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ご は ん 6
さゆはいつだって、鏡を手放さない。
楽屋にいるときはもちろん、収録中もポケットに忍ばせた手鏡で
自分のお顔をこっそりチェックしている。
そんなさゆだからやっぱり、ご飯中だって鏡をチェックしているわけで。
今日のお弁当は、なにかな?ウキウキしてふたを開ける私の横で、
さゆは鏡に向かって念入りにマスカラのだまをとっている。
「また見てるの?」
「うん、絵里も見る?」
「…見ない。ねぇ、見てみて!私しょうが焼き大好きなんだっ!」
「ふ〜ん。」
私ははしをくわえてさゆを見つめる。
最初はさゆだってこんなんじゃなかった。
緊張してたからかもしれないけれど、目をパッチリ開けてみんなの顔を、話を、
ジッと見て、聞いていた。
6期の新メンバー同士で固まってお弁当を食べている時だって
「私はこれが好き」とか「これはうちでは」とか話したりして、早く仲良くなれるよう
色々打ち明けたりしたのに。
れいなは今、藤本さんと仲がいい。ご飯も一緒だ。
だから私の話は、さゆに一番聞いてほしいのに。
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:04/03/04 20:05 ID:6Or365o7
「ねぇ、ご飯食べないの??」
「食べてるよぉ。」
「早く食べ終わってさ、あ、これこの間さくらのメンバーでとった写真見てよ〜」
「ちょっと待って。」
ねぇ、さゆが食べ始めてからもう1時間たつんだよ。
その間私、1人さゆの隣で座ってるだけ。
なんだか哀しくなって、加護さんに相談してみた。
「ってわけなんですよぉ。」
「そうなんやぁ〜。まぁ、ののも聞いてたり聞いてなかったりだし、相方ってそんなもん
かもね〜。かたっぽの気持ちに全部こたえられるわけじゃないってゆーか。」
「そんなもんですかねぇ…。」
「…試したる。よぉ見ててね。のの〜。」
加護さんが、紺野さんや小川さんと話しをしている辻さんに声をかける。
すると辻さんは振り返りもせずに手を振った。
「…ね?」
「ほ、本当ですね、あの…ムカつかないんですか?」
「まぁ…そりゃちょびっと、ちょびっとムカつくけど、でもののもしゃべっとるし
うちだって何か話したいことがあったらののの所まで言ってちゃんと声かけるから。
あんなんでいいわけです。」
黒目がちな瞳を細め、加護さんは言った。
加護さんの言ったことは納得できるし、辻さんが悪いとは思わない。
でも…なんか違う気がした、だってさゆは鏡見てるだけなんだよ。
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:04/03/04 20:05 ID:6Or365o7
今度は、吉澤さんに話をしてみた。吉澤さんはみんなの相談役だからきっと
いい助言をしてくれるはずだ。
「ってわけなんですよぉ。」
「…しゃあないYO!ちょっと大人な絵里が我慢するしかないね。
私も入ったばっかのときよく梨華ちゃんと一緒にしたでしょ。
梨華ちゃんあんなんだから人の話も聞かないで、ため息ついたりしてるわけ。」
「はぁ。」
「そんなんだし、まぁ多くを望まないことだな。」
「…」
私はそんなに、多くを望んでいるんだろうか。
とぼとぼとさゆのところに戻る。
さゆはまだ鏡を見ながらご飯を食べていた。
それを見てため息をつく私に、機転が訪れた。彼女を頼もしいと思ったのは
悪いけどこれがはじめてだ。
「飯田さん!さゆ、見てくださいよ!」
「うん、道重。鏡見てたら食事進まないでしょう。いい加減しまいな。」
「…でも…。」
「亀井も話したがってるんだよ。」
「…はい。」
さゆはそのあと、ぶつぶつ言いながらも鏡を出さずに食べ終えた。
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:04/03/04 20:06 ID:6Or365o7
飯田さんの注意によって、さゆはとうとう鏡をださなくなった。
話を聞いてくれるようになったのは嬉しかったけど、だんだん沈んでゆき
今日なんて3口だけ食べてお弁当のふたを閉じてしまった。
「さゆ、そんなんじゃからだ持たないよ。」
「でも…早く鏡が見たい。」
「…。」
ビョーキだ!
私は仕方なくその旨を飯田さんに説明をした。
ため息をついて飯田さんはうなずき、ご飯時の鏡は解禁となった。
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:04/03/04 20:07 ID:6Or365o7
あいかわらず今日もさゆは鏡を覗きご飯を食べる。
けれどちょこっとだけ変わった。
私が話しかけると、一瞬目線をこちらに向けてくれるようになったんだ。
そんなこと。
でも…私たちには大切な一歩。
いつものお弁当が、少しだけおいしく感じた瞬間。