「よく来てくれたね」
事件から二日後、夏美館の館長室に5人の娘が集まっていた。
安倍なつみ、辻希美、藤本美貴、矢口真里、そして高橋愛である。
今週に入ってミカ、柴田、そして今回の石黒と3件の傷害事件が起きている。
もはやトーナメント出場選手が何者かに狙われていることは、明らかとなった。
そこで安倍が、所在不明の田中を除く残る出場選手を呼び集めたのだ。
「挨拶はいいよ。うちらそんな関係でもないじゃん。本題に入ってよ」
矢口真理が急かす。わざわざ呼び出されたことに少し不服があるようだ。
一方、3ヶ月ぶりの高橋はまるで覇気が抜け落ちていた。
毎日道場でボーっとしているのを、辻と紺野で強引に連れ出したのである。
そして実は藤本も3ヶ月ぶりだ。トーナメント以来、一度も道場に顔を出していなかった。
今日もまだ一言も口を開いてはいない。
「そだね。わかっていると思うけど、例の事件のことで皆を呼んだの」
「狙われているんでしょ、うちら。どこのどいつだか知らないけど、おもしろいじゃん」
「犯人はメロン曰く二人組の少女。でもハロプロに関しては一人だったみたい」
辻はなっちの言葉に頷くだけ、藤本は部屋の隅で黙っているし、高橋は哀モード。
必然的に会話を進めるのは安倍と矢口が中心になっていた。
「敵の正体が掴めない以上、こっちも手を組んだ方がいいでしょ」
「敵の正体なら知ってるよ」
「!」
安倍と矢口の会話に突然口をはさんだのは、それまでずっと黙っていた藤本であった。
この意外な発言に、なっちは笑顔で聞き返す。
「知ってるって?美貴」
「保田だよ。なっちさん。あんたへの復讐だって」
「あの…保田圭!」
矢口も高橋もその名前には聞き覚えがあった。
数年前、安倍なつみがまだ新人の時代。
プロレス界の女帝中澤裕子と並び、最強を誇っていた八極拳の使い手。
なっちに敗北を喫して格闘技界を去った人物。それが保田圭。
「でも、どうしてミキティがそんなこと知ってるんれすか?」
辻の疑問に、藤本はあくまで冷めた口調で語る。
「大分前だけど私のところに予告に来たんだ。そのときは相手にしなかったけどな」
「ちょっと〜そんな肝心なことおいら達に黙ってるなよ!」
「聞かれなかったから」
まったく悪びれず語る藤本。
ただ、保田圭に誘われたことを語りはしなかった。
「そういうことだから。私は降りる。他人の怨恨に付き合ってられないし」
「おいっ!藤本!」
「ミキティ!」
矢口と辻が呼ぶのも聞かず、藤本は館長室を出て行ってしまった。
「私も…闘えない」
「愛ちゃん」
それに続いて高橋まで立ち上がる。
辻は止めようとした。だが、できなかった。
激闘を繰り広げたあのときとまるで違う、哀愁に満ちた瞳で見られたから。
結局高橋も出て行き、館長室には安倍、辻、矢口の三人だけが残った。
「なんだよ!自分勝手な奴ばっかり!」
「しょうがないべさ。矢口はどうする?」
「おいらは闘うよ。コソコソ襲うなんてムカつくじゃん!」
「ののは?」
「聞かないでくらはい!ののはいつでもなっちしゃんの味方れす!」
「ありがと」
ここに闇の戦士に対抗する表の格闘家連合が結成される。
始まりはたったの三人。
安倍なつみ、矢口真理、辻希美。
このとき彼女たちはまだ想像もしていなかった。敵がどれほど強大なものかを。
「お久しぶりです。つんく殿」
「コラ!その名は使うな。裏社会では寺田で通してるんや」
「コロシアムマスター寺田は仮のお姿でしょう。あなたの本性は…」
「ええやんけ。それより圭、そっちの三人が例の…」
黒に統一された広い部屋。
まるで中世王城の謁見室みたいな空間となっている。
玉座まで黒となったそこに居座るのが、地下コロシアムのマスター寺田。
そこへ謁見に訪れたのが保田圭と、後ろではしゃぐ三人。
「うわーまっくろぉ」
「趣味悪か」
「さゆ、あっちに座りたい」
亀井絵里と田中れいなと道重さゆみは、初めて訪れる場所におのおの感想を漏らす。
この無礼ぶりにつんくの側近アヤカはやや眉をしかめる。
「はい。この三人がつんく殿より授かったあのときの少女たちです」
ニヤリと笑みを浮かべ、応える保田。
コロシアムで稼いだ莫大な資金を、つんくは最強の娘を生み出すことに使っている。
なっちに敗れ格闘技界を追われた保田に、目をつけたのがそのつんくであった。
少女たちの中で特に問題児扱いされていた3人を保田に託す。
この3人を最強へと育て上げた暁には、復讐の全面協力を約束して。
そして今、3人はつんくの予想を遥かに上回る怪物となって戻ってきたのだ。
「地上で起きた事件は聞いたで。ええやろ、お前の復讐に協力したる」
「ありがとうございます。ただ手を出す必要はありません」
「ほぅ」
「つんく殿はただ舞台を用意してくれるだけで結構。実際に手を下すのは私たち4人」
保田の申し出に、つんくは考え、そして笑みを浮かべた。
「ならばこういうのはどうや?コロシアムでチーム戦や!4対4…じゃバランス悪いな。
圭、お前達と安倍なつみ率いる格闘家チームで5対5の団体戦!名案やろ!」
それまで会話に興味を示すこともなかった後ろの3人も思わず、顔を向ける。
保田圭はニィっと蛇の様な笑みを浮かべた。
「おもしろいですね」
「圭、一人足りへんなら俺が貸してやってもええで」
「ご心配なく、もう一人アテはございますので」
「決まりやな!安倍の方には俺から使いをよこす。まさか逃げはせんやろ」
「保田圭の名を出せば、奴は必ず来ます」
「くぅ〜おもろなってきたで!こうしちゃおれん、善は急げや!」
「では、我々はこれで」
保田は礼をすると、亀井たち3人を連れて退出した。
(クックック、ようやくこの刻が来た)
(せいぜい利用させてもらうわよ、つ・ん・く・さん)
「寺田様、あの女は危険です」
保田たちが出た後、脇に控えていた側近のアヤカがそう進言する。
復讐にとらわれた保田圭の執念が尋常ならぬものに感じた為だ。
さらに、亀井田中道重という怪物を従えたその戦力はあまりに強大すぎる。
あの3人はどう見ても、大人しくこちらに従うという感じではなかった。
しかしつんくはまるで気にすることなく、ヘラヘラ笑っている。
「問題ないやろ。切り札はワイが握っているんや」
「石川梨華のことですか?しかし彼女は……」
石川梨華。
勝利により自由を約束された彼女は、なんと今も寺田の支配下にあった!
「交換条件でどうや?」
「永遠に俺の奴隷として戦い続けることを約束するなら、吉澤を地上の病院に送るで」
あの死闘の後、自らが殺した黒マスクが愛する吉澤ひとみであったことを知った石川梨華
は狂ったように泣き、叫び、暴れ、吼えた。自らの指で心臓マッサージして強引に蘇生さ
せる。もちろんそれだけで助かるはずはない。憎過ぎる仇に泣いて懇願した。
「ヨッスィーを助けて!お願いだから!ヨッスィーを!」
そこで寺田は前述の交換条件を持ち出した。
承諾した石川梨華は、今も遥か地下の最深部で鎖に繋がれている―――。