異形の者と不審者がぶつかり合った公園に、れいなが駆けつけた頃にはすでに勝負は
決し、倒れ伏した一体のオルフェノクがいただけであった。やがて閃光に包まれた異形の
者は光の収束と共に人間の姿へと戻る。タイミングの悪いことに、れいなはドルフィンが
ピザ屋の亭主に戻る瞬間を目撃してしまうことになってしまったのだ。
「お、おっちゃん!」
れいなは亭主の元に駆け寄ると、彼の上半身をできるだけ優しく抱きかかえて起こす。
亭主はれいなが戻ってきたことに気づくと、傷ついた口元にかろうじて笑みを浮かべて
れいなに言った。
「遅かったじゃないか・・・配達ちゃんと済んだのかい」
「も・・もちろんだよ。それよりおっちゃん、あんた・・・」
亭主はれいながなにを見たのかをこの一言で瞬時に察することが出来たような気がした。
人として生きていきたいと願ったものの、それがかなわぬところがオルフェノクのさだめ
というものなのだろうか。れいなと目をそらして亭主は少し後ろめたそうに言った。
「女の子達が攫われて、助けなきゃと思ったらあの姿になってたんだよ・・・本当は
人間として生きたいって、思ってたのになぁ」
れいなにとって、オルフェノクは敵以外のなにものでもなかった。ベルトを狙い、仲間を
狙う異形の者達にかけてやる情けなど一片も持ち合わせていない、自分ではそう思って
いた。しかし、目の前にいるこのオルフェノクは人として生きることを願っていた。
一介のピザ職人として、人と異形の狭間に悩みながらも生きてきたのである。そして、
何者かに攫われた少女のために、異形の身を晒して助けようとしたのである。
「女の子が攫われたって・・・?!」
「あぁ。ゼティマとかなんとか言ってた」
聞き覚えのある名前。それは中澤家の少女達が戦っている悪の組織の名である。
この時れいなは、オルフェノクとならんでこのゼティマという組織の名が、避けられない
存在であると認識出来た気がした。
やがて亭主はれいなの肩を借りてゆっくりと立ち上がるが、近いとはいえ一人では
とうてい店まで戻れないだろう。れいなは亭主に肩を貸したまま店まで二人で歩いて戻った。
その間、れいなは亭主に対して一言も発することはなかった。それは自分のオルフェノク
観とでも言おうか、彼らに対する概念が揺らぐ瞬間に出くわしたからかも知れない。
店にある休憩用のソファにひとまず亭主の身体を預けると、れいなは何も言わずに店を
後にしようとする。と、亭主が痛む身体をおして身を起こして言った。
「すまないね・・・ありがとう」
亭主の言葉を聞いてなおれいなは黙ったままだったが、去り際に一言だけ彼にこう
告げて、店を後にした。
「おっちゃん・・・あんたは人間だよ」
と。
店を出たれいなはすぐさま中澤家に直行する。少女達が何者であるかは判らなかった
が、ゼティマの悪行を耳にしたからには放っておくことは出来なかった。本来ならば
関わる必要のない戦いだったのであろうが、今の彼女には看過できない問題だった。
ちょうど同じ頃、蠍谷では盤石と思われていたヨロイ元帥の計画に再び狂いが生じ
始めていた。
なんと、ロケットの発射機関に故障が見つかり、緊急修理が必要になったというのだ。
当然元帥は烈火の如く怒り、科学者達に当たり散らして怒りをぶちまける。その勢いは
まさに彼ら一人一人を血祭りに上げんばかりであった。
「貴様ら雁首そろえて何をしておるか!この俺がそのドタマ叩き割ってくれようぞ!!」
「ひいいっ!!」
近くにいた白装束の科学者の襟首をつかみ、血走る眼でにらみつけ元帥は怒鳴りつける。
恐れおののき声も出ない科学者の首をおらんばかりにその手に力を込める元帥の背中越しに
赤いランプの輝きと共にあの声が聞こえてきた。
『ヨロイ元帥。何をそんなに荒れているのだ』
「ゼティマ首領様、プルトンロケットの機構にトラブルが発見されました。修理を
命じているのですが時間が・・・」
『なるほど・・・まぁよい。で、どれくらいかかるのか』
「お前達、どれだけかかるのだ?!」
修理完了の見込み時間を求めてきた首領に対し、科学者達にまくし立てて答えを得ようと
するヨロイ元帥。ヒステリックなこの男らしい光景であるが、科学者達はこの男に対する
要求に素早く応じて見せた。実のところ、元帥よりも計画そのものを把握しているのは
まさに現場で事に携わる彼らなのである。
「概ね4時間を予定しております」
『やむを得ん。まずは修理に全力をつくすのだ。成功を祈っているぞ』
元帥にとっては予想外のトラブル。それは我が国にとっては猶予時間が延長されたことを
意味する。ロケットの発射準備が完了すれば、悪魔のZ計画が発動するのである。作業は
元帥の指揮の下急ピッチで進められることとなった。