ポッキーアイランドの島民の生活が元に戻り、それから二週間ほど経った土曜日…
隣のプリッツアイランドにある空港に空軍の練習機であるF22が轟音とともに着陸した。
コクピットから梯子を滑り降り、ヘルメットを取って髪を風になびかせる。
その場でフライトスーツを脱ぎ捨て、Tシャツとホットパンツにスニーカーという軽装になった亜弥は、
駆け寄ってきた隊員に叫んだ。
「メットと服と飛行機の片付け、お願いできますかあ?」
隊員が敬礼をするのを見て、手を振りながら空港を駆け足で後にする。
プレッツェル諸島の中で最も赤道に近いせいか、十月だというのに太陽の照り付けが激しい。
次第に汗で髪が顔や額、首筋にまとわりついてくるが、懐かしい、弱い海風が亜弥の心を高ぶらせる。
「やっぱホームが一番だね!」
模型飛行機で遊んでいる子供たちに手を振る。通りすがりのおばさんに頭を下げる。
島の身近なアイドルに戻って、亜弥の心は見渡す限りの草原と同じくらい広く澄み渡っていた。
はるかな一本道をただひたすら駆けて行くと、遠くから聞き覚えのある1600ccのエンジン音が
向かって来るのに気付いた。その場で立ち止まり、ヒッチハイクをするように片腕を横に伸ばす。
そして目の前で止まったバイクに歩み寄る。すると黒いヘルメットが放物線を描いて飛んできた。
「…メット持ってたんだ」
「バイクに付いてきた。ブカブカで意味ないから亜弥ちゃん使って」
手元から視線を上げると、いつもの馬鹿にしたようなにやけ顔があった。ムッとした顔でヘルメットを被る。
「ぴったりじゃん!あげるよそれ!」
「どおゆう意味だぁー!!」
叫びながら後ろに飛び乗り、前によりかかって細い体をきつく抱き締めた。
「ちょ、ちょっと、きついって!胸絞めないで!」
「え?胸?あ、ごめーん全然分かんなかったぁ!へーここが胸なのかぁ分かりにくいなぁ」
バイクが急発進して、亜弥が背もたれに押しつけられる。
「…ったく、せっかく迎えに来てやったのに」
後ろからまた亜弥が抱き付く。
「分かってるって、寝起きスッピンで飛んできてくれてありがと!みきたん♪」
Mikiteaは黙ったままハネた髪を押さえ付けた。
水道の水をコップに注いで手渡す。「特製プリッツ」のあまりの辛さに亜弥は声も出せずに突っ伏している。
亜弥が水を一息に飲み干すのを見届けてから、Mikiteaが口を開いた。
「ハバネロっていうトウガラシでね、世界一辛いんだって。
ちなみに水を飲むと辛味成分はもっと舌の神経の奥に入って逆効果らしいよ」
「ハ〜ァ、は、はかっあな」
「謀ってないよ、亜弥ちゃんのリクに答えただけで♪」
亜弥はゆっくりと椅子から転げ落ち、丸まったまま動かなくなった。
突然電話のベルがけたたましく鳴り、亜弥は飛び起きて受話器に手を伸ばした。
『亜弥?お帰りなさい』
「ママ!」
途端に表情が明るくなる。
『パパがねぇ、もう喜んじゃって!今日は盛大に晩餐会するって騒いでてねぇ、
だからMikiteaちゃんと一緒にいらっしゃいよ』
「行く行く!…ねーみきたん行くよねー?晩餐会!…あママ?二人で行きます!」
『よかった、じゃヘリ回しておくわね』
それなりに盛装した二人は、同じく母親からの誘いを受けた祖父母とともにヘリに乗って、
城のあるフランアイランドへと向かった。
四人を待っていたのは、美しい花で特別に飾られた豪華な部屋と、最高級で新鮮な食材のみを
用いて創られた芸術的なフランス料理。
祖父母はその懐かしさに目を細め、普段はにやけているか無表情かのMikiteaも心なしか頬を緩めている。
家族で談笑しながら、亜弥は日本での土産話を、Mikiteaは特製プリッツの開発ストーリーを話し、
母親は父親の心配振りをからかった。
Mikiteaは豪華な宮廷料理を褒めちぎり、亜弥も笑顔で頷く。全員が満腹になって、話題が
底をついたところで晩餐会はお開きとなった。
プリッツアイランドに戻って、Mikiteaの家で二人は引き続き再会の喜びを分かっていた。
ビール、チューハイ、ワイン、そして島の地酒。
おつまみには亜弥の強い希望により「製品化されている」プリッツシリーズと、日本土産の鮭とば。
ポッキーアイランド時代から飲み続けているMikiteaの影響で、亜弥もすっかりアルコールに
耐性がついてしまっていた。
酒宴は午前二時まで続き、亜弥はMikiteaの家に泊まった。
朝になり、割れそうな頭を抱えたまま、持ち帰ってきた宮廷料理のデザートをほおばる亜弥。
二、三口で顔をしかめて、Mikiteaに残りを押しやった。
「どしたの?」
「………やっぱダメだわ、あそこの料理は」
亜弥の言葉にMikiteaはデザートの残りを口に運ぶ。
「いや、充分おいしいと思うけど。昨日亜弥ちゃんも褒めてたでしょ」
わかってない、という風に首を振る亜弥。頭痛が酷くなった。
「あんなん建前だって。デザートってもんは素材を活かしてさっぱりとしてなきゃいけないの。
上に塗装ばかりするとデザートじゃなくてスイーツになっちゃう。
昨日の魚?ムニエル?バター煮かと思ったし」
「確かに濃かったし私はああいう風には作らないけど、あれもアリかなぁって思ったけどな」
「んあ〜…誰かあの人たちに料理教えられないかなぁ、おじいちゃんたちじゃ相手がビビッちゃうし、
みきたんは私が離さないからなぁ…」
Mikiteaのにやけ顔がおさまった頃に、亜弥が突然顔を上げ、また激しい頭痛に襲われて
頭を抱えながら言った。
「…ポッキーアイランドの圭さんがいた…」
「圭さん?」
「そう、みきたんが前に働いてたとかいう店の今のバイトさんでね、すんげぇ料理上手なの!」
「え、『acp』?圭さん、私が働いてた頃は常連さんだったんだけど、今はそうなんだ!」
「よし、ヘッドハンティングだッ!!」
「ヘッドハンティング?」
あさ美、希美、麻琴、亜依と里沙はカフェ「acp」でいつものように騒いでいた。
隣りにある公園の鮮やかな紅葉が、大きな窓からの景色を秋色に染めている。
遠くから空気を切り裂くローター音が近付いてきて、その異常なまでの接近ぶりに五人は会話を止めた。
積もった落ち葉が窓に一斉に吹き付けられる。爆音は隣りの公園に着陸した。
店内がざわめく中、しばらくして窓の外を見ていた麻琴が大きな声を上げて店を飛び出した。
「亜弥さんとMikiteaさんだ!!」
二人はまっすぐに「acp」に歩いていく。
どこからともなく「トゥインクル号」に乗って現れた梨華が亜弥のそばに飛んでくる。
「あれ、ヘリコプター、普段はS-92に乗ってますよね、なんで今日はコマンチなんですか?」
「あ〜、ちょっと急いでたんでプリッツ基地からスグに飛べるのがこれだけだったんですよ〜、
あっちはフラン基地の所属なんで」
まだ話しかけようとする梨華を遮って、麻琴が駆け寄ってきた。
「どうしたんですかぁ?突然」
「あ麻琴ちゃ〜ん!あのね、圭さんいる?」
「圭さんなら店にいますよ、ぜひ中にどうぞ!」
「ありがと、そうしよう!」
「わぁMikiteaさん久しぶりー逢いたかったですぅ!」
「うん、いや、重い、重い、歩けないって」
麻琴が呼ぶと、圭が調理場から出てきた。
「私に用が…?」
「そうなんです」
亜弥は店じゅうに聞こえるように声を張り上げた。
「フランアイランドで、宮廷料理人たちに料理を教えてやってくださいませんか?」
「エーッ!?」「おぉっ」
圭の驚きの声と店内の歓声が重なる。
「圭さん!!そういえばイベントのときにも誘われてたじゃん!行ってみなよ」
「あれは単なる社交辞令だと…」
Mikiteaが口をはさむ。
「圭さん、亜弥ちゃんは無意味なことを言うようには教育されてないですよ」
周りの人間が次々に圭に話しかけ、励まし、畳み掛けていく。
「亜弥さんの目に間違いはないよ、きっとうまくやって行けるって」
「普通の人にはできない体験をして、またここに戻ってきて欲しいな」
「圭さんがいない間は、残ったみんなで力を合わせるからさ」
「そうだ、新人を雇って教育すればいいんだよ!だから安心して!」
…
「わ、わかった、ちょっと待っててよ」
そう言って圭は麻琴の両親がいる店奥に引っ込んでしまった。
麻琴が二人に秋の新作「キャラメルマキアート」を持ってきて、Mikiteaについての思い出話に花が咲いた。
しばらくして圭がカウンターの前に出てきた。
「…どう?圭さん」
圭は亜弥に向かって頭を下げる。
「よろしくお願いします」
皆が歓喜の声を上げた。
数日後、荷物を手に圭は麻琴と別れを惜しんでいた。
「フランアイランドではどこに住むんですか?」
「お城に部屋を用意してくださるみたいだから、多分他のコックさんたちと同じような所だと思う」
「そうなんだ…」
「…」
「…店の事なら心配しないで、圭さんみたいなスゴイ人はいないけど、誰か採用するからさ」
「…うん」
「また、いつか戻ってきてよ!」
「うん」
「圭さんなら、うまくやれるから!自信を持って。車の運転はアレだけど、料理なら誰にも負けてないから!」
「うん…頑張る。…え今何て言った?車が何だって?」
「い、いや何も!圭さんは大事な人だからこれからは車の運転しないほうがいいねってコト!」
「嘘だッ!もーっ!せっかくセンチメンタルだったのに!」
「あ、ほら、ヘリ来たよ」
二人の待つ公園に、前と同じようにヘリが降下してきた。
「あーやっぱお客人を迎えるだけあってS-92だねぇ」
「梨華さん!いつの間に」
「今。圭さん、フランアイランドに行っても、ハッピーにね!ポッキーのコト忘れちゃダメですよ!」
「おぅ、分かったよ!元気でハッピーに頑張ってくる!」
「じゃあね!圭さん」
「またね麻琴ちゃん!お店を頼んだよ!」
圭の乗り込んだヘリは秋空に高く昇っていった。
「行っちゃったね…」
「うん、行っちゃったね」
「ちょっと寂しいかも」
「寂しいのはきっと圭さんも一緒だよ。ほら、しっかりカフェを支えて行くんだぞ!」
「そっか、こっちも頑張らないとね!」
「その意気だッ!」
2003年3月…
あさ美、希美、麻琴、亜依は無事に中学校を卒業し、島から船で三十分のトッポアイランドにある
国立トッポ高校普通科に入学が決定した。
通う場所が変わっても四人の仲は変わらない。変わったことといえば、皆で「acp」に集まったときに
麻琴が同席しなくなった事くらいだ。
約束どおり、中学を卒業したので麻琴は店に従業員として雇われる契約になった。
時給は850円できちんと一時間働いていないと貰えないため、麻琴は暇さえあれば家に帰って
店に出るという毎日になった。
「麻琴忙しそうだね」
「圭さんいなくなってからずっとあんな調子だよね」
「誰か雇わないのかな…」
「お待たせしました、キャラメルカプチーノと愛ちゃん印の大盛りアーモンドクッキーでございます」
麻琴がやってきて、素早く配り分ける。
「どうなのよ麻琴、すごいやる気じゃない」
希美の言葉にガッツポーズをキメて、希美の分のクッキーを一枚くすねる。
「今のやる気と運動量なら絶対やせられるね」
「いや食べんなよ。道理でやせられない訳だよ」
「言うな」
「…んで誰か雇わないの?」
「なんかいい人見つかんなくってさ」
「麻琴時給いらないの〜?」
奥から声が聞こえ、「じゃね」と言い残して麻琴は去っていった。
「忙しそうだけど、でも生き生きとしてるよね」
「なんか稼いだお金でお母さんに食器洗い乾燥機買ってあげるんだって」
「…それって給料の意味あんの?」
「まあいいんじゃない?…うちらも何か麻琴に負けないように、夢に向かって頑張らなきゃ」
「じゃあ私は大学行ってイチゴから逃げられるようにしっかり勉強しよっかな」
「ならお姉ちゃんの代わりに家継ぐもん。第一志望は農業高校だッ!」
「私は…夜も牛の世話でもしてあげよっかな。あいぼんは?」
「うーん…」
「まあ急いで決める事じゃないし、いいんじゃない?」
「そうだよ!でもみんなあんまり遊べなくなりそうだね…」
「たまにここに集まって話したりしようよ、息抜きにさ」
「そうしよっか、じゃあみなさん、四月からそれぞれ頑張りましょう!」
「オー!」
そうして皆は四月から夢に向かってのんびりと、しかし確実に進み始めた。
あさ美は放課後遅くまで学校の図書館にこもって勉強を始め、一学期の中間考査では学年でも
トップクラスの成績を残した。
妹の里沙は年明けに迫る高校入試に向けて勉強を始めた。志望校は宣言どおり農業高校の園芸科。
少々難関だが、「高校受験は半年で何とかなる」というあさ美の言葉に励まされて、毎日机に向かっている。
麻琴は相変わらず学校が終わるとすぐに家に戻って、仕事に取り掛かる。
だいぶ忙しさにも慣れ、余裕が出てきて、常連客に「お母ちゃん」などと呼ばれては愛想良く悪態をつく日々だ。
希美は日々牛の世話をしながら、母親の家事の手伝いを始めた。
掃除、洗濯…料理はハンバーグ、肉じゃが、ビーフシチュー。中でも一番の得意料理は卵焼きだ。
だいぶ酪農家らしくなってきても家業を継ぐなどという事はあまり考えていないが、もし頼まれたら
考えてもいいかなとは感じ始めている。
高校の誰もいない教室から、トッポアイランドの夕暮れを見つめる亜依。
次の船まであと一時間半もあって、麻琴も希美も新しい友達も皆帰ってしまった。
ため息をつく。
ワタシのやりたいコト…夢…
床板を目でなぞる亜依。音楽室からは合唱部の「翼をください」が聞こえてくる。
ポケットのケータイが震えた。
「…現実味のある夢なんて、焦って決めるもんじゃないと思うけどな。
俺はまだ、自分が何をしたいのか分かんないし。もう高2だからそろそろ決めろってまわりがうっさいけどね(笑)」
微笑みながら返信して、ケータイをポケットにしまってから窓の外に目をやると、
大きな鳥が海に向かって一直線に飛んでいくのが見えた。
亜依の細まっていた目が次第に大きく見開かれていく。
「…現実味のない夢なら…思いついた」
「従業員募集」
「調理・接客、10時〜17時ごろマデ、明るく元気で優しい方。運転免許所持者は優遇」
「1名を予定しています。時給応相談。履歴書持参のこと」
「カフェ『acp』」
麻琴がポスターを完成させ、内側から入り口のガラスドアに貼ろうとしたその時、外からそのドアを開ける客がいた。
「キャッ!」
「うわっ!すみませんお客様…ってあいぼん!」
「何?この紙」
「あ、従業員募集しようと思って」
麻琴の持っているポスターをしげしげと眺める。
「…あー間に合ってよかったわぁ、今この話しに来たの!」
「ゑぇ!?」
「面接しよ?」
たまたま「谷間の時間」で客が誰もいなかったので、二人はテーブルで向かい合った。
「ええと、志望動機は何でしょう?」
亜依は卓の上に手を組んで、目を輝かせて言った。
「お金が欲しいんです」
期待を裏切られて、麻琴は大げさにずっこける。
「それじゃもっと待遇のいいトコに行きゃいいじゃない」
首を振る。
「この動機はマコのところでしか分かってもらえないから」
「いや、でも友達って言っても、金のためだけに働かれてもなぁ…何に使うの?」
亜依は微笑をたたえながら答えた。
「お金貯めてぇ、…もいっかい日本に行く」
「最近みんな夢に向かって頑張ってるでしょ?何か、ないかなぁって考えてた時に、トシくんに励まされちゃってさ」
「…んでまた会いたくなったんだ」
「そう。なんか生きる目標!って感じがしたの。マコなら分かってくれると思って」
「う〜ん…ホントに頑張れる?すぐ冷めて辞めたりしない?」
「しない、絶対」
一分ほど考えた後に、麻琴が顔を上げた。
「ホントは私のいない、昼のバイトを探してたんだけど…今のあいぼんを止められる気がしないな」
「へ?それって?」
「…採用」
椅子から跳び上がる。
「ぃいやったーッ!!!」
「ま、ちょ、待て!待つのだ」
「え?」
「いい?圭さんの代わりに採用するんだからね?マジで頑張んなきゃダメだよ?
あと時給は、最初は見習い期間、720円だからな!」
「はいッ!よろしくお願いしますお母ちゃん!」
こうして、亜依も「現実味のない夢」を叶えるべく歩み始めた。
それからおよそ半年の「日常」が過ぎ、ポッキーアイランドにもクリスマスムードが漂い始めていた。
カフェ「acp」の定休日、短い冬休みに入ったばかりの麻琴は朝から店内の装飾に精を出していた。
色々な出来事、色々な感情を経験し、今ではすっかり思い出の一つとなった日本への旅。
今日はそんな思い出を共有しているメンバー達との同窓会が開かれる。
大きな窓ガラスにトナカイ、サンタなどの様々な形をしたマスキングをして、雪のスプレーで模様を浮かびあがらせる。
「これ、ポッキーには見えないよなぁ…」
首をかしげながらポッキーのようなもののマスキングテープを剥がす。
透明に残った隙間から、希美が歩いてくるのが見えた。
牧場仕事も完全に毎日の中に組み込まれ、それが当然のように働いている。
そのため授業中はうっかりの居眠りが多くてあまり成績も芳しくないが、人当たりの良い性格を
しているためか友人は多く、楽しい生活を送っている。
今日は朝早い仕事を終え、バッグに荷物を一杯に詰め込んで、喜び勇んで家を出た。
「料理は任せなッ!」
そう言ってバッグから料理本と計画表を引っ張り出した。数日前から麻琴と二人でメニューなどを
決めて材料も調達済みなので、エプロンを身につけた希美は早速取り掛かる。
「いつもお客さんに出す軽食作ってるから私にもやらせてよ」
「ダメッ!絶対ッ!」
「ちぇ〜」
五分後…
野菜を洗い終わった希美が、麻琴を呼びつける。
「あのさ、…このレシピなんでか野菜の切り方書いてないの」
「ハァア?野菜の切り方載ってないレシピとかあんの?」
「見りゃ分かるって感じなのかなぁ?」
手にしたプリントを覗き込む。コピー機の設定を濃くしすぎたのか、写真は殆ど黒くつぶれていた。
「元の本は?」
希美が首を振る。
「学校の図書館のヤツ。持ち出し禁止シール貼ってあったの」
「じゃあ…仕方ないよ、適当に切ったら?」
その時、背後から声がした。
「待ちな」
「圭さん!」
振り返るとそこには、圭の姿があった。
しきりに懐かしがる二人に頷きながら店を見回して、この島も変わらないねなどと嬉しそうに呟く。
「料理なら、手伝おうか?」
希美が胸を張って答える。
「じゃあ、『私を手伝って』ください!」
「はいはい、よろしくお願いしますよ希美シェフ」
麻琴は装飾に戻り、二人は調理を始めた。野菜の切り方は圭に教えてもらった。
まな板の作業も終わり、鍋が温まってきた頃、圭織となつみが揃って顔を出した。
「圭ちゃん!帰ってたの?」
「お、久しぶりー!さっき着いたんだ」
「今プリッツアイランドのお話してもらってたトコなんです」
興味津々で椅子に座る。
「へぇ、聞かせて聞かせて!」
「そう、あれは王室の外遊で船に乗ったときにね、ビスケー湾だったかなぁ、
ひどい嵐に遭ってねぇ、その時コックさんが…」
圭がそこまで話した時、ドアが再び開いた。
「コンニチワー!!」
「どうも」
梨華とひとみだった。
お互いに軽く挨拶して、梨華は圭の話を聞きに席に着き、ひとみは麻琴にねだられて装飾の手伝いを始めた。
「今年は誰が日本に行ったの?」
「それが連絡ないんですよぉ」
「あーやっぱ中止になったのかなぁ、素人にゃ無理だ、って」
「私が言うのもなんですけど、年齢制限があったほうがいいですよね、あ、そこ外れてきちゃった」
「押さえてくる。テープは?」
テープを受け取ったひとみは、椅子に乗って苦もなく装飾の修理をした。
「ありがとうございます。あーやっぱ背高いっていいですねぇ、あこがれちゃう」
「いつも梨華ちゃんにあれ取れこれ取れって言われてるから慣れちゃったしね」
装飾が完成し、料理の二人以外は手持ち無沙汰になってお互いに近況報告などをしていると、
あさ美と里沙が二人でやってきた。
「あれ、みなさんお早いんですね」
「私たち一番かと思ってましたよ」
入学してからずっと「いい大学に行ってイチゴから逃げる」を目標としてきたあさ美。
今や学年トップを争うまでになった。
目下最大の弱点は英語で、日本語と根本的に異なる構文に苦労している。
里沙にとってこの同窓会は、最後の追い込みにさしかかった受験生活の数少ない息抜きの一つだ。
習慣というものはとても大事で、里沙の場合は毎日机に向かうという習慣をつけたおかげで、
本当に半年で何とかなりそうな域まで達することができた。
残りの約二カ月も全力でやりきる気合を持っている。
「まだ一時間もあるじゃないですか、暇そうですし」
希美がのんきに返事をする。
「なーんかさ、ポッキーガールズの時に『早くしろ急げ』って言われすぎたからいけないのかもね、みんな」
「途中で逃げたヤツが何言ってるんだか」
ひとみが突っ込む。
「そうだ、その間みんなホテルで何してたの?」
「みんなそれぞれの反応だったかな」
梨華が口をはさむ。
「愛ちゃんとマコっちゃんと里沙ちゃんはなんか『私も探しに行くー!』ってずっとわめいてたよね」
「そう言う梨華ちゃんはね、ずっと部屋で泣いてたんだよ『心配だようえええええええん』って」
「そ、そんな事してないよ!」
慌てて否定する梨華に一同がどっと笑う。
「あとは、かおりんとかは普通に落ち着いてたよね、やぐっつぁんも
『日本の警察ならたぶん大丈夫』とか言って。たぶんじゃダメだろ、って」
「なんだー?おいらの噂か?」
音もなく入ってきた矢口、その後ろには見慣れない、目の大きい黒髪の少女が立っていた。
「えーと、後ろに隠れてるようで丸見えな彼女はどちらさん?」
なつみの言葉に、懸命に背伸びをしながら矢口が答える。
「あ、石原さとみちゃんです」
少女が矢口の横に出て、頭を下げる。
「はじめまして」
「日本の方?」
「そうです」
「日本でアイドルやってるんだよね。みなさん、何を隠そう、今年のポッキーの宣伝ガールは
この娘だったんですよ」
まるで自分の娘を紹介しているかのように、嬉しそうに説明する矢口。
興味深そうにさとみを眺める「元」宣伝ガールズ。
「で、何でやぐっつぁんと組んでるの?」
「いやーさ、もういいかげんネタ無くなってきたところに『今年は日本人を起用する』なんて話が
あったから、製品作ってるところも見せてあげたいと思って、日本から呼んできちゃったんだな。
いい記事になりそうでしょ?」
「確かにやぐっつぁんもう二年くらいいるよね?よくこんな何も無い島で記事書けるなぁって
感心しちゃうよ。さとみちゃんも、大丈夫?飽きてこない?」
圭織の問いかけにもさとみは笑顔で答える。
「いえ、とっても楽しいです!イブが十七才の誕生日なんで、すごいプレゼントだって思ってます」
店内にどよめきが広がる。麻琴は何を思ったのか両手を挙げて喜んだ。顔が少し前に出る。
「じゃあもうすぐハッピーバースデイじゃん!ちょっと早いけど、今日はゆっくり楽しんでいってくださいよ!」
「はい!ありがとうございます」
すっかりテンションの上がった一同は、麻琴の指示に従って準備を始めた。
「はい、コップと飲み物、あとお菓子たくさんあるから出してね」
愛が「acp」に母親の電動自転車を乗り付けたのは、『圭が手伝った希美の料理』が出来上がった頃だった。
「遅れてスミマセン…」
あさ美が笑いながら、否定するように手を振る。
「まだ十二分前だから」
ポッキーガールズで得た収入で、スタンドアローンながら安いパソコンを買った。
手書きだった様々な書類や帳簿などをまとめるのに役立つ。本気で家業を継ぐ決心がついた証拠だ。
最近はトラクターや軽トラックを運転できるように、暇さえあれば教習所に通っている。
奥にひっこんでいた麻琴が戻ってきた。
「愛ちゃん!いつもおいしいアーモンドありがとう!愛ちゃん印の大盛りアーモンドクッキー、
人気高いんだよねー」
「あらー、どうもありがと。前のシーズン採れすぎちゃったからねぇ、じゃんじゃん使ってよ」
「まかせといて。あ、なち姉もポッキーばかり齧ってないでアーモンドでも音楽作れるんじゃないですか?」
麻琴の言葉になつみの顔がぱっと明るくなる。
「そっか、それいいね!最近『ポッキーG』と『プリッツおつまみシリーズ』と『薄焼きプリッツ』の
新しい音にハマってて、制作意欲バリバリなんだよねー」
「よっしゃ商談成立!ささ、もうみんな揃ったし、始めましょうよ!」
みな一斉に立ち上がり、乾杯の準備をする。
突然、梨華が不安そうな声を上げた。
「ねぇ、あいぼんは?」
全員の動きが一瞬、止まる。
不思議そうに梨華を見つめていた希美が、数秒経って答えた。
「…梨華さん知らないの?」
成田国際空港。ゲートの向こうに、到着した乗客を待つ人々の姿。
―――どこにいるんだろう…
雑踏、ざわめきが耳を通過する。
―――近くしか見えないよ…コンタクトの度が弱すぎる…
肩から下げた、大きなプラダのバッグ。
―――…私に手を振っている男がいる…
ざわめきから一種類の声を聞き分ける。
―――…!!やっぱりそうだ!本物だ!
小走りで駆け寄ると、向こうも少し歩み出た。
「……久しぶりだね」
「…………来ちゃった」
梨華は大げさに驚いた。
「で、でもそんなお金、どうやって」
「ずっとバイトしてたんだよ、ここで」
「親御さんが許してくれたの?」
「そもそも両親が国際結婚じゃん、抵抗ないんでしょ」
「…なら、私に言ってくれればネットで色々調べてあげたのに…」
希美となつみが顔を見合わせてにやける。
「梨華さん、もしかしてなち姉もパソコン持ってるって、知らなかった?」
「はいはい、フリーズしてる人は放っておいて、乾杯しましょ乾杯」
「いいぞーリーダー」
なつみが大きなクラッカーを手にする。
「それではみなさん、ちょっと早いけど、メリークリスマス!」
パパパァン!!!
『メリークリスマス!』
「ずっと…会いたくって…この一年…」
「…分かってるって、俺も同じ気持ちだったもん…」
少し笑顔が戻った。
プラダが肩から落ちる。
優しく、しかししっかりと、二人は抱き合った。
「ちょっと早いけど…メリークリスマス」
Fin
.
川c・-・)<
>>177さん、
>>178さん、ありがとうございます。
保全してくださった皆さんもありがとうございました。
長々と書き続けた『ひと夏のポッキーガールズ』ですが、これにて連載終了となります。
結局500どころか250も行きませんでしたね。でも満足です。
諸事情により後半駆け足での連載でしたが、ここまで読んでくださった方には心から感謝
しています。ありがとうございました。御感想や御意見などがおありでしたらなんなりと仰ってください。
私にとって2004年は正直人生最悪の年でした。でもここまで過ごせたのも彼女達とモ板の存在が
あったおかげです。またどこかでお会いしましょう!
以上、作者でした。