96 :
名無し:
天気のいい日だ。駅へと続く坂道を私たちは仲良く歩いている。冬の陽射しは枯れ木に、
アスファルトに、電柱に、そして汚れた壁にも平等に降り注ぎ、汚れきったこの街も、ほんの
わずか一瞬だけその輝きを取り戻したように輝く。
冬だ。
「ああめんどくせえ。この寒いのにわざわざ武道館まで」
「しょうがないじゃん仕事なんだから」
浮き浮きしながら私は言う。そして手を市井ちゃんの腕に巻きつける。
「やーめろ鬱陶しい」
市井ちゃんも言うだけでほどこうとしない。結局駅までそうして歩いた。
97 :
名無し:04/01/09 20:02 ID:IbJ2U8bn
「とりあえず九段下ってどうやって行きゃいいんだっけ」
「えっとね上野で乗り換えて。」
路線図とにらめっこする私たち。
二人とも電車は好きじゃなかった。
「ああ今日も寒いね市井ちゃん。」
「着るか?」
そう言って上着を脱ごうとする市井ちゃん。
決して脱がないのは知っていたがそれでもよかった。
よくわからないけど、なんだか素晴らしい時間に感じた。
98 :
名無し:04/01/09 20:04 ID:IbJ2U8bn
九段下の駅を降りるとすでに武道館へ向けての大行列が出来ていた。どうやらハッピー♪教の
初お披露目は大盛況のようだ。
「この中からイシカワを操ってるやつを探せっつーのか」
そう呟いて市井ちゃんは、駅前を埋め尽くす異様な集団をうんざりしたように眺めまわす。
「これが青春なんだね市井ちゃん。」
と私は太陽を見ながら笑った。
「何言ってんのかわかんねえよ」
「おいしいクレープ屋さんへ行こうか。」
と言って私は市井ちゃんの手を引く。手を引いてそのまま坂を上がってまっすぐまっすぐ
まっすぐ靖国通りを辿ればそこはもう新宿だ。
99 :
名無し:04/01/09 20:12 ID:IbJ2U8bn
「って、なんで新宿に居るんだバカか」
もう傾きかけた夕陽を睨みながら市井ちゃんは私をぶった。
「だって。だって。」
私は駄々っ子のようにぐしゅぐしゅと泣きじゃくった。いつまでも泣き止まない私をついに
持て余したらしく、市井ちゃんはため息をついて、
「わかったよ、クレープだな。買いにいこうぜ」
と言い、私の手を引いた。
私は手を引かれてどこまでもどこまでもどこまでもどこまでも明治通りを連れて行かれる。
気がつけばそこはもう原宿だ。
100 :
名無し:04/01/09 20:15 ID:IbJ2U8bn
「世界のどこにも見あたらないよな♪」
「その歌しらねぇ」
市井ちゃんが呆れたようにため息をつく。
私は口を真っ白にしながらクレープにかぶりつく。
そんな私を見ながら市井ちゃんは、すこしだけ笑って夜空を見上げる。
私も釣られて夜空を見上げる。
都会の夜空には星が一つもみえなかった。
それはそれで悪くはなかった。