「『冷たい』?・・・」
「少しぐらいねぎらいの言葉があってもいいんじゃないの?」
「私達は今回『負けた』のよ。ねぎらいの言葉もなにもないでしょ。」
「そんな言い方!・・・」
2人の中隊長が間に入った。
「止めてください!・・・」
「いいんですよ、我々のことは・・・」
その様子を見てソニンは軽く目を伏せ、会議室を出て行った。
副隊長が立ち上がり、ソニンの後を追っていった。
第1中隊長はそれを見届けると前田に向き直り、つぶやくように話しかけた。
「前田さん・・・でしたっけ?さっき隊長のことを『冷たい』とおっしゃいましたけど。
私はあの人ほど部下想いな上司を知りませんよ。」
「でも・・・」
「隊長が我々の前でメソメソ泣くわけにはいかないんです。彼女はあくまでも冷徹な指揮官を演じているんです。
・・・隊員が死んで一番辛いのは隊長なんです!」
前田は黙り込み、さっき言ったことを後悔した。
前田はいつも一人で闘っていた。孤独だった。仲間に囲まれているソニンを羨ましいと思ったこともあった。
しかしそれは間違っていた。自分にはこれだけのものを背負う覚悟は、ない。
「本当なら・・・・」
第1中隊長がうつむいたままつぶやいた。
「・・本当なら、俺達が隊長を守ってやらなきゃいけないんだ。でもいつも逆に助けてもらってばかりで・・・
あんな若い女性に何もかも背負わせて、押し付けて・・・」
第1中隊長は途中から涙声になり、そのまま黙り込んだ。
「・・・畜生!」
突然第2中隊長が大声をあげて机を叩いた。
「俺達にもっと力があれば隊長を・・・それに今日死んだ奴らだって・・・」
二人の中隊長はそのまま顔を伏せ、無言で握り拳を震わせていた。
前田はもう何も言えなくなっていた。
「隊長・・・」
廊下で副隊長がソニンに後ろから声をかけた。
「・・・私なら大丈夫だから。」
「いえ、これを・・・」
振り返ったソニンに副隊長が4人分の遺書を手渡した。
「これは、私が読むわけには・・・」
「でも、4通とも隊長あてになってますから・・・」
「・・・そう。」
ソニンは受け取った遺書を無造作にポケットに押し込んだ。
「・・・30分後に迎えに行きます。それまではあそこに誰も近づけませんから。」
副隊長がそう言うとソニンは黙ってうなずき、死体が安置されている地下室へ歩いて行った。
会議室に戻るとまだ3人とも黙ったままだった。
副隊長は無言で椅子に座った。
・・・・・・
副隊長が沈黙に耐え切れず何か言おうとした時、突如室内に振動が響いた。
前田が驚いて回りを見渡すと、2人の中隊長はさらに握り拳を強く震わせ、ついには声をあげて泣き始めた。
副隊長は腕を組み、眉間に皺を寄せて目を閉じていた。
「あれは一体・・・」
前田が恐る恐る尋ねると第1中隊長が答えた。
「・・・隊長です。」
「多分、地下室の床か壁でも叩いてるんでしょう・・・」
続いて重い物を引きずるような、ギシギシといった音が響いてきた。
「・・・あれは隊長の歯軋りです。」
聞かれる前に今度は副隊長が言った。
ソニンは声を殺して隠れて泣いているつもりだろうが、基地中にモロバレだった。
その音につられるように、建物のあちこちからすすり泣きや大声でわめく声が聞こえてきた。
前田はいたたまれなくなり、副隊長たちに非礼を詫び、会議室を出て行った。
30分後、死体安置からソニンが出て来た。
隊員の遺体を抱きしめたのだろうか、服や顔が血で汚れている。
顔を上げると目の前に前田が立っていた。
「(誰も近づけないって言ってたのに・・・)」
そう思いながら慌ててキッと顔を作り、前田に話しかけた。
「まだ何か用?」
前田はその様子を見て目を伏せ、申し訳無さそうにうつむいていた。
「・・・用が無いならこれで。」
何も言わない前田を見て、ソニンはさっさと歩き出す。
「・・・待って!」
慌てて前田がソニンの腕を掴んで引き止めた。
「何?」
その毅然とした態度に、前田の気持ちが益々辛くなる。
「さっきはごめん。・・・」
前田の言葉が詰まった。
「その、私でよかったら話し相手になるからさ・・・そんなに・・・」
驚いて前田の顔を見るとポロポロと涙を流していた。
「・・・そんなに一人で無理しなくていいから・・・」
前田はそれだけ言うと声をあげて泣き始めた。
ソニンはその様子を見て一気に体中の緊張が解けた。
吊り上げていた眉毛は下がり、顔をくしゃくしゃにして前田に抱きついた。
「前田さんこそ・・・」
二人は死体安置所に入り、久しぶりに普通の女性に戻ったように大声で泣いた。
その声は幸いにも基地内の他の誰にも聞こえなかった。
半月後。
副隊長が2人の隊員を連れて隊長室に入って来た。
「あれ、2人共もう大丈夫なの?」
「はい、この通りです。」
「前より調子がいいぐらいですよ。」
蠍谷の戦闘で手足を失った隊員たちだった。
再起不能と思われていたが、第一研究所で義肢を付けてもらい、今日ようやく復帰したのだった。
「五木先生には聞いてたけど半信半疑だったから・・・大したもんねえ。」
ソニンは隊員に近づき、義肢をペタペタと触った。
「じゃあこれからも頑張ってね。」
「は・・はいっ!」
2人は少し戸惑いながら隊長室を出て行った
副隊長は2人を見送った後隊長室に戻り、ソニンに話しかけた。
「隊長、ここのところ随分明るくなりましたね。」
「そう?」
あの一件の後、公私ともに前田と合う機会が多くなった。
それにつれてトゲトゲした印象が無くなった。「女性らしくなった」と言うべきか。
もちろん副隊長もそれは知っていた。
「・・・私じゃ話し相手になんないんですかねえ。」
「あなたはただの部下だからね。ほら、さっさと仕事に戻りなさい。」
副隊長はそう言われると、とっても悲しそうな顔で隊長室を出て行った。
「ああいうところが無ければいい奴なのになあ・・・」
ソニンが明るくなったのは他にも理由がある。
本棚の裏に隠してある電話機だ。
蠍谷の戦闘の10日後ぐらいに、突然地下から巨大なモグラが現れてケーブルを置いていった。
モグラには驚いてひどい怪我を負わせてしまい、悪いことをしたが。
ともかくこの直通ケーブルで中澤家と直接話ができるようになった。毎日とはいかないが、
3日に1度は連絡を取っている。
まだ他にも理由がある。
ソニンは椅子に腰掛け、手元のパソコンを操作してお気に入りの動画ファイルを再生した。
もう何十回も見ている首相の緊急記者会見のVTRだ。
前半部分は地震の警戒宣言についての説明や言い訳ばかりだが、最後に原稿に書いてないことをアドリブで話していた。
「・・・なお、今回の警戒宣言に乗じて社会を混乱させようと企む不法な組織がいくつか確認されており、
今後このような組織に対し厳正なる処置を取っていく所存であります。」
一般の国民はその後「蠍谷の大噴火」があったこともあり、地震や噴火の方にばかり目が向き、この発言はほとんど注目されなかった。
なにしろ、国立公園のいくつかが突如「実弾演習場」に指定されたことさえ話題にならなかったくらいだ。
ソニンはパソコンを閉じ、ふぅっと息をついた。
「もう一人じゃないんだ・・・」
あれ以来自衛隊関係者も頻繁にここを訪れている。
研究所の人員や設備も急速に増強された。
Z対策委員会、いや政府は着々と戦力を整えつつある。
ゼティマを超えるのは無理でも、奴らがこちらに簡単に手を出せないぐらいの勢力にはなるだろうか。
いや、これでライダーと共同戦線を取ることが出来ればあるいは・・・
「ああ、ごめんごめん。あんたのことを忘れたわけじゃないんだけどね。」
ソニンは胸のロケットを開き、ユウキの写真を眺めた。
「・・・ごめん、あんたの姉さんのことは、ちょっと後回しになるかも。」
そう言って申し訳無さそうにロケットを閉じた。
そうこうしているうちに副隊長が元気の無い声でソニンを呼びに来た。
これからZ対策委員会の会議がある。
委員ではないが、あれ以来ほとんど毎回会議に呼ばれて意見を求められている。
最近では正式な委員に任命されるのも時間の問題、と言われている。
あの日以来、全てが変わった。
「はいはい、今行くから。」
ソニンは制服の上着を掴み、袖を通しながら部屋を出て行った。
番外編 首都特別守備隊戦記
「岐路」 完