亀井がこの手の話に惹かれるようになって、もう久しい。
元々裕福なお店の娘に生まれたからだろうか、これといった楽しみもなく
だらだらと過ごしてきた14年間の終わりの日。
奇跡的に出会ったのが一人の尼僧だった。
それは、お前ももう15になるのだから、と父の雇った者らしい。
あまり外でも遊ばず、これという友人もいない亀井の身を案じたのだろう。
尼僧は、名を紺野といった。
外見ばかりはそれほど亀井とも変わらない年齢に見えるのだが
これでも自分は何十年とこの世を生きてきたんですよゥ――と尼僧は大真面目な顔でいう。
もちろん亀井も信じてはいなかった。
ただ、この剃髪もしていない若い尼僧は
まだ世間知らずの亀井を楽しませるには十分な位の知識を十分に備えていた。
西に伝わる伝奇話から、東で流行りの物語まで
色んな話を亀井に聞かせた。
そしていつからか亀井自身も
紺野の話す物語にだんだんと惹かれていったのだった。
「うおおんな?」
「知りませんか。今世間を騒がしているでしょう」
「そうなの」
ほんとにあなたは…と呆れ顔をする。
「魚に女。これで魚女と読むんです」
「これがどうしたんですか」
「あがったんですよ」
すぐそこの浜辺に、あがったのだという。
目撃した猟師の話によると
銀白の光沢を全身に纏った妙なモノが浜辺にどん、と転がっていたらしい。
恐る恐る近づいて、そっと覗き込んでみると
「魚女だった、というわけですね」
「正式な呼称は知りませんがね、みんなそう呼んでますよ」
紺野の話によると、その魚女というのは、
洋式でいう人魚とかいう奴とは、また少し違うらしい。
「人魚というのは、上半身と下半身で綺麗に分かれているでしょう。
でもね、魚女というのは、まぁ、言ってみればマバラなわけですよ」
「まばら?」
「造型としては日本の足を持つ、れっきとした人間なんですけどね。
まぁ全身にうろこはある、背にはひれのようなものがある、極めつけはここ―――」
そう言って、亀井の耳の下あたりに手をやる。
「ここにね、えらがあるんですよ。本物のね」
「えらって…アレですか?その、魚が呼吸をするのに使う」
「えぇ。あれです」
その猟師が魚女を確認したとき、わずかに息があったらしい。
というのも、その耳元のぱっくりと割けたえらの部分が、微かに動いていたからだという。
「驚いたんでしょうね。猟師は。颯爽と逃げ帰ったそうですよ。かわいそうに。」
「魚女は、どうなったんです?」
「あれはね・・・消えました」
「消えた?」
「えぇ、もう、さっぱりと」
「幻だったんじゃないんですか。それか、その猟師の見間違いか…」
「まぁ、それで終わりだとよかったんですけどねぇ」
紺野の話には続きがあった。
それを亀井が催促する前に
若い尼僧は立ち上がり、それから「行きましょうか」と言った。
どこへ、と亀井が返すより早く、それは起こったらしかった。
普段はおっとりしている仲居の娘のマコトまでが、荒々しい息をして亀井の部屋に飛び込んでくる。
「大変ですよ、お嬢!」
「どうしたんです・・・そんな」
「どうしたもこうしたもありませんよ!お向かいの家のさゆちゃんが、大変なことになってるンですよゥ」
―――おまえが魚女だろう―――
―――知っておるのだ。あの晩、おまえが浜へ向かっていったのを―――
―――さぁ本当のことを言え。目的はなんだ―――
―――この妖怪め―――
口々に罵り叫ぶ人ごみで、亀井の目からはさゆの家の様子がどうなっているのか、全く見ることが出来なかった。
そういえば。
一つ下のさゆの家には確か、父親がいない。
母親はさゆと二人生きていくため、昼は市へ出て花を売っているそうだ。
ということは。
今、この家には。
さゆが一人で―――
仕方ありませんね、と呟く声が聞こえたかと思うと
いきなり隣にいた筈の紺野が
消えた。
「紺野さん?」
亀井の声にはもちろん、何の反応もなく
かわりに
―――扉を叩き割れ―――
―――魚女を逃がすんじゃねぇ―――
―――捕まえて、上に差し出すんだ―――
さぁっと冷たいものが、亀井の背中を這う。
だが、亀井ごとき力のない少女に、何かが出来る筈もなかった。
止める間もなく、ごぉん、と大きな音が何度も唸って・・・
ギィという音がしたかと思うと
地鳴りがした。
ただでさえ粗末なさゆの家は
あっという間に町衆の男共に押し倒されて
半壊した。
―――いないぞ―――
―――あのガキ、逃げやがった―――
―――だが、どこへ―――
―――どこでもいい。探せ―――
口々に、狂ったように叫びながら
男たちは散り散りになっていった。
ようやっと、亀井は、ほぉっと息をつく。
腰の力が抜けた。
「大丈夫ですかァ。お嬢」
またいつもの調子になったマコトが、亀井をゆっくりと立ち上がらせる。
「大変なことになっちまいましたネ」
「でも、さゆは…」
「まさかまた、消えちまったンでしょうかねェ」
そんな筈ない。
ずっと昔から知っている。
さゆはたった一人の友人といってもいい。
妹みたいな子だった。
それが。
魚女・・・?
馬鹿らしい。
だいたい、なんの根拠が―――
はっ、と亀井は息を飲む。
思い当たる節が、たったひとつ・・・。
でも、まさかそんな。
幼い頃から向かいに住むさゆは
母親と二人っきりで暮らしてきた。
着物がないから、お母さんのお下がりなの、と言って
ずっと丈の長い着物を着ていたさゆ。
すっぽりと、指の先まで覆ってしまうぐらい大きな着物を着ていたさゆ。
『全身にうろこはある、背中にはひれのようなものがある』
まさか。そういえばこの十数年。
亀井は一度もさゆの肌を見たことがないのだ。
『極めつけはここ―――』
『ここにね、えらがあるんですよ』
真っ黒な髪を、さゆはいつも下ろしていた。
まるで耳を隠すように。
一度、あまりにきれいな髪をいじろうとして手を伸ばしたら、思い切り拒絶された。
少し怒ったような、悲しそうな表情を浮かべたさゆを
今でも忘れず覚えている。
「心配はいりませんよ」
部屋に入る途端、背後から囁くような紺野の声。
思わず亀井は声をあげて飛び上がる所だった。
「失礼ですね。そんな人を化け物みたいに」
「だって、紺野さん、いつから私の後ろにいたんです―――?」
「ずっとですよ。お嬢さんがマコトさんと家に入ってくあたりからね」
「いきなり、消えたじゃないですか」
消えた?私がですか?
そんな人間離れした妖術みたいなもの、この私が使うと思いますか?
ただの尼僧のこの私がですよ。
冗談はやめてくれと言わんばかりに
声を立てて尼僧は笑う。
「だって、僧というのは、妖術を使うものなんじゃないんですか」
「そんなこと、誰が言ったんです」
「マコトさんに」
あの人も適当ですねぇ、と苦笑いする。
違うんですか、と亀井が問うと
「あのね。そりゃぁこの世には、妙な術を使う僧だっているかもしれませんよ。ですがね。
私の格好を見れば分かるでしょう?こんな甘ったれた僧に、術なんてとても扱えるもんじゃありません」
甘ったれた、というのは、おそらく紺野自身のその容貌について言っているのだろう。
尼僧と名乗る身分でありながら、剃髪さえ施さないその頭部。
黒々と美しい髪が、肩のあたりまで揃えてある。
亀井は似合ってるから構わないんじゃないかと思うのだが、そう都合のいいものでもないらしい。
「とにかく、私は消えてませんよ」
「でも隣にいたのに、さっさとどこかへ行ってしまったじゃないですか」
「あぁ、あれはね。なんですか、ちょっとさゆちゃんをね。安全な場所へ」
「さゆを!?」
今度こそ亀井は飛び上がった。
何て用意周到な―――
いや、そもそもそれだけの時間が、あの瞬間にあっただろうか。
「簡単なことですよ。仲間を呼んでね。裏からコッソリ出したんです。
あの家の裏は松がびっしりと茂っていて、町衆の男たちもそこまで目が届かなかったそうですからね」
「それで、さゆは?」
「可哀相に、部屋で一人震えていたそうです。まぁ、今はほとぼりがさめるまで、仲間の所に置いてますよ」
ほっと胸をなでおろす。
それにしても。
「紺野さん。この騒ぎは何なんです。あの、本当にさゆが、魚女・・・」
「なんです、さっきまで魚女は幻だの見間違いだの言ってたじゃないですか」
「そりゃぁそうですけど。さっきの騒ぎは異常ですよ。」
無理もない。
さゆはたった14だ。そんな小娘に、大の大人が何十人も攻めるように押し入ってきたのだ。
狂ったかのように。
魚女、というのは何なのだろう。
「結論から言うと、さゆちゃんはれっきとした人間ですよ。
友人のあなたが疑っちゃ、さゆちゃんが可哀相でしょう?」
「はぁ」
「まぁ無理もありませんね。さゆちゃんとこの母娘は、兼ねてから町集の…特に魚売りの間で奇異なる存在でしたから」
「そうなのですか」
「ええ。さゆちゃんの格好を見れば、そう疑いたくなってしまうのかもしれませんね。」
尼僧は少し遠い目をした。
「お嬢は、魚女の伝説を知らないのでしょう」
「はい」
ついさっき、紺野から聞いたのがはじめてだった。
「いえ、私自身も伺ったのは、この町で初めてなんですよ。お話してくださったのはね」
さゆちゃんの、お母さんなんですよ。
紺野はそう言って、そっと自分の人差し指を唇にあてた。
「さゆちゃんのお父さん―――こちらは、さゆちゃんの生まれる前に亡くなったそうですが、
この方はどうやら、海の仕事の方だったようです。だから当然、魚女の伝説も知っていたわけですよ」
魚女の伝説とは
海の猟師たちの間で、専らの噂だったらしい。
足は二本あるが、全身にうろこがあり、背中にはひれがあり。
際めつけに、耳元にぱっくりと開いたえら。
顔は美しく、泳ぎも達者なので、よく浜辺に近づいてきては
猟師を拐かし、海に誘って溺れ死なすという。
また、魚女の出た海は魚が寄ってこず、必ずその年は不漁の年となるそうだ。
「14年前、さゆちゃんのお父さんが死んだとき、それは原因不明の怪死だったそうでね。
漁師はずっと、さゆちゃんのお母さんを疑っていたというわけです。
あの女が、さゆちゃんの父親を拐かして殺した、魚女だってね・・・」
「だから、今回のような騒ぎに繋がったんですか」
「さゆちゃんの母娘にしては堪ったもんじゃないでしょう。魚女なんて因縁つけられてね」
「あ・・・じゃぁやっぱり、漁師のみた浜辺に転がる魚女ってのは、やっぱり幻だったんですか」
それが、そうでもないんですよと紺野は微笑んだ。
じゃぁなんなんです、と亀井が問うと
「あれは、ちょっとしたカラクリですよ。種がちゃぁんとあるんです。ねぇ?」
紺野の声を合図にしてか
そっと襖の戸が音をたてた。
静々と中に入ってきたのは
思わず亀井がため息を漏らしそうになった程の
美人だった。
町芸者のような格好をしている
華やかな着物を何枚にも重ねて
うっすらと引いた紅は女の美しさを増徴させていた。
18、19だろうか。
圧倒される。
「さっきちょっと話にも出てきたでしょう。私の仲間で、石川というんです」
「あぁ」
さゆを助けてくれたとかいう。
まさか、女だったのか。
しかもこんな派手な・・・。
「あのねぇ」
石川とかいう女は、幾分か怒った様子らしい。
「仲間はないでしょう、仲間は」
「そうですか」
「そうよ。仮にもね、あんたは、あたしの弟子にあたるんですからね。無礼というものよ、それは」
それは失礼しました、と半笑いでいう紺野は、もう全然反省している様子もない。
それも構わない様子で、ようやく石川は亀井のほうを向いた。
「さっき紹介にもあがったけど、石川といいます。あなたの事も、紺野からちゃぁんと聞いてるわ。
心配しなくていいわよ、あの女の子ならちゃんと、あたしの家に隠してきましたからね。」
似合う高音の、女らしい声だ。
亀井は一応、ありがとうござますと言っておいた。
「それで、カラクリというのは」
「うん、簡単な話なんですけどね。魚女の正体はこのお人ですよ。」
「・・・・は?」
「鈍い子ねぇ。だからね、あたしが魚女なんですって。わかる?理解してる?」
そう詰め寄られても、困るものは困る。
亀井は改めて石川の全貌をまじまじとみた。
胸元を大きくあけ、太もものあたりまで開いた着物を纏う石川の、美しい白い肌には
一切のうろこどころか、背にはひれすらも見当たらない。
それどころか、綺麗に結い上げた石川の耳の下にだって、ぱっくりとあいたえらは見当たらなかった。
「あのねぇお嬢ちゃん。魚女なんてね、所詮くだらない寓話なのよ」
石川はじっと亀井の目を見た。
「だからねぇ、あたしが化けてやったのよ」
「魚女になったというわけですよ」
「ナニ、簡単なことよぉ。十数年芸者やってきたあたしにとっちゃぁね」
紺野によると
まずこの美しい女娼の全身に光る塗料を塗り
その上に、本物の魚からとったうろこを少しずつ丁寧に貼り付けていったのだという。
もっとも、それを行った仲間がもう一人、いるらしいのだが。
そして、赤い塗料で耳の下をぱっくり割ってみせ、
浜辺でごろんと横になっていただけ。
発見した漁師は、勝手に青くなり勝手に逃げ去った。
それを確認して、石川はさっさと立ち上がり、塗料やらうろこを全部海で落として、
涼しい顔で帰ったのだった。
「そ、そこまでして、魚女を騒がせて…あなた達はいったい何を・・・」
「私たちだって好きでやった訳じゃありませんよ」
「そう。依頼されたんでね、この、お人よしの尼僧ちゃんがさ」
「依頼?」
「はい。依頼主は…さゆちゃんの、お父上です」
父上?
だって、さゆの父親は
海で怪死したといったのは紺野だ。
「そうです。さゆのお父上は死んでなんかいないんですよ、今でもちゃんと生きていらっしゃいます」
ただね―――…尼僧は、悲しそうに目を伏せた。
「御仁は、ご病気なのです」
「病気とは」
「決して治らないと言われているんです。病名は…分かりません。原因も分かりません。だからお父上は」
さゆの母親と相談して、自分は海で怪死したということにした。
そのとき、さゆの母親のお腹は大きかった。
だが、一般に婚姻を結び、父として生きていけるほど―――御仁の病は軽くなかった。
むしろ、このまま父として残ると、生まれてくる子供が
哀れだと言って。
それならいっそ、死んだことにしてしまおうと。
子供を思いやる両親の、悲しい選択だった。
だが。
十数年たってから、噂はどんどん大きくなっていく。
あの母娘は魚女だ。
魚女が漁師を拐かし、子を作り、あげく殺してしまったのだ。
あの娘を見てみろ。ずっと肌を隠しているじゃないか。
きっと娘の肌には
うろこが――――――。
「お父上には耐えられなかったのでしょうね。私たちに依頼なさった。
どうか、あらぬ噂の矛先を、妻と娘から逸らしてやってくれ、と。」
「お父上には耐えられなかったのでしょうね。私たちに依頼なさった。
どうか、あらぬ噂の矛先を、妻と娘から逸らしてやってくれ、と。」
その結果が、ここ最近の魚女騒動というわけか。
「でも、何かが変わったのでしょうか。さゆはますます疑いを向けられただけで…」
「心配ありませんよ。お嬢。疑いはさゆちゃんからも、母上からも、完全に晴らすことができました」
「それって、どういう―――」
言い終わるか否か、の瞬間だった。
仲居のマコトが息を弾ませて、思いっきり襖を開けたのは。
「お嬢!大変でございますよゥ!!魚女が…魚女の正体がつかめたんですよ!!!」
浜辺に打ち上げられたというソレは
全長およそ女一人分はあろうかという、大きな魚であった。
地元の漁師でも見たことはないという奇妙な魚で
深海魚らしい。
特徴があるひれは、まるで人間の女のようにユラユラとして
なんでも下半分が二股に分かれているのだ。
それが、見ようによっては「人間の足」と見れる。
つまりこれが
魚女の正体だったのだ。
かくして、さゆ母娘の疑いは完璧に晴れたという。
元は気のいい漁師たちであるから、その詫びようといったら凄いものだった。
が、そのおかげで母娘は、漁師らの保護を受け、割りよい暮らしを送ることも可能になった。
さゆの父親は・・・知らない。
だが、きっとどこかで生きているのだろう。それだけは確かなのだ。
「それにしても。」
「はぁ、なんです?お嬢」
「もしあのとき、運良く深海魚とかいうのが上がってなかったら、どうするつもりだったんです」
「そうですねぇ」
「そうですねぇ、じゃないですよ。ずっとさゆは、疑われてたかもしれない訳で・・・」
「まぁ心配しないでください。実はね」
あれもただのカラクリですよ。
そう、紺野は小声で囁いた。
あの深海魚というもの、元々は近海でよくとれる海魚で
それにチョチョイと手工作を加えただけの代物らしい。
もっとも、詳しく調べられたりしていると、確実にばれていたようだが。
手を加えたのは、石川に塗料やうろこなどの小細工を施した、例の仲間のようだ。
手先だけは器用な奴なんですよぉ、と紺野は笑う。
「でもね、魚女じゃないって証明をするだけなら、さゆの腕を見せてやればよかっただけじゃないんですか?」
亀井にはまだ疑問が残っていたのだ。
あの大きくすっぽりとした、さゆの着物。
肌という肌を隠していたさゆ。
魚女ではないのなら、着物をめくって腕をちょっと見せればすぐだろう。
「ところがね。そういう訳にはいかなかったんですよ」
「はぁ」
「・・・お嬢。お嬢は、これからもずっと、さゆちゃんのお友達ですね?」
「当たり前じゃないですか」
「その言葉…信じて今からお話ししますよ」
いつも穏やかな尼僧の顔が、少しだけ強張った。
さゆちゃんのお父上の病気は、遺伝するものだったんですよ。
それがね・・・残念ながら、娘のさゆちゃんにも遺伝してしまった。
母上は、症状の出てきた我が子を見て、たいそう悲しんだそうですね。
ですが、諦めなかった。
さゆちゃんの病気は、父親のそれと違い、まだ軽いものでしたからね。
生活するのには支障はなかった。
ですがね。
やっぱりうっすらと、出てくるんですねぇ。症状というものは。
今ではだいぶましになってきたようですが、一時はひどかったようです。
熱をもったみたいに、真っ赤でね。顔から下が。もちろん首もですよ。
顔は、おしろいを塗ってごまかせるでしょう、でも、腕やら足はそうはいかない。
だからね、そうです。大き目の着物を着せてね。
失いたくなかったんでしょうねぇ。さゆちゃんも。
あの子にとっても、お嬢が、たった一人の友人だったんですからね。
聞き終わったときにはもう、亀井の目からは
何粒も何粒も水滴がこぼれ落ちていた。
「泣くのはやめてくださいよォ。お嬢、あなたは泣いちゃ駄目なんですよ」
「すみません・・・」
「さぁ、さゆちゃんのお家にでも、遊びに行ってあげたらどうです。
久しぶりでしょう?色々あって、なかなか暇もありませんでしたから」
亀井が頷こうとした、まさにその時だった。
「お嬢―――っっ!さゆちゃんが、遊びにおいでですよゥ―――」
あそぼぉ、と、さゆの叫ぶのも聞こえた。
(まぁそれは、マコトのそれとは比べ物にならないぐらい小さなものだったが)
亀井は笑った。
紺野も笑った。
「行ってらっしゃい、お嬢」
亀井は何も言わず、部屋を飛び出していった。
あとには何故か、少しうれしそうな尼僧が、
家を飛び出す二人をじっと見詰めているだけだった。
67 :
:04/01/25 21:43 ID:dsysKBdw
高橋
68 :
名無し募集中。。。:04/01/26 22:25 ID:bfbYzqgA
なんか面白いw
坊主こんこん最強
ほぜむ
弐:浅間麒麟
えぇ、見たんですよ。あたし
あの浅間山の峠をね、こう、つぅっと走ってくんです
一瞬だったんですけどね、でも、あれは確かに
麒麟でしたヨ
間違いありません。だって、ここ、ひたいの部分に
大っきな角がね。一本にゅぅっと。
それにね、全身が光ってるンです。
おじいが一度、あたしに話してくれたことがあるんですよ
浅間山には、麒麟が出るぞって。
もちろん信じちゃぁいませんでした。昨日まではね。
でもあたし、見ちゃったんです。本当なんですよゥ―――
ねぇ、お嬢さんは、信じてくれますよねエ?
「紺野さんは、神獣というモノを信じますか?」
「なんですか、いきなり」
尼僧はふと亀井を見やって、それからあぁ、と頷いた。
「浅間辻の茶屋の娘の言葉を信じてるんでございますか?」
「いえ、そういうわけじゃ…」
図星だった。
つい先日、隣町へ父の使いへ走った亀井は
帰り際に「あさまや」という茶屋で休憩をとった。
そこで知り合った娘、れいなというのが
このような話をしたのである。
「お嬢の物語り好きは理解していますけどね。
その旺盛な好奇心をもっと他のものに向けたらどうです」
紺野と呼ばれた尼僧(兼亀井の養育係)がそういうのも最もで
亀井は好奇心だけは人一倍旺盛なくせに
滅多なことがないかぎり、外出をしない。
昨日の使いの件であっても
あんまり篭り気味なのを心配した父が、
わざわざ亀井に隣町への使いを依頼したぐらいなのだ。
「分かってますよ。でも、なんか引っ掛かるんです」
「・・・浅間山の、麒麟ですか・・・」
「こ、紺野さん!?知ってたんですか!?」
「もちろんです。巷じゃ、有名ですからね。麒麟が出たという噂は」
「じゃ、じゃぁやっぱり、本物の・・・」
さぁ、それはどうでしょうか、と
尼僧は茶を啜る。
「今の所、目撃者はあさまやの茶娘だけと聞きますからねぇ」
「れいなちゃんですか」
「まだ14,5の娘さんでしょう。あの子は」
そうなのか。
昨日見た限りでは、身長こそ亀井と同じ位だったものの
風貌も顔つきも、亀井よりよほど大人びて見えたのだが。
「それで」
「目撃者は、そのれいなっていう娘だけでしょう」
「そうなんですか」
「えぇ。麒麟を見た、というのは唯一その子だけなんですよ。
でも、たかが小娘の言うことでしょう?誰も信じちゃいないんでしょうねぇ」
紺野さんは、と亀井が問う。
「私ですか?私はそういう妖怪とか、神獣みたいなモノは信用しませんよ」
「じゃぁホラだと思うんですか?」
「お嬢はどうなんです」
「・・・・・私は」
よもやこんな時代に神獣とかいう存在は信じがたい。
だが。
昨日その話を嬉々と語ったれいなの真剣な表情は信じられなくもない。
「私は・・・分かりません」
「だったら忘れることですよ」
紺野は最後の茶を飲み干す。
「些細なことだと忘れてしまって罰のあたるもんじゃありませんよ」
「でも・・・」
「そっちの方が楽なことだってあるんです。
ずっと考え込んでたって、どうにもなるモンじゃないんですからね」
しかしそう簡単にはいかなかった。
再び亀井が耳にした「浅間麒麟」の噂は
意外にもさゆの口から出たものだったのである。
「浅間麒麟の噂でしょ?知ってるよォ」
「知ってるの!?」
「市で凄い噂になってたもん。お母さんと誰かが話してるのきいたんだぁ」
だがその噂というのはどうやら「浅間麒麟」のことではなく
それを見たという唯一の目撃者、れいなのことらしい。
――――いい加減なことをいう娘がいる。
――――あさまやの茶娘は、寄る客人に麒麟の話をしては怖がらせて面白がっている
――――なんと迷惑な娘だ。
――――あいつは、ほら吹きだ。
――――茶娘のれいなはほら吹き娘だ。
「黄金に光る角の生えた神獣なんて、いるわけないよねぇ」
「うん・・・」
その夜も、亀井は眠れなかった。
翌日、意を決して、再びあの浅間辻を訪れた亀井は、
あさまやの店内にれいなの姿がないことに気づく。
店主やその他の茶娘の姿は数日前と変わらないが、
れいなの姿だけが見当たらないのだ。
「あのぅ・・・ご主人」
「へぃ」
「つい先日までここで働いていた…あの娘さんは?」
「へぇ。どいつのことですかい?」
「れいなっていう―――子なんですが」
途端、店主の顔色が変わった。
「どうしたんですか」
「お嬢さんは・・・れいなの話を聞いたんですかぃ?」
「・・・えぇ。まぁ」
年老いた店主はふぅ、と息を吐き、
どっと亀井の隣に腰を下ろし
ぽつり、ぽつりと話しだした。
>>作者さま
勝手ながら、小説総合スレッドで更新情報を掲載させて頂いております。
つきましては、御作の題名がありましたら、教えていただけないでしょうか。
76 :
あだや ◆yknINAEjZ2 :04/01/29 01:42 ID:DKn05tqP
>>75 ありがとうございます。
願ってもないご好意でとても嬉しいのですが
今の所、作品名がまだ決まっていません。
何でもよいので適当に都合のいいよう付けて貰えればと思います。
77 :
ななしんぐ:04/01/30 22:27 ID:5XxyoU4j
続き期待age
何か・・・池波正太郎を彷彿とさせる筆運びですね。
短い音節が会話と相俟ってすごく小気味いいです。
続きを大いに期待。
79 :
ねぇ、名乗って:04/02/07 09:03 ID:CNHSv/0W
1和田アキ子
2山田花子
3光浦靖子
80 :
ねぇ、名乗って:04/02/11 23:24 ID:95v0MiUY
ho
すいません。
続きがすごく読みたいので保全します。
れいなはねぇ。
そりゃぁ素直な子なんです。
ここの店でも最年少なんですがねぇ。まぁ客受けのいい娘で。
町じゃほら吹きだなんて言われてるが、とんでもねぇ。
わたしはれいなの事を信じておりますよ。
だが、今回の件はね・・・
浅間麒麟というんですからね。
麒麟といやぁ、神獣でしょうが。唐土の国に伝わるとかいう。
まさかこんな地元の山に、おるわけねぇと言って聞かせたんですがね。
れいなは頑なに信じちまってるんですよ。
「あたしは見た」と言ってね。
しまいにゃ、ここを訪れる客全員にその話をしたもんですから
町じゃえらい噂になってもうたようで。
そうなんです。
とうとう昨日、町の奉行さんから訴えが来ましてね。
――――ほら吹き娘を解雇しろ、と。
命令聞かぬは、この店の存続すら危うくなるでしょう。
れいなの他にも数名の娘を雇っとるんですからねぇ。
奉行さんには逆らえねぇ。
仕方なく、そう、二日前ですかねぇ。
お暇を出したんですよ、れいなに――――。
語り終えた老人の目元には
うっすらと液体が浮かんでいた。
れいなはわたしの孫みたいな存在なんです、と呟き
そっと亀井の目を見る。
「せめてお嬢さんだけでも、あの娘のことを信じてやってくだせぇ」
「はぁ・・・」
それで、れいなの行方は、と問うと
店主は力なく目を伏せた。
そして一言、わたしにも分からんのです―――と。
「あの子は元より天涯孤独の娘でね。ずっとわたしらの所に居候しておったんですよ。
ですがお暇を与えた直後から、ぷっつりと消えてしもうて――――」
悪い予感がよぎったのだという。
まさかれいなは
浅間山へ入ったのではないか。
自らの疑いを晴らすために
自ら、浅間麒麟の存在を確かめるために。
数時間後、亀井は一人
浅間山の麓の樹林のなかにいた。
昼だというのに霧が深い。
気を抜くと、来た方向すら分からなく――――
「あれ?」
ふと気づくと、いつの間にか
四方はどんよりとした霧である。
気をつけてはいた筈だ。
浅間山の樹林のような、深い樹海で迷うこと
それは即ち
「死」を意味する。
「・・・紺野さん?」
尼僧の名を呼ぼうが、このような場所に
紺野がいるはずもないのだ。
自分で勝手に行動しておいて
今更助けを求めるなんて、甘すぎる。
しばらく歩いただろうか。
滅多に外に出ないものだから新品同様だった亀井の草鞋は
もうボロボロに成り果てていた。
それでも。
れいなの姿は見つからない。
樹林の出口さえ見つからない。
とうとう、脚が支力を失った。
軸を失った亀井は、どぅ、とその場に崩れ落ちる。
――――駄目かもしれない。
一瞬そんな思いが走る。
でも、それでもいいかもしれない。
ここで終わろうと
それを受け入れることが出来ない訳でもない。
亀井は目を閉じた。
後悔?そんなものはない。
あるといえば、
れいなを見つけだせなかったこと。
それとも
紺野の言うことを聞かずに行動したことか。
いずれにしても、もう遅い。
私は、終わりだ。多分。
ふと、頬にあたる冷たい感触で目がさめる。
「馬鹿な子ねぇ。あんたも」
聞きなれた声が頭上から響く。
と、同時に
また、冷たい感触が額を襲った。
「紺野のいうこと、ちゃんと聞いてりゃよかったのに」
「・・・石川さん・・・?」
しばらくして、頬や額の冷たい感触は
石川の綺麗な手の平だということに気づく。
「石川さん・・どうして、ここに?」
起き上がろうとする亀井を石川は制す。
無理しちゃいけないよ、と微笑みながら。
「浅間山はねぇ。あたしにとっちゃ庭みたいなもんなの。
暇だから散歩でもしようと思ったら、見た子がいるからさ」
心配して後つけてみりゃこの有様だよ、と笑った。
本当なのだろうか。
こんな霧深い樹林で散歩など。
まるで出来すぎているような。
88 :
あだや ◆yknINAEjZ2 :04/02/16 18:46 ID:mRWG2frs
「疑ってる顔ねぇ」
アンタ大物になるよ、と揶揄う。
亀井は目をそらした。
かわいくない子ね、と背後で声を聞く。
「あんたも麒麟の正体、突き止めにきたの?」
「そういう訳じゃないですけど」
亀井はただ
れいなを探しに来ただけだ。
でもれいなの話によると
本当にここに、麒麟が出たという。
「・・・待ってください、石川さん」
「なに?」
「あんた『も』って、どういう・・・」
「・・・鋭い子ね」
れいなって子も来たんだよ、と呟く。
麒麟の正体をつきとめようと樹海に入り、
亀井と同じように道に迷ったらしい。
瀕死の状態で倒れてるのを見つけたのは、やはり石川であったという。
「あの子はアンタよりやばい状態だったからねぇ
起こさずに浅間辻の、例の茶屋まで送り届けてやったのサ」
つまり亀井とれいなは
うまい具合に入れ違いになったということか。
「それでれいなちゃんは」
「ん?」
「その、麒麟の正体を知ることが出来たのでしょうか」
「まさか」
あの子は樹海に入ってすぐ、霧にやられて気を失ったんだ。
正体どころか、麒麟なんてモンすら見つけられなかっただろうさ。
「石川さんは…知ってるんですね。」
「なにを?」
「浅間麒麟の、正体ですよ」
そりゃぁねぇ、と鼻を鳴らす。
「言っただろう?この浅間山は、あたしにしちゃ庭みたいなモンなんだヨ」
「実在するんですか。浅間麒麟っていう神獣は」
「あんた、冷静になりなさい。神獣なんてね、海の向こうの幻想なんだよ?」
「でも見たって――――」
「小娘の見間違いさ、そんなの」
「・・・・そうでしょうか」
「オヤ。この子はほんとに、疑い深い子だねェ――――」
無理ですよ、と
二人の背後から、また、別の声。
この声も何度も聞き慣れた声であった。
振り向いて、亀井は、自らの目を疑う。
そこに立っていたのは
「紺野さん!?」
「あらあら。とうとうお出ましだねェ」
よかったね、と石川が亀井の背を叩く。
嘘臭い、と思った。
石川は芸者だ。まるでこの遭遇も
石川の得意とする打合せ通りの演技のように思えてならないのだ。
「石川さん。この好奇心旺盛なお嬢さんは、自分が納得いくまでは
決して甘んじて認めない、困ったところがある娘さんなんですよ」
「そうなの」
「ですから、ここはもう、真実を話すしかないと思うんですが」
「あたしは構わないよ。でも――――」
いいのかい?と亀井の顔を見ながら言う。
また、からくりなのだろうか。
今回も誰かからの依頼なのか。
「そうなんでございますよ」
まるで亀井の心を見透かしたかのように
目の前の尼僧はくすりと微笑む。
「おいでください。こちらへ。
納得いく麒麟の正体を、お見せしますよ」
ドキドキいたしますなぁ。
面白そうですね。
保
更新乙ー!
保全!
95 :
名無し募集中。。。:04/02/26 21:38 ID:exMJ95RZ
ののたんが夢に出てきた
俺が高さ10mくらいの塀に上っててね、その下にののたんがいるわけよ
で、塀の上の友達はみんな喜んでびゅんびゅん飛び降りてののたんとお話してるんだけど、俺はどうしても怖くて飛び降りれない
どこかにハシゴとかかかってないかなぁと探してはみるが、どこにも無し
そうこうしてるうちに友達とののたんはどこかへ行ってしまった…
小説期待保全します。
>>95 あなたは近いうちに大きなチャンスに巡り合います。
今度は、勇気を持ってチャンスに飛び込んでください。
ののたんはあなたを待っているんですよ。
97 :
名無し募集中。。。:04/03/01 04:38 ID:Rk/ICi6x
1こん2こん3こんこん
98 :
名無し募集中。。。:04/03/01 05:12 ID:42mrlhX3
>>1 1藤(本) 2高(橋) 3(安倍)なつみ
と古くから言われているわけね
全然モーオタじゃないが、加護亜衣と体が入れ替わるという
ラブコメ映画真っ青の夢を見た。
急いで戻さなくてはいけない事情があって苦労したよ。
保全ー100ゲットー
>>99 そーゆー夢、一度でいいから見てみたい。
ho
期待保全
ホー
保全
ho
保全しちゃいますよ?
hozeee
108 :
ねぇ、名乗って:04/03/31 18:00 ID:IvewFLR/
期待
ノノノハヽ ∋oノハヽo∈
(´Д `*) (´D` *)
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◎U□◎ =3 ◎U□◎ =3キコキコキコ
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◎U□◎ =3 ◎U□◎ =3キコキコキコ
期待を込めて保全
あぼーん
ほぜーん
ho
ほ
120 :
ねぇ、名乗って:04/08/10 03:29 ID:oQZDER/4
ノノノハヽ ∋oノハヽo∈
(´Д `*) (´D` *)
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◎U□◎ =3 ◎U□◎ =3キコキコキコ
とりあえず、保全