「動き出したぞ」
「うん」
夏美会館前に止まった黒塗りのベンツが、また数人の人間を乗せて動き出す。
その様子を一部始終見張っている者たちがいた。
後藤真希と市井紗耶香である。
「こんな深夜にあれだけのメンバーが…確かに怪しいな」
「追って」
助手席の後藤が運転席の市井に囁く。
市井も後藤もお互い別々に吉澤ひとみの仇を探していた。
やがて市井は、裏社会で行われるコロシアムの存在から…
後藤は、トーナメント選手が何者かに襲われる事件から…
今日の情報に辿り着いたのだ。
「今日集まる中に吉澤の仇がいるとは限らない…
それでも真希が言う日本中の最強クラスが一同に会してはいる」
「いざとなったら、全員皆殺しだよ」
「真希。頼むからムチャな真似はするなよ」
「……」
なるべく排気音を控えるように、市井の青いスポーツカーも動き出した。
表の格闘技チーム5人が降ろされたのは、ただっ広い地下駐車場であった。
愛と辻はキョロキョロ辺りを見渡している。
案内役のアヤカに従い、そこからエレベータに乗り込む。
彼女が緊急のボタンを押すと、カチッとマイクの繋がる音が聞こえた。
「アヤカです」
すると最下層のはずのエレベータが下降を始めた。
「へーそういう仕組み」
矢口が感心したように頷く。
アヤカと5人を乗せたエレベータは下る。
沈黙が続く中、矢口となっちだけがしゃべり続けていた。
「帰るときも同じようにやればいいのかな」
「覚える必要無いよ。帰りも堂々と送ってもらうんだからさ」
「まぁそうだけどさ。なんか暗号っておもしろいじゃん」
「うちらも作る?暗号」
「いいねー!…って敵さんがいる所で決めたって意味ないっしょ!」
ここで敵とはアヤカのことを指している。しかし彼女はまるで反応を示さない。
エレベータを降りると通路の先に鉄の扉と数字の並んだボタンがあった。
ピピピ…と10桁以上の操作を行うと扉が自動的に開く。
3ヶ月前、吉澤が進んだ道と同じ道を…今この5人も歩もうとしている。
扉の先には、中世ヨーロッパ王宮を彷彿とさせる景色が広がっていた。
「うわー!すごーい!」
「私、こんなの初めて見たわー」
辻や高橋が騒いでいると、何処からか下品な関西弁が聞こえてきた。
「ようこそコロシアムへ、待っとったで〜」
声はすれど、姿は見えない。
何処かにスピーカーやカメラでも隠してあるのだろう。
(こいつがコロシアムのマスター寺田…)
安倍はその声をしっかりと耳に止める。
「真ん中のクリクリしたのが夏美会館のトップ、安倍なつみか。
噂はよう聞いてるで。最強やてな。いや〜会いたかったわ〜」
「それから一番小さいのが国民的ヒロイン、講道館の矢口真里。
今日は自慢のヤグ嵐を見せてくれるんやろ。期待しとるで」
「その横が辻希美。そのナリでトーナメントの覇者かぁ、たまらんへんな。
あの大会はビデオで見たで。最高やったわ」
「その辻とごっつい試合したのが一番後ろの高橋愛やな。
実は前から高橋流柔術ちゅーのに興味あったんや。ククク…」
「そんで最後が……まさかあんたまで来てくれるとはのぅ。
安倍なつみと並んで最強の双璧。ハロープロレスの社長、飯田圭織」
5人目、飯田圭織!
なっちのかけた保険とは、なんとこの女のことであった!
夏美会館と並ぶ国内最大規模の格闘技団体ハロープロレスの総帥。
プロレスの神様と呼ばれる生きた伝説、飯田圭織その人。
なっちと敵対関係にあるこの女の参戦は、まさに夢の様な出来事である。
「能書きはいい。とっとと始めろ」
静かにしかし重く、飯田が言い放つ。
飯田は道場に姿を見せたときからブスッと口を閉ざしたまま、不機嫌そうにしている。
ここでも寺田の挑発に瞳をギラつかせている。
「ええで。ええ感じや。お前らの泣き叫ぶ顔が早う見たいわ」
「こっちはてめぇのツラなんざ、見たくねえけどな」
「アヤカ、早ぅこいつら案内したれ、地獄のコロシアムへ!」
「はい」
そこでようやく耳障りな関西弁は消えた。
なっちは声だけ聞いて思った。
協調はできない、この寺田という男は敵であると。
今日保田のついでに叩き潰そうと、密かに心の中で決めた。
「なちみに飯田さんに矢口さんもいるんじゃ、愛ちゃんの出番は完全に無いね」
コロシアムへ続く通路の途中、辻が隣の愛に話しかける。
確かに、と愛も思った。女子格闘議界の三強と呼んでよい三人がそろっている。
さらにトーナメント優勝者の辻希美もいるんだ。
こちらの勝利はまず揺るがない。
なのにどうしてだろう。
さっきから嫌な予感に胸がうずいてならない。
何かとてつもなく凶悪なものがこの空間に潜んでいるような、そんな感じがする。
(気のせいだと、いいんだけど……)
「着きました」
案内役のアヤカが立ち止まる。
その先に巨大な扉が立ちはだかっていた。コロシアムへの入口。
「対戦相手の5人はすでに中でお待ちですよ。さぁどうぞ」
矢口が手首をコキコキっと鳴らした。
辻はゴクッとつばを飲み込んだ。
飯田は腕を組んで黙っている。
愛の嫌な予感はピークに達している。
「いくよ」と呟いて、なっちが静かに扉を開いた。
円形の闘技場、その反対側に敵の5人が待ち構えている。保田圭とその弟子三人。
だが愛たちの目がいったのはそこではない。敵のもう一人だ!
「美貴…」
「ミキティ?」
「えっ!?藤本!!」
安倍と辻と矢口が同時に叫んだ。
保田圭の隣に藤本美貴が立っているのである。
「なんで藤本さんが向こうにいるんや?」
「知らないよぉ!ののが聞きたいのれす!!」
愛と辻が騒いでいると、矢口が前に出てどなりちらしてくれた。
「何考えてんだ藤本!!そいつらが何者かわかってんのか!?」
「……」
藤本は口を真一文字に結び返答しない。冷酷で美しい表情を保っている。
すると代わりに、隣の保田が口を開いた。
「なにか文句でも?どこにつくのも本人の自由でしょ」
「んだとー!!」
なっち!!!!ついでに叩き潰すなんて!すてきだ!
期待してます!
「矢口、やめるべさ」
なっちが冷静に止めた。だが方言がでている。
藤本美貴の顔を安倍なつみがにらみ付ける。
しかし藤本は決して目を合わそうとせず、無表情を造り続けていた。
「いいべさ美貴。だが敵となった以上、容赦はしない!」
それだけ告げて、なっちは口を閉じた。
これを見ていた飯田が口の端を静かに上げる。
「5vs5マッチの始まりやー!」
すると、何処からかまたあの下品な関西弁が聞こえてくる。
矢口などは明らさまに嫌な顔をしてみせた。
「先鋒・次鋒・中堅・副将・大将の総当たり戦。先に3勝したチームの勝ちや!ええな!
ほな両チームとも一旦下がって順番決めや!作戦たてて、よう考えるんやで!」
闘技場の両脇にそれぞれ小さな控えスペースがあった。
石川と吉澤が闘ったときには無かった。この5vs5マッチの為にわざわざ用意したものだ。
安倍チームの5人、保田チームの5人はそれぞれ控えスペースに移動する。
その間、ずっと保田はなっちを睨み続けていた。
みんな藤本に夢中で誰も自分に気付かないことで田中は少しひねくれた。
安倍なつみ
辻希美
矢口真里
高橋愛
飯田圭織
VS
保田圭
亀井絵里
田中れいな
道重さゆみ
藤本美貴