平家みちよと名乗る女は、視線で二人のアイに語る。
「話はこいつらを片付けてからにしましょう」
「手伝ってくれるんですか?」
「そのつもりよ」
「ラッキー!ええ子やん」
「いや子供じゃないやろ」
(いい子か…フッ)
高橋と加護の背中に向けて、平家は闇の笑みを浮かべる。
彼女の登場に中国武術家たちの戦意は喪失気味になっていた。
高橋愛・加護亜依・平家みちよ。
立場も境遇もまったく異なる三人の闘士が手を組み、次々と敵を倒してゆく。
気がつくともう半数以上が倒れ、残りは逃げ出してしまった。
完全勝利である。
「やったー!ありがとうね、加護ちゃん」
「まぁ、うちにかかればこんなもんや」
「平家さんもありがとう。助かりました」
「気にするな。君たちの様な有能な格闘家を失いたくなかっただけだよ」
「なんやおばちゃんも格闘家かぁ?」
ビックウ!!
突如仁王の様な睨み顔に変化した平家に、加護はガクガクブルブル震えて言い直す。
「お姉さまも格闘家でございましょうかぁ!」
とりあえず安全な場所まで移動した三人は、日本の女子格闘話で盛り上がる。
もちろん平家は自らの正体を隠しながら。
「実は私、強い娘を育てることを仕事にしているの」
「へぇ〜そんなんあんねんなぁ」
「初耳やよ」
「もしよければ、お二人にも一度そこを紹介したいんだけど」
「なんかおもろそう…うん、試しに見てみよかなぁ」
「高橋さんは?」
あっさり即答した加護と異なり、高橋は言葉を詰まらせる。
助けてもらった恩もあり、無下に断るのも気が引けるが…しかし。
「ごめんなさい。私、これから弟子入りするって約束があるんです。だから…」
「そう、そういうことならいいわ。また機会があったらよろしくね」
「はい」
「じゃあ行きましょうか、加護ちゃん」
「えっ!今すぐかぁ?」
「そうよ。大丈夫。日本行きのチケットはこちらで用意するわ」
「ほんま!飛行機代出してくれんの!う〜ん、よっしゃ、ほなちょっとだけ待っててや!」
すると加護は「老師〜!」と叫びながらどこかへ走っていってしまった。
思わず二人きりになった平家と高橋。
一息つくと平家は高橋にあることを告げた。その声色はさっきまでと違う。
「高橋さん」
「はい」
「半年後、来年の春までには日本に帰ってきなさい」
「へ?なんでや?」
「日本中の女子戦士を一同に集めた大規模なイベントが開かれる」
「えっ!何それ?そんなの初めて聞いた」
「ええ。まだ何処にも公にはしていないからね」
「どうしてそんなこと知ってるんですか?」
「それは言えない。詳しい話もまだ決まっていないからな。ただ言えることは…」
「言えることは?」
「そこで真の“最強”が決まるということよ」
最強。
その二文字を追い続けてきた大勢の娘たち。
もちろん愛もその一人である。たちまち興奮が肌を包み込む。
「あの5vs5戦にいた連中。そしてその場にいなかったまだ見ぬ猛者たち。
全員を集結させる。参加しなければ武道家として一生後悔することになるわよ」
どうして平家さんがあの5vs5を知っているのか?
もはや聞く気もおきない程、愛の体は熱を帯びてきていた。
安倍。飯田。矢口。辻。藤本。田中。道重。亀井。そしてまだ見ぬ強敵。
これらの名前が一同に…考えただけでも興奮が止まらない。
熱を吐き出すように愛は言葉を残す。
「半年やの…。わかったわ。この半年で絶対に誰よりも強くなってやるわ!」
愛と平家の元から飛び出した加護は大急ぎで擂台賽会場に戻る。
もう後片付けの始まっているその脇に、持参の酒をすすっている白髪の老人がいた。
「老師!今までお世話になりました!ほな、いってきます!」
「うむ…って、ちょっと待たんかい!なんじゃいきなり!」
「いい人がいて日本にタダで連れてってくれるゆうんです」
「そうか…最後まで慌しい奴じゃのう」
老師がグイッと酒を飲み干す。加護の目が少し潤んだ。
修行中は何度もこのエロジジイの元から去りたいと思っていたが、
いざ別れるとなるとやはり寂しさがこみ上げてくる。
「本当に、お世話になりました。この腕が元に戻ったのも、
また夢を追うことができるのも、全部老師のおかげです」
「なんじゃ急にかしこまりおって気持ち悪い」
「気持ち悪いってなんですかぁ!人がせっかく感動的にしようと…」
「似合わんことせんでよい。とっとと行ってこい」
「イ〜だ!もーありがとうも言いませんよ〜だ」
「そんなもんいらんわ!行け行けぃ!」
本当は、ありがとうを言いたいのは自分だった。
老いて見ることもなくなった夢をくれたのは、この小さな娘である。
折れた腕の治療に訪れた和の国の少女は奇跡の体質を備えていた。
そして完成した誰も成し得ることのなかった中国拳法の極地。
(礼がしたいのならば、本当に最強になった姿を見せてくれ)
大きく成長した弟子の背中を見ながら、白髪の老人はまた酒をあおった。
老師に別れを告げた加護は、再び平家と愛のいる場所まで駆け足で戻る。
「お待たせお待たせ〜!あいぼんはいつでも出発できますよ〜」
「それは良かった。じゃあ行こうか」
「加護ちゃん。せっかく会えたけど、ここでお別れやね」
「やっぱり行かへんのか。でもまたすぐ会えるよ」
加護はニッコリ笑って、同じ名をもつ娘に手を差し出す。
高橋愛はそれを見ると笑い返す。
「最強を志すならば、必ず、ね」
次に会うときは、どんな形になるかは分からない。
いや、味方であるより対戦相手として出会う可能性の方が遥かに高い世界だ。
それはお互いに理解っている。
だからこそ、せめて今このときは、同じ夢を持つ仲間として手を握りかわす。
「ほな元気でな〜」
「うん、加護ちゃんも元気で」
二人のアイの握手を見ながら、背後で闇は笑んでいた。
(お前達が思っているような…甘っちょろい再会は無い)
(せいぜい今の内に楽しんでおきなさい。夢とか仲間とかくだらない戯言を)
(お前達を待つのは……血と恐怖の殺し合いだ)
(クククククク…)
闇に足を踏み込んだことを、屈託の無い笑みを浮かべる加護は知る由も無い。
島がある。地図にも載らぬ小さな隠れ島だ。
平家と加護を乗せたヘリが、島の中央に立つ研究所に降りる。
「起きなさい、到着よ」
「ほわぁ?ここ日本かぁ?」
寝ぼけ眼をこすりながらヘリを降りる加護。見たことも無い景色であった。
「何処やここ?」
「言ったでしょ。強い娘を育てる機関よ」
「ああ、そっか。そっか」
言われてようやく思い出した。
すると少女が二人近寄ってきた。どちらも加護より一回り程小さい。
まさかこんな小さい子供が格闘技を学んでいるとは思わず、加護は少し驚く。
それ以上に驚いたのは、子供達の表情にまるで感情が見て取れないこと。
加護はもっと楽しくワイワイ騒いでのトレーニングを想像していたのだ。
「下がりなさい。桃子、佐紀。彼女はお客さんよ」
平家にそう言われると、二人の子供は無表情のまま離れていく。
加護は何処か不気味な印象をもった。
(なんや思ったのとちゃうな〜)
「さぁ、こっちよ。マスターがあなたに会いたがっているわ」
(派手なおっさん)
それがマスターつんくを見た加護の第一印象だった。
平家に案内された豪華な部屋は、中世ヨーロッパの玉座の間をイメージさせる。
ただっ広い空間の奥に真っ赤な玉座。そこに座る派手なおっさん。
「話は先に戻ったアヤカから聞いとる。ようこそ加護君」
「どうも」
「君が強くなる為の設備は何でもある。ゆっくりしてもらって構わんで」
「いえ結構です。うち見学来ただけやし」
「まぁそう言わんと…」
「ののに会いに行くんや」
「のの?」
「辻希美。うちの親友や!黙っていなくなったこと謝りたいし、ゆっくりなんか…」
「辻…まさかあの辻か?」
「えっ、知ってはるんですかぁ?」
「知ってるも何も。今この国の格闘技界で彼女を知らん奴はえんやろ」
「嘘ぉーーー!!!」
「平家、あれを持ってきてあげなさい」
つんくに命じられた平家は一旦退室すると、数冊の格闘技雑誌を持ってきた。
『辻希美!奇跡のトーナメント制覇!』『夏美会館空手、新王者はやはり辻!』
そこにはありとあらゆる雑誌の表紙を飾る成長した親友の姿があった。
加護は目を丸くしてページをめくる。
「新時代の女王」「なっちとジョンソン飯田の後継者」「最強にもっとも近き存在」
どんな批評も辻希美を絶賛している。
ずっとチベット奥地に篭って修行していた加護にとって、寝耳に水の衝撃。
「君と辻がどんな関係かは知らへんが」
「…親友や」
「辻はお前のことなんて、とっくに忘れとる」
加護は大きな黒目を開いて、つんくを見た。
黒い笑みを浮かべながらつんくは続ける。
「辻は今や夏美会館のチャンピオン。自分が一番になることに夢中や。」
「…」
「まったく無名の加護君には手が届かない存在になってしまったんだよ」
加護はもう一度雑誌に目を落とす。
久しぶりに見た相棒の顔は、輝いてキラキラしていた。
「加護君。もし君がそれでも最強を目指すというのならば…」
「…」
「方法はたった一つ…辻希美を倒すこと」
闇の誘い。しかし…。
口端が上がると、やがて加護は大声で笑い出した。
「アハハ!なんやそれ。そない言うてうちとののが喧嘩する思たん?
ののがうちのこと忘れる訳あらへんやろ!そんな脆い関係やないで。
何も知らんのに勝手なこと言わんといてもらえます?」
「ほう…」
得意の関西弁で一気にまくしたてると、加護はプイッと回れ右した。
「帰らせてもらいます。気分悪い!」
「今、君が戻り最強を目指すと言って、果たして辻はそれを受け入れるやろか?」
「……っ!」
「もうお前の引き立て役やった辻希美やないで。勝利の味を知ってもた」
「いい加減にせんと怒りますよ」
「それ以前に加護君。君ではもう辻希美には勝てへんよ」
「…あんた」
「勘違いせんで欲しい。俺は君に辻を越える力をあげたいと思とるんや」
「それが余計なお節介いうんや。あんたの力なんか借りひんでも、うちは負けん」
「いや負ける」
「うちはもう誰にも負けん!最強やから」
「軽々しく最強を語ったらあかんよ」
「なんやったら試してみましょか?」
加護亜依の目つきが変わる。冷静さを失っていた。
仕方が無い。辻とのことをこれだけ言われたら平静でいれるはずが無い。
一方、挑発の誘いに成功したつんくは笑みを抑えるのに必死だった。
「平家。彼女に最強という言葉の重みを教えてさしあげろ」
「わかりました」
なんと!ここでつんくが指名したのはあの平家みちよであった。
沈黙を保っていた平家が、その膨大な戦気を開放し加護亜依に向ける。
思わぬ展開!加護亜依vs平家みちよ