62 :
トミー・ボンバー:
後藤は声のした方に目をやった。
そこには、先程まで仰向けになっていたはずの亀井が
すでに上体を起こしていた。
足はハの字のまま、両の腕は膝に置かれ、背を丸めている。
長い髪が顔を隠していて表情までは判らない。
「ん?亀井?起きた?」
「…」
彼女は無言で、右手を斜め後ろに移し、それを重心にゆっくりと立つ。
自分の声が無視されたと悟った後藤は、彼女に背を向け、構わずに続けた。
「君、失格だから。すぐ元の場所に戻って。」
それは、彼女らしからぬ言動だった。
口調は普段より早く、そしてそこには苛立ちの色が含まれていた。
「…」
また返事がない。
「亀井?」
後藤は不審に思い、振り返り彼女の顔を覗き込もうと顔を近づける。
それに気付いたのか、亀井はゆっくりとその顔を上げてきた。
「!」
彼女の表情は、先程までとは打って変わって、まるで別人の様に変貌していた。
不安や苛立ちといった焦燥感を浮かばせていた顔つきではなく、
悟りを開いた仏陀のような冷ややかな面構えになっていた。
そこには、殺意にも似た憎悪の念をその瞳に渦巻かせている。
後藤は、その鋭く突き刺さるような視線に寒気を感じた。
その時だった。突然、目の端に何かが映った。次の瞬間。
−ミシッ−
鈍い音と共に、後藤の視界が急激に歪む。
そして、何故だか急に体が宙に浮くような感覚に襲われた。