その日の夕刻。東京に到着した明日香たち二人がマンションに帰り着いた。これから
の生活のことを考え、あれこれと準備をしているうちに夕方を回ってしまったのだ。
「いっぱい買い物しましたね」
麻美の言葉に柔らかな笑みを浮かべて明日香がうなずく。やがて二人は抱えきれない
ほどの荷物とともに部屋へと上がり込む。落ち着いた内装の室内は、スマートレディに
用意された部屋を明日香の好みに合わせて内装を設えたものだ。
「何か大人っていうか、都会的な感じしますよね。福田さんって、結構オシャレ」
「え?そうでもないよ」
互いに笑顔で言葉を交わす少女二人。と、二人の帰りを待ちわびていた一人の女が
部屋の奥から現れた。
「全くアンタってコは、今までどこ行ってたんや?」
ドアにもたれかかり、二人を見つめている女性の口元が心なしか引きつって見える。
明日香の帰りが遅いことに、彼女は明らかに怒っていた。
「ごめんね?平家さん。ちょっと北海道まで」
「あきれた・・・アンタにとって北海道は『ちょっと』の距離なんか?」
明日香の言葉にみっちゃん〜平家みちよはため息をつきながら答えた。彼女は
スクイッドオルフェノクに襲われて一度命を落としたものの、オルフェノクとして
再び蘇ったのである。オルフェノクの中には、このように他のオルフェノクから
エネルギーを注入されることでオルフェノクへと変貌を遂げた者もいるのだ。
明日香とみちよ、二人もまた運命の導きによって出会った者同士だった。
「この人は平家さん。こう見えても結構良い子だよ?」
「こう見えても、って失礼な事言うな!それに何やねん、年上捕まえて良い子
とか言うて」
二人の掛け合いに麻美の顔に笑みがこぼれる。と、ここまで会話を交わして
いながら明日香にはどうにも腑に落ちないことがあった。
「って・・・平家さんなんでウチにいるの?」
「ええやん・・・ウチも行くトコないねんから・・・」
そう言ってみちよはドアに人差し指を立て、くりくりと回しながら口をとがらせて
答える。触れてくれるな、とでも言いた気げな素振り。
「どういう事なの?」
明日香の言葉にも、みちよは答えにくそうにしている。そんな彼女の様子を見て、
麻美が一言ぽつりと呟く。
「もしかして、追い出されたとか」
「ギクッ!」
どうやら図星だったらしい。実はオルフェノクになって以降、みちよはこれまで
働いていなかったのである。正確には、働くことが出来なかったのだ。収入の道
を断たれ、結果住んでいた部屋を追い出されてしまったのだ。
しかし、それはやむを得ない話かも知れない。もし、彼女がオルフェノクに
なった経緯について目撃者でもいようものならばどうなるか。そうでなくとも、
もう彼女は普通の人間ではなくなってしまったのである。そんな人間の居場所が、
一体どこにあるというのだろうか。
「麻美ちゃん、それくらいにしな?」
明日香はその事を知っている。そこに思いを至らせることが出来る。彼女はまだ
そこに思いの至らない麻美を諭すように言う。優しい口調ながら、不思議な
説得力のある一言だった。自分の不明を恥じ入るように、肩をすくめる麻美の
両肩を支えるようにして、明日香は彼女を自分の前に立たせて言った。
「このコは安倍麻美ちゃん。私たちと同じ、私たちの仲間」
と、ここで何かに気がついた明日香が口を開く。いつもなら部屋にいるはずの
あの少女がいないのだ。
「あれ・・・松浦さんは?」
そう、キングストーンを継承し世紀王の宿命を負わされた少女、松浦亜弥の姿が
見えないのだ。そんな明日香の言葉に、みちよが答えて言う。
「あぁ。あの子やったら買い物に行ったがな。アンタら帰り遅いから、お夕飯
の準備買いにな」
明日香にとっては気がかりなのは、何もみちよや麻美だけではない。亜弥もまた
人ならざるさだめを負う者同士として、明日香には気がかりな存在だったのだ。
「どこまで行ってるんだろ」
「多分商店街までやろ・・・せや、この子の面通しがてら迎えに行かへん?」
みちよの提案に二人も賛同し、北海道からの荷物もそのままに明日香達三人は
駐車場へと向かう。