夏休みが始まって一週間、四人は高校受験のための補習を終えて、急ぎ足でカフェへ向かっていた。
四時を回って、公園の道を歩いていくと、向かいから手を振ってくる女性が見えてきた。
四人にとってはカフェと同じくらい楽しい時間を提供してくれるお姉さん。すぐに駆け寄っていった。
なつみの日課は、犬のメロンを散歩させること。他には特にない。公園の丘のてっぺんで犬と寝そべって
太陽を感じて過ごしている。家に帰ればポッキーをかじってそれで音楽を作る作業に取り掛かる。今日は
いい暇つぶしに出会ったと思った。
歓声をあげながら犬にとびつく四人。すぐにあさ美が立ち上がって、自分のバッグから箱を取り出して
なつみに手渡した。
「日ごろの感謝です!」
胸に抱いてちょうどいい位の軽めの箱が、白い包装紙と赤いリボンで飾られている。開けてみるとかわいい
犬のイラストが顔をのぞかせた。
「ドッグフード!わぁありがとう!」
些細な親切でも大げさに喜んでくれるので、なつみの人の良さはこの辺りでは結構な評判になっている。
あさ美も笑顔になった。
しばらく箱を眺めていたなつみは、何かを思いついたような声をあげてどこかへ消えて行った。
四人はメロンに夢中でそれに気づかなかった。
なつみがいなくなったことに気づいた四人は慌てて公園中を捜し歩いた。しかしメロンは
公園では探偵犬としては役に立てなかった。どこに行ってもなつみの匂いがするからだ。
落ち込んだまま四人と一匹が道を歩いていると、後ろから特徴ある声が聞こえてきた。
「Hey!どうした中三ガールたち!相談だったら乗ったるぜぃ!」
ポッキー島のたった一人のセグウェイ乗り、梨華が颯爽と滑ってくる。
彼女の家は「ビターホワイト研究所」と言って、ポッキーの要となるチョコレート部分の味
の研究をしている。といっても住人は梨華と、仲良しのひとみだけだが。
梨華は味にうるさい。それに詳しい。匂いをかいだだけでどの種別のポッキーか当てるこ
とができる。それに日々新しいフレーバーの開発に試行錯誤している。それゆえ梨華の
研究所からは時折、または毎日、非常に特殊な匂いが漂ってくる。パソコンと通信環境を
持っている事が自慢で、今日のように暇なときはセグウェイに乗って島中を散歩する。
テンションも無駄に高いので、変人としか言いようがない。
「いや、いいです…」以外のリアクションをすることは非常に難しい。
「ノリが悪いな、どんな相談でもこのセクシーでビターなオンナにおまかせよ♪なんてっ
たってパソコン持ってるんだから。世界は広いよー」
ここまで言われると相談しないわけにもいかなくなる。
「なるほど。キミたちがあんまりメロンばかり可愛がるから、なっちゃんがふてくされてどっか
いっちゃったってわけか。よし、任せなさい!このトゥインクル号で島中を探して見せるわ!」
最高速で去っていく梨華の姿を眺めながら、四人は出会う前と全く変わらないため息をついた。
しばらくして、希美がつぶやいた。
「家…じゃないのかな、」
白くてこじんまりとした家の前に着いた四人は、中から騒々しい音が聞こえてくるのに怖気づいた。
そしてなつみの悲鳴と何かが崩落する音。
あさ美は思わず家に飛び込んだ。
部屋を見回すと、膨大な量のCDケースに埋まっているなつみが見えた。
みんなで引っ張り出す。
「ありがとう、なっちテンパッちゃってこけちゃったよー」
「あ、あの、ごめんなさい!」
なつみは乱れた髪のまま、ポカンとした表情をする。あさ美がつっかえながら謝りだすと、急に笑い出した。
「違うの。なっちあさ美ちゃんにプレゼントもらったからお返ししようと思って、急いで帰って
CD焼いてたの。ほら、これ!」
差し出すCDのレーベルには笑顔のなつみが印刷されている。
「これね、なっちのソロシングル。ポッキー演奏家だよ!自分で作ったの♪」
四人は興味津々で再生ボタンを押す。すると、とても食べ物が出す音とは思えない、素朴ながらも
美しいメロディとハーモニーが部屋中に響いた。
驚きと感動で言葉が出ない四人。こんなにすごい人が身近にいるのが信じられないくらいだ。
「どう?どうよどうよ?」
「すごすぎます!売ってください!」
「感動しました!」
「お店でかけさせてください!」
「芸術です!」
とてもうれしそうな顔をするなつみ。アーティスト冥利に尽きるという感じだ。
それぞれ一枚ずつCDを貰って家路に着く途中、あさ美がふと漏らした。
「なち姉もパソコン持ってたんだ…」
「あ…」
タイミングよく、前方に泣きながら掃除機のようなものを引きずっているピンク色の女が見えてきた。
四人の顔を見ると、泣き声は一段と大きくなった。
「あのね、なっちゃんを探してね、島をぐるぐる廻ったのね、それでも見つからなかったのね、
…たぶんもう、戻ってこないんじゃないかな、って思ったらね、…トゥインクル号のね、電池
がね、なくなっちゃっだの…ふえ〜ん…」
「梨華さん、なち姉なら家にいましたよ」
「え……よ、よがっだぁあぁ〜ひーん…」
四人は何事もなかったかのように梨華を通り過ぎた。