「十面鬼よ。ギギとガガの腕輪の奪還はどうなっている」
「は、ははっ、今しばらくお待ちを」
「馬鹿めが! あれはお前が考えているよりもずっと大事なもの。
もう我々に猶予の時はないのだ。一刻も早く腕輪を手に入れねばならん」
「その通りだ。約束の刻はすぐそこまで迫っている」
薄暗い部屋。
その中央に位置するものは、最初大きな岩のように見えた。
だがよく見ると、それにはいくつもの邪悪な顔が埋め込まれていた。
怪人、十面鬼。
己の欲望のために、自らの体を改造した恐るべき悪魔。
その十面鬼を周りに浮かぶのは、白いローブを身に纏った三人の神官。
ダロム、バラオム、ビシュム。
世紀王を探索する使命を帯びた三人は、そのために必要である腕輪の奪還を
十面鬼に命じていた。
「よいか。腕輪を手に入れることは、我らゼティマにとって最重要項目だ。
それができぬとあらば、貴様の立場も危うくなる。
いや、立場どころか命すら無事である保証はないのだぞ」
「ぐ、く……。分かった。
今度こそ必ず腕輪は手に入れる。あ奴、アマゾンを倒してな」
「よかろう。これが最後のチャンスだ。次はないものと思え」
「分かっている。この俺、ゴルゴスの命に賭けて」
「必ず手に入れるぞ」
「アマゾンの首とともに」
「インカの至宝を我が手に」
ゴルゴスの言葉に残る顔が追従する。
ゴルゴスは拳を握り締めた。その心の底にどす黒い決意を込めて。
その頃、アマゾンライダーことケイは、『ペット探偵』のアルバイトに精を出していた。
「やっぱり……ここにもあったか」
うっそうと茂った雑草の奥。
そこには動物の”ふん”が転がっていた。
「この感じからすると……近いわね。
食べるものがあって、雨を避けることが出来て……」
ケイは右手にそびえる壁を見上げた。
壁の向こうは工事現場のようだった。
不景気の所為で工事自体が中止になったのか、造りかけのビルはそのままで放置されている。
暮れかけた夕日に浮かび上がる、うち捨てられた鉄骨は、まるで何かの死骸に見えた。
もちろん、中から人の気配は感じない。
「やっぱ、ここかな」
辺りに誰もいないのを確認し、ひょいと壁に飛び乗る。
自分の身長の倍ほどもある壁を難なく乗り越え、ケイは向こう側に着地した。
きょろきょろと辺りを見渡す。
配材がところかまわず積み上げられていた。
その中で、野生のカンがある一点を示す。
「いたいた」
果たして、積み上げられたパイプの陰に、真っ白いネコが小さく丸まって隠れていた
怯えさせないようにそっと手を差し込む。
「よしよし、もう大丈夫だよ。
さ、おうちに帰ろうね」
任務を完了させ帰路につこうとしたケイは、何かの気配を感じて足を止めた。
「何これ……この感じ……」
決して強くはないが、確かに感じる良くないものの気配。それはビルの中から感じられた。
一瞬躊躇した後、ケイはビルの入り口へと向かう。
建物の中は妙に生臭い匂いが充満していた。
生きているものの気配は感じない。いや、むしろこれは……死の香り。
薄暗いその中へと慎重に歩を進める。
ケイは柱の陰に倒れているものを見つけて目を見開いた。
ねぐらを求め建物に入り込んでいたホームレスだろうか、
何人かの男がそこに折り重なって倒れていた。
慌てて駆け寄り抱え起こす。しかし、男の体は既に冷たく固くなっていた。
「一体、誰がこんなこと……」
男の首筋にケイは目をとめた。
そこは何かに刺されたように、小さな穴が二つ並んで開いていた。
「これは……」
傷を調べようとしたケイは、別の気配を感じて顔を上げた。
気配の先、入り口に鋭い目を向ける。
「キョエーイ!! ここにいたのか、アマゾン! 腕輪を渡せ!」
奇声を上げて入ってきたのは、白いフリンジのついた赤いボディスーツを着た女達。
十面鬼直属の部下である女戦闘員、赤ジューシャ達であった。
「おまえら、どうしてここに! まさか……この人達もおまえらが!」
「何のことだ。我らの目的はお前の持つ腕輪と……お前の首だけだ!」
ネコを抱えたまま、襲いかかる赤ジューシャの攻撃をひらりとかわす。
バランスを崩した敵に蹴りを叩き込みながら、ケイは珍しく頭を使っていた。
──この人達を襲ったのはこいつらじゃなかった。じゃあ一体誰が。
右から来た敵に肘を当て、左から来た敵に脚払いを食らわせる。
そのまま距離を取ったケイは、赤ジューシャの集団と対峙した。
「さあ、来い!」
小脇にネコを抱えながら、そう叫ぶ。
突然、天井付近からバサバサと羽根の音が響いた。
とまどう赤ジューシャの一人に、暗闇から影が襲いかかる。
「うわああああ!」
「な、何!?」
飛んできた影は赤ジューシャの首筋に牙を突き立てた。
一筋の赤い血がつぅっと垂れる。
──どさりと音を立てて赤ジューシャが倒れた。
体を隠していたものがなくなり、乱入者の正体が明らかになった。
尖った耳、手から伸びる薄い羽根、白い牙から真っ赤な血が滴る。
まるで人とコウモリを掛け合わせたような姿。
怪人は、耳に付けたピアスをかちゃりと鳴らす。
「ラヅゴグザグ ヂゾグデデジャス」
「おのれ! 何者だ!」
仲間の敵を取ろうと赤ジューシャ達が殴りかかる。
それらの攻撃を難なくかわし、コウモリ怪人は赤ジューシャ達に翼を振るった。
そして、倒れたジューシャに次々牙を突き立てていく。
腐臭漂うビルの中に、何度も悲鳴が響き渡った。
程なく赤ジューシャ達は皆、床にその体を横たえた。
獲物のいなくなった怪人は、ゆっくりとケイに向き直る。
「な、何なの、こいつ」
突然の出来事に呆然としていたケイは、殺気を感じて思わず身構えた。
「ズギザ ゴラエザ」
突っ込んでくる怪人の攻撃を、ケイは身を沈めてかわした。
そのままごろごろと転がり、敵から離れる。
「そうか、こいつがさっきの人達を襲った犯人」
無惨にも殺された人の無念を思い、ケイの胸に怒りが燃える。
抱えていたネコをそっと床に置くと、ケイは相手を睨み付けた。
そして、両手を広げて叫ぶ。
「ウゥゥゥ……アァァマァァゾォォォォーン!」
怒りのこもった目が赤く光った。まばゆい光がその体を包み込む。
「ケケェェェェン!」
大トカゲに似た緑色の体。
アマゾンライダーは威嚇するように一声叫んだ。