空高く羽ばたいた白い翼、その名は「クレインオルフェノク」。鶴の力を持つ
オルフェノクであり、「飛翔態」と呼称されるこの飛行形態に変化することで
高速で空を飛ぶことが出来る。渋滞中の車列の脇で変化することはあまりに不用意
な行為のように思われたが、幸いドライバーはいらだちと二人連れで自分の車の
前しか見ておらず、周囲の風景に目を奪われるようなことはほとんど無かった
ようだ。従って、麻美がオルフェノクに変化するところを目撃した者は皆無だった。
(逃がさない・・・!)
車列が流れ始め、ターゲットの車は幹線道路から脇道へとはいる。その道をしばらく
行けば、高速道路のジャンクションだ。クレインオルフェノクは相手に気取られない
よう、高空から車を追跡する。ある程度の高度を保った状態でも、一度オルフェノク
と化した麻美の目が車を見逃すようなことはない。やがて車は料金所を抜け、東京
方面へと滑るように走っていった。そしてクレインオルフェノクも、その頭上から
徐々に車の方へと高度を下げてきていた。襲撃の準備のためだ。両者の距離は徐々に
近づきつつあった。
一方、ガソリンスタンドで給油を終えたれいなは、その足でもう一度中澤家に戻ろう
としていた。さゆみの言葉通り、後になって自分の張ったつまらない意地を悔やみ
始めていたのだ。
(きちんと謝った方がいいよね、やっぱり・・・)
ヘルメットを被り、オートバジンに跨るとエンジンを始動させる。道は判っていた
からたどり着くのはたやすい。だが、ついたところでそこからの一歩が踏み出せるか
どうか、そこは彼女次第だ。ともあれれいなはガソリンスタンドを発ち、中澤家を目指す。
だが、陸橋を見上げる交差点に差し掛かったとき、彼女は新たなる戦いの予兆を
目撃した。それは宙に舞う異形の者が一台の車を襲っているその瞬間だった。思わず
れいなはオートバジンを停車して脇に寄せる。この様子を知る者は彼女しかいなかった
が、とうてい彼女には看過できない事態だった。
頭上を走る高速道路を走る一台の車と、その車を執拗に襲う空飛ぶ異形の姿。空中
から降下を繰り返しながら、両足で蹴りつけたかと思うと今度は翼をはためかせて
何か矢のような物を浴びせかける。やがて車はスピードを落としながら火を吹き始め、
そしてついにガードレールを突き破って陸橋下の交差点に落下したのである。
20メートル程の高さから落下した車は黒煙と炎を吹き上げ、乗っていた者は間違い
なく死んでいるだろう。落下の衝撃か、車の火災か、そうでなければオルフェノクの
力か。いずれにしても目の前で人間の命がオルフェノクの手によって奪われたこと
には変わりない。
「オルフェノクめ・・・!!」
人目につかない小道に入り込んだところで、れいなはすかさずアタッシュケース
から変身ベルト「ファイズドライバー」を取り出して腰に巻く。そして、ポケット
からファイズフォンを取り出して変身コードを入力する。
『Standing by』
電子音声が変身準備完了を告げるとれいなは手にしたファイズフォンを掲げ、自分
の目の前で人の命を奪ったオルフェノクに対する怒りとともに叫ぶ。
「変身!」
ファイズドライバーのバックル部にファイズフォンを装填すると、「Complete」
の電子音声が変身の開始を告げる。ファイズドライバーから延びる赤い光の帯、
「フォトンストリーム」がれいなの体を駆け、次の瞬間彼女の体は閃光に包まれる。
そしてその光の収束とともに現れたのは、銀色のプロテクターと闇に輝く黄色い目を
持つ戦士の姿。仮面ライダーファイズはオートバジンを駆り、飛び去った異形〜
クレインオルフェノクを追って高速道路へと走り出した。
一方のクレインオルフェノクも、復讐を果たした以上長居は無用、とばかりに
スピード上げて飛び去っていく。ファイズは敵を逃すまいと、アクセルを全開にして
疾走する。
「くっそぉ〜、追いつかない!」
夜の闇を高速で飛翔するクレインオルフェノクと、そのスピードに追いつけない
ファイズ。オートバジンの最高速で追跡するが、その差はなかなか縮まらない。
見失わないだけまだましなのかも知れないが、さりとて敵のスピードに追いつか
なければオルフェノクを食い止めることは出来ない。高速道路を走る他の車の間を
縫いながらも、気持ちばかりが焦る。と、その時そんなファイズのすぐ横を爆音
とともに黄色い閃光が駆け抜けていく。ファイズ〜れいなはその正体を直感した。
「絵里!あんたやろ?!」
猛スピードで疾走するオートバジンのすぐ横をすり抜けていったのは、亀井絵里
の駆るサイドバッシャーだった。そんな絵里の態度が気に障ったファイズは
アクセルを全開にして絵里に追いつく。
「どういうつもり?人のことおちょくっとうと?!」
「どういうも何も・・・これを渡しに来ただけ」
そう言うと、絵里は手にした何かをファイズに対して投げてよこす。この高速
移動中に不意にそんなことをされては危険きわまりない。そんな彼女の態度が
ますますれいなの気に障る。
「危ないでしょ!だいたいあんた、こんなのどうしろって・・・」
れいなの言葉を遮るように、絵里はぶっきらぼうに言い放った。
「私が持ってるより、れいなが持ってた方が良いと思って。それじゃ」
そう言うと絵里はファイズとともにクレインオルフェノクを追おうという気は
さらさら無いと言わんばかりに、ジャンクションを抜けて下道へと走り去って
いった。残されたのは、ファイズの手の中にある物だけ。
「ったく絵里のやつ・・・ってこれ、何だろ?」
手の中の物を落とすまいと、握りしめた手のひらを開いてみる。そこにあった
のは、一見すると腕時計のようにも見える何かの装置だった。しかし、それが
何かを確かめている場合では無さそうだ。先ほどまでファイズを振り切ろうと
高速で飛び続けていたクレインオルフェノクが突如取って返して夜の街へと
逃れたのだ。