第35話「プッチ公園の落日」
もともとヒト気のない場所であった。
しかしその過疎化も今や燦々たる事になっている。
何もないこの公園に普通ならばわざわざ近寄る者はいない。
けれどある娘達にとっては大切な想い出の場所である。
プッチ公園。
「アニキ、何か思い出しますか?」
「……」
車椅子の女性とそれを押す娘がいた。
女性というが二人とも普通の女性とは体格が異なる。
車椅子の女性はボクサーの吉澤ひとみ。それを押す娘は柔道の小川麻琴だ。
二人は中学の先輩後輩である。
当時からボクシングで有名だった吉澤を小川が一方的に慕う感じではあったが。
吉澤は中学卒業後アメリカに渡り、皆が知る様に世界チャンピオンとなった。
しかし謎の事故に合い、もう一年以上も植物状態となっている。
医師が語るには
「ふとしたきっかけで意識が戻ることもあるが、このまま一生戻らないこともある」
だそうだ。
そのきっかけを探すため、小川はわざわざ吉澤をここへ連れてきたのだ。
昔、吉澤から何度も聞かされた。
後藤真希と幾多の激闘を繰り広げた思い出のこの場所。
それがこのプッチ公園なのだ。
「………」
しかし吉澤は何も反応を起こさない。
諦めきれない小川はそこで小一時間、色々な思い出を語って聞かせる。
「覚えてます?私が1年のときの学芸会。入学したばかりなのに何故か私がヒロイン役に
選ばれちまって、そしたらアニキが女子なのに主演で…何かすげー恥ずかしくって…」
「アニキの『おいで、踊ろう』って台詞、実はちょっと感動したりなんかして…」
「実はあれから…ずっと…アニキのこと……って何言わせんすかぁーーー!!!」
シーーーーーーーーーン
プッチ公園は相変わらずの静寂。
小川のひとり言だけがむなしく風に流れていた。
「か、帰るかぁ?」
なんか恥ずかしくなった小川は、公園の出口を振り返る。
すると誰もいなかったその場所に、一人の女性が立っていた。
悲しそうな瞳でこちらを見ている。
「だ、誰だよてめえ。今の聞いていたのか?」
「……吉澤ひとみを倒した者を知っている」
唐突に女性はそう告げた。小川の顔に衝撃が走る。
現実離れした美しさ。女性はアヤカであった。
プッチ公園に新たな風が吹きだす。吉澤ひとみ・小川麻琴・アヤカ
陽も赤く染まりだしたこの空間に3人の微妙な空気が流れ出した。
「知っているって誰だよ!!」
「それを教える資格があるかどうか、試しましょう」
ブワッっとアヤカから戦気が溢れ出る。
(なんなんだこいつ!普通じゃねえ!!)
すぐに危険を感じ取った麻琴は構えをとる。
「資格って何のつもりだ!殺されてぇのかコラ!」
「できるものでしたら…」
妖艶な笑みを浮かべアヤカの蹴りが舞う。
ヒュッヒュッヒュッヒュッヒュッヒュッ!!!
柔道ではありえない変則的な連続攻撃。何発かはかわした。だが何発かは入った。
腹を抱えて腰を落とした麻琴にため息を落とすアヤカ。
「この程度ですか?残念ですけど…」
「…んだとコノヤロ」
「あそこにいる吉澤ひとみは私が頂いて帰りましょう」
ギンッ!!
その台詞に、小川麻琴の中の『虎』が目つきを変えた。
「ふざけんじゃねぇ!!!」
上等じゃねえか!!
やってやる!!ぶっとばしてやるよ!アニキは俺が守る!
俺が誰だか分かってねえな!
世界柔道無差別級王者!小川麻琴だぜ!!
その程度の蹴りが何だってんだ!もっと速ぇ奴を知ってるよ!
どうぞ蹴ればいいさ!好きなだけ蹴りやがれ!
代わりにぶん投げるからよ!
その襟を掴まれたときは覚悟しやがれ。もっとも…覚悟する暇もやらねえけど。
ケッ。
ちょこまか動き回りやがって。
スピードで翻弄すれば勝てると思ってんのか?
甘ぇ。
俺がパワーを付ける為だけに体重を増やしたとでも勘違いしているのだろう。
一つだけ教えてやるよ。
(ほら、追いついた)
俺は動けるデブなんだよ。
ガシィ!!
掴んだぜ。
この襟を捕まえちまったら、もうこの世界中で俺に勝てる奴は一人しかいねえよ。
(払い腰!!)
柔道をなめんじゃねぇ!!
そうだろう、矢口さん。
倒した。俺は追う。あいつは逃げる。
逃がすかよ。
俺が上になっている。襟と腕を掴んでいる。
このまま首までもっていけたら一気に締め落とす。
パワーは俺が上のようだ。もう無理だぜ。
この体勢になったらもう跳ね返されねえよ。
ドボッ
妙な音がした。
巨大な何かが自分の中に入り込んでくる様な音。
そして異質な感覚。それから痛烈な痛み。
何だこれは?頭がまるごと引っ張り込まれる。
そうか!
そうかお前!
耳の穴に指を引っ掛けてきやがった。
ムリヤリ頭が投げ飛ばされる。
やばいぞ。
上半身を起こしたあいつが、顔面目掛けて衝掌を打ってくる。
まだ耳が外れない。逃げれない。
ドドン!!
地面と掌に挟まれて、頭蓋骨がバウンドした。
「ぬおっ!」
俺は声を漏らした。
あいつが立ち上がろうとしている。
俺もすぐに立ち上がろうとする。
だがダメージが足に来ていて、立ち上がれない。
どてっ腹を蹴り上げられた。
地面を転がる。
口の中に土が入ってきやがった。
ブエッと吐き出す。
その瞬間、顔面を蹴り込まれた。
容赦がねえ。
キレイな顔してやることが、えげつない。
一体どういう環境で育ってきやがったんだこいつ。
ククク…
なんだ俺は?笑っているじゃあないか。何を喜んでいやがる?
嬉しいのか?こんなにボコボコにされて?
柔道の大会でここまで全身が打ち震えたことがあるか?
ねえな。緊張はしたけど、これとは違う。
体中の細胞が打ち震えてやがる。
手を踏まれながら、顔面を蹴り上げられた。
ここまでするか?
ここまでするということは、俺も同じ事をしていいってことだよな?
そのキレイな顔を思いっきり踏み潰していいって訳だ。
ククク…
すまねえな。思い出したぜ。
悪いのは俺の方だった。これは柔道の試合なんかじゃねえんだよな。
なんでもありの……ただの喧嘩だ。
そして俺は、柔道よりそっち(喧嘩)の方が得意なんだよ。
技術も糞もねえ。
俺はがむしゃらにぶつかっていった。
蹴られても関係ねえ。
体と体とぶつかったらどうなるか分かるか?
自慢じゃねえが俺はお前より体重が重いぜ!
ズドォン!!
ガキの喧嘩みたいにぶつかってそのまま転げ回る。
転がりながら俺は地面の土を握りとった。
ちょっと蹴られすぎて呼吸が苦しくなっている。
あいつは下から殴ってきた。
これはダメージを与える為のパンチじゃない。隙を作る為のパンチだ。
少しでも隙を見せたらすぐに間接をとってくるに違いねえ。
させるかよ!
俺は手に土を含んだまま殴り返した。
殴ると同時にバッと手を離した。
あいつの顔に土が散らばり、あいつはバッと顔をそむける。
その瞬間、俺は柔道のけさ固めに入った。
ただのけさ固めじゃない。肘で相手の首をねじりながら絞めている。
「柔道」と「喧嘩」の融合。
これこそが小川麻琴の真骨頂『喧嘩柔道』
もう外さねえぞ!!
また目や耳を狙われないように、細心の注意を払っている。
…ガッ!!
石!?こいつ、後頭部を石で殴りつけてきやがった。
あまりの痛みに俺は思わず頭を抱える。その好きに脱出しやがった。
こいつも……喧嘩慣れしてやがる。
起き上がるとすぐに蹴ってくる。
間合いが離れるとこっちが不利だ。俺はすぐに間合いを詰める。
奴は逃げる。逃げながら蹴ってくる。
さっきからダメージを受けているのは一方的に俺ばかりだ。
だが勝てないとは思っていない。
何でもありの今の俺なら、何でもできる。
襟を取りにいく。当然、奴はそれ避けようとする。
そこで軌道を変えて裏拳を放つ。
予測していなかった奴の頬にヒットする。
おい、これは柔道じゃねえんだぜ。
柔道家の俺がゲンコツで殴らないなんて一言も言っちゃいねえ。
一気に畳み掛ける。
奴も半端な根性しちゃいねえ。
不意を突かれてもすぐに反撃してきやがる。
おもしれえ。どつき合いだ。
ノッてくるか?
その華奢な体で俺と真っ向から殴り合うなんて…気に入った。
やってやろうじゃねえか!
このプッチ公園の激闘の歴史に新たな記録を刻み込んでやろう!
後藤真希。
市井紗耶香。
八極拳のババア。
そして吉澤ひとみ。
偉大な人たちが築き上げてきた伝説に俺達も載ってやろうじゃねえか!
考えただけでワクワクするぜ、なぁ。
wow wow wow♪