神社境内の中央、佇む影に紺野は声をつまらせる。
そしてそれはどうやら相手も同じ様だ。
「なんだ紺野かよ」
「それはこちらの台詞です。里田さん」
なんと紺野が感じた気配の相手は、同じ夏美会館の先輩・里田舞であったのだ。
わざわざ戦闘の覚悟を決めて踏み込んだというのに…。
「言っておくが私はわざわざここまで来てお前なんかと闘る気はねぇぞ」
「それも私の台詞です」
せっかくのサバイバル。
わざわざ同門同士で潰しあう程マヌケなことはない。
海外支部で腕に磨きをかけてこのサバイバルに挑む元夏美館王者・里田は頭を垂れる。
「しかし最初に出遭う相手がよりによってお前とは……ツイてないな」
「そうでもないかもしれませんよ。里田さん」
「ん?」
「2対2です」
紺野は冷静に、神社裏の山道から降りてくる二人を見つめていた。
向こうも紺野達の存在に気がついたようだ。
「あいつらは…」
「ハロープロレスのソニンと新垣里沙」
「夏美会館の里田舞と紺野あさ美っすね」
新垣里沙が隣のソニンに言った。
まさか最初に遭遇する奴等が、長き因縁を含むあの団体とは。
「なんてぇ巡り合わせだ。これは偶然か…それともやはり」
「必然っすよ」
「ああ、そうだな」
ソニンが飛び出した。
これはもう引き下がる訳にはいかない場面。新垣も続く。
「うちの社長とおたくの館長はいないけど…長年のケリをつけようじゃねぇか」
「いいだろう」
里田が前に出て、構える。
「夏美会館とハロプロのどちらが上か?」
「ちげぇよ」
「?」
「プロレスと空手のどちらが上か、だろう」
言い終わると同時にソニンが低空姿勢で襲い掛かってきた。
里田は膝蹴りで撃墜を狙うも、ソニンが地面で身をよじり当たらない。
そのまま里田をかわすとソニンは後ろの紺野目掛けて飛び込んだ。
紺野はローキックの構えで待っていた。里田はもう一人の新垣に注意する。
新垣はいつの間にか、誰よりも真後ろに回りこんでいた。
後ろから腕を引っ張られた紺野は反動でソニンへのローキックが空振りしてしまう。
ソニンは、その隙を逃さない。
タックルで紺野を倒す。
「くぅ」
紺野は力にも自信があった。
しかし、このソニンのタックルにまるで歯が立たない。
(これが…プロレスラーのパワー)
そういえば夏美館にもプロレス出身者は一人だけいる。
辻希美だ。
彼女達が特別なのか、プロレスラーという人種全体がそうなのか知らないが。
(プロレスラーに力勝負をするべきじゃないですね)
(だけど空手家にも……誰にも負けぬモノがあります)
倒されながら紺野は拳を握る。
一撃の破壊力!
「危ない!」
新垣の声!
拳を放った瞬間、同時にソニンが紺野から飛び離れる。去り際も早い!
そして紺野が立ち上がるよりも早く二人がかりで里田に飛びかかっている。
紺野はプロレスラーという人種の認識を改める。
(スタミナもある。いや…それよりも問題は…)
2対2という状況だ。奴等はタッグマッチに慣れている。
空手家の自分達にとって、2対2の組手を行なう機会はほぼ皆無。
(このままではいけない!)
紺野は里田を助けに飛び込んだ。
「背中を!」
「ああ!」
紺野の呼びかけを里田はすぐ理解する。
互いに背中合わせで相手と向かい合えば、片方だけが狙われることが無い。
自然に一対一の状況が作れる。
咄嗟に浮かんだ紺野の機転である。
「ふぅん」
ジリジリと回るプロレスラーに合わせて中央で回る空手家。
幾多の修羅場を越えてきた熟練レスラーのソニンはこれに笑みを浮かべる。
「考えたな。まぁこっちは別にサシでも構わねぇけれど。どうだお豆?」
「構わないっす」
新垣里沙は無愛想に応じた。
「どっちがいい?」
ソニンが聞いた。
里田舞と紺野あさ美のどちらとサシで闘りたいか?と。
新垣里沙はくいっとアゴで示す。
―――――紺野あさ美。
里田舞はもって生まれた身体能力を生かして上り詰めた女。
そういう意味では生粋の体力自慢であるソニンに近い。
一方の紺野あさ美はある意味おちこぼれ。努力で這い上がってきた女。
自分と同じだ。
選んだ道が空手だったかプロレスだったかの違いだけ。
そういう奴と試したい。
空手を信じて0から這い上がってきた娘と、プロレスを信じて這い上がってきた自分。
そういう相手とトコトンやりあいたい。
「わかった。じゃあ私は里田を頂く」
ソニンが里田舞と向かい合う。
一方の新垣里沙は紺野あさ美の正面に立った。
「例のコロシアム以来ですね」
「そうだな」
「一対一ならば、絶対に負けません」
「へっ、こっちだって…」
(負ける為に練習してるんれすか?)
新垣は誰かの声を思い出し、唇を釣り上げる。
あいつのおかげで自分は変われた。ああ、そうだ。
「勝つ為の……プロレスだ」
紺野vs新垣。里田vsソニン。
この二試合が始まった頃、別の場所でも新たな闘いが始まろうとしていた。
島の南西、丘陵地帯。
田中れいなは孤島に到着して初めて、人の気配を感じ取った。
(誰かいるたい…)
けれど岩で死角になっていて互いの姿は見えない。
元々気の扱いに長けているれいなは、相手の気配を誰より先に察知できると自負する。
だからサバイバルは得意中の得意。
血が騒ぐ。
(負けられんちゃ)
暴れたくてウズウズする気を抑える。
敵は何も気付かない様子で、こちらへ歩いてくる
姿は確認していないが歩き方で分かる。まるで気付いていない。
(やってよかとね)
あと10mくらいか。
れいなは即座に八極拳を叩き込む体勢で待つ。
(誰か知らんけどかわいそ)
5m
4m
3m
2…
1…
(瞬殺たい)
ドドンッ!!
田中れいなの発勁が物凄い勢いで、現れた娘を弾き飛ばした。
また別の場所。
島の北部に広がる森の中を、辻希美が駆けていた。
辻は迷うことなくまっすぐにある場所を目指している。
島の中央に聳える建物…つんく城。
(あそこに…あいぼんがいる)
北の海岸線から、南へ。
そしてつんく城をすでに発った加護亜依もまた、迷うことなく歩を進める。
(……)
何かに誘われるように、北へ。
上空から確認したらまるでその二点が磁石の様に見えるかもしれない。
二人を引きつけ合うものは運命か?
もしこのサバイバルの巡り合せを決めるものが運命ならば…
この二人ほど真っ先に出逢わなければいけない二人はいない。
辻希美と加護亜依。
絶対死の墜落事故から生き延びた二人。
それからずっと二人で生きてきた。
そんな二人が、離れ離れになってもう2年以上の年月が流れている。
ついに訪れる再会のとき。
森の中に直径10m程の小さな原っぱがあった。
辻希美がそこへ駆け込むと、目の前に懐かしい顔が立っている。
(あいぼん……)
(本物だ!本物だ本物だ本物だ!あいぼんだ!)
辻は叫んだ。叫んで飛び出した。
「あいぼぉぉぉん!!!!!」
もぅすぐそこにいる。もぅすぐ手が届く。もうすぐ抱き合える。
涙が出てきた。止まりそうになかった。辻は加護の胸に飛び込んだ。
(よかった)(本当にいた)(信じてたよ)(嬉しい)(生きてる)(あいぼ…)
ズドォッ!!!
(………え??)
辻が抱きとめた感触は柔らかい加護の胸ではなく、冷たく固い土。
そして…痛み。突き飛ばされた痛み。
辻は信じられないという顔で加護を見上げた。
加護は何の感情も持たぬ瞳で、足元に転がる辻を見下ろした。
(あ、あいぼ…?)
「うひゃひゃひゃひゃひゃ!!!!はじまったで!!」
同時刻、本土海岸線の設置された大会本部席。
加護が飛んできた親友を突き飛ばす映像を見て、大きく笑うつんく
「さぁ序盤戦最注目の一戦や!!」
第38話「序盤戦」終わり
次回予告
加護亜依vs辻希美
運命が二人を避けられぬ激突へといざなう。
悲しみの決着の先に待つ悲しみと怒り……そして儚い希望。
「ののぉーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!」
この世界でただ一人だけ、奇跡を起こせない相手がいる………
To be continued