>>526−538
(´ー`)y─┛~~ ニヤニヤ
>>539 (゚Д゚)y─┛~~ ヤバー!
トリップ変わりました。
では更新いきます。
地上のもっとも光の当る場所で新王者が誕生した頃、
はるか地下深き、闇の舞台では……
「ハァ…ッカハァ……ァハァ…ゼェァ……」
「ヒュー……ヒュヒュー…ヒュル……」
黒のマスクとピンク色のマスクが、何と今だ相対していたのである!
文字通りの死闘は、開始よりすでに六時間が過ぎようとしていた。一度は死んだと思われ
た白いマスクが、赤い血でマスクをピンク色に染め立ち上がった。そこからまた死闘が始
まり、今まで戦い続けていたのである。もはやヒトとヒトの戦いには思えなかった。
「そうまでして勝ちたいんやのぉ……クックック」
マスター寺田が悪悦な笑みでその戦いを見下ろす。豪華な観覧席は今やそのムードが一変
していた。飽きっぽい金持ちどもがこれだけ長時間に及ぶ死闘を、誰一人帰ることなく見
とれているのである。彼らはあらかじめ、吉澤ひとみとチャンピオンの関係を寺田から聞
かされていた。その内容は、反吐が出るほど残酷なその光景を、身を震わせ感動して観戦
し続ける程のことであった。
そんないつ果てるともない死闘にも終幕の刻が訪れる……
きっかけを造ったのは吉澤ひとみ。
限界を幾度も通り越して根こそぎかき集めた力を、そのパンチに乗せピンクのマスクに放
った。どんな力も吸収し破れない様にできているマスクが…切れた。
梨華ちゃん……
君と出遭ったのは帰国したばかりの空港だったね……
再会は偶然、プロレス会場で落とした財布をひろってくれた……
その晩、メロンにさらわれた君を助けに摩天楼で大暴れ……
それがきっかけで一緒に暮らし始めて……
トーナメントに挑む私を、心から応援してくれた……
本当に楽しかった……
もう一度、あの生活に戻りたい……
ううん、戻るんだ!
この化け物をぶっ倒して!
また梨華ちゃんといっしょに……
ピンク色のマスクが、ハラリとめくり落ちる。
―――――――――――――――――――――――――顔が見えた。
体内を燃やし続けていた炎が……フッと消えた。
獰猛な唸り声を上げていた野獣が……息を潜めた。
時間が……止まった。
吉澤ひとみを織り成すあらゆる要素が……止まった。
顔中が傷と腫れで真っ赤に染まっていた。刺すような視線でこちらを見ていた。
眼も鼻も口も耳も潰れている……のにあまりに美しすぎる。
見間違える訳がない。
こんな酷い顔しているのに、私にはわかる。
見間違いであってくれ、そんなジョークはよしてくれ。
そんなことはあってはいけない。あってはいけないんだ。
どうして…どうして…?
「どうして梨華ちゃ―――――――っ!!」
黒いマスクが叫んだ。
ザンッ!
チャンピオンの指が黒いマスクの心臓に突き刺さる音。
黒いマスクはピンク色のマスクの下にある顔を凝視しながら、終わった。
石川梨華の顔を見ながら、吉澤ひとみは終わった。
コロシアムのマスター寺田の趣味は、強い娘を育て上げること。
金と暴力で才のある幼子を集めては最強へと育て上げる。
アヤカや柴田あゆみもその生き残りである。
大半の娘はコロシアムの試合、もしくは過酷すぎる鍛錬の途中で死んでいった。
その数多き犠牲の中で完成した最強の存在が、石川梨華である。
あっというまにコロシアムチャンピオンの位地にまで駆け上がった。
彼女の強さは別格であった。
特異体質。天文学的確立で存在する常人とは異なる体質を持って生まれし種。
辻希美とは違う、本当に生まれながら神に与えられた存在。
石川梨華は痛みを知らない。
どんな破壊をされても彼女は永久的に負けることがない。無敵の王者。
しかし神はこの怪物に異なる性質も与えていた。
優しすぎる心である。
石川梨華は争いを嫌っていた。誰かを傷つけることに嫌悪を感じていたのである。
彼女は何度も寺田に訴えた。「もう戦いたくはない」と。
その度に寺田は訴える。
石川梨華の為に犠牲になった娘たちのこと、石川梨華に殺された戦士たちのこと。
「お前は一生、幸せになったらあかん女や。戦い続けなあかん」
それは自覚している。消えることのない血を吸ったこの両手を消すことはできない。
罪と罰を一生背負い続けなければいけないこと。それでも梨華はもう戦いたくはなかった。
そしてある日、決断する。
今まで誰一人成し遂げたことのない偉業、地下からの脱出。
彼女はこれに成功する。
地上に出ても無数の追っ手が迫ってきた。寺田が裏社会中の猛者に募った刺客である。
それでも無敵の王者である彼女に敵う者は存在しない。すべて蹴散らして逃げきる。
石川梨華に安堵の日が訪れることはなかった。
日本に居場所はない、海外へ逃げよう。
そう思って訪れた空港にて、運命の出会いが待っていた。
「キャ!」
「うわっ!」
「ご、ごめん、大丈夫?」
「はい、大丈夫です。こちらこそすいませんでした」
曲がり角で一人の女性とぶつかる。その女性を見て、石川は思わず目を見開いた。
闇で生きてきた自分にはない輝きに満ちた素敵な女性だった。
血を滲ます殺し合いの世界で生きる自分とは、およそ縁が無いであろう。
「じゃ、急いでいるから、ごめん」
石川はその女性の背中が見えなくなるまで見続けた。何故か眼を離せなかった。
やがて、傍にサイフが落ちているのに気付く。
結構な額のお金とカード類、証明書が入っていた。
「吉澤ひとみ…」
そこに書かれた名を呟く。胸が今まで感じたことのない高鳴りを打つ。
運命の歯車がゆっくりとまわり始めた。
結局、石川は海外に出ることをやめた。
(この吉澤ひとみさんに財布を返す為に残る、それだけ)
自分にそう言い聞かせる。不思議な胸のモヤモヤには気付かない。
逃亡生活の中で、吉澤ひとみが有名なプロボクサーだと知るのは容易かった。
ボクシングでチャンピオンになり、今度は総合格闘技で頂点を狙うという話も。
大きな格闘技の会場に行けばきっと会えると信じ、その願いは通じる。
超大型新人のデビュー戦もあるハロープロレスの一大イベント。
「吉澤ひとみさん…ですよね。これ」
「あ!私の!」
「君が拾って?まさか、わざわざ私を探してくれてたの?」
「うん、絶対困ってるって思ったから」
「あ、ありがと」
「それじゃ」
たったそれだけの会話で、自分から別れを切り出す。
別れたくなかった、もう二度と会えないかもしれない、でもどうしていいのか分からない。
そんなとき、例の追っ手がまたも姿を見せたのである。
簡単に振り払えるのに、石川は可愛らしい声で悲鳴をあげた。
(ああ、そのとき駆けつけてくれたあの人の顔を、私は一生忘れることはない)
「行くよ」
「はい」
あのとき差し出してくれた手のぬくもりも、一生忘れることはない!
運命の再会を果たした吉澤と石川はプロレス観戦をする。
「すっごーい!プロレスっておもしろいね〜」
凄惨な殺し合いしか知らぬ石川は、プロレスが本当に新鮮で魅力的なものに映った。
技をかけるのにわざわざオーバーアクションで、受ける方もオーバーアクション。
大勢の観客も楽し気に反応する。こんな世界があるのだ、と思った。
石川の育ったコロシアムでは無駄な動きをする余裕はない。
わずかな観客もそれをギャンブルや道楽としてニヤついているだけである。
外の世界を知るにつれ、あの世界がいかに間違っているかわかってきた。
(やっぱり、私はもう二度と戦いはしない)
隣で興奮している運命の人の顔を見て、そう誓った。
「ごめん、ちょっと用事ができちゃったんだけど…」
「ううんいいよ、じゃあ出よっか」
吉澤の都合でプロレス会場を出ると、彼女の後輩だという小川麻琴を紹介される。
当の吉澤は誰かを追って駆け出していってしまった。
すると妙な空気を放った四人組が、石川と小川の前に立ちふさがったのだ。
裏社会でも有名な四人組、摩天楼のメロンである。
石川が本気を出せばまとめて相手することもできた。だが吉澤の顔が浮かぶ。
(もう闘わない、そう誓ったばかりだよね)
結果、石川は捕えられる。
石川は柴田を知らないが、柴田は石川を知っていた。
柴田はオチコボレとして早々に脱落した存在、石川は常にトップにいた存在。
劣等感にも似た感情で柴田は石川と、彼女が慕う吉澤に敵愾心を持つ。
「どうかしたの?」
「侵入者らしい」
「そう…」
「三人組だが、その内の一人はボクシングのチャンピオンだって」
「えっ!」
「やっぱり君の知り合いか」
「どうして?会ったばかりの私なんかの為に…吉澤さんが…」
「残念だけど生きて帰す訳にはいかないな」
「やめて!あの人は関係ないでしょ!」
「関係?あるよ。彼女達は君を助けに来たのだろ。それで十分だ」
捕らわれの身の石川は、ただ吉澤の無事を願う。
メロンの4人が吉澤を倒す為に降りていったエレベーター。
次に上がってくるのが吉澤かメロンか?石川は願った。
(お願い、吉澤さん……)
しかし、上がってきたエレベーターから顔を覗かせたのはメロンのボスであった。
つまり吉澤がやられたということ。
石川の中で何かがキレた。信じられない速度で飛び出すと、指一本でメロンのボスを倒す。
メロンのボス斉藤は何が起きたのかもわからぬまま意識を失った。
我に返った石川は、闘わないと誓ったばかりでもう力を使ったことを嘆き、泣き始めた。
そこへ、かっけーあの人がやってきたのだ。石川は彼女の胸に飛び込んだ。
こうして、二人はひとつ屋根の下で暮らし始めた。
それは殺し合いしか知らなかった石川にとって、どうしようもなく幸せな日々だった。
メロンの件以来、追っ手もパタリと姿を消した。
(きっともうあきらめたんだ、うん、そうに違いない)
石川はポジティブに考え、いつしかそのことを忘れ始めていた。
そして、運命の歯車が狂い始めるあの日――――
「えろうひさしぶりやのぅ」
その男が現れた。
思えば、運命の出会いと思っていた二人の関係も、すべてこの男に操られていたのかもし
れない。石川に抵抗の余地はなかった。ここがバレているということは、自分が歯向かえ
ば吉澤にまで危険が及ぶということ。それだけはできなかった。大好きな吉澤には、夢を
追っていてほしかった。彼女は表の世界で頂点に立てる程の器である。この石川梨華がそ
う思うのだから、間違いない。
(ありがとう、あなたといる間だけ私も人間になれたよ、ヨッスィー)
深き地下に、石川梨華が戻る。
だが二度と闘うつもりはない。たとえ殺されても……。
「交換条件でどうや、梨華」
頑なに闘いを拒む石川に、寺田はやさしい声でそうもちかけてきた。
「戦うのは一試合だけ。勝ったら自由にさせたる、吉澤の所へ戻ってもええで」
石川はその条件に飛びついた。
寺田は残虐な男だが嘘だけはつかない。それは知っている。
二度と闘わないと誓った、その印を解く。
(あと一回だけ勝って、またヨッスィーの所へ戻るんだ!絶対に勝つ!)
悲壮な覚悟で、石川梨華は白いマスクを被った。
寺田があんな条件を持ち出すだけはある。
今まで殺しあった相手の中でも間違いなく最強の敵だった。
恐ろしい強さで、その執念も尋常ではない。物凄い勢いで殴りつけられた。
それでも痛みを感じない石川は何度も立ち上がる。
しかし相手の黒マスクは普通に痛覚をもっているはずである。
どうしてこれだけ向かってこれるのか?これだけの打撃に耐えられるのか?
単に自分の命が惜しいだけではここまでの戦いはできない。
この黒マスクはなにか命よりも大切なモノの為に戦っているのだと悟った。
しかし自分だって負けられない理由がある。絶対に勝たなければいけないのだ!
執念と執念の激突。
それはあまりに壮絶すぎる愛と愛のぶつかり合いであったのだ。
死闘の決着は突然であった―――――――
石川は自分のマスクが破られるのを感じた。そのとき、黒マスクが止まった。
あれほど強烈な殺気が、瞬間に消え去ったのだ。
無痛と共に与えられた石川梨華のもう一つの武器、それが指力である。
指をがら空きになった黒マスクの胸に突き刺す。
やった!と石川は思った。
人を殺して、生まれて初めて歓喜した瞬間であった。
『おめでとう梨華。勝者は君だ』
死闘の果てに、コロシアムに設置されたスピーカーからマスター寺田の声が流れる。
ピンクのマスクを完全に脱ぎ捨てて、梨華は微笑んだ。
人を殺して笑うなんて尋常でないとも思ったが、嬉しくて嬉しすぎて笑みが隠せないのだ。
(あぁ、これで、これで、ようやくヨッスィーの元へ)
『約束だ。君はもう自由の身、好きなように生きたまえ』
「はい、お世話になりました。寺田さん」
数分後、この男に礼をしたことを死ぬほど後悔することになる。
今はただ嬉しくて幸せだった。
(今いくよヨッスィー♪)
(ハッピー♪)
石川梨華はスキップしたいくらいに浮かれて、コロシアムを出ようとした。
そこで寺田から石川へ最後の言葉が贈られる。
「おいおい梨華。お前、せっかく勝ったのにヨッスィーを置いていくんかい」
出口のそばで、足を踏み出す格好で、ピタリと動きが止まった。
見えない鏡の向こうでは、集った金持ち達が吐き気のする笑みで彼女を見下ろしている。
静止したまま石川梨華は動かない。
寺田から贈られた言葉の意味を考えているのかもしれない。
ゆっくり…ゆっくりと後ろを振り返る。
そこには、自分が殺した黒マスクが転がっていた。
「まだ梨華ちゃんに言ってないことがあったな〜」
「なぁ〜に?」
「あーもう、恥ずかしくて言えねえって!」
「なんだよ〜ヨッスィー」
「言うから耳閉じてて」
「それじゃ聞こえないよ、もぅ」
「梨華ちゃんが大好……」
………………………………………………………………………………………………プツン
チャ〜チャチャチャ〜チャ〜ラララ〜チャララ〜ラララ〜♪
コロシアムの控え室に、携帯電話の着信音が鳴る。
持ち主がもういなくなった携帯電話である。
…………………………
同時刻、夜の成田空港に一人の娘が降り立つ。
「んあ〜、あいつ何で出ないわけぇ」
誰もが振り返るほど美貌とスタイルの娘であった。
荒々しく携帯を閉じると、美貌の娘はウ〜ンと大きく伸びをした。
「帰ってきたぞぉ〜!」
その美貌からは想像つかない様な子供っぽい声で娘は叫んだ。
…………………………
吉澤ひとみの携帯着信履歴に「ごっちん」と残った。
第22話「携帯に出ない女」終わり