勝負が始まる
私の紺野さん、そして見守る周囲に
緊張が張り詰める・・・
「対戦してもらうのは、コレです!!」
目の前に現れたものは
なんと
羊羹であった
こんなものを
早食いしろというのか
圧倒的に私の不利・・・いや、紺野が有利すぎる
前にも述べたが
紺野の好物は甘物である
それに比べて私はというと
ケーキ、チョコレート・・・全ての甘味系食品全般を
不得手とするのである
もちろん
この事実は誰にも吐露しているわけがない
むしろ、私は他人の菓子さえ平気で奪う
無類の菓子好きとまで認識されているぐらいである
だが実際は違う
私は珈琲は無糖で飲むタイプだし
普段は化学甘味料で味付けされた食品を一切口にしない
特にこの、羊羹などの和菓子のような、
いかにも人工技術によって手配されたような甘さ・・・
私の舌が、喉が、食道が、それを拒むのである
逃げようと思えば簡単なのだ
少し目を潤ませて、声を震わせるといい
「私・・・無理です・・・」
消えそうなぐらいの声で、そう呟けば
おそらく勝負は紺野の不戦勝となりうるだろう
だが
それだけは許さない
私の自尊心は、そんなことを容易く受容れるほど
軽く薄っぺらいものではない
『負かすと言ったら、負かす』
それが達成されない時
その時点で
私は自らの限界を知るのだろう
大丈夫
まだ、大丈夫だ
「では、用意してくださーい?いいですかぁ?」
「それでは、よーい・・・」
「スタート!!!」
私の手が伸びる
紺野の手が伸びる
用意されている楊枝はもう眼中にない
『必死さ』
この場で望まれている姿はそれだ
いかに自然にその姿を「演じて」みせるか
そうして紺野あさ美を叩きのめした瞬間
私自身のヴァリューが上昇するのである
吸い込むように
羊羹を口に放り込む
もはや私の歯も舌もその働きを放棄し
目はただ一点を・・・次々と切り出される羊羹のみを
ひたすら見つめている
脳は的確に機能し
私の勝算をはじき出すのである
意識を朦朧とさせることによって
面白いぐらいすいすいと物は進むものだ
苦手な筈の甘物が
まるで水のように、私の胃へと流れてゆく
「終了〜〜〜〜〜」
いつのまにか、時間は経過していた
気がつくと
私は15皿、紺野は9皿・・・
圧倒的に、私の勝利である
だが、
意外にも達成感とか、嬉々とした感情は沸いてこない
決勝に勝ったのに、である
念願の、打倒紺野あさ美を達したのに、である
私に残ったものといえば
あぁ、終わったという虚無感と
張り詰めていたものが一気に溶解した無気力さであった
それが妙に胸に溜まり
なんとなく気分を害するのである
さっきまでの高揚感が虚実のように
私はぐったりとした不快感に襲われた
「シゲさん!!!すごーい」
「すっげー!カッケ〜」
私の内心などお構いなしに
女共は叫び、数々の祝慶の声を投げかける
鬱陶しい
煩わしい
いちいち応えるのも面倒臭い
こんなことなら、いっそ一回戦で負けていれば・・・
「三代目大食い女王は、シゲさんでーす」
司会の明るい声がスタジオに響いた
激しく気が滅入る
そんなものはもうどうでもいい
所詮、キャラなど何の価値もない
独立で意味を持たぬ冠詞のようなものである
そんな多々なる私の後悔を
ほんの少しだけ、和らげてくれるモノが視界に入った
それは
悔しそうに唇を噛み
定まらぬ視線で宙を見上げる
紺野あさ美の姿であった
さっきまで笑顔で「ありがとう」と
精一杯の喜びを滲み出していた表情が
悔しさで、遣り切れなさで、
眉をしかめ、唇を歪め、目を充血させた
恐ろしいような、哀れな形相を浮かべているのだ
面白い、と思った
私にとっては、取るに足らぬ些細な決着にさえ
実に単純に憤怒の情を浮かびあがらせる
間抜けとも取れてしまいそうなその人間性
くだらないと笑い飛ばしてやりたくなる人物像
カワイソウ、アワレ、オキノドク・・・
ほんとに
虜になりそうだ
愉快で、腹を抱えて笑ってやりたい衝動に駆られるぐらい
私はそれを歪んだ快感として捉えてしまったのである