れいなはねぇ。
そりゃぁ素直な子なんです。
ここの店でも最年少なんですがねぇ。まぁ客受けのいい娘で。
町じゃほら吹きだなんて言われてるが、とんでもねぇ。
わたしはれいなの事を信じておりますよ。
だが、今回の件はね・・・
浅間麒麟というんですからね。
麒麟といやぁ、神獣でしょうが。唐土の国に伝わるとかいう。
まさかこんな地元の山に、おるわけねぇと言って聞かせたんですがね。
れいなは頑なに信じちまってるんですよ。
「あたしは見た」と言ってね。
しまいにゃ、ここを訪れる客全員にその話をしたもんですから
町じゃえらい噂になってもうたようで。
そうなんです。
とうとう昨日、町の奉行さんから訴えが来ましてね。
――――ほら吹き娘を解雇しろ、と。
命令聞かぬは、この店の存続すら危うくなるでしょう。
れいなの他にも数名の娘を雇っとるんですからねぇ。
奉行さんには逆らえねぇ。
仕方なく、そう、二日前ですかねぇ。
お暇を出したんですよ、れいなに――――。
語り終えた老人の目元には
うっすらと液体が浮かんでいた。
れいなはわたしの孫みたいな存在なんです、と呟き
そっと亀井の目を見る。
「せめてお嬢さんだけでも、あの娘のことを信じてやってくだせぇ」
「はぁ・・・」
それで、れいなの行方は、と問うと
店主は力なく目を伏せた。
そして一言、わたしにも分からんのです―――と。
「あの子は元より天涯孤独の娘でね。ずっとわたしらの所に居候しておったんですよ。
ですがお暇を与えた直後から、ぷっつりと消えてしもうて――――」
悪い予感がよぎったのだという。
まさかれいなは
浅間山へ入ったのではないか。
自らの疑いを晴らすために
自ら、浅間麒麟の存在を確かめるために。
数時間後、亀井は一人
浅間山の麓の樹林のなかにいた。
昼だというのに霧が深い。
気を抜くと、来た方向すら分からなく――――
「あれ?」
ふと気づくと、いつの間にか
四方はどんよりとした霧である。
気をつけてはいた筈だ。
浅間山の樹林のような、深い樹海で迷うこと
それは即ち
「死」を意味する。
「・・・紺野さん?」
尼僧の名を呼ぼうが、このような場所に
紺野がいるはずもないのだ。
自分で勝手に行動しておいて
今更助けを求めるなんて、甘すぎる。
しばらく歩いただろうか。
滅多に外に出ないものだから新品同様だった亀井の草鞋は
もうボロボロに成り果てていた。
それでも。
れいなの姿は見つからない。
樹林の出口さえ見つからない。
とうとう、脚が支力を失った。
軸を失った亀井は、どぅ、とその場に崩れ落ちる。
――――駄目かもしれない。
一瞬そんな思いが走る。
でも、それでもいいかもしれない。
ここで終わろうと
それを受け入れることが出来ない訳でもない。
亀井は目を閉じた。
後悔?そんなものはない。
あるといえば、
れいなを見つけだせなかったこと。
それとも
紺野の言うことを聞かずに行動したことか。
いずれにしても、もう遅い。
私は、終わりだ。多分。
ふと、頬にあたる冷たい感触で目がさめる。
「馬鹿な子ねぇ。あんたも」
聞きなれた声が頭上から響く。
と、同時に
また、冷たい感触が額を襲った。
「紺野のいうこと、ちゃんと聞いてりゃよかったのに」
「・・・石川さん・・・?」
しばらくして、頬や額の冷たい感触は
石川の綺麗な手の平だということに気づく。
「石川さん・・どうして、ここに?」
起き上がろうとする亀井を石川は制す。
無理しちゃいけないよ、と微笑みながら。
「浅間山はねぇ。あたしにとっちゃ庭みたいなもんなの。
暇だから散歩でもしようと思ったら、見た子がいるからさ」
心配して後つけてみりゃこの有様だよ、と笑った。
本当なのだろうか。
こんな霧深い樹林で散歩など。
まるで出来すぎているような。
88 :
あだや ◆yknINAEjZ2 :04/02/16 18:46 ID:mRWG2frs
「疑ってる顔ねぇ」
アンタ大物になるよ、と揶揄う。
亀井は目をそらした。
かわいくない子ね、と背後で声を聞く。
「あんたも麒麟の正体、突き止めにきたの?」
「そういう訳じゃないですけど」
亀井はただ
れいなを探しに来ただけだ。
でもれいなの話によると
本当にここに、麒麟が出たという。
「・・・待ってください、石川さん」
「なに?」
「あんた『も』って、どういう・・・」
「・・・鋭い子ね」
れいなって子も来たんだよ、と呟く。
麒麟の正体をつきとめようと樹海に入り、
亀井と同じように道に迷ったらしい。
瀕死の状態で倒れてるのを見つけたのは、やはり石川であったという。
「あの子はアンタよりやばい状態だったからねぇ
起こさずに浅間辻の、例の茶屋まで送り届けてやったのサ」
つまり亀井とれいなは
うまい具合に入れ違いになったということか。
「それでれいなちゃんは」
「ん?」
「その、麒麟の正体を知ることが出来たのでしょうか」
「まさか」
あの子は樹海に入ってすぐ、霧にやられて気を失ったんだ。
正体どころか、麒麟なんてモンすら見つけられなかっただろうさ。
「石川さんは…知ってるんですね。」
「なにを?」
「浅間麒麟の、正体ですよ」
そりゃぁねぇ、と鼻を鳴らす。
「言っただろう?この浅間山は、あたしにしちゃ庭みたいなモンなんだヨ」
「実在するんですか。浅間麒麟っていう神獣は」
「あんた、冷静になりなさい。神獣なんてね、海の向こうの幻想なんだよ?」
「でも見たって――――」
「小娘の見間違いさ、そんなの」
「・・・・そうでしょうか」
「オヤ。この子はほんとに、疑い深い子だねェ――――」
無理ですよ、と
二人の背後から、また、別の声。
この声も何度も聞き慣れた声であった。
振り向いて、亀井は、自らの目を疑う。
そこに立っていたのは
「紺野さん!?」
「あらあら。とうとうお出ましだねェ」
よかったね、と石川が亀井の背を叩く。
嘘臭い、と思った。
石川は芸者だ。まるでこの遭遇も
石川の得意とする打合せ通りの演技のように思えてならないのだ。
「石川さん。この好奇心旺盛なお嬢さんは、自分が納得いくまでは
決して甘んじて認めない、困ったところがある娘さんなんですよ」
「そうなの」
「ですから、ここはもう、真実を話すしかないと思うんですが」
「あたしは構わないよ。でも――――」
いいのかい?と亀井の顔を見ながら言う。
また、からくりなのだろうか。
今回も誰かからの依頼なのか。
「そうなんでございますよ」
まるで亀井の心を見透かしたかのように
目の前の尼僧はくすりと微笑む。
「おいでください。こちらへ。
納得いく麒麟の正体を、お見せしますよ」