――― 27話 魔界アイドル ―――
夏の青空にポッカリと浮かぶ白い雲が一つ漂い、ツバメが一羽 弧を描き、
他のクラスの生徒達が談笑する ハロー女子高の屋上で
矢口はコンクリートの床にペタリと座り、呆けたように その雲を眺め、
隣に佇む安倍は、スカートの裾をパタパタと仰いで中に風を入れていた。
今は昼休み。
藤本が蛇眼の男を殺した事件から一週間が過ぎ、
事件の翌日から矢口は、ボウとする事が多くなった。
一番の被害者は矢口なのだから仕方ないと、安倍は見守るように付き合っている。
「おいら、悪い娘になっちゃったかも…」
不意に独り言のように呟く矢口。
「はぁ?悪い子?なに言ってるべさ」
矢口の隣に膝を抱えて座り、ハハハと、受け流す安倍。
「…あの時さ」
「うん?」
「あの時、なっちは何考えてた?」
「何って?」
「おいらはさ…おいらは、あの男が死ねばいいと思った」
「…」
「で、藤本がアイツを殺したろ。おいらはザマァミロって思った」
「……」
「心底、スカッとしたよ」
「…あ、あの時は仕方ないんじゃないの…?‥」
「そうかな?」
「…‥」
安倍は、『あの時』の矢口の行動を思い出し、言葉が出なくなった。
あの時…
矢口の目の前で、蛇眼の男が殺された時…
藤本の死の薔薇で 葬られ、血まみれになりながら死んだ
蛇眼の男の死体を、矢口は何事かを叫びながら、狂ったように踏み付け 蹴り続けた。
安倍と藤本の運転手が蹴り続ける矢口を抱えるように引き剥がしたが、
矢口は手足をバタつかせて「離せ」と泣き喚いたのだった。
結局、藤本邸で鎮静剤を打って貰って落ち着いたのだが、
藤本は終始 冷笑を浮かべていた。
「なぁ、なっち」
「なんだべ?」
「おいらは今でも あの時の事を思い出すと、体が震えてくるんだよ」
そう言ってパンと拳を合わせた矢口の両手は小刻みに震えている。
矢口の体の震えは、陵辱されかかった事を思い出してからなのか、
それとも、男が殺された事を思い出してからなのか、
安倍には どちらか図りかねた。
その安倍の胸に押し寄せる、なんとも言いがたい不安…
だから安倍は、話題を変えようとし、話をそらそうとしたが…
「…そ、そう言えば、藤本って いつの間に あんな技使えるようになったんだべ?」
出た話題は、事件に関わり合う内容だった。
「アイツ…おいら達を見下して笑ってたな」
「元々そういう奴だべ」
「…おいらも藤本みたいな技が有ったらなぁ」
溜め息交じりに言う矢口。
「な、なに言ってるの。あんな技持ってたら…」
「うん、殺してたかも…」
ポツリと出る矢口の言葉は、安倍の胸騒ぎを増幅させた。
「や、矢口!ダメだべ!そんな事言っちゃダメだべ!」
安倍は立ち上がり、何かに駆り立てられるように叫んでいた。
矢口が人を殺すなんて考えられなかった。
そして、そんな事を言う矢口が信じられなかった。
矢口が、安倍の知らない矢口に変わりそうで、急に不安になり、そして、怖かった。
ポカンと安倍を見上げる矢口は、涙目の安倍の剣幕に少しビビッた。
「も、もう、あの時の事は、金輪際忘れるべさ!約束だべ!」
ピッと小指を突き出す安倍の勢いに、思わず矢口も指を差し出そうとした時…
「こんにちわぁ」
聞き覚えの有る声が後ろから聞こえた。
その声はテレビでよく聞く、愛らしい声だった。
「…あ」
振り向く2人にニッコリと笑いかけるのは、スーパーアイドル松浦亜弥だった。
仕事が超忙しいアイドルは、週1回か2回しか登校しない。
学校に来ても、ぁゃゃの取り巻き連中に囲まれて、身動き取れない身だ。
そのぁゃゃが、昼休みに一人、屋上で安倍と矢口の話しを
こっそりと聞いていたのだ。
「ぁ、ぁゃゃが何の用だべ…?」
思いがけないアイドルの登場でキョトンと顔を見合わせる安倍と矢口。
「…話、聞いちゃった」
ペロッと舌を出す松浦。
「へ?聞いたって?」
「あっ、お話しするのは初めてですね。私、松浦亜弥といいます」
アイドルはペコリと頭を下げる。
「知ってるって…」
ハハと、半笑いで突っ込む矢口。
「私も、2人の事は知ってますよ。安倍さんと矢口さんですよね」
営業スマイルで、ニーッと白い歯を見せる。
「なんで、知ってるべさ?」
「師匠つながり。私のとこの社長が貴女達の師匠の弟子だったって。
…聞いてなかった?」
訳知り顔で、フフンと鼻で笑う、松浦の様子が怪しくなってきた。
腹に一物を持つ、松浦の本当の姿がピョコンと顔を出した瞬間だ。
「あっ、あの意地悪な魔女の事だべ」
安倍は、石黒が現れた時の 中澤との剣呑な やりとりを思い出した。
「フフフ、そう。その意地悪な魔女が私の事務所の社長なの」
「へぇ」
「で、社長と高橋愛ちゃんから聞いてたの。MAHO堂っていう店に、
出来の悪い魔女見習いがゴロゴロいるって」
「むぅ!」
ほっぺをプーと膨らませる安倍。
「成る程、確かに出来が悪そうね」
ニヤニヤと薄ら笑いを始めた、アイドル。
「なんでだべ!」
安倍はカチンと来た。
「魔女にしては甘すぎるって事。よく分からないけど、嫌な思いをさせられたんでしょ?
だったら、殺せとは言わないけど、ソレに見合う復讐ぐらいしないと」
毒を吐き始めた松浦は、初めに見せた愛らしい笑いは消えうせ、
テレビでは見せた事もない、嫌らしい笑い顔になっている。
「復讐するも何も、相手は殺されたんだよ。おいらの目の前で…」
松浦の変化に驚きつつ、矢口が ぶっきらぼうに言い返した。
「ふーん、面白そうね。聞かせてくれる?
魔女の先輩として、何かアドバイスできるかもよ」
こういった話しが好きなのか、松浦の目が輝き始めた。
「……いいよ」
少し、間を置いてからの矢口の返答。
「ちょっと、矢口!」
安倍の注意を無視して、矢口はポツリポツリと話し始めた。
「キャハハハ、面白〜〜い。あの高慢チキな生徒会長、
なんか有ると思ってたけど、人殺しだったのね。…まぁ、この街じゃ珍しくないけど」
鎮痛な面持ちの矢口の話を聞き終えて、腹を抱えて笑うアイドルは
やはり、どこか頭のネジが 抜けてるのだろう。
松浦は2人に向かって、右手の指を2本立ててVサインを作ったのだ。
「…ピース?」
何故ピースなのか解からない安倍。
「ハハハ、違うよ。私が今まで殺してきた人間の数」
あっさりと言う松浦。
「…2人?」
余りの、あっさりさ加減 に、つい聞いてしまう矢口。
「20人ちょっとかなぁ」
「…ハァ!?」
「ここ2,3年で、有名人が結構死んでたでしょ。
あれって、私が殺したんだよねぇ、邪魔ばっかりする奴等だったから。
…あっ、勿論 証拠は残さないよ」
アッケラカンと告白する松浦には、微塵の後悔も感じられず、
驚きを隠せない安倍と矢口が、信じられないと、顔を見合す。
確かに、ここ2年ぐらい週刊誌を賑わした、有名人の連続不審死は
不慮の事故で済まされたか、突然の病死となっている。
「でぇ、矢口さんだけどぉ…
間違ってないよ。何か技を覚えて、殺したい奴は殺しちゃえばいいのよ」
清純アイドルには似合わない 物騒なアドバイスに安倍が突っかかる。
「それの何処がアドバイスだべ!変な事を言うと怒るわさ!」
「フフン。甘い‥甘すぎるわねぇ、アンタ達…
いいわ、私が貴女達を真の魔道に導いてあげる」
せせら笑いながら そう言うと、松浦はパチンと指を鳴らした。
すると、何処に隠れていたのか、安倍と矢口の使い魔の
メロンとヤグがトコトコと走り寄って来て、松浦の両手の甲にチョコンと乗った。
「あっ、メロン」
「ヤグ」
不敵に笑う松浦が手の平を返すと、使い魔達はボンと煙を上げ、
元の五芒星の描かれた紙に戻った。
「式神を使い魔として使わず、ペットのように飼っているからダメなのよ」
松浦がニッと笑うと、指に挟まれた式神はメラメラと燃え始めた。
「あぁあ!メロン!」
「ヤグゥ!」
慌てて松浦から五芒星の紙を取り上げた時には遅かった。
使い魔達は灰と化していたのだ。
「な、なんて事するべさ!」
「テメー!何しやがる!」
「ハン?何言ってるの。使い魔と言っても、ただの紙だよ。
猫の形をしていたから、どっかの猫の霊が憑いてたんだろうけど」
「うるさい!いくらぁゃゃだからって許さないべさ!」
「おい!キサマ!ヤグを返せ!」
「ウフフ、殺したくなった?」
唇だけ微笑みの形を作る松浦。
「な、なにを!」
「…何言ってやがる!」
「私を殺したくなった?」
スッと松浦の目が据わる。
「ソレとコレとは話しが別だべ!」
「そ、そうだ!」
「殺意を抱くってのは大事な事なのよ…」
フッと踵を返し、横目で2人を誘うように話を続ける。
「…午後の授業はサボりましょう。
着いて来て、面白い物を見せてあげる」
「ネッ♥」
そう言って、再び振り向いた松浦の笑顔は、
完璧なアイドルスマイルに戻っていた…
今日はココまでです。今からぁゃゃ描くぜ多分。 では。