闇の者達はつんく城の広間でバトル・サバイバル開幕の宣言を聞いた。
プロジェクトKの嗣永派や夏焼派と呼ばれる連中は、すぐに徒党で飛び出していく。
Kの子供達にとってはどれだけ敵を倒したかが自分達の評価につながる。
おそらく積極的に戦闘を仕掛けていくであろう。
すぐには動かず出方を見る子達もいる。村上や矢島や熊井といった派閥を組まぬ連中だ。
そんな中、初の勝利者の放送が流れる。
「始まったようやな」
中澤裕子が窓の外を眺めながらニヤリと笑みを浮かべる。
さっきから声を出しているのは彼女だけである。
他の石川や加護といった者たちは無言で押し黙っている。
(洗脳されとるようやから仕方ないっちゃ仕方ないんやけど……空気重いわ)
『秘密兵器』と称されるフードの娘もしゃべらない。
平家みちよもKの子に簡単な指示を出すだけで、無駄口は一切たたかない。
もともとプロレスラーでお祭り好きの中澤にはどうにも居心地の悪い空間であった。
「ちょっと!あんたらはどうするん?戦いに行くんか?ここで待つんか?」
中澤は石川梨華・加護亜依・秘密兵器の娘・平家みちよの4人に向かって言った。
まともに答えたのは平家だけ。
「私は最後まで城に残る。つんく様の指示だ」
「……つんく様、ね」
すると突然、加護亜依が前に出てきた。
クスリでの洗脳をほどこされた娘の中で、もっとも濃度の高い洗脳を受けたのが彼女。
明るくて無邪気であった加護亜依の記憶は少しも残されていない。
今や言葉どころか感情すら出さぬ戦闘マシーンと化している。
「……」
加護は無言で外へ通じる扉へと歩き出した。
「ほぅ、あいつは戦る気やな」
感心する中澤の横で、目を光らせる平家。
彼女は小声でKの娘に指示を出した。
「村上。矢島。お前達はしばらく加護の後をつけろ」
「はい」
「はい」
「洗脳が解けるとは思えないが、念の為だ」
「もし裏切った場合は?」
村上愛が尋ね返す。
平家は少し考えて答えた。
「好きにすればいい」
「了解」
加護は何かに誘われるように……外への扉を開いた。
加護に続いて村上と矢島も出る。そのあと他のKも全員が出て行った。
こうして広間には中澤・平家・石川・フードの娘の4人だけが残る。
「さ〜て、石川さんと秘密兵器のあんたはまだ答えてへんかったねぇ」
「…」
「なんやまだダンマリかい」
「そういう貴女はどうする気?」
と聞き返したのは平家。ようやくあった反応に、中澤は嬉しそうに答える。
「うちか、うちはしばらく様子見や。序盤はどうせザコの潰しあいやろ」
「たいした自信ね」
「うちの狙とる奴は序盤で消えるほどヤワな奴やないから」
「なるほど」
「あんたもそやろ。秘密兵器さん」
中澤は奥に座るフードの娘に言う。
返事はない。だがフードの奥の目がチラリと動いた。
「どうせあんたも狙いは一人だけやろ。安心せい、ちゃんと譲ってあげるから」
中澤は満足気に笑った。
その笑い声にかき消されるほどか細い声が……意外な所から漏れる。
「私、戦います」
ポツリと呟かれた声。なんと壁によりそい佇む石川梨華の声であった!
思いつめた瞳でずっと足元を見つめている。
「なんやしゃべれるんかい」
加護と同様に重度の洗脳で言葉すら発せないと勘違いしていた。
だが石川の目に宿るその意思は、確かに自我を持つ瞳。
「私は…戦わなければ……戦い続けなきゃいけない…」
「思いつめ過ぎちゃうか?」
石川梨華の事情を知らない中澤は軽く返す。
だが石川の表情はどんどん深く沈みこむばかり。
(戦い続けることだけが…あの人を救う唯一の方法)
「この城に入ってきた者は……誰であろうと私が倒します」
きっぱりと宣言する石川梨華。
平家とフードの女は無言でそれを聞く。中澤だけがニヤついた。
「言うねぇ。けどジョンソン飯田だけはあかんで」
「全員…です」
「あかんてコラ!」
「全員……」
「しつこい!!」
結局、1F広間には石川と平家が残り、中澤とフードの娘は上で待つことになった。
中澤とフードの娘は二人並んで階段を上がる。
すると、それまで一言も口を割らなかったフードの娘が突然口を開いた。
「あの石川梨華という子、どう思う?」
「おお!珍しいなぁ。やっとしゃべりかけてくれたんか!」
「質問に答えて。あなたは完全に闇の者ではないからよ」
「ウフフ…お互い闇を利用しとる立場同士かい。まぁええ…石川のことか」
「ああ」
「はっきりいって分からん。それほど強そうには見えんし…戦闘に向いてなさそうや」
「同感ね。それでもあのつんくが選抜するからには、何かあるのか?」
「まーまーそう気にせんこっちゃ。すぐに敵対する訳やないやろ。利用しとけばええねん」
「……あんたはもう少し気をくばった方がいいと思う」
「ご忠告どうも」
「ということはやはり気付いていないか。Kの中にもバケモノが二匹ほど潜んでいるぞ」
「K!?あのガキんちょどものことか!」
「ああ。おそらくあの大人数はバケモノを隠すカモフラージュ」
「へぇ〜。そこはまったくノーマークやったのぅ」
「巧妙に力を隠して子供の中に紛れてはいるが……私の目はごまかせない」
「プッ…ククク…」
「何がおかしい」
「いや、何も考えてなさそうなあんたが、こんなに注意深く観察しとったのに驚いたんや」
「闇に利用される気はないからね」
「結構なことや。まぁせいぜい頑張りや。うちはうちのやり方でやる」
フードの娘と別れると、中澤裕子は2Fの広間に陣取り、静かにそのときを待つ…。
島の南東には古い集落が残っている。
ずっと昔にはこの孤島にも、ひっそりと島人達が住んでいたのだろう。
(捨てられた村かぁ)
紺野あさ美は誰もいなくなった廃屋の合間を静かに歩いていた。
こんな場所でもいつ誰と遭遇するか分からない。
常に周囲を注意しながら進む。
(ここは障害物が多すぎる。戦うなら…もっと広い場所がいいな)
色んなタイプの敵がいる。
中には障害物や地形を利用して戦闘を有利に運ぶ者もいるであろう。
どちらかといえば紺野はそういった機転が利くタイプではない。
使用するのは己の肉体のみ。
それだけを信じて鍛え上げてきた。
だから紺野は闇雲に動かず、なるべくそういった地形の良し悪しを考慮に入れている。
(集落に長居するのは得策じゃない。早く別のエリアに動こう)
後方には山が広がっている。山はもっといけない。そこら中が障害物だらけだ。
すると山の手前で鳥居と長い階段を見つけた。
(神社かな?……境内ならある程度のスペースがあるはず)
即決すると紺野は足早に階段を上りだした。
上り切る途中で、境内から何者かの気配を感じて足を止める。
(誰かいる。気配は一人)
このまま行くか?戻るか?
考えは一瞬で決まった。前へ。
勝利の女神は常に前進する者にこそ微笑む。
拳を握り締める。いつでも準備はできている。
(みてろ愛!次は私よ!)
紺野あさ美は神社の境内に踏み込んだ。