小説「ジブンのみち」part3

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688辻っ子のお豆さん ◆No.NoSexe.
第36話「すべての道がひとつに繋がる」

格闘技界最強と尋ねられれば、誰もがロムコー一族と答える時代があった。
しかしたった一人の娘によりその一族は壊滅の危機に陥る。
最強の遺伝子を受け継ぐ一族の生き残りは、復讐のため日本の地に訪れることを決意。
それがアミーゴ・ロムコーだ。

「どけ」

プロジェクトKの石村舞波は凍りつく。
ムエタイチャンプ目当てで訪れた場所で、とんでもない大物と遭遇してしまったからだ。
目の前に立つだけでその強さのレベルが規格外であると分かる。
ロムコーとまともに戦える者など「石川」「加護」「中澤」くらいのものか?
(…うちらの手に負える相手じゃないっすよ)
石村は泣きそうな顔で嗣永を見た。そして驚く。
嗣永桃子が闘争本能に満ちた顔つきをしているからだ。

「桃子さん、やる気ですか!?」
「当たり前だろ。テストに来たんだぜ」
「やばいっすよこいつは!」
「ツイてるじゃねぇか。こんなおいしそうな奴に会えるなんてよ」

止めなければ、と石村舞波は思った。
ここで嗣永桃子が消えれば、今までの自分が彼女を慕う演技が無駄になるからだ。
Kは夏焼派に支配され、嗣永派の自分の立場がなくなってしまう。
それだけは阻止しなければならない。
689辻っ子のお豆さん ◆No.NoSexe. :04/10/30 02:11:53 ID:tXhpjiCj
「半年後、地上最強を決める大会がある。その出場権をテストしにきた」

苦悩する石村に構わず、嗣永はさっさと話を切り出す。
ムエタイジムの全選手に、そしてアミーゴ・ロムコーに。
言い終えると嗣永はヒュンと消えた。
次の瞬間、アミーゴの横にいたムエタイ選手が蹴り跳んだ。明らかな挑発。
(くそっ、やるしかねえか!)
石村舞波も続く。桃子仕込みのムエタイで周りのザコを始末していく。
二人の少女のムエタイが、チャンプのそれより上だとアミーゴは認識する。

「何物だ。貴様達」
「プロジェクトKでしゅ」

K最年少・荻原舞がいつの間にかアミーゴの前にいた。
正統派空手の構えをとると、その小さな体で周りのムエタイ選手を殴り倒した。
気が付くとアミーゴ以外の選手は全員倒されてしまっている。

「ひどいガキどもだ。罪の無い選手まで」
「よく言うわ。自分だってチャンプの骨を粉々にしたくせに」
「ロムコーが本気を出すのは正当な試合の相手だけだ。貴様等と戦う気は無い」

去ろうとするアミーゴを、嗣永が回り込んで止める。

「じゃあ正当に試合を申し込む。それでいいんだろ?」
「こっちは一人。そっちは三人。審判もいない。ルールもない。どこが正当だ?」
690辻っ子のお豆さん ◆No.NoSexe. :04/10/30 02:12:33 ID:tXhpjiCj
「そいつの言うとおりですよ桃子さん。こいつにはチケットを渡しましょう。
 バトル・サバイバルで正当にぶっ倒せばいいじゃないですか」

石村舞波がそう言うと、嗣永はギロリと睨んだ。

「そうだな。じゃあ舞波、お前のチケットを奴に渡せ」

(え?)
何を言っている?と石村は思った。私のチケットをアミーゴに渡す。
そんなことをしたら私が出場できないじゃない。今まで嗣永派で尽くしてきた私が?

「どうした?さっさとしろよ舞波」

桃子!私は今までお前のために頭を下げておだてて…
それなのに、それなのに…この仕打ち!!
よぅくわかった。そうか。あんたはやっぱり自分のことしか頭に無い最低の…!
石村舞波は震えていた。
こんな所で出場の資格を失われる訳にはいかない。しかし嗣永には逆らえない。
困り果てたその隣で、Kで一番小さな影が動き出した。

「勝負!!」

荻原舞!
正拳突きの構えでいきなりアミーゴに突進する。フワリと風が舞った。
風のようにアミーゴが正拳突きを放った腕に絡みついていたのだ。
一瞬の出来事。そして骨が外れる音が響く。
691辻っ子のお豆さん ◆No.NoSexe. :04/10/30 02:14:14 ID:tXhpjiCj
「いやあああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「舞っ!!」
「ロムコーは子供だからと手加減はしない。特に不意打ちなんかする卑怯者には」

腕が外れ、泣きわめく荻原を石村が抱きとめる。
仲間がやられたことでまた嗣永に闘争本能が戻る。

「正当な理由ができたよな。仇討ちだ」
「よく言うぜ」
「待って桃ちゃん!!舞の!舞のこれを!!」

見ると、泣きながら荻原舞は自分のチケットを取り出していたのだ。
『自分を倒した相手に自分のチケットを渡す』それがルール。
石村はハッと気付く。

「舞。まさか、まさか私が困っているの見て?」
「何言っているでしゅか?舞は自分が戦いたかっただけでしゅ」

舞波は歯を噛みしめ、荻原舞を抱き上げた。すぐに連れ帰って治療を受けさせなければ。
一方の嗣永は荻原からチケットを取るとアミーゴに渡す。するとアミーゴが口を開く。

「ひとつ尋ねる。後藤真希という女を知っているか?」
「ん?ああ、たしか出場選手の中にいたよ。それが何だ?」
「いや、なんでもない」

嗣永達が去ると、クールだったアミーゴ・ロムコーが強烈な笑みを浮かべた。
692辻っ子のお豆さん ◆No.NoSexe. :04/10/30 02:15:40 ID:tXhpjiCj
石井リカは日本サンボの第一人者である。
現在も彼女を越えるサンボ選手は存在していない。
いや本来は存在するはずだった。かつてサンボ界に稀代の天才が二人いたのだ。
一人はあの藤本美貴。そしてもう一人が…。

「お久しぶりです。石井先生」
「あなた……千奈美!!今までどうしていたの!?皆心配して…」
「別の場所で、サンボを…学んでいました」
「まさか、お姉さんの仇を討つつもり?」
「…そんなつもりはありません。あれは事故ですから」

プロジェクトKの徳永千奈美は語る。その表情は普段の元気な姿とは異なる。
そう、かつてサンボ界にいたもう一人の天才。それは徳永千奈美の姉である。
徳永の姉と藤本美貴は良いライバル同士であった。
この二人が競い合い、日本サンボ界が発展することを石井リカは期待していた。
しかし運命は残酷な事件を起こす。
全日本サンボトーナメント。決勝でぶつかった二人の天才。

「お姉ちゃん!」

まだ幼かった千奈美の脳裏に焼きついている映像。
藤本美貴の放った打撃に胸部の骨を折られる。それと気付かず締め技に入った藤本。
折れた骨が肺へ。制限時間がすぎ試合が終わったときには姉の命も止まっていた。
あれは事故だった。試合中の事故は罪にはならない。
だが藤本美貴はその後すぐサンボを捨てた。
私も彼女を恨んでいる訳ではない。だけど…。
693辻っ子のお豆さん ◆No.NoSexe. :04/10/30 02:16:20 ID:tXhpjiCj
「今日はテストに伺いました」
「一体どうしたというの!?親類の方々がどれほど心配していたと…」

親なんかいない。プロジェクトKの娘は全員孤児だ。
私も姉を失った時点でみなしごとなった。
預けられた遠い親戚の家を飛び出し、行き場を失っていたときつんく様に拾われた。
私達はあの人がいなかったら野垂れ死にしていたかもしれない。
だからKの娘はあの人の命令ならば何でもする。
かつての姉の恩師を倒せと言うのならば…。

「私とのサンボの試合、受けてください石井先生」
「本気…なのだな」

いつも笑顔だった千奈美が笑っていないことで、石井リカはそれを感じ取った。
武道家と名乗るならば、挑まれた勝負から逃げたりはしない。

「いいでしょう。ただし手加減はしないわ」
「私もです」

道場へ向かうと、石井リカと徳永千奈美は互いに向かい合う。
合図もなく試合は始まった。
そして試合は一分も経たぬうちに終わった。
汗一つかかぬまま、仰向けに転がる石井リカを見下ろす徳永千奈美。
(恨んではいないけれど…私は藤本美貴と戦います)
(私は姉を越えたか?それを確かめる為に)
日本サンボ界に生まれし三番目の天才が、己の道を歩き始める。
694辻っ子のお豆さん ◆No.NoSexe. :04/10/30 02:17:29 ID:tXhpjiCj
「全員そろうとるな」

闇の孤島。その中央に位置するつんく城。
赤色の玉座に座るつんくは、面前に並ぶ側近とKの子供達に言った。

「負けたんは岡井千聖と荻原舞と…」
「…」
「まさか、お前もとはのぅ。アヤカ」
「申し訳ありません」
「まぁちょうどええわ。お前には大会実行の方で働いてもらう。あとの二人もな」
「はい」
「そんで今回、一番働きの良かった娘は…」

全員がテストした結果の表を眺めながら、つんくが続ける。
(私だ)(私ですわ)(私しかいない)
Kの娘達の誰もが自分だと確信していた。しかし呼ばれたのは意外な名前。

「中島早貴」
「はい」
「えっ!!!!!!!!!!!!!!!!」

中島以外のK全員が驚愕の表情を浮かべる。
というかそこにいることすら皆気付いていなかった。恐るべき存在感の無さ。
戸惑いが収まらぬ中、その内訳をつんくが語る。

「テストした格闘家108人全員に勝利」
695辻っ子のお豆さん ◆No.NoSexe. :04/10/30 02:18:23 ID:tXhpjiCj
108人!!
他の少女は多くても10人がいいところであった。あまりに膨大な数字。
ニヤリとほくそ笑む中島。
実はこれには大きな理由があった。108人全員が不意打ち一発の勝負だったのである。
あまりの存在感の無さにどの格闘家も超接近されるまで気付かなかったのだ。
こうして中島は誰にも気付かれぬまま次々と一流格闘家を葬りさっていったのである。

「それから、どえらい秘密兵器を闇側に連れてきおった」
「秘密兵器?一体誰ですか?」

平家が聞き返す。側近の平家やアヤカですら聞いていない。

「ククク…入れ」

つんくが声をかけると入口の扉が開き、そこに一人の女が立っていた。
その顔を見た瞬間、つんくと中島以外の全員がまた驚く。
しかもその驚きはさっきの比ではない。
誰もが知る顔。絶対に闇側に来るはずのない顔であったからだ。

「バカな!どうしてお前が!!」

あの平家みちよが、戸惑いに声を震わせる。
中島早貴が挑んだ109人目がこの女だった。そして唯一中島の存在に気付いた女。
気付かれるとすぐ中島は戦闘の意思を捨て去り、闇への勧誘を始めた。
意外にもこの女はあっさりとそれを受諾。
闇の秘密兵器となることを受け入れたのである。
696辻っ子のお豆さん ◆No.NoSexe. :04/10/30 02:20:06 ID:tXhpjiCj
「だまされるな平家。彼女はあの女やないで」
「え?」
「だがあの女に対する強力な切り札となるやろ。ククク」

秘密兵器の女は持っていたフードをかぶると、危険すぎるその顔を隠した。
そして無言のまま、その場を退出する。
玉座の間を出ると左右に長い回廊が続く。ふと見ると一人の女が廊下の脇に立っていた。

「驚いたで。あんた、こない所にいてええんか?」

中澤裕子である。
しかしフードの女は無言のまま、通り過ぎようとする。

「おたくが何を企んでここに来たか知らへんが、せいぜい用心することやな。
 あのつんくって男は一筋縄じゃあいかんわ。あんたのことを秘密兵器ゆうとるが…
 まだうちやあんたには言わへん秘密を隠し持っとるで。これはうちの勘やねんけど」
「……」

するとフードの娘はピタリと歩みを止めて、中澤を見た。

「安心せい。その点うちは何も隠し事はない。『最強』の称号を手にしたい。それだけや」

女帝は凶暴な笑みを浮かべてフードの女を見下ろす。
フードの女はフッとそれを受け流すと、結局一言も喋らぬまま行ってしまった。

「やれやれや。さ〜て、あの子の存在が吉とでるか凶とでるか…」
697名無し募集中。。。:04/10/30 08:46:01 ID:FTXZBHCp
乙です。
そういえば、この子も残ってたね。
もう少し意外な人物だと思ってました。
698辻っ子のお豆さん ◆No.NoSexe. :04/10/30 15:17:31 ID:oWYKi13a
つんく城には深い地下施設が存在する。
一本の極秘エレベータのみが地上へと通じる道。
Kの子供達からの伝令を終えたマスターつんくは、ひとりこのエレベータを下っていた。

「お待ちしておりました。つんく様」

最下層。二人の娘がつんくを出迎える。
この二人はある娘の世話と管理の為だけに、この最下層で暮らしている。
三好絵梨香と岡田唯。ともにコロシアム戦士の生き残り。
そして闇の中でも異端児扱いされていたあの娘を慕う、たった二人の娘。

「梨華の様子は?」
「あいかわらずです」

眉をひそめながら答える三好。岡田はムッツリと口を閉じている。
やがて視界に入る強化ガラス張りの小さな個室。
部屋の中央に置かれたソファにもたれるように彼女は座っていた。
恐れ知らずで裏世界を駆け抜けたマスターつんくが、思わず顔をそむける。

「……ほんまに、生きとるんやな?」

あの吉澤ひとみとの死闘から1年以上の月日。以来ずっと彼女は心を失ったまま。
深い地下の底で、動きもせず、食事もせず、まるで人形のように。しかし決して死なない。
点滴のチューブに巻かれ、灰色に濁った瞳。骨と皮だけになった四肢。石川梨華。

「はい、生きていますよ。体だけですが…」