公式本

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160名無し募集中。。。
す、と襖が開くのを飯田がちらりと横目で見る。
田中が両膝をついている。
「三番隊。市中巡察より戻りました」
「うむ」
田中は膝を上げ、敷居をまたぐと、そのまま広間の奥に進んで行く。

「これで組頭は全員集まりましたね」
石川が飯田を見る。

不動堂村壬生娘。おとめ組屯営。
広間には既に飯田、石川、田中を含め、辻、小川、道重。
和田の護衛についている藤本を除き、おとめ組の幹部が揃っている。

庭に面した障子の色が、徐々に赤みを失っていく。
遠くから鐘の音が聞こえる。日の暮れたことを知らせる暮六ツの鐘。

これから鐘が鳴るごとに、宵五ツ、夜四ツと時を刻んでいく。
夜四ツの次が夜九ツ。いわゆる子(ね)の刻。零時である。
そこから今度は夜八ツ、暁七ツ、明六ツ(日の出)、と数えていく。
161名無し募集中。。。:04/04/14 22:02 ID:vKy26PFe
田中は腰を降ろすと、額の汗を拭いながら、小さく息をつく。
「ふう」
「暑かった?」
道重が小声で聞く。
「うん。……この様子だと、夜になっても暑さは残ると思います」
最後の方は飯田のほうに向けて言っていた。

「うむ」
「濱口、有野の両名、及び先日の阿佐浪士三名の身柄は滞りなく、
六角牢より所司代の屋敷に移されました。
それと、この二日間、矢口副長のほうから直接何度か、
西町奉行所牢屋敷番に濱口らとの面会を求める要望が出されましたが、
受け付けられなかったようです。
その件に関して、さくら組と牢屋敷番の間に多少のいざこざがあったようですが、
目立った被害は出ていません」
「そうか。ご苦労だった」
162名無し募集中。。。:04/04/14 22:03 ID:vKy26PFe
「勤王党の残党は、なぜ所司代への移送を待ったんでしょうね」
小川が前に乗り出す。
「ふむ」
確かにどこか引っかかりを感じる話ではある。

単純に、自分らより所司代の方がくみしやすいのだろうということは理解できる。
奉行所の牢屋敷(六角牢)の表の警備には、
牢を共用していることもあって、壬生娘。組も加わっている。
そこを襲うより、所司代屋敷牢を狙うというのは不自然というほどのことでもない。
驕りでなく、壬生娘。組のほうが所司代より武力に優るのは紛れもない事実である。

しかしどちらにせよ、そもそもよゐこの両名に、
わざわざ所司代屋敷を襲う危険を負うほどの価値があるのだろうか。

いや、あるのだろう。だからこそ所司代は身柄を欲し、
幕府は強引な手段を用いてまで壬生娘。組から、お膝元の所司代へと身柄を移した。

所司代への移管を申し渡されてから二日間。
六角牢に身柄を置く二人がまだ壬生娘。の管理下であったに関わらず、
その間も所司代が壬生娘。の介入を拒んだのがその証でもあろう。
163名無し募集中。。。:04/04/14 22:04 ID:vKy26PFe
「襲うんなら運ぶ途中が一番いいんじゃないの」と辻が言う。
「相当厳重な警備体制でしたよ」と田中。
「まあ、白昼堂々と襲いかかるよりは夜を選んだのかも知れぬ」
「そういえば。御所の警備に変更があったらしいから、そのせいもあるのかも」
石川が思い出したように言った。

「それはどういうことだ」
「御所の警備がここ数日、強化されているそうです」
「何かあったのか」
「さあ……。藤州の朝廷工作になにか動きがあったという噂は聞きますが、そこから先は」
石川が首を振る。
「ふむ」

御所とは、天皇の座する禁裏周辺の公家屋敷が集中する一帯のことを指している。
いわゆる朝廷の動きは、大抵この中で行なわれる。
京都における幕府の中枢である二条城からは北東の方向に位置する。

京都所司代は、京都の治安維持と共に、御所周辺の警備を任じられている。
これは幕府が朝廷の動きを常に監視し、公家工作をするためでもある。

御所の警備に変更があったということは、
朝廷の中に何か動きがあるのかもしれない。
滅茶勤王党の残党もそれに連動している可能性がある。

「その分、屋敷内の警備が手薄になっている、ということもありうるか」
飯田は小さく呟く。
壬生娘。組は朝廷に対して政治的な関わりを持っていないため、
正式な経路を通してしか、その辺りの事情を知ることができない。
164名無し募集中。。。:04/04/14 22:05 ID:vKy26PFe
所司代と壬生娘。は、現場でかち合う平隊士同士の仲こそ、それほど良くはないが、
組織上部では互いに協力関係が保たれている。決して対立してはいない。
しかしそれが重要な事案に関する話ともなれば、
情報を隠し、権利を主張するのもまた当然のことである。
たとえば飯田も同様に、和田から得た滅茶勤王党残党による所司代襲撃の密告を隠している。
恐らく所司代、或いは幕府も、壬生娘。の掴んでいない何かを掴んでいるのだろう。

(攻め方を違(たが)えたか……)
飯田は心の中で悔いる。
何を聞き出すのかこちらが分かっていなければ、
いくらこちらがよゐこの身柄を押さえていても、聞き出せたはずもない。

過去は過激な拷問でそれを補ってきた面もあるが、
近頃は幕府の沙汰もあって控える傾向にある。
それも壬生娘内にどこか緩い空気が蔓延してきてからのことだろうか、とも思う。
すべてが後手に回っている予感がする。

そのまま以前の壬生娘。を懐かしんでしてしまいそうになる自分を振り切るように、
小さく首を横に振る。
「勤王党の動きは?」
小川を見る。
「はい。見張りの報告によれば、残党の主な潜伏先と思われる寿司屋では、
今のところ大きな動きはありません。
その他、ここ二日間でさくらおとめ合わせて阿佐浪士による小競り合いが二件。
藤州浪士によるものが一件。
その他藩士、及び浪人によるものが四件」
「確かに阿佐浪士の動きが目立ってきてはいるな」
165名無し募集中。。。:04/04/14 22:06 ID:vKy26PFe
「勤王党はどう来ますかね?」
小川の問い掛けに、飯田は石川を見る。
「はい」
石川が畳の上に大きな紙を広げる。
日が暮れ、暗くなってきた座敷の中に、蝋燭の火が灯される。

紙の上には、四つの建物の大まかな見取り図が細筆で描かれている。
「濱口、有野らを収監した牢は、所司代組屋敷内の北西に位置すると思われます」
石川が、飯田から見て一番左の建物を指さす。

『京都所司代』とは正確には役職の名のことを言い、
京都守護職が寺田光男であるように、京都所司代という役職を持つ者がいる。
無事勤め上げた後は、江戸老中に召し上げられるのが慣例となっているほどの要職である。

京都所司代は二条城北一帯に広大な敷地を持ち、
例えば京都守護職の手足として会府藩兵や壬生娘。組というものがあるように、
所司代も手足となる『所司代組』というものを持っている。
その所司代組の屯所が所司代組屋敷である。
所司代関連の建物の中では、一番西の外れにある。
166名無し募集中。。。:04/04/14 22:08 ID:vKy26PFe
「東側の、飯田さんから見て右側に隣接する建物が所司代下屋敷(しもやしき)です」
石川の指が紙の上を動く。
「所司代組屋敷の門は五つ。東西南北と、北東に設けられた御用門。
このうち東門と北東門は所司代下屋敷に通じる門で隣接してますから、警備は万全のはずです。
とすると、残るは西か南北か。
牢からの近さで言えば、北門ですね。一門に集中するか、正反対から陽動するか――」

「我らの目的は、濱口らを“勤王党の襲撃から奪還すること”だ。
出てくるところを待ち伏せられればいい」
「ならば北側で張りますか? 見廻組(みまわりぐみ)の巡察とかち合う可能性もありますが」
「……いや、西にしよう。ここで見廻組と事を構えると面倒だ」

京都守護職配下には壬生娘。組や所司代の他にも、いくつか治安のための組があり、
守護職の指示によって警備担当区域が分担されている。
たとえば壬生娘。組は西本願寺周辺と祇園周辺が主な担当区域であり、
所司代は東本願寺周辺と御所周辺を担当している。

その中で京都見廻組は二条城周辺南北の警備を任されている。
旗本の子弟を中心に組織された見廻組は、幕府に対してもそれなりの発言力を持っており、
ここで介入を許すと後々面倒なことになる。
襲撃が発覚すれば駆けつけてくることは間違いないが、できれば事前に顔を合わせたくはない。
167名無し募集中。。。:04/04/14 22:09 ID:vKy26PFe
「……さくら組のほうは?」
「特に目立った動きはありません。いつものとおりのようです」
道重が答える。
「ふむ……」
「和田さんの警護には紺野さんを出してきました」
「紺野、か」
飯田は顎に手を当ててしばし思案をする。
矢口はどういう思惑で紺野をよこしただろうか。

よゐこの身柄引き渡しに憤る矢口の気持ちは、飯田にも痛いほどよくわかる。

飛び抜けた剣力を誇る壬生娘。組ではあるが、
その反面、政治的な話に関わることはほとんど無い。
組織自体に政治的な性格は皆無と言っていい。
壬生娘。はあくまで、京都の治安を維持するための武力的な側面しか持ちあわせていない。

稀に政治的な意見書を幕府に具申することもあるが、
政治的なことに関して壬生娘。組はほとんど蚊帳の外であり、
その点では政事要職でもある所司代や、旗本の子弟で編成される見廻組らに、
一歩も二歩も遅れている感がある。
しょせん浪人の寄せ集めという、幕府の蔑んだ見方もそこにある。

そのことが、壬生娘。組の活動にも影響を及ぼしている。
例えば先ほどの朝廷の動きなど、
対処しようにも所司代や守護職を通してしか、情報を知りえないことは多いのである。
168名無し募集中。。。:04/04/14 22:10 ID:vKy26PFe
壬生娘。の直接の上役である京都守護職、
寺田光男が幕府内部の政事にあまり熱心でないのも影響していた。

その結果、壬生娘。組はただの漠然とした「力」に甘んじ、
政事も絡めた大きな事変に対し、壬生娘。単独では、
包括的な対応ができないというもどかしい状態が続いている。
今、この幕府の危機に際してもである。

「所司代のほうは大丈夫でしょうか」
石川が心配そうな顔をする。
「被害が少ないにこしたことはないが。
だが、逆に勤王党の残党に簡単にやられてしまうようでは、
それが阿佐藩の動きに所司代が対応できないことの証でもある」
「……そうですね」
石川は自分を納得させるように何度かうなずいた。

飯田は政事に介入する力を欲している。壬生娘。のために。
ならば、組の存廃を賭けてでもやらねばならない。
もし仮にこれでおとめ組が消滅したとしても、さくら組は残る。
それが飯田にとって救いでもある。
そのためにも矢口には、耐えてもらわねばならない。
169名無し募集中。。。:04/04/14 22:11 ID:vKy26PFe
「……よし」
飯田は決心を確かめるように口を強く結んだ。
「和田さんが所司代組屋敷に向かうより前に、こちらも行動を開始する」

「じゃあ、夜の巡察に行って来ます」
道重が立ち上がった。
「うむ」
「みんな。今夜からおとめ組は警戒態勢に入るが、
勤王党がいつ仕掛けてくるかはわからない。気を抜かず慎重に行動するように」

「ぶった斬ればいいんでしょ。ようするに」
難しい話には加わろうとしない辻が、大雑把なことを言う。

「また、たくさんの血が流れますね」
石川が言う。
「我らの行くところに血が流れぬことなどあったか」
飯田が静かに答えた。
170名無し募集中。。。:04/04/14 22:13 ID:vKy26PFe
鐘が三つ鳴らされた後、続けて五つ鳴る。
宵五ツの知らせである。

あたりは完全に闇に包まれ、人の通りはなくなっている。
紺野は藤本と共に和田とソニンの警護に就き、所司代組屋敷へ向かっていた。
駕籠を使うことをすすめたが、
和田が「たまには歩いていこう」と言い出し、歩くこととなった。

歩きながら和田を見る。
紺野の持つ提灯の明かりでうっすらと浮かび上がった横顔は、
いつもと同じく、にこにこと笑っている。

昨日、副長の矢口に突然この任を言い渡された。
藤本と共に和田の警護をするのだという。

尋問の立ち会いは、幕府に悪評の立つような過酷な拷問を控えるという、
幕府側の政治的意図により施行されている形だけの制度らしい。
今回の場合更に、あまり勝手なことをされては困るという、
京都守護職による所司代に対する柔らかな圧力も言外に含まれているのだという。

どちらにせよ、恐らくは屋敷に入り、よゐこの顔を見て、
お茶でもいただいて帰ってくることになるのだろう。
171名無し募集中。。。:04/04/14 22:16 ID:vKy26PFe
しかし紺野は矢口に、さらに別の任務も言い渡されていた。
藤本を監視しろとのことだった。

具体的なことはあまり説明してもらえなかったが、
とにかく藤本が任務外の不審な行動を見せたら、それを止めるか、あるいは妨害しろと言われた。
仲間の隊士に向かって穏やかではないように思えたが、
相手がこの藤本であるならば、それもあまり違和感はなかった。

紺野が藤本と初めて顔を合わせたのは、あの読瓜駕籠襲撃の時である。
敵として、刀を交えた。
刀の感触を今でも覚えている。
自分は成すすべもなく一瞬で弾き飛ばされた。
その時の、藤本の顔を思い出す。
表情は全く無かったが、鬼のように感じられた。

それが今、隣に並んで歩き、同じ人間を守っている。
不思議なものだ。と思う。

止めるにしろ、妨害するにしろ、できれば刀を抜かずに何とかしたい、と切に思う。
172名無し募集中。。。:04/04/14 22:17 ID:vKy26PFe
(気まずい……)
海中から顔を出した魚のように口を尖らせて、ふう、と息を吐く。
藤本と、出発してから一度も言葉を交わしていない。

藤本に変な様子がないか、時折盗み見ては目が合い、
思わずわざとらしく目をそらす。ということを繰り返している。

和田は一人で楽しそうに、あちこちの建物を指さしてはソニンに向かって、
「あれが有名な呉服屋だ」「これが強欲な金貸しだ」と言っている。
ソニンは「はあ……」「はあ……」と適当に相槌を打っている。

(ああ、なんでこんな任務に就かされちゃったんだろう)
紺野は空を見上げる。月が昇る前の天には、美しい星空が広がっている。
(これがもし、あの人とだったら……)

と、突然、藤本の声が紺野の耳に飛び込んできた。
「お前――」
紺野は思わず顔を伏せた。
「思ってません思ってません。辻さんとなら良かったなんて思ってません」
「は?」
「……い、いや、なんでもないです。すいません」
顔を真っ赤にしても、薄明かりの下ではわからない。
173名無し募集中。。。:04/04/14 22:18 ID:vKy26PFe
「新しい刀か」
藤本が紺野の腰を指して言う。
「え? あ、あ? はい、そうです」

確かに新しい刀である。
前に使っていた刀は刃がかなり落ちてしまっていたので、
壬生娘。組新編成で隊長に昇格するのに伴い、
思い切って新しい物を手に入れた。

刀に興味があるのかな、とも思ったが、
藤本はそのまま黙ってしばらく紺野の刀を見つめた後、
ふうん、と視線を前に戻し、
自分の腰の刀の柄を、ぽんぽんと二、三度軽く叩いた。

紺野は首をかしげて、これも奇妙な行動だけど、矢口さんの言うこととは違うよな、
と思いながら、再び息を吐く。
(気まずい……)

紺野は、そんな自分との最初の立ち合いが、藤本が刀を折る原因を作り、
その結果、藤本を危機に陥らせたことなどは知る由もない。
174名無し募集中。。。:04/04/14 22:20 ID:vKy26PFe
屋敷に近づいてくると農村のような臭いが周囲に漂ってくる。
中で馬を飼っているせいだ。
話によると、所司代組屋敷では他にも犬や鶏を飼っているのだという。
これはそういった獣の体や糞の臭いなのだろう。

白く長い外壁を回りこみ、南の門の前に来ると、番兵に呼び止められる。
「待たれい」
後ろで数頭もの犬がうるさく吠え、威嚇する。
今にも襲い掛からんという勢いだ。

和田が番兵に名乗ると、しばらく待たされた後、門の中に通された。
案内に従って石畳の上を行くと、
屋敷の玄関をくぐったところで三人の娘に迎えられた。

「和田様、お勤めご苦労様でございます」
一段高い場所で平伏する三人の真中の、一番小柄な娘が半歩前に出て頭を上げる。
「京都所司代組を預かる、監鳥居組(かんとりいぐみ)組頭、木村麻美と申します」
175名無し募集中。。。:04/04/14 22:24 ID:vKy26PFe
三人の娘はそれぞれ、木村麻美、里田舞、斉藤美海と名乗った。
それぞれ所司代組を取りまとめる監鳥居組の組頭を勤めているという。

京都所司代という役職には歴代、譜代大名の中でも強力な藩が就くこととなっている。
現在の所司代は、寺田との親交も深い花畑藩藩主、田中義剛である。

治安の悪化を受けて京都守護職が設置され、
所司代がその下部組織として取り込まれるのに伴い、
配下の兵、与力、同心などを取りまとめる者として、
監鳥居組が新たに所司代組の中に設けられた。
その権限は強く、所司代内部だけでなく、寺社に対する調査の権限も有している。

「石川どのはお元気ですか」
屋敷の奥の広間に通されると、里田がにっこりと笑って言った。
「は、はい。元気ですよ」
何も答えようとしない藤本に代わって、紺野が慌てて答える。
「そうですか。良かった」
「石川さんはここに勤められていたこともあるんですよね」
斉藤が言う。
「そうなのよ。でも石川さん、屋敷で飼っている鳥が苦手で」

「で、早速だけど濱口、有野、それと阿佐浪士たちの尋問はどうなっているのかな」
和田が遮るように話を切り出す。
すると、木村が笑みを絶やさないまま言った。

「ここまで足をお運びいただいて申し訳ございませんが、
立ち会っていただく必要はありません」
176名無し募集中。。。:04/04/14 22:25 ID:vKy26PFe
「それは……なぜですかね?」
和田もそういった解答を覚悟をしていたように、笑みを崩さずに切り返す。

「みうな」
木村がそう言うと、斉藤が周りの番兵を人払いし、広間の障子と襖を全部閉める。
辺りがしんとする。離れたところから、犬の吠え声が聞こえる。

再び、監鳥居組の三人と、和田が座して向き合う。
ソニンはそこから半歩下がり、
紺野と藤本は護衛として、さらに後ろに下がって見守っている。

「実は、よゐこ及び阿佐浪士らに対し、所司代組は尋問する予定がございません」
「……それは?」
「言葉のままです。前阿佐藩主、田森一義様の入洛に伴う勤王派の阿佐浪士の動きは、
我らは既に、さる筋から捉えております」

和田は首をひねる。
「では、そのことは壬生娘。組に?」
「いいえ。阿佐浪士の大きな動きに対する包括的な取り締まりは、
お達しのとおり所司代が仕切りますので、情報の流出はある程度抑えさせています」

「ならば、よゐこらの移管は、単に情報漏洩を封じるためと?」
「それもあります。が、他に――」
木村がそこで一度言葉を切る。
「命を狙っている者がいます」
177名無し募集中。。。:04/04/14 22:25 ID:vKy26PFe
和田が眉をひそめる。
「口封じか」

「実はよゐこらの身柄引き渡しを急いだのは、尋問のためと言うより、
まず重要人の身の安全を守るための意味が強かったのです。
そのために、少々強引な運びとなってしまいましたが」
「命を守るため……かあ」
「はい」
和田が腕を組み、思案するようにうつむく。

命を守るために、あえて牢に囲うということは確かにある。
それはその者が自らの身を守る手段に乏しく、
かつ、ある事象に関して重要な鍵を握るという場合に稀に使われる。
どこで凶刃に見舞われるか分からない町中よりは、
警備の整った牢の中のほうが安全ということはあるのだ。

しかしそこで、紺野は木村の言い分に違和感を持った。
よゐこらの命を守るため?
ならば何故、わざわざ六角牢から所司代に身柄を移す必要があったのだろう。
壬生娘。の守る六角牢のほうが、安全で言えば所司代より上ではないのか。

あるいは六角牢に、内通する者でもいるということだろうか。
だがそれより、木村はよゐこが重要人だから命を守る必要があると言った。
しかし、尋問の必要はもう無いとも言ったのではないか。
だとすれば、もはや命を狙う必要も、守る必要もないはず。
178名無し募集中。。。:04/04/14 22:27 ID:vKy26PFe
「狙っているのは何者か、わかっているのかい」
和田が困ったように、ため息混じりに言う。
「は……」
そこで木村がソニンと、そして紺野と藤本を見る。

「ああ、彼女たちなら大丈夫。信用できる人間だし、聞いたことを漏らすこともない」
「はあ……」
木村は少しためらった後、意を決したように口を開いた。
「所司代が得た情報によれば、よゐこらの命を狙っている者は――」
ごくりと唾を飲み込む。

「壬生娘。さくら組副長、矢口真里」
179名無し募集中。。。:04/04/14 22:29 ID:vKy26PFe
蝋燭が灯された薄暗い広間の、襖がすっと開く。
顔を覗かせたのは壬生娘。さくら組五番隊伍長、亀井絵里。
音を立てずそのまま中に入り、襖を閉める。
「おとめ組屯営内、確かにひとけが無くなっています」

「そうか……」
目を瞑ったまま木像のように固まっていた矢口が、
意を決したように目を開き、立ち上がる。

「どこ行くんですか?」
加護が口をぽかんと開けている。

「所司代屋敷だ」
矢口は恐ろしいほどの真顔で言った。
小さな炎の下で、小さな影が揺れた。