あまりに超常的すぎる惨劇の後、麻美はすっかり我を忘れ、たった一人雪の中に
たたずんでいた。しかし、運命は残酷にも彼女を現実へと引き戻し、己の罪を
まざまざと見せつけた。麻美は事の重大さに気づき、身震いが止まらない。
「なんで・・・どうして・・・」
一瞬の憤りに身を任せ、目の前にいた者達全てを殺めたのは自分。視線を落とせば
ついさっきまで人の姿をしていた者達の亡骸〜それはもはや灰か砂のようなもので
しか無かったが〜が雪の上に残されている。中には未だ青白い炎がゆらめいている
ものもあった。私は取り返しのつかないことをしてしまった、そんな自責の念と
この世ならざる力を突然に発揮したことに対するとまどいなど、およそ十代の少女が
一人ではとうてい背負いきれない思いが行き場を失い、涙となってこぼれそうに
なっていた。と、その時である。
ふと自分の背後に人の気配を感じ、麻美は振り返ったその先に一人の少女の姿を
見た。小柄なその少女が、かつて姉が友人だと言って紹介した少女であることに
気づくのには、そう時間はかからなかった。
「・・・福田さん?」
その少女〜福田明日香は黙ってうなずいた。麻美の周りにはかつての教育係だった
戸田が示したオルフェノクによる襲撃の痕跡が残されている。彼女は事の一部始終を
瞬時に理解した。麻美の身に何が起きたのか、それを理解した上で彼女は麻美の
そばへと歩み寄る。だが、そんな彼女を麻美は拒絶した。
「来ないで!!」
己の意志に関わらず人ならぬ者として覚醒した麻美は、自分の運命に明日香を
巻き込むことをおそれていた。しかし、混乱し狼狽する麻美の気持ちは誰よりも
明日香自身が一番理解できていた。なおも歩み寄る明日香、後ずさる麻美。
そんな麻美の心を解きほぐすかのような穏やかな笑顔とともに、明日香はゆっくりと
右手を差し出す。
「怖がらなくていいよ・・・私も、同じだから」
「・・・?!」
「私も、あなたと同じだから」
「自分と同じ」、そんな明日香の言葉が麻美の心を包み込む。麻美にとって明日香は
まったく知らない相手ではなかったし、そして何よりその彼女が同じ境遇にある者
であると聞いた時、麻美はいまこの世の中で信じられるのは明日香だけだと感じた。
麻美は明日香に応えておずおずと右手を差し出すと、明日香の手を握り返した。
人が来てからでは騒ぎになる。この街にいてはいずれ自分たちを脅かす意図を
持つ者達の手が伸びるかもしれない。そう考えた二人は病院を後にすると、空港へと
向かった。明日香は自分が北海道に来たのは姉であるなつみの消息を知るためだと
麻美に語ると、一方の麻美もまた東京に行った姉の身を案じていたと伝えた。
「高校も卒業したし、東京に行きたかったんです。お姉ちゃんに会いに。
なのに・・・」
「事故に遭って・・・今ここにいる」
明日香の言葉にこくり、とうなずく麻美。しかし、事故に遭ってから思いもよらぬ
形で再び蘇ったことに対するとまどいは隠せない。ふと病院での惨事が頭をよぎる。
自分の中に眠る未知の力が、いつ己の意志に反する形で現れるかは判らないのだ。
「はい・・・でも私、これからどうなっちゃうんですか」
「私も探してるところだよ。答えはまだ出てない」
自分の中に眠る恐ろしい力〜オルフェノクとしての力を押さえ込むように、両手を
固く組んで自分の手に押し当てる麻美。彼女の恐れと戸惑いは、明日香の目にも
見て取れた。そんな自分を見る明日香の視線を感じ、麻美はぎこちない笑顔とともに
言った。
「でも、福田さんと一緒に東京に行けば・・・なんとなく判る気がしたから」
「なら、一緒に探そうか。少ないけど仲間もいるし」
この時、二人の心は決まった。室蘭から機上の人となった二人は、数時間後東京に
たどり着いた。