ホールにはおおぜいの大会関係者、マスコミが陣取る。
いよいよ抽選会の始まり。
一斉にフラッシュが巻き起こる。両脇に藤本と辻を従えて、安倍なつみの登場。
「お待たせ!」
マイク越しの一声で、場は静まり返った。
皆、大会主催者の次の言葉を待っているのである。
なっちは両隣の藤本・辻に目配せし、息を吸うと大声で言った。
「始めるぞっ!出て来い!なっちの首を狙う無謀なチャレンジャーども!」
呼応する様に会場右側の分厚いカーテン開いた。
その奥に六人がバラバラと立っていた。再びフラッシュの嵐。
「吉澤さん。うちら無謀やって」
「言わせとけ」
矢口。高橋。吉澤。柴田。石黒と無造作に前へ歩み出す。
最後に、いつの間にか居た田中れいなが面倒臭そうに表へと顔を見せる。
「これで藤本を含め7人。それじゃあ早速、8人目の発表といく?」
誰に尋ねるでもなく、なっちが勝手に話を進めていく。
6人が現れた右のカーテンの反対、左のカーテンを指差しなっちは続けた。
「これから、あのカーテンの向こう側に8人目が登場するよ。
なっちの推薦だからね〜。とびきり強いよ〜」
まるで子供を脅す様な言い口で、なっちはニコニコと微笑む。
安倍の後ろで藤本と辻が顔を見合わせる。
「おい辻、お前。誰か知ってるか?」
「教えてくれなかったのれす」
「私たちにまで内緒で、一体どんな奴を用意してやがったんだ?」
「さぁ〜」
出場選手も、報道関係も、なっちを除く会場中の全員が息を呑む中――カーテンが開く。
「吉澤さん」
「なんだ高橋」
「これは手ごわいよ」
「んん?」
「相手は透明人間やわ」
「んな訳あるか!」
カーテンの向こうには…誰もいなかった。
「どういうことだ?」という眼で全員が安倍なつみを睨む。
しかしなっちは少しも悪びれずまた微笑んだ。
「言ったでしょ。これからって」
するとなっちは隣にいた小さな娘のヒョイと持ち上げ、ツカツカと歩き始めた。
シャツの背中を掴まれた辻希美はまるで借りてきた猫の様にされるがまま、
なっちが手を離すとポトンと床に落とされた。
「え?え?え?え?」
落とされた場所はカーテンの向こう側であった。なっちが呟く。
「8人目の登場」
驚愕が会場中を包む。驚きの中カメラを回す報道陣達。
しかし一番驚いたのが辻希美本人であることは疑いない。
「え〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!!」
とがった八重歯を少しも隠さず大きな口を開けて、反応する辻希美。
「き、き、き、聞いてないのれす!」
「言ってないもん!」
「ションナ!」
「地上最強になりたいからなっちのトコ来たんでしょ?」
「う〜」
「なってきなよ」
「…なちみずるい」
「コラ、館長って呼べ」
8人目は辻希美。これでトーナメント出場者のメンバーが決まった。
「吉澤さん、あの子知ってる?」
「前にハロープロレスにいた奴だろ。テレビで見た顔だ」
「あぁ、思い出した!亜弥と試合してたあの子か!なんで夏美会館にいるんや?」
「さぁな。けど安倍なつみが推薦するくらいだ、油断はできねえよ」
吉澤と高橋以外の選手も新たな敵、辻希美を見定めていた。
ただ、ハロープロレスの石黒だけは興味なさ気に目を閉じている。
突然の出来事に辻は、胸を押さえて元の位置まで駆ける。
どうすればいいか困ってテレていると、藤本に背中をきつく叩かれた。
「シャッキとしろ!お前も夏美会館の代表だぜ」
「ミキティ…」
「呼び捨てすんな。行くぞ」
「へいっ!」
藤本美貴と辻希美が並び立つ6人の元へと歩み出す。
迎え撃つ6つの視線に向けて藤本は言い放った。
「最初に言っておく。お前たちの誰も、あそこへは辿り着けねえ」
あそこ――――藤本の親指の先は安倍なつみを差している。
最強には辿り着けない!
「上等!」
吉澤と高橋は同時に言い放った。矢口と柴田も無言でにらみ返す。
石黒はまだ無関心に目を閉じていた。田中はアクビを噛み潰していた。
そこに辻が元気に飛び込み、藤本が横に加わる。
ついにトーナメント出場者8名が並び立った。
高橋愛。吉澤ひとみ。矢口真里。柴田あゆみ。田中れいな。石黒彩。藤本美貴。辻希美。
「はいはい!本日のメインイベントいきますよ〜!抽選だぁ!」
闘志剥き出しの選手をよそに、なっちは着々と進行を進める。
前面の巨大なスクリーンボードにトーナメントが浮かび上がった。
「この箱の中に1から8の数字が入った球が入っているから順番に一個ずつ取って。
それと、抽選の順番だけど、これの下位の子から順にするから。文句無いよね」
強引な司会なっちが手に持つのは、先日優勝予想アンケートを実施した某格闘技雑誌。
予想順位の低かった娘から順に抽選させようと言うのだ。
何の意味があるかはわからないが、あえて不平不満を言う選手はいなかった。
「順番なんかどうでもいいって。誰が相手でも投げ飛ばすだけだし〜」
「同感」
矢口のコメントに石黒が賛同する。
よって、なっちの提案どおりの順番で抽選は行なわれることとなった。
1.館長推薦者
2.田中れいな
3.高橋愛
4.矢口真里
5.柴田あゆみ
6.石黒彩
7.藤本美貴
8.吉澤ひとみ
優勝予想アンケートの下位から順にすると、こうなる。
「あっ!ののが一番だ!」
「わかったから、とっとと行け」
藤本にせっつかれて、辻はトコトコ前へ歩み出した。
「ど・れ・に・し・よ・う・か・な〜?」
「どれでも一緒だ!早くしろ!」
藤本に野次られながら、辻が引いた数字は「2」
第一試合!「1」の球を引いた選手との対決ということになった。
「アーイ!ツージーの2なのれす!」
「…1だけは引かねえようにしねえとな」
冗談交じりに藤本が呟く。最初から夏美会館の潰しあいでは格好が付かない。
続いて田中れいなが前に出る。
ところが彼女は抽選の箱を素通りすると、一直線に安倍なつみの前にまで進んだ。
この謎多き最年少の選手になっちは優しく微笑みかける。
「なあに?」
「もうすぐ消える人ん顔、よく見ておこう思ったばい」
「あら、どういう意味かな〜?」
「そのままたい」
会場中に戦慄が走った。
あの安倍なつみにこんな無礼な口をきいた奴がかつていただろうか!?
ふと、田中は背中に殺気を感じて振り返った。
すぐ傍に辻と、その体を抱え込む藤本の姿があったのだ。
「気ぃつけろよ。私は出さねえがこいつは手を出すからな」
「心配なかと。うちも手は出さん。今はまだ…」
間近で睨みつける辻を尻目に、田中はプイッと抽選箱の方へ戻った。
安倍なつみはいつもの微笑を崩さずに言う。
「なかなかおもしろい子じゃない。ぜひののと闘らせたいけど…」
「1」を引けば即座に辻希美との対戦が決定する。
しかし田中が引いた数字は「7」。第四試合となったのであった。
無礼を詫びることもなく最年少の娘は元の位置へ戻っていった。
「おっし!待ってましたぁ!」
無言で下がった田中とは好対照に、大声をあげながら高橋愛が飛び出す。
小川直伝趣味の悪いドレスを振り乱し抽選箱へと腕を差し入れる。
「二ヒヒ〜相手は誰やろ?」
「1」を引けば辻。「8」を引けば田中。それ以外なら保留となるが…。
注目の中、愛が取り出した球に描かれた数字は?
「うげ〜、なんか縁起悪ぅ」
愛の手には「4」と描かれたボール。第二試合の出番となった。
トーナメント表に名前が記される度に会場中が興奮に沸く。
だが未だ対戦が決まったカードはない。
そろそろ出てもよさそうだが…と注目が高まる中、いよいよあの娘が前に出る。
オリンピック柔道金メダリスト。国民栄誉賞にまで選ばれた国民的英雄。
矢口真里だ。
誰が一回戦でこの柔道王と試合うのか?皆が固唾を呑んで見守った。
辻か…?田中か…?高橋か…?それともまだ保留となるか?
矢口の腕がボックスの中に入る。
「そう見つめんなって。おいら照れちゃうよ。誰でもいいじゃん」
冗談交じりで矢口は箱から球を一つ取り出した。その数字は――――!!