田は血を吐きながら転げまわる。
先ほどから石川達の声援が耳に纏わりつく。
悲鳴に近い声が上がっているのは、自分が劣勢だからだろう。
自分が殺されたら、次はあの娘達も殺されると思うと、死ぬ訳にはいかない。
だが、直也の破壊力は想像以上で、立ち上がる力が入らずガクガクと膝が笑う。
もう、どういう攻撃を受けているのかさえ解らず、
衝撃と共に、地面に叩き付けられるのが、辛うじて解るだけだ。
朦朧とした意識の中、直也の「とどめだ」との声が聞こえた。
そして、もう一人…
「姉様…」
ギリギリと地面を踏みしめる直也の両足。
腰を屈(かが)め、両手を腰に溜めるのは最終奥義『発主流』。
意識も無く、ただ立ち上がるだけの妹を早く楽にさせる為に、
直也は全身のオーラを両拳に集中させる。
次の攻撃で妹は確実に木っ端微塵に粉砕され、肉塊になるだけの気を込めた。
両の拳に纏わりつく異様なオーラは、その拳を中心に陽炎が立ち昇るように空気が揺らめく。
「発主流!発主流!」
バチンと飯田の瞳が開いた。
と、同時に顔面と腹を狙う直也の奥義『発主流』の燃える拳を、
飯田の左拳が顔面への拳を掴み止め、ボディへの拳を右膝で受け止めた。
ビリビリと伝わる左手と右膝への衝撃。
飯田の左手の骨は、ピシピシと音を立てて、ひび割れ、右膝の皿が割れた。
それでも…それでも、直也の最終奥義『発主流』を止めた。
直也の顔が驚愕する。
「ありえん!!」
目に光が戻った飯田の体が、フと消えたと思ったら、顎に衝撃が入り、直也は仰け反る。
綺麗に決まった飯田のサマーソルトキック。
飯田は着地と同時に地面を蹴り、左膝を直也の顔面にヒットさせ地面に倒した。
顔を上げた飯田が見る先は、小川本堂。
布団に寝ていた筈の小川麻琴が、そっと佇んでいた。
麻琴が飯田の角を見て漏らした一言…
「姉様…」
それが、飯田の目を覚まさせ、復活させた。
間接が外れた右腕をグルングルンと振り回し、伸びきった所で急に引き戻す。
無茶苦茶な やり方だが、カシンカシンと音を立てて間接が繋がった。
「麻琴…私はオマエを守るよ。
たとえ、兄さんを殺してでも…」
鬼を殺す方法は無い…
自分の鬼の角を取り戻した飯田には、それが解っている…
だが、隔世遺伝で生まれた本物の鬼の子には、鬼の奥義が宿っていた…
うわぁぁあああ!と、雄叫びを上げた飯田の体から、真っ赤なオーラが立ち昇る。
そして、スッと構えると、目に見えた赤い揺らめきは何も無かったかのように消えた。
「…小川流拳法…合わせてあげるよ」
グシグシと、潰れた鼻を手で元に戻し、鼻に溜まった血をベッと吐き出し、
初めて両手を前にファイティングポーズを取った飯田は、
トンットンッと、リズミカルに直也の周りを回りだした。
「ふん…麻琴の声で復活したか。だが、我が小川流拳法は無敵なり」
そう言って、直也も静かに構え直す。
パンと直也の頬に小気味良い快音。
さらに続けてパンパンッと2発。
飯田のジャブに、物怖じしない直也は、
「蚊ほどにも効かぬわ!」
と、腰を入れた小川聖拳をブンッと突き出す。
瞬間、直也の目に飯田の背中が見えた。
と思ったら、脳天に鈍い衝撃。
飯田が放った 前方回転しながらの踵落としは、直也に膝を突かせた。
ジャブは距離を測り、
そして、踵落としのカウンターを取るタイミングは、直也の構えで分った。
スッと右足を上げて、膝を突いたままの直也の顔を
ビンタのように無造作に蹴り続ける。
皿の割れた右足の痛みに 頭の芯が痺れたが、無視した。
その足を取ろうと、上げた直也の手が空を掴む。
掴まれそうになった時、右足を引いた飯田は、そのまま また右足を伸ばし
直也を おちょくるように、また顔面への連撃だ。
「キ、キサマ…」
言ってはみたものの、足を掴もうとする直也の手は空を掴み続け、
掴み損なう分だけ、飯田の足の連撃のスピードは増していった。
「うおぉぉぉおぉおお!!」
足のスピードは更に増し、遂には直也を吹き飛ばす。
ゴロゴロと転がる直也に向かってダッシュした飯田は、
渾身の力を込め、皿が割れた右膝が壊れるのも構わず、
低い弾道のシャイニングウィザードを直也の首に叩き込んだ。
ボキンと鈍い音と共に、直也の首が歪(いびつ)に曲がる。
ドーンと大の字に倒れた直也の首の骨が折れたのだ。
片足を引きずりながら近寄り、空しそうな表情で直也を見下ろす飯田圭織。
「飯田さ…姉様…」
フラフラと歩き出そうとする麻琴の肩を誰かが掴んだ。
「爺様!」
振り返った麻琴の前には小川龍拳が厳しい表情で立っていた。
「…い、生きてたんですね」
「うむ…山頂の祠に幽閉されておったががのぅ。
見張りの魔人とやらが、急に逃げるように居なくなったので、祠を壊して出てきたのじゃ」
麻琴に抱きつかれ、少し照れた龍拳は
「心配をかけて済まなんだのぅ」
と、孫の頭を撫でながら、もう2人の孫達…飯田圭織と小川直也を見詰めた。
「あの魔界街の刑事が、オニ子じゃったとは…因果なものじゃ」
感慨深げな龍拳に、
「もう、決着がついたようです」
駆け出そうとする麻琴を「まだじゃ、直也は復活する」と、龍拳が止める。
「でも、このままじゃ、どちらかが死にます」
「麻琴よ、あの2人の邪魔をしてはならぬ。
あの兄妹は拳で語り合っている。
最後まで見届けてやるのじゃ」
龍拳は直也の暴走を止めることが出来るのは、オニ子だけだと確信している。
直也の暴走を死でしか止めることが出来ないならば、それでも仕方がないと思っている。
年老いた小川家当主には、ただ見守るしか方法が無いのだった。
「直也様が負けたよ!」
「信じられないよ!」
「敵を討つよ!」
鬼の呪法で飯田を殺そうと、印を結ぼうとした六鬼聖の三人の頬がパンパンパンと鳴った。
「オマエ達!いいかげんにしろ!」
新垣が六鬼聖リーダー格の田中の胸ぐらを掴んで揺すった。
「小川総帥が勝ったら人類は滅びるんだよ!
なんでそんな事に気付かない!
オマエ達の親兄弟、皆死ぬんだぞ!
それでもいいのか?!」
「う、うるさい!」
「直也様がそんな事する筈ないよ!」
「直也様は理想郷を造るんだよ!」
「とにかく!あの女の人を殺そうとしたら、私が許さない!」
今まで見たことも無い新垣の迫力に、圧倒され始める六鬼聖。
「どちらにしろ、見守るしかないんだ…
今の私達に出来る事は…」
新垣は祈るように境内に佇む飯田を見た…
飯田の闘いに一喜一憂していた、安倍と矢口と石川は、
崩れ落ちた小川直也を見て、手を取り合って喜んだ。
「こんな闘いは見た事が無い…」
「圧巻でしたわね」
吉澤と藤本も、飯田の勝利に胸を撫で下ろした。
正直、小川直也が勝ったら、どうすれば良いのか見当も付かなかったからだ。
「社長…私、暫く休暇が欲しい」
呆けたように、腕に刺さったままの輸血用チューブを見ていた松浦が
疲れたように石黒に訴える。
「…仕方ないわね」
石黒も、今回の松浦の活躍を認めない訳にはいかなかった。
それに殺されたショックも大きいだろうと、
長期の休養も考えなければいけない。
穴埋めは高橋愛に頑張ってもらうしかないと思った、
その時…
「素晴らしい…」
魔界の医師が感嘆の声を上げる。
「…どうしたの?」
「あれを見なさい」
石黒が財前の指差す方を見て、愕然となる。
喜んでいた安倍達も、「ギャー!」と後ろに下がる。
「嘘だろ…」
「有り得ませんわ」
吉澤が吸ってたタバコをポロリと落とし、
藤本は腰が抜けてペタリと座り込んだ…
直也の胸が大きく上下しだした…
「そう、こなくっちゃ」
飯田の口元が寂しそうに笑いの形を作った。
ボンッボンッと胸の上下に合わせて、直也の筋肉が膨らむ…
「うがぁぁぁあああああ!!!!」
叫んだ直也の声は人間の声ではなかった。
地獄から吹き上がる鬼の雄叫びは、いつの間にか翳(かげ)ってきた空からポツリポツリと雨を呼ぶ。
そして、急激に雨は豪雨に変わり、
ドーンッと落ちた雷が直也を直撃した。
プスプスと煙を上げながら、幽鬼のように立ち上がった直也は、最早人間ではない。
身の丈3メートルを超す、鬼に変貌していた。
「ぐがぁぁああ!!」
雄叫びと共に飯田を片手で掴み上げた直也は、そのまま地面に叩きつけ、
巨大な足で、踏みつける。
一発目をもろに食らった飯田が、二発目、三発目、を辛うじて転がりながら避けた。
そして、その三発目の足を両手で抱えて すくい投げた。
ドンと尻餅を付く直也は、それでもすぐさま立ち上がり、肩から突進してくる。
飯田は馬跳びの要領で直也の突進をかわし、
背後に回って両腕で腰周りを掴み、そのままバックドロップで投げ捨てた。
ドンドンッと転がりながらも態勢を立て直し、またしても突進する直也には、
小川流拳法の影も見当たらない。
大きく両手を広げ、飯田を抱きしめた直也はギリギリと、その腕力で締め付ける。
「うぎゃぁぁああ!!!」
肋骨が悲鳴をあげ、何本かがボキボキと折れた。
そして、大きく口を開けた直也は、飯田の左の肩口を凶悪な犬歯で噛み付き、
肉をレザースーツごと噛み千切った。
ドサリと落ちて、膝を突いた飯田の背中に、直也は両拳を振り上げ叩き付け、
倒れた飯田の頭を踏みつけた。
グリグリと踏み締められる飯田の頭骨にピシリとヒビが入る。
もう一度、踏み付けようと足を上げた所を逃さず、飯田が転がりながら脱出する。
立ち上がった所に横殴りの右腕。
飯田は左腕でガードしたが、筋肉でカバーしていた、ヒビ割れの腕の骨がボキンと折れた。
苦悶の絶叫を上げる飯田のボディに襲い掛かる直也の左腕。
ボンッと音がする、アッパー気味のボディブローは、飯田の肋骨を肺に刺し込み、
内臓を何箇所か破壊する。
大量に血を吐き散らしながら、後ろに下がる飯田圭織の瞳は、それでも死んではいない。
そして、その瞳は憂いを帯び、儚(はかな)げだった。
「うがぁぁあああああ!!!」
自分の胸を叩きながら雄叫びを上げる直也の姿は、何かを訴えているようにも見える。
「気が済んだ…?」
直也の突進に吹き飛ばされながらも、ヨロヨロと立ち上がる飯田。
「もう、充分だよね?」
人の言葉さえ喋れなくなった鬼の 真っ赤な目には、涙が溜まっている。
「いっぱい‥いっぱい話したよね?」
小川流の形も忘れた直也は、ただただ闇雲に飯田目掛けて突進するだけの魔獣に成り果てていた。
「ハハ…こっちは、もうボロボロだよ…」
またもや突き飛ばされた飯田が、操り人形のように立ち上がるのは何度目だろう…
「これ以上やられたら、本当に死んじゃうよ」
飯田は自分の鬼の角を、動く右手で掴むと、ボキンと折った。
「…戻してあげる」
折れた鬼の角は、溶けるように飯田の右拳に消えていく…
「最後は人間として逝ってね…兄さん」
握る飯田の右拳は、静かに炎に包まれ始めた。
その炎は勢いを増し、鬼の魂を宿した飯田の右拳は真っ赤な紅蓮の炎に変わった…
「うがぁぁあああああ!!!!」
両手を広げ襲い掛かる直也の拳をクルリと反転して避けた飯田の炎の拳は、
直也の腹の中心に吸い込まれるように突き刺さった。
飯田の右手は何かを掴んだ。
それは、直也が飲み込んだ小川家伝承者の証の鬼の角…すなわち『元鬼魂』。
「…オ…オ‥ニ‥子…」
篭もる鬼の声で必死に喋ろうとする、兄の目には血の涙が流れていた。
「ごめんね…ごめんね…」
飯田が右手を引き抜くと同時に、ボンッと音を立てて炎に包まれる小川直也。
「ごめんね…兄さん」
メラメラと燃える業火に包まれ、元の姿に戻っていく小川直也は、飯田をそっと抱きしめて ただ一言。
「…すまぬ」
そう言いながら砂のように崩れ落ちた。
取り戻した『元鬼魂』を見詰めながら、膝を突き嗚咽する飯田圭織…
雷雨の中、消える事が無かった鬼の紅蓮の炎は、小川家長兄 直也を燃やし尽くし、
白砂のような灰になったその遺骨を、直也自ら呼び込んだ豪雨が洗い流した…
今日はココまでです。一気に書いて読み返さずにうpしたので変なところがあったら申し訳だYO
さて、小川神社篇も終わり、残すは最終章だけになりますた。
もうちょっとだけ付き合ってください。。。
>>224もうちょっと前から嫁。。。。。。。。ではでは。。。
ハナゲさん乙カレーです
もうかなり終盤という所ですか…
終わると思うと…(ry
乙です
前スレちょっと見てきたけどほぼ一年前に連載開始したんですなぁ
hozen
ほ
――― 34話 さらば魔界街 ―――
私立ハロー大学医学部、大学病院。
廊下に女性のアナウンスが木霊する。
『財前教授の総回診です』
助教授を始めとする10名以上のスタッフを引き連れて、病室を回診する財前吾郎。
『魔界医師』財前の本当の職業がココにあった。
「先生、2ヶ月ぶりぐらいじゃないですか?今までどうなさってたんです?」
診て回る患者達は心配し、口々に同じ質問をする。
それだけ、この財前が信頼されている証拠だ。
「ははは、すみませんねぇ、ちょっと心労が溜まって休暇を取ってたんです」
「もう、大丈夫なんですか?」
「ははは、患者さんに心配してもらえるなんて、僕も幸せです」
そう言って場を和ます財前が、2ヶ月近くも病院を離れていた理由は勿論、心労などではない。
小川神社の呪縛から逃げられなかっただけだ。
財前専用の個室で、窓を開けて空を見上げる 魔界前医師の表情は限りなく重い…
財前は、この病院に戻った真の理由を思い、目を閉じ、
おもむろに空に向かって両手を伸ばし、流れるような手つきで、シャドーオペを始めた。
しかし、その右手は僅かに震えている…
今なお、この体を蝕む『魔』を振り払えないでいるからだ。
財前吾郎が『人造舎』に登録した理由は只一つ、金だ。
ハロー大学医学部の教授になる為には膨大な資金、つまり賄賂が必要だった。
教授になってからも自由に使える金が必要になり、そのまま『人造舎』に登録し続けたのだが、
総帥の北野が殺され、小川直也がその地位を奪い取ってから、財前の人生の全てが変わった。
財前吾郎は小川神社で『魔』に取り憑かれた。
大学病院の最上階に設置された特別ルーム。
そこに飯田圭織が入院していた。
全治4ヶ月と診断された飯田の体は、その後の検診のたびに短くなり、
今日の財前の検診結果では、あと一週間程で退院できると言う。
「まったく驚異的な回復力ですね」
呆れたように言う財前。
「なんたってオニ子ですからね」
付き添いで病室に泊まり込んでる小川麻琴が、悪戯っぽく笑った。
「ハハ…その名前はやめろ」
麻琴が剥いたリンゴをパクつきながら飯田。
「いいじゃないですか?…オニ子、うん、格好いい」
麻琴は頷きながら、納得の表情だ。
「どこが!格好悪いじゃん!しかもカタカナだし!」
ブウっと膨れ面の飯田は、キョトンとしてる辻に気付いて「ねえ?」と話しを向ける。
「…飯田さんは鬼じゃないです。優しいのです」
毎日のようにお見舞いに来てる辻の目当ては、
朝娘署から毎日のように届く、お見舞いのフルーツバスケットだ。
「のんちゃんだけだよぉ!分かってくれるのはぁ!」
メロンを食べてる辻に抱きつき、頬擦りする飯田。
「わぁ!」
メロンを落とし、飯田を咎める辻と、クスクス笑う麻琴。
「それだけ元気なら大丈夫、明日にでも退院できますよ」
その光景を見ていた財前は、薄く笑って肩を竦めた。
「では、お大事に…」
会釈して部屋を出る財前に、ペコリとする麻琴と辻。
「…もう、悪い事すんなよ」
財前の背中に言葉を投げた飯田は、人造舎を抜けた魔界医師を捕まえる気など無くなっていた。
理由は簡単。
吉澤と松浦の命を救ったからだ。
そして、この医師を必要としている多くの病人もいるのだ。
一旦足を止めたが、そのまま何事も無かったようにドアを閉める財前…
飯田は気付かなかった…
病室を出る財前の唇が、歪んだ笑いを形作った事に…
ハロー製薬本社ビル…
ハロー大学医学部教授の財前の地位は、この会社でも絶大だ。
深夜2時に訪れても、丁重に迎えられ、目的の地下研究室に通される。
その中でも厳重に管理されている地下100メートルの最下層、
『バイオ研究室』に、殺菌措置をし、ガウン一枚に着替えさせられて入った財前の
目的は、同期の親友、里見に会う為だ。
(バイオ研究室に入るには、たとえ財前でも厳重なボディチェックが必要なのだ)
朝娘市の中で、魔界に一番近い この部屋は、10メートルの厚さの鉄の壁に囲まれた
息が詰るような重い空気が漂う密室になっている。
地下に染み入る魔界の空気が、危険度特Aのウィルスを造り出し、死滅させ、また造られる。
空気清浄機の音だけが、やけに響く20畳程の研究室には
24時間体制で常時3人ほどの研究員が、研究に勤しんでいた。
「よう、里見、久しぶりだな」
顕微鏡を覗き込んでいる、里見と呼ばれた誠実そうでいて
どこか暗い影を落とす研究員は、ハッと声の主に振り向く。
「財前か…元気そうだな、何しに来た?」
「まだ、僕への医学部長就任の祝いの言葉を聞いてなかったからな」
「…そうか、医学部長になったのか、知らなかったよ。おめでとう」
握手を求めてきた財前の手を握り返しながら
「で、本当の目的はなんだ?」
約1年ぶりに、この研究室に足を運んだ財前の真意を聞く。
財前自ら、このような場所に赴くには、それ相応の理由が有るはずだ。
「…これと言った理由はないが、君の声が聞きたくなったのと、
以前、君が言っていた究極にして最悪のウィルスが
どうなったのか知りたくてね」
「あぁ、『Zウィルス』の事か…」
里見の胸に、嫌な胸騒ぎが過ぎる。
「どうなった?」
「…ちゃんと保管してある、予防ワクチンと一緒に」
「そうか、それを聞いて安心した」
財前はガラス張りの、もう一つの部屋を覗き込む。
ウィルスアンプルがズラリと並べられた その部屋は、言わば、究極の冷蔵保管室だ。
その保管室の奥に、厳重に封印された黒い箱があった。
「…あれがそうか?」
「そうだが、何故そんな事に興味を抱く?」
答えぬ財前が、不適な笑みを漏らした。
その財前の足元に転がる、他の2名の研究員の亡骸…
研究に没頭していた里見は、財前が入って来た時に、
研究員が瞬殺された事を気付かずにいたのだ。
「…財前!お前!!」
里見の首筋に財前の手刀。
崩れ落ちる里見を抱きかかえるように支えた財前は、
気を失った里見を里見自身の椅子に座らせる。
「里見、君と僕の仲だ、君には…
いや、朝娘市の全市民には、死んで欲しくない…
それには君の力が必要なんだ」
里見のポケットから、IDカードと研究室の鍵類を取り出した
財前の顔には、悲壮感が漂っていた…
ハッと顔を上げた里見は時計を見た。
気を失ってから4時間が過ぎようとしていた。
里見は、机の上に置いてある
空になったウィルスアンプルと注射器、
それとボールペンと便箋に気付いた。
それは遺言が書かれた、財前の遺書だった…
里見へ …
この手紙をもって、僕の魔界医師としての最後の仕事とする。
まず、僕が取り憑かれた『魔』について、以下に、愚見を述べる。
この2ヶ月、僕は自分を侵し始めた病的とも思える
ある種の欲望に自分自身を抑えることが出来なくなっている事に気付いた。
それは、日を増すごとに強くなり、自分の意識さえ無くなっている時があるのだ。
その欲望を言葉に表すなら「死」「破壊」「絶望」「無」…
それらの感情が僕を満たし、僕を魅了し、僕を侵した。
『魔』…奴等と言ってもいい。
奴等は姿形を持たない、何百、何千、何万もの意思の集合体なのだ。
そいつ等が僕に憑依した。
理由がある。
僕は知っているのだ。
この日本を、いや全世界の人間だけを絶滅させる方法を。
奴等は、そこに目をつけた。
奴等は、人類の滅亡を願っているのだ。
里見よ、僕は奴等の手に落ちたよ。
自分の感情と行動をコントロール出来なくなってしまった。
君の造った『Zウィルス』は人間の最も大切な人格を司る
僅か1・5ミリの大脳新皮質を崩壊させるため、知能が爬虫類並みになり、
凶暴性が増大し、同じ種の人類に感染させようと噛み付く衝動に駆られる。
そして、出血多量、出血性ショック、破傷風、敗血症 …
噛まれる事により引き起こされる、これらの原因で死に至り、
死んだ者は脳が破損していない限り、発病して甦る。
『Zウィルス』で発病した生ける死者の肉体は、
腐敗を著しく遅らせるので、5年近くは活動を続ける…
そう、君から聞いたが、間違いはないか?
僕は今、君の造ったウィルスを自分の腕に注射したよ。
感染した僕は、数日後には歩く死者になるだろう。
それまでの間に、感染者及び発病者を増やす事に専念する。
これは深遠の魔界に巣食う『魔』の意思なのだ。
ただ、願わくば、僕の好きな朝娘市の住民だけでも生き残らせたい。
だから、僕は今すぐ この足で魔界街を出るよ。
君の造った予防ワクチンを市民の数、37万本を早急に作る事を進言する。
日本滅亡まで後7日、世界の滅亡は一ヶ月しかないのだから。
そして、生き残った朝娘市民の手で、人類の再興を果たして貰いたい。
なお、人の命を救う医師という職業に身を置く僕の知識が、
人類を死滅させる結果を招いてしまった事を、心から恥じる。
財前吾郎
愕然とする里見は再び腕時計の針を見る。
朝の7時を回りそうだった。
財前の書き残した遺書が本当だったら…
すでに、万単位で被害者が出ている筈なのだ…
なんかハナゲ氏のネタ取り込み力すごすぎ!
自分の見たものを同じ世界に放り込んでコラージュするとはそうそう簡単に出来ることじゃない
ぽ
268 :
名無し募集中。。。:04/11/05 10:27:59 ID:RyB9f+ke
未定かよ!
期待しちゃうよ!
hozen
朝娘市と日本を結ぶ唯一の橋、朝娘橋のゲートが閉じられたのは、
里見がハロー製薬に報告をしてから3時間後の午前10時だった。
ハロー製薬の緊急取締役会が開かれて、安全と確認されるまでゲートを開けない事が決まり、
その意見を、これまた緊急招集された朝娘市議会に持ち込み了承された。
財前が書き残した遺書が本当だったら、すでに万単位で感染し発病した『元人間』が
暴れだしてもおかしくない時間だったが、そのような報告は届いていない。
朝娘市が決めた事。
感染を防ぐワクチンのアンプルを、市民の数40万本を直ちに作る事。
日本政府に報告、感染者の特定、隔離、排除を速やかに促す事。
安全と確認されるまでの期間、最低7日間は朝娘橋のゲートは開けない事。
発病者が出るまで、つまり事件が公(おおやけ)になるまで報道管制を敷く事。
朝娘市警察も動いた。
財前が乗るセダンが橋を渡り、市外に出た事を確認。
高速道路で東京に向かった事も確認。
それ以降の足取りを調査中。
そして…
財前が朝娘市を出て、3日が過ぎた。
未だに財前を捕まえる事が出来ず、感染者及び、発病者の報告も無い。
朝娘市議会及びハロー製薬幹部の間に、安堵感が漂い始めた。
勿論、事態を重要視していた日本政府にも、何も起こらない事に対し
胸を撫で下ろし安心し始めた者が出てきた。
その筆頭が、小泉総理だ。
この問題を政府レベルから、警視庁公安レベルに格下げし、
安全対策も『特秘重要事項』から『一般注意』に引き下げ、容疑者確保だけに力を注ぐ事にしたのだ。
日本政府は勿論、朝娘市も知らない事実がある。
財前吾郎が魔界医師と呼ばれる、人造舎登録の魔人という事実だ。
その事実を知っている人間は、極僅か。
権力側に近い人間としては、入院中の飯田圭織と、妖人福田明日香の2人だけだ。
だが、その2人の魔界刑事には、事件が報告されていなかった。
ハロー大学医学部教授が、人造舎所属の魔人とは夢にも思っていない権力上層部は、
事件解決に、魔界刑事は必要無しと判断したのだ。
(財前の遺言に書かれていた「魔に取り憑かれた魔界医師」の言葉は、心の病と勝手に判断された)
その3日間で財前がした事。
東京に車を乗り捨てた直後に、自分で自分の顔を整形し、別人になった事。
自分の人差し指に、小さな注射針を埋め込み、刺しただけで自分の感染血液が感染るようにした事。
都会の人ごみに紛れて、すれ違う全ての人間に、針を刺した事。
国際空港でも同様に感染に専念した事。
魔界医師財前の腕を持って事に当たれば、人差し指の注射針に
刺された人間は、蚊に刺された程度にしか感じない。
致命的な傷を負わなければ、感染した患者の発病に至るまでの期間は約4日から7日、
財前の計画は、一気に爆発的に発病者を広げる事だったのだ。
事件が動いたのは4日目だった。
普段は一匹狼として単独で警察活動をしている魔界刑事の妖人福田明日香が、
他の事件で朝娘橋を渡る必要が生じ、ゲートを守る警備隊と押し問答の末、埒が明かず、
ゲートが開いていない理由と開けるように要望する事を、警察署長に電話で問い質した事から始まった。
人造舎を乗っ取った小川直也の傍に、付き従うように居た財前の存在を
福田からの電話で初めて知った朝娘市側は再び慌てだした。
慌てだしたが、出来る事は無いに等しい。
犯人の財前の確保に全力を尽くす事と、この事件を、何時発表するかぐらいだった。
署長が調査署員全員に号令を出しても、財前の足取りは全く掴めない。
焦る署員を横目に、福田が入院中の飯田に連絡を取り、皆無に近かった手掛かりを一つだけ掴んだ。
財前の黒い鞄の事だ。
財前が何時も持ち歩いている、自分の研究室と時空を超えて繋がる黒い鞄。
福田が財前の研究室に飛び込んだ時、怪しげな研究品が入っている冷蔵棚の中に蠢く手が見えた。
財前は人に感染しまくった自分の血が足りなくなると、研究室の棚に置いていた輸血用血液を
次元を越える黒い鞄から取り出して、自分で輸血していた。
今回で3回目だ。
そして、これが最後だった。
鞄を閉めようとしたら、鞄の中から手が出てきて、鞄を開けて人がノソリと出てきた。
ガンベルトの代わりに自在鞭を腰に巻いた、ウエスタンスタイルの福田明日香は周りを見回した。
広い空間に忙しそうな人達が行きかい、旅行鞄を持った外国人や日本人が家族単位で談笑している。
「ここは、大阪国際空港ですよ」
目の前にいた、見知らぬ顔の男が白い歯を見せて笑う。
「…顔を変えたか?」
見知らぬ男の声は財前の声だ。
「東京は、あらかた終えましたので…」
ソロリソロリと、後ずさりする財前は肩を竦めて大仰に手を広げて見せた。
「日本は、世界は…もうお終いです」
シュルシュルと伸びた福田の自在鞭が財前の首に掛かる。
「ただ一つ残念なのは、この目で世界の週末を見れない事です」
言いながら財前は、駆け寄ってきた空港職員と警備中の警官に、
目にも留まらぬ速さでメスを投げ、心臓を潰し殺した。
「僕の首を刎ねるのは簡単でしょうが…
見てください、あの家族も、そっちで笑っている団体旅行の客も…
そして、今殺した、2人の人間も…
全員感染してますよ」
死んだ筈の職員と警官がムクリと起き上がり、人とは思えぬ叫び声を上げながら、
抱きかかえる同僚の首に噛み付いた。
「キサマ…どれくらいの人数を感染させた?」
その光景を横目に、福田の自在鞭は キリキリと財前の首に食い込む。
「さぁ?…貴女は すれ違う人間の数を数えてますか?」
ニヤリと笑いながら答えた言葉を最後に、ボトリと落ちる財前の首…
落ちた財前の首は、目を剥き、声を出さずにガタガタと動き始めた。
歯を見せて威嚇する財前の首に近寄り、ブーツの踵で頭を潰した福田は
周りで起こり始めた阿鼻叫喚の地獄絵図を、ただ黙って見詰める事しか出来なかった。
30分後、広大な大阪国際空港は歩く死人で埋め尽くされた…
短いが今日はココまでっすです。
>>266褒め杉です。照れます。でもアリ
>>268次回も未定でスマソ。。。。では。
>>275 いやいや充分すごすぎな感じでっしょう
あと書き込み無いのは賞賛のしるしと思いましょう
ちんげちんげ
ちんげ保全
大阪国際空港の出来事に触発されたように、各地で感染者が次々と発病し始めた。
薄紙にインクを垂らしたようにジワリと滲み広がる、全国に散らばる発病者達。
4日間で財前が感染させた人間は十数万人にも及ぶ。
東京で知れずに感染された人々は各地に散り、それは世界の各都市にも移動していた。
その人間達が、無自覚に更なる感染者を増やし(唾液、粘膜でも感染)、その時を待つ…
そして、狼煙が上がったの如く、一斉に死の咆哮を叫び始めたのだ。
桜中学校3年B組。
「いいですかぁ?人という字は支えあって出来ているんですぅ」
ホームルームの時間に、担任の金八が黒板に「人」と言う字を書いて説教を得意気に話している。
聞いている生徒達はアクビを押し殺し眠そうだ。
一人の生徒がガラガラとドアを開けて、ふて腐れた様に入ってきた。
「コラ!加藤!今何時だと思ってるんですかぁ?!」
ドカリと自分の席に座り、金八を無視する加藤にツカツカと詰め寄り、
襟を持って立ち上がらせた金八は、
「オマエは腐ったミカンになるつもりなんですかぁ?!」
と、拳を振り上げた。
金八の振り上げた拳は止まった。
加藤が急にグッタリとしたからだ。
泡を吹いて白目を剥く加藤は、その場に倒れ、動かなくなった。
「おい、加藤!」
体を抱き起こし揺する金八は、加藤の目が急に開き、ケモノのような声を出しながら
自分の首筋に噛み付いた事を自覚した。
そして、20分後、桜中学は汚染された。
田舎の、とある空港。
不治の病で余命いくばくも無い恋人のアキを、病院から連れ出したサクは
慣れない乗便の手続きに手間取っていた。
「どうせ死ぬのなら、大好きなウルルの空を最後に見たい」
と言う、アキの願いを叶えるべく、無謀な逃避行に出たサクには
日本を出てからの計画は立てていない。
3ヶ月前に病の宣告を受けてから、日に日に弱り、笑顔さえ消えていくアキに対し、
自分に出来る事といえば、最後の願いを叶えてやるぐらいしかない。
先の見えない旅の始まりに不安を感じながら、元気だった頃のアキに想いを寄せた。
天真爛漫な笑顔を振りまくアキは、サクに語りかける。
「好きよ、サクちゃん。大好きだよ」
ゴトリと、何かが倒れる音が背後から聞こえた。
振り返ると、椅子に座っていたアキが倒れていた。
「アキ!」
駆け寄り、抱き起こすと、鼻血で真っ赤に染まったアキの顔。
声も無いアキを抱きしめ、自身の無力を嘆きながら叫ぶ。
「助けてください!」
叫ばずにはいられなかった。
「だずげでぐだざい!!!」
叫びは神様には届かない。
「誰か…助けて…」
届いた先は魔界だった。
アキは甦った…
生ける死人となって…
無菌室に居た筈のアキが、何故感染したかは分らない。
接触したのはサクだけ。
そのサクとキスをしたのは今朝の事だった。
動物王国。
「高けえよ!」
と、料金の高さから非難を浴びながらも、王国ツアーが人気なのは、
勿論、動物王国の王様「ウツゴロウ」を見たいからだ。
「ウツさん」と呼ばれる自称動物博士は笑顔いっぱいで観光客を迎える。
目玉は動物との触れ合いだ。
ウツゴロウが愛犬のオオカミ犬「タロウ」を無邪気に抱えて、
ゴロゴロと草の生えた大地を転げまわる。
それを見る観光客と王国の住民は、手を叩いて喜ぶ。
ゴロゴロと転げ回っているうちに、タロウが「キャンキャン」と悲鳴を上げ始めた。
何事かと、近寄るスタッフ達が悲鳴を上げながらも、ウツゴロウを押さえ込む。
ウツゴロウはタロウをムシャムシャと食べていた。
そして、その矛先は押さえ付けるスタッフに及び、
感染発病したスタッフは、観光客を襲い始める。
こうして動物王国は終焉を迎えたのだ。
東京ドーム地下格闘技場。
「バーキ!バーキ!バーキ!」
チャンピオン刃牙が、対戦者の猪狩を一蹴し、両手を上げてガッツポーズをした時だ。
客席から背広を着た一人の観客が、ズルリと転げ落ちて
刃牙に向かってヨタヨタと歩き出した。
目を剥いて涎をたらす顔は、狂人そのもの。
止めようとする係員を制し、刃牙は狂ったサラリーマンの首筋に余裕の手刀を当てた。
ドウと崩れ落ちるサラリーマンは、気絶もせず、そのまま刃牙の足の甲に噛み付いた。
ベリッと捲れる刃牙の足の皮。
そして、狂人は刃牙の足に絡み付き、次々に噛み付き始めた。
業を煮やした刃牙は、つい本気で打ち込んでしまった。
ドーンと吹っ飛ぶ狂人。
だが、狂人はすぐさま立ち上がり、ガチガチと歯を鳴らしながら刃牙に向かう。
その狂人が刃牙を見て、動きを止めた。
そして、特等席で観戦している徳川老に矛先を変えた。
刃牙は…
猛然とダッシュをして観客席に飛び込む。
客席は阿鼻叫喚に包まれる。
チャンピオン刃牙は、その格闘センスそのままに発病したのだ。
止めに入った他の競技者も刃牙の体術には敵わず、感染発病し、死せる格闘軍団に変貌していった。
報道ステーション。
キャスターの古舘が、のべつ幕無しに耳障りな実況を続けている。
最初はテロが起きたとの一報。
それが全国各地で起きているとの情報が入り、各テレビ局は特別報道体制を取る事になった。
レポーターの女性が、生中継中に襲われ発病した所で、古舘の何かがプチンと切れた。
「喋り屋」としての人生最大の山場。
政府が戒厳令を出すにいたって、自説を説き始め、矛先は政府批判、
そして政権移譲へと話しは膨れ上がった。
管直人をスタジオに呼んで、
「今必要なのは政権交代ではないか?」
との言葉を引き出し、したり顔で頷いてみせる。
実際、政府の判断は甘すぎた。
いらぬ混乱を避けようと、保身が働いた小泉首相は、朝娘市からの情報、
つまり「Zウィルス」による疫病被害を隠し、戒厳令を出す事によって、
国民を感染から守れると踏んだのだ。
だが、今の日本に、政府の発動する戒厳令を守る気風も無く、
増殖する発病者を押さえる手立ても無く、警察は発砲も許可されず、
全てが後手に回る悪循環に陥った。
それに輪を掛けるのが、反政府系メディアの報道である。
一連の出来事を、反政府組織によるクーデターと捉え、
こうなってしまった以上、政府は白旗を上げるべきだと唱える報道番組も出てきた。
その筆頭が古舘の報ステと筑紫のN23だ。
口から泡を飛ばし、喋り捲る古舘が、絶叫しながら逝ってしまった。
隣に座る、解説加藤の薄くなった頭髪を毟り取り、ハゲてしまった頭部にガブリと噛み付いた。
取り押さえるスタッフに歯を剥き出し威嚇する古舘の姿は、
お茶の間に座る国民に衝撃を与え、更なるパニックを引き起こす。
国民は、事件の異様さを肌で感じ取り、脱出する方法を模索し始める。
脱出する所など、世界中探しても無いに等しいのに…
同じ事は世界各国で起き始めていたのだ…
湾岸署。
「事件は会議室で起こってるんじゃない!現場で起きてるんだ!」
青島刑事がパトカーの無線を叩き付けた。
いたる所で交通事故が起き、住民が逃げ惑い、パニックが広がる お台場の全てが現場なのだが、
会議室とやらで指示だけを出す、お偉い様方に一言ガツンと言いたかった。
この現場は広大すぎる…
途方に暮れ、同僚の恩田刑事と顔を見合す。
どこから手をつけていいのか分らないのが、正直な気持ちなのだ。
広い湾岸公園には、逃げる人々と追い掛ける狂人、炎上する車…
未だに発砲許可は出ていない。
数人の狂人が、こちらに近付いてきた。
青黒く変色した顔と、死んだ魚のような目…
「近付くと撃つわよ!」
恩田刑事が狂人に拳銃を向けた。
「恩田さん!発砲許可は出てない!」
「じゃあ、どうすればいいのよ!」
言い合ってる暇は無い。
恩田刑事は青島刑事を襲うとした狂人に向けて発砲した。
しかし、撃たれた狂人は一瞬動きを止めただけで、何事も無かったかのように
青島に襲い掛かった。
胸を蹴って引き剥がした青島は、間一髪噛み付かれてはいない。
「青島君!どいて!」
転んだ狂人に向かって3発の発砲。
だが、胸に弾丸を浴びても平気で立ち上がる狂人。
「…こ、こいつ等」
ここでようやく、有り得ない現実に気付き始めた。
「ゾ…ゾンビ…」
青島が頭に向けて1発撃った。
脳漿を撒き散らし、ゾンビは死んだ。
「に、逃げるわよ!青島君!」
「どこへ?」
「いいから、早く!」
急発進した、恩田の操るパトカーはゾンビ達を跳ね飛ばす。
「まだ、生きてる人が残っている!」
「気付かないの?青島君!」
「…な、なにを…?」
「手遅れなのよ!何もかも!」
サイレンを鳴らし、お台場から脱出する湾岸署の刑事2人…
レインボーブリッジを渡り切る前に、そのパトカーは止まる。
「ゴメン…恩田さん。俺、残ってる人達を見殺しには出来ないや…」
パトカーを降りて、一人 来た道を歩いて戻る青島刑事。
暫くの間、動かずにいたパロカーは、青島を追い掛けるように戻っていった…
それから三日後…
世界に静寂が訪れ始めた…
「怖いのです」
膝を抱えながらテレビを見る辻がブルブルと震えている。
「うち等、いったい、どないなってしまうんや?」
頭を掻き毟る加護も、不安を隠そうとしない。
朝娘市内の学校は3日前から休校になっている…
そして、MAHO堂に集まってテレビ中継を見ているのは、いつものメンバー。
安倍、矢口、辻、加護、紺野、それと高橋愛がいた。
辛うじて放送をしているのは、テレビはNHKとTBS、ラジオはNHKだけだった。
それも、途切れがちになり、NHKの屋上から映すだけのライブカメラの時間が
ダラダラと続き、そこに映し出される光景は、この世の物とは到底思えない。
街を道路を埋め尽くすゾンビが無軌道に蠢いているだけだ。
TBSでは、酒に酔った筑紫が日本を嘆き、この先どうすれば良いのかの情報すら無い。
「あ、喧嘩が始まったべ」
「アホだな」
安倍と矢口が、取っ組み合いの喧嘩を始めた筑紫と佐古をバカにしたように半笑いだ。
日本政府の取り組みは完全に失敗に終わった。
2日目に出した自衛隊による掃討作戦も、人口の半分以上に膨れ上がったゾンビに太刀打ちできず、
自衛官の中にも発病者が広がり、敗走を繰り広げるだけに終わり、
今は自陣の防衛に専念するのみになったと、昨日の夜のNHKで報道してた。
そして今朝は、小泉首相が自衛隊のヘリコプターで、東部駐屯地に逃げたとの報道。
ゾンビの数は人口の三分の二以上になり、世界規模でも同様の事が起こっているとの事だ。
NHKでは放送局を自衛隊に明け渡すか どうかで、論争を続けているらしい。
『朝娘市が悪い!』
『そうだ!即刻ミサイル攻撃をすべきだ!』
さっきまで殴り合いの喧嘩をしてた筑紫と佐古が、今度はタッグを組んで魔界街批判を展開しだした。
「物騒な事を言いますね、この人達」
「フン、どうせすぐ死ぬよ、コイツ等」
紺野がちょっと怒り、高橋は鼻で笑った。
朝娘市は この三日間、完全に沈黙を守っていた。
事件の発端が、この街なので、物を言えば批判に晒される事を理解していたのと、
変な論争に巻き込まれ、先程 筑紫が語っていたようにミサイル攻撃でも受けかねん状況に
なる可能性も有ったからだ。
「全て魔界街が悪い」という雰囲気を嫌っての沈黙である。
だが、いつまでも沈黙している訳にはいかない。
隔離された この街だけは、一切の被害が無い唯一の小都市だが、
その平穏を脅かす事態が起こり始めているのだ。
その為に今日、中澤裕子と石黒彩が、つんくに呼ばれた。
安倍達、魔女見習いは中澤の帰りを待っているのだ。
MAHO堂の外から市局のスピーカーの声が聞こえてきた。
『予防ワクチンの接種を行ないます。まだの方はIDカードを持って此方の救急車までおこしください』
Zウィルスの抗体を持つワクチンは、ゾンビに噛まれても感染を防ぐ事が出来る。
「みんな打ったべか?」
安倍が皆に聞いた。
「ののと あいぼんは、まだなのです」
ハーイと手を上げる辻と加護。
「じゃあ、注射してもらってきな」
矢口が促し、辻と加護が出て行った。
「私もまだです…」
チョコンと手を上げる紺野。
「ですが、私に効くかどうか?」
特異体質の紺野に、ワクチンが効くのかは疑問の残る所だが、
「いいから、打ってきたほうがいいよ」
と、高橋が紺野の手を取って、予防接種に出て行った。
「本当に、この先どうなるのやら…」
「不安だべさ…」
ハ〜ッと溜息を付く矢口と安倍。
「あっ!」
矢口がテレビを指差した。
「怖いべ!」
そう言いながらも、画面に噛り付く安倍。
画面には、ゾンビに侵入され、断末魔をあげる筑紫と佐古が映し出されていた。
今日はココまでだよん。
やるなぁと思いながらニヤニヤ読んじゃった
もう1回ちゃんと読もうかな
あんまり色んなモノ食いすぎて消化不良を起こさないか心配です。
すげぇすげぇ
しかしこれ全部まとめるのすげぇ大変そう…もしまとめサイト作る人いたらご苦労さまです
朝娘市は隣接する市町村…
いや日本とは『奇異な地割れ』によって隔離されている。
その地割れは一辺が20キロメートル程の六角形の形を形成していて 、朝娘市を囲むように出来ていた。
地割れの幅は50メートル〜100メートル、深さは測定不能…
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ………‥‥
その地割れから、響く魔界の轟音に誘われ、ゾンビの群れは朝娘市に向かって歩く…
その数は徐々に膨れ上がり、朝娘市を無数の死人が取り囲む…
そして、次々と地割れに落ちていく…
まるで、魔界に導かれるように…
落ちるゾンビの数だけ、魔界の瘴気は膨れ上がり、
どの位深いのか分らない真っ黒な地割れの底が、せり上がってきていた…
朝娘市市議会議事堂。
議会席の前席に座る 中澤と石黒は、議長席に座り偉そうに葉巻を燻らしている
つんくを見るでもなく眺めてた。
「遅いわねぇ、いつになったら始めるのよ」
かれこれ1時間ぐらいは、この状態で待っている。
石黒は背伸びをしながら議事堂を見渡した。
ざっと見て、100人は集まっているだろうか、見た事があるような物騒な連中も来ている。
と言うか、集まっている人間の半分以上は、明らかに普通の人間ではない。
「あっ!」
席の後ろのほうに松浦と吉澤、石川、藤本を見つけてガタンと席を立つ石黒。
「これ、もうちょっと落ち着いておれ」
中澤に咎められ、ふて腐れたように座る石黒は、ニヤニヤしながら自分の手を見ている中澤に気が付いた。
「どうしたのよ?ニヤニヤして」
「気付かんか?」
中澤はホッホッホと笑いながら、今度は手鏡を取り出して自分の顔ををウットリと見ている。
「昨日から若返ってきてのぅ。90歳代に戻ってるわい」
「ハァ?」
200歳が90歳に戻っても、余り変わらないような気がする。
石黒は半ば呆れ顔で、ニヤつく中澤を見詰めた。
「おい、人造舎の魔人連中が全員いるじゃねえか」
「それぐらい切羽詰っているという事じゃありませんの?」
「いよいよ、ヤバイところまできたって感じだよね」
「お店、どうなるのかなぁ?」
後ろの席の一角に陣取った吉澤、藤本、松浦、石川は朝娘市議会に呼ばれた訳ではない、
藤本に誘われて、興味半分に着いて来ただけだ。
副議長席に座っているハロー製薬の藤本専務が、自分の娘の存在に気付いて、
苦虫を噛み潰したような表情で、こちらを見ている。
KEIの事件以来、父親の言う事を聞かなくなった娘は、夜な夜な出歩き、
今では親子の会話も無くなり、半分諦められていた。
「おっ、やっぱり呼ばれていたか…」
フッと吉澤が笑って、手招きをする。
分厚いドアを開けて入ってきた飯田と福田が、最後のようだ。
2人は吉澤達を見付け、小さく手を振りながら近付き、吉澤達の隣の席に座った。
(大阪国際空港から福田は財前の鞄を使って、戻ってきていた)
飯田と福田が入ってきたのを確認して、つんくがようやく立ち上がり、マイクを取って、
一通りの挨拶を済ませた。
「さっそくですが、こちらをご覧頂きたい」
大型スクリーンに映し出されるのは、朝娘橋からの中継だ。
万の数を優に超えるゾンビの大群が、魔界街を目指し押し寄せ、
次々と地割れに落ちていく映像が映し出されている。
「そういう事かい」
自分が若返り、魔力も強くなっていく理由が解り、中澤はカッカッカと笑う。
「どういう事?」
石黒も分ってはいたが、あえて聞いてみた。
「魔界はゾンビを餌に、膨れ上がっているという事じゃ。
ワシが若返っていくのは魔界の魔力が増大している証拠じゃ。
そして、遅かれ早かれ、魔界街は真の魔界に飲み込まれる…じゃろ?」
不適に笑って、つんくを見据える中澤。
「そういう事だ」
中澤の話しを聞いていた つんくは、あっさりと認めた。
「皆さん、ご覧のように魔界はゾンビを惹き付けて地割れに誘い込み、
それを糧にして魔界そのものを この世に溢れ出そうとしている。
そのエネルギーは莫大で、我々の計算では、後 一週間程で朝娘市は人の住めない環境に陥る。
つまり、このままでは全員が死ぬという事だ」
スピーカーから響く、つんくの声に議場がザワつく。
「そこで我々は、ある決断を下した。
その計画を、今発表する。
異論の有る者は席を立って頂いて結構だ」
シーンと静まり返る議事堂。
計画は次のように発表された。
:5日後に朝娘市全市民は朝娘市を放棄し、新転地を目指す。
新転地に行くかは個人の判断に任せる。
行く場合は全権を朝娘市に委ねる。
移動について、市民は自家用車を使用。車の改造は自由。
車を持っていない者は相乗りするか、朝娘市が用意するバスを使用する。
移動に当たっては適所に武装したパトカー及び白バイまたは装甲車を当て、
警官の指示に従い行動する。
自衛の為のゾンビ殺害は許可する。
:新転地は東京都新宿区。
:明日、先遣隊を派遣し、全市民の受け入れ準備を進める。
先遣隊は、今議場に集まって貰った人間からゾンビ討伐隊として50人程を選出、
その他、作業をするものを含め、総勢500人程の編隊にする。
第一陣は精鋭50名程で明日朝出立。
国道から東京に抜ける高速道路を確保するのが任務。
道が事故車等で塞がれている可能性が大なので、
邪魔な車両は撤去しつつ最低二車線は確保する。
それを2日間で完遂し、繋がれば携帯か無線機で朝娘市に連絡。
第二陣は3日後、新宿区画確保作業要員約400名から500名が出立。
新宿到着後、第一陣と合流、ある程度の範囲、
つまり市民約40万人が入れる区画を確保。
ビルとビルの間にバリケードを築き、ゾンビの進入を防ぐ。
バリケードを築いた後、区画内にいるゾンビの掃討。
第三陣は本隊、つまり朝娘市全市民の大移動である。
これは第二陣の作業の遅れなど関係なく実行する。
作業が遅れていた場合は、市民全員で事に当たる。
市民入植後、バリケードを広げ居住地を確保する。
「これが、第一段階。絶対に失敗は許されない。以降、第二段階に計画を移す」
つんくがモニターに映し出された計画書を指しながら、説明に入る。
:市民全員入植した後、新政府を樹立、インフラ整備を行なう。
:道を確保しながら原発を確保。原発の整備にはハロー製薬研究員を当てる。
:横浜にある政府備蓄米200万トンと缶詰等食料の確保。
:同様にしてダム(水源)の確保。
:他の生き残っている人間の保護。
テレビ局を確保し、自衛隊への呼びかけ、協力要請、情報提供をする。
:他の原発を停止(メルトダウン防止)するための別働隊を組織し当たらせる。
:農地を造り入植を進める。
:文明維持のため、生活の基盤が出来るまで貨幣の価値を下げない。
「以上は概要だが、臨機応変に対応していく。
とりあえず、ダムの確保までは一年以内に実施したいと思っている。
…質問はあるか?」
人造舎の魔人の一人が魔人を代表して恐る恐る手を上げた。
飯田に寝返った新垣に呼び出され来てみたが、(魔人達は新垣が寝返った事を知らない)
こんな事になってるとは思ってもいなかったのだ。
「あのぅ、俺等、指名手配されてる者も含め、全員犯罪者なんだけど」
「罪は問わない」
「じゃあ、無罪?」
「ああ、そうだ」
イヤッホォウ!と歓声を上げる犯罪者達。
「今、君達に犯罪を問うて何になる…
今、必要なのはなんだ?」
つんくにビシリと指差された魔人は答えに窮した。
「今、必要なのは力だ。
今、必要なのは団結力だ。
今、必要なのは困難を乗り越える精神なのだ!」
つんくはコップの水を口に含むと、一気に まくし立てる
「諸君!今、我々は人類存亡の危機に直面している。
この未曾有の危機を打開する為に、我々は絶対に勝利しなければならない。
それには ここに集まって貰った君達の力が必要なのだ。
全ては君達の肩に掛かっていると言っても過言ではない!
今まで我々朝娘市の市民は世界から ある時は羨ましがれ、そしてある時は疎まれ、
特殊な目で見られながらも、逞しく生きてきた誇りがある!
それに君達には、12年前に魔震によって破壊された街をたったの5年で再興させたという自負があるはずだ。
その誇りを胸に、全力でぶつからねばならない時が来たのだ!
いいか!もう一度言う!これは我々朝娘市市民、いや、人間の尊厳を掛けた闘いなのである!
絶対に勝利しなければならない!
我々の未来は我々自身の手で掴み取らねばならんのだ!」
つんくの熱弁にウオォォオオオ!!と咆哮で答える魔人達。
席を立って議場を出る者は一人も出ず、満場一致の拍手が議事堂に木霊した。
『スナック梨華』に帰ってきた石川、吉澤、藤本の3人。
店は3日前から開けてはいないが、何故かココに集まってしまう。
「先遣隊、どうするの?」
石川が誰に聞くともなく聞いた。
「俺はパス」
「私もですわ」
「やっぱりね…ってか、あの会場の雰囲気は異様だったよ、
しまいには、ジークつんく!なんて訳の分んない事を言い出すバカも出てきたし」
石川は議場の盛り上がりを思い出し、ウエーっと舌を出して小馬鹿にする。
あれから つんくの演説は更にヒートアップし、うんざりした吉澤達は途中で退席してきたのだ。
「先遣隊は決まったよ」
カランカランとドアを開けて入ってきた飯田が、カウンターに座って水割りを注文した。
「店、やってないんですが…」
言いながら、石川がカウンターに入って水割りを作って飯田に出す。
人造舎所属の魔人達は、つんくの演説に絆されて全員先遣隊に志願した。
今まで人の役に立った事が無い連中が、この危急の事態に至って
初めて見せた人間らしさだった。
「飯田さんは?」
水割りの おかわりを作りながら石川。
「私もパス。麻琴とお爺ちゃん、あと のんちゃん達も心配だからな。
それに、私が行かなくても、福田が行くって言ってたから大丈夫だろ」
「あの拳法使いの坊さんと孫の2人なら、素手でもゾンビぐらいは平気だろ」
吉澤も水割りを作って貰って、グラスを傾ける。
「ハハハ、ゾンビだけならね」
「どういう意味?」
石川に、あれこれ指示しながらカクテルを作らせて、藤本が聞いた。
「5日後に脱出だろ?5日後にはどうなってるか分らないって事…」
ハァと溜息をつく飯田は、以前に麻琴から聞いた、魔界の化け物が出てくるのを案じていたのだ。
「だったら、全員で新宿に先乗りするか?」
吉澤が冗談交じりで言ったが、飯田は少し考えてから
「…いいねぇ、グッドアイディアだよ」
と、手を打った。
「どうせ、住居を割り当てられるんなら、私達で良い所を先に取っちゃおうぜ」
その話しに石川が、すぐに乗った。
「新宿なんて言わないで、六本木ヒルズにしようよ。
あそこの高層マンションを一棟ごと全部押さえるってのはどう?」
石川の大胆な発言に「それだ!」と、指を鳴らす飯田。
「朝娘市民には悪いが、そっちの方が面白そうだな…
そうだ、マンションなんて言わずにショッピングモールも押さえようぜ。
ビルに入って内側から鍵を掛ければ、ゾンビなんて進入できないしな。
あっ、のんちゃん達も誘わないと…
ちょっと待って、今、メンバーを決めるから」
指折り、メンバーを数え始めた飯田は、途中で面倒くさくなったのか、数えるのを止め、
「と、とにかく、私達は私達で行こうぜ!
新宿に出来る新生魔界街とは友好関係と行こうじゃない」
と、石川に滅多に飲まないビールを持ってこさせた。
何かを吹っ切った感じで石川と乾杯をする飯田。
吉澤と藤本は顔を見合わせ、首を振った。
「どう思う?」
「色々と悩みすぎて、何かがキレたんでしょ。冷静な判断とは言えませんわ」
「…だな」
そう言いながらも、考え始める吉澤。
「どうしましたの?」
「いや…俺達なら出来るんじゃないかな…と、思ったりしてな…」
藤本の冷ややかな目に、鼻の頭を掻いて少し自嘲気味に照れる吉澤は、
「おっ、そう言えば、つんくの演説が始まる頃だろ」
そう言って話題を変えつつ、テレビのスイッチを入れた。
テレビに映った つんくは顔を真っ赤にしながら演説していた…
訝しがる吉澤と藤本を説得し、
MAHO堂に飯田達が現れたのは、中澤が安倍達に説明している時だった。
石黒と松浦も来ていて今後どうするか相談中だったようだ。
「ふーん、ここがMAHO堂ねぇ、ちゃっちぃね♪」
「汚らしい店ですわね」
「オマエ等、シーッ」
石川と藤本が店内を見回して本音を漏らし、
安倍達にギロリと睨まれのを見た吉澤が諌(いさ)める。
「なんじゃい、オマエ等は?」
中澤に睨まれ、首をすくめる飯田は、
「ちょっと、大事な相談があるのよ」
と、中澤を押しのけて、皆の前に陣取った。
「なんじゃ?相談って?」
「ちょっと待って、あと2人、お爺ちゃんと麻琴も呼び出したから」
時計をチラリと見た飯田は、
「じゃあ、それまで ご歓談を」
と、言って辻を手招きし、チョコチョコと寄ってきた辻の頭を撫で撫でした。
憮然とする中澤を無視し、それぞれ勝手に話し始めた娘達は
魔界街の幕が閉じる事もあいまって、思い出話しに花を咲かせる。
MAHO堂の前に霊柩車が止まった。
出てきたのは小川龍拳と孫の麻琴。
「なんで、神社に霊柩車が有るんだよ」
店に入ってきた龍拳に突っ込んだのは孫の飯田だ。
「ワシの所は、そっちの方も兼業しとるんじゃ」
「そっちの方って、どっちの方だよ」
「フン、呼び出しておいて、その言い草はなんじゃ、バカタレ!オマエには、金はやらんぞ」
「金…?」
「そうじゃ、霊柩車の中には600億円が入っておる、貨幣の価値は下げんのじゃろ?ひっひっひ」
飯田と龍拳のやりとりを聞いていた娘達は、600億の言葉に一斉に
「600億!!!!」
と、大金持ちの藤本を除き、全員で突っ込んだ。
「話しは、だいだい聞いておる。新宿に先乗りして一等地を確保するんじゃろ?
ワシ等はその話しに乗る事にする」
「お爺様、まだ決まった訳では…」
「うるさい麻琴。新生小川神社を造るには、600億の金と土地が必要なんじゃ!
その為には、ワシは何でもするつもりじゃ!」
カッカッカと笑う龍拳は、呆然としている中澤と目が合い、一瞬固まる。
「こ、これはお美しい…いや、お初にお目にかかる。
ワシ‥いや、拙僧は小川龍拳と申します。
いつぞやは孫の麻琴の命をお助け頂いたようで、
いつかは、お礼を言おうと思っていたところですじゃ」
ギュッと中澤の手を握る龍拳の瞳は、中澤を真っ直ぐにキリリと見詰める。
「ま、まぁ、美しいだなんて、イヤですじゃわ」
ポッと、乙女のように顔を赤く染める中澤の反応に、ゲーッと顔を見合わせる娘達。
「いや、本当の事ですじゃ。どうです、拙僧と ちと小川神社のお話しでも…」
「ええ、喜んで…」
龍拳に手を取られ、店の奥に消える老人2人…
「キ、キモ…」
「バカやよ」
「有り得ないです」
「何やってんだ、こんな時に…」
「アホは、ほっとこうや」
「痴呆が始まったようですわ」
「お、お爺様…」
「で、でもほら、なんか良さげな2人だべさ」
「そうなのです。お似合いなカップルなのです」
言いたい放題の娘達。
「ウホン」
と、咳払いをして「そんな事より」と、続けたのは石黒だ。
「話しの筋は、だいたい見えたわ。興味があるわ。詳しく説明して貰おうじゃない」
腕組みをしながら、飯田に向き直った石黒も、朝娘市とは一線を画したかったのだ。
話し合いは深夜まで続いた…
朝6時…
朝娘橋のゲート前には、十数台の武装改造車が集結していた。
先頭には分厚い鉄板を菱形に取り付けたローラー車と
火炎放射器とバルカン砲を前面に出した装甲車。
続いて装甲を頑丈にしたユンボ。
魔人達や、腕に自信を持つ猛者達を乗せた武装改造車と続き、
最後部に飯田のコルベット、龍拳の霊柩車、藤本の高級リムジン、
ドカティST4S ABSに跨る吉澤をルーフに乗せた石黒の大型ワゴン車が陣取っている。
朝方、急に現れた飯田達に朝娘市側は難色を示したが、
飯田のお墨付きの実力を持った者達と分ると、あっさりと認められた。
なお、安倍達、家族が居る者には、後で家族を呼び寄せ、
六本木ヒルズの条件の良い住居に住まわせると条件をつけて納得して貰っていた。
飯田のコルベットには、麻琴と辻と加護。
「わぁぁあ、そろそろ出発なのです!」
「なんや、ワクワクするやんけ。なあ?」
「私は不安ですよ」
「ハハハ、私がいるから大丈夫!大船に乗ったつもちでいな!」
力瘤を作って見せる飯田は豪快に笑った。
龍拳の霊柩車には寄り添うように中澤が乗る。
「龍健様、ワシみたいな者でよろしいのかのぅ?」
「はっはっは、拙僧には勿体ない位のお人じゃよ、貴女は」
中澤は後3日待てば、20代まで若返る筈だったが、
龍拳が一目惚れしたように、中澤もまた端正な顔付きの龍拳に想いを寄せたのだ。
こんな気分になったのは何十年ぶりかも分らない。
中澤は、のぼせ上っていたのだ。
ブタのような新たな運転手が運転する藤本のリムジンには、
「なんで私が!」と文句を言いつつ石川が同乗。
「…ちょっとぉ…まだ出ないの?」
「…(無視)」
ここの車内は冷たい空気が流れていた。
真矢の運転する石黒のワゴンには安倍、矢口、紺野、高橋、松浦が乗り込んでいる。
「はぁ、なんでこんな事になっちゃんたんだべ?」
「なっちん家は、部長だからなぁ。うちの親なんか感謝してたよ」
安倍の頭を撫でて慰める矢口。
「街を出るのは初めてです。ちょっぴり怖いです」
「ハハ、あさ美ちゃんは初めてか…でも、こんな事で出るなんてね」
不安気な紺野とは対照的に高橋は、ピクニック気分だ。
「…アイドルの仕事…どうなるんだろ?ねえ社長?」
呆としながら、松浦は仕事の不安を訴える。
「それそれ、それよ。私に良い考えがあるのよ」
助手席に乗る石黒が身を乗り出し、松浦と高橋以外の3人をニーッと見詰める。
「よく見ると、あんた達と他の車に乗ってる連中…いい顔してるわぁ♪」
「?」と顔を見合わせる、安倍達。
「新生魔界街に売り込む算段はついてるのよ」
ニッと笑って、助手席に座り直す石黒は、窓の外に見える、
忙しそうに側近と話し込む つんくに向かってバイバイと手を振り。
そして、ワゴンの上のバイクに一人跨る吉澤は「まだか…」と、寂しそうに呟いた…
車列の中心に位置する重武装に包まれた装甲車の内部で
ブツブツ文句を言っているのは、新垣里沙 だ。
「なんで、私が派遣隊の第一陣に乗り込まなきゃいけないのよ!」
「アンタは魔人達の連絡係なんだから当たり前だよ」
「そうだよ!仕事しろよ」
「アンタは私達が守ってあげるから感謝するんだよ」
六鬼聖も乗り込む派遣部隊第一陣。
橋の向こう側からは、死人達の怨嗟の呻きが、鉛のように大地に響く…
その地獄の声を苦々しく聞きながら、ハンドルを握る運転手達の手が震えた…
そして、見送りにきた つんくの号令で、朝娘橋ゲートは開こうとしていた…
よくやった!
( ^▽^)<この程度のスレにはこの程度の保全がお似合いだ ハッハッハ
ワロタ
hozen
( ^▽^)<ハッハッハ
(0´〜`) <ho
( ^▽^)<保全
どの様な結末に向かうのか、見当も付きません(汗
全世界的なカタストロフィを救済できるのか・・・
それとも、現状を受け入れ新世界の構築に進むのか・・・
展開が楽しみです。
ハナゲさん、期待しております
朝娘橋の両端に有る、2つのゲートの朝娘市側のゲートが開き、
18台の先遣隊の武装車が橋に入ると朝娘市側のゲートが閉じ、同時に日本側のゲートが開いた。
先頭に立つのは、時速60キロまでスピードが出るように改造した武装ローラー車だ。
「こ、これは…」
その運転手がゴクリと唾を飲み込む。
魔界の摩訶不思議な力に誘われ朝娘市を目指し集結した、見渡すかぎりに広がるゾンビの群れは
不気味な死者の雄叫びを上げ、ゲートが開くと同時に車列に向かって来た。
http://blanch-web.hp.infoseek.co.jp/cgi-bin/data/IMG_000082.jpg 「行きなさい」
「…は、はい」
助手席に座る福田明日香に促され、アクセルを踏む足に力が入る。
ローラー車は静かに、しかし力強く、確実にスピードを上げながら死者達を薙ぎ倒し、踏み潰して行く。
轢かれたゾンビの血飛沫がブシューッとフロントガラスに掛かる。
だが、ローラーに潰され、機関銃に撃ち抜かれながらもゾンビの歩みは止まらない。
「お、重い…」
ローラー車のスピードが途端に遅くなる。
数え切れないゾンビの群れに取り囲まれ、超重力級の爆進力を持つローラー車が簡単に悲鳴を上げたのだ。
「キリが無いです!」
甲板で機関銃を握る射撃手の声が、マイクを通して運転席に伝わる。
「泣き言は聞きたくないよ」
そう言う福田も、さすがに焦りを感じ始める。
眼前に広がる地獄絵図とも言える死者達の数は半端ではない。
始まって直ぐにクライマックスが来た感じだ。
事実、この地獄の群れを突破する事が、先遣隊最大の山場になった。
「やっべぇ!何やってんだよ!前の車は!」
最後列に並ぶ飯田のコルベットは、時速15キロでトロトロと進む
車列に向かってクラクションをバンバン鳴らすが、それでスピードが上がる訳ではない。
むしろゾンビを呼んでいるようにさえ聞こえる。
実際、コルベットはゾンビに取り囲まれ、車体が揺れ動き、
加護と辻がギャーギャー悲鳴を上げている。
窓にベタベタと貼り付くゾンビの手と顔…
「こ、この車…大丈夫なの?」
助手席に座る麻琴が、目を点にしながら飯田に聞く。
http://blanch-web.hp.infoseek.co.jp/cgi-bin/data/IMG_000095.jpg 「…だ、大丈夫だと思うよ。一応、防弾ガラスだし…車体だって頑丈に作ってるし…
ハハ‥それに、万が一噛まれても大丈夫のように、ワクチンも注射してるし…」
「ワクチンって…」
「ハ、ハハハ…」
このゾンビの数に、ワクチンは関係無い。
襲われ、食われたら、骨さえ残らないだろう。
「もう、帰りたいのです!」
「死ぬ!ウチ等絶対に死ぬでぇ!」
辻と加護はパニックになり、今にもドアを開けて逃げ出しそうだ。
「もう、何やってんだよ!」
死者に囲まれガックンガックン揺れるコルベット…
再び飯田がクラクションを鳴らし始めた…
「静かなものですわね」
藤本は、車内に備え付けの小型冷蔵庫からワインを取り出してグラスに注ぎ、クイッと飲み干した。
「よく、こんな時にワインなんか飲めるわね」
「貴女も飲む?」
藤本に差し出されたグラスを、ムッとしながらも受け取り、チョピッと舐めた石川が
「…あら、美味しい」
と、思わず本音を漏らして顔を赤くする。
「キャビアも有りますわよ」
藤本がキャビアの缶とクラッカーの袋を開けるのを、横目でチロリと見た石川は
「フン」とソッポを向きつつも、手を差し出して催促した。
藤本のリムジンは特別製だ。
防弾防音は勿論の事、車体に触れると電流が流れるようになっており、
取り囲むゾンビはバチバチと火花を上げ、痙攣しながらバタバタと崩れ落ちる。
窓もフロントガラス以外、真っ黒なスモークガラスで覆われていて、外の嫌な景色も見ることは無い。
(運転席と後部座席は仕切られているため、フロントガラスに映るゾンビも見なくてすんだ)
クラシック音楽が流れる快適な車内は、優雅な雰囲気に彩られているのだ…
藤本と石川の関係以外…
一方、ただ単に普通の霊柩車に乗り込む、小川龍拳と中沢裕子。
ガタガタと揺れる車内と、運転席と助手席に雪崩落ちる後部座席に積んだ万札の束。
「怖いですじゃ!」
と、乙女のように龍拳にしがみ付いていた中澤も、サイドガラスにヒビが入った時点で、
さすがに何とかしなければならないと、思ったようだ。
「何しとるんです?」
怪訝そうに聞く龍拳に対して、
「ほっほっほ」
と笑った中澤の手には、万札の束が握られている。
万札を束ねる白い帯に五芒星を書いた中澤は、フウッと吐息を吹きかける。
「福沢さんに、助けてもらいますじゃ」
そう言うと、窓を少しだけ開け、万冊の束を車外に放り投げた。
地面に落ちると同時に、ボンボンと煙を上げながら人の形を成し始める一万円札達。
百万円の束は、百人の福沢諭吉を作り出す。
中澤の魔力によって動き出した簡易式神達は、霊柩車を守るようにゾンビ達に立ち塞がり、
噛まれて直ぐに元の一万円札に戻る。
「なぁに、福沢さんはいくらでもいるわい、ほっほっほ」
次々とゾンビに倒される福沢諭吉と、次々と作り出される式神の福沢諭吉。
「何千万円使うつもりじゃ…」
「臆になるかも…」
嘆く龍拳は、ゾンビに噛まれる度に元に戻る福沢諭吉達が、
ヒラヒラと舞い上がる様を涙目で眺めるしかなかった…
一番ヤバいのが、松浦の大型ワゴン車…
の屋根に乗っかっている、吉澤が跨るドカティだ。
屋根に固定されてるバイクに跨っているとは言え、車外に向き出しになっている人間は吉澤ただ一人。
お神輿のように揺れるワゴン車は、いつ吉澤をゾンビのいる下に放り出すのか分らない。
吉澤は言葉もなく、必死にバイクにしがみ付くしか方法は無かった。
落ちたら最後、ゾンビの餌食になって骨になるのは確実だった。
そんな死に方は絶対にしたくない。
「怖ええ!怖ええよ!」
キョロキョロと周りを絶え間なく見るのは、ゾンビが屋根に上ってくるのを見張るためだ。
予定では、ゾンビの群れをバイクで突っ切って先頭に立ち、後続車に道路状況を伝える筈だったのだが、
圧倒的な死者達の数を前にして、その計画の無謀さを実感させられた。
しかも、前が詰まっているのか、車列は徐行しか出来ていない。
ワゴン車の屋根の後方から手が伸びて、ゾンビが一体 顔をニュッと出した。
「わぁぁああ!!」
テレポートで右手のパンチを飛ばし、ゾンビの顔面に拳をめり込ませて吹っ飛ばした。
http://blanch-web.hp.infoseek.co.jp/cgi-bin/data/IMG_000097.jpg ハァハァと荒い息を吐く吉澤の形相は、まさしく必死そのものだった。
ワゴン車内の松浦達は、各々にホウキを持って、いざとなったら飛ぶ準備を怠っていない。
サンルーフは吉澤のバイクで塞がっている。
窓を開ければ、ゾンビが雪崩を打って入り込んでくる。
したがって、ゾンビの群れを抜け切る事が出来なければ、
ワゴン車が倒されるまで車内に居るしかないのが現状なのだ。
「こんな事なら、最初っから空を飛んでればよかったべさ!」
「もう、遅いよ!わぁあ!怖ええ!」
ガタガタとゾンビ達に揺らされるワゴン車内で、安倍と矢口は抱き合ってギャーギャー騒いでいる。
「あんた達、ちょっとウルサイ!黙ってて!」
安倍達と一緒に泣き叫びたいのを押さえて注意する松浦は、
静かに座っている高橋と紺野の手前、冷静さを装っているだけだ。
「もう、なるようになるしかないわね」
助手席に座る石黒も、半分 投げやりな態度で腕を頭に組んでいる。
「どうしたの?あさ美ちゃん」
高橋が、自分の鞄を押さえるように固まっている紺野に気付いた。
「…うん、ちょっと」
そう言いながら紺野が鞄から取り出したのは、一枚の式神だった。
「何それ?震えてるじゃん」
高橋が怪訝そうに、和紙に五芒星が書かれている紺野の式神を見る。
死人の呻き声に呼応するように、ブーンと虫の羽ばたきの様に小刻みに震える、紺野の式神は、
以前 中澤が『死人返り』事件の時に封印した、死人だった。
(第十二話 死人返り、第十三話 魔女の条件、参照)
式を扱う練習用兼護身用に持ち歩くように中澤から貰った物だったが、今まで一度も使った事が無い。
「ゾンビに反応してるわ、ソレ……って言うか、何それ?」
助手席から身を乗り出した石黒が、紺野の式神を指差した。
紺野は、かい摘んで説明した。
『死人返り』を式に封印した物だと。
それを使いこなす様にと、中澤から手渡された物だと。
「ふーん、そんな物を託されるなんて…オマエ、師匠に期待されてるんだねぇ」
感心したように話す石黒。
「でも、ソレは初心者に使いこなせるような代物じゃないよ、捨てちまいな」
「でも…」
中澤に期待されてると聞いたら、簡単に捨てる訳にはいかない。
「じゃあ、こうしよう。
練習のつもりで、ゾンビの中に放り込んでみな。
ゾンビを倒せれば良し、ダメだったらダメで諦めればいいんだよ」
「…う〜‥」
それでも、決心しかねる紺野。
「あのねえ、はっきり言って、ヤバいよソレ。
『死人返り』でしょ?震えてるじゃん。車内で発現したらどうするの?
瘴気が充満して、皆死んじゃうよ」
松浦がイライラしながら、口を出した。
「…え?そうなんですか?」
「そうなの」
石黒と松浦が同時に声を出す。
死ぬと聞いて、安倍と矢口が顔を見合した。
「ちょちょちょちょっと、そんな危険な物、なんで持ってんだべ!」
「は、早く捨てろよ!」
「わ、分りました…」
紺野が決心しかねたのは、中澤から貰った物を捨てられなかっただけだ。
皆が死ぬかもしれないと聞いてしまったら、捨てるしかないし、
後生大切に守るような物でもない。
「中澤さん、ごめんなさい」
紺野はあっさりと震える式神を少し開けた窓から、ゾンビが群がる車外に放り捨てた。
「あれ?発現する呪文は?」
高橋は少し気になった。
呪文を言わずに発現したら、術者の式神ではなくなる。
「あっ…」
「忘れたんでしょ」
コクンと頷く紺野。
「…まぁ、いいか、あのゾンビの数では どうしようもないもん」
高橋が紺野の頭を撫でて、気にするな と慰める。
捨てられた五芒星の書かれた和紙は、ヒラヒラとゾンビの群れの中に消えていった…
「うおっ!キタキタキタキタ!キタよー!」
スピードが上がり始めた車列。
飯田のコルベットをはじめとする娘達の車も、待ってましたとばかりにアクセルを踏み込む。
最後列の松浦のワゴン車に乗り込む紺野は、ヒラヒラと舞い上がる 今しがた捨てた式神を見送る。
その式神が、ボンと煙を上げたと同時に元の『死人返り』に戻った。
「あっ!」
高橋と一緒に後ろの窓に しがみ付いて、成り行きを見守る紺野。
黒い瘴気を身にまとった、赤いカクテルドレスを着た式神は、
ユラユラと揺らめきながら、虚ろな目で此方を見ていたのだ…
その死人は、周りのゾンビ達とは明らかに違う。
干乾びた体に、ミイラのような顔。
体から湧き出る、真っ黒い煙のような瘴気。
ボロボロのカクテルドレスを着た死人の周りのゾンビは、瘴気に毒され、
バタバタと倒れ、痙攣しながら動きを止める。
体中から紫色の血管らしき管をヒュンヒュンと伸ばした『紺野の式神』は、
その血管の先端をゾンビに突き刺して、ドクドクと脈打ちながら何かを吸い込んだ。
たちまちミイラのようになって崩れ落ちるゾンビ。
「ハァーーッ」
カクテルドレスの式神は、黒い瘴気を吐きながら大きく息を吸った。
ボクンボクンと体を軋ませながら、ゾンビの体液を吸い上げる式神の体は、
筋だらけで茶褐色の肌を人の色に戻していく。
トンッと一歩踏み出すと、意思を持たないはずのゾンビ達が怯えた表情で引いた。
ヒュンヒュンと伸びる吸血血管と、広がる暗黒瘴気。
式神の周り半径50メートルのゾンビは 瞬く間に死に、腐った肉塊になった。
腐敗臭を放つ、泥のように腐食したゾンビの海に、ポツンと佇む『紺野の式神』こと『死人返り』。
しげしげと見詰める自分の手は、人間だった頃の色を取り戻している。
路上に有るガードミラーを見上げる その顔は、生前の美しさを取り戻していた。
市井紗耶香は生前の記憶を持って甦った。
この世に対するどす黒い恨みを、魔界の意思と混濁させて…
魔界街を隔離する底の見えない地割れ…
その地獄の底から、この世に出ようと ロッククライマーのように登る人影…
次々と落ちてくるゾンビを尻目に、地割れを登りきった黒いラバー製のボディスーツを着た悪魔は、
ゾンビだらけの周りを一瞥して、唾を吐き捨てた。
その唾はコンクリートの地面を溶かし、プスプス煙を上げる。
地割れを囲むフェンスはゾンビの圧力で倒され、次々と魔界に繋がる地割れに落ちていく。
そのゾンビ達を餌に 膨れ上がる暗黒魔界は、一人の元人間を甦らせた。
KEIの異名を持つ、人造舎所属の元魔人は、娘を殺されかけた藤本専務の恨みを買い、
埋葬される事なく、魔界の地割れにその遺体を投げ捨てられていたのだ。
その元人間は、魔界街に恨みを持っていた。
一人の人間を愛し、そして憎んでいた。
超絶の技巧を持つ、元魔人は愛した人間の心臓を奪うために、この世に舞い戻ったのだ。
保田圭は一匹のゾンビの心臓を無造作に抜き取った。
「…腐ってやがる」
ブシュッと動かぬ心臓を握りつぶした保田は、そのままゾンビの頭に手を乗せた。
ズブズブと沈む保田の手と、干乾びていくゾンビ。
魔界からの使者は、ゾンビを生命の糧とした。
「うん?」
保田がゾンビの群れを掻き分けて、朝娘橋の日本側ゲート近くに来ると、
腐ったゾンビの死体の中に、ポツリと佇む一人の人影を見止めた。
泥の海のようになった、腐り果てたゾンビの海を、バシャバシャと音を立てて歩き近付く保田。
「アンタ誰?」
聞いたが、カクテルドレスを来た女は薄く笑っただけだ。
その女の足元には真っ黒な瘴気の渦が渦巻いている。
女は しゃがみ込み、魔界に通じる瘴気の渦巻きに自分の腕を沈めた。
そいつの魂は魔界の闇を漂っていた…
怨嗟と無念の渦に身を置いて漂っていた…
誰かが、その無念の魂を引き抜いた…
「捕まえた…」
上半身をも海に沈めた女(市井)は、ソレを掴み上げ、ズルズルと引き上げる。
『銃人』次元と共に朝娘川から地割れに流れ落ちた、元朝娘市警察の巡査は、
市井紗耶香に引き上げられ、ゲホゲホと咽返っていたが、
市井と保田を見止め、怪訝な顔をした。
「久しぶりだね、真希」
名前を呼ばれて、ハァ?とした顔をしていた後藤真希は、次第に記憶を甦らせていく。
「…市井ちゃん?…と、アンタ誰?」
後藤に「誰?」と聞かれた保田は、「ハハハ」とだけ笑った。
今日はココまでです。もうちょっとで終わりですが年内には終わりそうにも無い。
ドラクエとMGS3(今遊んでいる)と、発売されるグランツーリスモとバイオ4…
何年ぶりかでゲームを買った(買う)が、こうも大作が立て続けに発売されては、お金が…
…うん?クリスマス?なにそれ?・・・_| ̄|○
>>320ありがとう!君だけだ!俺と同じクリスマスの過し方をするのは!
更新キテタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!
激しく乙です
クライマックス…楽しみでもあり寂しくもあり
長丁場お疲れ様ですたい
しかし連載開始は2003年の11月でしたか
不定期とはいえ書き続けられる気力がすごいと思う
久しぶりに読んだんだけど
ハナゲ絵うめーすげえ
ハナゲましておめでとうございます。
>>339-340 m9。゚(゚^Д^゚)゚。プギャーーッハッハッハーーーーー!!!!
ハナゲかわいいよハナゲ
保全
ほぜん
やあ、三ヶ月ぶりにきたよ
ハナゲなんだかすごいことになってるなハナゲ
待ってるよ。
348 :
名無し募集中。。。:05/01/26 06:54:17 ID:Jf2VqJAb
(0´〜`) <ho
東京に続く高速道路は案の定、何十台もの事故車で道が塞がっている。
吉澤のバイクは機動力を活かし、先回りをして道路の状態をローラー車に乗り込む福田に伝えた。
それを想定して用意したローラー車を始めとする重機は、改造車両という事もあり、
抜群の機動力を発揮して壊れた車を次々と路肩に押し込んだ。
そして、ゾンビの数も数えるほどしか居ず、放って置いても事故車撤去には問題が無かった。
時速20キロ程度で高速道を上る先遣隊。
ここまでは予定通りの展開だった。
「……‥」
最後列のコルベットに乗り込む飯田が、黙って静かにブレーキを踏んで車を停車させた。
「どうしたんです?」
麻琴が聞いたが、飯田は
「ちょっと…」
と、言い残し外に出た。
嫌な気配を背中に感じた飯田は、外に出て「それ」をはっきりと感じ
「アンタ達、車の中で待ってな、絶対出てはダメだよ」
と真琴達に念を押して、高速道を走り始めた。
押し寄せる邪悪な念に向かって…
はたして、奴等は来た。
何処からか拾ったパトカーに乗り込む、市井、後藤、保田の魔界衆3人組は、
飯田を認めるとニヤニヤと笑いながらパトカーを加速させた。
それに対し飯田は、足元に落ちてるコンクリート片を掴みあげると、パトカーのボンネット目掛けて
剛速球投手のように振りかぶりコンクリを投げつけた。
ボンネットを突き破り、エンジンを破壊する飯田のコンクリート塊は
パトカーの軌道を狂わせ路肩の壁に激突させる。
大破したパトカーからノソノソと出てきた3匹の獣。
後藤が血だらけになってる市井を指をさしてゲラゲラ笑う。
「…アンタだって腕の骨折れてるよ」
保田に言われて初めて自分の腕がプラプラと揺れてるのに気付いた後藤は
「ありゃ!ホントだ」
と、またしても爆笑しながら自分の腕を治そうと、骨の位置を確かめるように繋ぐ仕種をした。
「ハハハ、簡単にくっ付いちゃった」
腕をグルグルと回して、腕が治った事を確認した後藤は
「どうよ、凄いでしょ」と自慢気に市井を見た。
そんな後藤を無視しながら、小馬鹿にした表情で薄ら笑いを浮かべながら飯田を見詰める市井。
「オマエ…知ってるぞ」
飯田に気付いた保田が、記憶を辿るように声を漏らした。
「私の心臓を潰した刑事だ…」
保田の瞳に、憎悪の炎が燃え始める。
「ハハハ…私も知ってる。確か魔人ハンターだよ」
後藤も、生前時の憧れだった魔界刑事を指さす。
「…知らない人は、いないみたいだねぇ」
元警察官の市井も飯田の事は知っている。
「私が警官だった頃は、魔人ハンターは天上人と同じだったなぁ」
薄ら笑いを止めない市井は、前に出ようとする保田を制し、静かに飯田の前に立つ。
「でも、今は余裕で勝てそうな気がしてならないよ」
両手を広げて、おどけてみせる仕草が憎々しい。
実際、飯田はカチンときた。
その時…
テケテケと飯田に近付く、小さな影。
その影に向けて、市井は半笑いのまま 右手人差し指から吸血血管を伸ばす。
小さな影は飯田の様子を見に来た辻だった。
しかし、その顔面に伸びた悪魔の血管は、寸前で止められた。
止められたと言うより、咄嗟に辻を庇った飯田の左手に吸い付いたと言った方が正確だろう。
兎に角、飯田の左手に張り付いた市井の血管は、根を張るように飯田の体内に潜り込んだのだ。
http://blanch-web.hp.infoseek.co.jp/cgi-bin/data/IMG_000098.jpg 「フン…大したこと無いねぇ。どうしようか?
瘴気を送って即死させるか…それとも…」
飯田の体内で根を張る吸血血管は、体液を吸い取る事を選択した。
飯田の左手が急激にミイラのように細くなっていく…
…しかし、それ以上の進展は無かった。
むしろ、腕が太くなっていくようにさえ見える…
実際に飯田の右腕は革のジャケットを破り、筋肉の塊が露出した。
更に信じられない事に、吸い取りきれない程の「何か」が、市井の吸血血管を埋め尽くし始めた。
「相手の攻撃を受け止めてから、反撃する…分の悪い戦法じゃのぅ。
ふん、オニ子らしい闘い方じゃわい」
「飯田さんのお爺ちゃん!」
いつの間にか現われた小川龍拳が、飯田の額に手を置く。
「僅かだが、瘴気を送り込まれたか…ふむ、一週間は動けんじゃろう」
「姉さま!」
麻琴と加護も飯田を囲む。
「心配せんとも、オニ子は死にはせんよ」
飯田を辻達にまかせて、龍拳はフラフラと立っている、首が取れかかっている市井に近付いた。
「待ちんしゃい」
そう言って龍拳を止めながら、市井に近付くのは中澤裕子だ。
紙に五芒星を描きながら市井の前に立った中澤は、市井の胸にペタリと魔紙を貼り付けた。
「バカ者、式神の分際で何が魔界からの使者じゃ。
…コヤツは確か紺野の使い魔だった筈…何やっとんじゃ、あの馬鹿娘は」
ブツブツ言いながら、市井を式神に戻した中澤は、今度は後藤を見詰めて、
「ほう、オマエ…人じゃな。どうやって此の世に舞い戻った?」
と、興味津々の顔付きだ。
ットン!と後藤の前に出た龍拳の拳には鬼の梵字が浮いている。
「人か魔物か試してしんぜよう」
言うなり、小川流鬼拳を呆然としている後藤の胸に叩き込んだ。
「うぎゃぁぁああ!!」
絶叫を上げながら転げまわる後藤。
「オマエが魔物なら死ぬ。そうでなければ助けてやろう」
血反吐を撒き散らす後藤を冷ややかに見詰める龍拳は、
暫くしてピクリとも動かなくなった後藤の胸に手を当て、
「ふむ、僅かながら心の臓は動いておる…」
そう言うと、麻琴を手招きして呼び寄せ、自分の霊柩車に運ぶよう指示を出した。
「あの…お爺様」
後藤を担ぎながら麻琴が心配気に龍拳を見た。
「ソヤツは半分魔物じゃが、もう半分は人間じゃ、鬼拳を耐えた事に免じてワシが面倒をみよう」
ホッホッホと笑う龍拳は、自慢の白い顎鬚を撫でながら、残りの一匹、保田を見た。
ジリジリと後ずさりする保田は、ユラリと現われた美しき人影を認める。
「キ、キサマ…」
余裕のモデル立ちで冷笑を浮かべる藤本の右手には、白い薔薇が握られていた。
「貴女、生きていたのですね」
シュルシュルと茎が伸び始める白い薔薇。
「さて、オニ子の車を運転できる者は居るのかのぅ?」
飯田のコルベットには中学生しか乗っていないのだ。
顔を見合わせる辻達と、リムジンから不満気に出てきた石川。
「梨華ちゃん、運転できるかぁ?」
加護が石川に聞いてみる。
この中で免許を持っていそうなのは石川しか いなそうだった。
「う…うん」
と、言ってみたものの、実は石川は教習所に通い始めたばかりだった。
だが、これ以上藤本と顔をつき合わせてリムジンに乗るのは勘弁だし、
免許証なんて、もう必要ないだろう。
石川は数秒の間を持って、「アハハ、も、勿論よ!」と得意気に威張って見せた…
http://blanch-web.hp.infoseek.co.jp/cgi-bin/data/IMG_000108.jpg
今日はココまででやんす。一ヶ月以上開けてしまって申し訳ない。(;´Д`)
で、次回で完結し(・∀・)マース!!
>>341なにワロとんじゃ!
>>342まぁね。
>>345そんなのが有るんだNE(´∀`)。
>>346(;´Д`)ん?
>>347お待たせ(´ー`)。
でわでわ。
緊迫した場面なのに最後の石川で和んだw
俺は思うんだが、文章書くのより絵書く方に時間かかってるよね、多分
だから何というわけでもないが、器用だなホント
コメント部分に元画像の名前だけでなく
どういうシチュエーションか説明を追加しました。
それから絵の描かれた順番が小説の順番通りでないところが
あるのですが順番通りの方がいいという声が多ければそのようにします。
>>362 すげえ!すげえぜ!乙!
中澤がナウシカのオババに見えるのは俺だけかw
ハナゲ生きてたかハナゲ
面白いよ
ほぜん
わくわく
保全
二年後…
新宿区内の野外音楽堂。
2千人の観客の前で、マイクを持って可愛らしい振り付けで歌うのは、
安部、矢口、紺野、高橋、辻、加護の5人グループ『モーニング娘。』通称モームスだ。
舞台袖で腕組みをしてニンマリと唇を歪める石黒社長が、
新生魔界街の復興のシンボルにと作った新しいアイドルグループは、
この後に出てくるぁゃゃの前座なのだが、
今や、そのぁゃゃをも凌ぐ程の人気を持つアイドルになりつつあるのだ。
ぁゃゃに繋ぐ最後の曲を歌おうとした時に、照明が落ちて
緊急のアナウンスが流れた。
「業務連絡、業務連絡、ただ今、新朝娘市に向かって飛行する魔物を確認しました。
モーニング娘。のメンバーは大至急、現場に向かってください。
繰り返します。〜〜〜」
そのアナウンスを聞いた安部が客席に向かって「ゴメンネ」とペコリと頭を下げた。
「30分ぐらいで戻ってくるから、みんな我慢して待ってて!」
高橋がマイクを持って観客達に手を振り、
メンバーそれぞれの手には(紺野だけは杖)ホウキが握られている。
「あとはぁゃゃが歌うから!」
そう言ってホウキに跨る面々は次々と会場を飛び去って行った…
朝娘市の市民達は当初の計画通り、新宿区を新天地にする事に成功していた。
高圧電線で区を区切るようにバリケードを造り、今はその面積を徐々に広げている最中だ。
30万人弱だった新都市の人口は、テレビ局とラジオ局を確保し、国民に向かって放送した、
新政府樹立と国民の保護に全力を注ぐとの呼び掛けにより、
生き残った国民が集まりだし、来れないとSOSを出した人々には救出隊を送り込み、
今の新生魔界街の人工は倍以上の80万人強に達している。
生き残った自衛隊は新政府の配下となり、その重火器を防衛のために使っていた。
そして、ゾンビは未だに腐らりもせず、バリケードの外側を徘徊し、
魔界から溢れ出た魔物は、新朝娘市を襲おうとする。
当初、その魔物群は自衛隊が押さえていた。
魔物は自衛隊の重火器には怯む。
でも、それだけだ。
奴等は銃器での攻撃に、死んだように見えたが、数時間後には復活する。
魔界から這い出る化け物共には、銃器が効かないのだ。
だが、魔物を葬り去る術があった。
唯一の対抗策、それは…
20メートルも有る体長をうねらせながら、巨大なナメクジがバリケードに向かって突進してくる。
ニュルリと伸びたナメクジの目の部分には下卑た笑いを発する人の顔…
その突進を止めるのは、巫女姿の一人の少女。
トンッと軽く跳んだ小川麻琴は、巨大ナメクジの正面から鬼拳を叩き込む。
絶叫と共に、内部から捲り上がるように肉塊を撒き散らし絶命する巨大ナメクジ。
「ホッホッホ、さまになってきたのぅ。麻琴よ」
燐とした佇まいの孫に目を細めるのは、その仕留方を傍観していた小川龍拳。
「お爺さま」
ニコリと微笑む麻琴は、道路角を曲がり新たに出現した
トカゲのような魔物をキッと睨み付けた。
魔界の魔物を屠る方法。
それは鬼拳小川流。
今や人口の半分以上が護身の為に、小川流拳法を習っていた。
教えるのは、小川直也から鬼拳を習った元人造舎の魔人達。
計らずとも、今は亡き小川直也の野望は、達成され始めていた。。
人々は小川流拳法を学び、小川姓の発祥の神話を学ぶ。
小川流伝承者の小川龍拳は、新政府の防衛大臣に無理矢理任命されていた。
小川家による日本支配と言えば大袈裟かもしれない。
兎に角、新たなる小川家の伝説が始まろうとしていたのだ…
ビューッ!
風を切って滑空する、コンサート会場を後にしたホウキに跨った若き魔女達。
小川流拳法の他に、もう一つ有る魔界の魔物を殺す方法。
安部達の前方に、巨大な翼を持った獣が咆哮しながら新朝娘市に向かっていた。
コウモリのような翼は50メートル以上あり、体長は有に30メートルは有るだろうか。
「みんな!用意はいいべか?!」
安部が周りを見回すと、メンバーそれぞれの手には変った形の装飾が付いた魔法銃が握られていた。
中澤裕子が作る、銃弾には魔物を殺す魔術が込められている。
空を自由に飛ぶことが出来るようになった安部達に与えられた任務。
それは、新朝娘市の防空だ。
「いっせーので、撃つべ!」
と安部が言った途端にパンパンと銃声が聞こえた。
「もう、またオマエ達!」
矢口が、キッと辻と加護を睨み付ける。
「だって、安部さんが いっせーの って言ったからです」
「そやで、ウチ等は悪くあらへん」
銃口から出る硝煙をフウッと吹きつつ、エヘヘと笑う辻と加護。
「もう片づいたからいいんじゃない?」
「…そうですね」
高橋と紺野は、空中で爆発したように内蔵を撒き散らし落下する、空飛ぶ獣を見下ろしていた。
「…まったくもう…」
ホッペを膨らませる矢口のインカムに新たな情報。
「また出たようだ。今日は多くねえ?」
そう言いながら、矢口は猛然と西の方角にホウキを滑らせた。
「あっ!一人で殺るつもりなのです!」
「ずるいでぇ!矢口さん!」
追いかける辻と加護。
呆然と見送る、安部と高橋と紺野。
「…コンサートに戻るべか?」
半笑いの安部に向かって、高橋と紺野はニコリと笑い返した…
「あっ!返ってきた」
「あれ?3人だけだよ」
「格好イイね、やっぱり」
コンサート会場の舞台袖で、石黒と一緒に空から戻ってきた安部達を出迎えたのは、
六鬼聖の3人組と、数曲歌い終わって 同じく舞台袖で
ジュースを飲んで椅子にふんぞり返っているぁゃゃと、その肩を揉んでる新垣だ。
空から戻って、観客に手を振る安部、高橋、紺野を羨ましそうに見ながら、
「社長〜、私達も早くデビューさせてくださぁい」
と石黒に猫なで声で哀願する新垣は、今はぁゃゃの付き人をしてる。
「六鬼聖は兎も角、アンタ全然 魔女の見込みが無いじゃん」
ぁゃゃに言われてカチンときた新垣の肩を揉む手に力が籠もる。
「イタイ!もうバカ見習い!」
毒づかれても、我慢するしかない新垣。
暫くの間、この関係は終わりそうもなかった…
新宿歌舞伎町…
『スナック梨華』には、いつものメンバー。
二年前、六本木ヒルズを乗っ取るために乗り込んだ石川達は、
唖然とするしかなかった。
セキュリティがしっかりとしていた高級マンションには、ほぼ全世帯の住人達が
マンションに立て籠もっていたのだ。
住人達を救出し、朝娘市の市民にしたのだが、マンションの所有権は勿論住人達の物だ。
結局、元の鞘に収まって、今の生活になっている。
と言うか、石川のスナックママと吉沢のバーテンは本職になっていた。
藤本の父親は新政府の法務大臣に収まり、藤本のお嬢様振りも相変わらず…
更に旧朝娘市の時の常連達も目ざとく この店を見付け、
相も変わらず石川を口説いている。
この店に居ないのはただ一人…
「もう一年以上経つのか…飯田さん、今頃 何してるんだろう…?」
ふと思い出したように石川。
「そうだな」
ちょっぴり寂しげな吉沢。
「知らせがないのは良い知らせなんじゃなくて?」
カクテルを傾ける藤本。
3人は、今は居ない魔界刑事を思い、一様に溜息をついた…
北海道にある廃墟と化した温泉街…
人は居ないが、湯煙は上っている。
荒れ果てた道路に2台のドカティが停車した。
「温泉がある!今日はココでゆっくりとするか?」
「いいですね」
会話の主は、長い黒髪をバッサリと切り落とした飯田圭織と、ある理由によって行動を共にする後藤真希。
二人は魔界から甦った魔人を追って、一年以上も旅をしている。
その魔人は保田圭。
魔界より甦った保田と後藤。
後藤は小川龍拳の鬼拳によって人間性を取り戻したが、未だ半分は魔界の血が流れている。
魔界の血を押さえることが出来るのは、鬼の子孫の小川家の人間だけ…
鬼の血をより濃く受け継いだ飯田と行動を共にする後藤は、人間に戻りたかった。
だが、どうやったら戻るのかは、誰一人として知らない。
分るとしたら魔界の住人だけだ。
しかし、聞き出そうにも、魔界の魔物は人の言葉を喋らない。
人語を理解し、話すのは、ただ一人しか居なかった。
保田圭が後藤を人間に戻す術(すべ)を知っているかどうかは分らない。
分らないが、ほんの少しでも可能性が有るなら探し出す。
人間に戻るためのヒントを保田から聞き出す旅。
2年前に飯田達の前から逃げた保田は、それ以来、姿を現していない。
飯田達の実力を知り、別の生き方に逃げたのだ。
バイクを降りる飯田と後藤に気付き、ヨタヨタと近づくゾンビが約10体。
意に介さない飯田と後藤は、無人の温泉旅館に向かい歩きながら、
寄ってくるゾンビを拳で粉砕する。
「…お、おまえらか…ヤスダさまを追っている人間とは…」
一匹のゾンビが言葉を話した。
そう、保田の行く先には人語を話すゾンビが存在する。
保田はゾンビを下僕とする能力を使い、王国を造ろうとしていた。
だが、保田を追う飯田と後藤に邪魔されて、未だ実現に至っていない。
逃げる保田と、追う飯田と後藤。
着実に距離は縮まっている。
行く先々で、確実に使徒ゾンビの数が増えているのだ。
長かった。終わった。当初、安倍を主人公にと思ってたんだが何時の間にやら飯田が主人公で紺野がサブ。前のもそうだった。
>>359和んでくれてありがとう。
>>360よく分かったな。その通りです。
>>361どなたか知らんがありがとう。でも挿絵のIMG_000019.jpg は俺のじゃないですYO。
>>364ああ、なんとか生きてるぜ。
>>365-368テンキュー。
さて、スレが勿体ないので次回作も書きます。
内容は藤本か矢口が主人公で近未来の刑事物です。こんなのしか書けんわ。スマソ。
でわでわでわ。。。
おつかれさま。
お疲れ
主人公の変遷は何となく思ってたw
面白かったよ、おつかれさま
作中の安倍が安部になってたのは勿体ね
あとゴマキみうなw
お疲れ様でした。
次回作、楽しみにしております。
六人なのに五人組
>>383 誤字脱字は名作書く人ほど多くなるんだなこれが
まとめるときに直せばいい
…って誰がまとめるんだろうか
( ` ・ゝ´) 川‘〜‘)|| (〜^◇^) 川σ_σ|| ( ^▽^) 川o・-・) ( ‘д‘) ( ・e・)
猛夢警察…
それは猛烈なる夢が造り出した都市伝説…
花曲署…
それは何処に有るのかさえ分からない、幻の警察署…
人々は面白可笑しく、噂話の類を さも本当に見たかの如く自慢気に話す。
その噂話は、やがて尾ヒレが付き、実在しない刑事達の諸行を まことしやかに囁く…
曰わく、殺人許可証を有す…
曰わく、霊魂を操る…
曰わく、大富豪がバックにいる…
曰わく、鬼が犯罪者を裁く…
曰わく、世界一の格闘家が暗躍する…
曰わく、刑事の中にドロボウがいる…
曰わく、etc etc……‥
見たという噂が絶えない所が、この手の作り話しを下火にさせない。
事実はどうなのか…?
答えるまでもない……‥
http://blanch-web.hp.infoseek.co.jp/cgi-bin/data/IMG_000120.jpg この物語は、歴史の表舞台には決して出る事のない、
夢幻の世界に棲息する刑事達の活躍を余すところ無く忠実に再現した
感動のドラマである……(嘘)
---第一話---『美貴帝刑事』
----20XX年----
メガロポリス東京
乱雑に、しかし幾何学的に建ち並ぶ高層ビル群。
2度目の大震災によって壊滅的な打撃を受けた東京は、
その後、驚異的な復活を遂げ、今尚 世界の中心都市として
その威容を誇らしげに晒している。
電脳都市とも形容されるメガロポリスは、コンピューターによって管理され、
それ無くしては生活さえままならない。
千代田区桜田門に居を構える、60階建ての白銀に光る高層ビルが有る。
白い巨塔と呼ばれる警視庁ビルだ。
その5階に警視庁の花形、捜査一課がある。
常に課員の3分の2は出動していて、ガランとした印象が拭えない、
主に殺人及び重要な犯罪を捜査する一課に咲く一輪の花…もとい、じゃじゃ馬。
「ちぃぃっす!指名手配第218号犯をしょっ引いてきました」
今年度配属された新人刑事の藤本美貴は、拘束衣で身動きの取れない
殺人犯をズルズルと引きずりながら、眼鏡で小太りの捜査課長に片手を上げて挨拶をした。
「あとはヨロシク」
と同僚に犯人を引き渡し、自分のデスクに座ったのは3日ぶりだ。
机には3日分の事務書類が乱雑に置かれている。
藤本は それを見るでもなく眺めながら、タバコに火を点けて、プカリと紫煙の輪を作った。
「…うん?」
一枚の書類に目が止まり、読み上げるうちに怒りが込み上げてきた。
「課長!コレって!?」
「うん?ああ、捜査は終了って事だ」
「どう言う事です?」
「オマエ一人じゃ無理と判断した」
「…そんな!死んだ6人はどうなるんです!浮かばれないじゃないですか!」
「死んだ6名は遺書を書いて自殺した。殺されたという証拠も無い。
なにより、捜査は一向に進んではいないし、物証も何一つ掴んではいないじゃないか。
…なぁ藤本、これはオマエの身の安全の為にも言ってるんだ」
蝶ネクタイを緩め 溜め息をつく課長の言葉には、無念さが滲んでいた。
事件の あらましはこうだ。
新種の麻薬、ビー改112号という覚醒剤が出回り始めた。
その種の捜査は麻薬課がするのだが、
そのビー改112号、通称『蜂』はその名の通り、人間を殺人蜂に変えた。
体内に蓄積される『蜂』の毒は、そのまま脳を犯し、ある一定量に達すると
中毒者は毒を放出しなければと思い込むようになり、実際に行動する。
毒の蓄積によって、爪の先が紫に変色する症状が中毒者を焦らせるのだ。
事実、爪には人を殺せる量の毒が溜まり、狂った中毒者は
無差別に人に向かって毒の爪を振り上げた。
捜査一課に7名の専従捜査班が作られ、藤本もその一人になった。
専従と言っても、捜査一課は忙しい。
一人最低3つから4つの事件を担当している。
互いに連絡を取り合い、情報を潰していくうちに一人の人間が浮かび上がった。
ここ数年急激に成長している新興の製薬会社『LD製薬』という会社が有る。
社長の名は若干32歳の堀江紋。
そこの若き社長は、別のサイドビジネスに力を入れ始めている。
そのサイドビジネスとは不動産会社だ。
もっぱらディスコやクラブを経営、運営しているのだが、、
『蜂』は、その堀江が経営する店舗が出所と掴んだのだ。
当初は簡単に解決すると思われていた。
だが、堀江は単なる成金ではなかった。
LD製薬の成長には、カラクリが有った。
死んでも誰も見向きのしないような自堕落な若者達に
病原体入りの麻薬を売り、ばらまき、ジワジワと感染者を広げる。
そして、出所が分からないように計算された病気が一般にまで広がるのを見計らい、
最初からウィルスと一緒に造っていたワクチンを売り出すという方法だ。
勿論、疑惑だけであって、証拠が無いから逮捕など出来ない。
堀江は、証拠が無ければ警察が手を出せない事に味をしめて、新たな事業を展開する。
武器の販売。
つまり死の商人という事だ。
その武器が実に厭らしい物ばかりだ。
細菌やウィルス、科学毒、麻薬、コンピューターウィルスに至るまで、
他の商人が手を出さない、禁じ手ばかりを主に取り扱う。
ビー改112号もその武器の一つで、生体実験を兼ねて市場にばら撒いた。
だが、これ等は あくまで推測に過ぎない。
裏社会で聞こえ漏れる噂の類でしかなかった。
厳重なセキュリティで守られた自社ビルでしか取引はしない。
社員は堀江に忠誠を誓う念書を取られ、裏切れば家族もろとも殺される。
これも噂の域を出ない憶測だ。
何一つ決定的な証拠を掴めず、捜査は長期戦になると覚悟した矢先、
次々と捜査員が不可解な自殺で、命を落とす事になる。
それは堀江と接触した日、又は翌日。
遺書を書き、捜査員は自殺したのだ。
「私が諦めると思いますか?」
「証拠が無い以上、これ以上犠牲者は出せんのだ。
…分かってくれ」
苦渋の表情の課長の机に、パサッと放り投げたのは警察手帳。
「藤本、オマエ!」
「辞めるとは言いません。預かってください。暫らく休職します」
ガンホルダーから、この時代では骨董品と言える、自慢のコルトM1911A1を抜いて
自分の机に置いた藤本は、課長の呼び止めを無視し、無言のまま捜査一課を出た。
白い高級リムジンを自社ビルの地下駐車場に入れようと、
運転手がハンドルを切ると同時に急停車した。
「何事だ?」
「すみません。急に人が車の前に出まして…」
「轢き殺せばいい」
「そういう訳には…」
車内の堀江と運転手が会話をしていると、リムジンのボンネットを
ガンガン殴り始める音が聞こえる。
「ああ!もう!なんだ!あの女!」
運転手が席を出ようとする所を堀江が止めた。
「待て…あの女、どこかで…」
そう言うと、堀江の顔が何かを思い付いたように歪んだ。
「オマエは待ってろ」
運転手にそう命じて、リムジンを出た 仕立ての良いスーツを着た小太りのチビ男 堀江が、
ヘソ出しルックのラフな格好の女と対峙した。
「何をしているんです?僕の車ですよ」
呆れたように言う 小太りは余裕だ。
「いやぁ、ずっと待ってた甲斐が有ったよ。本人が出てきたわ」
藤本は唇だけ笑いの形を作り、リムジンのボンネットにドカリと片足を乗せた。
「困った人だ。その車の傷を直すだけで、貴女の給料の3年分は掛かりますよ」
「ふーん、私の事を知ってるような口ぶりだね」
「いぃや、ただ何となくそう思っただけです。
で、俺を待ってたようですが、いったい どのような用事で?」
「ふん、これからちょくちょく会うことになる 薄汚いブタの顔を近くで拝見しようとしただけよ。
ハハ‥思った通り、濁ったブタの目をしてる。
何かに怯えるのを隠そうと虚勢を張ったブタの目だ」
藤本は堀江の顔を見て『ブタの目』と挑発した。
実際に堀江の目には、人の色が、感情が宿っていない気がしたからだ。
「…俺を怒らせて、パクるつもりか?」
「案外簡単に釣られるな、ブタは。
私が刑事だと知ってる事を自分から話したよ。
という事は、署内にブタに情報を提供したネズミが居るという事か?
それとも、捜査一課の情報を盗んだか?
まぁ、どちらにしても、今すぐに逮捕してもいい訳だが」
藤本が釣ったのか、それとも堀江が業と釣られたのか?
答えは後者のようである。
「休職中の貴女に逮捕特権は無いはず」
ニヤリと笑う堀江。
「ほう…そこまで知ってるのか?」
決定的である。
藤本は確信した。
コイツが仲間6人を殺した犯人だ。
だが、解せない…
何故、自身の身が危うくなる事を平気で言えるのか?
そこに6人が死んだ真相が有るように思えた。
「逮捕しても構いませんが、逮捕状を取ってからにしてください」
そう言うと堀江はリムジンのドアを自ら開けて、車に乗り込もうとした。
「あ、言い忘れましたが、ブタの濁った目に貴女は魅了されていたようだが」
「はぁ?」
「遺書を書いて、自殺なんて止めて下さいね」
「…」
「いや、それは貴女の自由か。
俺は止めません。
帰宅後、貴女が自宅の窓から飛び降りようとも…」
「…」
「実行するんだ」
そう言ってリムジンに乗り込んだ堀江を黙って見送る藤本は、
フラフラとした足取りで帰路に着いた。
湾岸線沿いを、ふらつきながらもスピードを上げて走る軽自動車。
自分の車のハンドルを握る藤本は、このまま自宅に帰ってはダメな事に気付いている。
帰宅後、遺書を書いて自殺する事にも気付いている。
気付いてはいるが、どうしようもなかった。
体と意思が言う事を聞かないのだ。
それでも必死の抵抗で、自宅への遠回り道、東京湾岸の国道を走っているのだ。
(…あのブタの目か)
濁ったような堀江の目は、人を強烈な催眠状態にする事が出来るのだ。
(…この状況をどうすれば打開できる?)
これも、堀江の催眠術の効果なのだろう。
考えても、そこから先の思考が停止してしまうのだ。
だから、藤本は今考え得る一番簡単な方法を選んだ。
堀江の言うがままに死ぬのは絶対に嫌だ。
ダッシュボードにはサバイバルナイフが入っている。
堀江に殺されるんじゃなく、自らの意思で死を選ぶ。
左手に握られたナイフは鈍く光っている。
震える手で喉に近づけ、気付いた事。
ブタの目に やられた自分の目を抉りたくなった。
ズキリと差し込む痛みが左目を襲う。
(ハハハ、悔しいなぁ…結局自殺しちゃったよ…)
左目にサバイバルナイフを突き刺したまま、藤本の運転する軽乗用車は
レインボーブリッジの欄干を越えて、河口堰に水飛沫を上げながら消えていった…
-----------------------------------……‥
濁った意識の中で、藤本は意識を取り戻した。
どこかの部屋で寝かされている。
空調の音だけが自棄に耳についた。
『面白い奴だ。催眠術から逃れるため、自ら命を捨てたか…』
低くて渋い男性の声が木霊する。
声だけ聞けば、殆どの女性が、その声に痺れ股間を濡らすだろう。
「私は…死んだんじゃないの?」
ぼんやりとした意識の中で藤本は、その苦み走った渋い声に聞き惚れていた。
『死んではいない。さぁ、両目を開けてみなさい…』
「ハハハ、お生憎様。左目は先に天国に逝っちゃったよ」
『大丈夫、私が新たな左目をオマエに与えた。さぁ…』
藤本は促されるままに両の目を薄く開けた。
ブンと何かが起動したような音が脳内に聞こえ、
同時に左目が視界を取り戻す。
だが、左目に映るのは、精巧なCGで造られたかのような違和感のある鮮明な絵だった。
まるで視力が限界を突破して、7,5にでもなったようだ。
薄明かりに照らされた、応接室のようだが、部屋の細部までハッキリと見えた。
ガウンを羽織らされていた藤本が、ベッドから上半身を起こし、渋い声の主を探すと、
椅子に深く腰掛け、葉巻を燻らせている、髪型をオールバックにしたロマンスグレーがよく似合う
初老の男が藤本に薄く微笑みかけた。
「あ…貴方は…?」
「その答えは、オマエの左目が答えてくれる」
「え?」
左目に捉えた、声と同様にダンディな男性の正体。
ピッピピピピ…
男性の年齢、職業、名前…等が左目に映し出される。
「ち、長官!…花毛警視長官!」
稲妻のように鋭く、それでいて優しさを憂う魅力的な瞳を湛えるダンディな男性の正体は、
警視庁長官で内閣調査室最高責任者の花毛太郎氏だった。
花毛長官はニヒルに立ち上がり、藤本に一通の書簡を手渡した。
「これは…?」
「辞令だ。藤本美貴、君は今日から花曲署(はなまがりしょ)勤務になる」
「花曲署?本庁の捜査一課は?」
「捜査一課に君の席はもう無い」
「どういう…」
「左目が答える」
「左目って…!!」
ブン…
新たな情報が左目に映り込む…
「新たなる目に戸惑っているようだな。では、説明しよう」
花毛長官は、ゆったとソファにもたれ掛かった。
「藤本、オマエの左目は各種センサーを内蔵した、コンピューターの端末機になっている。
そして、その端末機は世界各地のあらゆるコンピューターと繋がっている。
つまり、オマエが見た物聞いた物を世界中のコンピューターが分析し、解答を与えてくれるんだ。
また、オマエは知りたい情報を瞬時に、その左目に映し出すことも出来る。
そして、その左目によって人工衛星、航空機、船舶、自動車、あらゆる物全てを
自在に操ることが出来るようになる。
その気になれば、我が国の総理の首を飛ばすどころか、
米露の核ミサイル基地に入り込み、世界を破滅させることも可能なのだよ。
これがどういう事か解るか?
この世界は全てコンピューターによってコントロールされている。
それを、オマエが操れるのだ。
今オマエは、世界を手に入れたのだ」
「…じょ…冗談でしょ?」
「冗談ではない事は、オマエの左目がよく知っている」
「どうして、私に…?」
「花曲署に行けば分かる」
花曲署…
噂には聞いたことがある。
警察の権力を遙かに超える権限を持つ、独立した警察機関。
署員は殺人許可証なる物を持ち、自分の信念に基づいて人を殺す。
別名、『猛夢警察』…
都市伝説の類かと思っていた。
第一、住所はおろか、何処の県に有るのかさえ分からない…
ピピ…
左目に反応。
「原宿かよ…」
項垂れる藤本は、自分の右手を見て首をかしげた。
ピピ…X線走査…
「ええっ!!」
驚くのも無理はない。
藤本の右手は肘から先が機械になっていたのだ。
「事故の時、オマエの右手は失われた。
見た目は普通の人間と変らないが、その右手は特別な武器になっている」
鋭い眼差しの花毛長官はにべもなく言い放つ。
藤本は自分の右手が機械になっている事に驚いた訳ではない。
機械の右手に装着されている物質に驚いたのだ。
「…反重力物質…よくこんな高価な物を…」
重力を操れる反重力物質が発見されてから、まだ数年も経っていない。
そして、その物質を造るコストは兆を超えると言われている。
この物質で造られた防御服を着ているのは、世界でもアメリカ大統領だけなのだ。
「神の左目が、悪魔の右手の使い方を知っている…」
意味ありげな不適な笑みにも頼もしい風格が漂う花毛長官は、
内閣調査室長室の重厚なドアを開けて、ダンディに消えていった……
深夜…
堀江の居城、武装されたビルの電源は全て落ちた。
そして何故か、最上階で睡眠を取っている堀江の枕元のモニターだけが点く。
『あら、起きた?アンタにプレゼントを持ってきたの。今行く…』
映し出された藤本が、それだけ言うとブツンとモニターが切れた。
「だ、誰か居ないのか!」
電源が全て落とされた社長室は闇に包まれている。
脱出しようとドアを開けようとするが、電動式のドアは固く閉ざされてビクともしない。
警備室に電話しようと枕元の受話器を取るが、ウンともスンとも言わなかった。
「わぁ!」
振り向くと、ドア付近で赤い光源がポツンと点(とも)っていた。
それが藤本の左目だと気付くのに、目が慣れるまで少々かかった。
「ど、どうやって入った?
い、いや、何故オマエが生きている!」
動揺しながらも、堀江のブタ眼が催眠光線を放った。
「止めときな。アンタのチャチな奇術はもう効かない…
私も素晴らしいオモチャを貰ったの。
アンタの機械の目なんかより、ずぅっと高価なオモチャをね」
言いながら、ゆっくりと挙げた藤本の右手は五指が開いている。
「私からのプレゼント…受け取ってね」
ドンッ!
重力指で跳ばされた堀江の体は鉄製の壁にめり込み、血肉を撒き散らした……
カツン…カツン…
堀江所有のビルの近くにある、雑居ビルが立ち並ぶ酒場街の薄暗い路地裏に靴音が響く…
警視庁捜査一課長、軽部は見慣れないシルエットに気付いた。
「…いつもの奴じゃないな」
壁に寄り掛かる そのシルエットは、タバコをくわえカチンとジッポーの火を点す。
「お、おまえ…生きてたのか?」
ライターの灯りに浮かび上がった顔は藤本美貴だ。
「署内じゃ、私は死んだことになってるの?課長」
一呼吸タバコの煙を吸い込み、紫煙を吐き出すと、藤本はタバコを捨てて足でギュッと揉み消した。
「課長だったのね、私達を堀江に売ったのは…」
藤本の足下には、課長を待っていた堀江の部下が息絶えていた。
「ま、待て!待ってくれ!わ、訳があるんだ…」
「息子さんの事は知ってるわ…」
軽部課長の小学生の息子は、難しい病にかかっていた。
治るか分からないその病気は治療費だけで何千万も掛かる。
それを無料で治すと堀江は約束した。
新薬を開発したと堀江は言った。
軽部は見返りに情報を売ったのだ。
「息子さんに その病気を感染させたのは、堀江の会社よ。課長はハメられたの」
「…な!?」
絶句する軽部課長。
「何故そんな事が分かる!?」
「どんな人間も、私の左目を騙すことはできない…」
藤本の左目が赤く光った。
「課長…同情はするけど、6人もの仲間を売った罪は償ってもらうわよ」
「藤本…オマエ、何者だ?」
「辞令が下ったの。信じて貰えないでしょうけど、配置先は花曲署よ」
「は、花曲署?…ハハハ、そんな嘘っぱちの警察署が有るわけがない。
バカも休み休み言え!」
軽部は懐からリボルバーを取り出し、藤本に狙いを定めた。
「私も未だ半分信じてないの。まだ行った事がないから…」
藤本は、ひっそりと右手を前に突き出した。
「撃っても無駄よ。…でも撃つんでしょう?」
ドゴーン!
放たれた銃弾は、藤本の右手10センチ手前の空間でピタリと止まっていた。
「これで課長も自殺という事になるわね」
藤本の重力指は音もなく軽部が撃った銃弾を飛ばした。
額に赤い点を作り、力無く崩れ落ちる軽部課長。
「…課長の口座に、堀江の泡金(あぶくぜに)を振り込んであげる。
その金で息子さんの病気を治してあげてね」
通りに出た藤本は、煌々と灯る夜のビル群を見上げた。
客引きやナンパ、夜の蝶へのスカウト…
全てが煩(わずら)わしく、全てを消し去りたくなる。
パパパパパッ…
藤本が歩く、通りの街路灯が全て消えた…
だが、藤本の左目でも「何事だ」と騒ぐ人間達の口までは、抑えることは出来ない…
「ハハハ…何が『神の左目』だよ」
藤本は足下に落ちてるジュースの空き缶を、カツンッと寂しく蹴った…
そう、今の有耶無耶で憂鬱な気分を晴らす、今出来る抵抗は、…それだけだった……‥
---第二話---『死霊刑事』
原宿、竹下通り…
今の時代も若者達で賑わう、主要客がローティーンの街。
奇抜なファッションに身を包む若者達に混ざり、藤本美貴は とある雑居ビルの前に立っていた。
「…ここか?」
一階は花屋で、二階は服屋、三階が洋食屋で四階がビルの管理事務所、それ以上の物は無い。
藤本は、取り合えず花屋の女の子に聞いてみた。
「あのぅ…ここに警察署が有るって聞いたんだけど…」
女の子の太い眉毛がピクリと動いた。
「アンタ誰?」
「えっと…」
藤本は辞令をコソッと見せた。
こんな少女が知ってるとも思えず、恥ずかしかったからだ。
少女は藤本の辞令を奪い取り、シゲシゲと辞令の内容を読みながら、
「フン」と鼻で笑いながら店の奥を顎でしゃくった。
「奥に専用エレベーターが有るから」
「はぁ…」
それ以上 少女は喋らず、藤本に辞令を返すと、花束を抱えて黙々と自分の仕事を始めた。
「奥って…」
花屋の奥は花屋の事務所になってる。
ピピッと左目の反応。
確かに事務所の奥にエレベーターが有る。
「お、おじゃまします」
何故かコソコソと隠れるように花屋の奥に進む自分が情けない。
そして、エレベーターは地下一階のボタンしかなかった。
エレベーターを降りると直ぐに『花曲署』と書かれたドアが一枚…
ノックして入ると、ガラーンとした広い室内に机が不規則にポツリポツリと置かれている。
「誰もいないのかよ」
左目が室内をサーチする。
トイレに一人…
奥の机に一人…
「うん…?」
明るい蛍光灯の照らされた室内で、一カ所だけ光を吸い込むように暗い一角が有った。
赤外線でサーチすると、机に座っている人のような影。
人の影は人の色を為していない。
赤外線で浮かび上がったソレは青い色で示されていたのだ。
その影に近づこうとした所に、トイレから出て来た女性が藤本に声をかけた。
「えっと、藤本さん?」
「あ、はい」
振り向いた藤本は、眉をしかめる。
どう見ても中学生ぐらいにしか見えない、眼鏡を掛けた少女がニコリと微笑んだからだ。
「辞令書を持ってきましたか?」
少女が手を差し出した。
どうやら渡せという事らしい。
藤本が手渡した辞令を見ながら、少女は一つの机を指した。
「そこが藤本さんの机です」
机にはパソコンが一台ポツリと置かれているだけだ。
「ちょちょちょちょちょっと待って」
何がなんだか解らない藤本は、聞きたい事がいっぱい有った。
「何でしょう?」
キョトンとする少女。
「い、いや、え〜っと、な、何から聞けばいいんだ?」
藤本はちょっとしたパニックになった。
何故ココに少女が居る?
署員らしき人間が見あたらない!
何もないガランとした この部屋は何だ?
自分は いったい何をすればいいんだ?
そもそも 本当にココは警察署なのか?
それに奥にいる人らしき物は何だ?
兎に角、いったいココは何なんだ?
場違いな空間にポツンと放り出されたような違和感…
「ふむ、じゃあ、ちょっとだけ説明しますね…」
少女…紺野あさ美と名乗った少女はココに所属する、ある刑事の弟子?で、
アルバイトととして、必要経費、物資の調達等をする事務方をしているらしい。
刑事達は署に週に一度寄るかどうかで、横の繋がりは一切無く、
それぞれ独自の捜査方法で難事件を追っているらしい。
事件に管轄という決まった範囲は無く、日本全体が管轄といえば管轄になるらしい。
上司という者はいないらしく、唯一刑事達に命令を出せるのは
ニヒルな花毛警察庁長官だけらしい。
解決したい、もしくは解決しなければいけない事件が起こるまでは
自宅でノンビリと待機していても構わないらしい。
そして、事件解決の暁には署(紺野)に報告するだけでいいらしい。
「つまり、藤本さんの自由意志でやってください」
「……‥」
余りにも漠然とした組織に、藤本は目眩がしてきた。
「あと、コレだけは渡さないと」
紺野が手渡したのは新たな警察手帳だ。
「…ちょっと、デザインが違うな」
「殺人許可証です」
ニコリと微笑む紺野。
「本当か?」
訝しげにソレを受け取った藤本は、段々と「何かの冗談じゃないのか?」と本気で思えてきた。
だから、ICチップが埋め込まれた警察手帳を左目で走査する。
左目が出した答え。
全てが本当だった。
「国家権力により、どんな非合法捜査も許されます。
つまり、藤本さんを縛る物は何一つ無いという事です」
「そう言われてもなぁ…」
藤本は自分の机にドカリと座り、タバコに火を点け、紺野に出された日本茶をすすった。
「…何もする事がない」
チラリと紺野を見ると、机に座ってパソコンに何かを打ち込んでいる。
チラリと奥の机…人が本当にいるのか?
さっきから ずうっと気になっている、光を吸い込んでるように見える奥の机からは何一つ物音がしない。
「ちょっと…」
藤本は紺野を手招きして呼んだ。
「あの奥の机に人が居るの?あそこだけ暗くて よく見えないんだけれど」
「あぁ、居るように見えますか?」
「え!居ないの!」
「居ますよ。飯田圭織っていう名前の刑事さんです。
皆さん『死霊刑事』って呼んでますけど」
「死霊…?」
「近くに行けば分かりますよ」
そう言うと紺野は自分の机に戻り、何事もなかったように自分の仕事に没頭しはじめる。
「…ふーん」
さっきからチラチラと盗み見るが、奥の机はシーンと静まりかえったままだ。
藤本は意を決して立ち上がった。
近寄り難い雰囲気があるが、興味のほうが上回る。
第一、同じ職場の同僚なのだ。
「こんにt…」
挨拶を言い終わる前に、ゴクリと喉が鳴った。
机に突っ伏したままでピクリとも動かない『死霊刑事』は、まさに死霊そのものだ。
長い黒髪は顔を隠し、青白い肌と白いワンピースは幽霊を連想させる。
http://blanch-web.hp.infoseek.co.jp/cgi-bin/data/IMG_000121.jpg 「…貴女…誰?…私に近づかないで…私には大悪霊が取り憑いているから…」
低い掠(かす)れた声が藤本の耳に木霊する。
「それに、私には人に憑いてる背後霊が見えるから…
否応でも見えちゃうから、近づかないで。
嫌なのよ。私は霊が見えるのが嫌なのよ…」
(机に突っ伏して黒髪で顔を隠している理由はソレ?それにしても霊って…)
半笑いの唇は半分ヒク付きながらも、藤本は霊魂など信じていない…が、幽霊は怖い。
「で、でも、挨拶ぐらいはいいでしょ…えっと、今日からココに配属になった藤本美貴といいます」
藤本は業と明るい声で返した。
「ココに配属になったという事は…貴女…あの方にお会いしたの?」
恨めし気な飯田の声。
「あの方って…?」
「は、花毛長官よ…」
ちょっと はにかんだ飯田の声。
「え?…あぁ、まぁね」
突然、飯田がガタンと立ち上がった。
「ひぃ!」
藤本は腰を抜かした。
マジで死霊かと思ったからだ。
「あの方は私の物よ!誰にも渡さないんだから!」
殆ど顔が見えない黒髪の間から覗く、白目の面積が異常に広い三白眼の迫力…
何かのホラー映画そのものだ。
http://blanch-web.hp.infoseek.co.jp/cgi-bin/data/IMG_000122.jpg 「ハ、ハハ…アンタ、花毛長官を好きなんだ?」
腰を抜かしながらも藤本が返す。
藤本の言葉に、飯田が真っ赤になった…気がした。
「な、何言ってるの。私は、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ あの方に憧れてるだけなの。
それに、私と長官は月とスッポン…憧れるだけでも憚(はばか)れるのに。
そ、それなのに…い、いやだわ、もう、貴女、何言ってるのよ…
私と長官が…その…お付き合いするだなんて!いやだわ、もう本当にぃ!
…でも、長官は私に、ちょっと気がある気もするし、
私も長官の事をちょっぴり意識してるかもしれないけど…
そんな、ダメだわ…私とあの方では身分が違いすぎるわ!
あ、貴女が変な事を言うからよ。もう、しょうがないんだから!
え?そんなに聞きたいの?…仕方ないわね…でも、それ程までに聞きたいならしょうがないわ。
私と長官の出会いをお話してあげる。でも、嫉妬なんかしないでね…」
「ハ、ハハハ…」
こうして藤本は、聞いてもいない飯田の長話しを聞く羽目になった。
ストンと自分の椅子に腰掛けて、時間が停止したかのように固まった飯田圭織。
10秒…20秒……30秒………
「あれは、私が中学3年の時だったわ…」
おもむろに話し始めた飯田に、藤本の体がビクッと反応した。。。
また始めちゃいました。。。題名は「猛夢警察」です。藤本はゴクウからパクってます。
他の刑事も色んな所からパクろうかと思ってますです。考える力が枯渇しますた。スマソ。
>>380-387読んでくれてありがとう!感謝です。ありがとです。
で、次回も未定って事で。。。藤本は美貴定刑事(ネーミングが思いつかなかった)でよかったのか未だ悩んでるぜ。 でわ。。。
ハナゲ新作乙
パクりとか言ってるけどそれをまとめるだけでも大変な作業
つくづく感心させられるな
相変わらず文章といい絵といい引き込まれるな
ただハナゲの絵は深夜に見るもんじゃないな・・・
マジでびびったw
やべー超オモロイ
帝はコルムか
楳図な挿絵もワラタ
飯田圭織は幼い頃より霊感の強い少女だった。
人の背後に寄り添う霊が見えるのだ。
ただそれは、見ようと思えば見えるのであって、元々霊を見たくない飯田は、
その霊能力を極力使わないようにしていた。
端整な顔立ちの飯田は、そこそこにモテる事も相まって、15歳の春を謳歌している普通の中学生だったのだ。
その転校生が現れるまでは…
転校生は名を松浦亜弥と言った。
可愛らしい少女で、将来の夢は歌手になる事だと語った。
その当時の男性アイドル、橘慶太と競演するのが夢だとも語っていた。
だが、可愛らしい顔立ちだが地味な印象と、音楽の時間で聴いた松浦の歌唱力では、
芸能界入りは本当の夢物語なんだなぁと、飯田は思っていた。
松浦は目鼻立ちがハッキリとしている飯田を羨ましがって、
いつも飯田に話しかけてきた。
そして、二人はいつしか友達になり、一緒に帰るようになっていた。
一度、飯田は松浦の背後霊を見るともなく見てしまった。
それは、ニコニコと松浦に微笑みかけるお婆さんの霊だ。
優しそうな微笑みは、松浦がこの霊に愛されていることを意味している。
(ちなみに飯田自身の背後霊は十二単を着たお姫様だ)
それが、ある日、突然に変った。
何故、ソレが松浦に取り憑いたかは分からない。
分からないが、優しそうなお婆さんの霊は消えていた。
「ぎゃ!!」
驚いた飯田は腰を抜かす。
松浦はそんな飯田をキョトンと見た。
「どうしたの?」
「な、なんでもないわ…」
その日から、飯田は松浦を避けるようになった。
松浦にある日突然と取り憑いた霊…
人ではない、動物でもない、見た事もない化け物だった。
口が裂け、肌はどす黒く、鱗みたいな物が全身を覆い、眼が真っ赤な化け物。
飯田は勝手にその化け物の名を大悪霊と名付けた。
そして、不幸な事に その日から、飯田の意志とは関係なく、人間の背後霊が否応なく見えるようになった。
仲良く見える友達どうしの背後霊が取っ組み合いの喧嘩をしていたり、
街を歩く恋人達の背後霊が性交をしていたり、
親切そうに老人に話しをする女性の背後霊が、明らかに詐欺師顔だったり、
と、人間の嫌な面を想像するのに難くない背後霊ばかり目についた。
そして松浦の大悪霊。
授業中、松浦の周りに座る、いや教室中の霊達が大悪霊を恐れて
口々に「ぎゃ〜〜!」と、悲鳴を上げている。
飯田は自分の耳を押さえて、聞かないようにするのが精一杯だった。
夏休みに入り、少しホッとした頃、松浦から電話があった。
それはテレビ局の人気オーディション番組『スター誕生』に出ることが決まったから、
是非会場に応援しに来て欲しいというものだった。
最初は体の調子が悪いからと断ったが、当日、松浦はタクシーで飯田を迎えに来た。
タクシーに乗ってる間中、松浦の大悪霊はピクリとも動かず、ガッシリと松浦の肩を掴み、
飯田の守護霊は悲鳴を上げ続けた。
そして、オーディション撮影中、世にもおぞましい物を飯田は見る事になる。
http://blanch-web.hp.infoseek.co.jp/cgi-bin/data/IMG_000123.jpg ズラリと並んだ芸能界を夢見る少女達、その少女達の背後霊達が大悪霊に殺され始めたのだ。
飯田だけにしか見えない凄惨な虐殺現場。
ニコニコしている少女達に次々と降り掛かる、背後霊達の血飛沫。
大悪霊は鋭い爪で、剥き出しの犬歯で背後霊達を八つ裂きにしまくる。
生き残っているのは司会者のタモさんの怯えまくっている背後霊(背後霊はその人間から離れられない)と、
審査員達の背後霊、一般客お背後霊達だけだ。
だが、どの霊達も悲鳴を上げ、逃げられぬもどかしさに震えているだけだ。
大悪霊が口から煙みたいな物を吐き出した。
それは審査員達の背後霊の口の中に入り、霊達を蛻(もぬけ)の殻にした。
トロンとした目になった霊達は、松浦の顔を見ると歓喜の表情を作る。
「き、君、名前はなんて言うの?」
審査委員長が松浦に聞く。
「は、はい。松浦亜弥といいます」
「素晴らしい、君は素晴らしいよ!その、なんというか全身からスターのオーラが出てるというか…」
審査委員長がココまで手放しで褒め称えるのは番組史上前例がない。
そして、他の審査員も委員長の発言に大きく頷く。
まさにスターが誕生した瞬間だった。
飯田が前髪で顔を隠し、視界を狭くしたのはこの日から…
「どうしたの?その髪型?」
帰りのタクシーで松浦が髪型を変えた飯田に聞いた。
「ち、ちょっとね…そ、それより おめでとう。良かったね」
前髪の真実を言えば、大悪霊に気付かれる…
飯田は話を逸らした。
「うん、ありがとう。でも、こんなに強運になったのは、やっぱりあの日からかな…」
「…あの日?なにそれ、教えて?」
それが、大悪霊が取り憑いた日だと、飯田は直感した。
「人助けしたのよ。でも、助けた人は死んじゃったけど。
でね、その助けた人ってのが、後で知ったんだけど、往年の大女優チェジウだったのよ!」
「え!本当?」
「ええ、語尾に『ニダ』って付けてたから本人に間違いないわ」
あの日…
松浦は いつも通り一人で下校していた。
自分の家の近くの路地で、一人の見窄(みすぼ)らしい老女が「うーん…」と呻き声を上げて
胸を押さえて倒れる瞬間を見たのは偶然の出来事。
心優しい松浦は、救急車を呼ぶまで自分の家に通し、水を与えたりして看護をする。
その間、老女は松浦の手を取って離さなかった。
そして、救急車が来たときには手遅れだった。
老女は松浦の手を握りしめながら死んでいたのだ。
浮浪者みたいな老女が往年の朝鮮半島の大女優だったと知ったのは数日後。
何故日本で野垂れ死ぬのかは分からないが、全盛時に栄華を誇った華やかな
大女優の晩年は、寂れた人生だったのだ。
「それからなの。何故か運が向いてきたのは…」
「…そ、そうだったの」
「ねえ飯田さん。私、飯田さんの事が何故か気になるの。これからもお友達でいてね」
松浦は飯田の手を取ってギュッと握ったのだった。
飯田は思った。
松浦は悪くない、むしろ大悪霊に取り憑かれた被害者だ。
なんとしても助けなければならない。
だが、どうすれば良いのか全然分からなかった。
だから、取りあえずの方法として、松浦を監視することにしたのだ。
それから半年…
飯田は高校に進学し、松浦はアイドルとして成長していく…
しかし、飯田の心配を余所に、松浦は変っていった…
順調にデビューした松浦に最初に噛み付いたのは、毒を吐く事しか能のない阿比留優というタレントだ。
新人達が集まってワイワイとトークする番組で、松浦の事を面白可笑しく非難したその日、
阿比留優は芸能界を、いや人生を去る事になる。
仕事が終わって、帰宅した阿比留をコッソリと着けていた松浦は、
偶然を装いコンビニで阿比留と接触、阿比留のバックにお菓子を そっと入れて、
阿比留が店を出たところで店員に通報、公衆電話でマスコミに
「今、阿比留が万引きをして、コンビニの事務所で問いつめられてる」と声色を使ってチクった。
マスコミに嗅ぎつけられて、コンビニから走って逃げた阿比留は道路に飛び出し、
車に轢かれて死亡したのだ。
大悪霊が阿比留の守護霊を殺した事が、阿比留死亡の原因なのは間違いが無かった。
『ズバリ言うわよ』という番組で、細木かず子という占い師が、
松浦の将来についてズバリ言うというので、飯田はテレビで見ていた。
占う人間の人格否定から始める細木は、番組名通りズバズバと松浦の嫌な所を指摘する。
細木の指摘に松浦は顔を覆って泣いた。
だが、飯田は見逃さない。
顔を隠して泣く松浦の指の間から覗く、邪悪な瞳を…
そして、札束を握る太った女性の霊(細木の背後霊)を八つ裂きにする大悪霊を…
「ありがとうございました」そう言ってペコリと頭を下げた松浦が涙ながらにスタジオを後にした。
その夜、細木を乗せた車が高速道路で大事故を起こし、
細木はバラバラになって見つかった。
『桃色パラダイス』という新曲が初登場一位になった。
忙しくなった松浦のマネージャーは3名に増えた。
次の仕事場に行く車内での会話…
「亜弥ちゃん。明日のHEY×3のチャンプは亜弥ちゃんに決まりましたよ」
マネージャーのチーフの肥後という男が車を運転しながら松浦の御機嫌を伺う。
松浦は腕組みをしながらタバコをふかして不機嫌そうに聞いている。
「そこにですね、亜弥ちゃんを驚かすために今をときめくアイドルの橘慶太君が登場するんです。
亜弥ちゃんは最初、橘慶太君に憧れて芸能界に入ったという触れ込みですから、
プロデューサーが亜弥ちゃんをビックリさせようと企画したんです。
そして新聞のテレビ欄には亜弥ちゃんと橘慶太君の
初対面を大々的に取り上げて視聴率を稼ぐという作戦です。
ですから、初対面という事ですので、うまくやってくださいね」
「なに!『うまくやれ』だと!バカヤロ!」
バチン!と肥後の頬をビンタする松浦。
「私が仕事でヘマをした事あるか!たまには楽な仕事持ってこい!マヌケ!」
「は、はい!すみませんでした!」
頭を下げる肥後。
「それからな、週刊誌に私と橘慶太がデキてると情報を流すんだ!
そして、それをネタにして、橘慶太と恋人の女子アナの仲をぶっ潰すんだ!分かったか!」
「は、はい!」
「それと、寺門!オマエは芸能リポーターの梨本を事故に見せかけて殺るんだ!
アイツこの頃、私の周辺を嗅ぎ回っているみたいだからな!ヘマをするなよ!」
「は、はい!」
「それから、上島!堤グループの会長からの愛人契約の申し込みの件が有っただろ?OKすると伝えとけ。
その代わり、あの爺の全財産を私の物にするように仕向けるんだ!分かったな!」
「は、はい!」
「ふん、オマエ達にはゲスな仕事が良く似合うな」
そう言いながら松浦は携帯で飯田に連絡を取った。
「あ、飯田さん。私です、松浦です。明日空いてますか?
HEY×3で私と橘慶太が競演する事になったんです。
明日迎えに行きますから、スタジオに見学に来てください。じゃあ」
松浦は多少強引になったが、飯田への態度だけは変っていなかった。
松浦は今でも、飯田を友達と思っているのだ。
HEY×3の収録日…
この日、飯田圭織の人生は激変することになった。
舞台袖で3人のマネージャーと収録を見守る飯田は、いつものように俯(うつむ)いていた。
「亜弥ちゃんの友達にしては暗い子だなぁ」
「さっきからピクリとも動いてないぜ」
「あの髪型で前が見えるのかな?」
マネージャー達のヒソヒソ声にも、飯田は何一つ反応はしない。
松浦が大ヒット曲の桃色パラダイスを歌い終わると、
司会のダウソタウソが訳あり顔で出てきた。
「いやぁ、ぁゃゃ!今日も可愛いかったでぇ!」
「そんな ぁゃゃに驚いてもらおうと思ってな、連れてきたんや…」
「え?誰をです?」
「それは…この人です!どうぞ!」
舞台後ろの銀幕がサーッと開き、出てきたのは松浦憧れの人、橘慶太だ。
「ま、まぁ!」
松浦は顔を覆って真っ赤になり、ボトリとマイクを わざとらしく落とした。
「そうです!ぁゃゃが芸能界に入ったキッカケを作った人!
スーパーアイドルの橘慶太君です!」
「やぁ亜弥ちゃん、はじめまして」
そう言って松浦の手を取る橘。
会場中が歓声と嫉妬の悲鳴で唸(うな)りを上げる。
そして司会者を交えて、立ちながらのトークが始まった。
楽しそうにトークを始める舞台中央。
飯田は見た…
松浦の大悪霊が、橘の背後霊達を次々に襲い始める光景を!
橘の守護霊は20人もの美少年軍団だ。
その守護霊達が、噛み付かれ、引きちぎられ、阿鼻叫喚の絶叫を放っているのだ。
松浦と橘にボトボトと降り注ぐ、美少年守護霊達の鮮血。
「ぎゃぁぁああああああああああ!!!」
飯田の悲鳴は、観客達の歓声に掻き消される。
だが、飯田の絶叫を聞き分ける人間がいた。
ギロリと舞台袖の飯田を睨み付けたのは松浦亜弥本人だ。
気付かれた!
松浦と、松浦の大悪霊に気付かれた!
飯田が心配する松浦と、松浦に取り憑く大悪霊を監視していた事を気付かれた!
グーンと大悪霊の右手が伸びて、飯田の守護霊を掴み上げ、牙がズラリと並んだ
自分の口に持って行き、バリバリと音を立てて食い散らかす。
「わぁあああ!!ぎゃぁぁあああああ!!!」
いつも優しそうに飯田を見守っていた、お姫様のような姿の守護霊様が食い殺されたのだ。
ニヤリと笑う松浦を見て、飯田の何かが音を立てて切れた。
突然、舞台袖から髪を振り乱し飛び込んできたセーラー服の少女。
その少女は、松浦の背後に飛び付いた。
舞台の4人と観客は一瞬言葉を失う。
何もない空間、だが、何かに振り回される少女。
飯田が飛び掛かったのは、勿論、大悪霊だ。
一般人には見ることの出来ない あの世の怪物は、
ワイヤーアクションのように振り回される飯田のせいで、そこに何かが居る事に気付かされる。
そして、それは飯田の能力が開眼した瞬間でもあった。
飯田に掴まれた、あの世の生き物は、この世に無理矢理引き出されるのだ。
徐々にその禍々しい姿を現し始める大悪霊…
会場は阿鼻叫喚に包まれた。
見たこともない化け物が、苦しげに のたうち回っているのだ。
この世に無理矢理連れ出された あの世の者は、
まるで海から釣り上げられた魚のように、
まるで水中で溺れ藻掻く人間のように、
絶叫を上げながら、ビタビタと藻掻き苦しむのだ。
つまり、大悪霊は もう死ぬしかない。
しかし、この世に実体を持って現れた大悪霊が助かる方法が只一つある。
それは、人間の体内に入り込んで、その人間の魂を取り込み、
人間として、新たなる人生を送る方法だ。
だが、大悪霊はその禍々しい霊障により、入り込んだ人間を即殺してしまう。
潜り込んだ人間が即死しては、元も功も無い。
行き場を失う大悪霊…
しゃがみ込んでハァハァと息をする飯田と目が合った。
ズルリ…
3メートルは有る大悪霊の体が、飯田の体に吸い込まれるように入り込んだ…
「ひ、ひぃぃいいい!!!」
バタバタと這うように、その場から逃げる飯田圭織。
誰もが恐怖に震え、誰しもが飯田を追わなかった。
霊的鈍感体質…
飯田は霊能力の全てを、霊を掴む両手に注いだために
どんな怨霊に取り憑かれても、どんな人間に呪いを掛けられても、
全く厄災が降り掛からない特異な体を持つことになったのだ。
大悪霊も例外ではない。
飯田の体に入り込んだのは良いが、魂を取り込むどころか、
逆に、飯田の体に閉じ込められてしまったのだった。
飯田は家に篭もり、震える日々を送る…
あの後、松浦がどうなったか知らないし、知りたくもなかった…
花毛長官が飯田の家に来たのは一ヶ月も過ぎようとした頃。
何故国会議員が、と驚く家人をよそに、飯田の部屋に入った花毛は、
幽霊のような姿に成り果ててる飯田の正面に座り、そっと手を取り、優しく擦った。
「飯田圭織君だね?」
優しくて頼もしい声が飯田の耳に入り込む。
「…はい」
項垂れながらも飯田は返事をした。
「私は警視庁長官の花毛という者だ。どうだね飯田君、私の守護霊が見えるかね?」
「…‥」
飯田は返事をせずに首を振る。
目を伏せる飯田は背後霊を見たくないのだ。
「テレビ局から、放送禁止になった君のビデオを見させてもらった」
飯田が大悪霊を曝け出す一部始終が映っているのを収録したビデオは
社会的影響が大きすぎるという理由でお蔵入りになっている。
「今でも君の中に、例の怪物は棲み憑いているのかい?」
「…はい」
「崇りも霊障もなく?」
「…はい」
「今でも霊を あの世から引き抜く事が出来る?」
「…はい」
「うむ、素晴らしい…
いや失敬、実は私が君に会いに来たのはスカウトするためなんだ。
どうだね?君の能力を如何なく発揮できる職場が有るのだが…
私の元で働く気はないか?いや、是非とも働いてもらいたいのだ」
花毛長官の声は透き通るように飯田の耳に入り込んでくる。
そして、ウットリとするような美声の持ち主は自分の元で働けと言ってくれた。
今春入ったばかりの高校には、先週 退学届けを出したばかりだった。
もう行く所もなく、このまま家に閉じ篭って一生を過ごすのかと思っていたところだ。
ふと、顔を上げる。
今まで目を伏せていた飯田は、初めて花毛長官の顔を見た。
慈愛に満ちたロマンスグレーは、その鋭い眼光の中に寂しい漢の陰りが漂い、
飯田の女心をキュンとさせる無邪気さも湛えている。
そして、花毛長官の守護霊様は歴史教科書で見た事のある立派な武将だった。
飯田の心は一発で花毛の虜になったのだ。
http://blanch-web.hp.infoseek.co.jp/cgi-bin/data/IMG_000125.jpg
-----------------------------……‥
「…それから花毛長官は親身になって私の話しを聞いてくれたわ」
ポーッと顔を赤らめて話す飯田は、乙女のような表情になっている。
「ちょ、ちょっと待って!」
霊の存在など信じない藤本は、呆れながら聞いていたが、
ある事に気付き、飯田の話しを止めた。
「なによ、これから私と花毛様の近い未来のラブロマンス話になるのに!」
「い、いや、その話しは後で聞くから(聞くつもりは無い)…
それよりも話しに出てきた松浦亜弥って…もしかして?」
「…そうよ。つい最近 堤グループの全財産を受け継いだ未亡人よ。
今では名前を旧姓に戻して『松浦グループ』にしたようだけど…それが何か?」
「『何か?』って…ハハ、アンタそれでいいの?」
「私は松浦さんには幸せになってもらいたいの。
だって本当は優しい子なんだもん」
藤本は半ば呆れた。
元アイドルの松浦が堤会長と不倫の末に略奪結婚をしたのは半年ほど前の事。
そして、一ヶ月前の会長の突然の急死。
自分を刑事として認識してるのなら、一連の出来事に疑問を持つのは当たり前なのだが…
「彼女にはね、私と同じで守護霊様がいないの」
藤本の考えを察してか、飯田の口調が変わった。
「どういう事?」
「守護霊無しで強運を持つ事の異常さを、貴女は認識してないって事」
ヒヒヒヒヒ…と笑う飯田に小馬鹿にされたようでムッとする藤本。
「じゃあ、霊の存在などコレッぽっちも信じていない
私にも分かるように、キチンと説明してくれないかしら?」
突然ガタンと席を立つ飯田。
http://blanch-web.hp.infoseek.co.jp/cgi-bin/data/IMG_000122.jpg 「ひぃ!…や、やめてよ!それ!」
またもや腰を抜かした藤本の抗議に耳を貸さず
「いいわ!着いてらっしゃい!」
と飯田は言うと、裸足のままペタペタと歩き出した。
原宿通りは花曲署の存在など知らないと言うように、若者達で賑わっている。
そこに突然現れた幽霊のような存在。
驚いて飛び跳ねる者、慌てて離れる者、通りを歩く若者は飯田を見て皆どん引く。
兎に角、当たり前の事だが飯田の周りは そこだけポツンと空間が出来た。
(勿論、藤本も知り合いと思われたくないから若者に混じって遠巻きに見ている)
「いい?見てらっしゃい!例えばアレ!」
飯田は一人の若者をビシッと指差した。
ペタペタペタペタペタペタペタ…‥
指を差されたモヒカンの若者の背後に裸足で近付いた飯田は、若者の後ろの空間をムンズと掴んだ。
見る間に姿を現す、ナイフを持った悪人顔の背後霊は、
「うぎゃぁぁああああ!!」
っと、叫び声をあげて苦しむように暴れだした。
そして、その霊は飯田の体に溶けるように入り込む。
「大悪霊の餌ね、今の霊は…どう?分かった?」
飯田はヘタり込む藤本に向かってヒヒヒヒヒヒヒ…と笑った。
悪い背後霊を抜かれた若者はポカーンと目が虚ろで、
その光景を目撃した、通りを歩いていた若者達は
パニック状態になり、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑った。
「さぁ、分かったら署に戻るわよ」
花屋のビルに戻ろうとする飯田。
「ちょちょちょちょちょちょっと待って!」
藤本は這いながらも、飯田を止めた。
飯田が花屋に入ってしまったら、花曲署の場所がバレてしまう、
いや、バレなくとも花屋さんに大迷惑が降り注ぐのは免れない。
「わ、分かったから…ここは一旦私の家に行きましょう。
夜遅くなったら、ココに帰ればいいから…ね?」
「イヤよ!なんで貴女の家に行かなければいけないのよ!」
藤本の提案を無視して、署に戻ろうとする飯田の足が止まった。
「ダメよ。今、署に帰っては…」
藤本の右手が開いている。
重力指が飯田の行動を制御したのだ。
「黙って言う事を聞いて、お願い。そうすれば自由にするから」
「イヤよ!」
重力指でズルズルと飯田を引っ張る藤本。
見えない糸で操られるように見える飯田。
その光景を若者達が、またしても遠巻きに見て、
興味があるのかヒソヒソと話し合いながらゾロゾロと着いて来る。
「ああ!もう!タクシーはどこよ!タクシーは!」
若者集団を引っ張る藤本は、コンピューター端末の左目の事も忘れて途方に暮れた…
-----------------------------……‥
その頃、松浦邸では、松浦亜弥の新生松浦グループ会長就任のお披露目パーティを
政界、財界、芸能、スポーツ、各界の名士達を集めて盛大に執り行われていた。
東京ドーム5個分は有る広い敷地に建つ大邸宅。
庭には川が流れ、自家用ジェット機の滑走路まで有る。
大理石で造られた大広間で各界の祝福を受ける松浦の強運は、
大悪霊が離れた事によって益々増大した。
背後霊が居なくなり空ッポになった松浦の体に入り込んだのは、引き剥がされた大悪霊の『大凶運』だった。
普通なら霊障により即死する筈なのだが、松浦には大悪霊への免疫が出来ていたのだ。
他人の運を喰らい、自分の物にする強運は、まさに大凶運そのものだ。
松浦の今の地位は、人の不幸の上に成り立っている。
犯罪を犯さなくとも、自分に敵対する人間は、ことごとく不幸に見舞われ、悪ければ死ぬ。
松浦はその事に気付いていながら、その大凶運を最大限に利用した。
今では、芸能活動に止めを刺した、あのHEY×3の出来事に感謝さえしているのだ。
松浦は飯田の事を結して忘れない。
そして今は、人知れずに飯田を捜索さえしていた。
その飯田を連れ去った人物が松浦のパーティに呼ばれていた。
勿論、松浦はその事実を知って呼んだ訳ではない。
政界のプリンスだから呼んだのだ。
警視庁長官の花毛は、大理石の柱に寄りかかり、優雅にワイングラスを傾けている。
華々しく財界デビューを飾った松浦が、花毛を見止め話しかけてきた。
「やっぱり素敵な方ですわね、花毛長官。
遠くから見ても貴方の存在だけは光り輝いてますわ」
「いや、貴女程ではない」
「ねぇ、今度、お食事に誘って下さらない?」
「フ、怖いですね…私のような年寄りに誘われても迷惑なだけでしょう。
でも、考えておきます」
「ウフフ、お待ちしておりますわ」
そう言って、松浦は花毛の腕をキュッとツネって、パーティの輪に消えていった。
「モテモテね、長官♪」
背後から聞いたことの有る声…
「オマエ…呼ばれてたのか?」
振り向いた花毛の前には、可憐な美少女が佇んでいる。
「ええ、勿論よ。石川財閥令嬢の私を呼ばないなんて事は考えられないでしょ」
「ふん、それもそうだな…
で、今日は石川財閥ご令嬢として来たのか?それとも…」
「どっちだと思う?」
悪戯っ子みたいにニーッと笑う令嬢。
「あの娘を探っても何も出ないぞ。あれは天性の強運の持ち主だ」
「凶運でしょ。アイツの周りで何人の人間が死んでると思ってるの?
私は偶然だとは思わないし、もし偶然だったとしても何か裏が有るはずよ」
「…そこまで言うなら、後でビデオを送ってやろう」
「ビデオ…?」
「松浦の強運と関係すると思われるビデオだ。飯田も映っている」
「…死霊刑事が?」
「ただし、飯田に聞いても何も話さないぞ。アイツは松浦が好きだからな」
「やっぱり、何か裏が有るじゃん」
「…これだけは言っておく。松浦に関しては、警視庁の方で調べはした。
答えは白だ。松浦の周りで起こる不幸は全て偶然という事だ。
だが、オマエがやると言うのなら、止めはしない」
白い歯を見せるチャーミーな笑顔に隠された、冷たい視線。
「貴方から貰った警察手帳は、誰も私を縛れない…そうでしょ?長官♪」
「ふむ…まぁ、いいだろう。だが、無茶をするなよ」
「はーい♪」
そう答えて財界人達に、笑顔で挨拶回りを し始める石川梨華。
誰も知らない彼女の別名…
その名は、『大富豪刑事』…
猛夢警察と呼ばれる幻の軍団…
日本の財界の頂点に立つ石川財閥の一人娘は、花曲署の刑事だったのだ…
今日はココまで。
>>417-419(;´Д`)ノ アリガトチャーン
次回も未定っちゅうことで、でわでわでわでわ。。。。またね〜ノシ
鼻毛乙〜
乙乙
( ` ・ゝ´) 川‘〜‘)|| (〜^◇^) 川σ_σ|| ( ^▽^) 川o・-・) ( ‘д‘) ( ・e・)
おもしろい
わくわく
( ` ・ゝ´) 川‘〜‘)|| (〜^◇^) 川σ_σ|| ( ^▽^) 川o・-・) ( ‘д‘) ( ・e・)
相変わらず元ネタが豊富だなぁ…
こういう時事モノを盛り込んだものって好きですよ
わくわく
---第三話---『ラグタイムブルース』
カランカラン…
ドアを開けても、「いらっしゃい」の言葉さえ無い。
藤本はカウンターに腰掛け、「バーボン」とだけ一言。
髭のマスターは、一週間ほど前から毎夜来るようになった藤本にメーカーズマークのボトルを置き、
一人で飲ってくれと言わんばかりにグラスと氷を差し出す。
トクトクと注ぐ琥珀色の液体をトゥフィンガーまで満たし、氷を手掴みで3個…
クイッと一口含んだところに、疎(まば)らな客の拍手が鳴った。
夜のネオンが煌めく、新宿歌舞伎町の裏通りで ひっそりと営業をしている一軒のジャズバー。
その店内にポツンと照らされた小さなライトの下で、三十路過ぎの歌姫が高椅子に腰掛け、
気怠そうにピアノの演奏で唄うのは哀しいラブバラード。
酒焼けした しゃがれた歌声は美しいとは言えない、だが、その哀愁を帯びた魂の歌声は、
聴く者の心を揺さぶり、感動を与える…
遠い昔…
貴方は明日を探して迷っていた時期。
私は過去を束ねて、答えを出そうとしていた。
そして時は移り…
別れた時の貴方と同じ歳になって気付いた事があるの。
あの頃は大人だと思ってたけど、実は違ってたのね。
私は貴方に完璧を求めて、そして貴方を責めた。
夢さえも貴方に預けて、ただ貴方に縋っていた。
何一つ貴方の事を解らないで…
貴方には迷惑な話だったのでしょうね。
今、貴方に会えるのなら謝りたい、困らせて泣いた全てを…
そして、伝えたい事があるの。
その後の愛の行方を…
やっと人を愛する事を解った気がする。
あの日々が有ったから…
カウンターに座りバーボンロックのグラスを傾けた藤本は、
歌い終わって 2つ席を空けて座り、水割りのグラスの氷をカラカラと回す、
気怠そうな歌姫を見るともなく見た。
「悲しい唄だね…」
藤本の言葉に薄く笑っただけの歌姫の名前は中澤裕子という。
「愛の行方はどうなったの?気になるわ」
「…ご想像に任せるわ」
水割りを傾ける中澤は、そう言うと、タバコに火を点けて紫煙を燻らせた。
藤本は それ以上聞かずに黙って店の雰囲気に身をゆだねる。
他の客のリクエストに応え、マイクを握った中澤の過去を想い、感傷に耽るのはたやすい。
事実、そうなっている自分に戸惑いながらも、単なる客じゃない自分を少し恨んだ。
(この女を殺せるのか…?)
藤本は中澤の容疑を確認次第、殺す事になっているのだ。
中澤裕子…
警視庁捜査一課に身を置いた過去を持つ場末の歌姫は、連続殺人の容疑が掛かっている。
たぶん…いや人を殺したのは事実だろう。
警察を辞し、歌姫に転身してから、中澤と付き合う男は全て死んでいた。
その数、4名。
所轄の捜査で、容疑が固まかけ、いざ逮捕という所で上からストップが掛かった。
表沙汰にしないで始末する。
つまり、殺人許可証を持つ花曲署によって、事件と中澤を闇に葬る事になったのだ。
何故、花曲署に事件が回されたか、藤本は理由を知らない。
知らないが、中澤の唄を聴いて分かった事があった。
警視庁を辞めたのは、失恋したからだと…
その失恋を今でも引きずっているのだと…
店のドアが開き、入ってきたのは5人目の恋人。
いや、警視庁時代を含めると何人目になるのか…
五十路と思しきその男を、中澤は「純一さん」と呼んだ。
カウンターで楽しそうに恋人と談笑する中澤の笑顔は、本当に恋いをしている女の顔だった。
過去に殺した男達にも同じ笑顔で接していたのかと思うと、藤本は、この女の心の闇を知らずにはいられない。
歌姫に転身する前の中澤が、警視庁に在籍してた頃に誰とどのように恋をしたのか…
その恋愛が、その失恋が、中澤を殺人鬼に変えた…
何故なのか、その理由を知りたい…
それ無くして、中澤を殺す事は出来ない…
中澤を殺すには、藤本なりの理由が欲しかったのだ。
深夜近くなり、中澤とその恋人が店を出る。
藤本は尾行する。
恋人達が辿り着いたのは豪華なマンションだった。
石田純一と書かれた中澤の恋人のポストネームを見て、藤本はようやく気が付いた。
今では落ちぶれた元俳優のバラエティタレントだ。
そのタレントが、どうやって中澤と知り合ったのかは分からないが、
仲むつまじく腕を組んでマンションに消えていった。
藤本はコンピューター端末の左目を使って、石田の室内を探査した。
最上階にあるマンションの一室が石田の家だ。
この時代のパソコンにはテレビカメラ機能が当たり前に付いているが、覗き見の趣味はない。
藤本はマンションの外で壁に寄り掛り、タバコに火を点けながら
石田の室内に有るパソコンを操作し、音声だけを盗み聴いた。
他愛もない恋人同士の会話…
ワインのコルクを抜く音…
シャワーの飛沫…
ベッドが軋む音が室内に響き、藤本は回線を切った。
次の日、その次の日…
毎日のように藤本は中澤の店に通い、中澤の歌を聴き、後を着ける。
何も無い…いや、何事かが起きる気配さえなかった。
店内に流れる中澤の歌声だけが耳に残る毎日…
会いたい想いを隠せば隠すほど、見透かされる私の揺れる心。
貴方は残酷な人…
好きでもないのに、離れていく物が急に惜しく見えるだけなのね。
冷たい受話器から聞こえる貴方の声。
近付く貴方の足音。
息を潜めて待つ私。
自分でも、どうかしていると思う。
気遣っているつもりでも、私には分かるの…
伏せた瞳で誰かを想う貴方。
その優しさが私を更に切なくさせる。
痛いくらいに引き寄せられて…
拒める筈もなく許してしまう。
だから、せめて忘れさせて…
そして、信じさせて…
ここにも愛があるという事を…
海岸線を走るポルシェを、ハンドルを握る藤本の三菱ミニカが追う。
先程、店を終えた中澤が 急にドライブしようと、
恋人の石田を誘い、深夜のドライブと相成った。
藤本は、いささかの不安を抱きつつも尾行を開始したのだ。
満月が煌々と照らす深夜の国道は、すれ違う車も無い。
さっき一台の原付バイクと擦れ違っただけだ。
車内でどんな会話がされたのかは分らないが、
石田の運転するポルシェは、中澤の指差す岬に入った。
「どう?素敵な場所でしょ」
「うん、とても綺麗だ」
「ここって私の大切な思い出の場所なの」
「へぇ…聞きたいな。その思い出を」
「うふふ、秘密…」
月明かりがキラキラと水平線を照らし、白い波飛沫が打上げる、
蒼い海を見下ろせる岸壁に立つ恋人同士は、互いに見詰め合い、微笑んでいる。
満月の下、そのシルエットは静かに重なり合おうとしていた。
「私も どうかしてるな…」
藤本は溜息を付きつつ、離れた場所から監視している。
タバコに火を点けようとした所に「キャッ」と中澤の小さな悲鳴が聞こえた。
「な、なに?…あ、あなたは誰?!」
口付けしようと、顔を近付けた石田を突き放す中澤。
「はぁ?何言ってるんだい?」
突然の事に戸惑う石田。
「止めて!来ないで!」
「どうしたんだよ、いったい」
訳が分らないと言うふうに、中澤の肩を持った石田の手が払われた。
「た、助けて!花毛さん!!」
「ハナゲ?誰だそれ?」
「いや!来ないで!」
収拾が着かなくなり、縺れ合う二人は、
中澤が咄嗟に掴んだ大きな石が、石田の頭部を殴り付けた事で収まった。
「アンタ!私に何をしようとしたのよ!
この場所は、私と花毛さんの大切な思い出の場所なのよ!」
更に馬乗りになり、石田の顔面を石で何度も殴り付ける中澤。
ピクリとも動かなくなった石田に馬乗りのまま、周りをキョロキョロと見回す中澤。
「花毛さん!どこ?隠れてないで出てきてよ!」
ハッと何かに気付いたように石田を見た中澤は、
「あっ」と小さな声を漏らすと、震える体を石田の胸に沈めた。
「助けて…助けて…花毛さん…助けて…」
余りにも突然の出来事に、暫し唖然としていた藤本は、
慌てて駆け付け、呆然と中澤を見詰めた。
慟哭の声を漏らす中澤は、石田の胸で花毛の名前を呼んでいる。
「……そうだったのね…」
何故、所轄が解決寸前までいった事件を…
何故、中澤裕子という元刑事を、闇に葬り去るように
抹殺しなければならなかったのかを…
それを理解した藤本の胸を、重く切ない苦渋の想いが押し潰す。
政治家になる前の花毛は、警察官僚だった。
そして当時付き合っていたのが中澤裕子。
中澤の歌に出てくる恋人は花毛の事だったのだ。
中澤の歌を聴けば、どんな恋をしていたのかは、容易に想像がつく。
激烈な恋の果てに、心が破れた中澤は、今でもソレを引きずり、
ある日突然フラッシュバックのように想いが甦るのだ。
そして、今、藤本が目撃したように、恋をしては殺す行為が続いた…
「…可哀想に…」
藤本の右手が中澤に向かって上がり、五指を開く。
連続殺人の犯人が、元警視庁捜査一課の刑事で、その当時の恋人が現警察庁長官。
事件を闇に葬る理由だ。
「…花毛さん…花毛さん……お願い…返事をして……」
尚も石田の遺体に身を埋め、咽び泣く中澤。
「……‥」
藤本は静かに上げた右手を下ろした。
中澤は精神に病をきたしている。
たった今、自らの手で殺した石田と花毛とを混沌の中で取り違えている。
精神が崩壊するまで、突き抜けた至上の恋の行方…
中澤を殺す事は、藤本には出来なかった。
「…!!」
最寄りの警察署に連絡しようと踵を返した藤本の目の前に、
鬼のように目が爛々と光るツインテールの女が立っていた。
「ジャマだよ…」
木刀を持ち、黒い特攻服を着た女は、片手で藤本を押し退けた。
グシャリと頭蓋と肉が砕けた音。
「な!」
藤本が振り返った時には、もう遅かった。
中澤は、女の木刀で頭を割られ、死亡したのだ。
そして、血の付いた木刀を握りしめた女は、中澤と石田を足蹴にし、崖に蹴落とす所だ。
「止めろ!」
藤本の重力指が、女の動きを止めた。
「…アンタの任務は何だ?」
女は鋭い視線を藤本に投げつける。
「オマエ…花曲署の人間か?」
左目のX線走査が女の内ポケットに入っている手帳を読み取る。
間違いなく殺人許可証だ。
「情に負けて、任務を放棄するような奴は辞めたほうがいいよ。
ふん…花毛長官がアンタの後を着けろと、私に命令したのは正解だったな」
女は、藤本の重力指で押さえ付けられている体を無理矢理捻り、握っている木刀を振った。
「妖刀『護魔鬼』…憶えときな」
重力を断ち斬った木刀を肩に掛け、女は石田と中澤の死体を海に蹴落とした。
「5人もの罪無き人間を殺した。それだけで充分だろ、抹殺する理由は…」
罪無き石田の遺体を蹴落とした女は、波間に消える2人の亡骸を崖を覗き込んで確認し、
ポケットに手を突っ込んで、怒った顔のまま 大股で藤本の横を過ぎた。
「オマエ…名前は?」
女の背中に、藤本が声をぶつける。
「後藤真希…」
呟くように そう名乗った女、後藤真希は月明かりに照らされ、藤本の愛車のミニカの隣に
止めていた自分の原付バイクに乗り、パタパタと鳴る情けない爆音と共に消えていった。
涙を湛えた瞳と、への字に歪んだ唇…
岸壁に佇む藤本の心は、やるせなく 後味が悪い事件に深く沈み込んだ。
落ち着くために、タバコを取り出し火を点けた藤本の手は震え、
肺いっぱいに吸い込んだ紫煙は、長い吐息と共に吐き出された。
5口で吸い終わるタバコは2本目に入り、落ち着き始めた体は弛緩し、腰がペタリと地面に崩れ落ちる。
藤本の瞳からは、小さな嗚咽と共に一筋の涙が零れた。
確かに、後藤が言った通り、中澤が殺した恋人達には何の罪もない。
そして、花毛長官と中澤の間に何が有ったのかも、以前交際していたという事以外、何も分らない。
簡単に察すれば、花毛の政界進出に邪魔になって別れただけだろう。
ただ、中澤だけが激情を押し殺しながら生活し、そして何時しか人格が破綻し、爆発した。
それが、中澤の魂の哀歌だと、それが、事件の真相だと、自分に言い聞かせた。
月夜は何も語らず…
崖に弾ける 波音だけが聞こえる…
それをBGMに、藤本の うろ覚えの鼻歌が、哀し気に満月に溶けた…
今日はココまでっす。
>>449次は矢口ネタを…でわ。。。
イイ!
ほ
なぜ保全荒らしがここにも
468 :
名無し募集中。。。:2005/04/30(土) 22:41:56 ID:4qHs5k9G BE:221773379-
( ` ・ゝ´) 川‘〜‘)|| (〜^◇^) 川σ_σ|| ( ^▽^) 川o・-・) ( ‘д‘) ( ・e・)
469 :
名無し募集中。。。:2005/05/01(日) 14:54:11 ID:jehIR4Si
ほ
470 :
名無し募集中。。。:2005/05/05(木) 23:57:23 ID:/sqqeczo BE:52803353-
( ` ・ゝ´) 川‘〜‘)|| (〜^◇^) 川σ_σ|| ( ^▽^) 川o・-・) ( ‘д‘) ( ・e・)
保全エロス
hozenすます
わくわく
---第四話---遠い記憶
ぼんやりと開いた幼い瞳に映るのは、フルフルと震える自分の手だった。
白衣の医師と看護婦が、にこやかに話しかける。
指の関節が自分の意志で動く事実に、幼かった自分は嬉しさで医師達に笑い返した。
「せんせい、あの子は?」
「あの子?」
「うん」
「誰?」
「えぇとねぇ、えっとねぇ…えぇと…」
体の動かない自分に、いつも頑張れと励ましてくれた男の子…
チュンチュンと鳴くスズメの声に、夢から目覚めさせられた矢口真里は、
今では滅多に見なくなった夢…遠い昔の思い出に、寝惚けながらも
もう、十数年も前の出来事に思いを馳せた。
「あの頃は、まだ満足に腕さえ動かせなかったなぁ…」
寝ながら両手を前に出して、自分の手を朝日が差し込む窓にかざして見た。
矢口が8歳に成ったばかりの頃の出来事。
初めて乗ったジャパンエアー航空の旅客機での家族旅行。
夏休みを利用しての中国旅行に、胸を躍らせた幼い少女を襲った地獄。
雌鷹山墜落事故で生き残ったのは矢口真里と、矢口と同い年くらいの少年の二人だけだった。
重い障害により体を動かせなくなった矢口は、病院のベッドの上で
両親の死を何となく知り、生きる気力を無くした。
程なく、毎日のように矢口の病室を見舞う少年に気付く。
名前も知らない少年は、矢口に「頑張れ、僕も頑張るから、頑張れ」と声をかけ続けた。
その少年が、事故で生き残った一人と知った時に矢口は決断した。
生きようと…
医師が進めるサイボーグボディへの移植手術に同意し、入院先を変えてから少年とは会っていない。
事故後、航空、鉄道、船舶等の旅客機事業をする会社が資金を出し合って作った
人工ボディを研究製造する、言わば事故によって壊れた人体を補償する研究機関
サイバーエレクトリック社が、矢口の その後のボディの切り替えメンテナンスを無償で
永久的に保証する事になった。
矢口は積極的に最新式のプロトタイプのボディへの切り替えをするようになり、
今現在残っている本人の体は臓器の一部分にしか過ぎない。
幼い頃の遺伝子情報を元に造られる矢口の身体は、一見小さな女の子のように見えるが、
中身は最新型の屈強な体になっている。
天涯孤独で、且つ有り余る力を持つ矢口を警察庁長官の花毛がスカウトしない筈がなく、
矢口も、あっさりと花毛の話しに乗った。
そして、今では花曲署のリーダー的存在になっている。
その矢口真里が、自分の体を生かした潜入捜査をする事になった。
日本国内で蠢く暴力団体。
その組織数、活動と行動は警察で掴んでいる。
だが、掴みきれない組織が存在する。
いわゆるチャイニーズマフィアというヤツだ。
近年、その活動は活発化し、各地で凶悪犯罪を繰り返し、
組織の実態を掴めない警察は、防衛策が手詰まりになっていた。
そこで先手を打って、壊滅作戦を開始したのだが、
日本に居座るチャイニーズマフィアは小さい組織が複数存在し、
摘発しても末端の組織だけで、『龍頭』と呼ばれる中枢部には届かない。
何処からと無く湧き出るゴキブリの如く、小さな組織をいくら叩いても埒があかない。
中国に本拠地が有る『龍頭』と呼ばれる中国マフィアの日本支部は、ようとしてその組織の全容を明かさない。
何故か?
日本支部の長、王小籠と呼ばれる男の姿を見た者の数の少なさが、
捜査の難しさを物語っている。
王は滅多に人と会わない。
所在さえ明かさない秘密主義が王の謎を深める。
会った人間の証言は一致している。
禿げた頭と老人の声だけだ。
誰一人顔を見ていない。
車いすに乗った王は背中しか晒さないのだ。
その王小籠を探し出して殺す。
タンクトップにミニスカート、その上に毛皮のロングコートを羽織り、
鏡に向かってニカッと笑った矢口は、準備運動よろしく肩をグルグル回しながら
自宅の高級マンションを後にした…
横浜中華街…
華僑がひしめく中華料理店街の外れに有る雑居ビル。
その地下一階に、矢口が目指す人材派遣会社がある。
中国語で書かれた中華街新聞の広告欄に小さく載った、要人ボディガード募集の文字。
中国語で書かれているからには要人とは中国人の事だろう。
『人籠社』と書かれた社名を見て「そこに行け」と矢口の勘が囁いたのだ。
コンコンとノックして、その事務所に入ると冷たい視線の中年の中国人が
「何の用アルか?」と新聞を広げながら鼻で笑った。
「ボディガード募集の広告を見て来たんだけど…」
「はぁ?アナタみたいなちっちゃい女の子がアルか?」
「見た目は、こんなんだけど中身は違うよ」
矢口は男に近付くと、座っている椅子を片手で掴み、男ごと持ち上げて見せた。
「うん?」
男の背広の内側に見えるグリップ。
「こんな物、持ち歩いてるの?物騒だねぇ」
言いながら、素早く男の懐から銃を抜き取ると、カチャカチャとあっという間に分解して
机の上に、丁寧に並べた。
「組み立てる順に置いたから、あとは自分で組み立ててね」
「……あ、あんた何者アルか?」
矢口はニッと笑って、腕を捲って男の目の前に突きだした。
「最新式のサイバーエレクトリック社製…見た目は生身と変らんけど」
「…サ、サイバーエレクトリック社……ちょっと待てアル」
サイバーエレクトリック社と聞いて男の顔が変った。
携帯を手に室内の奥に行き、なにやらヒソヒソと電話中だ。
「あと一時間ぐらいで小栗さんが来るから待っててアル」
「小栗さん?」
「今回の募集の本当の依頼主アルよ」
「ふーん、んじゃ、ちょっと待たせてもらうよ」
茶をすすっているとドアが開き、筋肉質の大男が入ってきた。
「ボディガード募集の広告を見て来たが」
「アイヤー、良い体してるアルね。本物アルか?」
「ふっ、全身サイバーエレクトリック社製よ」
そう言って大男はサングラスを外し、機械の目を見せた。
「今日はサイボーグばかり来るアルね。しかもサイバーエレクトリック社製のボディばかりアルよ」
「ほう、ソイツは何処にいる?」
人籠社の男がチラリと、お茶を飲んでる矢口を見た。
「ハハハ、そのお嬢ちゃんの事か?冗談も休み休み言うんだな。
その体は、戦闘用じゃない、どう見ても市販されてる凡用じゃないか」
「アンタの方こそ、市販品だろ」
フンと鼻で笑う矢口。
「なんだと」
小娘に小バカにされて、大男は気色ばむ。
「やってもいいけど、壊れたボディは自費で直しなよ」
バンッ!と椅子から飛び上がり、大男の手首の間接を取り、体を反転させ床に叩き付ける。
「キサマァ!」
憤怒の顔で大男は立ち上がり、両手を広げて矢口に襲いかかった。
「壊れないように、優しくしてあげたんだけど」
ガッチリと大男の両手を手四つで受け止めた矢口は そう言うと、
「ちょっぴり実力を見せてあげるよ」と、人籠社の男にウィンクして見せた。
矢口の腕の人工皮膚が捲り上がると隠されている放電装置が現れ、
バチバチと音を立てて大男の両腕に1万ボルトの電流が流される。
「うがぁぁあ!」
プスプスと上がる煙と、矢口の怪力によって
バキバキと音を上げて ねじ切れる大男の機械の両腕。
「物が違うんだよ。分ったら帰りな」
壊された両腕をダラリとぶら下げながらドアを出る大男と、入れ違いに入ってきた青年。
「うん?今のは?」
「アイヤー、小栗さん。待ってたアルよ。
今のは此方のお嬢さんが潰したサイボーグアルよ。ちょうど逃げ帰ったところアルよ」
「ほう、じゃあ この人がさっき電話で言ってた」
「そうアル。すごい腕の持ち主アルよ。ビックリしたアル」
「君がそんなに褒めるとは…
はじめまして、小栗といいます」
ニコリと笑う笑顔が爽やかな青年は、矢口に手を差し出し握手を求めた。
「どうも…」
握手は返さず、ペコリとするだけの矢口。
「ハハハ、こんな若造が依頼者だと余り信用できませんか?
でも、貴女も見た目では僕と変りませんよ」
「そりゃそうだけど…小栗さんって日本人?護衛するのは中国人じゃないの?」
「まだ採用するとは決めてませんが、まぁいいでしょう。
護衛するのは中国人の要人です。
その要人が一週間後、成田から中国に帰る。
貴女の任務は、その要人を無事成田空港まで送る事です」
「ふーん、採用するって決まってないんでしょ?」
意地悪く聞き返す矢口。
「ハハ、さっき逃げ帰った男を見て決めてました。採用ですよ」
「どこから成田まで送るの?」
「当日になれば分ります」
「その要人って?」
「それも当日まで秘密です」
「用心深いんだね」
「まだ貴女を完全に信用した訳ではありませんから。
あ、でもこれだけは言っておきます。
護衛するのは僕と貴女の二人だけです。
まぁ少数精鋭だとと思ってください」
そう言いながら小栗は、矢口が持ってきた履歴書を眺めていた。
「兎に角、今から当日まで僕と付き合って貰います」
「その日まで私は貴方に監視されるって訳ね」
「ふふ、それも お互いを知る為と思ってください」
「いいわ。行きましょう」
矢口は初めて会った筈の この男を何処かで見たことがあると何となく思った。
漠然とだが声の響きに懐かしさを憶え、階段を上る男の横顔を見るともなく見た。
端正な横顔は少年のようでもあり、それと……‥
「あ、あの…」
「なんですか?」
「な、名前…なんて言うの?」
「……そう言えば、貴女は知らなかったんですね」
「……‥」
「僕はずうっと探していたんです。サイバーエレクトリック社製のボディの持ち主を…」
「…そ、それって…?」
「貴女がその人なら、訳は後で話しますよ」
チリチリと胸の奥に広がる、何とも言えない息苦しい感情…
雑居ビルを出る矢口を、眩しい日差しが出迎えた…
短くてゴメン今日はここまで。保全してくれる君の為だけに書くよ僕は。では
(・∀・)イイ!! 乙です。
ハナゲキテタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━!!!!
从*・∀.・从
ハ・ナ・ゲ!ハ・ナ・ゲ!
---第五話---魔都上海
花曲署での午後のティータイム。
署内に居るのは相変わらずの藤本と紺野と飯田の3人だ。
他の刑事達は、何処で何をしてるのかさえ分らない。
藤本は花曲署で、紺野と飯田以外見たことがないのだ。
「しっかし、暇な所だな、ここは」
紺野の煎れた紅茶を啜りながら、暇を持て余した藤本は、パソコンのキーボードをプチプチ押していた。
「まぁ、私達を必要とする事件は滅多に有りませんからね」
「他の連中は?」
「さぁ?自宅にでも居るんじゃないですか?誰もココに来たがりませんから」
そう言うと紺野は、原因はこの人だと言わんばかりに、チラリと飯田を見た。
飯田は何時も通りに、机に突っ伏してブツブツ独り言を喋っている。
「誰しもが、背後霊を見られるのがキモ…嫌って事か…」
「そう言う事ですね」
「紺野、アンタは平気なの?」
「何がです?」
藤本は、目配せでキモい飯田を指す。
「全然平気です。私には背後霊が居ないらしいですから…
それより、藤本さんは毎日 署に来てますね」
「家にいても暇だしね。あ〜あ、なんかこうグッと来る事件はないものかねぇ?」
藤本が立ち上がり、シャドーボクシングを始めた時…
「そんなに事件が欲しかったら、たまには自分の足で探してみたらどうだ?
オマエの左目は何の為にある」
ドアが開いて、入ってきたのは花毛長官だ。
「ワァオ、長官!」
「め、珍しいですね、ここに来られるなんて」
藤本と紺野は少し驚きながら花毛を迎えた。
「うむ。ここに来たのは他でもない…紺野」
そう言って紺野にディスクを手渡し、大型モニターに接続するように促す。
「実はな…うわっ!」
花毛が驚いて大声を上げるのも無理はない。
「もう、長官ったらぁ、そんなに驚かなくてもいいのにぃ」
と、声色を使う飯田が、いつの間にか花毛の背後に張り付き、
花毛の耳に後ろからフウッと息を吹き掛けたからである。
「…い、飯田…あ、あまり驚かさないでくれ。
オマエには後で食事にでも付き合うから。な?」
「もう!連れない人」
そう言って、飯田は花毛の腕をキュッとつねる。
「ハ、ハハ…さぁ、分ったら大人しくしてなさい」
と厄介払いをしつつ花毛は本題に入った。
「この映像を見てくれ」
大型モニターに映し出されたのは、何処かの空港の搭乗ゲートだ。
乗り込む客達の中に見たことのある顔。
「あっ、矢口さん」
「うむ。紺野、オマエは矢口のサポートをする為に花曲署に来てるんじゃなかったのか?」
「は、はい…」
紺野は慌てて、自分のパソコンを弄り始めた。
「大変だ…矢口さん、メンテナンスしてない…一ヶ月も…」
「成田発 上海行きの国際線の この映像は二週間前の今日、撮られた物だ。
ある事件を調査している内閣調査室が男を追っていて偶然 発見した。
紺野、オマエこの一ヶ月何をしていた?」
最新式でプロトタイプのサイボーグボディを持つ矢口の体は
2週に一回はメンテナンスをする必要が有る。
紺野は忘れてる訳ではなかったが、まさか矢口がメンテナンスをし忘れる筈がないと、
矢口自身の体調管理を信じていて、調べる事をしていなかったのだ。
事実、矢口自身、花曲署に入ってからは、メンテナンスを欠かした事はなかった。
「…す、すみません」
紺野は言葉もなく、しょげ返った。
矢口の弟子の名目で花曲署に籍を置いている身だからだ。
「まぁ、それはいい。ここの署員は自由行動で刑事活動をしているからな。
問題は別の所にある」
モニターに新たな画像だ映し出される。
「内閣調査室が調べている人物がいる。この男だ」
同じ空港、同じ搭乗ゲートに映っているのは、車椅子に座る禿げた老人と、その車椅子を押す青年。
「そうだ、この男は矢口と同じ便に乗り込んでいる。
内調は、この男を調査していたのだ。
男の名前は王小籠という中国マフィア『龍頭』の日本支部長だ」
「このお爺さんが?」
腕組みをして聞いていた藤本が、口を開いた。
「うむ、表向きはな。だが、内調が調べた結果、新たな事実が分った。
この車椅子の老人は人間ではない、ロボットだ。
つまり、本当の王小龍の影武者という事だ。
まぁ、マフィア幹部が影武者を置くのは珍しくはないがな…」
「じゃあ、本当の王小龍は?」
「…この車椅子を押している青年だ。名前を小栗旬と言う。
何故この男が中国マフィアの幹部になったかは分らないが、それ事態は大した問題ではない。
それよりも、もっと興味深い事実が分った」
矢口に遅れる事5分の時間差で搭乗する、小栗と車椅子に座るロボット。
「十数年前に起こったジャパンエアー航空の事故を知っているな。
雌鷹山に墜落した、死者500人を超える大事故だ。
全員死亡と思われた その事故で、奇跡的に生きていた幼子が二名発見された。
その生存者というのが、その小栗と…」
チラリと紺野を見る花毛の瞳は憂いを帯びる。
「我が署員の矢口真里だ」
「本当?」
藤本が聞き返すが、返事をしたのはコクンと頷く紺野だった。
「内調が調べた結果、矢口が小栗と接触したのが三週間前。
矢口は当初、日本に存在する中国マフィアを壊滅する為に独自で行動を起こしたらしい」
「…だけど、偶然かどうかは分らないけど、接触した男が矢口の思い人だった…と、いう訳ね?」
藤本は、また気の重い切ない任務になるな、と少し憂鬱になった。
「そう言う事だ。矢口と小栗の接点が分り、矢口が絡んでいるかもしれないという事実で、
中国最大のマフィア『龍頭』と中国共産党が手を組んで
日本での犯罪を含む非合法活動の事実を調査する捜査は、内調から手が離れた。
我が国の内調が中国で非合法に動くのはいいが、万が一にもバレて外交問題に発展するのを恐れての事だ」
花毛は一呼吸置いて、本題に入った。
「そこでだ。本捜査は、表向き存在しない事になっている花曲署が受け持つ事になった。
藤本、オマエは上海に飛んで、小栗を身柄拘束し、日本に連れ帰る。出来ない場合は確実に殺せ。
そして矢口との関係とを調べ、矢口が中国マフィアと絡んでないと判断したら彼女を連れ戻してこい。
矢口が拒んだ場合は…我が国を売ったと思って良い。その場合は殺せ」
「殺す…?」
「そうだ。最早この件は、龍頭と中共の関係を精査し、証拠を掴むのが目的ではなくなった。
事件そのものを無かった事にするのが本件の事案になった」
驚く藤本に、花毛は にべもなく言い放つ。
「矢口は花曲署に身を置いた為に、警察組織内部と内閣調査室の内情にも詳しい。
情報を中国マフィア及び、それに絡む中国共産党に渡す事は許されん。
それに、矢口の体は我が国の最先端科学技術で造られた最新式のサイボーグボディだ。
これは、どんな手を使っても奴等の手に渡してはならん」
「それは、そうだけど…」
「いいか、今回の事件は、我が国と中国共産党との外交取引は一切無い。
それは、中共と龍頭との癒着は言うまでもないからだ」
花毛の眼光は鋭く藤本を射抜く。
「藤本、オマエに与えた左目と右手は、こういう時の為に存在するんだ。
失敗は許されないと思え。以上だ」
有無を言わせぬ花毛の言葉は、藤本が在籍する花曲署の存在の意味を物語った。
「格好イイ!花毛様ぁぁあ、待ってぇぇぇええ!」
署を出る花毛を、ペタペタと裸足で追いかける飯田。
「ハ、ハハハ…許すも許されないも…
失敗したらマフィアか中共に殺されるって事じゃないの?ねえ紺野?」
藤本の乾いた笑いに、紺野は物思いに俯いているだけだった…
中国の発展と荒廃が混沌と同居する街、上海市。
数パーセントにも満たない極一部の人間だけが、権力を握り、その配下が特権を貪り、
残りの市民全てを支配下に置き搾取する特殊な都市だ。
これ程に貧富の格差が激しい街も無いだろう。
光り輝く高層ビル群の真下には雑然とスラム街が並ぶその異様な光景は魔都と呼ぶに相応しい。
数十にも及ぶ高層ビル、箱物と言われる巨大インフラ網、反日記念館と呼ばれる平和施設、
その大半は日本のODAで造られているが、中国人民の殆どはその事実を知らない。
未だに一党独裁で言論の自由が無い この国は、人民の不満を押さえるために、
日本を仮想敵国とし、日本人憎しの教育を行い、様々な圧力を日本に掛ける無法治国家なのだ。
右手で握手を行い左手に持つ銃を突きつける外交を行なう、したたかな国家と言ってもいいだろう。
よって中国人民の日本への感情は、すこぶる良くない。
ジャパンエアー航空ジャンボ機内でパンフレットを眺めていた藤本は、パサリと それをトレイに置いた。
機械の右手を持つ藤本は、サイボーグボディ専用の搭乗ゲートを通らなくてはいけなかったが、
ボディチェックが厳しく時間の掛かるゲートは まっぴらゴメンだ。
だから普通に一般ゲートをくぐったのだが、金属探知器が鳴らなかったのは
勿論コンピューター端末の左目による操作のお陰だった。
ビジネスクラスの窓側の座席に座る藤本の隣には、紺野がチョコンと座っている。
「ありがとうございます。私にも機械の部分がありますので…」
溜息を付きつつ紺野を見た藤本に気付き、紺野がペコリと頭を下げた。
「あぁ、金属探知器の事?…そんな事どうでもいいけど、大丈夫?」
「もちろん、大丈夫ですよ」
紺野が着いてくると手を挙げてから、散々言った言葉だ。
治安が悪い、特に日本人と知られると何をされるか分らない。
足手まとい、捜査の邪魔になるから着いてくるな。
散々言い放ったが、メンテナンスをしてない矢口のボディが心配な紺野は、
頑として藤本の言う事を聞かなかったのだ。
その紺野の荷物にはサイボーグボディを維持するメンテナンスキットがギッシリと詰まっている。
「藤本さん一人じゃ心配だから、お供するんです」
それは立前だ。
口には出さないが 紺野の本来の目的は、藤本に矢口を殺させない事にある。
藤本はソレを知ってはいるが、紺野に聞いても答える筈がなく、さりとて咎めるつもりもなかった。
矢口の弟子という紺野の心情を、何となく理解しているからだ。
鼻歌で手荷物の点検をする紺野に、
「…観光に行くんじゃないんだよ。危険な場所にも立ち入るだろうし」
「藤本さん、中国語喋れないでしょ?」
「お前は喋れるのかよ?」
「いいえ」
「あのなぁ…」
「耳から聞こえた中国語を、日本語に訳して左目に映せる筈です」
「…え?」
「答えようとする言葉を中国語に訳して、日本語読みに変換してくれる筈です」
「…マジ?」
「後ろに座ってる中国人カップルの言葉を拾ってみて下さい」
「…お前、私より詳しそうだな。左目について」
「藤本さんが使ってないだけです。全っ然」
「…」
後ろの席で何やらイチャつく中国人カップルの中国語が、
映画の日本語訳みたいにタイムラグ無しに左目に訳された文字が映し出され、
藤本がカップルについて思う事が、日本読みのカタカナのルビが付いた中国語になって映し出される。
「すごい…けど、中国語の発音の仕方が分らん…」
「じゃあ、答えは私がします」
そう言って、紺野が自分のノートパソコンを開いた。
「たぶん、藤本さんの左目と同じ翻訳機能です」
「ハハハ…そう?」
「藤本さんの言葉を中国語に訳して、モニターに映して相手に見せます」
「頼もしい限りだなぁ」
藤本の棒読みの台詞に気付いてないのか、紺野は
「ね?役に立つでしょ」と、得意気にニコリと微笑んだ。
http://blanch-web.hp.infoseek.co.jp/cgi-bin/data/IMG_000128.jpg 「見てみろよ。整然と並んだ高層ビルを…」
「綺麗な街ですね」
「ビルの下は淀んで見えるがな」
ジャンボジェット機の窓から見える眼下の摩天楼は、
二人の日本人を上海という魔都に誘い込もうとしていた…
ハナゲ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━!!!!
超待ってたよバカ・゜・(ノД`)・゜・
502 :
名無し募集中。。。:2005/06/16(木) 16:58:49 ID:lSpmTfCE BE:168969986-
( ` ・ゝ´) 川‘〜‘)|| (〜^◇^) 川σ_σ|| ( ^▽^) 川o・-・) ( ‘д‘) ( ・e・)
ギャーギャーと鳴き喚くカラスの群れが出迎える異様な街…
空港に着陸したジャンボ機のタラップを降りると、紺野がクンクンと鼻を鳴らす。
「なんか臭いですね」
「ふん、腐った街だからな…
そんな事より、さっさと入管手続きを済ませようぜ」
手続きを済ませて空港を出ると、ジャンボジェットから見えた
上海の街の空気の歪みの原因が分かった。
「酷いスモッグですね」
「実際に空気が汚いって事だったな」
藤本が苦笑しながら答えた。
そのスモッグの原因の一つであろう、タクシーが列をなして客引きをしている。
「今日の宿を決めようぜ」
バサリと藤本の黒のロングコートが風に靡いた。
中年のタクシーの運転手は藤本と紺野を見て「日本人か?」と聞いてきた。
「そうだ」と藤本が答えると、舌打ちをし、やおら運転が荒々しくなる。
「最高級のホテルを頼むよ」
藤本の日本語を中国語に変換したノートパソコンのモニターを紺野が運転手に見せる。
フンと鼻を鳴らす運転手は明らかに反日中国人なのだろう。
「態度が悪いですね」
唇を尖らせる紺野。
「ちょっとお灸を据えるか」
藤本は運転手の頭をムンズと掴んだ。
「アイヤヤヤヤ!!」
運転手がハンドル操作を誤り、ガードレールに車をぶつけそうになる。
「どう?脳味噌を握られる感覚は?」
サッと紺野が訳したモニターを運転手に見せる。
「な、なにしたアル?」
「黙って運転しなさい。握り潰されたくないでしょ」
脳を掴まれた感覚は、藤本の重力指が運転手の脳味噌を圧迫したからなのだが、ちょっとやり過ぎた。
運転手の顔面は脂汗を流し蒼白になり、プルプルと体が震え、今にも卒倒しそうだ。
と言うか、そのまま卒倒してしまった。
「わわわわわ!こ、紺野ハンドルハンドル!」
慌てて紺野がハンドルを握り、藤本は後部座席から身を乗り出して
ブレーキを手で押し、何とかタクシーを路肩に停車させた。
「ふう、ヤバかったな」
通訳代わりの紺野が助手席に座っていたから助かったが、
危なく対向車に正面衝突しそうになったのだ。
「おい、これでも飲んで落ち着け」
運転手が気付くと、藤本は運転手が気を失ってる間に紺野に買いに行かせた缶コーヒーを差し出した。
「さ、さっきは何したアル?」
差し出されたコーヒーをゴクゴクと飲んで、一息付いた運転手は、
紺野が手渡したハンカチで汗を拭った。
「ふん、お前に教える必要はないだろ。それよりお前のハゲ頭 ベタベタして気持ち悪かったぞ」
「…うるさいアル!」
「それより、落ち着いたら車だせよ。今度変な運転したらこうだからな」
背中から何かが入り込んで心臓を圧迫するする感覚。
藤本が後部座席から運転手の心臓に重力指を当てたからなのだが、
血の気の失せた運転手は、黙って何度も大きく頷くだけだった。
「ここが上海一高級なホテル アルよ」
着いたのは上海ハイブリッドホテル。
30階建ての豪華ホテルなのだが、ここにも日本のODAが使われている。
「そう、ご苦労様」
そう言って藤本は日本円で5万円を運転手に渡した。
「こ、これは!」
タクシー会社の5ヶ月分の給料と同じ金額に、運転手の声が1オクターブ高くなる。
「チェックイン済ませたら、市内観光しようと思うんだけど…」
「お、俺に任せるアル!どんな所にも連れて行くアル」
「そう?じゃあ頼もうかしら。あなた名前は?」
「ち、陳ある。陳項いう名前アル。お嬢さん宜しくアル」
「…ヨロシクね。チンコさん」
現金、特に日本円はどんな反日中国人も、表向き親日家にする。
愛想笑いで送り出す陳に、待ってるように指示し、藤本と紺野はホテルに入った。
アメックスのゴールドカードでスーパースィートルームを3泊取った藤本と紺野は、
シャワーを浴びて一息付いてから、観光と称する現地調査に入ることにしたのだが、
その前に お腹が空いたので、ルームサービスで食事を取ることにした。
「花毛長官は何故私に命じたのか分かる?」
シャワーを浴びて頭をタオルでゴシゴシしながら藤本は、
ノートパソコンをいじっている紺野に聞いた。
「さあ?たまたま署に居たからじゃないですか?」
「違うわよ、私が矢口という娘と面識が無いからよ」
そう言いながら、冷蔵庫からジュースを二本取りだし一本を紺野に手渡す。
オレンジの缶ジュースを手に持ったまま、少し うつむき加減の紺野は 次の藤本の言葉を待った。
「矢口って娘(こ)は花曲署のリーダー格なんでしょ。人望もあるって事なんじゃない?」
紺野の様子を伺うように藤本は、ジュースをゴクゴク飲みながら続けた。
「確かに…矢口さんは皆から好かれてました」
「木刀を持ってる女はどう?」
「木刀?後藤さんの事ですか?」
「確か、そんな名前だったわね」
「会った事あるんですか?」
「一回だけね、事件を横取りされたわ。あの女は平気で人を殺すように見えたけど」
中澤事件の時の、後藤の眼光の鋭さが 藤本の脳裏を過ぎる。
「…そのように見えますけど、本当は情が深いっていうか…優しい人ですよ。
後藤さんなら、矢口さんの事は殺せないと思います」
「なるほどね。だったらやっぱり私しかいないって事になるわね。
…まぁ、私だって平気で人を殺せる訳では ないんだけどね」
ジュースを飲み干した缶をゴミ箱に放り投げた、
溜息混じりの藤本の言葉に、暫し会話が途切れた。
「…でも、何故 花毛長官は私の帯同を許可したんでしょう?」
「アンタは無理矢理着いて来たんじゃないの」
「そうですけど…」
「矢口のボディには、アンタのメンテナンスが必要なんでしょ。
まだ殺すって決まってる訳じゃないんだから」
「…ですよね。そうですよね」
「でも、もしもの場合はゴメンね」
「…それは…仕方ないです」
話しの区切りを待っていたかのように、ドアがノックされ
ルームサービスが夕食を持って入ってきた。
ホテルにチェックインしてから、2時間程ゆっくりしたのだが、陳はちゃんと待っていた。
「陳さん、貴方この街の事、詳しい?」
「勿論アル。上海の事なら何でも聞くアル。
もう夕方アルよ、夕食取りに行くアルか?良い所を知ってるアル」
「夕食はいいわ。ホテルのルームサービスで済ませたから」
「…そ、そうアルか」
陳は豪華な中華料理店を案内して、オコボレに有り付くつもりだったのか、少し残念そうだった。
「それより、『龍頭』ってマフィア知ってる?」
「…この街じゃ、知らない人間はいないアル」
「じゃあ、幹部邸の場所も知ってるわね?」
「ど、どうするアルか?」
「私達は危険な場所を探索するのが趣味なの。
その幹部達のお屋敷を見て回るだけよ、安心なさい」
「み、見るだけアルよ」
「勿論よ」
タクシーは市の中心地に在る、周りを壁で巡らせ、庭には豪邸を隠すように雑木林が有る、
龍頭最高幹部の高龍宝という人物の屋敷に向かった。
藤本は高龍宝邸を回りながら、タクシーの助手席に座る紺野を促す。
「紺野、どう?」
「…う〜ん、反応は無いですね」
「そう」
紺野のノートパソコンには、矢口のボディから発せられるマイクロウェーブを
半径50メートル以内でキャッチし、モニターにその場所を映し出せる機能が付いている。
「見る限り平穏な敷地内みたいだけど、実際は違うわね。
各種センサーが設置されてるし、中には50名ほどの手下が警備してるわ。
まぁ、矢口が居ないのなら用は無いけど…
じゃあ、次 行きましょうか。陳さんお願いね」
「次って何処アルか?」
「決まってるじゃない、別の幹部の場所よ」
「幹部と言っても、あとは皆マンションとかに住んでるアルよ。
残念だけど、その場所までは知らないアル。
知ってるのは迎賓館と呼ばれる、接待場所だけアル」
「…そこだ。そこに行って」
接待場所と聞いて、藤本は指をパチンと鳴らした。
高龍宝の屋敷から5キロ程離れた場所に、龍頭の接待施設が有った。
「…ビンゴです。藤本さん!」
紺野のノートパソコンに、ピコンピコンと反応が出た。
「だけど、警備が物々しいな。
ここにも武装した警備兵がウジャウジャいるわ」
周りを壁で囲まれた三階建ての迎賓館内を左目でサーチした藤本は、暫くの間 考え込んだ。
「どうします?」
「突っ込みたいのは山々だけど、このまま行ったら自殺するような物ね。
これだけの数の武装兵を相手に闘ったら死んじゃうわ」
「じゃあ、出てくるのを待ちます?」
「待つのは趣味じゃないわ。ちょっと考えが浮かんだの」
そう言って藤本は、陳にスラムに行くように命じた。
「…スラムと言っても、そこら中がスラム街アル。
観光のお客さんには余り進められないアル」
「危険な所を巡るのが趣味だって言ったでしょ。いいから行きなさい」
「分ったアル…」
藤本が何をしようとしているのか分らない紺野は、ひどく気を揉んだ。
スラムに入ってから、道行く人々を じっくりと観察するような
仕草を見せる藤本の真意が掴めないからだ。
その紺野が「アッ」と声を出したのは、ユラユラと所在なげに人々が歩く、
近くの比較的小綺麗なスラム街に入って直ぐの事だ。
制服の公安警察二人が、一人の女をボコボコに足蹴にしてる。
蹴られ続けるボロを纏った女の隣には、その女の娘であろう 小さな子供がギャーギャー泣いていた。
「周りの人達は助けないんですね」
「ああ、見て見ぬ振りをしてるな」
「助ける訳ないアル。そんな事したら、自分達が同じ目にあうアル。
それにスラムでは、こんな光景は日常茶飯事アル」
「ちょっと停めて」
「どうするアル?面倒は嫌アルよ」
「いいから」
陳が渋々タクシーを路肩に停車すると、藤本は車を降りて大股で
自動小銃を肩に掛け武装している制服警官に近付いていった。
「なんだ、オマエは?」
「観光客か?パスポートを見せろ」
仕立ての良い黒のロングコートにサングラスの藤本の格好は明らかに現地人で無い。
警官は偉そうな態度で藤本を見下ろすように威嚇する。
その警官が二人同時に吹き飛び、コンクリートの壁に脳漿を撒き散らしながら めり込む。
勿論、藤本の重力指に飛ばされたのだ。
踵を返しタクシーに戻った藤本は、アングリと口を開けている陳を無視し、窓の外を眺めた。
「…やり過ぎでは?」
「ここの住人の反応を知りたい。それに対処する警察もな…」
目をシパシパさせる紺野に、事も無げに言い放つ藤本は少し怒っていた。
殺すつもりはなかったが、子供が泣きじゃくる姿と横柄な態度の警官に、
つい力が入ってしまったのが正直な所だ。
母親は子供を連れて その場を直ぐに逃げ出し、人々は驚きながらも
何事もなかったように道を歩く。
死んだ警官に浮浪者が集り、身ぐるみを剥ぎ取っている。
「見たか、ここの住人の反応を?」
「…はい」
「笑ってるな、全員」
無関心を装ってはいるが、死んだ警官を見る住人達の口元は歪み、
濁った目は「ザマアミロ」と言っている。
「来たか…おい、出していいぞ」
怒鳴り散らしながら別の警官達がゾロゾロと駆け寄ってくるのを見届けて、藤本は陳に車を出すよう命じた。
「あ、あんた達、いったい何者アル?公安を敵にして生きてるヤツはいないアルよ」
ハンドルを握る陳の声は震えている。
「だから観光客だって言ってるじゃない。
それよりも今の事件、アンタも共犯者という事でいいかしら?」
「な、なんで俺が!?」
「私の言う通りに動いてるじゃない。もう逃げられないわよ」
「そんな…」
「さて、今度は共産党と、市外に配置されてる人民解放軍の軍事施設を案内してもらおうかしら」
「…ど、どうするつもりアル?」
「大丈夫、今度は見学するだけよ」
「ほ、本当アルか?」
「給金はずむから、ネ♪」
「……」
陳はゴクリと息を飲む。
バックミラーに映る藤本の左目が赤く灯っていたのだ。
---第六話---上海革命
ホテルに帰ったのは0時近くになっていた。
市中央に建つ共産党ビル、市役所、警察署、と巡り、上海市の周りを囲むように六ヶ所も在る
人民解放軍上海施設を見学してきたのだが、軍施設見学
(と言ってもタクシーの中から藤本が時間を掛けて見てただけなのだが)
に時間を取られ、深夜の帰宿と相成ったのだ。
「陳さん、明日もヨロシクね。お昼の12時に来てちょうだい。残りの代金は、その時支払うわ」
そう言って藤本は陳に一万円札を一枚だけ手渡した。
「は、話しが違うアルよ」
「アンタが公安にチクらないように予防線を張ってるの」
そう言って藤本は自分のバッグから帯封された札束を取り出し、チラチラと陳に見せた。
「う、裏切る訳ないアル。お姉さんが言ったように、もう共犯アルからな」
陳はゴクリと喉を鳴らして札束を恨めしそうに見た。
「そう?じゃあ、明日のお昼にちゃんと来てね」
藤本の言葉をタイムラグ無しにモニターに写して陳に見せていた、
通訳係の紺野が、今日の役目は終わった とばかりにノートパソコンをパタリと閉めた。
「今日は初日から色々と収穫が有ったわね」
部屋の冷蔵庫の缶ビールを取り出し、ゴキュゴキュと喉を鳴らす藤本が、
紺野にも「やる?」と缶ビールを差し出しながら言った。
「矢口さんの居場所が分かったのは収穫でしたね」
藤本の差し出すビールを首を横に振って断りながら紺野が答える。
「まぁね」
フフンと鼻で笑いながら藤本。
「でも、藤本さん、軍施設見学に時間を割いてましたね」
「…なんで市周辺に六ヶ所も軍施設が有ると思う?」
「そう言えば不自然ですよね。いくら共産主義国家だとしても多すぎです」
「スラムの連中の目つきを見た?あいつ等の死んだ魚のような目は
抑圧され、飼い殺されてる囚人の目よ。何かが起これば直ぐに暴動に発展する。
軍施設が多い理由は、暴動が起こった時に直ぐに対応し、鎮圧する為よ」
椅子に腰掛けた藤本は、飲み干したビールのアルミ缶を
パキパキと握りつぶし、2本目のビールに移る。
「その軍施設で面白い物を発見したわ」
「何です?」
「3番目に見た施設、あそこの倉庫にフランス製の思考性多脚戦車が5機 配備されてたわ」
「多脚戦車!?何故、中国軍が持ってるんです?」
「その辺は色々と理由が有るんでしょ。でも、売買がバレたら流石に国際世論が黙ってないでしょうから、
カムフラージュして自国産にしようと、装甲のデザインを変えてる作業中だったわ。
…馬鹿な国ね、思考性なんかに手を出して。普通の自動操縦製の戦車にしてれば良かったのに。
完璧に制御する技術がなければ、ハッキングされて一発で終わりじゃん」
フランス製、思考性多脚戦車。
八本の脚で、どんな複雑な地形でも移動できる事からスパイダーと呼ばれている
フランスの軍事工業会社が造った最新式の高性能戦車は、
人工知能を持つAIチップを搭載し、自分で作戦完遂の為の
最善の行動を取るようにプログラムされている。
つまり、旧来の自動操縦の戦車は組み込まれたプログラム以外の行動は出来ないが、
思考性戦車はソレとは違い、プログラム以外の最善と思われる行動を思考し、実施するのだ。
「藤本さん、それって…」
「そうよ、上海の街の人間の背中を押してやるの」
「革命でも起こすつもりですか?」
「革命?とんでもないわ。私の任務は小栗と矢口の捕獲よ。
ただ、手段を選ばないだけ…花毛長官も言ってたでしょ、『どんな手を使っても』って」
「…言ってましたっけ?」
「花毛長官曰わく、世界を動かせるコンピューター端末の左目を、たまには ちゃんと使わないとね。
…自動操縦戦車25台、思考性多脚戦車5台、明日の12時に行動を起こすようにプログラムしてきたわ」
「それと矢口さんと、どう関係するんです?」
「ウフフ、関係するんですよ、紺野さん」
ポンと紺野の頭を叩き、ベッドに大の字に倒れた藤本は そのままスウスウと寝息を立て始める。
溜息混じりで それを見ていた紺野は、ノートパソコンに向かい、カタカタを何かを打ち込み始めた。
カチカチと時間を刻む時計の音…
そっと瞼を開き、紺野の背中を見詰める藤本の瞳は、憂いを帯びていた…
翌日の昼、ホテルロビーに下りた藤本が紺野に聞いた。
「おい、身元が分かる物を部屋に置いてるか?」
「え?…無いですけど」
紺野は矢口の為のメンテナンスキットとノートパソコンを背中のリュックに詰んでるだけで、
着替え等は部屋に置いたままだ。
パスポート(日本政府発行の偽造パスポート=本物と違わない)は何時も持ち歩いている。
「私も無いな。…まぁ、殆ど手ぶらで来たからね」
昨日と同じ格好の藤本は、現地調達をモットーとする為、着替えも殆ど持ってきていない。
「でも、どうして? 3泊するんですよね」
「いや、用が済んだら、もうホテルには戻ってこない」
「へ?」
「見てみな」
藤本が顎で指した先、ホテルの玄関には公安が十数人張り付いている。
中に踏み込まないのは、ホテルに宿泊している各国の要人や外国人観光客に配慮しての事だろう。
「…陳の野郎、裏切ったかな?」
「ど、どうするんです?」
「紺野、怯えた振りをして、私の後ろに隠れてガッチリと、しがみ付いてな。
絶対、私の服を離したらダメだよ」
「…はい」
何事も無いようにホテルを出る藤本と紺野を、アッという間に取り囲む公安警察。
「藤本綾と紺野あさ美だな。分かってると思うが昨日の警官殺しの容疑で逮捕する」
一人前に出た公安隊の隊長が流暢な日本語で逮捕状を差し出して見せた。
「…意味がよく分からないんだけど」
肩を竦める藤本。
「昨日、警官が2名 何者かによって殺害された。目撃証言により一台のタクシーが浮かび上がり、
タクシー運転手の帰宅を待って事情聴取した結果だ。文句は有るまい」
「…タクシーの運転手はどうなったの?」
「愛国無罪!彼は快く我々に協力してくれた。
それより、色々嗅ぎ回っていたようだが、その事も含めミッチリと取り調べをするから覚悟するんだな」
「ふふん」
藤本は鼻で、せせら笑う。
なにが愛国無罪だ、無理矢理吐かせたんだろうと、その顔は語っている。
「何が可笑しい?」
気色ばむ隊長の携帯が鳴った。
携帯を耳に当てる隊長の顔が見る見る青ざめ、
「…そ、そんな!…バカな…」
藤本を見る顔が鬼のような形相に変っていく。
「キ、キサマ等…昨夜、基地周辺を嗅ぎ回っていたな!何をした!」
藤本と紺野に自動小銃を突き付ける隊員達が顔を見合わせる。
「隊長、どうしたんです?」
「上海軍施設の戦車が、何者かの自動操縦で全て動き出したそうだ」
ざわめき出す隊員達。
「直ちに連行しろ!」
隊長が叫んだ瞬間…
音も無く藤本と、藤本にしがみ付く紺野が飛んだ。
それも、斜め前方100メートル以上も…
高層ビルの間に、見る間に小さくなって消えていく二人の娘。
「に、人間じゃ無いのか…?」
見送るしかない警官隊は、暫くの間呆然としていた…
観光客や現地人が混在する 人通りの多い市場は、何時ものように賑わっている。
空から降りてきた二人の娘はフワリと地面に着地し、周りの通行人が 驚き、後ずさり、尻餅を付いた。
「何も、こんな所に降りなくても…」
「もうすぐ、ココもパニックになる」
咎める紺野に「見てみな」と周りを見るように促す。
「私達の存在なんか関係無いみたいだぜ」
藤本の重力指の本領が発揮された『重力ジャンプ』も、
この市場を警備する公安警官達の目には入っていないようだ。
レシーバー片手に慌ただしく 他の現場に動員される警官達は、間もなく市場から消えていった。
「さ、私達も行くよ」
ポンと紺野の頭を叩いた藤本は、ニッと笑ってウィンクして見せる。
藤本の後を着いていく紺野は、ある想いを込めて、持っているノートパソコンをギュッと握りしめた…
待ってたよハナゲ
愛してるぜバカー
ハナゲ面白いよハナゲ
ハナゲ主人公変わっちゃってるよハナゲ
>>525-527ヽ(`Д´)ノウワァァン
読み返したら藤本綾ってなってる…
だれだよ!藤■綾って! _| ̄|○ il|!
あっ!そうだ!偽造パスポートだから藤本綾でいいんだ!
オレッテアタマ(・∀・)イイ!!
ワザとじゃなかったのかよ
普通に偽名使ってるんだと思ってた
531 :
ねぇ、名乗って:2005/06/25(土) 11:02:34 ID:YMeoHqXK
ツマンネ
532 :
名無し募集中。。。:2005/06/27(月) 01:31:23 ID:pMR//rE1 BE:21121632-
( ` ・ゝ´) 川‘〜‘)|| (〜^◇^) 川σ_σ|| ( ^▽^) 川o・-・) ( ‘д‘) ( ・e・)
保全。
保全。
( ` ・ゝ´) 川‘〜‘)|| (〜^◇^) 川σ_σ|| ( ^▽^) 川o・-・) ( ‘д‘) ( ・e・)
自己保全
羊は1週間に1回カキコあれば落ちないんだよ
保全。
5機の思考性多脚戦車は、それぞれ5台の戦車を従え、共産党ビル、市役所、警察署、
そして龍頭幹部 高龍宝の屋敷に向かい一斉に攻撃をくわえた。
戦車軍を取り囲む、警官、軍人は自分達の武装を嘆くしかない。
思考性多脚戦車に銃を向けるだけで、適と認識され前脚に装備されているバルカン砲の餌食になるだけだからだ。
圧倒的な爆力の戦車砲弾に曝され、崩れ落ちるビルは抑圧されていた市民を爆発させるには充分な効果を発揮し、
戦車の攻撃を呆然と見ているだけの武装公安警官達を憎しみの対象として襲い始める。
後に上海暴動と呼ばれる革命は、三時間後に投入された陸軍一個師団によって、
首謀者のいない稚拙な革命は終演を迎えるが、軍投入により出た十数万と言われる死傷者の数が、
国際世論の反発を買い、国連安保理に委託される事態を招き、中国の国威は一気に落ちることになるのだった。
居ないとされる首謀者、つまり藤本美貴は、高龍宝邸の警備に全員駆り出され
ガラン堂になった 矢口と小栗が滞在している迎賓館と呼ばれる龍頭の接待所の前に堂々と立っていた。
「矢口さんの反応が有ります」
ピコンピコンとノートパソコンのモニターに映し出される矢口の信号を見ながら、紺野は安堵の溜息を漏らした。
ゴゴゴゴゴ…と音を立てて開く重厚な門は、勿論、藤本の左目が操作したものだ。
邸内に入ると、広い大広間が二人を迎えた。
「来たよ」
大広間の奥から人影が現れる。
「初めまして、小栗といいます」
マフィアとは思えぬ爽やかな印象の青年は、藤本と紺野に一礼し、
「…花曲署の刑事が僕達を殺しに来る。
真里が言った通りになった。
…外の騒ぎは貴女達の仕業ですか?」
その質問には答えず、藤本は一歩前に出た。
「言う通りにすれば殺しはしない。…アンタ達を日本に連れ帰るのが目的だからね」
「日本には帰らないと言ったら…?」
「殺すように命令されている」
「そうですか」
「どうする?私は、どちらでも構わない」
藤本の右手が上がり、五指が開く。
フウと溜息と共に一呼吸置いてから、小栗が物憂気に話し出した。
「何故僕が日本人で在りながら、しかもこの若さで龍頭の幹部になったのか ご存知ですか?」
「アンタの祖父が中国人という所までは調べた」
「では航空機事故の事も…?」
「矢口が乗ってたんだろ?」
「貴女は何も知らない。いいでしょう、お教えします。貴女を動かしている政府が、僕にした非道を…」
小栗の目には静かなる怒りが籠もっていた。
「…僕の祖父の代、つまり龍頭組織が出来た当初は、龍頭はマフィアではありませんでした。
元々は華僑と本国の橋渡し役をするのが目的で作られた団体だったのです。
初代日本支部長の祖父は日中友好の為に奔走もしました。
だが、中国はご覧のような国です。組織の活動内容は徐々に非合法活動にシフトしていきました。
日本政府からも非合法組織の烙印を押され、祖父の其れまでの日中友好の為の活動も否定されたのです。
祖父は無念を抱きながら他界しました。
航空機事故は偶然の事故でした。
私達家族は祖父の墓参りの為に中国に行く途中でした。
僕は偶然にも殆ど無傷で生き残り、もう一人の生き残った少女を一生懸命励ました。
天涯孤独になった僕は、運動神経をやられ身動き一つ出来ない少女に、最初は同情から接していた。
ですが、毎日手を取って励ましていくうちに、それは初恋に変っていった…
僕はどうしても彼女と話したかった。どうしても助かって欲しかった。
でも、彼女の回復を待たずして僕は隔離される羽目になったのです。
僕は知ってしまったのです。
何気なく聞いてしまった医師達の会話から、僕の両親は事故当初生きていた事を…
僕の父は祖父の意志を受け継いで、龍頭の日本支部長になるか迷っていた。
マフィアになりかけていた組織から非合法活動を排除し、元の健全な団体にしようと
中国の要人と掛け合う為に、墓参りを兼ねての中国旅行だった筈なのに…
それを…父の素性を知った日本政府が、事故を利用して僕の両親を殺してしまった。
それを知った僕は精神医療の名目で隔離され、治療の名の下の洗脳を受け続けた。
僕は演技が上手かったんでしょう。
日本政府に憎悪の念を抱きながら、退院できたんですから。
それからの人生は知るべしも無しです。
名前も知らない少女を探しながらの復讐の旅でした…」
ベキベキと音を立てて、小栗の体が藤本の重力指で押し潰されながら床に沈む。
「龍頭に殺された罪無き人々の復讐よ。文句は無いでしょ」
冷たく言い放ちながら、肉塊になった小栗の横を大股で歩き広間の奥に行く藤本。
「藤本さん…」
チョコチョコと藤本の後を付いていきながら紺野が不安気な声を漏らす。
小栗の吐露話に返答もせずに、いきなり重力指の鉄槌を下した藤本を怖くなっての事だ。
「花毛長官には、この手の事件で散々騙されてるからね、
お涙頂戴話しにはウンザリしてるのよ。
それに、一応はエージェントの私達に、小栗も言いたい事が言えて満足でしょ」
紺野を見もせずに言う藤本の声は、怒っているように聞こえた。
管理室から邸内の見取り図をダウンロードした左目には、
矢口の居場所が映りだされている。
三階の奥の部屋を開けると、椅子にグッタリと座っている矢口がいた。
「矢口さん!」
矢口を呼ぶ紺野の声に、薄く微笑んで返した矢口は、
近寄ろうとした紺野を片手を上げて制止する。
そして藤本を一瞥してフンと鼻で笑った。
「初めて見る顔ね、新人かい?
まぁ、私を知らない奴を刺客に使った方が、いいって事か…」
それには答えず、藤本は無表情のまま尋ねる。
「アンタが矢口真里ね。時間が無い、来て貰うよ」
「…旬君はどうしたの?」
「殺した…」
「そう…」
こうなる事が予め分かっていたように力無く答える矢口は、
口調だけではなく、体も力無く椅子から立ち上がる。
その動きは まるで、どこか具合の悪いロボットのようだ。
「矢口さん、メンテナンスしないと!」
「紺野、近寄るなって言ったろ。
あちこちガタが来てるけど、まだ一瞬にしてオマエ達を殺せる力は残ってるんだぜ…」
そう言いながら、矢口の目は藤本の動きを牽制するように見据えている。
http://blanch-web.hp.infoseek.co.jp/cgi-bin/data/IMG_000131.jpg 藤本が一歩足を踏み出した。
「アンタの当初の目的は、龍頭日本支部長の殺害だった筈…
その支部長と逃避行した時点から破滅が始まってるんだよ」
「…そうかもね」
「殺されても文句の言えない仕事に身を置いている事も自覚してるだろ」
「…そうだね」
ゆっくりと上げられる藤本の右手。
「別に殺したくは無い。紺野も悲しむしね」
「…だろうね」
「で、どうするの?大人しく従う?」
「…どうしようか?」
キリキリと息の詰まるような空気の歪み…
どちらかの死など有り得ない。
矢口は死を覚悟している。
いや、死ぬ事を望んでいる。
藤本を殺しても、矢口は生きていくつもりは無かった。
キューンと張り詰める緊張が頂点に達した瞬間…
「矢口さん!今よ!」
紺野は叫びながら自分のノートパソコンのEnterKeyを押した。
ノートパソコンから発せられる強力なジャミング電波は、
藤本の左目と右手の機能だけを失うよう周波数も設定している。
…設定している筈だった。
一緒に行動している時に、藤本の機械部分の微弱な周波数を拾った筈だった。
昨夜、藤本が寝ている時にプログラムを完成させた筈だった。
藤本は全て知っていた。
強烈なジャミングを受け、体の機能を失ったのは矢口のサイボーグボディの方だった。
糸の切れた操り人形のように崩れ落ちる矢口の体。
「プログラムを矢口の周波数に書き換えた…
オマエ、矢口に私を殺させる気だったのか?」
右手の重力指を矢口に向けたまま、項垂れる紺野の頭を左手でポンと叩く藤本。
「…わ、私の使命は、矢口さんを死なせない事です。
どんな事をしても矢口さんに生きてて貰うことです…」
ピクリとも動かない矢口を見ながら、紺野の声は震えている。
「私は花曲署の人間では有りません。
私は…私は、サイバーエレクトリック社の…」
そこまで言うと、紺野の大きな瞳からポロポロと涙が零れた。
「どうした?」
「…私は人間では有りません。
矢口さんを一生サポートするよう造られたサイバーエレクトリック社のバイオロイドです」
「バイオロイド?」
そう言えば、紺野の体をサーチした事は無い。
藤本は驚き、少し動揺した。
人型アンドロイドの最先端技術は日本の専売特許みたいなものだ。
だが、その科学力は藤本の想像を超えて進歩していたのだ。
「体は人間と変りません、臓器は脳死した名前も知らない少女の体を使わせて貰ってます。
フフ‥矢口さんとは全くの逆です。私は脳だけが機械なんです」
自嘲気味に、はにかんだ笑いを紺野は無理に作った。
「紺野、オマエ…」
「矢口さんが死んだら私の役目はお終いです。
日本に帰ったらサイバーエレクトリック社で解体されます」
「でもオマエ、感情を持ってるだろ」
紺野の思考や動きは人間のソレと全く違わない。
「死は怖くはありません。そのようにプログラムされてますから……ただ…」
「ただ?」
「無念です」
何が無念なのかは藤本は聞かなかったが、心情は何となく分かる気がした。
「死か…紺野、オマエを死なせはしないよ。矢口はまだ生きている。
メンテナンスしてやりな」
藤本は、矢口に向けている重力指を静かに下ろした。
「いいんですか?」
「ああ、でも死なない最低限にしなよ。暴れられると厄介だからな。
それこそ本当に殺さなきゃならなくなる」
「は、はい!」
紺野は急いで矢口の元に駆け寄り、リュックに入っているメンテナンスキットと取り出し、
矢口の体を開いて、何やら作業を開始した。
それを黙って見ていた藤本の左目が赤く灯り、ある物を発見した。
「こ、これは…」
「どうしました?」
「紺野。矢口の臓器の一部は人間のままだと言ってたよね」
「はい」
「…妊娠してるよ」
X線走査で見えた小さな生命。
「え?」
「小栗の子供を宿してるって事だよ」
「や、矢口さんは知ってたんでしょうか?」
「知ってたら、死を覚悟して私と対峙しないだろ…
矢口は死ぬつもりだった。
でも、これで死ぬ理由が無くなった」
「藤本さん!」
「さっさとココから抜け出そうぜ。そろそろ思考性多脚戦車がココを襲う筈だよ。
そのようにプログラムしてきたからね」
「はい!」
感情を持つ人型バイオロイドが不憫でならない…
藤本は、嬉しそうな紺野の返事で、少し救われた気がした…
大きな旅行鞄に矢口を詰め込み、迎賓館を出ると上海の街は異様な音と共に燃えていた。
巨大な怨嗟の波が街を飲み込んでいるように、怒声が渦を巻いていた。
中国を脱出するのは簡単だった。
リゾート地まで行き、停泊中の自動操縦クルーザーを拝借して日本海に出た。
イルカの群れがクルーザーを追いかけて泳いている。
歩く程度に機能を回復させられた矢口は、甲板に出て波を見ている。
一日中無言のままで、ずうっと海を眺めている。
紺野が気に掛け 何かと話しかけるが、無視する矢口に諦めたのか、やがて話すのを止めた。
藤本は…ただ ぼんやりと空を眺めているだけだった…
今日はココまでっす。
>>537そうなんだ。保全してくれてる皆様もアリガトウ。
次回も未定です。愛っちが出ます。
更新乙
紺野がそういう設定だとは思いもしなかった
何て言うかいい意味でやられたって感じだw
楽しみだ
553 :
ねぇ、名乗って:2005/08/14(日) 17:09:06 ID:byW2hlQ60
職人まだ〜
( ` ・ゝ´) 川‘〜‘)|| (〜^◇^) 川σ_σ|| ( ^▽^) 川o・-・) ( ‘д‘) ( ・e・)
わくわく
---第七話---響く愛
阿蘇山の麓に、時の政府に影のように付き従う一族が居る。
太古の昔より、為政者の影として歴史の表舞台に出ることのない一族が居る。
その一族の名は高橋一族…
あまりに有り触れたその名は、一般人の中に紛れ込むには充分であり、
事実、隣近所や周囲の人間には、その正体は微塵にも知られることはない。
だが、その一族も今や一家族しか残っていなかった。
代替わりするたびに、洗練される裏の技術は一族を一つ一つ減らしていったのだ。
そして、その特異な家系の歴史を何故か知らされずに、嫌々ながらに日々修行を重ねる一人の少女がいた…
三月の初旬、桜の花弁がチラチラと舞う校庭に、校堂から聞こえる君が代が心地良い。
高橋愛は地元の聖熊本女子高校を今春卒業し、東京の警察に就職が決まっていた。
小春日和が心地良い校堂で、校歌を歌いながら止め処もなく涙が流れる。
友達と別れるのは勿論哀しい、だがそれ以上に、この土地を離れられるのが何にも増して嬉しかった。
卒業式で溢れる涙を止められない高橋愛は、流れる自分の嬉し涙を隠そうともしなかった。
物心付いた頃からの特訓に次ぐ特訓の日々は、修行と称する地獄のような毎日だった。
高橋愛は祖父の高橋弦之丞と二人暮らしだ。
阿蘇山の麓にある小さな一軒家と、それに連なる小さな道場、それと庭先にある田畑が高橋の家の敷地。
生活費は高橋の両親が仕送りをしてくれている。
その両親は、何の仕事か知らないが、世界中を飛び回る仕事をしていて年に一回しか帰ってこない。
年の離れた兄もいるが、10年ほど前に東京に就職に出てからは音沙汰が無い。
祖父は普段は好々爺なのだが、修行の時は別人のように厳しかった。
それも半端ではない。
早朝から始まり、学校から帰ると夜まで修行が待っている。
兄が就職してから帰ってこないのは、祖父が怖いからだ。
何の修行をしていたか?
それは、高橋家に伝わる『高橋流念法』という古流拳法だ。
自身の念、つまりオーラを集中させた超能力みたいな物で敵を叩くのだが、
念を練れるようになるだけでも、毎日数時間の修行で、中学卒業まで掛かった。
それと平行して体術と肉体鍛錬の修行である。
毎日毎日何故そんな事をしなくてはならないのか、口に出そう物なら祖父の鉄拳が飛んでくる。
有無を言わせぬ祖父の異様な情熱は、兄が居なくなった事で孫の愛に一身に降り注いだのだ。
中学卒業時に なんとか念を練れるようになり、高校に入学した事も有り、
祖父に学校から帰ったら念法の修行をするという条件を付けられて部活動をする事を許され、入部したのが、
以前から習いたいと思っていた、地元では有名な桜島太鼓を女子だけで演ずる和太鼓部。
やっと初めて、自分の趣味という物を見付けて熱中した部活動の3年間。
それも終わろうとしていた。
高橋は高校を卒業したら、和太鼓部の無い地元の大学に進む事が決まっていた。
また味気ない地獄の修行の日々を送るのかと、諦めていた時に飛び込んできたのが、
高卒のくせに内閣調査室という大仰な名前の所に就職した兄からの、東京の警察への就職斡旋の誘いだった。
修行が辛くて逃げ出した兄を、妹の自分に念法の修行を押しつけた裏切り者と恨んでいたのだが、
兄なりに妹の事を心配してくれていたのだろう、東京に誘ってくれたのが嬉しかった。
そして、地獄の修行から逃げ出せると思い、高橋自身も、祖父に必死になって頼み込んだ。
許してくれないと思っていた祖父は、案外素っ気なく許してくれた。
兄のコネでの警察への就職は、試験もなく一発採用された。
そして、兄の上司という初老のダンディな男が手土産を持って挨拶に来ると、
祖父と旧知の仲なのか、昔話に花を咲かせていたようだった。
ともあれ、やっと自由の身になれるのだ。
在校生に見送られながら、他の卒業生と共に退席する高橋は嬉し涙が止まらないのだった。
友達との別れの挨拶も早々に済ませ、家に帰ると道場に入った。
今日で修行も終わるかと思うと、自然に顔がほころんでくる。
「あれ?」
道場には見知らぬ女が胡座(あぐら)をかいて茶を啜っていた。
胸に白いサラシを巻いた真っ黒い特攻服と、茶髪の髪を只単に後ろで縛っただけの偽ポニーテール、
高橋をギロリと睨む鋭い眼光は、どう見てもヤンキー以外の何者でもない。
「この方は後藤真希さんといってオマエの先輩になる刑事さんじゃ」
「刑事?」
「そうじゃ、オマエを向かえに来て下さったんじゃ、挨拶せい」
卒業式にさえ顔を出さない無粋な祖父が、庭先の畑からトマトを詰んで囓(かじ)りながら
15畳ほどの小さな道場に入ってきた。
「この人が?」
高橋は少し呆気にとられた。
そう言えば、警察に就職するといっても試験も受けていなかったし、内定したと連絡してきたのも、兄の電話一本だけだ。
初老のダンディな男性が挨拶に来た時も、高橋愛の事はもとより、警察の「け」の字も話してなかった…
内定通知は?警察学校への案内書は?寮とか住む所は?マジで そんなんでいいのか?と不安になったが、
兎に角、家を出れる事が嬉しくて、高橋は不安な気持ちを何処かに押し込めていた。
その不安要素が、いきなり表われた。
どう見てもチンピラか暴走族にしか見えない若い女は、ぶっとい木刀を携(たずさ)えている。
どの世界にそんな刑事がいる?そんなバカげた刑事が居るはずがない。
高橋は(また爺に騙された!)と思い、急激に全身を襲う不安と脱力感にガックリと床に膝を突くと、
涙が溢れ「うっうぅうぅぅぅ…」と嗚咽を漏らしだし、しまいには声を上げて泣き出した。
「なにを泣いとるんじゃ?」
怪訝そうに聞く祖父。
「だって…だってぇ…その人刑事じゃないんやもん!」
ワッと泣きじゃくる高橋の、涙で歪む視界の前にパサッと放られた警察手帳。
ゴシゴシと涙を拭って手帳を捲ると、卒業式用の高橋の顔写真が貼り付けてあった。
しかし、よくよく見てみると所属が花曲署と書いてある。
「やっぱり嘘やよ!」
高橋も都市伝説としての花曲署は知っていた。
高校で一時流行った事もあった、荒唐無稽な刑事ばかり居る、怪談話と同じ類の警察署である。
「嘘じゃない…だが、オマエを東京に連れて行くかは私が決める」
高橋から手帳を取り上げ、後藤は冷たく言い放つ。
「東京…?」
高橋の体がピクンと反応する。
警察じゃなくてもいい、兎に角この家を出れるのなら何でもいい。
そう頭を切り換えた。
「愛よ、その人と試合ってみぃ。一太刀でも当てることが出来たら、この家を出ることを許そうぞ」
「マジで?」
今まで祖父以外の人と試合をした事が無いが、一太刀ぐらいは当てる自信が有る。
「その代わり、何もできなんだ時は、一から修行のやり直しじゃ!東京に行く事も許さん」
その祖父の言葉で高橋の顔色が変る。
パンパンと両手で頬を叩き、自身に気合いを入れる。
向き合う後藤は無言のまま木刀を握り、ヒールの高いサンダルを突っ掛け道場を出た。
特攻服の その背中は、この道場では狭いと言っている。
高橋も追い掛け、裸足のままで外に出た。
後藤は木刀を肩に担いでいる。
「木刀なんて、卑怯やよ!」
「オマエも得物を持っていいよ」
試合の合図もなく、後藤が片手で無造作に木刀を振り下ろす。
「わぁ!」
後ろに跳んで避けたが、後藤の下ろした木刀はビリビリと地面を振動させた。
「こ、殺す気!?」
砂煙を巻き上げ、再び肩に木刀を掛けた後藤は、高橋の言葉を無視して
大股で歩み寄り、もう一度木刀を振り下ろす。
ドーンと地面を叩く木刀。
横に避けたが、後藤の木刀は追ってきた。
横なぎに降られた木刀は、高橋のセーラー服をかすめる。
それだけでビリリと破け散るセーラー服。
ジリジリとさがる高橋の背中が、庭の桜の木にぶつかった。
チラチラと舞い落ちる桜の花弁…
そこに袈裟切りに振り下ろされる木刀は、避けた高橋を無視し、バリバリと凄い音を立てて桜の木を破壊した。
高橋を追うように倒れる桜の木は、家の縁側の一部を破壊しながら、砂煙と共に桜色の花弁を舞い散らせる。
「う、嘘やよ!」
ボロボロに破けたセーラー服を身に纏い、逃げ回るだけの高橋は、信じられない光景に叫ぶのが精一杯だ。
サンダル履きの後藤は、ぶっきらぼうに木刀を振り下ろすだけだ、それも片手で。
「家の修理代は花曲署に回しな」
何事もなく話す後藤は、相変わらず肩に木刀を担いでいる。
そんな無防備な体勢の後藤に、高橋は近付くことも出来ない。
圧倒的な威力に気圧され、念を練ることさえ出来ないでいるのだ。
この女は、いったいどんな人間なんだ?
まるで、金棒を担いでいる鬼そのものじゃないか!?
チリチリと脳裏を過ぎる花曲署の都市伝説…
(嘘だ!)と否定しつつも伝説は現実味を帯びてくる。
こんな化け物みたいな人間は、高橋と同じ世界には棲んでいない。
いや…一人だけ知っている。
毎日毎日、稽古を付けてくれる祖父だ。
指一本当てる事さえ出来ない体術の持ち主は、一度だけ本気の念法を見せてくれた事があった。
それ以来、祖父が怖くて、祖父の言付けを破った事がない。
だが、しかし…
修行というより、祖父から逃げ出したくて就職話に飛び付いた筈なのに、
同じような人間が就職先にも居る…
高橋の「やる気」は急速に萎えだした。
「わぁぁぁぁああああああああ!!くっそぉおお!なんでやよ!ふざけんな!!」
高橋は空を仰いで叫んだ。
行き場のない無力感は、情けない自分自身に返ってきた。
この先、一生、ずうぅっと自分は自由に生きられない。
ふざけるな!何年も何年も何年も我慢して生きてきたんだ!
修行に捕らわれ、親友と呼べる友達だって出来なかったし、事実、居ないじゃないか!
恋愛に至っては、遙か彼方の おとぎ話だ!
もう、いやだ!もう、まっぴらだ!
「待ってろ!今ぶちのめしてやるから!」
少し呆気に取られた後藤をその場に残し、高橋は自分の部屋に行き、ある物を持って戻ってきた。
それは、3年間使い込んだ太鼓のバチだった。
何故それを選んだのかのは分からないが、太鼓をがむしゃらに叩きたい気分だったのだ。
「やあ!」
両手に持ったバチを、頭の上でカンと鳴らせて、高橋は後藤に突っ込んだ。
「りゃぁあ!」
バチを振り下ろす高橋と木刀で受け止める後藤。
不思議な事が起こった。
ドドン!と鳴ったのだ。
バチと木刀…木と木が ぶつかる音ではない。
和太鼓の音…ドドン!と鳴ったのだ。
ピシリと木が ひび割れる音。
「…」
後藤は自分の持つ太い木刀を少し不思議そうに見た。
その木刀には一筋の亀裂。
「とりゃぁぁぁああ!!」
高橋の攻撃は止まらない。
ドドン!!
受け止めた木刀に、ピシピシと網の目のような亀裂が生じる。
「むぅ…」
威力に押されてズズッと後ろに下がった後藤が初めて呻いた。
桜の大木を薙ぎ倒す威力を持つ後藤の木刀。
その木刀が高橋の太鼓のバチに威力負けをし、バラバラと崩れ落ちたのだ。
高橋のバチは赤いオーラに包まれている。
念が発動した証拠だ。
3年間愛着を持って一生懸命心血を注いで使い込んだバチは、
図らずとも念を使用するには最高の武器と化していたのだ。
そして真に恐るべきは、怒りに任せて突如発現した高橋の念術の才能か…
否…
更にバチを叩き込もうとした高橋が足を止めて叫んだ。
「なっ!…ひ、卑怯やよ!」
バラバラになった木刀を見て、怯んだのは高橋の方だった。
後藤の手には鈍く光る白刃が握られている。
木刀の中には真刀が隠されていた、いや、大振りの木刀は日本刀の鞘だったのだ。
「…これが妖刀『護魔鬼』の真剣だ」
後藤の持つ日本刀は、異様で禍々しいオーラに包まれ、周りの空気を歪めていた。
「ふむ、そこまでじゃ」
縁側で見守っていた高橋の祖父が二人を、いや、後藤を止めた。
妖刀を振られたら死ぬのは孫の方だからだ。
「…合格だよ、荷物をまとめてきな。すぐに出発する」
日本刀を肩に担いだ無表情の後藤が、
冷や汗をかき 肩で息をしている高橋に、ぶっきらぼうに言い放った。
「え?ほ、本当に?」
パァァと高橋の顔が綻(ほころ)ぶ。
祖父の試合止めに、失格だと落胆した所だ。
「ああ、本当だ」
「ほ、本当に本当やね?!や、やったー!やったー!!」
さっきまでの試合が嘘のように小躍りして喜ぶ高橋は、そそくさと自分の部屋に荷物を取りに行く。
高橋が荷物をまとめて戻ってくると、後藤が倒れた桜の木の枝を、
祖父から借りた小刀を使って新たな木刀を作っている所だった。
「ふむ、こんな所か…」
出来たばかりの無骨で大振りな木刀に、妖刀『護魔鬼』を鞘のように刺し込むと、
まるでプリンにスプーンを差すようにスルスルと入り込む。
すると生木で出来た木刀は、生気を吸い取られるように乾き、
使い込まれたように鈍い色に変色していった。
「どういう原理?」
「知らん」
フンと鼻を鳴らす後藤は、高橋の質問に にべもない。
「ちぇっ」と、高橋が見上げる空に、夕日の赤が混じりはじめた…
「それでは、孫の事を、よろしくお願いしますじゃ」
後藤に向かってペコリと頭を下げる祖父に、後藤もペコリと返す。
その何気ない光景に、高橋は何故か胸が熱くなった。
出たくて仕方なかった家だが、いざとなると今までの辛い修行さえも、切ない思い出に変っていく気がしたのだ。
「…おい、その格好でいいのか?」
キョトンとする高橋に、後藤が呆れ顔で聞く。
「あっ!…ちょ、ちょっと待って…」
ビリビリと破れたセーラー服のままだと気付き、慌てて部屋に戻る高橋は、ちょっぴり涙目になっていた…
(さようなら…私の故郷…)
旅客機の小窓から眼下に見える、生まれ育った村が どんどん小さくなっていく。
チラリと隣の後藤を見るが、彼女は本当に無口なのだろう、
何を聞いても、無言で頷くか首を振るだけだ。
これからどうなるのか、高橋には分からない。
分からないが、何故かウキウキする心は、何かに向かって突き動かされるようだった…
------------------------------------------------------------------------
「はい、どうぞ」
「お、サンキュー」
紺野の煎れた紅茶を啜りながら、タバコをプカリプカリとふかす夜の10時過ぎ。
今日、新人が入るというので興味本位で署内に居座るものの、
誰からも何の連絡が無く、只々ダラダラと時間を過ごす藤本美貴は、
相も変わらず椅子に ふんぞり返って、暇を持て余している。
「でも、良かったね紺野。これでオマエも晴れて我が署員の一員だ」
「はい、ありがとうございます」
ペコリと頭を下げる紺野にニッと笑い返す行為は、今日何度目か…
紺野あさ美は、矢口担当から解放され、花曲署に買い取られた。
矢口の刑事責任を何とか回避しようとしたサイバーエレクトリック社が、
社長と会長自ら花毛長官に赴き、直談判した結果なのだが、
矢口は当然花曲署をクビになり、サイボーグボディの武装解除、事件を口外しない、
との条件を付けて矢口は身柄をサイバーエレクトリック社に引き取られた。
矢口は普通の生活に戻ったのだろう。
それ以来、音沙汰はない。
紺野の身柄はサイバーエレクトリック社が強行に引き取ると申し出たが、
花毛長官の「買い取る」の一言で、あっさりと決着がついたのだ。
「それにしても遅いなぁ…楽しみに待ってるのに。いったい誰が連れてくるんだ?」
「さぁ?私も何も聞いてませんので」
藤本が眺める新人の履歴書には、可愛い少女の写真が貼られてる。
「…もう、帰ろっかなぁ」
時計は11時近くになっている。
藤本は大口を開けてアクビと背伸びをした。
そこにノックもせずにガチャリとドアが開いたので、藤本の体がビクリと反応した。
「わぁ!ビックリ…って、テメェ!」
無言で入ってきた後藤に向かって、藤本がガタリと椅子から立ち上がる。
「何しに来やがった!」
同じ署員なのに その言いぐさは無いものだが、藤本は後藤が気に食わなかった。
「ぎゃぁぁぁぁあああああああああああ!!!」
後藤に歩み寄ろうとする藤本の後ろから、絶叫が沸き上がった。
「ひぃぃぃいいい!オニだぁぁああ!オニが来たぁぁああああああああ!!」
振り向くと飯田が後藤を指差し、目を剥いている。
「チッ…」
後藤が来ると何時もの事なのだろう。
舌打ちしながら後藤は、自分の後ろに隠れている少女を前に出した。
「後は、任せた…」
それだけ言うと、後藤はバタンとドアを閉めて出て行った。
「アンタ、誰かが来るたびに そんな反応してるの?」
これじゃあ誰も寄り付かなくなるな、と、妙に納得した藤本が、ガクガク震えている飯田を なだめにかかる。
その飯田を化け物でも見るかのような表情の少女に気付き、
「ハ…ハハハ」と、頭を掻きながら近づき、
「アナタ、高橋愛さん?」と聞いた。
「は、はい…でも」
「なに?」
「………」
何から聞いて良いのか分からないといった顔の高橋に、
藤本は、自分も最初はそうだったなぁ、と同情しながら苦笑いだ。
しかし…
「こ、紺野!」
自分でも何から話していいのか分からない…こういう時は紺野の出番だ。
自分の机に腰を掛けて腕組みをしながら、紺野の説明を浮かない顔で聞く高橋を見守りつつ、
タバコに火を点けた藤本は、微笑みながら二人のやりとりを聞いていた。
だが、話を聞いている内に、高橋という新人が本当に何一つ知らされていない事に気付き、
「ちょっと、ちょっと、ちょっと…」と話に割り込んだ。
結果、暫くの間「デカ見習い」として、藤本にマンションに同居しながら色々と教える事になった。
「紺野、オマエも一ヶ月ぐらい うちのマンションで住み込んで、この娘に色々教えてくれ。
警察学校さえ行かないようだし、住む所も決まってないって言うし…」
ハァと溜息をしつつ、笑顔で高橋に向かって「ね?」と聞いた藤本は、
何故こんな少女が花曲署に着任するのか興味を持ったのだ。
高橋も紺野という同世代の女子がいる事に安心したのだろう、
紺野とは直ぐに打ち解けたようだ。
「よろしく、お願いします」
ペコリと頭を下げる高橋は、チラチラと飯田の方を盗み見る。
この飯田を、どう説明したらいいのか…藤本は今日 何度目かの溜息をついた……
今日はココまでです。次回も未定っちゅう事ですじゃ。
>>551-555保守アリです。紺野に守護霊がいない理由はバイオロイドだからです。でわ。
ハナゲの描く川o・-・)はなんか特殊な存在なんだな
>>572 うん。でも他のキャラも全員特殊です。次は飯田と藤本と高橋の3人旅です。
更新乙
登場人物が増えてくるとおもしろいねぇ
更新キテタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━!!!!
この先、新旧娘。系の人たちは全員でるのかな?
ほ
保全。
578 :
名無し募集中。。。:2005/09/09(金) 10:18:53 ID:fjnhQVJV0
保全。
保全。
( ` ・ゝ´) 川‘〜‘)|| (〜^◇^) 川σ_σ|| ( ^▽^) 川o・-・) ( ‘д‘) ( ・e・)
---第八話---呪縛
花曲署内に居座る3人組に、高橋という新人が加わり4人組になりはしたが、
これと言った事件が何一つ起きず、お茶飲みと無駄話ばかりが仕事となった
和やかな署内は、ほのぼのと時は経ち、早一ヶ月が過ぎようとしていた。
そこに、「どうだね高橋君、仕事は覚えたかね?」と、花毛長官が久しぶりに来た。
「はい、皆さんに良くしてもらってます」
ペコリと頭を下げる高橋に、「それは良かった」と声を掛け、
花毛長官は一枚の映像記録ディスクを紺野に手渡した。
「あんまり顔色が良くないんじゃない?どうしたの、長官?」
花毛長官が署に来る目的は、ただ一つ。
急を要する事件の時だけだ。
少し青ざめた花毛の顔色を見た藤本は、深刻な事件が起きたと直感した。
「ふむ。今回の事件は、ちょっと厄介でな。…飯田。久しぶりに、お前の出番だ」
そう言って、飯田を手招きして呼んだ花毛は、
「本来なら、飯田と後藤が手を組んでやって貰いたいのだが、飯田は後藤を極端に怖がるからな。
高橋君、君が後藤の代わりに飯田と組んで事件に当たって貰いたい。
藤本と紺野、お前達は二人のサポートに回ってくれ」
初めての事件が、大掛かりな物になりそうな予感に、高橋の喉がゴクリと鳴り、
花毛長官ベッタリの飯田も、花毛の顔色を見てからは、無言のままだ。
「…心霊もの?」
「まずは、映像を見て貰いたい」
ちょっとビビる藤本を無視して、花毛は紺野にディスクの映像を大型モニターに映すように命じた。
モニターに映し出されたのは、廃墟と化した無人の村だ。
そこを歩く一人の中年女性は、カメラに向かって「怖い場所ね」と
辺りをキョロキョロと怯えながら気にしている。
「この映像は、フヅテレビの『アンビリーバボー』という番組のロケーションの映像だ。
『失われた杉沢村』という特集を組むつもりで、スタッフと霊能者合わせて5名で
行なったロケの編集されていない生の映像だ」
「杉沢村って、あの杉沢村?」
「そうだ。5年前に突如として、2千人の村人全員が心臓発作で死亡した、あの村だ」
藤本の質問に、暗い声の花毛が答える。
秋田と岩手の秋田県よりの県境に位置する過疎村、杉沢村。
その村人が一晩で全滅したのは5年前の事。
原因は一斉に発生した心臓発作による突然死。
原因不明のウィルスか、それとも何かの実験によって殺されたのか、
等々マスコミによって大々的に騒がれたが、何一つ原因が掴めなく、
当時の首相が責任を取る形で辞意を表明した事によって、
有耶無耶になりながらも、収束に向かっていった怪事件である。
その杉沢村に、テレビのカメラクルーが入るのは初めての事だ。
事件発生当初から入村には取材規制が掛かり、村に入るのは政府の許可が必要だったからだ。
「この霊能者、見たことあるやよ」
「異墓アイ子ですね」
高橋と紺野だ。
映像は「怖い怖い」と言いながら村を探索する異募アイ子が、
「この村は呪われている」と叫び、卒倒した所で一端Vが切れて、
次に映し出されたのは、村から外れた場所にある車が一台通れるかどうかという山道である。
車は行き止まりにぶつかり、スタッフと異募アイ子は、車を捨てて、ケモノ道と思しき道を
山に向かって歩き出す。
「こっちから強烈な波動を感じます」
そう言いながらケモノ道を歩く霊能者とスタッフ。
何分ぐらい上ったのかは分からないが、次に出た映像は、ケモノ道が切れた所から始まった。
そこには、人一人が潜れるくらいの小さな古びた鳥居が有った。
「なにこれ?」
映像を見ていた藤本が驚くのも無理は無い。
カメラが鳥居を横から映すと、鳥居から山頂に続く細い石階段は映らない。
しかし、鳥居の正面に回ると、鳥居を潜る所から石階段が見えるのだ。
「結界ね…人を入れたくない何者かの意志が働いてるわ」
飯田が、藤本の問いに答えた。
ざわめくスタッフ達は意を決して、鳥居をくぐり、石で出来た細い真っ直ぐな階段を上り始めた。
ハァハァと息を切らし、休憩を挟んで登る事30分、
それまで木々に囲まれていた目の前の視界が突然開けた。
「これは…」
画面のスタッフの声と、映像を見ていた藤本達の声が被った。
小さな学校の校庭ぐらいの広さの開けた土地に集落が有った。
ボロボロの農作業小屋といった雰囲気の建物が10棟程有る。
そして集落の奥中央には神社らしき物が建てられていた。
「誰か居ませんかー?」
恐る恐るスタッフの一人が声を出した。
カメラがグルリと集落の一軒一軒を撮すが誰一人居ないようだ。
と、ガクンとカメラが揺れる。
カメラマンが尻餅を付いて、小さく「ひぃ」と声を出した。
誰も居ないと思っていた小屋の小さな窓から、複数の目がスタッフ達を見ているのに気付いたからだ。
「い、異募さん…」
カメラは異募アイ子を撮すが、ガクガクブルブル状態で話す事も出来ないようだ。
一人のスタッフが意を決して、中央奥の神社に向かおうとした時、
神社から一人の小さな老婆が姿を現した。
カメラを睨み据える老婆は、身長が140センチ程でザンバラな白髪、
薄汚い白い浴衣みたいなのを着て、杖を突いていた。
そして、その顔は皺くちゃだが、明らかに此方に対して敵意を持っている。
その目は異様に大きく、黒目がちと言うより白目が無かった。
真っ黒な眼球がカメラを睨み付けて…
「ぎゃぁぁぁああああああああ!!!」
異募アイ子が絶叫を上げて卒倒する。
「に、逃げろ!!」
スタッフ達も慌てて、霊能者を担いで逃げ出した。
と、ここでブツンと映像が切れた。
「ひぃぃぃいいいいい!!」
飯田が自分の目を両手で覆いながら叫び、
同時に映像を見ていた紺野の首がカクンと落ちた。
「どうした?こん…」
キュイーン…
言いかけた藤本の左目に奇妙な違和感。
自己防衛のプログラムが働き、一瞬左目の機能を失う。
「なんだ?ウィルスにやられたぞ…左目が瞬時にワクチンを造って治したから大丈夫だけど」
紺野も静かに首を上げた。
「私もやられました…バックアップ機能で助かりましたけど、何なんですか今の?」
「機械も壊されるの?…それだけじゃ無いんだけど…」
ハァハァと肩で息をつきながら、落ち着きを取り戻し始めた飯田が振り向いて、花毛を見た。
「花毛様も呪われたの?」
「察しがいいな、その通りだ」
花毛は葉巻ケースから葉巻を取り出して、静かに火を点ける。
「お前達、互いに瞳を見てみろ」
花毛の言うままにお互いの瞳を確かめ合った4人はゴクリを唾を飲み込んだ。
紺野と藤本の左目を除く、飯田と高橋、そして藤本の右目の瞳には小さな「呪」の文字が浮き上がっている。
「機械さえ破壊する、本物の呪いのビデオと言う訳ね」
鏡で自分の右目を確かめながら藤本。
「そうだ、この老婆の映像を見た者の瞳に「呪」の文字が焼き付く。
そして、この映像を持ち帰ったスタッフと霊能者は、テレビ局に着くなり心臓発作で死んだ」
「死んだって…そんな危険なビデオを長官は知りながら見せたの?」
ちょっぴり意地悪な質問をした藤本に、花毛LOVEの飯田がキッと睨み付ける。
「すまん。本物を見せないとお前達が信じないかもしれないのでな。
だが、生の映像を見せた理由は別の所にある。
それは、この映像ディスクが何らかの原因で編集が出来ないからだ。
コピーさえも出来ない状態になっている。コピーしたディスクは真っ黒くしか映像が写らない」
「どうして、花毛長官がこれを?」
飯田にジーッと睨まれながら、それを「まぁまぁ」と押さえつつ、
何やら自分のパソコンに向かって操作を始めた藤本が聞く。
「うむ。私の古い友人であるフヅテレビの会長が直接 私に持ち込んだ物だ。
彼もこのディスクを見て、私に頼ってきた。
ちなみに、アンビリーバボーという番組のスタッフも全員これを見ている」
「この映像を撮った日は?」
「丁度、一週間前という事だ。どのようにして瞳に文字が写し込まれるのか、
何故、心臓発作で死に至ったのか、そして、この映像を見た者が
今後どうなってしまうのかさえ分からないままだ」
「それで、私の出番という訳ですね?」
飯田がポツリと言った。
「そういう事だ。この事件は5年前の杉沢村事件と密接に関係している筈。
さっそく事件の調査に当たり、真相を解明してきてくれ。
場所はほぼ特定できている」
そう言って花毛は数枚の写真を皆に手渡した。
「アメリカの探査衛星ΩVから撮った衛星写真だ」
「なに、この婆?」
写真を見た飯田の声には怒りが含まれ始めている。
タバコの箱さえ鮮明に写す探査衛星が写した10枚の写真は、集落の全景から細部へと
段々と近付いて撮っているが、最後の一枚の写真には、
あの老婆がカメラに向かって睨み付けている姿が写し出されていた。
「さて、これを我々に対しての挑戦と受け止めるか、
または偶然に空を見ていただけと取るのかは、お前達の判断に任せるが、
前者だと仮定するば、よほどの能力を秘めた相手だと肝に銘じて
事に当たった方がいいと思う」
「大丈夫、花毛様は私が絶対護る」
語気を含む飯田は、愛する人間を呪った奴は許さないと、言わんばかりだ。
「紺野、今回お前は来るんじゃないよ。役に立ちそうにない」
その飯田を横目に 藤本は、自分のパソコンからディスクを取り出し紺野に手渡した。
「私の左目が造った、さっきのウィルスのワクチンだ。
私には、どういう類のウィルスかさえ分からないから、これをお前に任せる。いいね?」
「…はい」
ちょっぴり不満気な紺野だが、今回役に立たないのは当たっている。
呪いのビデオを見ただけで紺野の体は機能不全に陥ってしまう事が分かったからだ。
「よし、それでは…」
言いかけた花毛に向かって、高橋がオズオズと手を挙げた。
「あの…花毛長官様」
「うん?なんだね」
「これ…念です。ディスクに念が掛けられています」
「ふむ。君は念法を使えるんだったな?で、君は念で出来た呪いを解く事が出来るのかね?」
「いえ、私には無理です。念は術者にしか解けません」
「だったら、尚更だな。高橋君、君と飯田を組ませるのは、そこに理由が有る」
「心霊コンビという訳ね」
「心霊じゃありません、念法やよ」
超常現象をあまり信じない藤本の冷やかしに、即答で突っ込む高橋。
今回はサポート役(運転手等雑用係)に回る藤本は肩を竦めた。
「この呪いを解くには、ビデオの老婆を探し出して何とかするしかない。
事件の鍵は老婆が握っている。必要とあれば殺しても構わん。以上だ」
その命令を下した直後、花毛長官は心臓を押さえながら倒れた…
-------------------------------------------------------
盛岡市でレンタカー屋で借りたラウンドクルーザーを運転する藤本は、後部座席が気なって仕方ない。
ブツブツと独り言を言う飯田が、時折発狂したように騒ぎ出すからだ。
その度に助手席の高橋が宥めるのだが、新幹線に乗ってから岩手県の盛岡駅、
そしてレンタカーに乗り込んで秋田県とのと県境まで、ずうっと この調子だから敵わない。
「許さない、許さない…殺す、殺す…」
呪文のようにブツブツと言い続け、感情が頂点に達すると、
「うぎゃぁぁあああ!!ぜってぇ許さねぇ!!婆をブチ殺す!!」
と頭を掻きむしり髪を振り乱しながら絶叫するから、
一般客も多数乗車する新幹線に乗ってる時は、生きた心地がしなかった。
その度に「すみません、すみません」と他の客に頭を下げる高橋と藤本は、
現場に到着する前に体力を使い果たすんじゃないかと思うほど心身共に消耗していたのだ。
「もう、花毛長官は助かったんだから、少しは落ち着いてよ」
「なに!!まだ呪いは解けてないんだよ!!
それに体の一部が機械になったじゃねえか!!」
優しく言葉を掛ける藤本にさえヒステリックに反応する飯田には、もう お手上げ状態だ。
花毛は倒れた直後に施した応急処置と、心臓を機体に取り替える事で命拾いをした。
だが、根本的な解決にはなっていない。
花毛の瞳に刻まれている「呪」の文字は消えていないのだ。
それに、呪いが本当に人の命を奪う事が確定した事例が目の前で起きた。
自分達も呪いを受けているのだ。
暫くして杉沢村に到着した。
村の周りは規制が掛けられているので地元警察の検問所が待ち受けているが、
藤本の運転するランドクルーザーは、花毛長官の手が回っていて、すんなりと通れた。
まさにゴーストタウンと化した廃村はビデオで見た通り、不気味な静けさに包まれている。
「死霊が蠢いている!!呪われているわ!!」
叫び続ける飯田にも慣れてきた藤本と高橋は、疲れ切っていたせいもあり、飯田を宥める事もせず、
「はいはい、次行くよ」と、素っ気なくさばき、例の山道に車を走らせた。
-----------------------------------------------------------
「ええっと、確かこっちだったな…」
左目に記憶している地図を頼りに、ケモノ道を進む藤本は
裸足で歩く飯田をチラリと見て、「ちょっと、大丈夫なの?」と声を掛けた。
「うるさい、黙ってて…」
プツプツと珠のような汗を噴き出す飯田は、疲労から汗を出している訳ではない。
急速に高まる邪気に脂汗をかいているだけなのだ。
レンタカーを捨ててから30分が経ち、鬱蒼と生い茂る木々に囲まれたケモノ道も途絶え途絶えになり、
意外に体力がない藤本が脱落しかけ、「休ませて」と哀願しかけた頃、
その鳥居は忽然と藤本達の眼前に異様な姿を現した。
「…やっと見つけたよ」
ドサリと腰を下ろした藤本は、タバコを取り出し火を点けて紫煙を深く吸い込んだ。
「どうします?」
疲れていたのだろう、フェイスタオルで汗を拭いながら、高橋も地べたに腰を下ろす。
「まだ、2時を回ったところだよ。少し休憩しようぜ」
ペットボトルの水を高橋に渡しながら藤本。
飯田は鳥居の前に突っ立ったままで、鳥居から続く石段を睨み付けている。
「ねえ藤本さん、花毛長官様は、なんで死にかけたんやろ?
何人もビデオを見てるのに、心臓発作をおこした人は長官様だけでしょ?」
高橋の問いに藤本は肩を竦めた。
「念とかの専門はオマエだろ?私には分からないよ」
「うん…実は、長官様のようにビデオの謎を解こうとすると呪いの念が発動するんだと思ってたんやけど、
それだったら、私達は直接乗り込むんだから、長官様より深く関わっている筈だから、
私達が発作で倒れてもおかしくないと思うんよ…」
「…それ等を含む、全てを解明する為に行くんだろ」
高橋からペットボトルを取り返しゴクゴクと喉を鳴らした藤本は、
「よっこらしょ」と重い腰を上げて、タバコを投げ捨てた。
「あれ?もう行くんですか?」
藤本に吊られて立ち上がった高橋の腰に吊されている太鼓のバチがカンッと鳴る。
「うん…ああ急かされちゃ仕方ないだろ」
藤本は そう言うと、顎をしゃくって見せる、
その先には、突っ立ったままの飯田が鳥居の奥を睨み続けていた。
鳥居をくぐると霊感など全く無い藤本にも分かった。
「…嫌な感じがするな」
悪意が粘り着く感覚とでも言うのだろうか、何者かに見られている感触に鳥肌が立つ。
「鳥も鳴かなくなったやよ」
キョロキョロと辺りを見回す高橋が、痒くなった自分の足首をポリポリと掻いた途端に
「ギャッ!」と声を上げた。
ヌルリとした感触は山蛭だ。
それも半端な数ではない。
キュロットを穿いている高橋の ふくらはぎは、黒い山蛭に覆われていた。
「いやぁぁああ!!」
それを見て、恐る恐る自分のジーンズの裾を捲った藤本も、
高橋と同じ運命に悲鳴を上げる。
山蛭を払う事も忘れ、脱兎の如く石段を駆け上がる高橋と藤本。
その二人を「イヒヒヒヒヒヒヒヒヒ…」と笑いながら追う飯田の不気味さに、
幽霊に追われている感覚におちいった高橋と藤本は、更にパニックになり、
あっという間に長い石段を駆け上がってしまった。
高橋はタオルで蛭を払い、藤本はジーンズを脱いでパンツ一丁になり、必死で蛭を払い落とした。
そして、気付く。
ビデオで見た集落に辿り着いた事を。
空気が重い。
息が苦しい。
ゼイゼイと肩で息をする藤本と高橋は、一気に石段を駆け上がって息が上がっている為に
起こっている自分の体調を、呪いの集落に着いたからだと、勘違いをした。
いや、あながち間違いでもない。
「瘴気に包まれているわ…」
辺りを見回す飯田がクンクンと鼻を鳴らして、集落の淀んだ空気の匂いを嗅ぎ取った。
「いる…」
「ああ、居るな…」
高橋は研ぎ澄まされた感覚で嗅ぎ分け、藤本は左目の赤外線走査で、その存在に気付く。
集落の10棟程の小屋に蠢く住人達の気配。
高橋は腰に下げた太鼓のバチを手に取り、藤本は脱ぎ捨てたジーンズを穿き直す。
飯田は、集落中央奥に建つ古びた神社を見据える。
粘り着く視線に耐えきれず、「なんやよ!」と高橋が叫ぶと同時に神社の戸が開き、
ビデオの老婆が不気味な姿を現した。
と、いきなりペタペタと早足で、裸足の飯田が老婆に掴みかかる。
だが、勇ましい飯田の勇姿はここまでだった。
「うぎゃぁああ!!」
老婆の胸ぐらを掴んだ飯田が叫び、尻餅を付いて「ひぃぃいいい!」と後ずさりする。
「どうした?」
「しっかりして下さい」
藤本と高橋が、急に怯えだした飯田を抱き起こす。
「お、怨霊…」
老婆を指差す飯田の歯がガチガチと鳴る。
「怨霊?」
「人ですよ」
飯田達の目の前に現われたのは、おどろおどろしくはあるが、どう見ても人間だ。
こちらを睨み付ける老婆をキッと見返す藤本と高橋。
「ひゃはひゃひゃひゃひゃ!あんだ達、呪われどる!」
と、突然、杖をつく小汚い老婆は、黒目だけの瞳をひんむいて、ゲラゲラ笑い出した。
「その呪いを掛けたのはアンタだろ」
「私達は、呪いの解き方を教えて貰いに来たんやよ」
怯える飯田を地面に座らせて、ズイッと前に出る藤本と高橋。
飯田のサポーター係だった藤本は、この時点で主役に躍り出ている。
「いぎなり出でぎて挨拶も無しで、勇ますいオナゴ共だなや。
ケケケケケケ、そげな態度では、呪いを解ぐ方法を教えるごどはでぎん」
「な…」
んだと!と、言いそうな藤本を制し、
「…それはどうもすみませんでした。教えてください」
すかさずペコリと頭を下げた高橋。
だが、その言葉の端々には角が立っており、更に、さっさと教えろと、その目は言っている。
「ずいぶんど気が強ええオナゴだなや。気にいらん!…
だげんども、呪いを掛げられだ あんだ等の気持ぢも分がる。
それに、あんだ等に恨みもねえし、ワスの話しっこば聞げば教えでやってもええど」
そう言いながら手招きする老婆は、埃だらけの神社の中に藤本達を導いた。
「おい!三郎太や!お茶を持っでごい!」
鬼の木像が御神体として鎮座する小さな神社の本堂の軋む床に
「よっこらせ」と座った老婆は、外にいると思われる三郎太とやらに向かって叫んだ。
ブスリとしながらも老婆の言う通りに板の間に胡座をかいた藤本と高橋、
それと、オズオズと怯えながら隅っこに座る飯田の前に現われた
三郎太を見た3人は、ギョッと目を見開いた。
化け物みたいな顔はいいとして、1m50cm足らずの体には細長い腕が4本生えていた。
その4本の腕で、お盆に乗せた湯飲み茶碗を3つ器用に動かして藤本達の前にお茶を置き、
滑るように藤本達を見た三郎太は無言のまま外に出て行く。
「げっげっげ、驚いだようだな。この村には、こげな人間しが居ねえだ。
耳が無えやづ、目が三っつ有るやづ、足が一本しがねえやづ…
およそ人間らしいやづは、こごには居ねえずら」
湯飲みに入っている濁ったお湯らしき物を飲む筈もなく、
なんとなく事の真相に気付き始めた藤本は、「それで?」と老婆を促した。
「こごは、何百年も前がら、ずうぅっと忌み子を捨でられでる村だ…」
冬になれば数メートルもの積雪がある、この真昼山地の真昼岳中腹に有る、
鬼山神(おにやまがみ)を祭る神社に、養いきれない老婆を捨てる風習が出来たのは、
今から千年以上も前の事である。
そして、何時しか その風習は、生まれながらの奇形の子、この土地で言う「忌み子」を
捨てる風習に成り代わっていた。
捨てられた老婆は、同情から、その捨てられた忌み子を育てるも、
厳しい環境の中では、忌み子の生存率は極めて低く、小さな墓石とも言えぬ
石が、類々と積み重なっていく。
だが、数百年という年月は、少しづつながらも、その姥捨て山の集落の人工を増やしていく。
彼等は捨てられた事を恨み、自分達の姿を忌み嫌う、ふもとの村の人間を憎んだ。
この集落に棲む者の存在意義は、「恨み」の一言に尽きるようになり、
何時しか、ふもとの村を定期的に襲い、作物や女子供を収奪するようになった。
ふもとの村、つまり杉沢村が陳情する事、十数回、
ようやく、この土地を治める為政者が重い腰を上げて討伐隊を繰り出すも、
厳しい環境を生き抜く力を持った忌み子達の力は、その姿と同じく人外であり、
何人とも近付けぬ化外の力により張り巡らされた罠と結界は、次々と討伐隊の命を削った。
そして、討伐隊が、その集落を落とす事は元より、一人も忌み子を殺す事が出来なかった事で、
杉沢村は、この周辺地域から孤立し、忌み子の集落に怯えて暮らす羽目になる。
事件をきっかけに、忌み子の集落は、杉沢村に対し、毎年の作物の差し出しと、
隔年に一度の女の稚児の生け贄を要求した。
作物の要求は当たり前として、女児の生け贄には、理由があった。
近親でしか子供を作れなかった集落には、種の保存の為に
余所からの新たな血が必要だったのだ。
成人女子を拉致しても、集落に棲む忌み子の姿に、さらわれた女性は狂死する。
だから乳飲み子から集落の人間として育てて、嫁とする必要があったのだ。
その数百年も続く集落の命綱、杉沢村が全滅した。
「アンタが村人を殺害したんじゃないのか?」
「なんで、ワシ等が殺す?」
「じゃあ、誰なんだ?」
「魔希じゃ」
「マキ?」
「杉沢村がら貰っだ、最後の娘っ子じゃ」
「……」
呪いを解く方法とは別に、杉沢村全滅の真相を探る旅でもある。
藤本は、老婆の次の言葉を待った。
隔年に一度、生け贄として差し出される稚児は、全て成人する訳では無い。
厳しい自然環境と生活環境は幼子の生存率を著しく低下させる。
生け贄の子供は、この集落では五人に一人しか成人しない。
二十年前に差し出された女児は、最後の嫁となった。
いや、嫁になる前に集落を抜け出したから嫁とは言えないのだが、
魔希と名付けられた女児は、老婆が大切に育てたのだ。
十の歳を超える頃、魔希は老婆に何気ない疑問を投げかけた。
「ねえ、オババ、なんでワダスは皆と違うの?」
美しく育った魔希は、集落の人間とは姿形が全然違う。
老婆は、魔希が充分に この集落の人間になったと判断して
集落の歴史と杉沢村の関係を話して聞かせた。
数百年も続く、恨みという名の下で、「念殺」という人外の力を持つに至った超常能力集団は、
その強烈な恨みの念により、本物の化外の魔物を呼び込む事になる。
そして、当たり前の事だが、その魔物達は人間の集落の味方では無い。
人に取り憑き、災いをもたらす目に見えない魔物は、恨みの念が渦巻く集落に
光を求める虫のように集まってくるのだ。
いわゆる「もののけ」と呼ばれる魔物から集落を護るのが、忌み子達が張る結界と、
千年以上前から神社に祭られている鬼山神の御霊を宿す妖刀の霊力によるものだった。
「呪いという名の『念殺』は杉沢村の村人全員に掛げである。
ワス等の秘密を守る為じゃ。秘密を他の所に漏らすた奴は呪いで死ぬ。
奴等は臆病者の集まりじゃ。だがら、奴等はお前をワス等に差し出しだ。
魔希、お前は杉沢村の村人に捨でられだのじゃ。恨むなら、お前を捨でだ村人ど両親を恨むんじゃ」
ゲッゲッゲッと笑う老婆から妖刀を持たされた魔希は「ふーん」と感心したように笑った。
魔希が集落を出たのは、それから5年後の事である。
自分の力で生きていく力を持つまで、魔希は待っていたのだ。
自分を捨てた杉沢村を哀しみ。
自分を差し出させた忌み子の集落を憎み。
自分を育てた老婆を嫌い。
そして、自分の運命を呪い。
ずうぅっと待ち続けた。
魔希は、集落の護神刀の妖刀を持ち出して逃げたのだ。
「その後じゃ、杉沢村が全滅しだのは…」
老婆は吐き捨てるように言うと、急に作り笑顔になってニカッと歯のない口を歪ませた。
「さでど…ワスには千里眼がある。お前達みだいなオナゴが来るごどは分がっていだ…」
「…呪いのビデオは、ここに女を呼ぶ為の撒き餌って事?」
「んだ。オメば頭いいな。あん時、丁度良ぐテレビの連中が来でな。
呪い掛げで放っておけば、おなご共が集まって来るど思っだどよ」
「女が集まる?男が来るとは思わなかったの?」
「ゲヘヘ…ワスの秘密に関心を持っで調べようどする男共は、死ぬように『念殺』を掛けでおいだ。
そうすれば、女しが残んねえ。死んだ男を見で驚いた女が必死になって、ここに来るべ」
「…で、必死になって来た私達は、その『マキ』って女の代わりって訳ね?」
「んだ。オメ達をば、三郎太達の嫁っこにしで子供ば産んでもらう。
悪い話しでね。良ぐしでやっから。な?」
「悪い冗談にしか聞こえないけど…」
と、ここまで老婆と会話していた藤本が、グッと自分の心臓を押さえてうずくまる。
老婆の黒目がクワッと、見開いていた。
『念殺』という技だ。
「冗談でね。ワスは本気だ。断れば殺す」
「藤本さん!……ちょっと婆ぁ!話しを聞けば呪いを解く方法を教えるって約束やよ!」
急に顔面蒼白になった藤本を抱きかかえながら、高橋の語気が強くなる。
そろそろ我慢の限界が近付いていた。
「呪いを解ぐ方法なんてねぇ。諦めで、嫁っこばなれ」
「誰が!」
高橋が腰に下げているバチに手を掛ける。
と、老婆が何事かに気付き、血相を変えて外に出て行った。
それを追う高橋。
ヨタヨタと続く藤本。
ブルブルと震えながら飯田が最後に外に出た。
集落の中央の小さな広場で、老婆が対峙している人物を見て、3人が口々に声を出した。
「後藤さん!」
「オマエ…」
「鬼が来た…」
妖刀『護魔鬼』を肩に担いだ後藤真希は老婆を睨み付けている。
「バカな婆だ。集落の話しをすれば同情されると思っている」
「魔希!帰って来だが!」
老婆は嬉しいのか恐ろしいのか分からない声を上げた。
「バカ言え、誰がこんな所に帰ってくるか…大恩ある花毛長官の呪いを解く為だ」
そう言うと、後藤は懐から小型ディスクレコーダーを取り出して、飯田に放り投げた。
「おい、幽霊女。花毛長官を救いたいんだろ。ちゃんと録画しとけよ」
レコーダーを渡された飯田は、ポカンとしていたが、
録画する事が呪いを解く方法だと気付き、レンズを老婆と後藤に向ける。
「オマエ、呪いを解けるのか…?
いや、それより『マキ』っていうのは…?」
藤本は、この集落で育った『魔希』について聞かずにはいられなかった。
「ふん、この婆に何を吹き込まれたが知らんが…
お前等、気付いていたんだろう?この婆が人間では無い事に」
藤本の問いに対する後藤の答えは素っ気ない。
が、後藤の指摘は当たっていた。
高橋は会って直ぐに気付いた。
飯田は掴みかかった時に、そして藤本は赤外線走査した時に、分かった。
老婆が人間では無い事に…
だが、呪いを解く方法が見当たらない為に、気付かぬ振りをして、
黙って老婆の言う事を聞いていたのだ。
「この婆は、恨みの念で出来ている念人形だ。こんな奴に育てられたと思うと反吐が出るぜ」
そう言って唾を吐き捨てる後藤。
「魔希…オメ、ワスが人でねえ事を知ってだが?」
正体を気付かれた老婆は、急に怯え始める。
「知らなかったとでも思っていたのか?
言っとくけど、テメーの念殺は私には効かないからな。
諦めて塵になりやがれ」
大股で老婆に近付く後藤は、木刀を振りかざす。
「呪いを解くのは私にしか…いや、私がここを出る時に持ち出した、
この集落の護神刀、妖刀『護魔鬼』にしか出来ない」
ピシピシと木刀が ひび割れ、中から鈍い光りを放つ真刀が現われた。
「方法は、消失する婆の姿を録画したディスクを見る事だ。そうすれば呪いは解ける!
おい!幽霊女!ちゃんと録画しとけよ!この婆は妖刀『護魔鬼』でしか殺せない」
鬼のような形相の後藤が持つ日本刀は、周りの空気を歪める。
「ま、まで!まっでくれ!魔希!」
ストンと腰を抜かした老婆の最後の言葉。
「何をだ?」
音もなく振り下ろされる妖刀『護魔鬼』は、断末魔を上げる老婆を真っ二つに切り裂いた。
シューッと灰のような塵になった老婆を、一筋のつむじ風が掻き消す…
「ぎゃぁぁあああああ!!!」
おびただしい数の絶叫が集落の各小屋から聞こえる。
「婆を造っていた恨みの念の持ち主達だ…」
後藤が妖刀を肩に担いで、辺りを見回した。
老婆の姿をした念人形は何百年もの間、ここの住人達の念によって受け継がれ続け、
いつしか意志さえ持つようになり、ついには、この集落の長になっていたのだ。
「来るぞ…」
ゾロゾロと小屋から出てきた、異形の住人達…
彼等の念の全てを注いで創り上げた老婆は、忌み子達の母であり、
集落の歴史の語り部であり、守り神であり…
つまり、全てだった。
彼等の目は、老婆消失により絶望の色に満ちている。
「可哀相に…もう、お前達の世界は無くなった…楽にしてやるよ」
妖刀で 首が二つある住人を袈裟切りにし、ドサリと崩れた体を跨ぎ、辺りを見た後藤が気付く。
高橋の戦意は消失していた。
「おい!高橋!その腰にぶら下げている物は何だ!やれ!」
「で、でも…」
もう呪いは解けた。
高橋の瞳の「呪」の文字は消えている。
「殺れ!奴等もソレを望んでる!死ぬ事を望んでるんだ!殺れ!」
「……」
高橋は、黙った。
もう、事件は解決してる。
「殺れって言ってるんだ!」
「…で、出来ないよ。人、殺した事ないんやもん」
相手は異形の姿とはいえ人間だ。
高橋は、念人形の老婆が消失し、呪いも消えたので、ここの住民を説得できると思っていた。
その高橋に襲い来たのは、4本の腕にそれぞれ鎌と包丁を持った三郎太だった。
「きゃっ!」
頭を押さえてしゃがみ込んだ高橋に向かって、鎌を振りかざす三郎太の体が止まる。
右手を開く藤本の重力指が止めたのだ。
だが、その行為を許さない人間がいた。
「藤本!テメェ!邪魔すんじゃねえ!」
脱兎の如く藤本に詰め寄り、妖刀を振りかざした後藤真希は、
そのまま鈍く光る刃を振り下ろす。
それを重力指で受け止めた藤本は、
「オマエ!本気か!?」と、重力の壁を破りつつギリギリと食い込む妖刀の圧力に、
藤本の重力指のパワーを上げざるを得ない状況だ。
妖刀と重力指の つばぜり合いに、そこの空気がグニャリと歪む。
重力指から開放された三郎太。
彼は再び高橋を襲う。
「高橋!殺れ!」
後藤が叫ぶ。
「あぁ…あう…」
ガチガチと歯を鳴らす高橋の何かが切れそうになる。
「これが、お前の仕事なんだ!これが、お前が足を踏み入れた世界なんだ!殺れ!!」
高橋の耳に後藤の言葉が木霊した。
「う…うわぁぁぁああああああああ!!!」
http://blanch-web.hp.infoseek.co.jp/cgi-bin/data/IMG_000134.jpg ドドン!!
念のバチを打ち込まれて吹っ飛んだ、三郎太の体が振動する。
その念振動は筋肉と内臓を液状化し、三郎太の体を 溶解した体液の詰まった肉袋にした。
と、三郎太の体が骨だけを残しバンッと爆ぜた。
ガシャガシャと音を立てて崩れ落ちる血まみれの骨格。
「やりゃあ出来るじゃねえか。…また来たぞ」
重力指への打ち込みを止めた後藤が、壮絶な表情でニヤリと笑う。
「うわぁぁああああああああ!!」
高橋は数人の忌み子の集団に向かって走った……
……………‥‥‥
この集落の住民の数は、わずか15名…
そのうち11名を高橋が殺した。
残りを後藤。
藤本は、その凄まじい光景を ただ黙って見ていた。
呆然としている高橋の肩をポンと叩いた後藤が、藤本に向かって見下した視線を送る。
「テメェの甘さには本当に反吐が出る…」
そう言い残し、山を下りようとする後藤の背中に、藤本が声を投げつけた。
「杉沢村の村人を全滅させたのは、キサマか…?」
「…婆は、嘘吐きとだけ言っておく」
立ち止まった後藤は振り向きもせず、その言葉を残して消えた。
「…あいつ、本気で私を殺しにきた」
先程の後藤との攻防を思い出し、「なんなんだアイツは!」と吐き捨てた藤本は、
膝に手を置いてハァハァと息をしている高橋に気付き、言葉もなく近寄った。
「…仕方なかったんだよ」
「でも…」
うつむきながら周りを見る高橋の瞳に写る光景は、自分が殺した忌み子達の屍が転々と横たわっていた。
「…夜になっても構わない。墓を掘ってやろうぜ」
「…はい」
高橋の声は沈んでいる。
「私の左目は夜目が利くから、遅くなっても帰り道に迷う事はないよ」
慰めにもならない藤本の言葉に、無言で頷く高橋が少し哀れだった。
「あ゛あ゛ぁぁあああああ!!!」
飯田の悲痛な叫び…
「どうした!?」
「レレレレ、レコーダーが…」
そう言って、ガックリと膝を着く飯田のディスクレコーダーは、録画ボタンが一時停止になったままだ。
「……大丈夫だよ。私の左目が記録してたから」
「………ほんとう?」
「ああ」
「ありがとう…」
ポツリと言った飯田はペコリと頭を下げた…
---------------------------------------
車内の時計を見ると、深夜の二時を回っている。
石を積み重ねただけの墓を作り、集落を出たのが二時間前だった。
石段を下りるとき心配した山蛭は、忌み子達が造った結界が消えると共に姿を消していた。
藤本は溜息をつきつつ、後部座席に乗る高橋と飯田をバックミラー越しに見る。
今となっては、何しに来たのかさえ分からない飯田…
そして、初めて人を殺した高橋は、二人して鬱状態になり、メソメソと泣いて落ち込むばかりだ。
ランドクルーザーのハンドルを握る藤本は、最初は励ましていたが、
優しい言葉を掛ければ掛ける程、二人は落ち込むので、諦めて泣き声を聞きながら運転をする事にした。
飯田は花毛が、高橋は紺野が、それぞれ慰めるだろう…
それよりも…
ギリリと歯が鳴った。
忘れようにも忘れられない。
「あのヤロウ…」
藤本に妖刀を打ち込む、悪鬼のような後藤の形相が目に焼き付いて離れなかった…
今日はここまでっすう。
>>574>>575登場人物は全然増えてないけど、どんどん増えますよ。いや、分かんないけど。
ちゅう事で、でわでわでわ。
おつ
すごいな
蛭怖い
キテタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━!!!!
役立たずのいいらさんワロタ
保全。
保全。
保全。
---第九話--- 一階と地下
原宿にある『フラワーショップHANAGE』を一人で切り盛りするのは
たった一人のアルバイト、新垣里沙という少女だ。
名前も知らないオーナーから、秘密絶対厳守の条件で
月100万円のアルバイト料を貰う。
その法外なバイト料が意味する物を彼女は分かっているつもりだ。
花屋の地下に所在する伝説の花曲署が、そこに有るからだが、
エレベーターを降りた事の無い新垣には、
そこに、本当に、『花曲署』なる物が有るのか知る由もなかった。
「全てに置いて他言無用、漏れれば命の保証は無い」
オーナーから、そう言われて少しビビッた。
ただ、少し舐めていた。
毎日、花屋に出入りする、藤本 紺野 高橋の3人組(飯田は花曲署に寝泊まりしている)の、
とても刑事とは思えぬ華奢(きゃしゃ)な容姿に、
別名『猛夢警察』という恐ろしい殺人集団のイメージが結び付かないからだ。
新垣は藤本達と言葉を交わした事はない。
軽い挨拶と会釈程度だ。
「彼女達と親しくなるな」これも高額なバイト料の条件に入っていた為だが、
別に親しくしようとは思っていないので、苦にもならない。
毎日、花の手入れをして売り子として働く。
新垣は何の不満も無かった。
ただ、孤独だった。
相談できる人間が一人も居ない。
施設で育ち、中学を卒業すると同時に働き始めた。
死んでも、誰一人として心配する人間が居ない。
それも、新垣を花屋のバイトに選んだ理由なのだろう。
その孤独が仇となって、ちょっとしたトラブルに巻き込まれている。
一週間前に現われた、ヤクザの脅しだ。
この近辺に事務所をかまえた『原宿組』という新興ヤクザが、
原宿を仕切る事になったからショバ代を寄こせと、因縁を付けてきたのだ。
一介の花屋に、ヤクザが間に入って解決して貰うようなトラブルなど有る筈も無く、新垣は『みかじめ料』を払うよう要求してきたチンピラに、
自分はバイトなので、そんな権限もないし、オーナーだって何処に居るのか分からない、と言って丁重にお断りをしたつもりだ。
それで解決したと思っていた。
だが、不動産屋から聞いてきたと、書類を持ってきた幹部らしいヤクザが来て、事態は一変した。
「ここのオーナーは新垣里沙って娘になっているが、オマエの事じゃないのか?」
ピラピラと一枚のコピーを見せながら凄む40歳位のヤクザは、
「この前は舐めた事をしてくれたな、どう落とし前をつけるんだ!」と、ドスの効いた声を張り上げた。
「月、30万で許してやる」
「…え?」
「オマエは、自分の事をバイトだと嘘を言って俺等を騙していたんだ。
だから、ショバ代を30万で許してやるって言ってるんだ」
5人の子分を従えたヤクザは、不適にニヤリと笑った。
-----------------------------------------------------
「わぁお!凄いやね。藤本さんとあさ美ちゃん、百発百中やよ!」
高橋が手を叩いて驚くのは、テレビでやっているクイズ番組を見ながらの事だ。
いつも通り、署内で暇を持て余しての、大型モニターでのテレビ観戦だが、
クイズ番組のチャンピオン大会を見ている高橋には超難関クイズを解答できる筈もなく、
そして、事も無げに答える藤本と紺野が不正を働いている事に気付いてはいない。
「バカじゃねえの?紺野はロボットだし、藤本は左目のコンピュータが答えてるに決まってんじゃん」
そう言ってドアを開けて入ってきたのは、紺野に事件解決資金を調達しに来た後藤真希だ。
「テメ!何しに来た!」
「オメーに用がある訳ないじゃん」
いきり立つ藤本に「ふん」と鼻で笑う後藤は、紺野に
「例の金、貰いに来た」とだけ伝え、分厚い封筒を受け取って、
部屋を出ようとする所に高橋が声を掛ける。
「後藤さんはクイズ得意なんですか?」
「…アイツよりはな」
そう言って振り向いた後藤は、藤本を冷たく見下す。
「なに?ちょっと聞き捨てならないね」
ガタリと立ち上がる藤本。
「じゃあ、勝負するか?」
「のぞむ所よ!」
「左目の不正は禁止な」
「するか!」
「負けたら、どうする?」
「なんでも言う事を聞いてやるよ」
「決まりだな」
ニヤリと不適に笑った後藤が、高橋を立たせて、その席にドカリと座る。
大型テレビモニターには、チャンピオン同士の決戦が迫っていた。
ジャジャン♪
『ここからは漫画ドラゴンボールからの出題です。
では第一問…神様が最初に地球で到着した場所はどこ?』
画面に向かって指を差す司会者は、テレビ前に陣取る藤本と後藤に向かって出題しているように見える。
「あぁ解った、あれだ。あそこだよ。ほら、あそこ、あそこ…」
後藤が司会者に向かって指を差し、答えようとするが、惜しくも時間が来たようだ。
『難しいのか誰も答えませんね!…時間です!…答えはユンザビット高地 』
「そう!そう!それそれ!」
パチンと指を鳴らし、得意そうな後藤。
「凄い!後藤さん分かってたんですか?」
高橋は目をキラキラさせて手を叩いて喜んだ。
「まぁな」
「くっそ!」
藤本が舌打ちをして悔しがる。
ジャジャン♪
『第二問…地球で最長老に次期最長老を任命されたのはだれ?』
「あぁ簡単だよ…あの人だよ、あの人…なんだっけ、ここまで出かかってるんだがな」
後藤は、またしても答えを知っているように身を乗り出した。
『時間です!…答えはムーリ長老 』
「そうそうそう!その人、その人!」
画面に向かって指を差して、小さなガッツポーズで解答できたと訴える後藤。
「凄い!さすが後藤さん!やっぱり知ってたんやね」
「チャンピオンも知らないのに流石です!」
高橋と紺野は、憧憬の目で後藤を褒め称える。
「ああ、まぁな」
「ちょwwwwwwwwwwwwwww」
藤本が、ある事に気付きだし、言動がおかしくなり始めた。
ジャジャン♪
『第三問…マイティマスクの1回戦対戦予定者は?』
「あぁ…あいつだよ、あいつ…ほら、なんてったっけ?…あいつだって、あいつ」
余裕なのか、後藤は椅子に ふんぞり返って腕を組む。
『誰も答えられませんか?…残念!時間です!…答えはキーラ 選手です』
「そうそう!そいつだよ、そいつ!」
「ちょっと待てや!ゴルァ!!」
たまらず席を立ち、声を荒げる藤本。
「なんだ?」
「おまwwwwwwwwwちょっwwwwwwwwwwwwさっきからwwwwwwwwwwwwwwww」
呆れるのと怒りが ない交ぜになり、藤本は自分でも何を言っているのか分からない。
「はぁ?なに言ってんだオマエ?言い掛かりか?」
タバコをふかす後藤は、呆れ顔で藤本を見る。
その態度が、更に憎々しく見え、藤本は怒りの余り机をバンバン叩いて変な言葉を叫んだ。
「おまえじゃはがわあqswでrftgyふじこlp;@!!!」
「な、なんだ ふじこって?狂ったか?…兎に角オマエの負けだ」
余裕の表情の後藤は鼻で嗤う。
「ざっけんな!こんな勝負あるか!」
ワナワナと震える藤本は、不審の目で自分を見る高橋と紺野に気付き
「な、なんだよ、オマエ等まで、その目は!」
と、キッと睨み付けるが、
「素直に負けを認めたらええやよ」
「まったく大人気ないですね」
と、呆れ声で返されて、次の言葉が出てこない。
「…うがぁあ!!わ、分かったよ!負けでいいよ!負けで!」
バンッと机を叩いて、藤本は嫌々ながら負けを認めた。
「じゃあ、罰ゲームな」
嫌らしい後藤の顔。
「な、なんだよ、罰ゲームって?」
「負けたら、なんでも言う事を聞くって約束だろ」
「…うぐぅぅうう!な、何すりゃいいんだ!?」
ちょっと考え込んだ後藤は、何かを閃いたように指を鳴らした。
「そうだな…じゃあ物真似しろ、物真似。それで許してやるよ」
「も、物真似ぇ!」
「あれだ、ほら、森進一でもやってみろ」
「できるか!そんな真似!」
「…オマエ、本当に最低な奴だな。約束だろ」
侮蔑の声を投げつける後藤と、期待でワクワクする高橋と紺野。
「私も、見てみたいやよ」
「ちょっと楽しみです」
「ほら、コイツ等も見たいって言ってるじゃねえか。やれよ!」
後藤が顎をしゃくって命令する。
「くっ…わ、わかったよ!やればいいんだろ!やれば!」
こんな屈辱は味わったことがない。
だが、物真似をしなければ収まりそうにない。
藤本は、一回咳払いをして、声を枯らして声色を使った。
「こ、こんばんわぁ、森進一です」
「似てねー!」
そう言いながら、いきなり爆笑する後藤と、腹を抱えて笑う高橋と紺野を見て、
顔を真っ赤にしながら腕を振り上げ、ブルブル震える拳を握りしめる藤本は、心底腹が立った。
「テメー等!頭にきた!」
キャーッと声を上げて逃げる高橋と紺野を見ながら、
「おっと、こんな下らねー事してる場合じゃなかったな」
と、後藤が席を立ち部屋を出ようとしたが、何かを思い付いたように振り返って、
「あっ…そう言えば、上の花屋、今日はどうした?」
と、藤本に追い掛けられて逃げ惑う高橋と紺野に聞いた。
「え?普通に営業してましたよ」
立ち止まった紺野が答える。
「そうか?私が来た時には、あの眉毛の娘は居なかったぞ」
「トイレにでも行ってたんじゃないですか?」
キョトンと答える紺野は、何故そんなどうでもいい事を聞くのか分からなかった。
「そうか、まぁ、それならそれでいいけどな…」
聞いてみたものの、後藤もちょっと気になっただけで、
紺野と同様、どうでもよい事だった。
「ギ、ギブギブギブ…」
高橋は藤本に捕まり、ヘッドロックを決められていた。
-----------------------------------------------------
新垣里沙はヤクザの事務所に拉致されて、顔面蒼白になっていた。
自分が花屋のオーナーだと、変な言い掛かりを付けられて
「じゃあ、警察に言います」と、答えたのが悪かった。
ドスンとボディブローを叩き込まれて失神し、
目が覚めた場所が、ここが何処なのかも分からないヤクザの事務所だったのだ。
「俺達の、有り難い申し出を断ったオマエが悪い」
ギラつく笑いを見せるパンチパーマの男は、新垣を革張りのソファに押しつけた。
「どどどど、どうするつもり?」
「そうだなぁ…まずは輪姦すか」
そう言いながら、男は新垣の服を力任せにビリビリと破り捨てる。
それをニヤニヤしながら見守る舎弟達。
「きゃぁぁあああ!!」
「やかましい!」
バシンと平手で新垣の頬を張り飛ばす。
「それから、シャブ漬けにして俺の店で働いて貰うか」
ギュッと胸を握られ絶叫をあげる新垣の悲鳴を聞いて男は興奮したようだ。
「ギャハハハ!泣き喚け!この事務所は防音になってるから、いくらでも泣いて構わないぞ!」
ヤニ臭い唇が近付いてくる。
ドドン!
事務所の奥から太鼓の音が聞こえた。
ドドン!ドンドン!ドドドンドン!
リズミカルに叩く和太鼓の音に合わせ、ガタンガタンと何かが壊れる音と絶叫が響き渡る。
その音は確実に此方に向かって近付いてくる。
ドドン!
太鼓の音に合わせ、新垣がいる部屋の頑丈なドアがバーンと吹き飛び、
コンクリートの壁に音を立ててめり込んだ。
「な!なんだテメーは!!」
そうは言ったものの、新垣を襲っていた幹部は腰を抜かして床に尻餅を付いた。
バチを両手に持った全身血まみれの少女は、愛らしい声で室内のヤクザ達を数えた。
「…4人か」
少女…高橋愛は一気に間合いを詰め、舎弟達に俊速のバチを叩き込む。
ドドドン!
途端に骨格だけを残し爆ぜる舎弟達。
高橋の血まみれの理由は、事務所内の暴力団員達の返り血だった。
「テ、テメー!何者だ!」
腰を抜かしたままの幹部の問いには答えず、
「全員殺した」
とだけ答えた高橋は、
「あっ、アンタが残ってたやよ」
そう言って、躊躇せずに幹部の脳天にバチを叩き込んだ。
-----------------------------------------------------
「大丈夫やった?」
事務所内のクローゼットを勝手に開けて、毛皮のコートを取った高橋は、
震えている裸の新垣の肩にコートを掛けてニカッと笑った。
「ど、どうして分かったの?」
「目撃者がいてね。真っ昼間の原宿で人をさらう方もどうかしてるんやけどね」
高橋は そう言いながら、床に転がる、骨だけになったヤクザの死骸を一瞥する。
「あっ、警察に事情聴取されても、私のことは知らない人だって言ってね」
「え?」
「この格好のままじゃ帰れないでしょ。警察呼んだから送ってもらおう」
サイレンの音が聞こえてくる。
「あの…」
「うん?」
「あ、ありがと…」
「えへへ、なんのなんの」
そう言って高橋は少し照れた。
「何かあったら相談してよ」
「い、いいの?」
「勿論やよ」
「……」
言葉もない新垣は、俯いて「ふえーん」と泣いた。
駆け付けた警察は、高橋に手錠を掛けて現行犯逮捕した。
刑事達は、本当の事を聞き出そうと必死に新垣を事情聴取したのだが、
新垣は高橋の言付け通り、自分は拉致された被害者で、助けに来た高橋とは面識も無いと言い張った。
その高橋は、夜までには、お咎め無しで釈放される。
翌日には、事件そのものが無かった事になったのだ…
今日はここまでですよん。
>>612-616ありがとん。
さて、このスレも473KBを超えたようだ。どうしよう。でわでわどぁ
更新キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━!!!!
更新乙
花屋のガキさんいいね
保全。
保全。
---第十話---愛ボット
政府が30年前から進めている一大プロジェクトがある。
未来の生活を先行して推し進めるため、シミュレーションを実施している特別区。
その、周りを全て壁で囲まれた巨大なシミュレーション都市の人口は20万人にも及び、
外界と隔離された生活を送る住民達は、自分の住んでいる世界が全てだと思っていた。
政府の管理下で実施されいる、家畜の生活を謳歌する市民達は気付く筈も無かった。
自分達の住む世界以外に、本当の世界が有る事を…
その特別指定都市の市民は働かなくても衣食住を保護され、身の回りの事は
政府が全ての面倒を見てくれる仕組みになっていた。
コロニーと呼ばれる巨大な集合住宅に一人一軒の住む場所を
提供され、毎日同じ時間に3食与えられ、一人一台のPCを与えられていた。
このPCはモニターが3D構成になっており、あらゆる娯楽番組を
参加型で視聴でき、その気にさえなれば、映画さえ自作できるスグレ物だ。
人の楽しみは、このPCに大半を委ねている状況なのだ。
人間同士がする楽しみと言えば性愛を中心とした恋愛だけで、
多くの人々は結婚をせず、結婚をしても、恋愛関係に飽きてしまい、
すぐ離婚するのが常で、離婚率は99%を超えている。
そして種を残す作業は、自分の精子と卵子を政府に提供するだけで良かった。
だから殆どの人間は自分の両親の顔を知らないし、
卵精子を提出した親も、子供がどこで生まれるのかも知らない。
そんな社会を管理するのは、一握りの人間で構成されている都市管理局の人間で、
その都市の人間は、誰一人行政を批判する事はない。
それほど、この都市の市民は保護され、与えられた自由を疑う事無く謳歌していた。
ただ、人間には他の人間より優れた生活をしたいという欲求が有る。
そうした人々は管理局が用意した仕事をして賃金を貰い、
その金を使って、より良い生活を楽しむのだ。
サイバーエレクトリック社製(この社会では機械製品の殆どが同社製品)の
『愛ボット』という擬似恋愛を楽しむ人型ロボットが今、人気を呼んでいる。
見た目が人間と変わず、肌の質感も人間そのもので、身の回りの世話もしてくれる
このロボットは、値段も3000万円からと高く、年収の数年分もするのだが、
人々が働く理由の一位が、このロボットを購入するためと言うのも頷ける。
人間同士の恋愛に付き物の、喧嘩や嫉妬、ひいては憎しみに発展する事もなく、
飽きたら、有償だが、パーツを交換して別のロボットに変えればいいだけ…
人間が人間との付き合いにストレスを感じるのを嫌い、
皆がこのロボットを欲しがる理由だ。
千数百種類も有る顔、体型、を選び、自分の好みの性格を細かく設定して
発注すると、約一ヵ月後には商品として手元に届く。
俺の名前は、R-564。
生まれた時に付けられた番号をそのまま名前にしていた。
他の人間が、物心ついた時に自分で名前を変えるのに
俺は変えることをしなかった。
理由は面倒だから。
まぁ、そんな人間も何人かいる。
25歳になった記念に『愛ボット』を購入する事にした。
18歳の時から働き出し、有る程度金も貯まり、しかし金の使い道も無く、
だったら今流行りのロボットを購入してみるかと、買うことにしたのだ。
PCのロボット設定画面から、まず顔を選ぶ。
俺は21世紀初頭の『アイドル』というヤツの顔をズラズラーッと眺めていた。
別に好みの顔がある訳ではないが、好き嫌いはある。
数人まで絞り込んで、後はランダムに選択した。
ルーレットのように顔写真が捲れてストップボタンを押して
選んだのは紺野あさ美という名のアイドルだった。
「まぁ、いいか」
選ぶのが面倒になっていた俺は、体型もそのまま紺野あさ美にした。
選択してボタンを押すと、購入した人間がいるかどうかが分かる。
この紺野の顔と体型を購入した人間はいないようだ。
「ふーん…」
ちょっと興味が沸いた俺は、彼女の性格等を検索してみる。
「なかなか清楚な感じのする女の子だな」
購入しても、まだ手元には金がだいぶ残る。
気に入らなかったら、パーツ等を交換できる余裕があるから、
性格も含めて、まよわず購入ボタンを押した。
後で、PCで他の購入者たちと話したら、
俺のような決め方をするのは珍しいとの事だった。
普通は、数週間から果ては数ヶ月、自分に合った愛ボットを
情報交換しながら探すらしいし、それが購入前の楽しみらしいのだ。
商品が到着するまでの一ヶ月、俺は少しドキドキしながら
その日が来るのを待っていた。
ロボットとはいえ女の子と一緒に生活するのが妙に嬉しく、楽しみで…
こんな気持ちになったのも初めてだった。
呼び鈴がなって、出ると、無機質な搬入ロボットが
「サインヲオ願イシマス」
と書類にサインを求めてきた。
俺は、なんだか気恥ずかしくなって、
感情も無い搬入ロボットの顔をまともに見られなかった。
小さな俺の部屋に大きな荷物。
有機体維持装置の箱は綺麗に梱包されていた。
ガラスケースの中に見える、空色のワンピースを着た紺野あさ美は
眠るように胸で手を組んで、起動スイッチを押される事を待っている。
ちょっとした興奮を感じながら箱の横にあるスイッチを押すと
プシューッと箱から空気が漏れ、表面のガラス窓が静かに開いた。
紺野あさ美は眠りから覚めるように静かに目を開け、
スウッと部屋の空気を吸い込んだ。
覗き込むように彼女の顔を見ている俺と目が合い、
ニコリと微笑む紺野は横になったまま
「おはようございます」と小さな声で囁いた。
「ハ、ハハハ…お、おはよ」
真っ赤になって答える俺は、心の中で、
ロボットに対して何赤くなってるんだ、と言い聞かせるが、
見た目には本当に人間そのものの彼女を見れば当たり前なのかもしれない。
俺はPCでの会話以外、人間の女性と親しく話した事さえ無かったのだから。
でも、フと幼い頃に育った施設での、女の子との会話や遊びを思い出した。
あの頃は本当に無邪気に人間と接し、遊び、喧嘩もしたなぁ、と懐かしい想いに咽る。
「どうしました?」
紺野が不思議そうに聞いてきた。
「うん?」
「泣いてますよ」
紺野は両の親指で、そっと俺の涙をすくった。
あどけなく俺を見る紺野の瞳に吸い込まれそうになった俺は、
唇を奪おうと顔を近づけると、ペチンと俺の顔を右手で覆い、
「まだ、挨拶も済んでませんよ」
と、逃げるように箱から出た。
「ご、ごめん…」
と言ってから
「うん?」
俺は少し疑問に思った。
俺に逆らうようにプログラムされてはいない筈。
ましてや拒否するなんて有り得るのか?
「改めて、初めまして、紺野あさ美と申します。どうぞ、よろしくおねがいします」
ペコリと頭を下げる紺野は、頷く俺に
「…え、え〜っと」
と、何か言いたそうだ。
「どうした?」
「えっと…名前…」
「うん?」
「貴方の名前…」
「ああ、俺の名前か」
注文する時に俺の名前は登録してあるし、ロボットにも組み込まれている筈だ。
「その…R-564さんって名前、やめません?」
「はぁ?」
「もっと呼びやすい、人間的なのにしませんか?私も一緒に考えますよ」
「…そ、そうか?」
「うん!」
俺の疑問は広がるが、彼女の笑顔にデレッとなってしまう。
紺野あさ美を待つ一ヶ月の間に、俺は彼女が好きになっていたらしい。
「じゃ、じゃあ、一緒に考えようか?」
「はい」
この歳になって初めて自分の名前をロボットと一緒に考える
不思議な感覚は楽しくもあり、夜遅くまで、ああでない、こうでもない
と、語り明かし、紺野との距離を縮める事になった。
結局決まったのは、姓は紺野、名はあさ美の『あさ』を取って朝太郎になった。
「さて、寝ようか?」
「はい…」
紺野は、また何か言いたそうにモジモジする。
「どうした?」
「…あのぉ」
紺野は一つしかないベッドを見ている。
「い、一緒に寝るのが嫌なのか?」
「い、いえ…」
シュンとなりながら先に布団にもぐり込んだ紺野の後を追って、
俺は喜び勇んで布団に入って、興奮する手で紺野の肩を掴んだ。
紺野はビクッとなり、震えている。
「あ、あのぅ…」
何故、俺が遠慮しながら聞かなくてはならないのか、疑問を感じながら
聞くが、俺の声は強張っていた。
「あ、あした…パジャマを買ってください…」
そう言う紺野の声も震えていた。
「ハ、ハハハ…明日買いに行こう。ついでにベッドも紺野用のを買うよ」
「う、うん」
背中を向けながら、怯えたような声の紺野に、俺は罪悪感を感じ、それ以上なにも出来なかった。
安心したのか、スヤスヤと寝息をたてた紺野の髪を撫でて、俺もいつしか眠りにつく…
その時は、擬似恋愛の為に、このようにプログラムされてるのかなぁ、
と何となく思って納得してしまった。
香ばしい匂いで目が覚めた。
簡易台所で紺野が何か作っているようだ。
朝昼晩と自動支給機から自室に届けられる、メニューが決まっている
食事を紺野が手を加え、調理しなおしている。
「おはよ…」
バリバリと頭を掻きながら起きた寝ぼけまなこの俺に、
「おはようございます朝太郎さん」と笑顔で挨拶を返す紺野。
なんか、いい感じだ。
「えへへ、失敗しちゃった」
そう言って出された朝食は、紺野の言葉通りの見栄えだが、
味の方は…見栄え通りだった…
「…ははは、でも食べられるよ」
「ごめんなさい。もっと練習するね」
練習…?
ハッと気付く。
完璧な筈のロボットが、昨日届いてから有り得ない事ばかりする…
俺の意に反する事をするロボット。
不良品なのか?
「紺野」
「…あさ美でいいですよ」
「じゃあ、あさ美。オマエ…」
ロボットだよな、とは何故か聞けなかった。
「ちょっと、人間っぽいよな」
こんな風に聞いてしまった。
「…そうですか?」
少し嬉しそうな紺野。
「うん。だって、料理を失敗するって…」
「ダメですか?」
「あ、いやダメとは言わないが…」
「…じゃあ、なんです?」
「す、すこし、変わってるよな」
「……」
紺野は返事の変わりに微笑んだだけだった。
俺の仕事は午前中だけだ。
この地区の役所に行って、住民から出される電子書類に目を通して、
上司に通す書類と、低レベルで止める書類を分ける作業だ。
人間がやらなくてもすむが、金が欲しい人間に上辺だけでも
仕事を与えるのも、この都市の管理局の仕事なのだ。
勿論、役所だから苦情も電話で受け付ける。
機会相手に苦情を言っても仕方が無い。
文句を言う相手は人間に限る。
そんな住民の相手をするのが、俺の本来の役目といっていい。
この都市は機械と それをコントロールする一握りの管理局の人間の意思で成り立っている。
それでも不満の声が上がらないのは、住民の不満を上手く取り上げて行政に反映しているからだ。
だから管理局の方針に誰も文句は言わないし、全てが上手く行っている。
そう思っていた。
午後から、紺野を連れてショッピングに行った。
普段は欲しい物が有ったら、自宅のPCショッピングで済ませるのだが、
デートというのも味わってみたかったし、紺野が嬉しそうに はしゃぐ姿を見るのも楽しかった。
あと、役所に行って俺の名前の変更を行った。
一ヶ月が過ぎた。
俺は未だに紺野にキスさえ出来ないでいる。
微妙な雰囲気になると、紺野は小鳥のように逃げる。
で、また小鳥のように帰ってきた。
また、些細な事で怒ると紺野はシュンとなり、小声で「ごめんなさい」と謝る。
俺は、それ以上怒れない。
逆に俺が「すまなかった」と謝る始末だ。
何故か、そんな紺野といると安らぎ、時には切なくなる…
俺は彼女が人間じゃないか?と思うようになっていた。
「それは完全な不良品だよ」
「感情回路が壊れてるよ」
「返品したらいいんじゃない?」
『愛ボット』を購入した人達と情報交換すると必ずこう言われる。
それでも俺は優越感に浸れる。
どんな故障かは分からないが、人間らしい感情を持ったロボットなんて聞いた事が無い。
彼女は俺の一喜一憂に喜び、悲しみ、自分の意見さえ言うのだ。
紺野が海を見たいと言った。
俺は気軽な気持ちで海にデートに行った。
コロニーの外れまで乗り合いバスに揺られ、そこから徒歩で30分…
十数メートルもある壁に囲まれた都市とは距離を置いた、自然が残る砂浜。
と言っても、この砂浜も壁に囲まれた都市の一部なのだが…
極端に機械文明に慣れてしまった人間には、
潮の匂いも、べとつく海風も、不潔に思えてしまい、
ましてや、飛び交う羽虫など以ての外だった。
そして、この辺に住む人間は、その文明社会とは縁を切った極少数の人達ばかりだった。
海を見るのは何年ぶりだろう…
小学校以来かな…
俺には皆が嫌う潮の匂いが気持ちよかった…
砂浜から見る俺の住んでるコロニーはネオン煌く巨大な機械の塊に見える。
そう言えば、この壁の向こうは、どうなっているんだろう…?
そんな事をぼんやりと考えていると、紺野の声が飛び込んできた。
「うわぁ!すご〜い!」
キャッキャとはしゃぎながら、波打ち際で塩水を蹴る紺野。
「楽しいかい?」
「うん!ここに住みたい!」
住んでみたいか…
俺も住んでもいいかな…
紺野と2人なら…
「なぁ、本当に住んでみるか?」
何気なく言った俺の一言は、紺野の動きを止めた。
「どうした?」
少し不安になった。
「…本当に?」
紺野は探るような目で俺を見る。
「ああ、紺野が本当に住みたいのな…」
言い終わらないうちに俺に向かって駆け出した紺野は、
ウサギが跳ねるように俺に抱きつき
「嬉しい!」と言って唇を重ねてきた。
俺と紺野の初めての口付けだった…
夕日の赤が俺と紺野を包み込む。
こんな自然に囲まれて暮らすのも悪くはない。
砂浜に腰掛けながら、紺野の横顔を見ると切なくなってくる。
俺は本当に紺野を愛してしまった。
愛ボットは本当の愛を俺に与えてくれた…
「あ〜、いたいた。アレじゃない?」
「うわぁ…本当に私ですよ」
後ろの方から声がして、振り向いて、俺は驚いた。
二人の少女が、俺と紺野を指差しながら近付いてくる。
そのうちの一人が紺野とソックリだった。
と言うより、紺野あさ美そのものだった。
「ちょっと気が引けるが、仕方ないか…」
溜息混じりのポニーテールが、腰に下げた太鼓のバチを手に持った。
「な、なんですか?貴女達は…」
俺の知っている紺野あさ美の最後の言葉はソレだった。
ポニーテールが太鼓のバチを紺野に叩き込んで、終わった。
ドドン!!
俺の愛ボットは粉々になって波にさらわれてしまった。
「サイバーエレクトリック社の手違いで、私のデータが販売ルートに乗ってしまったらしいです」
もう一人の紺野あさ美が、俺の知ってる紺野あさ美と同じ声で言う。
「ここの管理局が、新しいロボットを用意してくれるってさ」
バチを腰に戻したポニーテールが、悪びれずに言う。
「うわぁぁあああああああ!!」
俺はポニーテールに掴みかかった。
ドン!
ポニーテールは片手で俺を突き飛ばした。
俺は意識が遠くなっていくのを感じた。
触られただけなのに、波紋のように広がる消失感は、俺の紺野を破壊した技と同じなのだろうか…
それなら、それでもいい。
紺野のいない世界なら、俺もいなくてもいい。
「オマエ達は、なんなんだ?」
薄れる意識の中で聞いた。
「アンタの知らない世界から来たんよ」
ポニーテールは、壁の向こうを見ているようだった。
「それは…?」
「籠の中のウサギは知らなくていいんよ」
ポニーテールは背中を向ける。
「さようなら」
ペコリと頭を下げて、ポニーテールに走り寄る、もう一人の紺野。
「でも、あさ美ちゃんのモデルって実在した人なんやねぇ。しかもアイドルって」
「私も知りませんでした」
「花毛長官様も、なんで私達に指示したんだろうね?こっちの行政区でやれば済むじゃん」
「あっ、それは私が頼んだんです」
「なんで?」
「気持ち悪いじゃないですか、私がもう一人いるなんて。
ちゃんと処分したところをこの目で見ないと、信用できませんからね、サイバーエレクトリック社は。
それに、ちょっと興味あるじゃないですか、この特別都市は」
「あぁ、それは私も観てみたかったんよ」
「じゃあ、ちょっと観光して帰りますか?」
「うん、ええよ」
「檻の中のウサギさん達は、どんな生活をしてるのか調べましょう」
「アハハ、趣味悪いやよ。あさ美ちゃん」
「うふふ……」
「……」
「…」
キャッキャッと、はしゃぎ合う二人の少女の声だけが、意識を失った俺の耳に木霊し続けた…
こういう脇のエピソード好きだわ てか愛ボットこんこん・゜・(ノД`)・゜・
者: abcdefg301900
□!!!これを見た貴方は3日以内に死にます!!!■
■死にたくなければ、このレスをコピーして他のスレに □
□10回貼り付けて下さい。1時間以内にです!もし無 ■
■した場合は、今日寝ている間に富子さんがやってきて□
□貴方の首を絞めに来ます。富子さんは太平洋戦争の■
■時に16歳という若さで亡くなった女の子で、未だに成 □
□仏していないそうです。信じる信じないは貴方次第。 ■
■今年になってからこのレスを無視した人で、“呪われ □
□て死亡した人”が続出しています。これは富子さんの ■
■呪い。呪われて死んでもいいのならこれを無視するこ□
□とでしょうね。 ■
■――貴方がこうしているうちに富子さんが後ろから見□
□ていますよ…。 ■