「遅いですよ〜老師!ちこく!ちこ〜く!」
「ちょっと待たんかい!ゼィゼィゼィ…」
擂台賽の受付に、白髭の老人とあどけない顔の娘が駆け込んできた。
「はいはいは〜い!ライタイサイ!参加しま〜す!」
「あのぅ、もう間に合いませんが」
「そこをなんとか!この為にわざわざチベットから出てきたんですぅ」
「と言われましても、もう決勝戦前ですので」
「えー!決勝!!」
「なんじゃ?どうしたんじゃ?」
ようやく追いついた老師を、平手で突き飛ばす弟子の娘。
「おそ〜い!老師がお酒飲みすぎて、寝坊したからや〜!」
「師を突き飛ばす奴があるかぁ!」
そこへ決勝戦開始のアナウンスが流れる。
ガックリと頭を垂れる弟子の背中を、老師が叩く。
「しょうがない。見学だけでもしよう」
「乱入してもいいですかぁ?」
「いい訳なかろう」
老師と呼ばれた人物は、弟子のお団子頭をポカリと小突いた。
準決勝まで会場が南北の二つに分かれていた為、決勝に来て初めて互いの相手を知る。
なんと南ブロックと北ブロック、共に勝ち上がってきたのは日本の少女であった。
これは擂台始まって以来の珍事であった。
国の面子がどうと言う次元を超える事だが、もはや文句も出ぬ程この二人、強かった。
なにはともあれ決勝戦!
『高橋愛 対 村上愛』
村上のセコンドにいたアヤカが思わず目をむく。
「高橋愛!どうしてこんな所に!?平家さん、これは…」
「ああ、たしかトーナメント選手にいたなぁ。強いのか?」
「飛びぬけて強いということはないですが…弱い訳でもない。ベスト4ですし」
「テストの最終調整にはちょうどいい相手じゃない。おい村上」
平家に声を掛けられた村上愛は、顔色一つ変えず振り返った。
「はい」
「本気でいけ」
「いいんですか?」
「構わんさ。殺してもいいぞ。責任は私がとる」
やはり表情を変えず、村上は頷いた。
教育係の平家がそう言うという事は目の前にいるのは“敵”だ。
「愛」という同じ名を持つこの女は“敵”だ。村上の瞳に敵の顔が焼きついた。
「へぇ〜小っちゃいのに、すごいんやのぉ」
試合開始前、勝ちあがってきた同じ国の少女に興味をもつ高橋愛。
だが村上からの返事はなかった。無表情で感情が読めない。
(変な子ぉ)
彼女がつんくの野望を担うプロジェクトKの一翼であるとは、知る由も無い。
(まぁええわ。ビシッと勝って福田さんに弟子入りするんやよ!)
ゴーン!!
鐘が鳴る。擂台賽決勝戦の幕開け。
そしてそれは表の格闘技対プロジェクトKの第1戦でもあったのだ。
円を描くように周る二人の愛。回りながらジワジワ距離を詰める。
先に仕掛けたのは高橋。目にも止まらぬ速さのミドルキック。
観客が一斉に息を飲んだ。しかしこれに村上は軽々と対応してみせる。
タイミングを計り飛び込むと、カウンターの手刀を放つ。
シュッ!
「…っ!」
このカウンターを高橋はかわしきれず首筋に赤い線が走る。
もう一歩遅ければ頚動脈がいっていたかもしれない。
思わず相手の顔を見上げる。村上愛は…まるで感情を示さず無表情を保っていた。
その佇まいは、高橋にある影を思い出させていた。
(…似てる)
この無感情な戦いぶり。そう、あの子達に似ているのだ。
ためらうことなく矢口を刺した道重さゆみ…
笑いながらジョンソン飯田を翻弄した亀井絵里…
人ならざるものと化し劣勢を吹き飛ばした田中れいな…
あの怪物たちの様な怖さと…同じものを目の前の少女から感じる。
その感情無き視線に見つめられ愛の背筋がゾクリと冷たさを感じた。
「やりますね。あの高橋のスピードについていくとは」
「村上はプロジェクトKで一番の俊足、矢島舞美とよく模擬戦をしている」
「なるほど。速さには慣れっこという訳ですか」
「さぁ、どうする高橋愛?自慢の翼は通じないぞ」
アヤカと平家が語る以上に、高橋は動揺していた。
自慢の蹴りを放ってもスルリと避けられる。
こんな小さな子供を相手に、得意のスピードもテクニックも通用しない。
(なんなんや…一体)
中国拳法家を相手に快勝し、どこかで強くなったと自負する気持ちがあった。
そんな自負心がボロボロと崩れ落ちてゆく。
(こんな子供に負ける訳にはいかんのやって)
(私はもっと強くなりたいんや!その為に福田さんに教わるんやから!)
高橋は飛びつく。タックルで倒して関節技に持ち込もうとする。
しかし村上はそれを表情一つ変えることなく、ジャンプしてタックルを捌いた。
鳥みたいに!空中から高橋の脳天へ爪先を打ち下ろす。
タックルの勢いがついたまま愛は前のめりにダウンした。
回避不可能な空中殺法。これがプロジェクトK村上愛の必殺技!
FLY HIGH!
ダウンした高橋愛の脳裏にとんでもない恐怖が襲い掛かってきた。
肌に伝わる地面の感触が…嫌でもあのシーンを蘇らせる。
初めての敗北を喫したあの戦い。
もう二度と戦いの場に戻れないとまで思ったあの…。
(私は…私は…やっぱり…もう…)
ドクン!
夢か…幻か…そのとき高橋愛の視界に入った姿…
いる訳がない。こんな場所にいる訳がない。
あいつは今頃日本で栄光という光の中輝いているはずだ。
地べたに這いつくしている自分とは違い、最強へと確実に登っているはずだ。
こんなところで…お前が!
(…辻希美!)
高橋愛は音もなく立ち上がった。目が泳いでいる。
まるで観客の騒ぎも対戦相手ですらも彼女の思考には届いていない様な。
審判が「やれるか?」と尋ねると、ニィと笑みを浮かべた。
「…思い出したよ」
村上は相変わらず無表情で高橋を見ている。試合再開!
高橋はそんな村上を見て、またニィと笑った。
「あの怖さに比べたら全然……子供騙し」
高橋愛と村上愛の決勝戦真っ最中。
遅れてやってきた老師とその弟子も、決勝戦会場に姿を見せた。
ちょうどそのとき一方の選手がダウンした。けれどダウンしてすぐにまた立ち上がった。
立ち上がる直前に、彼女はこちらを見ていた様な気がする。
「こいつは驚いたのぅ。決勝は両方とも日本の娘じゃと」
「鼻の下が伸びてますよ老師」
弟子は老師に突っ込むと、試合会場に眼を移した。
突っ込みはしたものの同じ国の少女たちの戦い。気になる。
それに今ダウンした方の選手。どこかで見たことある気がする。
席が遠すぎてはっきり見えないので確証はないが。
そう思っていたとき、隣の老師が大会パンフを見ながらはしゃぎだした。
「お〜奇遇じゃのう。二人ともお前と同じ名前じゃぞい!アイ対アイじゃ!」
「!」
小さな記憶の糸が繋がった。
そういえば…いた。同じ名を持ち最強を志していた娘。
(へぇ〜こないとこで…)
「アイ」の名を持つこの弟子は、大きな黒目にたっぷりと笑みを浮かべる。
そう、彼女は…約1年半前、夢を奪われ失踪したあの少女!
加護亜依。
第30話「アイ」終わり
次回予告
最強の夢ふたたび!加護、ついに復活!
「ののに会いにいくんや」
「辻はお前のことなんて、とっくに忘れとる」
そして闇もまた…動き出す。巡る激動。
果たして二人の夢の行方は…!?
「方法はたった一つ…辻希美を倒すこと」
To be continued
という訳でこの記念日に加護復活です。(ちょっと狙ってましたw)
次回はおそらく加護メインの話になります。
とんでもない技を引っさげて最強戦線に踊り出る予定なのでご期待下さい。
さて、作者は本日いよいよ初ハロコンでテンション上がってます。
サッカーの奇跡で興奮したまま、明日はののたんの生奇跡を味わってきます。
それでは。