地下のリネン専用搬入口。
チーンという音と共に扉が開いた。警備員が怪訝そうに振り向く。
「あ、ダメだよこんなところ来ちゃ」
得意の「ごめんなさい」の顔をして頭を掻く希美。
「へへ、すみませーん」
あさ美もフォローする。
「じゃあ表の正面玄関から戻りますーすみません」
しかたないという顔をする警備員の脇をすり抜けようとした瞬間、無線が叫んだ。
『緊急…ポッキーガールズのメンバー二名が失踪…』
はっとした表情をして駆け出す二人。
「おいちょっと待て!」
広くて薄暗い地下駐車場の網目を、三つの足音が駆け回る。
ドアミラーにぶつかって咳き込む希美。
車止めにつまずいてたたらを踏むあさ美。
迫り来る警備員。
大きな通路に出ると、前方に明るい光が差し込むスロープがあった。
地上出口のゲート脇にいた警備員が一人、両手を広げて道を塞ぐ。後ろの足音もすぐ近くだ。
スロープを全力で駆け上がりながら、一瞬顔を見合わせて、軽くうなずく二人。
あさ美の左手が、希美の右手が堅く拳となる。
そして二つの拳は、音を立てて、仲良く並んで、初老の警備員の腹部に打ち込まれた。
警備員がしりもちをつき、激しく咳き込む。
二人は立ち止まって、警備員の背中を二、三回さすってからまた逃げ出した。
「「ごめんなさぁぁぁぁい!!!」」
横道から正面の道路に出る。タクシーが流れてくる。
玄関の警備員が二人に気づき、大声を出した。
慌ててタクシーを呼びとめ、飛び込む。
「と、とりあえず逃げてください!」
玄関から刑事が飛び出てくる。急発進するタクシー。
追いつけなかった刑事が、後ろの警備員に叫ぶ。
「誘拐じゃない!脱走だ!」
タクシーが大通りに入ると、二人はほっとため息をついた。
あさ美は地図とにらめっこをし出した。やがて運転手に言った。
「表参道駅までお願いします」
タクシーは八幡通りを進み、山手線を越え、東横線をくぐり、首都高速をまたいで、
突き当たりに青山劇場が見え始めた。
あさ美は地図を閉じ、「よし」とつぶやいて車が右折するのを待った。
「お客さん、もうすぐですからねー」
すると突然、あさ美が後ろを振り返って叫んだ。
「わああ!追ってきてる!ここで降ろしてください!あとは表参道駅まで歩いていきます!」
希美も慌てて後ろを見るが、特に追っ手は見当たらない。不思議そうな顔をしてあさ美を見ると、
人差し指を口に当てて「静かに」のポーズをしていた。そしてまたあさ美が口を開く。
「あ…追われてきたからお財布、取られたままだ…」
運転手は少し困った顔をする。
「うーん、緊急の用みたいだったから、助けられて良かったとは思うけど、やっぱり運賃は払ってもらえたら…」
あさ美が今思いついたように答える。
「そうだ、申し訳ありませんけど、お金は私たちが乗ったホテルの中にいる警備員さんに払って
もらってください!話はすぐに通じますから」
「そうか、わかった。女の子が危ない目に遭ってるのは本当に残念だな…頑張ってな」
「「ありがとうございました!」」
Uターンして去ってゆくタクシーを見送りながら、希美は尋ねた。
「今度は何を?」
「隙だらけの行動をしている、と思わせるかく乱だよ、さぁ行こう!」
「ほんっと意味わかんないんだけど。説明してよ!」
「ごめんごめん、あのね、さっき運転手さんに『表参道に行く』って言ったでしょ?…」
二人を降ろしたタクシーが、ホテルに戻ってきた。
運転手が入り口の警備員に話し掛ける。
「あの、中学生くらいの女の子二人を乗せたのですが、運賃を…」
「なに!?あのタクシーか?」
慌てて無線連絡をする警備員。しばらくすると、刑事が数人出てきた。
「運賃?運賃なら、分かった。払おう。…で、二人は何処で降りた?」
「えっと…表参道駅の手前ですけ…」
刑事が振り向いて叫ぶ。
「表参道駅に行った!沿線の所轄は緊急配備!」
「…だから、そうすると、刑事さんたちは表参道駅に慌てて行くわけ」
「んー、すごいね、すごいけど、…じゃぁ表参道駅に行けなくなっちゃうじゃん!」
「うん、だから行かない。反対側に行く」
反対側を向いてあさ美が歩き出す。慌ててついて行く希美。道路標識が目に入った。
『JR渋谷駅』