番外1
ブーン。
携帯は突然鳴った。ディスプレイは珍しい名前を表示していたので出てみる。
「もしもし、つんくさん?」
つんくさんは俺とはあまりに対照的な、なんていうか興奮した声で言った。
「矢口が、入院した。」
「え?!」
いきなりの事だったので驚いた。詳しい事情を聞いてみると、感染性腸炎にかかり
入院したとの事。でもそれにしても、
「俺にそれ言ってどうするつもりなんですか?」
「え?」
「いやだから、俺に何かして欲しいんですか?」
「・・・・・・。」
ピッ、ツーッ、ツーッ、ツーッ・・・。
えーーー!!!ただの話したがりかよ!!!ニュース見りゃそのうち知るだろうしさ。
数分後、
バン!!!!
押入れの方から破壊音と悲鳴が聞こえたのは言うまでもない。
「いい加減、押入れ壊れるからさ」
「矢口さんが!!!」
俺の声は完全に遮られた。
「あの〜?」
「矢口さんが!!!」
再び。
「梨華?」
「完成性腸炎!!!」
ここでこける。なにそれ?どこら辺完成してるの?
「知ってるよ、矢口が感染性腸炎になったんだろ?」
傷つけないように訂正しておく。
「うん!」
「ところで君はなんでここにいるの?」
「え?」
石川の動きが完全に硬直する。
「今、何時?」
石川の目が泳ぎだした。
「午前9時。」
部屋中を静寂が支配する。石川は少しだけ考えたような表情を見せた後、
後ろを向いて押入れへと飛び込んだ。
次の日、俺はつんくさんと一緒に見舞いに行った。一人では入れないからだ。
看護婦に連れられて俺とつんくさんは進んでゆく。そして『田中真里』
と書かれた病室の前で看護婦は言った。
「どうぞ。」
看護婦はドアを開けると、すぐに仕事へと戻っていった。
「よう田中、元気か〜?」
つんくさんがニヤニヤとしながら声をかけると矢口は少し不機嫌そうな顔で、
「はい、一応。」
とだけ答えた。有名人は苗字だけ全く関係のない別の苗字を使って入院する事がほとんどだ。
矢口も例に漏れず今は『田中』だ。
「いやしかしびっくりしたわ〜、ホンマ。いきなりやったからなぁ。」
俺は何も言わずに矢口の手の甲から延びている管を見ていた。腸炎だけあってご飯が食べれないのだろう。
「点滴・・・久しぶりに見たな。」
俺が呟くと、矢口は言った。
「どういう意味?」
「いや、昔ちょっとお世話になって。」
「病気?」
俺は一瞬答えに困ったが、正直に言った。
「急性腸炎。」
何かが崩れる音がした。
矢口が退院したのはそれから2日後の事だった。途端に俺に仕事が舞い込む。
「悪いね〜、忙しいでしょ。」
矢口の看病だった。別に退院したからと言ってもう治ったわけではなく、自宅静養が必要だった。
「春休み近いし、看病は慣れてる。この仕事始めて2回もやってるから。」
同じ人の、だけど。俺はてきぱきと矢口の世話をすると、それだけでは飽き足らず、部屋の掃除もした。
仕事が一通り終わり、寝ている矢口の横に座っていると、
ガチャッ。
『?!』
ドアには鍵がかかっていたはずですけど?俺はびっくりして矢口のベッドの上に落ちていた。
「矢口さん変なことしてないですよねぇ〜?!」
なんか焦った声、表情で石川が部屋に飛び込んできた。石川は俺が矢口のベッドの上に落ちているのを見ると、
「え?そうだよね、あたしなんか、本気なわけないよね・・・。歌も演技も下手だし・・・。」
あれ?ネガティブモード勝手に入ってる?てか歌とか演技とか関係ないし。
「違!!違うよ!!看病してただけだから!ね?」
色々ややこしくなるからあまり来て欲しくなかったな・・・。
「はぁ〜・・・。あの時の言葉、全部嘘だったのね・・・。」
「だから誤解だって!!」
石川は完全に一人の世界に入って落ち込んでいる。
「でないとあんなに恥ずかしい言葉言えないよね、
『ずっと、一緒にいればいいんだよ。』とか、
『付き合い始めはいつだって、永遠を信じるものだよ。』とか」
「ほほう。」
矢口が目を光らせる。
「石川、その話、もっと聞かせて。」
「え?!マジやめて!!」
抵抗むなしく、あのときの台詞、全部詳しく述べられてしまった。
「恥ずかしくて死にそう・・・。」
俺は頭を抱えて蹲った。石川はなおもネガティブモード。
「あ〜もうなんであんな事言ったのかな〜」
「どうせあたしなんかブツブツブツブツ・・・・。」
「うるさ〜い!!!!!」
ビク!!!二人は一瞬にして呟き(ぼやき?)をやめて、矢口の方を見た。
「うっとうしいんだよ二人とも!!寝かせろ!!」
あ〜あ、キレちゃった。石川にとってこれは決定打となった。
314 :
臭!!:04/03/16 01:37 ID:jH/5llz8
「あたし、なんで生まれたんだろう・・・?」
やばい、極論入った。矢口がここで俺に耳打ちする。
「(え!?やだよそんなの!!)」
「(元はと言えばあんたがベッドの上に転んだから悪いんでしょ!責任持ってよ!)」
「(・・・・・・分かったから、笑うなよ?)」
俺は矢口に押され、石川の元へ。
「あたしなんて生まれてこなければ・・・・。」
「そんなことないよ。」
「・・・え?」
「梨華が生まれた理由、俺にはちゃんと分かるよ。」
あ〜、何言ってるんだろう、俺。少し間を置くと矢口から痛い視線が。
言うしかないらしい。
「なぁに?」
俺は精一杯の『罪な笑顔』で言った。
「俺が愛するため。」
「大好き!!!」
石川は抱きついてきた。
「(涙が出るほど単純・・・。)」
俺の表情を見て矢口はやはりケラケラと笑っていた。
石川を子猫のようにあやし、適当なことを言って部屋から出すと、また次の来客が現れた。
中澤だった。仕事帰り急いできたらしく少々息を切らしていた。
「矢口大丈夫か?見舞いにきたで〜。ん、なんやお前もおったんかい。」
中澤は途中から明らかに声のトーンを変えて入ってきた。
「仕事だから。席外そうか?」
「いや、ええよ別に。ほらフルーツやで〜。」
「裕ちゃんやる〜!!でもまだそんなにたくさんは食べれないや。少しずつ食べる。」
中澤はあ!とした表情をして言った。
「うちとしたことが!せやった腸炎やったなぁ!!まちごうた!!!」
途端に慌てだす中澤。
「いいよいいよ!こいつが全部食べるから。」
「ええ?!!」
俺は指を刺されている事に気づくと大声を上げた。
続いて現れるは辻加護。お、皆さんちっさい。俺は別に小さい方ではないので
なんだか巨人になったような感じだった。
「大丈夫れすかぁ〜?」
「風邪のときは寝てるが一番や。」
あれ?なんか間違ってない?矢口は諦めたような表情で相槌を打っている。
流石年配者・・・。かわしが上手い。
「御土産持ってきたれす」
お見舞いの品ね。別に誰も突っ込まずに会話が進んでゆく。
「じゃじゃ〜ん。」
あ、花だ。珍しくまとも・・・・・ん?
「あの〜、お二人さん、これって・・・なんていう花でしたっけ?」
俺が聞くと、
『菊』
ひゃぁぁぁぁぁ!!!
俺は心の中で絶叫した。え?何?分かっててやってるの?この子達。
「ありがとう〜でもちょっとお見舞い向きじゃないかな?」
矢口、病気で弱っているらしく、怒る気配なし。
その後、次の日まで次々と、娘達の嵐。マンションの住人は当たり前、
マンション以外からもメンバー全員一度は顔を見せた。
「もう来ないかな。」
とりあえず全員来て、矢口を寝かせておくと、(本当ならずっと寝かせている方がいいのだが)
俺も眠くなってしまった。少しだけ、ベッドの横の壁に寄りかかって眠る。
なんか凄い環境にいるな、と改めて思いつつ。
ふと目が覚めると矢口もボーっと起きていた。汗かいたかな・・・。俺は矢口に着替えを渡した。
「汗かいたから着替えとけ。」
俺が部屋を出ようとすると、
「手伝ってぇ〜。」
と変な声を出す矢口。
「・・・はいはい。」
俺が軽くあしらうと矢口は軽くブーイングした。ドアを閉め、ドア越しで会話をする。
「いい加減新しい彼氏作れば?(俺の負担減るし。)」
「いや、当分は、いいや。」
「なんで?」
「今は、一人の時間も悪くないかなって。それに、おいらは一人じゃないし。皆がいる。
病気になって、それが分かった気がするんだ。」
次々と押し寄せる娘達。
「それと過ごす大切な時も、時には恋愛より必要なんじゃないかな?」
矢口は数日後、見事に復帰してみせた。最高の笑顔とともに。
「よっし!遅れた分取り返さないとね!迷惑もかけたし!!」
俺はようやく自由に・・・ならなかった。
「本当に何もしてないよね?」
「してないって!!!」
石川は未だに記事を少し疑っているのだろうか。不安そうな顔で俺に訴えてくる。
本当に大変な娘を選んでしまったようだ。俺は石川の不安を消し去るべく、
おでこに軽くキスをしてあげた。
「これで信じて、ね?」
仕上げに優しく微笑んでやる。そうすれば石川は、すぐに喜ぶ事でしょう・・・。
「うん!」
ほらね。とりあえず俺達は少しずつ、進んでいこう。困ったときは、矢口が言ったように、
皆いる。
「ご飯何〜?」
一人感慨に耽っていたのに現実に戻された気がした。まあいいや、これが俺達だし。
「今日は・・・サイコロステーキ。」
石川のときが止まった。
「え〜っと・・・・・う〜ん・・・・。う゛〜ん・・・・。今日は、ごきげんようだね!!」
苦しいけど、合格。