小説「ジブンのみち」 part2

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729辻っ子のお豆さん ◆No.NoSexe.
格闘技界に大きな波が動き出そうとしている。
安倍なつみを中心に光を浴び続けてきた表の格闘家達と、
闇の中で最強の娘を生み出すことに賭けたつんく一派の抗争。

(もう最強になれない私には…関係ないことやわ)
高橋愛は無言で、紅葉の並木道を歩いていた。
トーナメント準決勝、辻希美との対戦。
最強を志す格闘家として致命的な敗北を喫したあの戦いが、未だ尾を引いている。
一ヶ月以上もの入院生活を余儀なくされ、ベッドの中で悩み苦しんだ。
この先どんなに修行をつんでも超えることはできない。そんな敗北だった。
(格闘家なんて辞めて、普通の女の子になった方がいいのかも)
夏美館を出てからずっと考え込んでいる。
愛の足は自然と、知り合いのいる病院へと向かっていた。
呼び出されて上京したのも、彼女に会いたいというのが一つの理由でもあったから。

「石黒さん…」
「愛ちゃんか」

石黒彩。横になっているその姿は、三ヶ月前のトーナメント時より幾分衰えて見える。
何者かに襲われて入院したとの話を聞いたとき、愛は是非会いたいと思ったのだ。

「赤ちゃん、大丈夫ですか?」
「ああ。そこだけは死ぬ気でガードしたよ。本当に死ぬかと思ったけど」
「…こんな酷いこと」
「仕方ない。この世界に足を踏み入れたときから覚悟してたさ。いつか、こうなるって」
730辻っ子のお豆さん ◆No.NoSexe. :04/05/17 19:18 ID:+47z4w5r
覚悟。
愛は思った。自分に覚悟はあるのか?
人生のすべてを闘いに注ぐ覚悟。

「私だって今まで何人も病院送りにしてきた。今度がたまたま自分の番だっただけだ」

たった一度の敗北で全てを失う。
それでも自分の信じた道を歩む覚悟があるのか?

「愛ちゃん?」
「あ!ごめんなさい。ちょっと考え事してもて」
「迷っているの?」
「…はい。私、辻さんに負けてから、わからなくなって」
「最強を目指すこと?」
「はい」
「悪いけどそれは愛ちゃんが決めることだから、私は口出しできないよ」
「……」
「一つだけ言えるのは、半端な気持ちで進める道じゃないってこと。
 少なくとも私の知っている女たちはみんな、ジブンの道に命を賭けているよ」

安倍なつみ、飯田圭織、辻希美、他にも数多くの最強を目指す娘たち。
そこに迷っている者など誰もいない。
あいつはどうしているだろう?
高校時代、共に同じ夢を語り合った親友…
消息を絶ったという彼女は、今も何処か遠い空の下で夢を追っているのだろうか?
731辻っ子のお豆さん ◆No.NoSexe. :04/05/17 19:24 ID:+47z4w5r
それから愛は石黒と小一時間ほど談笑し、帰路の旨を告げた。
部屋を出るとき、石黒が真面目な顔で言った。

「愛ちゃん。私を襲った奴の名前は亀井絵里。社長命令で公表はされていない」
「カメイエリ…ですか」
「闘いを続けるにしても、辞めるにしても、いいか。こいつにだけは手を出すな!」
「え?」
「あれは格闘技ではない」
「何ですか?」
「遊びだ。愛ちゃんが悩む夢も志もない、ただの遊びだ」
「…遊び」

亀井絵里。
怖いもの知らずの石黒が、これほど真面目に脅威を語る。
愛の心にその名が刻まれる。

「わかりました。それじゃ…」
「ああ。わざわざ見舞いすまなかったな」

石黒の病室を出た。
それでも結局、愛の悩みが晴れることはない。
トボトボと病院の廊下を歩いていたとき、愛はハッとあることを思い出す。
(そう言えばマコっちゃんが言ってたっけ。吉澤さんもここの病院だって)
せっかくだから、と愛は向きを変えた。
重病の患者専用の棟へ向かう。
732辻っ子のお豆さん ◆No.NoSexe. :04/05/17 19:25 ID:+47z4w5r
『204号室 吉澤ひとみ』
一人用の静かな個室に、彼女は横になっていた。
今は付き添いの人は誰もいないようだ。
呼吸用マスクと点滴のパイプに繋がれ、身動き一つしない。
植物人間。
噂には聞いていたが、直接見るとその衝撃は生半可なものではない。

「吉澤さん…」

公園で彼女と拳を交えた思い出が蘇る。
メチャクチャに強かった。とにかくそれだけは覚えている。
彼女ならば、本当に地上最強となることも夢ではなかったであろう。
(私と違って…)

きっと吉澤ひとみには覚悟はあったのだろう。
地上最強に命を賭けられる覚悟だ。
その結果がこれである。
高橋愛もそういう世界に踏み込む覚悟があるのか?
問われても答えることができない。いや、本当はわかっている。
本当は闘いたい。地上最強になりたい。
だけど…怖い。勝てないから。自分が弱いから。だから迷う。
堂々巡りである。
(帰ろう)
誰かに答えを求める問題ではない。
物も言わず眠り続ける吉澤ひとみを見て、愛は回れ右をした。
733辻っ子のお豆さん ◆No.NoSexe. :04/05/17 19:26 ID:+47z4w5r
「ん?」
「!」

愛が部屋を出ようとしたとき、ちょうど入口に別の人影が現れた。
スタイルが良くて服装もかっこいい美人。後藤真希であった。
まったくの他人同士である二人は、互いに会釈だけを交わしすれ違った。
互いはまだ互いを知らぬ。

―――――――――――日本に生を受けし天才柔術家二人のすれ違い。

高橋が去った後、後藤真希は吉澤ひとみの横に腰を下ろす。

「今の子も、かわいかった」
「……」
「あんたのお見舞い来る人って、かわいい女の子率高くない?どーゆーこと?」
「……」
「まったく、ごとーがブラジル行ってる間なぁ〜にしてたんだか」
「……」
「そんなんだからヤラれちゃうんだよ。なぁ〜んて」

後藤真希は帰国してから毎日、こうして吉澤に語りかけに来ていた。
それ以外の時間は犯人探しに没頭している。
トーナメント戦士が次々と襲われているという事件に、彼女も興味を示していた。

「そろそろ…見つかるかもよ。ヨッスィー」
734辻っ子のお豆さん ◆No.NoSexe. :04/05/17 19:27 ID:+47z4w5r
この翌日、安倍なつみの元へつんくからの招待状を携えたアヤカが現れる。
安倍なつみはこれを丁重に招き入れる。辻もこれに同席する。
アヤカは事件の経緯と保田圭について語った。

「地下コロシアム。噂には聞いたことあるよ」
「通常は1対1ですが、今回は5対5マッチで開催するとのことです」
「向こうはなっちへの復讐に燃える保田圭とその弟子チームって訳ね」
「そうです。お受けして頂けますか」
「エヘヘ、こんなおもしろいこと断る訳ないべさ。なぁ、のの」
「あったりまえれす!」
「成立ですね。試合は一週間後です。それまでに5人を選んでください」
「OK」
「そうそう。その5人の身辺整理は済ませておいた方が懸命ですわ。
 可哀想ですけど、生きて帰れる保障はございませんので」
「エヘヘ、そっちの5人にも同じ台詞返しとけ」

微笑を浮かべたままアヤカは席を立った。
夏美館を出ると同時に滝の様な汗が全身から溢れ出す。
(あれが安倍なつみ!表の世界にあんな化け物がいるとは…)
想像を絶する気圧を受けていた。
実はアヤカは叫びたいのを必死に堪えていたのだ。
(勝算はあるんでしょうね、保田圭!!)
735辻っ子のお豆さん ◆No.NoSexe. :04/05/17 19:29 ID:+47z4w5r
同時刻、保田一派の住処。

「一週間後だって。ようやく本気で暴れられるたい」

れいなの言葉に、えりとさゆはニコニコしながら頷く。
師匠の保田圭が何処かに出かけている間、3人で修行しているのだ。

「おやつ持っていっていいのかなぁ?」
「えりは、お茶とみかんを持っていくよ」

相変わらずこの調子である。まるで緊張感がない。
しかしこの3人こそが保田圭の勝算なのである。
八極拳の天才児、田中れいな。
特殊な気の持ち主、道重さゆみ。
そして……

(闘いを続けるにしても、辞めるにしても、いいか。こいつにだけは手を出すな!)
(遊びだ。愛ちゃんが悩む夢も志もない、ただの遊びだ)

善も悪もない少女。
亀井絵里は、ただ笑っていた。

第25話「エリの遊び」終わり
736辻っ子のお豆さん ◆No.NoSexe. :04/05/17 19:29 ID:+47z4w5r
次回予告

戦いに迷う高橋愛の元へも、コロシアムへの参戦がもちかけられる。
一方で、それぞれに動き出す怪物たち。藤本美貴。後藤真希。飯田圭織。
そして選ばれし5人と5人。
いざ、決戦の時!!

To be continued