514 :
10話:
10.「Sacrifice」
安倍班は、4班中最も順調に進撃を繰り広げている、といえるだろう。
飯田班のように一人トイレから帰ってこなかったり、後藤班、矢口班の
ような状況には、今の所逢っていない。鬼神との対決においても、一番の
当たりくじを引いた形。そのため4人は余裕を持った表情をして歩いていた。
そう、ついさっき矢口班が見せていたような、あの表情をして。
「お〜ついた〜。」
藤本は声を上げた。王の間の外周にたどり着いたのだ。あとは階段を探し、
登れば王の間はすぐそこ。
「遂に来たのれす。」
無言で頷く小川。そろそろ笑っているばかりではいられない。緊張感を
持っていかなければ。しかしそんな小川の気持ちなぞ、辻は気づかない。
「休憩するのれす。まこっちゃん、ケーキ!ケーキ!」
「じゃあちょっと休憩入れるべ。まこっちゃん、コック召喚!」
「そうですね、まこっちゃん、お願い。」
「・・・・・・。」
気分をぶち壊されつつも、仕事はきちんとこなす小川だった。
515 :
10話:04/04/26 23:38 ID:vs0Yh38J
「おお、すごい包丁さばき。」
安倍が妙な事に感心する。コック召喚獣が次々と料理を仕上げる中、4人は
地面にシートを敷いて座っていた。
「お弁当作ってきたのれす。」
辻はどこからかバスケットを取り出した。中からは溢れんばかりのサンドイッチ。
「・・・・・何しに来てんだよ!!!」
流石に藤本もツッコミを入れたが、既に辻は3個平らげた後。しかも無言で
サンドイッチを差し出してくる。
「・・・・・・。」
藤本は無言のまま受け取ると、勢いよくがっつく。もうやけだ。
辻と安倍はなんだかすごくまったりした感じだが、藤本と小川はどうも
そんな気分にはなれなかった。2人も仲間が死んでいるのに、この和やかな
雰囲気はいかがなものか。
藤本は、ここまで順調に来すぎていることに問題があるのではないかと
推測している。
思えば鬼神中、ノリダーは最も安全牌。もしGacktかhydeに当たっていたら、
後藤のように、ひとたまりもなかっただろう。中居、石橋でさえ苦戦を
強いられた可能性は充分にありうる。
とりあえず、このまま誰とも当たらずに王の間にいけるのが理想だが・・・。
Hydeの姿が未だ見えないのが、不気味な感じがした。
516 :
10話:04/04/26 23:39 ID:vs0Yh38J
安倍ももちろん分かっている。こんな風に和やかな空気でいていいはずが
ないということを。辻もそれを充分分かっているのではないだろうか。
敢えて和やかに、敢えて明るく。
ただでさえ暗い報告が多すぎる。
後藤、保田の死。
嫌な報告が多いだけに、暗くなってしまうムードを、明るくさせようと
いう、安倍なりの心遣いだった。
「ほらのの、そんな食べ過ぎてお腹痛くなっても知らないべよ!」
精一杯の笑顔は、果たして3人にはどう映っているのであろうか。
517 :
10話:04/04/26 23:40 ID:vs0Yh38J
「どこが入り口なの・・・?」
小川は遂に愚痴った。さっきから王の間へと続く階段を探し、円状の通路を
ぐるぐると回っているのだが、まるで流れるプールのようにいつも戻ってきてしまう。
「魔法がかかってる、ってのが有力か。」
藤本は冷静に分析する。さっきから何週も何週をして、全く階段が見つからない
という事は、何らかの方法で隠されている、と考えるのが妥当。
物理的に隠してあるとしたなら、少しばかりの跡が残っているだろうし、
何週も回っているのだから流石に少しは目がつく。全くそう言う点がないと
いうことは、よほどうまい具合に通路に壁を作ったか、あるいは魔法で幻覚を
見せているか。
壁の確率は低かった。何故なら自分達が突撃日を決めたのは昨日で、今の
今までに壁を作る労力は無駄といえる。魔法の方が明らかに楽だ。
「解いちゃうね。」
藤本は、魔力を両手に込める。魔法剣士の、両方使いこなす事が出来る特権的部分を、
ここで活かさない手はない。
藤本は口にする、呪文の名を。
『銀色の永遠』
部屋中のモヤモヤした空気が、一気に晴れてゆくように、空間そのものの
空気が一変した。視界に階段はない。反対側にあるようだ。
「行こっか。」
518 :
10話:04/04/26 23:41 ID:vs0Yh38J
あとは階段を上るだけと言うこともあってか、妙に4人は和やかな空気を
保っていた。階段を探すため、ゆっくりと歩いてゆく。
そんな中、一人だけ若干表情が浮かない。
安倍だった。
「あ、なっち最後尾着くから、のの、先頭お願いね?」
「はーい!」
変に思うよりも、先頭を任された喜びから辻は大きな声で返事をした。
藤本と小川も別に特にどうする訳でもなく普通に歩く。
先頭と最後尾は危険が隣り合わせ、2,3番目の二人は安心なのだ。
さっきより、強く感じる。
安倍は後ろにずっと気配を感じていた。そのため最後尾に回ったのだ。
なんだ?この、圧倒的な邪気は。安倍は考えた。あらゆる可能性を。
そして一番可能性が高い可能性は・・・出来れば一番避けたい可能性だった。
東西南北の4つも門が存在し、王の間への行き方がたくさんあるということは、
いわば「外部」の革命軍が、知識において「内部」の国営軍に、適うはずがない。
自分達の場所にノリタケを張ったのは満を持してではないだろう。革命軍中そこまで
協力とはいえないあのコンビを、駒として置いたのだから・・・。
519 :
10話:04/04/26 23:42 ID:vs0Yh38J
安倍はその場で立ち止まった。3人はそのまま気づかず前へと進んでゆく。
ゆっくりとした足取りで、少しずつ小さくなってゆく3人を見て、
安倍は思い切って振り返った。
あのコンビをあの場所に置き、道が繋がっている北門に化学軍を置いたのだから、
答えは一つ。安倍の考えが正しければ、振り返れば、そこにいるのは
・・・hyde!
やはりhydeはそこにいた。Hydeは少しだけ意外そうに首を傾げると、
静かにサングラスを外した。そして、口ずさむように呟いた。
「Good morning Mr. Fear.....。」
やばい!あの詠唱は!!!
hydeの手には邪気がもう溜まっている。妨害して放てなくする時間はない。
槍を構える暇もない。しかもこの呪文は・・・・!
「皆!早く!!早く行って!!!」
安倍は前の3人へ、力いっぱい叫んだ。
520 :
10話:04/04/26 23:44 ID:vs0Yh38J
「え?」
3人は突然後方から聞こえた安倍の叫び声に、訳も分からず振り返った。
一体どうしたというのだろう、そんな風に楽観的に振り返ったのは、
辻一人だったが。
「え?」
そこには誰の姿もなかった。安倍の姿でさえも。
「なちみ〜?」
辻の間の抜けた声が、狭い空間の天井を反射し響き渡る。返事は、
やはり返ってこなかった。3人はとりあえずキョロキョロと辺りを
見回してみたが、安倍の姿は、どこにもなかった。だんだん嫌な予感が
3人を襲い始める。しかし3人はその可能性を否定して安倍を探し回った。
「なちみ!!!」
「安倍さん!!」
「安倍さん!!」
必死にその名を叫ぶ。しかし声を出せば出すほど、その声はそっくりそのまま
跳ね返ってくる。帰ってきて欲しい声はどこからも聞こえてこなかった。
どんどん上がってゆく声のトーン。
震える体を抑えて、3人は走り回った。その狭い空間を。
521 :
10話:04/04/26 23:45 ID:vs0Yh38J
「ねぇのの、戦いが終わったらさぁ。」
522 :
10話:04/04/26 23:46 ID:vs0Yh38J
「なちみ!!!なちみ!!!」
ひたすらに声をあげ、外周を走り続ける辻。疲れ果てても尚走る事をやめない。
辻にとって、安倍はそれ程重要で、大きな存在だった。
「あ!!!」
何かに躓いて、辻は転んでしまった。しかし擦り傷の痛みなんてどうでもいい、
辻は立ち上がると、また走り始める。必死に、名前を叫び続ける。
「はぁっ・・・はぁっ・・・。」
呼吸がどんどん激しくなってゆく。動悸が自分でもよく聞こえるほどに、
激しく響く。やがて辻は、思いのみで動かし続けた体を止める。
もう走れない。
でも走らなきゃ。
でも足が動かない。
でも探さなきゃ。
でも苦しい。
でもなちみを・・・。
でもでもでも・・・・。
523 :
10話:04/04/26 23:47 ID:vs0Yh38J
「何するか決めた?なっち、夢があるんだべ。」
524 :
10話:04/04/26 23:48 ID:vs0Yh38J
「?」
なんとか呼吸を整えようと、必死に息を吸っては吐いていた辻は、不意に
天井から降ってきた、何かに目を奪われた。
振ってきたのは、白い花びらだった。花びらが、少しずつ、上から降ってきて、
地面一面を花びらで埋め尽くす。 それはまるで雪のようだった。
降り積もってゆく花びらは、やがて辻の肩にもかかる。
それは少し場違いな、幻想的な風景だった。
辻が手を差し出すと、花びらは掌に乗っかる。それを指で掬い取ってやると、
辻は息を吹きかけ飛ばした。
これは一体・・・?
呼吸が少しずつ落ち着いてきた頃、花びらも止む。気がつくと周りの地面は
ほとんど白い花びらに埋め尽くされて、雪景色にも似た儚さを見た気がした。
ドサッ。
突然、白い花びらの上に、蒼紫色の物体が、落下した。
「・・・・・え?」
525 :
10話:04/04/26 23:49 ID:vs0Yh38J
「ののも甘いもの大好きでしょ?だからさぁ。」
526 :
10話:04/04/26 23:53 ID:vs0Yh38J
辻は自らの目を疑った。
疑って、疑って、それでも足りないくらいに、ひたすら疑った。
信じる事が出来ない。いや、信じたくない光景が、視界を支配する。
辻の体の震えが、いよいよ激しさを増してゆく。すぐに手を差し伸べたいのに、
体が震えて動かない。
「あ・・・・あ・・・・。」
辻は声を出す事以外、何も出来なかった。膝を着くと、呼吸が再びあれ始める。
すぐに目から涙がこぼれてきた。
蒼紫色の物体がピクッ、と微動し、黒ずんだ指が剥がれ落ちると、
涙は加速した。
「ああああああ!!!!!!」
泣き声に驚いた二人が慌てて駆けてくる。到着すると、
二人はすぐにその悲愴な光景に、胸を痛めた。
花びらが再び振り出す。真っ白の花びらは、蒼紫色の、ミキサーで
ぐちゃぐちゃにされたように、変わり果ててしまった安倍の体に、
静かに降り注いだ。
527 :
10話:04/04/26 23:54 ID:vs0Yh38J
「一緒にお店開こうよ!ののとなら楽しいと思うべ〜。」
528 :
10話:04/04/26 23:55 ID:vs0Yh38J
To be contniued...