――― 4話 魔女見習い ―――
「ありがとうございましたなのです」
ペコリと頭を下げる辻希美は顔を上げるとニッコリと笑って
市外からの観光と思われる家族連れの客を外まで見送る。
小さい女の子にバイバイと手を振って、振り返り見上げる看板には
ポップ調の字体で大きく「MAHO堂」と書かれていた。
魔界街に来る観光客が集まる、比較的安全なこの朝娘市商店街の
一角に陣取るこの店は願いが叶う魔法グッズを売る小物屋だ。
白とピンクを基調とした魔女服を着る辻希美と加護亜衣は
学校が終った放課後と土日を彩るMAHO堂の看板娘なのだ。
「今日はこんなもんちゃうか?」
「もう、飽きてきたのです」
時計を見ると午後3時を過ぎる頃だ。
「おやつの時間なのです」
「よっしゃ、ほな向いのケーキ屋で何か買ってくるわ」
加護がレジを開けて千円札を取り出そうとすると、
後ろから樫の杖がニュッと出て悪戯な手をピシャリと叩いた。
「イタッ!何すんねん!…って…裕子ばあちゃん!」
「阿保か!お前等、店の金に手を出すとは不届きな!」
皺くちゃな顔の齢200歳を越える老婆は魔界街に舞い戻っていた。
「ちょっとくらいええやんけ、ウチ等タダ働きしてんねんから」
「ばかもん!お前等はワシの弟子じゃぞ!見習いの癖に
生意気言うんじゃないわい!」
「ののはケーキが食べたいのです!」
「うちもケーキ!」
「お、お前等…!」
手足をバタつかせてケーキケーキと叫ぶ2人は
こうなってしまったら手が着けられない。
「わ…分ったわい…ただし、一番安い…」
中沢が言う終る前に加護は万札を握って店を跳び出していた…
「一番高いの買いおって…」
恨めし気に睨む中沢を無視して口いっぱいにケーキを
頬ばる2人の魔女見習いは幸せの笑みだ。
「食い終わったらまた店番じゃぞ」
「え〜っ!今日はもう休みにせえへん?」
「ののも疲れたのです」
「お…お前等…」
ワナワナと震える中沢をフンと鼻で笑う加護。
「何言うてん、この店の魔法グッズだってウチ等が半分ぐらい造ってんねんでぇ」
「あいぼん の言う通りなのです」
「ばっかもん!魔法グッズを造るのも修行の一つじゃ!
毎回毎回効き目の無い物ばかり造りおって!
生意気言うんじゃないわい!」
「それがお年を召したお婆ちゃんが孫に対して言う事ですかねぇ…呆れるわ」
「そうなのです、お婆ちゃんは孫にお小遣いを上げるものなのです」
「バ、バ、バ、バ、バッカモーン!お前達は弟子じゃ!
孫でもなんでもないんじゃ!」
ハァハァと息を切らしながら怒鳴る中沢は
何故こんな事になってしまったのかと自分を嘆いた。
魔界街を創り出し、そのパワーで若さを取り戻し
復活した魔力で空を飛び、この魔界街を抜けたのはいいが
魔震で出来た地割れを飛び越えると急激に魔力が落ちた。
飛ぶ事さえままならなくなった中沢は着地して
自分の手を見ると干乾びたようになっている事に気付き愕然とした。
恐る恐る鏡を見て卒倒した。
人生の全てを賭けた魔法は約一時間の夢で終ったのだ。
魔界街に戻ればと思ったが、飛ぶ事も出来ない老魔女は
朝娘橋が出来るまで待つ事になる…
しかし、橋が出来て喜び勇んで戻った街はマジョユーコこと中沢裕子に
対して何も齎(もたら)さなかった…
若さを取り戻したい中沢は魔界街に留まる事を決意し、
新たな「MAHO堂」を開店したのだ。
若い弟子をとり、魔女に仕立て上げて、その魔力によって
若さを取り戻す計画は不出来な魔女見習い達と
中沢自身が抱える「ある迷い」によって遅々として進まない。
今まで数名の弟子を取ったが皆すぐ飽きて辞めてしまい、
残ってるのが、この辻と加護…
そして…
「裕子婆ちゃ〜〜ん!新人連れて来たぞ!」
勢い良くドアを開けて入ってきた矢口真里と
何も分らずキョトンとしてる安倍なつみだった…
「ちょ、ちょっと待ってよ…もう」
矢口に背中を押されて店の裏庭に連れて行かれた。
「こ、これは…」
そこは裏庭と言うには広すぎる空間が有った。
中央に魔法陣が描かれた綺麗に刈り揃えた芝生が心地良い。
「おぬし、魔女になる気が有るのかえ?」
腰の曲がった老婆に唐突に聞かれ、答えに窮する安倍に代わって
矢口が安倍を魔法陣の中央に立たせた。
すると、安倍の体がボウと僅かだが光りだした。
「ほう…オーラの量が違うな…」
目を細める中沢。
「ねっ、裕子婆ちゃん、見込み有るでしょ?」
ニッと歯を見せて笑う矢口と、目を丸くする辻と加護。
「なに?なに?なんなの?この光りは!…矢口ぃ、私まだ決めてないって」
光る自分の両手を見ながらオロオロする安倍。
「いいから、いいから…さ、婆ちゃん、やってやって」
矢口は安倍の困惑を無視して中沢を促す。
「ふむ…決まりじゃな」
老婆は自分の杖を安倍に持たせると何やら呪文を唱えた。
ボウと杖が光りだす…安倍の体と同じ淡いレモン色だ。
「な、なに?なに?なんなのよ〜?」
光が一箇所に凝縮するとソレは六角形の形になる。
「わぁ!」
瞬間、その光は安倍の額に吸い込まれた。
「へ?なに?なに?何が起こったのよ〜?」
その場にペタンと座り込んだ安倍は未だに何が何だか分らないようだ。
「儀式じゃよ…」
「儀式?」
「そうじゃ、ワシの弟子に…魔女になる為の『契約の儀式』をしたんじゃ」
「け、契約!?」
泣きそうな顔の安倍に向かって矢口と辻と加護が
「わぁー」と歓声を上げて、パチパチと拍手で歓迎した。
ヘナヘナと腰が抜けてる安倍に
矢口がMAHO堂のメンバーを紹介する。
「なっち、コイツ等が辻と加護で中学3年生、オイラと同じ魔女見習い、
そして、このお婆ちゃんが魔女の中沢裕子ことマジョユーコ、
みんな裕子婆ちゃんって呼んでるんだよ」
「よろしくお願いします」
ペコリと頭を下げる2人に安倍も半笑いのままペコリと返した。
「さてと、ワシャこれからの事を説明するのは面倒じゃ、
矢口、後は任せたわい」
そう言うと中沢は裏庭に有る変わった形のベンチに腰を下ろした。
「なんと邪推の無い顔なんじゃ…」
安倍のキョトンとした顔を見ながら自然にその言葉が出た。
「…ふ」
目を白黒させる安倍を中心に、車座になって楽しそうに
これからの修行について話す魔女見習い達を見る
中沢の顔からは、自然と笑みが漏れる…
その笑みに自ら気付き、今度は苦笑だ。
この朝娘市をこんなにしたのは自分だ…
何も知らない娘達を魔女に成長させて、その魔力を全て吸収して
若さと魔力を取り戻そうと画策してるのも自分だ…
魔力を全て奪われた娘達が、どうなるのかは中沢は知らない…
知らないが…多分…普通ではいられないだろう…
中沢は溜息をついた。
辻と加護が屈託無くケラケラ笑う姿を見ながら
自分にこの娘達の未来を奪う事が出来るのかと自問した。
答えは、とっくに分かっているのに…
中沢は何時の間にか丸くなった自分に驚きながら、
自分を慕って毎日やってくるこの娘達を好きになっていたのだ。
また一つ、深い溜息をつき、中沢はそっと自分の部屋に消えた。
「安倍さん、見てて下さいなのです」
辻は自分のホウキに跨り精神を統一した。
フワリと浮いた体は5メートル程進んでペタンと着地した。
「今日はこんなもんなのです」
「おお、凄い凄い!」
安倍が手を叩いて喜ぶと、エッヘンと胸を張って得意満面だ。
「ハハ、何が『今日はこんなもんなのです』だよ、
毎日そんなもんじゃねえか」
「矢口さんだって10メートルぐらいしか飛べないのです」
鼻で笑う矢口に向かって辻はプゥと口を尖らせた。
「まぁ、こん中じゃ、ウチが一番 飛ぶんやけどな」
ニカッと笑う加護と への字の辻の頭にはハムスターが乗っている。
『ボンボン』と『マロン』と言う名前の2人の使い魔だ。
「ねぇ、その使い魔って、どうやって持てるようになるの?」
安倍も欲しくなったのだ。
「まぁ、少しでも飛べるようになれば、裕子婆ちゃんから貰えるよ」
「ふうん…どうやって飛ぶの?」
聞く安倍の足元にホウキがフワリと落ちた。
「それはオマエのホウキじゃ」
いつの間にか戻って来た中沢が、拾い上げるよう 安倍に促した。
「…軽い」
手に取ったソレは羽のように軽かった。
「フン、浮力が付くよう魔力を注入してあるからのぅ…乗ってみぃ」
「…うん!」
安倍はホウキに跨った。
「えっと…集中、集中」
2度3度と深呼吸をし、心を静かにホウキに集中すると無意識に飛ぶイメージが浮かんだ。
「…飛べ…」
フワリと浮いた…
そのまま、スウと滑るように前に進み壁にぶつかりそうになって、
慌ててホウキから手を離した。
「うわぁ!」
バランスを崩し、ドサリとホウキから転げ落ちて、
イタタ…と腰を擦りながら皆を見ると、全員目を丸くして口をアングリと開けていた。
「こやつ…背中に翼が生えておる…」
ポツリと中沢が呟いた。
「えっ?えっ?」
安倍は慌てて背中を見たが、そんな物が生えてる訳が無く、
慌てた自分が少し恥ずかしく、ヘヘ‥っと自嘲気味に笑った。
「す、凄え!凄えよ!なっち!やっぱりオイラが見込んだだけあるぜ!」
矢口が飛び掛らんばかりの勢いで抱きついてきた…
「ふむ、合格じゃ…」
中沢は、安倍の好きな動物を聞いてきた。
「パンダ」
即答した安倍にバカモンと一喝して、猫でいいかと問い直す。
「…うん」
中沢は懐から紙と筆を取り出し、中央に五芒星を描き安倍にその中に名前を書くように言った。
「名前…?」
「お前の名前ではないぞ、猫に付けたい名前を書くんじゃ」
安倍は自分の名前の一文字を取って『メロン』と書いた。
中沢はその紙を裏庭の綺麗に刈り揃えてある芝に書かれてある
魔法陣の中央にそっと置いた。
何やら呪文を唱える中沢…
すると、紙はプシューと煙を上げ、その煙が形を成し、白い猫が現れた。
「ソレがお前の使い魔じゃ…名前を呼んでみぃ」
使い魔の正体が紙だと分かって唖然としつつも、安倍は名前を呼んでみた。
「…メロン」
ミャーと鳴いた『メロン』は安倍の足に自分の体を擦り付けて甘えた。
「か、可愛い…」
トントンと安倍の体を駆け上り肩に乗った使い魔は
ヨロシクと言わんばかりに頬をペロペロと舐める。
「ハハ、良かったな、なっち!」
「これで、もうお友達なのです」
「なんか、めっちゃヤル気出てきたでぇ!」
最初は訳の分からなかった安倍は、いつの間にか追い込まれて出来た
今の状況が不幸なのかどうか考える事さえも忘れる程楽しくなり、
魔女見習いとして俄然ヤル気が出てきた。
「うん!ヨロシクね!みんな!」
ニコリと笑う安倍…の目がちょっぴり固まる…
(…アレ?…どうしてこんな事になったんだ?………ま、いっかぁ!)
ホウキを肩に掛けて矢口と共に帰宅した。
夕日に映る豪華なマンションは安倍の父親の勤めるハロー製薬の社宅だ。
「ウワァオ!なっち、こんな所に住んでるんだ、流石ハロー製薬部長だね」
「ハハ…まぁね」
安倍の母親はホウキを担いだ安倍と矢口に少し驚いたようだが、
もう、新しい友達が出来たと喜び、矢口を歓迎して向かい入れた。
自室でカバンに隠れていた「メロン」を解放する。
「だけど、どうしよう…」
勿論、魔女見習いとメロンの事だ。
「まぁ、隠すか、本当の事を打ち明けるか、どっちかだけど…どうする?」
「う〜ん」と考え込む安倍は母親の驚く顔が目に浮かんだ。
「やっぱり…暫く隠しておくしかないね」
そっとメロンの頭を撫でる。
「まぁ、メロンは大丈夫だと思うよ…窓を少し開けておけば勝手に
外に出て適当にやってくるから」
「本当?」
「うん、オイラもそうしてるから、呼べば戻ってくるしね…
でも、今日は抱いて寝てあげたほうがいいね、スキンシップも大事だから」
「うん、そうする」
「あと、魔法グッズだけど…」
矢口はMAHO堂で売る魔法グッズの説明をした。
店で売る小物の半分以上は何処かの問屋から仕入れた物に
中沢が魔力を注入した物だが、それ以外は弟子の矢口達が
作った品を置いている。
矢口が編み物とイラスト、辻と加護は粘土細工を作って売っていた。
物を作る時は使い魔を抱いて念を込めるように集中して作るのがコツとの事だった。
店の番は学校帰りと休みの日にするのだが、
普段は中沢の使い魔の木偶人形(MAHO堂が観光客の人気を呼ぶ
一つの要因である)が店番をしているのだ。
中沢は何枚もの使い魔の式紙を持っていて、必要に応じて使い分けている。
「ふーん…何を作ってもいいんだね」
安倍は矢口の説明を聞いて、作る物を決めた。
「おっ、もう決めたの?」
「うん…この部屋を見てみて」
「…?」
矢口は安倍の部屋を見回して、ある物に目が留まった。
「おお、コレなっちが作ったの?」
「うん」
本棚に飾られているテディベアのヌイグルミを取り出す
矢口の顔は感動のソレだ。
「私はテディベアを作るよ、名付けてナッチベア」
「うん、いいねソレ…あとはホウキで飛ぶ練習だね」
2人で顔を見合わせて、フフフと含み笑いだ。
魔界街に来た当初の不安は、そのまま期待に変わり
ムクムクと膨らんでいく…
空を飛ぶ夢…
叶いそう…
「よっしゃ!みんなでガンバローぜ!!」
「おお!」
安倍の激動の一日は、こうして終わっていった…