「なんか知んないけど、ファンの子じゃないんなら、そこどいてくれる」
相手にしない方がいいと判断、矢口は手で少女を追い払った。
少女はプ〜ッとほっぺを膨らませてむくれる。
「かわいいっかって聴いてるの!」
「やれやれ、そんなに答えて欲しいんなら言ってやるよ」
ポリポリと頭を掻きながら、矢口は面倒くさそうに振り返って言った。
「おいらの方がかわいい、以上!」
ニィっと笑って、そのまま矢口はダッシュで走り去ってしまった。
完全に虚をつかれた形で、少女はその場に取り残された。
ほっぺを膨らませたまま少女は呟いた。
「ムカつく」
「さゆ、あんた昨日の夜どこ行ってたと!」
「れいなの対戦相手を見に」
ガツンと頭突きをくらい、少女は頭を抱えてしゃがみこんだ。
「ひどいよ〜れいな」
「まさか手ぇ出してなかとね?うちの獲物たいよ」
「出さないもん!私はれいなやえりと違って凶暴じゃないから」
ガツン!また頭突きをもらって少女はしゃがみ込んだ。
ここは人里離れた修練場。田中れいなが武術を学び育った場所である。
しゃがんで泣きまねをしている少女の名は道重さゆみ。
田中れいなと共に武術を学んできた少女である。
今は、田中に黙って矢口真里を見に行ったことで怒られている所だ。
「誰が凶暴ばい。うちから見たらあんたの方がよっぽど危なかよ」
「そんなことないもん」
ポンッと立ち上がると、道重はごく普通の表情で危ない発言を口にした。
「れいな。あの矢口って人ギタギタに潰しちゃっていいよ。私あの人嫌い」
「そげんこつ知らなか。それよりさゆ、大会のこと何処で聞いた?」
「師匠がれいなに話してるの聞こえちゃった」
「やっぱり盗み聞きか」
「テヘ」
「テヘじゃなか!あんたまさか、えりには言っとらんたいね?」
「ううん」
「えりに知れたらメチャクチャになるばい。言ったら殴るけん」
「言わないよ。その代わり大会の日、私も見に行っていい?」
「…師匠に聞けば?」
「そうする」
道重さゆみはトコトコと師匠のいる建物に向けて走っていった。
切れ長の目をした女―――師匠は条件付きで道重の頼みを了解した。
「何があっても決して手を出さないこと」
「大丈夫。さゆは大人しくていい子だから」
快諾すると道重はルンルンとスキップで戻っていった。
(もう少しの辛抱だよ。ククク…)
師匠と呼ばれる女は、切れ長の目をさらに細めて微笑んだ。
視線の先には一人の女性を映した写真がある。写真は幾数もの傷で切り刻まれている。
「もう少しでお前の時代が終わる」
長く尖った爪で、写真の女の首筋に新たな傷を刻み込む。
写真の女性は安倍なつみであった。
「この私が…保田圭が、終わらせる!」