【クロヒョウの件】
未知のジャングルに生息し、愛と戦うことになるこのクロヒョウは、
通常知られているクロヒョウの生態とは異なり、その体格は一回り大きい。
木に登るといった身軽さよりも、パワー重視に進化した種である。
……という設定でお願いします。
では、更新いきます。
クロヒョウが飛び掛ってきた。
その牙、その爪、一刺しが致命傷になる。
勝機があるとすれば最初の交わりしかなかった。
愛はこっそり掴んでいた土の塊を、クロヒョウの顔目掛けて投げつけた。
ほんの一瞬ではあるが獣がひるむ…と同時に愛は側転の要領で前方へ飛び込んだ。
馬乗りの要領。両足でクロヒョウの胴体を挟み込み、両腕を首に回す。
そのまま一気に締め落とす!
失敗は許されない。
この腕と足が解かれたとき…それは愛が食い殺されるときである。
クロヒョウは大声で吼えながら暴れだした。
体を上下左右に揺らして愛を振り落とそうとする。
(絶対に離すもんかぁ!!)
愛は全身の力をこれ以上にないくらい振り絞った。
そもそもこの動物に首絞めが効くのかどうかが分からなかった。
頭と胴を繋ぐ首と思われる部分の太さが、人間のそれとは根本的に異なっているのだ。
ゴツイ丸太を締めている様な感覚である。
それでも愛には他に術が無い。
効こうが効くまいが、締め続けるしかないのである。
ドドンッ!!
愛は気を失いそうになった。背中にとんでもない衝撃が走る。
なんだと思って振り向くと太い幹が見えた。
クロヒョウが背中を自分から木にぶつけていったのだ。
間で挟まれた愛のダメージは半端じゃない。
(うぅ、ヤバ…)
二度目の体当たり。胸と背中をズドンと潰す衝撃。
あばらが何本かいってしまったかもしれない。吐き気がする。
次(三回目)はもう無理…。
愛は感じた。このまま締め続けていても先に音を上げるのは自分だと。
ならば試すか?試すしかない。
クロヒョウが木に体当たりした瞬間、足をバッと離して体をひねった。
獣は直接体当たりのダメージを己に受ける。
コオォと呼吸を吐いた瞬間に腕と足を移行させる。
足の力で首を絞めて、手でクロヒョウの後ろ足を横にズラしてひっくり返した。
『裏獅花』
闇の武術として受け継がれてきた高橋流柔術が今、初めて野生の獣に披露される。
愛が下となり、クロヒョウが上で仰向けにもがいている。
物凄い力で四足を振って暴れているが、この体勢では愛に牙も爪も届きはしない。
「グガゴオオオオオオォォォォォコオオオオオオオオオオォォォォ…」
おかしな吼え方。効いている。
腕の力では締め切れなかったが、足の力ならばクロヒョウの首を決められる。
小さな希望が愛に勇気と力が湧きおこす。
ビクビクッと痙攣を始める獣。
さらに全力の力を込める愛。
やがて甲高い悲鳴の様な咆哮が天に上がる。
そいつを最後にクロヒョウは動かなくなった。
高橋流柔術が野生動物に通用した。
クロヒョウとの死闘を制した人間・高橋愛はすぐにその場を離れた。
予想どおり気絶したクロヒョウに数匹のハイエナが群がりだす。
本当に恐いのはあいつらかもしれない、と愛は思った。
「ガハッ」
木の根元に吐血する。
やはりあの体当たりが効いていたらしい。
戦闘中は気付く余裕もなかったが、わき腹がかなり痛む。
あのトーナメント…辻希美との戦いで傷めたのと同じ場所だ。
怪我は一度するとクセになるという。
「まいったわぁ…本気で泣きそや」
このジャングルに舞い降りて、まだ一時間も経っていない。
それでこの有様である。
上空から見た光景では東西南北どちらにもジャングルの果てが見えなかった。
アフリカのジャングルが一体どれだけ広いのか見当もつかない。
抜け出すには何十日かかることだろう?
いや、それ以前に今日一日を生き延びられるかどうかが問題だ。
痛む脇腹を押さえながら愛は歯を噛み締め涙ぐんだ。
今更ながらあのクロヒョウの恐怖が全身を襲ってきたのだ。
いくら強いといっても愛は女の子である。
無数の凶暴な猛獣が生息するこのジャングルにたった一人で…怖くないはずがない。
しかし真の恐怖はこれからが本番。
ジャングルに、一筋の明かりも存在しない夜が訪れる。
不思議な感覚とともに中澤裕子は目を覚ました。
自分の手足が自分じゃないような、感じたことの無い力が溢れ出ている。
(うちはどないしたんや?)
灰色の室内で…記憶をさぐる。
すると一人の女性が入ってきた。その顔にかすかな見覚えがある。
「目が覚めたか」
女は平家みちよと名乗った。
そうだ、この平家という女の誘いに自分は乗ったのだ。
「ここどこ?」
「我がマスターつんく様の所有する太平洋の孤島。通称MM島と呼ばれている」
「…怪我ぁ治っとるなぁ」
「ええ。我々は公にされていない法外な治療の術を有している。
再起不能と呼ばれた貴女でも、もう一度戦場へ送ることが可能なんだ」
「何が目的や?」
「それはこれから、直接つんく様に聞いてくれ。さぁこっちだ」
平家は中澤を部屋の外に呼ぶ。
ふと中澤は自分が眠っていた機械が隣にもう一台あることに気付く。
緑のガラス内に、まだあどけなさの残る娘が眠っていた。
「ちょっと誰この子?」
「加護亜依。貴女と同じ特別な者だ」
特別な者?
それがどういう意味なのか中澤は分からなかった。考えたくもなかった。
さっきからズキズキと頭痛が続いていて、あまり深い考えは避けたいと思った。
エレベータをかなり昇り、ガラス張りの廊下にさしかかった所で奇妙な光景を見た。
まだ小学生か中学生か?
年端もいかない少女たちが物凄い格闘技トレーニングを取り組んでいる光景だ。
「ちょっと…なんやこれは?」
「プロジェクトKだ。つんく様の目的・最強の娘を造る計画の一つ。」
確かに…本当に頂点を目指す者ならば幼い頃から打ち込む方が良い。
だがこのレベルは、中澤の常識の範疇をはるかに凌駕している。
将来の最強ではなく。子供である今すぐにでも最強を獲ろうかというレベル。
「さぁ、行くぞ。つんく様がお待ちだ」
平家に言われるがまま着いて行く中澤。
けして怯えて従っている訳ではない。ただ今はまだ逆らう理由が無いだけのこと。
そして女帝・中澤裕子がついに闇の主・つんくと対面する。
「よう来たのぅ中澤裕子。歓迎するで」
陽気な関西の兄ちゃんという感想を中澤はもった。
のん気な挨拶を交わす気はなかった彼女はすぐにさっきの質問を繰り返す。
「何が目的や?」
「平家が言うてなかったか?最強の娘を造ることや」
「その為にあんな小さな子供らをこんな島に閉じ込めとるん?」
「ああ」
「…気に食わないね」
さっきからタメ口の中澤に平家は切れかけたが、当のつんくが黙ってそれを制す。
むしろ何処か嬉しそうにしている。
「気に食わないが……戦える体へと治療してくれたことは感謝しとる」
「照れるで。気にせんでええよ。俺は別にあんたを部下にしたいとか思てへん」
「ふぅん」
「初めから女帝を従えられるなんて思とらん。あんたは自分のやりたい様にすればええ。
それがこっちのタメにもなるゆうこっちゃ」
「…なるほど。うちに飯田圭織を倒させようってこと」
「察しがええな」
飯田圭織。
その名を口にした中澤裕子の体温が、数度上がった気がする。
「心配せんでも…あの女はうちがぶっ潰す」
「頼もしいが、今の中澤裕子じゃあプロレスの神様には勝てへん。自分が一番わかるやろ」
プロレスの神様の恐ろしさは誰より一番中澤がよく知っている。
認めたくは無いが勝てない。
つんくはそれを察したか、ニヤニヤと笑いながら妙なカプセルのクスリを取り出した。
「これを常時服用すれば、限界を超えた力を会得することができるんや。
ただし副作用として徐々に精神が毒されてゆくらしいが…」
中澤は頭痛の原因と肉体復活の原因を悟った。
自分はすでにそのクスリを少なからず飲まされているのだ。
その証拠に、数年の寝たきり後とは思えない体力の充実を感じる。
「ここで育てている娘達には皆、これを服用している」
平家が語る。『魔のクスリ・AFU』おそらくは平家自身も服用しているのであろう。
あの少女達の常識外れのレベルもこれで説明がつく。
「精神崩壊の代わりに人間離れした強さを手に入れられるってこと」
「せや。怖いか?」
「望む所だ。元より再起不能の身。今さらそんなもん屁でもあらへんわ」
「ククク…女帝のあんたならば確実に飯田を越える。俺が保証したる」
(悪魔との契約…卑怯やとは思わへんで)
中澤裕子には自身があった。己がクスリごときで自我を失わない自信である。
つんくの誘いは利用するだけ。あくまで自我を保ったままで最強になる。
この飯田圭織への怒りが失われるはずがない。
(再び最強の座につく為ならば悪魔でも利用したる!)
こうして闇の主つんくと女帝中澤裕子の契約は成立した。
『不死人形』石川梨華、『三倍拳』加護亜依に続く三番目の怪物が誕生。
表の格闘技界を倒すだけのメンバーが揃ったのである。
平家が中澤を連れて外へ出たあと、もう一人の側近アヤカにつんくは告げる。
「驚いたな。中澤裕子の意識がこれほどはっきりしとるとは…」
「前もってAFUは注入しておいたはずなのですが」
「腐っても女帝か。厄介やのぅ。アヤカ、中澤裕子へのAFUの濃度を高めておけ」
「これ以上は人体への影響が危険レベルに達しますが…」
「構わんさ。どうせ奴は対飯田用の捨て駒にすぎん」
「…本命は石川梨華?それとも加護亜依ですか?」
「クククククク……」
「つんく様?」
「アヤカ。命が惜しければ余計な詮索はせんことや」
「も、申し訳ありません」
つんくの笑みをアヤカは不気味に思った。
もしかするとマスターは、自分や平家の想像も及ばぬ何かを企んでいるのかもしれない。
「まぁいい。役者は揃った。ほな、宣戦布告にでも行こうやないか」
「宣戦布告ですか?どちらへ?」
「決まっとる、安倍なつみと飯田圭織や。この二人が動けば女子格闘技界は全部動く。
おっと、それから同行者をKより二名程選抜しとけ。そろそろ奴らにお披露目や」
プロジェクトKから2名を選抜。いよいよあの子達が地上に…
あの子供達が表舞台に立てば、間違いなく今の格闘技界の常識が覆る。
時代が動き出す。数歩先で何が起こるかもわからない世界へと。
第33話「野生」終わり
次回予告
「そや。今日は宣戦布告に来た。光と闇の最終決戦や」
つんくの宣言により、夏美会館が、ハロープロレスが、女子格闘界全体が、動き出す。
いよいよ明かされる衝撃の最終決戦ルール。
「考えたもんね。トーナメントではどうあがいてもなっちには勝てないから…」
「逆や。お前等が闇の怪物に勝てるチャンスを与える為の、温情に満ちたルールやで」
一方、激動に蠢く時代とは遥か外の世界で、高橋愛の孤独な戦いは続く。
To be continued