キャンプディアブロ跡地。
ぼろぼろになった廃屋の前で、亜弥はバイクを止めた。
明かりのほとんど無い敷地は、何も見えないほどに暗い。
月明かりを頼りに、亜弥は父親を探した。
「父さん、父さーん」
「亜弥」
暗がりから声が届いた。
建物から現われた父の姿。安心した亜弥は急いで駆け寄る。
「父さん、無事だったのね」
「亜弥、お前も……心配したぞ」
「父さん。ゼティマって何? どういう関係なの?
父さん……まさか」
「亜弥……私はお前が思っているとおりゼティマのメンバーだ」
亜弥はひゅっと息を飲む。
予想はしていたとはいえ、改めて聞くとやはりそれは衝撃的な告白であった。
「これから話す事は本当のことだ。落ち着いてよく聞いてくれ。」
そう前置きすると、総一郎は静かにしゃべり始めた。
「そう今から19年前のことだ。日食の闇が街を覆っていた。
その日食の闇の中で美貴は生まれた」
亜弥は黙って父の話を聞いていた。いつも笑顔でいたその顔を、辛そうに歪めて。
「5万年に一度の日食の日、運命の子が生まれる。
ゼティマの世紀王に選ばれる運命の子が。それは予め決められていたことだった」
「それが……それがミキたんだったって言うの?」
「そうだ。美貴は運命の子として選ばれた。ゼティマの王、改造人間の王として」
「そんな……。でも、でもそれじゃどうしてあたしが!」
「亜弥。私はお前を引き取り、私としてはお前を美貴と姉妹として、
分け隔てなく育ててきたつもりだ。それだけは信じて欲しい」
突然、総一郎はそう言いだした。
続く言葉の意味を感じ取ったのか、亜弥は唇を噛み締める。
「世紀王となるべき運命の子は二人で一組になる。
しかし19年前の日食の日、運命に選ばれた子は美貴だけだった。
だが、ゼティマにはどうしてももう一人運命の子が必要だった。
だから、私たちは造ることにしたんだ。運命の子を」
「造る?」
「そうだ。私とお前の父親の二人でな」
「パパが!?」
「私たち二人は、人工的に運命の子を造り出す研究をしていた。
そして私たちは、運命の子と同じ因子を一人の胎児に埋め込んだのだ」
「まさか……それが……」
「そう、松浦は自分に授かった子にその実験を行った。それがお前なんだよ、亜弥」
信じられない事実を聞かされ、亜弥は目を見開いた。
ふっくらと艶やかな唇がわなわなと震える。
「実験は成功だった。
だが、生まれた娘を見た松浦は自分のしでかした事を後悔した。
だから、お前の因子を封印したんだ。
そしてゼティマには失敗だったと嘘をついた。
だが、そのせいで責任を取らされたヤツは……」
「責任……それじゃあの事故は!」
「ゼティマに目をつけられたら逃げられはしない。
逆らうものには死が待っている。
生き延びるためにはゼティマに従うしかないんだ」
「そんな! それじゃ父さんがあたしを引き取ったのは!?」
「違う! それは違う。
松浦は私の親友だった。だからその意思を継いでやりたい。そう思ったんだ。
引き取られた先で、お前が辛い目にあってた事を私は知った。
だから私は、お前を引き取ったんだ。
しかし、お前の事がゼティマにばれてしまった。
やはり運命には逆らえない。私はそう思った」
うなだれる総一郎を見て、亜弥は拳を握り締めた。
溢れてくる感情を抑えきれず、涙声で叫んだ。
「父さんは、父さんは悪魔の集団に私たちを売ったの!?
あたしと……ミキたんを!
あたしは、あたしは改造されてもう普通の人間じゃないんだよ」
「これからの世界はゼティマによって選ばれた人間しか生きられない。
人類は淘汰されてしまうんだ。
だから、お前と美貴だけは生き延びてくれ。ゼティマの世紀王となって。
私は……私はそれだけで……」
泣きじゃくる娘の肩を総一郎は掴んだ。その目には真摯な光が溢れている。
親が子を思う気持ちに偽りはない。例えそれが間違ったものであったとしても。
「父さん、奴らは人間の自由を奪おうとしてるんだよ。
そんなの……そんなのあたしは許せない。
絶対に、あたしは奴らの思い通りにはならない。
あたしは戦う。戦ってみせる。あたしと……ミキたんの運命を弄んだ奴らと!」
「亜弥……」
「父さん……父さんだって戦わなけりゃこの廃墟と同じじゃない。
そんな父さん、見たくない!」
娘に諭され、総一郎は黙り込んだ。
不意にその首に白いものが巻き付く。
「うわあああ!」
「父さん!」
白い糸に引きずられ、総一郎は地を滑っていった。
その後を追って亜弥は全力で走る。
そこへ横から何かが飛び掛ってきた。
引き倒され、あやはごろごろと地面を転がる。
顔を上げた亜弥の目の前にある醜悪な顔。
残酷な神が、気まぐれに蜘蛛と人間を混ぜ合わせたような不気味な顔。
「いやあああ!」
同じような怪人が、亜弥の周りを取り囲んでいた。
化け物たちが見守る中、ぎちぎちと音を立てて、クモ怪人の牙が亜弥の首筋に迫る。
「亜弥!」
「父さん!」
その牙をかわしながら、声のするほうを向く。
総一郎は糸に引っ張られ、鉄塔の上まで引き上げられていた。
父を助けるため、亜弥は必死で怪人を振りほどこうともがく。
だが、力ではとてもかないそうに無い。
「うわあああああ!」
総一郎の悲鳴が聞こえた。
その声がだんだんこちらに近づいてくる。
どさり、と重たいものが地面に落ちる音がした。
「父さん!? 父さん!」
横を向いた亜弥の目に入ったのは、人形のようにぐったりと四肢を投げ出した父の姿だった。
──プツン。
亜弥の中で何かが弾けた
体の奥にあるどこかのスィッチが入った感覚。
細胞の一つ一つに、何かがみなぎってくる感じ。
上に乗っかっていたクモ怪人の頭をぐいと掴むと、強引に力ではねのける。
亜弥はゆっくり起き上がった。
周りを取り囲む怪人たちは、襲い掛かってくる様子は無い。
ただ怯えたように亜弥を取り巻くだけ。
体の底から湧きあがってくるイメージに誘われるように、亜弥は体を動かした。
力を貯めるようにぐっと腕を曲げる。
体内に埋め込まれたキングストーン周辺の細胞が、強烈な光とともにベルトの形を造った。
亜弥の右腕が自然に弧を描く。両腕が腕がぴしりと斜めに伸ばされた。
「変……身!」
ベルトの真ん中のエナジーリアクターがエネルギーを増幅して全身に送り出す。
特殊冬眠遺伝子・MBGの働きで亜弥の身体が変わっていく。バッタを模した異形の姿へと。
その身体を真っ黒な強化皮膚・リプラスフォームが覆いつくす。
変身は終了した。
しゅうと音を立てて、変身に使われたエネルギーが、蒸気となってリプラスフォームの
間から噴き出す。
闇夜に浮かぶ漆黒の姿。
黒い戦士は一息にジャンプすると、父親の近くのクモ怪人を殴りつけた。
殴られた怪人は、奇妙な声をあげると、不気味な体液を撒き散らしながら崩れ落ちる。
それにかまわず、亜弥は父親を抱え起こした。
「父さん!」
「あ、亜弥、亜弥なのか……」
総一郎は目を開いた。しかし、その目にはもう力が無い。
「お、お前……そ、その姿は……仮面、ライダー。黒い、仮面ライダー」
「仮面ライダー?」
「ゼティマに、逆らう者達の、名前だ。
自由のために戦う者達……その姿はバッタに似ていると……そう聞いていた」
「自由のために……戦う」
「だが、なぜお前が……。まさか、世紀王とは……」
「父さん! しっかり!」
亜弥の叫びが、途切れかけていた総一郎の意識を呼び覚ました。
しかし、それももう限界に近い。
「亜弥……美貴を……美貴を頼んだぞ」
がくりとその体が力を無くした。
亜弥の手に抱いた体が、急に重さを増す。
「父さん! そんな……」
父親の亡骸をそこに横たえ、亜弥は立ち上がった。
ゆっくりと後ろを振り返る。
静かに溢れてくる気迫に、怪人たちは自然と後ずさった。
「うわああああ!」
大声で叫んで亜弥は怪人の群れに飛び込んだ。
その強さは圧倒的だった。
シンプルなパンチ。
ただそれだけで、怪人の体が吹き飛び、不気味な悲鳴が響き渡った。
その動きはまさに黒い疾風。
亜弥の体が動くたび、その拳が汚れた体を打ち抜いていく。
怒りに任せて殺戮を繰り返す亜弥の手に、白い糸が巻きついた。
混乱していたクモ怪人たちも、ようやく冷静さを取り戻したようだった。
一人一人の力では敵わない。しかし、数では圧倒的に怪人側が有利だ。
亜弥の両手両足にも糸が巻きついた。
何本も絡み合った糸は、亜弥の力をもってしても簡単にちぎれそうに無い。
「うう……くっ!」
亜弥は自由を求めてもがく。
しかしクモ怪人たちは、円を描くように移動し、うまくその力を分散させてしまう。
身動きの取れなくなった亜弥に、別のクモ怪人が飛び掛った。
月明かりに、はえ揃った牙がぎらりと光る。
どん、と音がして亜弥の右手が自由になった。
飛び掛ってきた相手の顔が、カウンターのパンチで弾け飛ぶ。
亜弥は自由になった右手を見た。
どこからか飛んできて、亜弥の拘束を断ったもの。
地面に突き立ったそれは、大きな一本の剣だった。
再び糸が吹き付けられる。
それをかわし、亜弥は全身の糸を手刀で切り裂いた。
返す刀で、クモ怪人にもチョップを食らわせる。
亜弥の右手が、怪人の体の半ばまで食い込んだ。
怪人たちは再び混乱に追い込まれた。
統制の取れなくなった相手は、もう敵ではない。
亜弥はベルトに手を当てた。
キングストーンから生まれ出たエネルギーが、その右手に宿る。
亜弥はぐいっと顔を上げた。
流れるような動きで、怪人に次々と拳をぶち当てる。
あっという間に、その場に立っている怪人は、もう最後の一匹になっていた。
「やあああ!」
亜弥は空中に飛び上がった。
足先に力をこめ、ぐんと体を伸ばす。
華麗なフォームで繰り出される飛び蹴り。
空気との摩擦で足先が赤熱する。
キックを食らったクモ怪人は、後ろに大きく吹き飛んだ。
よろよろと立ち上がった後、ばたりと倒れる。
爆発の閃光が、夜の明け始めた敷地を照らし出した。
着地の態勢から、亜弥はゆっくり立ち上がった。
その姿は既に元の、愛らしい少女のものに変わっていた。
じっとその手を見つめる。
キズ一つない、白くしなやかな指先。
しかし、今の自分はもう普通の人間ではない。
先ほどの力、ヒトならざるものの力。もう、元には戻れないのだ。
そのことをまざまざと実感する。
ふと、亜弥は思い出したように顔を上げた。
顔を横に向ける。
地面に突き刺さったままの剣。
自分を助けてくれたあの剣は、一体誰が、何のために投げてきたのか。
後ろから聞こえてきた足音に亜弥は振り返った。
こちらに近づいてくる小柄な少女。
思わず身構える亜弥に、少女は静かに話し掛けた。
「心配しないで。あたしは敵じゃないわ」
少女は地面に突き刺さっていた剣へと歩み寄った。
そしておもむろにそれを引き抜く。
奇妙な音とともに、一瞬の内に少女の体は別のものに変わっていた。
チェスの駒に似た、鎧とも生物とも判別のつかない姿形。
「あ、あなたも!?」
「そう、あたしもよ。ヒトではない力を持ったもの」
再び少女は元の姿に戻った。同時に剣もどこかに消えてしまう。
「じゃあ、さっき助けてくれたのはあなたなんですか?」
「言ったでしょ。あたしは敵じゃないって。
むしろ、あたしはあなたに力を貸してあげられると思うわ」
「力?」
「そう、仲間として……ね。
あなたが戦おうとしている相手は、恐ろしい力を持ってる。
残念だけど、一人じゃ勝ち目はないよ」
「仲間って……もしかして他にもまだこんな力を持った人がいるんですか?
あ、でもどうしてあたしの事……」
「あたしは福田明日香。平家さんの同居人なの。
部屋から出てくるあなたを見かけてね、それで追いかけてきたってわけ」
「平家さんの!? それじゃまさか」
「ええ、平家さんもあたしと同じ。オルフェノクよ」
偶然か、運命か。
不思議な因縁を感じ、亜弥は思わず言葉を失った。
福田は亜弥の前に立つと、軽く目を細める。
「ねえ、聞かせて。
あなたは何者なの? あなたのさっきの姿、あれは一体何?
あなたもオルフェノクなの?」
「オルフェノク……。
いいえ、違います。あたしはオルフェノクじゃない」
亜弥の記憶に、先ほどの父の言葉が蘇った。
自由のために戦う戦士の名前。
そう、これから亜弥は戦い続けなければいけない。
自由を取り戻すため、そして美貴を助け出すために。
だからこそ名乗るのだ。ゼティマへの反逆の意味をこめて。
「あたしは……あたしは仮面ライダー。
仮面ライダーBLACK!」
決意を込めた亜弥の叫びが、朝靄の中に響き渡った。
第54話 「黒き太陽」 ──終──