摩天楼に悲鳴が鳴り響く。そこは今地獄と化していた。
トンと、ただ触れただけ。構えもタメもない。
その少女が触れただけで大谷が十メートル近く吹き飛んだのだ。
気絶する大谷を見て、ボス斉藤が叫ぶ。
「柴田、逃げろ!」
信じられない出来事であった。
スカーフで顔を隠してはいるが、その背格好はどう見てもまだ少女。
そんな少女二人に摩天楼の荒れくれどもが全滅。
そして、裏社会最怖を誇っていたメロンも今、全滅の危機に陥っている。
せめて柴田だけでも、と思い斉藤は呼びかけたのだ。しかし遅かった。
大谷を吹き飛ばした方と別の少女が、柴田の目の前にまで迫っていたのだ。
「私は逃げない!」
柴田は歯を食いしばった。ようやくトーナメントの傷が癒えた。
これからまた格闘技の世界で再出発だと奮起していた所である。
フリージア!
自慢の必殺技を繰り出す。現格闘技界においてもトップクラスの破壊力を秘めた技だ。
その蹴り技が真芯で少女の顔面を捉えた。
ガギン!
ところがダメージを受けたのは柴田であった!まるで金属の塊を思い切り蹴った感触。
少女は右手を槍のような形にすぼめ、足を押さえ屈む柴田の肩に突き刺した。
「あああああああっ!!」
今度は金属の槍で刺されたような感触。一体どうなっているというのか?
少女の右手が本当の槍みたいに突き刺さっていたのだ。
ズンと右手を抜くと大量の血が噴出し、柴田は意識を失って倒れた。
「柴田ぁ!!」
駆け寄る斉藤にもう一人の少女が立ちふさがり、そっと触れた。
それだけで斉藤は車に轢かれたみたいに、弾き飛んで意識を失った。
メロンの残り一人、村田は恐怖で身動きがとれなくなっていた。
あまりにも圧倒的な恐怖。そんな村田を残して、二人の少女は闇に消えた。
「ば、バケモノだ…」
この事件、摩天楼は無法地帯ということもあり表立ったニュースにはならなかった。
しかし一部報道関係者の間では、ミカ=トッド傷害事件との関係性が囁かれ出す。
『トーナメント出場者が狙われている!』
そんな見出しで取り上げるB級雑誌も出るほど。
しかしその記事は、あながち間違いでもなくなる。
「なんだよ、これー!」
夏美会館の館長室にて、例のB級雑誌を投げ飛ばす辻。
例の事件記事を見ての反応である。
雑誌を見せた安倍は怒る辻に尋ねる。
「同じトーナメント選手がやられて、怒った?」
「違うよ。どうして襲うならまず優勝したののに来ないのかってこと!
こっちは暴れたくてウズウズしてるって言うのにさ!もう!」
「そっちかよ」
相変わらずマイペースの辻は別として、安倍なつみは少し心配していた。
(もしこの雑誌が言うとおり、トーナメント選手が狙われているとしたら?)
石黒は強固なハロープロレスの一員だ、そう簡単に手出しできないだろう。
同じ理由は講道館の矢口にも言える。田中に関しては消息も掴めない。
(もし次に危険があるとすれば高橋か…美貴か?)
藤本美貴はトーナメント以来、ばったり道場に顔を出さなくなった。
(一応、声かけておいた方がいいかな)
安倍はこの心配が杞憂に終わることを願う。
しかしこれはまだ、これから始まる闇の侵略のほんの序章に過ぎなかったのである。
「これで、二人目っと」
マジックペンで名前の上をキュッキュっと塗りつぶす。
その紙には、七つの名前が縦に連ねられていた。
柴田あゆみ
辻希美
石黒彩
高橋愛
ミカトッド
藤本美貴
矢口真里
三ヶ月前に開催されたトーナメント出場選手の一覧である。
すでにその内の二つ「柴田あゆみ」と「ミカトッド」はマジックで塗りつぶされている。
「残りは…え〜と、5人か」
「意外と早く終わりそうばい」
ミカと柴田を襲った二人の少女―――田中と道重は満足気にはしゃいでいた。
ここは田中たちが育ったいつもの修練場である。
「ところで、エリにはバレてなかね?」
「大丈夫。しゃべってないから」
「うちらの獲物が減るばい、当分秘密。よかね?」
「うん」
おしゃべりしていると、保田圭が家屋から現れこちらへ向かってきた。
「順調のようね」
「あ、師匠。さゆに任せればいつも完璧です」
「言われた通り、トーナメント選手は全員叩き潰すと、心配なか」
そう、この事件の黒幕は復讐鬼と化した保田圭であった。
安倍なつみへの復讐はすでに、表の格闘技界全てへの復讐へと膨れ上がっていた。
なっちを中心として動く今の女子格闘議界を潰すことこそ、なっちへの復讐に繋がる。
それで弟子の田中れいなと道重さゆみに皆殺しを命じたのである。
(ケガを理由にされたくないから、全員が完治するまで猶予を与えたわ)
(もう止まらないわよ!安倍なつみ!)
自らの手で育て上げた脅威の弟子たちを、するどい目で見守る。
「心配はしていないわ、ウフフ」
3人の弟子の中でもっとも八極拳の才に恵まれたのが田中れいなである。
その力を100%発揮したとき、彼女は発勁を意のままに操ることが可能になる。
通常の八極拳で弱点視される間合いや溜めの心配が無くなる。
ただ触れただけで、相手を吹き飛ばしてしまう怪物。
そして、3人の中でもっとも才に恵まれなかったのが道重さゆみ。
いくら教えても彼女はなかなか八極拳の技術を身につけることができなかった。
八極拳において重要な気の流れがまったくのリズム音痴なのだ。
体全体に一定の気を保つことができず、体の一部だけに爆発的に気を溜めたりしてしまう。
しかしそれが彼女の真の能力だったことに気づいたのは最近のこと。
爆発的気の集中により、体の一部を硬質化できる怪物。
この2人以外にもうひとり弟子はいる。
ただその娘だけは、師の保田でさえも掴みきれていない。
才があるのかないのか?強いのか弱いのか?何を考えているのか?
実際、なっち率いる表の格闘技界を潰すのなら田中と道重だけで十分だと思う。
この二人はそれほどの怪物である。
先のトーナメントを見て、敵の力は大体把握した。
現時点で田中と道重に勝さる奴はいなかった、というのが感想だ。
だがもし何か――――――――――予定外の分子が計画の邪魔に入ったとき。
そのときは切らなければいけないであろうと思う。
予測不能なもう一枚のカードを。
「さぁ、存分に暴れてきなさい!れいな!さゆ!」
「言われんでもやるばい。さゆ、行くよ!」
「あーちょっと待ってよ〜」
道重はあわてて出場選手を記した紙をポケットにしまい、田中を追う。
あまりに急いだため、紙はポケットにうまく収まらず落ちてしまった。
しかし道重は気付かず田中を追いかけて走り去っていった。
保田圭もすぐに家屋に引き返した為、気付かない。
リスト用紙が地面に落ちて残った。
トコトコ……
そこへ誰かが近づいてきた。
田中でも道重でも保田でもない。
その誰かは落ちている紙に気付くと、拾い上げて中を見た。
「ん〜?」
第24話「頂上が見えた日」終わり
次回予告
次々と襲われるトーナメント戦士。
果たして次に犠牲となるのは?そして…
「とっちゃいましたぁ」
史上ちゃいこーの娘、ついに降臨。
To be continued