29 :
えっと:
2 別れさせ屋
今日の講義は午後からだったので、俺は12時頃に目を覚ました。着替え、簡単なブランチを済ませるとテレビをつける。
ちょうどサングラスをかけたおじさんがボケをかましていた。周りが適当に笑ったところでゲストの紹介。
「あ。そういや今日か。」石川と飯田が(飯田は面識ないが)ゲストとして出演していた。いつも通りボーっとその画面を見る。
やっぱ可愛い・・・。普段喋ったりしてると大して感じないが、やっぱり彼女はアイドルなのだ。そんな石川を見ていて、
俺はふと思いついた。
「ワンギったれ。」携帯持ってたら面白いけど・・・。まさかね。仕事中だし。
石川はちょうど文字をボードに書き込んでいた。しかし突然手の動きが止まり、ペンを置くと手を下へ下げた。
持ってるよ・・・。面白くなったので日ごろの仕返しと言わんばかりに何回かした。
「あ、そろそろ行かなきゃ。」石川の出演が終わった頃、俺は家を出た。
階段教室で講義中・・・。
ブーン。
ブーン。
ブーン。
やるんじゃなかった・・・。向こうはこっちに仕事の電話をしやすいように、俺の大学のスケジュールを大体把握していた。
それを利用して授業中に延々とワン切りしてきている。しかも複数人で。
「今度はこいつか・・・。」と言った感じでいろんな人からワン切りを受ける。そろそろ誤りの電話でもするべきだろうか?
いや、そんなことをしてるようでは・・・。馬鹿みたいな葛藤が続く。
「あ、着暦全部埋まった。」そりゃそうだろう。こんだけの人数でやってくるのだから。向こうは別に復讐とかじゃなくて、
遊びでやっているのはわかるが、ちょっとタチが悪いぞこれ。
ブーーーーン。
今までかけてこなかった人から電話が来た。また一人増えたのか・・・。
ブーーーーン。
しかしそれはどうやらワン切りではなさそうだ。俺は幸い一番後ろの席だったので、椅子の下に隠れて電話に出た。
「仕事の話、だよね?」俺の問いに、矢口は答えた。
「うん。今から部屋行っていい?」
「行ってもいいけど、今大学で講義受けてるから、ちょっと待ってくれない?」
「やだ。今すぐ帰ってきて。」やだって・・・。あ、そういえば俺拒否権ないんだっけ。
「・・・分かった。」とりあえず相談の電話を入れてくる子は全員俺のスケジュールを把握している。しかしこのように拒否権がないのをいいことに、
自分の好きなタイミングで呼び出す子も少なくない。特に同い年の矢口は気を使ったりはまずしなかった。
「帰る。」横にいた友達にそう言うと、友達は言った。
「お前単位やばくない?」俺ははっとしたが、
「なんとかなるさ。」おそらくこのときの俺の表情は諦めに近いものだったに違いない。
こんな事考えてもしょうがないがこのバイト、果たして割に合っているのかどうか、たまに考える事がある。何お前贅沢なこと言っているんだという人は
山ほどいるだろう。でも実際にこの仕事をやったら、きっと悲鳴を上げるに違いない。バイトなのに、自分の生活を捧げなくてはならないのだ。
例え遊んでいるときでも、電話一本で梗塞されてしまう。そのため大学は入って2年間、告白されても全部断ざるをえなかった。(といってもほんの数回だけれど)
俺は講師に一言断ると、そのまま教室をあとにした。
ガチャッ。
「おかえり〜。」
「ただいま〜って、え゛―?!」反射的にただいまと言ったが、なんで矢口、中にいるの?
「石川に借りた。」
「あ、そう・・・。」平然と言う矢口。俺はただ呆れるしかなかった。
「今日の仕事の内容は?」
「キャハハハ。」矢口はテレビを見て笑っている。あの〜、ちょっと?
「おーい。」
「え?ああ今日はね、ちょっと厳しいかも知んないけど、おいらちょっと、別れたくてさ。」
「は?別れたい?」
「そ。だから新しい彼のフリして。」新手だ。今までそんな相談なかったぞ。(あってたまるか)大体、子供相談室の変形なのに・・・。でも、
「ということは、いつもより?」俺が言うと、矢口は答えた。
「うん、ボーナスは入るよ。」や・る・し・か・な・い!(拒否権ないけど)
「じゃあ、明日午前11時に部屋来るから。」打ち合わせを終えた後、矢口はそう言って帰っていった。とりあえず、打ち合わせ通りの服を買いに行かねば・・・。
「これいいよぉ〜。あ、これも!」こいつに頼んだのは間違いだったのだろうか・・・。石川はたくさんの服を目の前に興奮気味に俺に渡してきた。
「そんなに騒いだらバレねぇ?」
「大丈夫大丈夫〜。」深々と帽子を被った10代の女の子がハイテンションで騒いでる。それだけで充分注目を浴びてしまうのに石川はまるで気にしていないようだ。
まあ石川がこんなテンションでこの場所にいるなんて、誰も夢にも思わないだろう。
「付き合ってるわけでもないのにそう言う風に書かれたら迷惑じゃん?」俺が気を使っても、石川は全然気にしていないようだった。
「だから大丈夫だよ〜。」服を渡されたところで俺は思い出したように言った。
「そういえばさ、報復(ワン切り返し)されたけど仕事中に携帯持ってるりかっちも非がない?」石川は服を増やして俺に渡した。
「控室に置いて行くの忘れたの。でも何回も、何回も、してこなくたっていいじゃない?」
あ、やばい、ちょっと怒ってる。つみあがってゆく服を見て俺は思った。
「じゃあこれ着てみて。」石川にたくさんの服を渡され、試着室に入る。にしても矢口はなんでこんな格好をさせようって言うんだろう。着替え終わり、
鏡に写る男を見ていると、石川が突然言った。
「3秒前〜」え?何カウントダウンしてんですかこの人。
「2・1・ほいっ!!」カーテンが開き、俺の視界は一気に開けた。なんか若干名こっちを見ている。その表情を見て俺は思った。
「マジでこれやるの?」
翌日、矢口と一緒に矢口の彼氏に指定した喫茶店へと向かった。矢口が俺を見て最初の感想は、
「キャハハハ!いいいい!!いける!!」確かにいけるだろう。でもなんかやなだ〜この格好。とりあえず俺は袋に服を入れた。
「じゃあ一言目は打ち合わせ通りね。」喫茶店への道のりで矢口は言った。本当に言うの?でも拒否権のない俺は従う他なかった。
「なんか目茶目茶バカみたいなんだけど。」
「えー、そんなことないよ。」矢口はテンションが下がる一方の俺を見てまた少し笑う。これを見ていい!いい!言う石川の気が知れてる。てかなんでこんなもん
売ってるんだよ・・・。
喫茶店の目の前まで着くと、矢口の彼氏はもう既に到着していた。ガラス越しに顔が見える。
「そういえばあいつだっけ。」俺は思い出すようにつぶやいた。この仕事の特権とでも言おうか、マンションにいるメンバーが誰と付き合っているかどうか、
全員教えてもらう権利を持っている。もちろんフリーの子もいるわけで、石川も今はそのうちの一人だった。
「行こう。」矢口の一言とともに俺達は喫茶店の中へ入った。物凄く恥ずかしい気持ちを抑えて。
35 :
生き恥:04/02/11 23:46 ID:/n2YdsnO
店内に入ると、俺はすぐにトイレで着替えた。そして矢口と合流すると、やはり笑われた。そして周りが物凄い目でこっちを見てくる。
俺達は他の客と目を合わせないようにして、矢口の彼の席に座った。
「誰?」矢口彼は俺を見て物凄い不振な眼で見ている。無理もない。俺だって彼の立場なら、凄い目で見るだろう。
「あんたと別れたいの。このディアスと付き合うから。」俺を見て言う矢口。
「ボンジョルノォォォ♪」手に持つアコーディオンの間抜けな音色とともに俺は挨拶をした。
「バカ?」
ザクッ。
早速俺の胸をえぐるような一言。カウボーイハット、腕によく分からないひらひらをつけてジーンズは穴だらけ、サンダル。手にはアコーディオン。
顔はガングロにメイク。そして挨拶に「ボンジョルノォォォ♪」バカ以外にどう表現しろというのか。いくらなんでも石川やりすぎ・・・。
「真里トォォ、別レテェ、コレマスンカァ?」打ち合わせ通り片言の日本語で話す。その度にアコーディオンを鳴らすのも忘れずに。ああ、死にたい・・・。
矢口彼はそんな俺を見て、口を開いた。
36 :
合体悪口:04/02/11 23:47 ID:/n2YdsnO
「お前誰だよキモカス。」キ・・・キモカス・・・。なんか物凄い言われをして俺はひどくショックを受けた。
「そうよあんたはキモカスに負けたのよ!」キモカス・・・。
「なんで俺がこんなキモカスに!!」
「うるさいわねぇキモカスのほうがあんたより」
「キモカスキモカスうるせぇぇ!!!」俺は思わず叫んだ。しかし、
『黙れキモカス。』矢口と彼は同時に叫んだ。
「・・・はい。」泣きそうになりながら下を向いて黙る。俺が黙ると二人はますます拍車がかかったようにもめ出した。凄い勢いで口論が展開してゆく。
あまりにも熱中しすぎて、俺が変装を解いたのにも気がついていないようだった。しばらくして俺は気がついた。そういえば俺の仕事は、二人を別れさせる事だっけ・・・。
俺は口を開いた。
「あの〜・・・。」俺に対する矢口彼の一言は、
「なんだよカス。」『キモ』が消え、『カス』の言葉の重みが増す。キモカスよりダメージが大きかった。なんとか口を開けて続けた。
「けんかするほど仲がいいという言葉もありますし、やり直してみては?」
『誰がこんな奴と!!!!』二人同時に俺を鬼気迫る表情で叫んだ。
「じゃあ、別れるで、決まりですね。」
「すごい切り替えしだったね。びっくりしたよ。」
「まあね。大分心と身体が傷ついたけど。」俺はびしょぬれになったコートを見る。あーあ、全部終わってから着替えるべきだった。にしても途中で
着替えたのに二人とも気がつかないほどに口論しているのにはびびった。てか結局あの変装全然必要なかったような。
「別れ際に水かけて一発って、女がやるもんだと思ってた。」俺が言うと、矢口はまた笑った。そして矢口はハンカチを取り出すと、俺の服を拭いた。
「ありがと。」俺は少し口元を緩ませた。意外に優しかったりするんだよな。同い年とは思えないくらいしっかりしてるし。
「じゃあお昼ご飯、おいらがおごっちゃる!」
「マジで?久々じゃん。」自然な笑顔で矢口は答えた。
「同い年のよしみだよ。」俺達はそのまま焼肉屋へと向かった。
「あ。」突然矢口は気がついたように足を止めて言った。
「皆も呼ぼうか?」
「そうだね。」何人呼ぶ気だ?
「あの〜。」
「時間がないからとにかく食べて!!!」矢口は話す暇を与えてくれない。苦しいんですが?それでも目の前の皿は全然減らない。
「あと10分、頑張れ〜。」後藤は無表情で自分はゆっくり食べながら言った。なんで?
「おごりって言ってたじゃん!!!」俺の一言にも、矢口は耳を貸す気はないようだ。
『30分以内に5人前1人で食べきったらタダ(失敗の際は料金きっちり頂きます)』まさかこれに挑戦する破目になるとは・・・。
「まあ食べきったらおごりだよ。」矢口の一言はつまり、食べ切れなかったら自腹を意味する。5人前。
「あと8分〜。」石川がニコニコしながら言う。
「やっば!!」慌てて口に詰め込む。しかし肉はそう簡単には減ってくれない。苦しんでいると徐々に時間が迫ってきた。
「ご馳走様〜。」横で同じチャレンジに挑戦していた辻が余裕たっぷりの表情で完食。
「うそぉぉ?!」
「驚いてる時間はないよ、あと3分。」後藤は矢口のビールをひゅっと拾い上げ飲んだ。俺も飲みたいけどそんな時間もない。
とりあえず焼肉以外のものを口に入れる暇も余裕もなかった。
「はぁ・・・・はぁ・・・。」なんとかギリギリ食べ終わった俺は、そのままぐったりと壁に寄りかかった。矢口は俺を見て、言った。
「もっかい行く?」
「え?!」
「冗談冗談、キャハハ!!」酔ってますます矢口は饒舌になっていた。俺はそれについてコメントする余裕もなくボーっと天井を見た。
焼肉から立ち込める煙が穴に吸いこまれてゆく。なんだか自分と少し似ている気がした。
横を見ると辻が本当にまたチャレンジを開始していた。さっき全く変わらぬ速さで食べて行く。皆びっくりして辻を見た。
辻は食べる事の喜びをかみしめるように食べてゆく。
「ごちそうさま〜!」笑顔で余裕の完食。
「恐ろしや・・・。」こいつの胃はまぎれもなく宇宙のようだ。
続く