第37話「バトル・サバイバル開幕」
まだ冷たさの残る弥生の風に桜の花びらが舞い上がる。
緑の丘を越えると潮騒の香りが鼻腔をくすぐり、背丈の小さな娘は黄色い声をあげた。
「海だぁ〜!!」
3月31日。決戦の日。
舞台となる孤島を望む海岸線が集合の場所。
雲ひとつない快晴。それだけでこの娘の機嫌はすごぶる良い。
金髪のショートカットを風になびかせながら、娘はウーンとおおきくノビをした。
「矢口さ〜ん。よくそんなはしゃげますね」
呼びかけられて背丈の小さな娘・矢口真里は振り返る。
はるか後方から彼女より二まわりは大きそうな体を揺らす姿が見えた。
講道館の後輩、小川麻琴。その顔色はすぐれない。
「麻琴ぉ〜。な〜にガラにも無く緊張しちゃってんだよ。ほらぁ行くぞ!」
「ま、待って下さいよぉ!緊張くらいするでしょ普通!!」
「一番乗りすんだよ!急げ急げぃ!!」
みんなこの日にすべてを賭けてきているんだ。
緊張しない方がどうかしてるんだよ。と小川は思いながら追いかけた。
そんな気持ちは露知らず、矢口真里はスキップしながら丘を駆け下りていった。
「あージョンソン飯田!!」
「矢口か。あいかわらず騒がしいな」
一番乗りを狙っていた矢口。しかし集合場所にはすでにあの一団が待ち構えていた。
名実共に最強最大のプロレス団体。ハロープロレス。
パイプイスに腰かける社長・ジョンソン飯田。その傍らに立つ副社長・石黒彩。
そして両脇には今やプロレス界のスター的存在にまで成長したソニンと新垣里沙。
「先越されてたみたいっすね。矢口さん」
「ちっくしょー!一番乗り狙ってたのにいぃ!!」
ハロープロレスが早いのには理由があった。
4人目。あの娘が来るのでは、という想いがあったからである。
しかし予想通りというべきか会場にその姿はなかった。
「フフ…残念ながら、一番は我々では無い」
「え、誰?誰?どこ?」
会場一番乗りの件を飯田に訂正され、矢口はキョロキョロ辺りを見渡す。
すると誰もいないと思っていた草陰に一人の女が寝転がっていた。
「Zzzzzzzz……んあ〜」
後藤真希。
この日が待ちきれず真夜中に到着してしまい、結局寝てしまったトンデモナイ女。
彼女のふてぶてしさにはさすがの矢口も呆れて閉口した。
「夏美館の連中はまだ来てないみたいだね」
「フン。安倍のヤロウなら、本命は遅れて登場とか言い出しかねん」
矢口と飯田がそんな会話をかわしていると、丘の上から超ハイテンションな奇声。
「なちみーー!!!うみうみうみうみうみぃ〜〜〜〜!!!!キャッホー!!」
「コラ!のの!そんなに慌てると転ぶ…」
ズベッ!!
坂を転がり落ちながら、夏美館王者・辻希美参上!!
「だから、言ったべさ」
「…ふぁい」
対称的に真面目な顔して降りてきた『怪物』里田まい。
そしてその後ろには口を逆への字に緩めた紺野あさ美が続く。
一見変わりは無い、しかし小川麻琴、そしてハロプロに新垣里沙はその変化に気付く。
(…なんか変わったな、あいつ)
そして太陽の様な笑みを浮かべて夏美館館長・安倍なつみ登場。
「お待たせ。本命の登場だよ」
やっぱりと、矢口と飯田は微妙な苦笑いを浮かべ合った。
「ケッ、そんな笑っていられるのも今日までだぜ」
「ところで…そいつが5人目か」
飯田が尋ねたのは、なっちの後方に控える娘。
当日の今日まで夏美会館の5人目の選手は秘密とされていた。
辻や里田など一部の者は、なっちが藤本を諦めていないことに気付いている。
しかし当然というべきか藤本は帰ってこなかった。
あらかじめそれを予想していた里田は、補欠選手という名目で候補者を選抜していた。
・戸田りんね(東京本部)
・木村あさみ(北海道支部)
・斉藤みうな(静岡支部)
戸田は自ら身を引いた。すでに力が及ばぬことを悟っている。
という訳で木村あさみと斉藤みうなにより決定戦が行なわれた。
あさみは『重戦車』の異名を持ちトーナメントでも毎年上位に食い込む実力者である。
誰もが彼女の優勢を信じた。しかし試合を巧みにリードしていくのはみうなの方。
起死回生の突進を試みるあさみに、みうなは必殺のかかと落としを繰り出す。
このかかと落としは高橋愛により一度破られている。
それ以来、みうなはこの必殺技をさらに高みへと極秘に昇華させていたのだ。
かかと落としを読みガードするあさみ。
その瞬間、物凄い勢いで迫り上がる蹴りがあさみのアゴを打ち上げる。
仰向けに倒れる重戦車。決着!
上下から襲う蹴りはさながら野獣の牙の如し。みうなの新必殺技『獣牙』
こうして彼女もまたバトル・サバイバルに名乗りをあげたのである。
「ええ。彼女が夏美館の5人目。斉藤みうなよ」
安倍・辻・紺野・里田・斉藤
夏美館は絶対勝利の布陣を完成させてきたのである。
「ところで、そちらの4人目は?まさか石黒さんの復帰かしら?」
なっちが聞き返すが、飯田はこれに答えない。答えられないのだ。
石黒はゲスト解説である。決して4人目の選手で連れてきた訳ではない。
というよりも『ハロプロの切り札』と呼べる娘は…あの娘しかいないのだ。
あいつが来なければ仕方ない。ハロープロレスは3人で戦う。
ジョンソン飯田やソニンはその腹積もりができている。
新垣に至っては始めから、逃げ出したあの娘をアテにする気などない。
むしろ現れたら自分が倒すくらいの思いがある。あまりに因縁深き相手だ。
「あれ、誰だろ?見慣れない女っすね」
安倍・飯田と話していた矢口に、小川が声をかけてくる。
ふと全員の視線がそちらにうつる。
ずっと柔道の世界にいた矢口も見覚えが無い顔がそこにはいた。
しかし安倍や飯田はその顔を見て思わず息を飲み込んだ。
「あれはアミーゴ・ロムコーだべさ」
「強ぇのか?」
「数年前の最強一族だ。はっきりいって海外ではここの誰よりも有名人だぜ」
「フン。アミーゴだかボンジョルノだか知らねえが、
そんな時代遅れヤローはおいらが投げ飛ばしてやるよ」
「…まぁ、楽しみが一つ増えたってとこだべ」
するといきなり派手な音楽が鳴り出した。突然の轟音に不機嫌な顔で後藤も起き出す。
「んあ〜何もーうるさいねぇ」
『ようこそ!よくぞ逃げ出さずに来た勇敢な娘たちよ!俺がつんくや!!』
特設ステージから闇の首領つんくがアヤカと二人の少女を引き連れて登場。
(耳障りね)
なっちが顔をしかめる。長く聞くには不快な声。
『今から出場選手は全員あの島へ渡ってもらう。ルールは簡単。素手であること以外は
何でもあり!どんな手段を使ってでも最後まで勝ち残ればええ。最後の二人になった
時点でサバイバルは終了や。島の中央にある闘技場で決勝戦を行なう』
あってないようなルール。
勝ち残る、それだけが全てのルール。
『俺のかわいい娘達総勢18人があの島で待っとる。お前等の健闘を期待しとるで』
「ひとつ、いいかい?」
『おぉどうぞ、安倍なつみ選手』
「そいつら全員ぶったおして優勝したら、あんたもぶっとばしていいかい?」
平然と言い放つなっち。ブッと爆笑するつんく。
『ギャハハハハ!!!構わへんで!!できるもんやったらのぅ!!ギャハハハ!!!』
隣にいた辻だけが見た。安倍なつみの瞳にとても冷酷な色が浮かんだこと。
孤島へは自動操縦のボートが用意されている。
一人各一台。
片道の燃料しか積まれていない。
このボートのスイッチを押した瞬間、もう後戻りはできなくなる。
「ののが一番目だぁ!!」
「なにおー辻どけ!!おいらだよ!!」
怖いもの知らずの辻と矢口がまるで臆することなくボートに駆け出す。
そんな二人を尻目に、黄金の速さで後藤がボートのスイッチを押す。
誰よりも早く死闘の舞台へと躍り出たのは『黄金の娘』後藤真希だ。
「あーズルい!!」
「あの後藤って奴!いつもいつもおいらの先手取りやがって!投げてやる!!」
「…やめといた方がいいべさ」
とツッコむ安倍も、いつの間にかボートの脇にいる。
自動操縦なので島のどの位置に到着するかは、着くまで誰にも分からない。
仲間と組もうにも最初からバラバラになる確率の方が高い。
(一方の闇さんは最初からチームで動ける……どんな手段を使ってでもか、フン)
文句をつける気すら起きない。始めから徒党を組むつもりなんてないから。
それに実際サバイバルが始まれば敵も味方も関係ないであろう。
(自分以外の全員が敵だと思っていた方が…気が楽だべさ)
「なちみ、ワクワクするね♪」
「のの…」
辻は不自然なくらいはしゃいでいる。
加護亜依。
あの名前を聞いたときからだ。辻の態度が妙におかしくなったのは。
「ののはだまされやすいから気をつけな。味方と思ってた子が敵かもしれな…」
「大丈夫!大丈夫!なちみは味方だよね♪」
「のの、それは違う。次に会うときはなっちも敵だ。そのつもりでいな」
「またまたぁーなちみったら」
「茶化さないで。そういうルールなんだから。いい?」
「……う、うん」
少し不満気に唇をとがらせながら辻は頷く。
これくらいキツク言わなきゃ分かってくれないと思った。
だがなっちは嫌な予感がしていた。
少なくとも序盤の内はののと一緒にいるべきなのでは、とも思った。
だが首を振る。それでは辻が成長しない。いつまでも甘やかしてはいけない。
「紺野、里田、斉藤。お前達も気をつけて、がんばれよ」
「押忍!!」
門下全員に声をかけると安倍なつみはボートのスイッチを押した。
あとの3人も続く。
最後に唇を尖らせたままの辻がボートに飛び乗る。
(仲間を信じちゃダメって、なにさ…)
(ののをだます訳ないじゃん。……そうだよね、あいぼん)
辻希美を乗せたボートも、悲しみの再会が待つ孤島へと動き始めたのであった。
「石黒、このチケットを頼む」
「ああわかってる」
ジョンソン飯田は4枚目の出場権を解説として残る石黒に託し、ボートに乗りこんだ。
そして両隣の新垣とソニンに声をかける。
「俺は一人で動く。だがお前達はなるべく一緒に行動しておけ。敵も徒党で来るはずだ」
「それなら飯田社長も一緒の方が…」
「プロレスの神は敵味方の区別をつけん。一人の方が都合がいいんだ」
「た、確かに」
「案ずるな。お前達二人の実力は俺が一番認めている。それに…負けない理由もある」
「負けない理由?」
「聞きたいか?」
「はい是非」
「お前達が本物のプロレスラーだからだ」
ジョンソン飯田を載せたボートが動き出す。
「マメ。初めてだぜ」
「何がですか?」
「あの人に認められたことがだ」
「同じです。まいったな、もぅ体が振るえてきちゃいましたよ」
尊敬する背中を見つめる新垣里沙とソニンの魂には、熱い炎が着火していた。
同時にスイッチを押すプロレス界の若き二大エース。
『光』も『闇』も関係ない!『プロレス』の最強を証明してやろう!
後藤真希を先頭に次々と孤島を目指すボートの群れ。
それらを遠巻きに眺める娘達―――――――あいつらが来た!
「美少女戦隊キャメレンジャー参上!!」
「違か!れいにゃーず参上!」
「はい!超・美少女サユミン参上!!」
「あ〜ずる〜い!じゃあエリは超・超・美少女戦隊いぃ!!」
「じゃあ、さゆは超・超・超・美少女」
「じゃあじゃあエリは超・超・超・超……」
3人の様子を、冷たい視線で遠巻きに眺める藤本と保田。
「あんた師匠ならあいつら止めろ。こっちまで同類扱いされる」
「無理よ」
こいつらこそ光も闇も何もお構いなしの暴走軍団!!亀井絵里・田中れいな・道重さゆみ。
そしてクールに威圧する『狂気の満月』藤本美貴
師匠である毒手の保田圭は出場しない。
自分が出ずとも確実に優勝できる自信に満ちているから。保田は高らかに声をあげる。
「さぁ、いくわよ!!美少女戦隊ケメレンジャーのお出ましよ!!」
「オエ〜」
亀井・田中・道重は1000のダメージを受けた。
(私は他人だ…うん)
もはやツッコム気すら起きない藤本は、一人でとっとと会場へと降りていった。
今回、ゲスト解説として招かれたのは4名。
石黒彩。市井紗耶香。保田圭。福田明日香。
いずれも格闘技界の歴史を支えてきた猛者ばかりだ。
戦場となる孤島には無数のカメラが設置されており、多面モニターで観戦できる。
そのモニターの前に彼女達と主催者のつんくが並んで座っている。
「開始時刻まで…残り30分やのぅ」
保田の弟子である4人が孤島へ渡ったあと、柴田あゆみが一人きりで現れた。
不気味な沈黙のままルール確認を行なうと意味深な言葉を残しボートに乗り込む。
「武器は使わない。自分の体以外はね」
これでほとんどの選手が揃った様に思われたが、つんくはリストを確認して呟いた。
「まだ二人、来ていないな」
よく見るとボートがまだ2台残っている。
残り2枚のチケットのうち1枚はハロープロレスの石黒が握っている。
気になるのはもう1枚だが…まだ来ていない市井か福田が持っているのだろうか?
などと考えていると、その内の一人、福田明日香が松葉杖を付いて現れた。
右手には1枚のチケットが握られている。
「なんや、あんたが出る気か?」
つんくの問いに福田は首を振る。その顔に覇気はない。
結局、当日の今日となっても彼女からは連絡一つ無いままであったのだ。
(生存確率…そんなもの知らない)
(人類未踏のジャングル)
(凶暴な野獣の生息地)
あらためて考えてみれば無茶苦茶な話であった。
生きていることを期待する方がどうかしていたのだ。
(だが…それでも…)
(それでもあと少しだけ、希望をくれ)
福田明日香はチケットを握ったまま、ゲスト解説席に腰を下ろした。
「おひさしぶりねぇ。私が怖くて逃げ出した福田明日香さん」
嫌らしい笑みで出迎える保田圭。はるか昔のトーナメントの話。
保田は、福田が自分を恐れて逃げ去ったのだと勘違いして笑ったのだ。
しかし福田はまるで相手にせず聞き流している。
「おーやだやだ。両隣のどちらも悲痛な顔していて」
反対側には石黒が腰を下ろしている。
こちらもチケットを握り締めて、あの娘が来ることを願っている。
だから保田は皮肉って言ったのだが、どちらもまるで反応が無い。
(やれやれ、誰を待っているのか知らないけど。…うちの子に勝てるはずもないのに)
石黒と福田が待つふたり。
あのふたりである。あのふたりしかいない!
最強を目指す道は、二人を生きてこの地へと導かせるか!?時は迫っている。