34 :
19話:
19.「青髭」
松浦自体は充分な力を持っている。
松浦自身も、こう言っては悪いが一緒に消えたと思われる人と比べて、
自分は明らかにレベルが違うと自覚していた。
それでも、松浦は『鶺鴒』の選別によって独房へと落とされた。
これには、松浦の内面の、精神的な面が関係している。
松浦はGacktが王の間に現れて以来、終始冷静を装いながらも、精神的には
かなり怯え、恐怖に駆られていた。あの時、戦ったときに感じた、恐怖をそのまま引きずって。
35 :
19話:04/06/06 00:34 ID:muGKYRS2
『ヒヤシンス』
そう唱え、一瞬にしてGacktのバックを取った瞬間、こいつ、大した事ない、
と勝手に思いこんだ事が、松浦の敗因かもしれない。
最近、主戦力として活躍して、先輩の言葉を借りるなら、
松浦は「調子に乗っていた」といえる。
自信が慢心に変わる瞬間、それは一番危険な時だ。
絶望感に襲われながらもその自信からGacktへと突っ込み、
バックを取れてしまった時点で、松浦の敗北は決定事項だったのだ。
『Good bye boy』
松浦が一番打ち慣れ、使い慣れていた呪文。
確実に決めに行ったはずだった。
これで決まりだろう、そう思っていた瞬間、松浦は脇腹をえぐられる様な感覚を覚える。
何で?!
Gacktの顔を見ると、少しだけ笑っている・・・・。
ここで松浦の意識は途切れ、ただ恐怖だけが松浦の全身に植えつけられてしまった。
それ故の畏縮から、松浦は落とされていったのだった。
36 :
19話:04/06/06 00:35 ID:muGKYRS2
「・・・・・・・・・・・。」
「大丈夫?」
松浦はしばし呆然と回想を続けていたため、石川が心配して松浦の方を見る。
松浦は慌てて振り向くと、笑顔を造ってみせた。
「大丈夫です!・・・どうします?上飛んで戻れるなら戻った方がいいかもしれませんけど。」
松浦は天上に指を指しながら言った。
二人は落下時意識を失っていないため、どうやってここまで来たか鮮明に
覚えている。
「行ってもいいけど・・・、多分戻れないと思う。」
石川の冷静な一言に、松浦は少しびっくりした。
「確かにこの天上は魔法仕掛けですり抜け式、でも王の間から落ちたのは
Gacktの魔法、せきれいだっけ?
それで落ちたから、戻るなら突き破って王の間に出るか、もしくは・・・。」
石川は道が続いている方へと指を指すと、言った。
「進む。」
37 :
19話:04/06/06 00:36 ID:muGKYRS2
松浦はかなり驚いていた。石川さんって、寒いだけじゃなかったんだ、
なんて思いつつ、二人で先に進んで行く。
部屋を横切る度に、凶悪で強大な邪気をひしひしと感じる。
二人とも地下牢の噂は耳にしていたから、本当だったのか、と考えると同時に、
気持ちを引き締め直していた。いつ誰かが出て来るか分からない。
出て来られたら、戦うしかなさそうだし、一人一人強いという事も邪気から
判断して分かる。戦わないのが無難。二人は慎重かつ迅速に移動を続けた。
「他のみんな大丈夫かな?」
石川が呟く。なるべく声を出さない方がいいとの判断の元だった。
「多分みんな二人一組に分かれていると思いますよ、立ち位置からして。」
松浦は『鶺鴒』を浴びたときの情景を思い出しながら言う。
松浦は石川と藤本の間に挟まれていて、辻と加護、紺野と小川はセット。
だからおそらく孤独な娘はいないはず・・・。
38 :
19話:04/06/06 00:37 ID:muGKYRS2
「これで連絡とれればいいんだけどね・・・。」
石川は通信機を摘んだ。
この通信機は中澤とのみ繋がっているため、中澤が死んでしまった今、
経由を頼む事すら出来ない。仮に中澤の持っている通信機から声が聞こえたとしても、
Gacktとの戦いの間で果たして返事が出来るだろうか。
大体通信機はまだ生きているのか?
「とりあえず、出口探すしかないですよ。」
それしか今はもう、する事が思いつかなかった。
二人は無言のまま、静かに一本道を進んでゆく。しかしある時不意に、
ガチャガチャガチャガチャ!!!
「いたぞ!!!」
『行くぞ!!!』
『・・・え?』
なんと周りの部屋のほとんどから、部屋の住人が飛び出してきた。
39 :
19話:04/06/06 00:39 ID:muGKYRS2
どうやらGacktが裏に手を回したらしい。
次々と部屋から厳つい者達が飛び出してくる。男もいれば女もいた。
だが全員共通していたのが、とても強い気を放っている事。
これは一筋縄ではいかない、石川がそう思っていると、松浦は既に攻撃を開始していた。
敵に囲まれた状態で、松浦は舞う。
踊るように。
すると不思議と次々に敵が倒れてゆく。松浦は舞いながら、睡眠効果のある
“芳香”を、魔法によって発しているのだ。石川が浴びないように、調節もしっかりとして。
これで敵の中でも強敵の部類に入る敵以外は皆眠ってしまった。
『奇跡の香りダンス。』
松浦が付け加えるように呟く。
とりあえずこれによって敵は10人弱にまで縮小された。石川も負けじと、
『シャボン玉ぁ!!』
パンパンパンパンパン!!!
「はぁ?」
敵はなんでもない顔をしている。
「効かない〜!!!」
40 :
19話:04/06/06 00:39 ID:muGKYRS2
「だめですよ石川さん、シャボン玉ってのは・・・・。」
松浦は掌と掌をピッタリと合わせ、魔力を蓄積してゆく。
そして腕を一気に広げると、
「こうしないと!!!」
100単位のシャボンが敵に降り注ぐ。
石川は悲しそうな顔をしながら、弾けてゆくシャボンを眺める。
「まあ、見よう見まねなんですけど。」
「弱いって悲しいね・・・。」
さて、とりあえずこの場にいた敵は全員倒した。二人は先へと進もうとすると、
『いたぞ!!!』
「また来た〜!!!!!」
敵は総力戦で来ていた。
41 :
19話:04/06/06 00:41 ID:muGKYRS2
今度はさっきのようにはいかない。いくらなんでも相手が多すぎる。
二人は必死に走った。しかし追ってくる敵は逃げれば逃げるほど増えてゆく。
せめてもの救いといえば、さっき来た大群は全員前の部屋から来たから、
挟み撃ちにされる心配がないことか。
そしてそれは出口、もしくは行き止まりが近い事を意味する。後者ならば・・・・。
『Good bye boy』
後ろも見ずに魔弾を力いっぱい放つ松浦。
石川はそうしたいのは山々だがそんな器用な事が出来ない。
というよりレベル不足で使える攻撃呪文がほとんどない。石川は辛かった。
後輩に頼るしかない、自分の弱さが。
「どうする?!」
目の前には、道が二つ分かれていた。真っ直ぐ行くのか、曲がるのか。
「曲がりましょう!!」
松浦は思った。もしかしたら曲がり角でうまく撒けるかもしれないと。
42 :
19話:04/06/06 00:42 ID:muGKYRS2
二人は曲がると、
ガチャッ。
ちょっと先の部屋のドアが開く。
『!!』
また誰か出てくるのか!?でも後ろへ引き戻す事は出来ない。
やばい!!
松浦は両手に魔力を思い切り溜める。松浦の中で腹が決まった。
前の扉を吹っ飛ばして切り抜ける!!
扉から手だけが顔を出す。親指を自分の部屋へクイッと向けるジェスチャーをした。
『?』
入れ、という事なのだろうか。どうしていいか分からない二人は、かくまって
くれるのではないかというほのかな期待を胸に、中へと急いで入った。
バタンッ。
43 :
19話:04/06/06 00:43 ID:muGKYRS2
ドアは誰も触れてもいないのに勝手に閉まった。
別に驚く事でもないので二人は何も言わない。
ドドドドドドドドドドドド・・・・・。
大量の足音が左から右へと流れてゆく。どうやらバレなかったようだ。
「あの、よく分かりませんがありがとうございまし・・・・た?」
松浦がお礼を言おうと部屋の住人に目をやると、すぐに妙な音が聞こえてきた。
ウィ〜ン
ジョリジョリジョリジョリ・・・・。
「あの?」
「は〜い?」
間の抜けた声に二人拍子抜けした。鏡を見ながら、髭剃りで必死に髭をそっているのは・・・
30後半くらいの男。どう見ても強そうではない。見た目で二人は拍子抜けしてしまった。
この人も、敵国の主戦力として戦っていたというのだろうか。
44 :
19話:04/06/06 00:43 ID:muGKYRS2
『ありがとうございました!』
二人はとりあえず礼を言った。
「別に礼はいいよ。」
男は髭剃りを終えると、
「桃、食べる?」
桃の缶詰を取り出した。
『・・・・・はい?』
とりあえず二人は断りきれずスプーンを一緒に受け取り、無言のまま食べ出す。
なんだかよく分からないが、気まずい。
石川はパクパクと何も考えずに食を進めているのを見て、松浦も食べる事にした。
・・・・・・・・・・・・。
食べ終わった頃、男はまた髭を剃り出していた。
45 :
19話:04/06/06 00:44 ID:muGKYRS2
「あの〜・・・。」
「ん〜?俺は伊藤一朗。いっくんってみんなに呼ばれてる。」
いっくん・・・・。
「あの〜・・・。」
「髭?ごめんね、よく伸びるの。」
「いやそうじゃなくて・・・。」
松浦は凄く言いにくそうに、言った。
「こういう事言うのもなんなんですが、何で助けてくれたんですか?」
いっくんは考え込むような顔をしたまま、止まってしまった。
ウィーン
ジョリジョリジョリジョリ
「また剃るのかよ!!!」
松浦が叫んだ瞬間、石川が驚いて横を向く。松浦は慌てて口を塞ぎ、改めて、
「戦ったり、しないんですか?」
46 :
19話:04/06/06 00:46 ID:muGKYRS2
「はっ?」
いっくんは髭を剃るのに夢中で聞いちゃいない。松浦は考えた。
もしここにおびき寄せたのも、今こうやっているのも全部罠だとしたら危険だ。
ならば、今、隙だらけな今のうちに!
松浦は先手必勝とばかりに、髭を剃るいっくんの背後へと回った。
『ヒヤシンス』
松浦がいっくんの背中に到達した瞬間、
シュッ
「?!」
いっくんがその場から忽然と姿を消す。二人は辺りを見回した。
部屋は広いが、だからと言って隠れる場所があるわけでもない。
どこかにいるはずなのだ。
「あのさ〜。」
『!!!』
二人は驚く。特に松浦に関して更に怯えた。気づくと松浦は後ろから羽交い絞めにされ、
首元にはギターが突きつけられていた。ギターにもたっぷりと魔力が込められているのを肌で感じる。
いっくんはその間の抜けたトーンのまま、言った。
「俺戦意0だから、行きたきゃ行って。でもそっちが戦いたいなら、やるよ。」
「は、はい・・・。」
松浦は離されると慌てて後退した。
47 :
19話:04/06/06 00:47 ID:muGKYRS2
「あ〜、別に休む分には何時までもここいて構わないから。」
「じゃあ、少し休んじゃおうか?」
「え?・・・・そうですね。」
落ち着くのに時間が必要と判断した二人は、しばらくここでおとなしくすることにした。
いっくんは座ると、アコギで静かに旋律を奏で始める。
二人は思わず聞き入る。それはいっくンの風貌からは想像も出来ないような、
優しく、美しい旋律。
やがていっくんは手を止めると、
ウィーン
ジョリジョリジョリジョリ・・・・
『また?!』
To be continued...