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173名無し募集中。。。
いつもひとりで戦っていた。
藤本の記憶では、ついぞ誰かと共に戦ったことなどない。
いつもひとりで人を斬り、立ち回り、逃れた。
また、それに疑問を挟むことも、つらく思うことも無かった。
むしろひとりのほうが楽だった。

「ここを動くな」
左手で後ろにかばうようにしながら、あやに言った。
「う、うん」
あやが答えた。

「貴様ら何者だ! 相手が壬生娘。組とわかって挑んでいるのか」
背後の辻が能面に向かって叫んだ。

幕末の京都を震え上がらせた壬生娘。の名は、
当時聞かせるだけで十分に脅しが効くものだった。

当時の京都は、藤州をはじめとする尊攘派雄藩の支援を受けた勤王の志士たちが跳梁し、
佐幕派、開国派の要人を白昼であろうと斬った。
またそれに便乗した尊攘派とは名ばかりの不逞浪士が商家に押し入り、
強盗まがいを行なうことも日常の、半ば無政府状態であった。

そんな時勢に現れた壬生娘。組は、
弾圧とも言える圧倒的な剣力で勤王志士たちを圧し、
京の鎮圧に努めた。
174名無し募集中。。。:04/01/20 23:00 ID:hIJzPnOL
しかし、幕府の手のものとは言え、壬生娘。の出自もまた浪士である。
勤王浪士や不逞浪士によって一方的に乱れていたものが、
彼女らの登場によって、二勢力の対立による乱れに変わっただけ、という見方もできる。

また、彼女らの内部にも同じように町に不逞を行なう者が絶えなかった。
そうなってしまっては、勤王だろうと壬生娘。だろうと、
町人たちにとってはどちらも変わらない。
ただ等しく自らの生活を脅かす者たちでしかなかった。

壬生娘。には壬生娘。という明確な名があったのだから、尚更である。

乱闘の場に現れ、その名を言えば武人町人問わず場が凍りつき、
ある者はその場にひれ伏し、ある者は逃げ出した。
壬生娘。の名を騙り、商家から金を脅し取る不逞浪士の輩さえいたほどである。

壬生娘。の名はもはや、恐怖の代名詞ともなっていた。

辻が先程吹いた呼子は、その仲間を呼び集めるためのものであろう。
おそらく藤本を単独で発見した時は、逆に能面の集団に見つかることを恐れ、
吹くのを控えていた。

仲間の隊士が辿り着くまで、この場を生きて持たせることができるか。
辻の脅しにはそんな計算もあったに違いない。

しかし能面の集団は、その名に少しも動揺するところが無かった。
二人が組んだことにより一瞬の怯みを見せたものの、再び徐々に囲みの輪を縮めてくる。
とすれば、壬生娘。をまったく恐れぬ腕の持ち主たちなのか、
或いは、最初から壬生娘。と事を構えることも踏まえていたのか。
175名無し募集中。。。:04/01/20 23:02 ID:hIJzPnOL
辻との共闘は思っていた以上に相性が悪くなかった。
踏み込みの速さ、手の動き、微妙な癖。
わかる。
一度刃を交えただけで、手にとるように辻の動きがわかる。

中心に立つ亜弥々姫を二人で守るように背に挟み、状況に応じて入れ替わる。
藤本が輪に斬り込めば辻が後ろの守りに入り、
辻が能面の刃を受け止めれば、藤本がそれにとどめを刺した。

幾多の修羅場をくぐり抜け、ぎりぎりの命の奪い合いをしてきた剣士であるからこそ、
一度刃を交えれば、何か通ずるものが互いにあるのかもしれない。

辻の特徴を藤本は既に一度の立ち合いでつかんでいる。
この娘の速さは、その足腰の強さと均衡の取れた体幹、そして反応の早さにある。
正確無比な足捌きの技術で疾さを得る藤本とは対照的に、
持って生まれた資質で速さを得ている。それが辻の速さだった。
つまり藤本は、その荒々しく小柄な豪放さの中から隙間を丁寧に補ってやればいい。
176名無し募集中。。。:04/01/20 23:03 ID:hIJzPnOL
辻はまた、集団で戦うことに慣れていた。
おそらく普段は壬生娘。で集団戦を行なっているのだろう。
藤本が前に出れば後ろに素早く入り込み、
下がってくれば横目であろうと素早くその間合いを開ける。

集団でもこれほど違和感なく動けることがあるのか。と藤本はひそかに思った。
一人で動く時とあまり変わらない。むしろ手が増えたような錯覚さえ覚える。
それはそれまで藤本のあまり感じたことのない、
安堵や、信頼というものに近しい感情の動きかもしれなかった。

しかし能面の乱波どもはやはり、普通の剣客とは太刀筋がまったく異なる。
短刀で触れ合うほどの間合いにいきなり詰めて来る者もあれば、
長い鎖鎌を遠くの間合いから投げてくる者もある。
しかも非常に訓練された動きで統制が取れている。
ニ十数対ニの、一進一退の攻防が続いた。

飛び道具に対して無防備な、亜弥々姫の命は恐らく奪ってはこない。
生きてさらうのが目的だ。
それだけが救いだった。
177名無し募集中。。。:04/01/20 23:04 ID:hIJzPnOL
息が、荒れている。

時間が経つにつれ、徐々に藤本はそう感じはじめていた。
体温が急激に下がっているのが、自分でもわかる。

腰の、あやに布を巻いてもらった傷口から溢れる血が止まらなかった。
いつの間にか、流れ落ちる血が河原の小石を広く黒く染めていた。

「! ……みきすけ」
あやが息を呑み、両手で口をおおった。
「どうした!?」
辻が能面の集団から目を離さずに言った。

極寒の北の地に生まれ、寒さには慣れている筈の藤本の体が、
桜の季節も近いというのに凍えている。
腰がどく、どく、と、大きく脈を打っていた。
ふっと、一瞬、意識が遠のいた。

「みきすけ!」
あやの叫び声に藤本は我に返った。

能面の一人が宙に舞っていた。
満天の星が、そこだけ人の形にくりぬかれたように黒く闇に覆われる。
口元に何かが輝くのが見えた。
178名無し募集中。。。:04/01/20 23:06 ID:hIJzPnOL
(……含み針か!)
咄嗟にそれを避けようと体をひねるが、腰の激痛に動きが鈍る。
「ぐぅっ」
左目の下に数本の微細な針が突き刺さった。
藤本は目を細めながら、構わず針を放った空中の敵を一刀のもとに切り伏せる。
「ぎゃああああ」
断末魔が河原に響く。
しかし藤本の注意が上に向いていたその隙に、
下から別の能面が懐に潜り込んでいた。

しまった。
そう思った。

藤本は気づいていた。
何度か能面と剣を交えるうちに、感じはじめていたその違和感に。
刀のはじける音の違いに。その手ごたえの違いに。徐々に忍び寄っていたその崩壊の瞬間に。

辻も別の敵と交錯し、藤本を助けることができなかった。
懐に潜り込んできた能面は小刀を逆手に持ち、
藤本の胴体を右腰のあたりから逆袈裟に斬り掛かった。

その小刀を腰のあたりで十字に受け止めた時、
藤本の刀が、折れた。