さゆみん(黒)

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75黒さゆ ◆m68dVLRBiQ

勝負が始まる

私の紺野さん、そして見守る周囲に

緊張が張り詰める・・・



「対戦してもらうのは、コレです!!」


目の前に現れたものは

なんと

羊羹であった
76黒さゆ ◆m68dVLRBiQ :04/02/26 21:22 ID:7czIdwCR

こんなものを

早食いしろというのか

圧倒的に私の不利・・・いや、紺野が有利すぎる

前にも述べたが

紺野の好物は甘物である

それに比べて私はというと

ケーキ、チョコレート・・・全ての甘味系食品全般を

不得手とするのである
77黒さゆ ◆m68dVLRBiQ :04/02/26 21:24 ID:7czIdwCR

もちろん

この事実は誰にも吐露しているわけがない

むしろ、私は他人の菓子さえ平気で奪う

無類の菓子好きとまで認識されているぐらいである

だが実際は違う

私は珈琲は無糖で飲むタイプだし

普段は化学甘味料で味付けされた食品を一切口にしない

特にこの、羊羹などの和菓子のような、

いかにも人工技術によって手配されたような甘さ・・・

私の舌が、喉が、食道が、それを拒むのである
78黒さゆ ◆m68dVLRBiQ :04/02/26 21:26 ID:7czIdwCR

逃げようと思えば簡単なのだ

少し目を潤ませて、声を震わせるといい


「私・・・無理です・・・」


消えそうなぐらいの声で、そう呟けば

おそらく勝負は紺野の不戦勝となりうるだろう

79黒さゆ ◆m68dVLRBiQ :04/02/26 21:28 ID:7czIdwCR

だが

それだけは許さない

私の自尊心は、そんなことを容易く受容れるほど

軽く薄っぺらいものではない

『負かすと言ったら、負かす』

それが達成されない時

その時点で

私は自らの限界を知るのだろう

大丈夫

まだ、大丈夫だ
80黒さゆ ◆m68dVLRBiQ :04/02/26 21:30 ID:7czIdwCR

「では、用意してくださーい?いいですかぁ?」

「それでは、よーい・・・」

「スタート!!!」


私の手が伸びる

紺野の手が伸びる

用意されている楊枝はもう眼中にない

『必死さ』

この場で望まれている姿はそれだ

いかに自然にその姿を「演じて」みせるか

そうして紺野あさ美を叩きのめした瞬間

私自身のヴァリューが上昇するのである
81黒さゆ ◆m68dVLRBiQ :04/02/26 21:32 ID:7czIdwCR

吸い込むように

羊羹を口に放り込む

もはや私の歯も舌もその働きを放棄し

目はただ一点を・・・次々と切り出される羊羹のみを

ひたすら見つめている

脳は的確に機能し

私の勝算をはじき出すのである
82黒さゆ ◆m68dVLRBiQ :04/02/26 21:34 ID:7czIdwCR

意識を朦朧とさせることによって

面白いぐらいすいすいと物は進むものだ

苦手な筈の甘物が

まるで水のように、私の胃へと流れてゆく




「終了〜〜〜〜〜」

いつのまにか、時間は経過していた
83黒さゆ ◆m68dVLRBiQ :04/02/26 21:36 ID:7czIdwCR

気がつくと

私は15皿、紺野は9皿・・・

圧倒的に、私の勝利である

だが、

意外にも達成感とか、嬉々とした感情は沸いてこない

決勝に勝ったのに、である

念願の、打倒紺野あさ美を達したのに、である
84黒さゆ ◆m68dVLRBiQ :04/02/26 21:37 ID:7czIdwCR

私に残ったものといえば

あぁ、終わったという虚無感と

張り詰めていたものが一気に溶解した無気力さであった

それが妙に胸に溜まり

なんとなく気分を害するのである

さっきまでの高揚感が虚実のように

私はぐったりとした不快感に襲われた
85黒さゆ ◆m68dVLRBiQ :04/02/26 21:39 ID:7czIdwCR

「シゲさん!!!すごーい」

「すっげー!カッケ〜」


私の内心などお構いなしに

女共は叫び、数々の祝慶の声を投げかける

鬱陶しい

煩わしい

いちいち応えるのも面倒臭い

こんなことなら、いっそ一回戦で負けていれば・・・
86黒さゆ ◆m68dVLRBiQ :04/02/26 21:41 ID:7czIdwCR

「三代目大食い女王は、シゲさんでーす」


司会の明るい声がスタジオに響いた

激しく気が滅入る

そんなものはもうどうでもいい

所詮、キャラなど何の価値もない

独立で意味を持たぬ冠詞のようなものである

そんな多々なる私の後悔を

ほんの少しだけ、和らげてくれるモノが視界に入った
87黒さゆ ◆m68dVLRBiQ :04/02/26 21:42 ID:7czIdwCR

それは

悔しそうに唇を噛み

定まらぬ視線で宙を見上げる

紺野あさ美の姿であった

さっきまで笑顔で「ありがとう」と

精一杯の喜びを滲み出していた表情が

悔しさで、遣り切れなさで、

眉をしかめ、唇を歪め、目を充血させた

恐ろしいような、哀れな形相を浮かべているのだ
88黒さゆ ◆m68dVLRBiQ :04/02/26 21:44 ID:7czIdwCR

面白い、と思った

私にとっては、取るに足らぬ些細な決着にさえ

実に単純に憤怒の情を浮かびあがらせる

間抜けとも取れてしまいそうなその人間性

くだらないと笑い飛ばしてやりたくなる人物像

カワイソウ、アワレ、オキノドク・・・

ほんとに

虜になりそうだ

愉快で、腹を抱えて笑ってやりたい衝動に駆られるぐらい

私はそれを歪んだ快感として捉えてしまったのである