【初夢に】1富士2鷹3なすび【見たいのは誰?】

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82あだや ◆yknINAEjZ2


れいなはねぇ。
そりゃぁ素直な子なんです。
ここの店でも最年少なんですがねぇ。まぁ客受けのいい娘で。
町じゃほら吹きだなんて言われてるが、とんでもねぇ。
わたしはれいなの事を信じておりますよ。
だが、今回の件はね・・・
浅間麒麟というんですからね。
麒麟といやぁ、神獣でしょうが。唐土の国に伝わるとかいう。
まさかこんな地元の山に、おるわけねぇと言って聞かせたんですがね。
れいなは頑なに信じちまってるんですよ。
「あたしは見た」と言ってね。
しまいにゃ、ここを訪れる客全員にその話をしたもんですから
町じゃえらい噂になってもうたようで。

そうなんです。
とうとう昨日、町の奉行さんから訴えが来ましてね。
――――ほら吹き娘を解雇しろ、と。
命令聞かぬは、この店の存続すら危うくなるでしょう。
れいなの他にも数名の娘を雇っとるんですからねぇ。
奉行さんには逆らえねぇ。
仕方なく、そう、二日前ですかねぇ。
お暇を出したんですよ、れいなに――――。
83あだや ◆yknINAEjZ2 :04/02/16 18:19 ID:mRWG2frs

語り終えた老人の目元には
うっすらと液体が浮かんでいた。
れいなはわたしの孫みたいな存在なんです、と呟き
そっと亀井の目を見る。

「せめてお嬢さんだけでも、あの娘のことを信じてやってくだせぇ」
「はぁ・・・」

それで、れいなの行方は、と問うと
店主は力なく目を伏せた。
そして一言、わたしにも分からんのです―――と。

「あの子は元より天涯孤独の娘でね。ずっとわたしらの所に居候しておったんですよ。
 ですがお暇を与えた直後から、ぷっつりと消えてしもうて――――」

悪い予感がよぎったのだという。
まさかれいなは
浅間山へ入ったのではないか。
自らの疑いを晴らすために
自ら、浅間麒麟の存在を確かめるために。
84あだや ◆yknINAEjZ2 :04/02/16 18:19 ID:mRWG2frs

数時間後、亀井は一人
浅間山の麓の樹林のなかにいた。
昼だというのに霧が深い。
気を抜くと、来た方向すら分からなく――――

「あれ?」

ふと気づくと、いつの間にか
四方はどんよりとした霧である。
気をつけてはいた筈だ。
浅間山の樹林のような、深い樹海で迷うこと
それは即ち
「死」を意味する。

「・・・紺野さん?」
85あだや ◆yknINAEjZ2 :04/02/16 18:20 ID:mRWG2frs

尼僧の名を呼ぼうが、このような場所に
紺野がいるはずもないのだ。
自分で勝手に行動しておいて
今更助けを求めるなんて、甘すぎる。

しばらく歩いただろうか。
滅多に外に出ないものだから新品同様だった亀井の草鞋は
もうボロボロに成り果てていた。
それでも。
れいなの姿は見つからない。
樹林の出口さえ見つからない。

とうとう、脚が支力を失った。
軸を失った亀井は、どぅ、とその場に崩れ落ちる。
86あだや ◆yknINAEjZ2 :04/02/16 18:20 ID:mRWG2frs

――――駄目かもしれない。

一瞬そんな思いが走る。
でも、それでもいいかもしれない。
ここで終わろうと
それを受け入れることが出来ない訳でもない。

亀井は目を閉じた。
後悔?そんなものはない。
あるといえば、
れいなを見つけだせなかったこと。
それとも
紺野の言うことを聞かずに行動したことか。
いずれにしても、もう遅い。

私は、終わりだ。多分。

87あだや ◆yknINAEjZ2 :04/02/16 18:20 ID:mRWG2frs


ふと、頬にあたる冷たい感触で目がさめる。

「馬鹿な子ねぇ。あんたも」

聞きなれた声が頭上から響く。
と、同時に
また、冷たい感触が額を襲った。

「紺野のいうこと、ちゃんと聞いてりゃよかったのに」
「・・・石川さん・・・?」

しばらくして、頬や額の冷たい感触は
石川の綺麗な手の平だということに気づく。

「石川さん・・どうして、ここに?」

起き上がろうとする亀井を石川は制す。
無理しちゃいけないよ、と微笑みながら。

「浅間山はねぇ。あたしにとっちゃ庭みたいなもんなの。
 暇だから散歩でもしようと思ったら、見た子がいるからさ」

心配して後つけてみりゃこの有様だよ、と笑った。
本当なのだろうか。
こんな霧深い樹林で散歩など。
まるで出来すぎているような。
88あだや ◆yknINAEjZ2 :04/02/16 18:46 ID:mRWG2frs


「疑ってる顔ねぇ」

アンタ大物になるよ、と揶揄う。
亀井は目をそらした。
かわいくない子ね、と背後で声を聞く。

「あんたも麒麟の正体、突き止めにきたの?」
「そういう訳じゃないですけど」

亀井はただ
れいなを探しに来ただけだ。
でもれいなの話によると
本当にここに、麒麟が出たという。

「・・・待ってください、石川さん」
「なに?」
「あんた『も』って、どういう・・・」
「・・・鋭い子ね」
89あだや ◆yknINAEjZ2 :04/02/16 18:47 ID:mRWG2frs

れいなって子も来たんだよ、と呟く。
麒麟の正体をつきとめようと樹海に入り、
亀井と同じように道に迷ったらしい。
瀕死の状態で倒れてるのを見つけたのは、やはり石川であったという。

「あの子はアンタよりやばい状態だったからねぇ
 起こさずに浅間辻の、例の茶屋まで送り届けてやったのサ」

つまり亀井とれいなは
うまい具合に入れ違いになったということか。

「それでれいなちゃんは」
「ん?」
「その、麒麟の正体を知ることが出来たのでしょうか」
「まさか」
90あだや ◆yknINAEjZ2 :04/02/16 18:47 ID:mRWG2frs

あの子は樹海に入ってすぐ、霧にやられて気を失ったんだ。
正体どころか、麒麟なんてモンすら見つけられなかっただろうさ。

「石川さんは…知ってるんですね。」
「なにを?」
「浅間麒麟の、正体ですよ」

そりゃぁねぇ、と鼻を鳴らす。

「言っただろう?この浅間山は、あたしにしちゃ庭みたいなモンなんだヨ」
「実在するんですか。浅間麒麟っていう神獣は」
「あんた、冷静になりなさい。神獣なんてね、海の向こうの幻想なんだよ?」
「でも見たって――――」
「小娘の見間違いさ、そんなの」
「・・・・そうでしょうか」
「オヤ。この子はほんとに、疑い深い子だねェ――――」

無理ですよ、と
二人の背後から、また、別の声。
この声も何度も聞き慣れた声であった。
振り向いて、亀井は、自らの目を疑う。
そこに立っていたのは

「紺野さん!?」
91あだや ◆yknINAEjZ2 :04/02/16 18:48 ID:mRWG2frs

「あらあら。とうとうお出ましだねェ」

よかったね、と石川が亀井の背を叩く。
嘘臭い、と思った。
石川は芸者だ。まるでこの遭遇も
石川の得意とする打合せ通りの演技のように思えてならないのだ。

「石川さん。この好奇心旺盛なお嬢さんは、自分が納得いくまでは
  決して甘んじて認めない、困ったところがある娘さんなんですよ」
「そうなの」
「ですから、ここはもう、真実を話すしかないと思うんですが」
「あたしは構わないよ。でも――――」

いいのかい?と亀井の顔を見ながら言う。
また、からくりなのだろうか。
今回も誰かからの依頼なのか。

「そうなんでございますよ」

まるで亀井の心を見透かしたかのように
目の前の尼僧はくすりと微笑む。

「おいでください。こちらへ。
 納得いく麒麟の正体を、お見せしますよ」