辻希美の戦いは、いたってシンプル。
前に出て殴る。それに尽きる。
そして今回もそのつもりだった。
トン。
それが一歩遅れた。自分が出るよりも早く、田中れいなが前に出てきたのである。
八極拳使いと聞いていた。待ってカウンターを狙う武術と理解していた。
さらに以前、矢口真里にあっけなく負けた相手だという油断もあった。
その理解と油断が、希美の出足を一歩遅らせたのである。
いやそれ以上にれいなの飛び出しが優れていた。
慌てて突きを撃つも、間に合わない。
希美の拳がれいなに当たる前に、れいなの掌が希美に触れた。
パパァンッ!!
その瞬間、希美の小さな体が思いっきり吹っ飛んだ。
溜めも間合いも関係ない、いきなりの衝撃。
これを見た表格闘技チームの表情が一変する。
矢口戦でみせた動きとはまるで違う。いや、それ以上に…。
「毒手抜きなら、保田よりはるかに上だぜ」
飯田が安倍にそう感想を漏らした。安倍も無言で頷く。
保田よりも、そして自分よりも…八極拳が使える。なっちの目つきが変わった。
「ののが負けるかもって心配?飯田さん」
「アホ」
正直なところこの副将戦は、大将戦の意味も兼ねる。
安倍も飯田も、今の高橋ではまだどう転んでも藤本には勝てないと判断している。
つまり、もし辻が負けて2−2で大将戦に回った場合、こちらの負けということ。
逆にここで辻が勝てば3−1で大将戦に回らずしてこちらの勝利が決まる。
そういう意味を含んだ重要な試合なのである。
「あいつが負けると思ったら、こんなのんびり座ってるかよ」
「同感」
安倍と飯田がそんな重要な場を残して、前半で出たには理由がある。
それは後ろに控えているのが辻希美であるということだ。
飯田圭織が見い出した天武の娘である。
安倍なつみが認めた奇跡の娘である。
二つの最強が、絶大なる信頼を置いて後ろに置いた娘である!
たとえ敵がどんな化け物だろうが、どんな奥の手を秘めていようが…
負ける気がしない!
「イテテ…」
吹っ飛んだ辻は肩を押さえながら、すぐにコロッと立ち上がった。
間髪おかず、田中が次の攻撃に入る。
するどい回し蹴りが希美の側頭部を狙い、放たれた。
(ガード!)
とっさに辻は頭をかばう為に腕を上げる。
その腕に、蹴りの衝撃ともう一つ別の衝撃が加わった。発勁!
ババパァンッ!!!
辻が頭から吹き飛ぶ。ガードも意味がない。
蹴りの発勁!そんなの見たことも聞いたことも無い。
衝撃を受ける周りの者たちに聞こえるよう、道重さゆみはほくそ笑む。
「師匠が言ってたもん。れいなは天才だって」
「さゆ、少し間違ってると」
100%の力を完全発揮した田中れいなが、辻を見下ろしながら言った。
「天才であり努力家たい」
「うぐ……」
「奇跡なんて都合よかもんに頼っとー甘ちゃんとは違か」
地面にうずくまる辻に、さらにもう一発蹴りの発勁。
何の抵抗もできず転がる辻。
まさか!まさか!あの辻希美が!?化物みたいに強かったあの辻希美が!?
信じたくない光景に愛はかぶりを振る。
「辻さん!!」
動揺する愛に、なっちが声をかける。
「落ち着きなよ。高橋」
「どうして落ち着いてられるんですか?このままじゃ辻さんが…」
「お前は、奇跡だけの娘に負けたと思っているのか?」
「えっ…」
「ののは負けないさ。ましてお前の見ている前じゃ死んでも負けられないだろう」
愛の脳裏にあの激闘が蘇る。
(うん、そうだよね。あの辻希美の強さは…奇跡なんかじゃなかった!)
グググッと辻の体が起き上がる。それを見た田中が眉をピクリと動かす。
「…っ!」
発勁3回。常人なら死んでもおかしくない程のダメージのはずだ。
なのにまだ立ち上がろうとしている。
田中はさらに蹴った。起き上がりかけた辻がまた吹き飛ばされる。
これで4回…。
「まら…まらぁ…」
何なんだ?ただの馬鹿なのか?この力の差もわからないのか?
立ってもやられるだけだというのに…。
田中はムスッと唇を曲げ、さらに蹴った。
ガードもできず、辻はその蹴りを発勁ごともらう。しかし倒されず踏みとどまった。
誰よりも…努力した。
地上最強と呼ばれればいつか再会できると信じて……。
(ねぇ、あいぼ…)
辻希美が前に出た!それに合わせて田中は寸勁を撃つ。ガクンと辻の全身が揺れる。
しかし吹き飛ばされはしない。強靭な足腰と精神力で踏みとどまる。
グウゥゥンとついに辻の拳が田中目掛けて発射された。
ゾクリ。
何かが走った。それが何か田中はわからなかった。今まで感じたことのないものだ。
だがいけないと思った。このまま受けてはいけないと。
前蹴りを辻の腹に放ち、その反動で後ろに避ける。
ギリギリの所で辻の拳は鼻先を通り過ぎていった。
逆に倒されたのは蹴りを受けた辻のほうだ。
田中れいな。あの咄嗟で恐るべき格闘センスである。
「ふぅ…危なか危なか」
ポタ…と何か落ちた。
赤いしずくだ。それがポタポタと止まらない。
顔に手を当てて田中は始めて気付く。それが自分の鼻から落ちていることに。
(どーなっとるたい?)
当たってはいない。たしかに避けた。
当たっているとすれば拳の風圧くらいのものだ。
風圧?まさか…。
目を見開いた田中の視線にゆっくりと立ち上がる辻の姿が映った。
激闘のさなか、歯軋りを鳴らす男がいた。
コロシアムマスター寺田である。
「クソッ、俺に恥をかかせやがって保田の奴。このまま負けたらどうなるか…」
「マスター!」
突然寺田のVIPルームへ現れた側近のアヤカに、寺田は苛立ちの声で返す。
「なんや!やかましい!」
「侵入者です。二人組の」
「しんにゅうしゃぁ?なんやそれ!?そんなもんとっとと始末せいや!」
「はい、すでに待機中のコロシアム戦士を数人動かしたのですが…」
「何や聞こえへんで!」
「全滅…しました。それも相手したのは一人だけです」
「冗談よせや!一人でコロシアムの戦士を何人も倒せる奴なんて、いてたまるかい!!」
「残念ですが…いるようです」
そのとき……プシューと自動扉の開く音。
寺田達のVIPルームに一人の娘が、踏み込んだ。
寺田は驚愕の目つきで、その侵入者を見る。
(たった一人で怪物揃いのコロシアム戦士数人を……そんな奴人間やない…鬼神や)
氷の様な視線をむけて鬼神が立っていた。後藤真希、参上!
第28話「天使は羽ばたく」終わり
次回予告
白熱する辻と田中の激闘、その結末は果たして…?
そしてついにコロシアムへ舞い降りた後藤真希のターゲットは?
大将戦!高橋愛vs藤本美貴は実現するのか!?
「3対3…ちょうどいいんじゃねえの?」
新キャラ、そして招かれざる乱入者たち!急展開のコロシアム編!
(イシカワリカ……か)
To be continued