何ともやりきれない時間は流れた。
死神が現れる気配は一向に無い。
前方では銃の音が鳴り響き、仲間達たちが次々に倒れていく。
それでも私がこの場を離れる訳にはいかない。
戦闘開始からどれだけの時間が経過しただろうか、連射銃の音が減ってきた。
増えてきたのは単発銃と人間の悲鳴だ。
この位置からは戦況が把握できない。果たしてどちらが有利なのか?
「松浦!前線支援だ!」
そのとき、隊長が私を呼んだ。
死神の危険を放棄してでも私を呼んだということは、それだけ劣勢ということだ。
私は歯を噛み締めながら、前線へ走り出した。
一つ丘を越え見晴らしがよくなると、そこには地獄絵図が広がっていた。
「敵陣に百撃ちのレファがいやがる!!」
誰かが叫んだ。百撃ちのレファ。この界隈では有名な名である。
狙った獲物は決して外さないという拳銃使いだ。
奴の存在は計算外だった。
互いに高速連射銃を使い切った今、単発拳銃でレファに勝てる者はいない。
TWOの仲間たちは次々にレファの餌食になっていったのだ。
前線へ向かう最中、夏男の姿が見えた。
声をかけようとした私は、思わず言葉に詰まる。
その腕の中で風信子が絶命していたのだ。
「信子ぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」
私は叫んだ。夏男が私に気付く。
彼は今までに無い怖い顔をしていた。ここは戦場だ。覚悟がなかった訳ではない。
「アヤーヤ。信子を…頼む」
夏男は信子をそっと私の腕に乗せ立ち上がった。仁王の様な顔だ。
その手には自分のと信子の二丁の銃が握られている。
レファに向かって駆け出した。玉砕する気か?
(私はどうすればいい?彼の姿を見ているか?一緒に玉砕するか?信子…)
――――――――知っているか?戦場には死神と女神が住んでいる?
――――――――お前はどっちを味方につけるんだい?
(ああ、そうか)
(わかったよ。信子)
私は信子を担いだまま立ち上がった。
(お礼なら……勝ったあとにするから)
私は信子を腕に抱いたまま、夏男の背中に続く。
「HYAAAAAAHAHAHAHAHAHA!!!!!」
百撃ちのレファは奇声を上げながら拳銃を撃ちまくっていた。
そして向かってくる夏男に気付いた。
二丁の拳銃を振りかざし、レファに真っ向から立ち向かう夏男。
私はそのちょうど真後ろについた。
仲間を壁にする為だ。
残り距離10mといった所で夏男の肉体が大きく揺れ落ちた。
パンパンパンッ!
無常に響く乾いた音。
彼の想いが届くことはなかった。
前のめりになった夏男の向こう側に、百撃ちのレファのツラが見えた。
レファは夏男の後ろに潜む私に気付くと、すぐに拳銃を構えた。
外す距離ではない。元からそんなこと期待してないし、避ける気も無い。
私は抱えていた信子の遺体を前に押し上げた。
「うおあああああああああああああああああああああああ!!!!」
親友の遺体を盾に、私は吼えた。
レファの弾丸に信子の遺体が潰されてゆく。
(怒るか、信子?怒ればいいさ。但し……)
勝って、生き延びてからね。
百撃ちのレファが悲鳴をあげた。恐怖しているのか?
信子の死体を叩き付けた。もうお前と私の距離は0mだ。
どんな武器を持っていようが、この距離で私に勝てる人間なんていやしねえよ!
信子の仇だとか。夏男の分だとか。そういうことは言わない。
ここは戦場だ。そんなことを気にしていたらキリがない。
思いっきり殴る。それだけだ。
手加減なんて一切しない。
お前が引き金を引くよりも早く、私はお前を殴ることができる。
その結果、お前が死ぬか生き残るなんて知らない。
はっきりすることは一つだ。
銃を持ったお前より素手の私のほうが強い!
ドンッ!
ひどい奴だと思うか?
仲間を盾にしてでも勝とうとする私をひどい奴だと。
思わないね。信子は。
少なくとも勝利に貢献ができた。たとえ死ぬことになっても。
私が逆の立場なら私もそれを望む。
レファを失った敵軍は一気に戦意を喪失した。
こうなってはもうエリート軍団TWOの敵ではない。
あとは残党を狩るばかりだ。
もうどうあっても勝利は揺るがない。
全員が銃弾を使い切った時点で、全員が素手に等しくなる。
そうなったらこの松浦亜弥がいるTWOが負ける訳がない。
例え敵に戦場の女神が微笑んでも、こちらに死神が微笑んでもだ。
私はもう神を越えたのだから。
戦いの終わりはいつも空虚が満ちている。
数え切れないくらいの仲間と敵の死体。もう悲しいとも思わない。
「信子…夏男…」
残党処理が終わり、私はまた二人の死体が放置された場所まで来た。
二人は約10m離れた位置で転がっている。
私はもうボロ雑巾の様になった信子の体を抱え上げると、夏男の横まで運んだ。
横に並べると、二人の手と手を重ね合わせた。
「勝ったよ」
返事はない。
「今なら、お礼でも文句でも、好きなだけ受け付けますぜ」
返事はない。
「ほんとに死ぬな、バーカ」
涙なんて流さないもんだと思っていた。
私はもう人間も神も越えたんだから、悲しくなんてないって思っていた。
けれどこんなに胸が痛むし、こんなに涙が止まらない。
私は歌を唄った。
ありきたりなウェディングソング。
戦場に…決して届くことは無いであろう……天使の歌声がいつまでもいつまでも響いた。
(グッバイ夏男)
(そして、ありがとう…信子)
この地の戦いは終わり、部隊は引き上げることになったが、私は残ることに決めた。
確かめたいことがある。
私は本当に神を越えたのか?
それともまだ、単純な涙を流す人間でしかないのか?
確かめる方法は一つしか思いつかない。
「死神…」
たった一人で部隊を全滅させた怪物。
奴は必ず来る。
その死神が本物ならば…必ずこの松浦亜弥という磁力に引き寄せられる。
必ず…。
日が沈んだ。
さっきまで戦場だった場所が漆黒の闇に包まれる。
地平線の彼方に、小さな影が一つ姿を見せた。
その影は隠れることもせず、まっすぐにこっちへ向かってきた。
ここに来るまでたっぷり10分はかかるだろう。
その間ずっと私は影を見つめる。
背が低い…。
女だ…。
日本人だ…。
徐々にその姿が見えてきた。
死神が私の前に立った。小さな日本人女性であった。
「松浦亜弥だ」
私は立ち上がって、名乗った。
「福田明日香だ」
死神が名乗った。
(嗚呼…こいつも同じだ)
(私と同じ種類だ)
私は構えた。
死神も構えた。
(お前もそうか…)
(闘う為に…最強の為に…ここにいるか)
(他に理由はいらないよな)
(だが、一人でいい…)
「ここを生きて出るのは、一人でいい」
いや、そのときはもう人でも、神でもない。
神を越えた……最強だ。
番外編「戦場の女神」終わり