加藤は道頓堀商店街の ど真ん中の道を、辺りを睨み付けながら
ふて腐れたようにノシノシと歩く。
それにオズオズと続く有野。
勿論、地元の不良に絡まれる。
路地裏に連れて行かれても、ニヤリと笑う加藤は
あっさりと返り討ちにする。
だてに魔界街の不良をやってる訳ではないのだ。
「バ〜カ!おととい来やがれってんだ!」
逃げる不良達に石を投げつけて、パンパンと手の埃を払う加藤。
「なに弱い者イジメやってんの」
その加藤の襟首を掴んでポイと放り投げるのは飯田圭織だ。
「い、飯田さん!着いて来たんですか?」
尻餅を付いた加藤は、ビックリすると同時に顔を綻(ほころ)ばせる。
「偶然、見かけただけだよ」
「喧嘩したバツとして何か驕るのです。これは班長命令なのです」
飯田の後ろから 辻がヒョコッと顔を出して、ニッと笑う。
「は、はい!はい!なんでも驕りますよ!班長殿!」
イヤッホウと喜ぶ加藤。
「オマエも喜べ!ばか!」
何故か浮かない顔の有野の頭をバチンと叩く。
有野は、加護に振られたショックを未だ引きずっていたのだ。
「呆れた男子だねぇ」
駄々っ子のような加藤に呆れつつ、
飯田は「じゃあ、蟹道楽ね」と、加藤と有野の肩をポンと叩く。
「はい!行きましょう!蟹道楽…って…えぇぇぇえええ!?蟹道楽!!」
急に財布の心配をしだす加藤。
飯田と辻は顔を見合わせてプッと吹き出した…
土産物屋を覘く、武田と小川が、不良に絡まれた。
先程、加藤にやられた、不良達だ。
武田の学生服の校章が、加藤と同じ事に気付いた不良達は、
仕返しとばかりに、このカップルに因縁を付けたが、如何せん相手が悪すぎる。
加藤同様、あっさりと返り討ちにあった連中は逃げ出した。
「オマエのその格好が、悪いんじゃねえの?」
武田は、小川の巫女姿が、因縁を付けられた原因じゃないかと疑る。
「じゃあ、武田君と同じ制服になる…」
「…うん?」
「飯田さんがね…来週から武田君達の中学に転校させてくれるって…」
少し はみ噛みながら、頬を染める小川麻琴。
「そ、そうか…」
「嬉しい?」
「あ、あほ言え…」
真っ赤になりながら鼻の頭をポリポリと掻く武田。
それを見ながら小川がクスクス笑った。
ブラブラと一人で探索する高橋愛は、ある光景を見つけて物陰に隠れた。
それは、加藤と武田に返り討ちにあった3人の不良達が
浜口と紺野に因縁を付けている所だった。
勿論、浜口の学生服の校章を確認しての恫喝だ。
紺野を背中に庇う浜口は、胸倉を掴まれ、凄まれているが、
紺野の手前、引くに引けないでいる。
その浜口の態度が、不良達の逆鱗に触れた。
そうっと顔を出して、事の成り行きを見守る高橋。
「ハハ、格好つけちゃって…って、ありゃ!」
浜口がグーで殴られた。
「もう、あさ美ちゃん、魔力でやっつけなさいよ」
浜口の後ろでオロオロしてる紺野を「何してんのよ」と、イライラしながら見てると、
一台の車高の低い改造車が連中の前で横付けして停車した。
「あ、押尾さん。丁度いい所に来てくれました」
ペコペコと頭を下げる3不良。
「コイツ、ちょっと絞めちゃってくださいよ」
浜口の髪を掴んで顔をグイと持ち上げる。
車の窓から顔を出した、押尾と呼ばれた男は、
ギラつく目付きで浜口と紺野を舐めるように睨む。
「生意気な顔だな」
下卑た笑いとドスの効いた声。
「そうでしょう?やっちゃって下さいよ」
「よし、乗せろ」
浜口と紺野は無理矢理、車に押し込められた。
「あっ、拉致られた…」
高橋は慌てて自分のバッグから、一枚の紙を取り出す。
「後を着けるんだよ」
そう言って放り上げた紙は、カラスに変化して
バサバサと翼を広げ、高橋の上空を一回りしてから
黒い拉致車を追いかけた。
「ここが有名な道頓堀川や」
人通りの多い道頓堀橋で、矢部と加護は橋の手すりから
濁った泥流を眺める。
「見てみい、きったない川やでぇ。
こんなドブ川に飛び込む奴の気が知れんな」
ハハハと笑う矢部がタバコを取り出して火を点けた。
矢部と同じく道頓堀川を眺める加護は
さっきから、ずっと無口のままだ。
その加護がチラリと矢部を見る。
「…うん?どないした?」
「…タバコ」
「別に大丈夫やろ」
学生服の矢部は、そう言いながら 煙の輪を作ってポンポンと噴出す。
「…体に悪いんとちゃうの?」
「…そうか?」
加護に言われて、口に咥えたタバコを取ってシゲシゲと眺める矢部。
「…ほなら止めるわ」
ピッと弾いたタバコが放物線を描いて泥流に落ちた。
淀む川は色んなゴミを運んでくる。
そのドブ川を暫くの間、眺める2人…
「な、なぁ?」
加護は聞きたい事が有った。
「なんや?」
「…な、なんで うちを誘ったん?」
矢部は、少し考えてから
「…有野がな」
と答えた。
「有野がどないしたん?」
「有野が、昨夜(ゆうべ)オマエを誘う言うて、張り切っててな」
「…それで?」
「…少し、ムカついた」
「ハァ?」
矢部は手すりから離れて背中を向けた。
「嫉妬かもしれへん」
チラリと振り返る矢部の横顔…
「さ、行くで…」
スタスタと歩く矢部の背中…
「う、うん」
その背中の後に着いてチョコチョコと歩く加護の頬は
道頓堀川に差し込む夕日のように赤くなっていた…
その矢部、加護と すれ違う、キャップを深く被ったサングラスの女子…
「あれ?今の愛ちゃんとちゃう?なんか、焦っとるみたいやったで」
加護が振り返り、雑踏に消える高橋を目で追った。
「そうか?んじゃ、正体がバレて、ファンにでも追い駆けられてんちゃうか?」
「そっか、アイドルも大変やねぇ」
しみじみと頷く加護。
「ハハハ、オマエじゃアイドルに なれへんからなぁ、嫉妬すなよ」
「誰が、あんな子に嫉妬すんねん!」
プイと横を向く加護に、からかう様に笑う矢部。
そんな2人の会話を知る由も無い高橋愛は、
上空を飛ぶ一羽のカラスを追いかけていた…
車で拉致された浜口と紺野は、どこかの川の河川敷で降ろされ、
橋の下に引っぱり込まれた。
「何すんのや!オマエ等!」
茶髪と金髪に両腕を捕られて、もがく浜口の声は震えていた。
「ギャハハ、コイツ 女の前だからって威勢がええの!」
ドンと浜口の尻を蹴って転ばせるロンゲ。
「オマエ等、適当に そのバカの相手をしてやれ」
押尾が、大事そうに自分のバッグを抱える紺野を
後ろから羽交い絞めにして胸を鷲掴みにする。
「キャーー!!」
「やめろぉぉおお!!」
「はぁ?やめるか、バ〜カ!」
ゲラゲラと笑う押尾が、子分に顎で合図を送る。
ニヤニヤ笑うロンゲが浜口の鳩尾に拳を入れた。
「うげぇ!」
「やめてぇぇえ!おねがい!!」
「うひょう!いい声で鳴くぜ!」
浜口の呻き声と紺野の悲鳴を合図に、リンチが始まる。
「おらぁ!」
ドスッ!
「どうした?ヒーロー!」
ボカン!
「お姫様を助けたいんだろ!」
バキッ!
下卑た笑いの不良達にボコボコに殴られ、
浜口は血を吐き、額が切れ、顔が腫れ上がってくる。
「…こ、紺野に手を出してみろ…ぶっ殺す…」
それでも紺野を守ろうとする気概だけは立派だ。
「だから、やってみろって!ギャハハハ!」
「テメーが死ねや!」
「今の一声で死刑決定な!」
浜口がボロ雑巾のように崩れ落ちても、
不良達の蹴りは執拗に続いた。
ピクリとも動かず、顔の形が変わり、
もう、誰の顔さえかも分からなくなった頃に
ようやくリンチも終焉を向かえる。
何故こんな事になるのか理由が全く解からない。
最初、「やめて」と叫んでいた紺野もショックで声が出なくなっていた。
顔が真っ青になりガタガタと震える紺野は、
自分が押尾に体を弄(なぶ)られている事も気付いていなかった。
「よし、今度はコイツを輪姦すぞ」
押尾が紺野の腕を取って、車に引きずり込もうと停車している自分の車を見た。
その顔が驚愕する。
ボンとボンネットが開くと同時にエンジン部分にドンと火がつき
煙が上がり、タイヤがバンバンと音を立ててパンクしたのだ。
「な、なんだ!?」
ガラスが全て割れ、車体にボコボコと銃撃でも受けたような穴が開く。
「……」
完全にオシャカになった車を呆然と見ていた押尾と不良仲間。
「グギャ!!」
押尾が自分の太腿を押さえて転げ回った。
「押尾さん!」
駆け寄る不良達に囲まれた押尾の太腿は肉がめくり上がり
ドクドクと血が出ていた。
「アンタ達…死ねば?」
声のする方を見ると、ピクリとも動かない浜口の傍に
帽子を深く被りサングラスで目を隠した、紺野と同じ制服の少女が立っている。
その少女の右手には、拾った小石がジャラジャラと握られていた。
http://blanch-web.hp.infoseek.co.jp/cgi-bin/data/IMG_000058.jpg 「…なんじゃ!テメーは!」
歩み寄ろうとした金髪の右肩がボンと破裂して、血が噴出す。
少女が投げた小石が金髪の肩に当たって、肉を裂き骨を砕いたのだ。
「あ、愛ちゃん!」
紺野が高橋に気付き、駆け寄る。
「…あさ美ちゃん…殺していい?コイツ等」
そう言いながら高橋が投げた小石は、茶髪の手の平を貫き、
小石と同じ大きさの穴を開ける。
「こ、殺しちゃダメ!」
「じゃあ、殺さない」
しかし、投げる小石はロンゲの顔面に命中、
無残にも鼻が跡形もなく消えた。
「でも、半殺しにする」
足元に落ちてる小石を拾って投げる格好は少女のソレだし、
投げる小石のスピードも、たかが知れている。
だが、不良達に当たる小石は肉を潰し、骨を砕いた。
絶叫を上げて転げ回る押尾達の阿鼻叫喚の地獄絵図は、
激痛によって声が出なくなるまで続いた。
高橋が押尾に近付き、顔面を蹴り上げる。
グシャリと鈍い音がして、押尾の顎が潰れた。
「きったないわねぇ…慰謝料貰うわよ」
そう言いながら、失禁し血まみれの不良達のポケットから財布を取り出して、
車中で浜口と紺野から奪った金を含めて、財布の中身を全て抜き取った。
「命だけは助けてあげる…さぁ消えなさい。這ってでも」
命令されても動ける筈がない。
全身の骨が折れているのだ。
だが、呻きながらも這い出す血まみれの不良達。
それは、高橋の言葉に無理矢理操られている木偶人形のようだ。
這い逃げる不良達を見届けた高橋は、浜口の頭を膝に乗せて
血をハンカチで拭き取る紺野を見た。
「それじゃ、拭いきれないよ」
そう言って、自分のバッグから飲料水のペットボトルを
取り出して「はい」と、紺野に手渡す。
「…ありがと」
ペットボトルの水でハンカチを湿らせて、血糊を拭い取る紺野は
ポロポロと涙を流していた。
「…ねえ愛ちゃん」
不意に聞きたくなった。
「なに?」
「…どうやったの?」
さっきの殺人技の事だ。
「どうやるも何も、只、アイツ等が死んでもいいと思って投げただけよ」
「…それだけ?」
「あさ美ちゃんも魔女見習いなんでしょ?念を込めるなんて基本技じゃん」
ふうっと溜め息を付きつつ、何故こんな事を聞くんだ、と、高橋は訝しげだ。
「そんな事もできるんだ…」
紺野は、以前中澤が紺野達に言って聞かせた
紺野達と高橋の資質の違いを思い出した。
魔女になる目的の違いが、今の紺野と高橋の違い…
高橋は目的の為なら平気で人を殺せる人間なのだ。
「あさ美ちゃん?」
「なに?」
「私が出て行かなかったら、あさ美ちゃんはアイツ等を殺してたよ」
「…え?」
高橋の言葉に、スーッと血の気の引く思いの、紺野の涙が止まる。
確かに、瀕死の浜口を目の当たりにした紺野は
メラメラと湧き出る殺意を自分自身感じていたのだ。
---何故、そんな事が分かるの?---
「あさ美ちゃんのバッグの中…式神入れてるでしょ?」
「…!!」
紺野は愕然とした。
護身用に いつも持ち歩いている五芒星が描かれている
魔法陣の紙の事を高橋は知っていた。
そして、ソレを初めて使いそうになった事を…
(魔法陣の紙は中澤に持ち歩くように言われて、いつも鞄の中に入れているのだ)
「どうして、それを?」
「だ か ら、魔女見習いでしょ?感じるじゃん」
高橋は呆れたように首を振る。
目的の為なら平気で人を殺せる高橋は、
キレて自分を見失い、不良達を殺してたかもしれない紺野の心理状態を
感じ取って、「それなら自分が」と不良達を懲らしめたのかもしれない。
「そんな事より…」
驚きを隠しきれない紺野をよそに、
本当に…本当に、そんな些細な事はどうでもいい、と言った感じの
高橋が、ボコボコに腫れた浜口の顔をしゃがんで覗き込む。
「酷いやられようだね」
そっと浜口の顔を撫でる。
「あ…う、うん」
「こんなになるまで、やられて、ダサすぎるよね」
フンと鼻で笑う。
「え?」
「弱いくせに、格好付けるなって感じ」
指で浜口の鼻をピンと弾く。
「愛ちゃん!」
咎める紺野を無視して、スクッと立ち上がる高橋は
「でも…少し格好良かったよ」
と、浜口を見下ろす。
「…え?」
「少し、見直したかも」
ポンポンとスカートの裾を払いながら言う。
「え?え?」
「少し、好きになったかも」
浜口を見る高橋の顔は微笑んでいた。
「え?え?え?」
何故か動揺する紺野。
その時、ウ〜ンと唸りながら浜口が意識を取り戻した。
「気付いたみたいね」
「ま、優君!」
「…おぉ、紺野…アイツ等は…?」
意識がぼやけていても、紺野の身が気がかりな浜口。
「浜口君、憶えてないの?」
腰に手を当てた高橋がヤレヤレと呆れたように聞く。
「あれ?…愛ちゃん…なんでココに?」
「浜口君が、アイツ等をボコボコにやっつけたんだよ」
悪びれていても、高橋は浜口に花を持たせたかった。
「…は、ほんまか?」
「本当よ、格好良かったんだから。ねえ、あさ美ちゃん?」
高橋は紺野にウィンクして、話しを合わせろと合図を送る。
「う、うん。格好良かったよ、優君」
合わせた紺野の言葉は嘘ではない。
「…そっかぁ、無意識の俺は無敵やな…良かったな紺野…」
そう言いながら、浜口がまた意識を無くす。
スヤスヤと笑うように目を閉じる所を見ると今度は眠ったようだ。
「ハハ…バカ」
「本当…バカ」
紺野と高橋は顔を見合わせてクスッと笑った。
その紺野の顔が、何かに気付きハッとなる。
「愛ちゃん…もしかして、最初から見てたの?」
ニーッと歯を見せて笑う高橋は、
上空を舞う式神のカラスを呼び戻し、魔法陣の紙に戻しながら、
「私は帰るから、あさ美ちゃん達も遅れないで来てね。
また、夕食抜きになっちゃうよ」
そう言いながら、夕日の中に走って消えていった。
浜口の意識が回復するのを待って、タクシーで浪速旅館に戻ったのは
夜の7時をまわっていた頃だった。
玄関には仁王立ちの江頭が待っていたが、
浜口の姿を見ると、慌てて警察に連絡すると騒ぎ出した。
警察に連絡されると困るのは紺野の方だ。
不良達は今頃、死んでるかもしれないのだ。
だから、自分が不良達に絡まれている所を
浜口に助けられて、相手も相当の怪我をした筈だから
警察沙汰にはしないでと、懇願して、その通りになった。
罰として、またしても浜口だけ夕食は抜きになった。
そして、看病の為、包帯を巻く為、紺野は夕食の時間を抜け出して
浜口が寝ている、辻班男子の部屋に入った。
上半身裸の浜口は全身痣だらけで、
よく骨折しなかったと少しホッとした。
「はい、これで良しっと」
ペンと背中を叩かれて包帯だらけの浜口は「痛てててて」と仰け反る。
「フフ‥散々な修学旅行でしたね」
「ほんまや」
クスクスと二人で笑うが、笑うのも一苦労の浜口は
またしても「痛てててて」と布団の中で仰け反った。
「もう、ちゃんと寝てください」
「…すまん」
「格好良かったよ…」
頬を染める紺野。
「…失敗した」
「…?」
「感覚が全然あらへん…」
顔が腫れ上がって感覚が麻痺している浜口には、
紺野の唇の感触は得られなかった。
「残念でした」
ペロッと舌を出して照れ笑いの紺野は
「エヘヘ」と笑って、部屋を出た。
「ほんま、ついてへんわ…」
そう言って、自分の唇を触る浜口…
紺野のお守りは、確実に効いている…
フニャフニャ笑いの形を作る 浜口の唇が、そう物語っていた…
今日はココまでです。やっと修学旅行編が(;´Д`)オワタ
誰かのリクエストに答えて紺野とハマグチェのその後を書いたが
こんなに長くなるとは思わなかったぜ。
ちゅうことで次回からは殺戮が始まります。 では。