540 :
11話:
11.「浸食」
「ああああああ!!!!!!」
辻の悲愴の叫びは、その空間で切なく響き渡る。その変わり果ててしまった
カラダ、肌の色、形。辻は安倍を見ては目をそらし泣き、向き合おうとして
安倍を見てはまた目をそらし、泣きの繰り返しだった。
「なち・・・・なちみ!!・・・・・あああ・・・・・。」
辻の体が、高熱の患者のように激しく震える。小川は辻を後ろから抱きしめ、
なんとか震えを止めようと抑えつけた。しかし辻の震えは収まるどころか
強くなるばかりだった。
「い・・・一緒に・・・・お店・・・あ・・・・あああ!!!」
いつまでも流れ落ちる涙。あまりに大きい辻の泣き声に、安倍の目は開いた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・。」
安倍はほとんど身動きすら取れないほど浸食が進んでいる。それでも辻の
泣き声に、安倍はなんとか答えようと、まだなんとか形を保っている口元を、
なんとか動かした。
「は・・・・い・・・ど・・。しん・・・・しょ・・く・・・。」
3人は身を激しく震わせた。目の前にいる瀕死の状態の安倍に加え、
hyde、浸食という、彼女達にとって耳障りの決してよくない言葉を、
二つも同時に聞いてしまったから、ショックは大きい。
動揺しないはずがなかった。そして今、安倍は「花葬」されている・・・。
花びらの雪が舞い終わりし時、それは安倍の生命の終わりを意味するのだ。
541 :
11話:04/05/02 22:33 ID:ixDn4ibS
浸食とは恐ろしい呪文だ。放つまでに詠唱を唱えなければならないから、
間近にいなければかわすのはそう難しい事ではない。呪文を唱えた瞬間、
hydeの全身から黒い光が放たれ、僅かにでもその技が体に触れれば、
かすっただけだとしても、その体の部分はすぐに変色し、腐食。しかも
それは伝染し、少しずつ広がってゆく。最悪の場合、自分の脳が腐食して
行くのを感じながら、無残な死を遂げる。
安倍はまさにその、最悪の場合に近い状態だった。
今までも、何人もの仲間達が浸食によってこの世を去っている、
革命軍にとっては一番注意しなければならない呪文の一つである。
それなのに、防げなかった。
花葬はいわば、死の宣告。カウントダウンのようなものだ。紅いの雫と
ともに呪文にかけられた者の体を少しずつ埋めて行き、ばらばらに散らばる
花びらが全て舞い降りる頃、花葬を受けている敵の命は止まる。
542 :
11話:04/05/02 22:35 ID:ixDn4ibS
「悪い事は言わないから、降伏したほうがいいよ。」
後ろから声がして、3人はすぐに後ろを振り返る。そこには小柄なビジュアル系が、
突っ立ってこっちを見ていた。Hydeだ。
「花葬が終わるまであとざっと10分。それまでに俺を倒し、瀕死の彼女を
助けられる術者まで連れて行けるか?退けば、俺は別に今は手を出さない。」
確かにhydeの言う通りに動くのが、賢い選択といえる。
「月の子」の片割れを、実質6分で倒す?
考えが甘過ぎる。
しかしそんな風に冷静に考えられる状態ではなかった。少なくとも、辻には。
「あああ!!!!!!」
斧を振り上げ、hydeに飛び掛る。hydeは仕方ない、と目で笑うと、術を唱えた。
『HONEY』
hydeの手からドロドロの蜜が放たれる。蜜は辻の全身に降りかかった。
「うわ!・・・・甘ぁ〜い。」
辻は一度着地すると、ぽわんとした表情。なはずがなかった。
こんな時までそんな辻ではない。辻は再び飛び掛った。いや、正確には
飛び掛ろうとした。しかし辻は、蜜によってほとんど身動きを取れなくなっていた。
「くぅ・・・・うぅ!!」
辻は泳ぐように斧を持ってもがいたが、蜜は剥がれない。hydeは辻を見ながら、
ゆっくりと詠唱に入る。
「Good morning Mr.」
ボン!!!
543 :
11話:04/05/02 22:37 ID:ixDn4ibS
閃光弾が、hydeを捉える。hydeが横を打たれてきた方向を振り向くと、
そこには剣を構えた藤本が立っていた。
「悪いけど、こっちはそんなに頭のいい判断なんて、出来やしないみたいだよ。」
「それがお前らの答えか・・・。なら。」
hydeは何もない所に手をかざし、握り、それを降ろすと、何もない所から
剣が現れる。剣をゆっくりと顔の前に立てると、呟いた。
『READY STEADY GO』
hydeはその言葉だけを残して、忽然と姿を消す。気配すら感じ取れない。
「え?」
藤本の構えに隙が出る。その瞬間、
「後ろ!!!」
藤本は小川の叫び声で、慌てて剣を後ろに構える。Hydeは瞬時に藤本の真後ろに
まで到達していたのだ。
キン!!
藤本は勢いよく180度回転すると、hydeが既に第二撃放っていた。
「(速い!!)」
藤本は受け止めることしか出来ない。
キン!!キン!!キン!!
激しい剣と剣のぶつかり合い。お互い一歩も退かない激しい攻防が、
しばらく続いた。
上段から中段、下段、また上段、横。Hydeの剣は身軽に色々な方向を駆けてゆく。
その度に藤本は合わせるように剣を構えると、隙を見ては突きを繰り出し、
突破口を見出そうとする。しかし下から跳ね上げられ、またもhyde優勢。
しかし藤本はそれを華麗にかわす。
544 :
11話:04/05/02 22:38 ID:ixDn4ibS
次第に、hydeが少しずつ前へと出始める。ここは男女の差か、体力に分が
あるhydeが押し始めたのだ。hydeは笑うと、スピードを速めた。そのとき、
けたたましい音を立てて怪物が二人の勝負に割って入る。
小川の召喚獣だった。
hydeはそれをかわすと、召喚獣はそのまま辻へと突っ込み、蜜を全て消し去った。
「まこっちゃんありがとう!」
辻はぶんぶん腕を降ると、斧を構える。すぐに動き出すと、小川の新たな
召喚獣を放った。ケンタウルス。2人と1体でhydeを囲む。
それでもhydeの顔は涼しかった。
「観念するのれす!!」
「何笑ってんだよ。」
「そこ、どいてもらえない?」
何を言われてもhydeの表情を変わらなかった。それどころか、
「警告を、無視した時点でお前らの死は決定済みだ。Good morning」
hydeの両手に邪気が迸る。
「させるか!!」
藤本を皮切りに一斉に飛び掛った。しかし、3人の動きは僅かに遅かった。
「Mr.fear...。 浸食。」
545 :
11話:04/05/02 22:40 ID:ixDn4ibS
hydeの体から8方向に、黒い光線が飛び立つ。全ての物を貫くように、
光は高速で広がった。空中にいる2人と1体に避ける術はない。
ドサッ!
藤本は勢いよく地面を転がる。
「ハァッ・・・ハァッ。」
剣を地面に突き刺すと、それを支えに立ち上がる。しかし立ち上がった
ところで、剣は音を立てて崩れた。
「・・・くっ!!」
藤本は剣で光を弾くことで、体に触れる事をなんとか防いだ。しかし藤本の
代わりに、剣はその役目を終えてしまった。藤本は背中にかけていたもう1本の
剣を取り出し、構える。そして他の二人を見た。
小川は直前に術を解き、召喚獣自体を消してしまったため、全くダメージが
ないようだが・・・・。
「あ・・・・・あ・・。」
辻は自分の腕をまじまじと見つめている。どうやら腕で光をガードしてしまったようだ。
左腕の表面は、すぐに蒼紫色に変色した。
「あ・・・・ああ!!!いや!!いやれす!!」
少しずつではあるが、確実に広がってゆく蒼紫の染み。その中心から
じわじわと腐食が始まる。それはまるで迫り来る死の恐怖を味あわせるため、
わざわざ遅く進んでいるようにも見えた。
「辻!切れ!!!体全部腐っちまうぞ!!!」
藤本は辻に向かって絶叫する。辻は広がってゆく染みに視線を移し、覚悟を
決めると蒼紫色の部分をえぐる様に斧で切り取る。
「あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」
痛みを必死にこらえながら、辻は全てを引きちぎった。
546 :
11話:04/05/02 22:42 ID:ixDn4ibS
「はぁっ・・・はぁっ・・。」
辻はズボンを軽くちぎると、欠落した腕に巻きつける。斧を持つと、再び
hydeに向かって構えた。Hydeは3人を見て、言った。
「あと7分だけど、どうする?」
そう、hydeは急いで3人を殺す理由はない。むしろ花葬が終わるまで待って、
絶望感を味合わせてから殺した方が、hyde的に“面白い”のだろう。
藤本は正直、反吐が出る程ムカついた。
絶対に、倒す。絶対に助ける。
Hydeは相変わらず涼しい表情で、3人に一通り視線を移す。
「どちらにしろ、君達の物語の結末は同じだけど、戦うというのなら、来な。」
3人は構えた。
無言の返事。
hydeはそれを聞くと、両手を大きく広げた。
『winter fall』
hydeの後ろから激しい吹雪が吹き荒れる。しかし、小川の反応はhydeの
予想以上に速い。小川の掌から飛び出した、雪のように白く、無表情な
美女が甘い吐息を口から吐くと、吹雪は全てhydeの方へと跳ね返っていった。
「くっ!!」
hydeは両手を前に出し、吹雪を避けるようにガードの構え。その瞬間に
出た隙を、藤本は見逃さなかった。戻ってゆく吹雪の流れに乗って、
スピードを得た藤本がhydeへと剣を向ける。剣はこの吹雪の中、赤い炎で
燃えていた。
「やあ!!!」
547 :
11話:04/05/02 22:43 ID:ixDn4ibS
斬った瞬間、藤本は決まったと確信した。
現にhydeは倒れたのだ。
吹雪も止み、雪まみれになっているhydeを気にも留めず、3人は安倍を
助けられる人材と連絡を取ろうと通信機を取り出した。
「亜弥ちゃんか、あさ美ちゃんのタロットだ!」
とりあえず、自分たちと同じサイドから王の間を目指す後藤班と合流しよう、
ということになり、その通路を逆送することで話がまとまる。
そのときだった。
―――――――――
七色の光が、小川の体を貫いた。
「・・・え?」
ドサッ。
小川は受身も取れずに倒れた。藤本と辻は、慌てて後ろを振り向く。
hydeが立っていた。かなりのダメージを受けながら、何故か。
「もう、お遊びはお終いだ。」
To be continued...