480 :
8話:
8.「悪魔の微笑」
「・・・う・・・ん・・・・。」
声が聞こえると、紺野はすぐに沈めていた顔を上げた。松浦は目をうっすら
と開けて、でもまだ起き上がれない。陥没した脇腹は『HIGHPRIESTESS』で
修復したものの、やはりダメージは大きいようだ。
「松浦さん、よかった・・・。」
紺野は松浦の手を握ると、ホッとした表情で微笑んだ。しかし松浦は状況を
あまりよく飲み込めていない。
「えっと、こんちゃん、ここは・・・どこ?あたし・・・痛!」
傷の痛みと同時に、松浦の表情が苦痛以外の理由でもう一度歪む。
全て思い出してしまった。 Gacktとの敗北について。
一撃。
たった一撃叩き込まれただけでKO。圧倒的な力の差。
松浦は悔しくて仕方がなかった。拳を強く握ると、自然と目から涙も流れ出た。
「・・・・・・あれ?後藤さんは?」
松浦にとってみてすれば普通の質問だった。意識を失ってからの戦況を何も
知らないのだから。紺野はそれを充分に分かっていた。
分かっていたが・・・。
紺野の返事は、その目から落ちる涙だった。
「どうしたの?!」
松浦は慌てて起き上がると、痛!と脇腹に手をやった。
481 :
8話:04/04/16 22:21 ID:jH/5llz8
自分が瀕死状態に陥ってから今まで、何が起こっていたのかを聞くと、
松浦は表情を渋くして、でも言った。
「後藤さんなら大丈夫だよ!強いから!・・・強いから・・・。
・・・エースだもん。」
段々と声のトーンが落ちてゆく松浦。身をもって強さを体験しただけに、
強がり以外に何者でもなかった。しかし後藤を信じていないわけでもない。
あの強さは本物だ。後藤ならきっと、Gacktを倒してくれるはず。きっと
『HERMIT』で隠れていたから見えなかっただけで、もう通過しているはず。
今はそう信じるほかなかった。
「はず」尽くしでいやになるが。
「そうですよね!じゃあ、あたし達もそろそろ行きましょう。どうにかして
安倍さんの班と合流しましょう。」
紺野は立ち上がると、両手をギュッと握り締めた。
松浦もそれに追う様に立ち上がる。
「痛いなんて言ってられないよ。行こう!」
482 :
8話:04/04/16 22:23 ID:jH/5llz8
「さっきと大分雰囲気違うね。」
松浦は城内の雰囲気を見てそうコメントした。普通の城なのに、Gacktの
趣味で造られていたらちょっとっていうかかなり退く。
「残念です。」
紺野は寂しそうな表情で相槌を打つ。やっぱり頭、大丈夫?
松浦がそんな事を思っているなんて知らずに、紺野は辺りを見回していた。
はっきり言って二人ともきょろきょろし過ぎで少し挙動不審だ。
生まれて初めて城に入ったことで、それなりにテンションが上がってるのかもしれない。
「それにしても広いよね〜。」
当たり前の一言なのに、紺野は思わず納得してしまった。
広い。
その一言に尽きる。東西南北の門の位置から半端ない広さを予測していたが、
予測値を遥かに上回る土地面積に度肝を抜かれた。
「一坪いくらですかね〜?」
またまた場違いな発言をしてしまう紺野。それを聞いた松浦は、少し呆れて、
「そんな事言ってる場合じゃないよ。」
「そうでしたね。」
「で、どうする?」
「どうしましょう。」
「どうしましょうじゃないよ!迷ったんだから!」
483 :
8話:04/04/16 22:25 ID:jH/5llz8
そう、二人は見事に迷子。
小川、石川と同じように、迷子。
中澤の地図を全員ちゃんとメモしなかったのが災いした。もう全然どこに
いるのか見当もつかない。でもとりあえずどんなに変な方向へ歩いても
東門方向にしか行かないだろうから、さほど問題ではない。
それはそれで安倍班と合流できるチャンスだ。今この二人だと物理攻撃が
少し、弱い。紺野の武道だけで太刀打ちできるほど、鬼神は甘いものじゃないのだ。
安倍、藤本、辻と見事なまでに物理攻撃に長けたメンバーがいる班と合流出来たとしたら、
かなり事を楽に進める事が出来るだろう。
「安倍さん達との合流に都合がいいかもしれませんね。」
「安倍さんの班って、誰がいたっけ?」
「えっと、のんつぁん、真琴、ミキちゃんでしたね確か。」
最後の一人の名前を聞くと松浦の目の色が変わった。
「行こう!!」
分かり易い人だなぁ、なんて思われていることも知らず、松浦はいきなり
謎のやる気を出して前へと歩き出した。何を根拠にそっち?
紺野はとりあえず着いて行く。なんとか横まで追いつくと、並走。
その時だった。
484 :
8話:04/04/16 22:27 ID:jH/5llz8
「あれ?」
角を曲がった所で突然二人は妙なオーラを浴びた気がした。
よく見ると壁から発せられたものだった。松浦はフリを少し、踊ると、
『ズバッと!!』
シーン。
「あれ?」
松浦は自分の手を見て不思議そうに呟く。
どういう事だ?松浦さんの魔法が、出ない。魔法が・・・・
あ!ここで紺野はピンと来た。
「これトラップですよ!魔封じ!!」
魔封じとはその名の通り、魔導師の魔法を全く使えなくしてしまうトラップだ。
しかしこれは確か賢者しか使えなかったような・・・。
「賢者までいるの?!」
松浦はやばいと直感し、すぐに体を方向転換、しようとしたら、
「!!」
突然足元がやわらかくなる。すぐに足が沈んだ。気持ちの悪い感触に、足が
飲み込まれてゆく。なんと地面は沼と化していた。少しずつ、ほんの少しずつ
地面へと足が下がってゆく。
「二重トラップか・・・・。」
松浦と紺野は二人で頭を抱えて唸った。こんなに簡単にひっかかるなんて。
バカみたいだ。
それはそうと、どうやって抜けよう。
紺野は冷静に今時分絶ちの状況を分析し始めた。
485 :
8話:04/04/16 22:27 ID:jH/5llz8
1.松浦さんの魔法を使って吹き飛ばす
×魔封じ
2・あたしのタロットで抜けだす
×魔封じ
3.あたしの拳で切り開く
×沼
じゃあどうしろと?他にここから抜け出す方法特に思いつかない。
4.ヒーロー参上!
いやいやそれは都合のいい話。紺野はまた頭を抱えた。
そんな時、頭を抱える二人の前に、一人の少女が現れた。
二人は少女の顔を見た途端、表情を若干ゆがめた。
486 :
8話:04/04/16 22:29 ID:jH/5llz8
「里沙ちゃん!」
紺野は声を上げた。新垣はそんな紺野に軽く会釈。
「久しぶり。んで、さよなら。」
新垣は、言わずと知れた寝返りっ娘。ある日突然手の平を返したかのように
革命軍を抜け、国営軍へ。給料が良かったからだとかなんだか聞いた事があるが、
これでスパイの話がなんとなく理解できた気が、松浦だけした。
全部こいつがやった事なら・・・。
若干の希望も混じっていたが、無理な推理というわけでもなかった。
でも・・・・。松浦は少しずつ沈んでゆく中、疑問をぶつける。
「誰?トラップし掛けたの。お豆はこんなの作れないはずだけど。」
新垣はそんな質問されてもフッと1回だけ笑う以外は、リアクションを
特にとらない。ちょっとした間の後、すました顔で答えた。
「“松浦”は知らなくてもいいことだよ?」
松浦は少しカチンと来た。紺野にもそれはよく分かった。その場にいたら
誰でも分かるくらい、分かり易い顔を松浦はしていたのだ。
「そう、じゃあ、言いたくなるようにしてあげる。」
挑戦的な松浦の一言に、新垣は
はぁっ?と一言わざとムカつく言い方で松浦に目を合わせると、
「マジすか〜?この状況、分かってないんじゃないの?」
487 :
8話:04/04/16 22:32 ID:jH/5llz8
バシバシッ!!!
「!!」
松浦は突然往復ビンタをされた事にすごく驚いた。叩かれた後、頬を左手で
摩る。
「放っておいても死ぬから、せいぜいそれまでいじめてあげる。」
今度は足が出た。松浦はそのまま脇腹に蹴りを受けてしまう。
幸い反対側だったからよかったものの、少し響いたらしい。松浦の表情が
再び曇る。
「ここで!あたしが!あんたらを!倒したら!鬼神に!入れて!くれる!
んだって!」
蹴りのラッシュ。
少しずつだがじわじわと松浦を痛めつけていた。身体的によりも、精神的に。
紺野は二人の状況を傍観しながら、やばいな・・・。と一人頭をかいた。
里沙ちゃん、何も分かってないよ?
里沙ちゃんに鬼神になれる力なんてないし、絶対騙されてるって。
だから、今ならまだ間に合うから、革命軍に戻ってこよう?
口には出さなかったが、紺野は訴えかけるような目で、蹴りを続ける新垣を見ていた。
少しして松浦へと視線を移し、顔の表情を見る。
・・・・やっぱりやばいな・・・。
そう思っていると松浦は口を開ける。
488 :
8話:04/04/16 22:33 ID:jH/5llz8
「分かってないのはそっちの方。」
「は?」
相変わらず相手にしない新垣。おそらく新垣にはこの台詞は苦し紛れの
捨て台詞にしか聞こえていない。しかし松浦の次の一言で、彼女は顔を
こわばらせる事になる。
「忘れないでほしいなぁ、あたしはそこら辺の魔法使いとはレベルが違うから。
この魔方陣が対応してる、いわゆる『fifth elements』以外の。
光と闇の魔法、どっちがいいかな?」
新垣の体はすぐに震えだした。顔からは完全に血の気がひいている。
逃げ出す前に、松浦は唱えた。
「じゃあね、バイバイ。『涙色』」
新垣の周りの地面が、新垣中心に半径5メートルほどの闇の円を描く。
円はすぐに黒い沼と化し、黒い手が大量に湧き上がってくる。何十本も。
手は新垣の足を力づくで掴み取る。
「あ゛あ゛!!!」
新垣は少しずつ、ずるすると引っ張り込まれてゆく。さっきと形勢が完全に
逆転した。表情から覇気が全く感じられなくなった新垣に、
松浦が最期通告をした。
489 :
8話:04/04/16 22:34 ID:jH/5llz8
「もう一度聞くけど、トラップ張った人は誰?言う気になったかな?」
「あ゛!あ゛!言う!言うよ!!」
しかし黒い手は新垣の肩まで掴むと、
一気に永遠の闇へと引きずり込んでゆく。絶叫が、城内を響き、声の主は
暗黒へ。松浦はケロッとした表情で笑った。
「敬語、使わないとね♪それとちょっと遅かったかな?」
強い・・・。
やはり松浦は強かった。松浦は今度は光魔法を魔封じの描かれている壁まで
放つと、壁は一瞬にしてピンポイントで消え、消滅した。
そして沼を消し去り、
「先行こうよ。」
何事もなかったかのような顔で微笑んだ。
「はい。」
この人絶対的に回したくないタイプだ・・・。
紺野は少しだけびくびくしながら、先を行く松浦にくっついていった。
490 :
8.5話:04/04/16 22:36 ID:jH/5llz8
8.5「meditate」
城内の一室。決して鬼神以外は入る事が出来ない、『回復室』の中に、
Gacktはいた。巨大な水槽のようなものの中に、特殊な液体が一杯に
注がれている。Gacktは生まれたままの姿で、口に酸素マスクをつけた状態で、
ただただ回復の時を待っている。
傷は、予想以上に深かった。まさか後藤がこれだけのダメージを与える力を
秘めているとは、全く想像していなかったせいか、傷は妙に痛む。
本気を出さなければならなかった事に、Gacktは己を恥じた。
たかだか18だかそこらの小娘に対して、手を抜けなかったのだから、
鬼神のプライドを傷つける要素としては充分だ。
そしてもう一つ、Gacktは気になっていることがあった。
491 :
8.5話:04/04/16 22:37 ID:jH/5llz8
「今の、ごとー達の、な.で、ごとー以外.、.んたとまともに、
・・・戦う力、ある.は、もう、よ...と、....しか、いな.・・・。」
492 :
8.5話:04/04/16 22:38 ID:jH/5llz8
小さな声だったが、自分にははっきりと聞き取れた。一人目はまだしも、
二人目に挙がった名前は、Gacktにとってはかなり意外な人物といえる。
スパイから全員の能力等の情報は貰っている。だから全員がどの程度の
レベルにいるかも把握しているつもりだった。
後藤は予想以上の強さであったにせよ、強いという事は情報として入っている。
松浦があっけなさ過ぎて意外だったが、残りでスパイから強いと聞いていたのは、
4人くらい。その中にその名前は入っていなかった。
どう見てもあいつが強いとは思えない。
Gacktは悩んだ。
ただの苦し紛れのはったりか、それとも・・・。
まあ、どちらにせよ、大きな問題ではない。
例えそいつが後藤より強くても、何の問題にもならないのだ。
何の問題にも・・・。
493 :
8.5話:04/04/16 22:39 ID:jH/5llz8
「Gackt・・・。」
名前を呼ばれて目を開く。ガラス越しに現れた人影は、彼の親友。
「hyde・・・。油断していると、痛い目にあうみたいだよ。」
間もなく戦うであろう友に、革命軍の感想を告げる。Hydeはフッと笑うと、
小さな体を軽く伸ばす。
「油断も慢心も、ないよ。ただ全力で、計画通り進めるだけ。」
その目を見るとGacktは安心したように頬にしわを作る。
「そうだね。もうあれは方は済んだのか?」
「うん、とっくに。」
hydeは人差し指で首を切る様な仕草を見せ、舌を出す。
そしてもう一度笑った。
To be continued...