何とかして敵に追いつこうと全速力でファイズは走る。重力に逆らって屹立する
ビルの外壁を駆け、居酒屋や金融会社のネオン看板を無遠慮に蹴りつけながら走る。
じゃまな物はそれこそ2つや3つは殴り飛ばしながらファィズは敵を追った。一方
彼女の眼下では逃げまどう人々の頭上に飛び散ったネオンや外壁の破片、飛び散る
火花が容赦なく降り注ぎ、あたりはまるで戦場のような有様になっていた。
そして、疾走を続けるファイズはようやくクレインオルフェノクの頭上を取れそう
な位置まで追いついた。この好機を逃してはならないと、通常ファイズドライバーに
装着しているデジタルカメラ「ファイズショット」を取り外すとミッションメモリー
を装填し、「ナックルモード」と呼ばれるパンチングユニットへと変形させる。
そしてさらにファイズフォンのEnterキーを押し、エネルギーを充填させる。
『Exceed Charge』
電子音がエネルギーの充填を告げる。対象に直撃させてエネルギーを放出する必殺の
パンチ技、「グランインパクト」を放つべくファイズはオルフェノクめがけて大きく
跳躍する。
「はぁっ!!」
ジャンプ一番拳を振るい、敵の頭上から放たれる必殺の一撃。だが、ファイズの攻撃
よりもクレインオルフェノクの移動スピードの方がやはり上回っていた。拳は敵に
かすりもせず、そのままの勢いでファイズは近くのビルにグランインパクトを
叩き込んでしまった。アクセルフォームへの変化で倍加したその破壊エネルギーは
実に7.8トンに及び、運悪くこの一撃をまともに食らった雑居ビルの外壁は轟音と
ともに崩れ落ちた。再びファイズはクレインオルフェノクを追うが、その後方では
思いがけぬ大破壊が起きていた。
「ちっ・・・しくったッ!」
土煙を上げて崩れていくビルの様はすでにファイズの視界の後方へと流れ去った。
攻撃を外してしまったことを悔やんでも仕方ないことではあるが、さりとてこの
高速の戦いをいつまでも続けることは出来ない。再び広がった距離をさらなる疾走
でカバーするべく、ファイズは走る。しかし、どうやらファイズがこの形態を維持
できる時間は残り僅からしい。電子音声がカウントを続けるが、それも残り少なく
なってきていた。
『3・2・1・・・』
そんな中再びオルフェノクに先行する形で頭上を取ったファイズはジャンプ一番、
クレインオルフェノクに対して飛びかかった。
「はぁぁぁぁぁぁーっ!」
完璧なタイミング。雄叫びとともにファイズはクレインオルフェノクの身体に
しがみついた。その直後、時間切れを告げる「Time out」の音声が聞こえたかと
思うとファイズアクセルは待機状態に入ったことを告げた。
『Reformation』
電子音声とともに再びフルメタルラングが閉じ、ファイズはアクセルフォームから
元の姿に戻った。一方のクレインオルフェノクもファイズを振り落とそうとひときわ
大きく翼をはためかせ、やがて両者は市街地を離れていく。
ファイズは振り落とされまいと必死に身をよじってクレインオルフェノクにすがりつき、
クレインオルフェノクも足蹴りを見舞い、何としても振り落とそうと足掻く。
「大人しくしろっちゃ!」
などと言ってみたところで大人しくする敵ではない。かくして密着距離の攻防は
しばらく続き、やがて両者は市街地を離れて住宅地上空へとやって来た。
見下ろせばそこはいつかの河川敷だった。ちょうど川の真上に差し掛かった
ところで、ファイズはひときわ身体を大きくスイングさせる。敵ともろともに墜落
したとしても下は川。衝撃が多少きついのと水を飲むことになるのを我慢すれば
命があるだけまだ救いがあるというものだ。身体が大きく揺れるたびに、両者の
高度は徐々に下がっていく。そしてついにクレインオルフェノクはバランスを
失ってしまい、失速した両者はものすごいスピードで落下していく。
「うわぁぁぁーっ!」
『きゃーっ!!』
失速した両者はもつれ合ったまま、真っ逆さまに川の中へと落下した。大きな
水柱が轟音とともに立ち上ると、その姿は水中へと没した。
れいなが意識を取り戻したとき、彼女は川をまたぐ橋の下にいた。まぶたに
感じる暖かい光に少女のまぶたがゆっくりと開いていくと、やがて視界に入った
のは何者かが起こした焚き火だった。着ていた服はまだ濡れていたが、焚き火の
おかげで身体が冷えるのを幾分か防ぐことが出来たようだ。れいなはゆっくりと
身体を起こす。気がつくと自分の物ではないジャケットが身体に掛けられていた。
(助けてくれたのかな・・・誰だろ)
そんなことをぼんやり考えていると、遠くから女の子の声が聞こえてきた。声の
主は二人。一人は初めて聞く声だが、もう一人は何となく聞き覚えのある声だった。
そして、二人はたき火で暖を取るれいなの前に姿を現した。赤々と燃える炎に
照らされた二人の少女とれいなの視線が重なる。自分を助けてくれた人物を、彼女は
その瞬間に理解した。
「えっと・・・誰やったっけ。こないだの人でしょ?」
見覚えはある。だが、名前がどうしても思い出せない。神妙な顔つきで必死に名前を
思い出そうとするれいなに、小柄な少女は笑いながら言った。
「忘れちゃったか。じゃ今度はちゃんと憶えときな?一応命の恩人なんだから」
そう言って少女〜明日香は手にした缶コーヒーをれいなに手渡した。もう一人、
明日香のそばにいる髪の長い少女が誰なのかれいなには判らなかったが、それは
そのうち判ることだろう。たき火のそばで肩を並べ、3人はしばらく暖を取りながら
朝を待った。
雪の中で命を落とし、思いがけず異形の力を得てよみがえった少女、麻美。東京に
向かった姉の姿を求めた彼女は、ただ一人心を許せる少女とともに自分なりの答えを
探す旅を始めた。ひとたびオルフェノクとしての力を振るえば、それは人を傷つけ
悲しみを生み出す悪魔の力以外の何ものでもない。恐れや憎しみ、心の闇がこの異形
の力につけいり再び彼女を悪魔に変えるかも知れない。しかし、自分は一人では
ない。同じ運命と戦う仲間の存在を信じられるし、なにより明日香がそばにいる。
ファイズとの戦いで疲れてしまったのか、室蘭から出てきて以来の心の高ぶりが
ここにきて収まったのか、麻美は明日香の肩にもたれかかったまま、小さな寝息を
立てて眠ってしまっていた。
一方のれいなも燃える炎を見つめながら、今日一日のことをぼんやりと考えていた。
激しい追跡戦の果てに敵を見失ってしまったことは悔やまれるが、終わってしまった
ことを考えるのはよそう、彼女はそう思った。手にした缶コーヒーがいつもより
おいしく思えたのは、何も身体が濡れて冷えていただけではない。ベルトを狙う者達
との戦いに追われ、心を通わせるものも無く過ごしてきた日々が少しだけ変わって
いくような予感を胸に感じ始めていた。同じ敵と戦う少女達と、再会した奇縁に
結ばれた少女。失うことを恐れて遠ざけてきた心の絆、その暖かさを再び感じた一日
だった。
互いの運命、そして相反する別の顔があるとは知らぬまま、奇しくも同じ時を
過ごすこととなった三人の少女達。戦いから離れたそのひとときは、三人につかの間の
平穏をもたらした。しかし、この時運命が三人に課す過酷な試練を知るものは、誰一人
いなかったのである。
第55話 「白い翼」 終