薄暗く小さな部屋に亜弥と美貴は浮かんでいた。
二人の周りを触手のようにチューブが取り囲み、身も知らぬ機械に赤や青の光が時折輝く。
呪術と科学の融合した、不気味な空間。
「二人の体、細胞の一つ一つを強化改造した。次はいよいよ……」
ダロムが取り出したのは赤と青に輝くピンポン球ぐらいの石。
インカの秘法「太陽の石」と「月の石」それにゴーラの像から出現した「王者の石」。
これらを合わせて作られた「キングストーン」。
ダロムが手をかざすと、二人のお腹の上に置かれた石がずぶずぶとめり込んでいった。
「うあ、うああああああ」
「く、くぅうううう」
美貴と亜弥の苦痛に満ちた声が部屋に木霊する。
「後は人間としての記憶を消し去るだけ。それで改造手術は完了する」
重々しくダロムが呟いた。
傍らのバラオムとビシュムもゆっくり頷く。
「待ってくれ、約束が違う! 記憶を無くすのだけはやめてくれ。二人とも私の娘だ」
突然、そこへ入ってきたのは二人の父、藤本総一郎だった。
三神官に対し声を荒げると、気丈にも詰め寄る。
「プロフェッサー藤本。亜弥と美貴はもはやあなたの娘ではない。
世紀王ブラックサン、そしてシャドームーンなのだ」
ダロムは総一郎を宥めるようにそう言い、右手を掲げた。その爪がぐいっと伸びる。
伸びた爪から亜弥の体に光が走った。
光はシーツに覆われた腹部から、ゆっくり頭へと上がっていく。
「いやあああああ!」
「亜弥ちゃん!」
拘束された体を必死で動かし、美貴が亜弥へと手を伸ばす。
「み、ミキたん……」
亜弥はすがるような目でその手を見つめた。その間もダロムの右手は頭へと進む。
光はもう、額のすぐそばまで迫っていた。
「やめろ!」
一声叫んで、総一郎は飛びかかった。
不意をつかれ、ダロムはバランスを崩した。
右手の爪からでた光が、亜弥の拘束を切り裂く。
光はそれに止まらず、辺りをズバズバと焼き切った。
至る所でショートした機械が、ばちばちと火花をあげる
「きゃああああ!」
光は美貴の上にも届いていた。
切り裂かれた配線がその上に降りかかる。
美貴は苦しそうに悲鳴をあげ続けた。
「ミキたん!」
「美貴!」
叫ぶ総一郎にバラオムの手から光線が飛ぶ。
「うわあああ!」
「父さん!」
拘束は全て断たれ、亜弥の体は自由になっていた。
混乱する三神官を押しのけ、亜弥は倒れた父親の元に駆け寄った。
顔面をくしゃくしゃにした娘に、総一郎は必死で叫ぶ。
「私にかまわず逃げろ!」
「でも……でも……」
抱え起こそうとした亜弥の手を総一郎は握り締めた。
「良いから行くんだ。お前だけは……お前だけは」
「父さん!」
総一郎は亜弥を自分の入ってきたほうへ押しやった。
そのまま仁王立ちになり、背後の娘に向かって叫ぶ。
「行け、亜弥! 逃げろ、逃げろ!」
「父さーーーーん!」
◇
亜弥は必死になって逃げていた。どこをどういう風にたどってきたのか分からない。
自分が上に進んでいるのか、下に進んでいるのか、それすら分からないでいた。
それでも亜弥は自分の脚を動かし続けた。
前へ前へと。
「逃げても無駄だ、松浦亜弥」
ふわふわと宙に浮かびながら、三神官はその後を追っていた。
5万年も待っていた神聖な儀式。それをこんなことで無駄にするわけにはいかない。
既に改造手術は済んでいる。後少し、後少しなのだ。
神官達もまた必死あった。
「さあ、我らと来て改造手術を完了し、ゼティマの世紀王ブラックサンになるのだ」
「いや! そんなのいや!」
「駄々をこねてはいけませんブラックサン」
「お前はやがて改造人間の王として君臨する、栄光の娘なのだ」
「あたしは……あたしはあなた達の思い通りにはならない!」
「ええい!」
バラオムの手から光線が伸びた。
亜弥の真横の壁が爆発する。爆風に飛ばされ亜弥はばったりと倒れた。
しかし、すぐさま起きあがり、再び前へと進む。
傷ついた美貴も、父親も残し、自分だけ逃げだした。そのことが胸にのし掛かる。
それでも、進まなければならない。
ここで亜弥まで捕まってしまえば、希望は全て失われてしまうのだ。
どうにかこの場所を抜け出し、誰かに助けを求めなくては。
助けを──だが、一体誰に?
「きゃああ!」
バラオムの光線が先ほどよりも近いところに命中した。
びしりと床にひびが入る。ぐらりと亜弥の体が傾いだ。
先ほどまで踏みしめていた地面が、急に頼りないものに変わる。
がらがらと何かが崩れる音。
──不意に訪れる浮遊感。
亜弥の足元には大きな穴が開いていた。
「しまった!」
神官達の焦り声が聞こえた。
しかし、それもすぐに遠くなる。
ばたばたと耳元でシーツが音を立てる。
亜弥の体は真っ逆さまに下へと落ちていった。
「う、こ、ここは……」
軽く意識を失っていたらしい。
ぼんやりする頭を振り、亜弥は体を起こした。
自分の置かれていた状況が急速に蘇ってくる。
きょろきょろと辺りを見渡す。
どうやら追っ手はまだここまでは来ていないようだった。
亜弥は自分が落ちてきたところ──真上を見上げる。
左右の壁がどこまでも続く。その先はとても確認できなかった。
数十メートル、あるいはそれ以上の距離を落ちてきたらしい。
それなのに、自分の体には傷一つついていない。
(一体どうなっちゃったの……あたしの体……)
不安が胸に暗い影を落とす。亜弥は視線を落とした。
体に巻きついたシーツをぎゅっと握り締める。
それでもここであきらめるわけにはいかない。
そう思い亜弥は再び顔を上げた。
通路はずっと先まで続いているようだった。
今まで以上に重く感じる脚を引きずり、亜弥はそれでも前へと進んだ。
通路の先は、まるで木の根のように白いパイプが絡み合っていた。
かき分けるように進んだ亜弥は、突然ぴたりと足を止めた。
「なに……これ?」
頭の中に、何かが直接語りかけてくる。
その声に誘われるように先へ進んだ。
絡み合うパイプをぐいっとかき分ける。
不意に真っ白だった世界に、鮮やかなライムグリーンが現われた。
「あたしを呼んだのはお前……なの?」
それは一台のバイクだった。
オフロードタイプというのだろうか、しなやかさを感じさせる細身の車体。
グリーンを基調にカラーリングされたその姿は、どことなくバッタに似て見える。
亜弥はそのバイクにそっと手を触れた。
その途端、まるで命が吹き込まれたように、バイクのあちこちがちかちかと輝いた。
目を細め、滑らかな表面を愛おしげに撫でた亜弥は、小さな声で呟いた。
「そう……お前、バトルホッパーって言うの」
バイク──バトルホッパーは亜弥の質問に答えるようにブルンとエンジンを鳴らした。