――― 23話 修学旅行2日目 ―――
「おい、浜口、朝食はどないすんねん?」
「…朝は、ええわ」
布団を被ったままの浜口が、心配して聞く矢部に、気だるそうに答える。
「なんや、まだ腹痛いんか?」
「…すまん」
昨日、鹿センベイを調子に乗って食べた
浜口の体調は戻らず、朝食を取らずに京都観光に向かう。
そして、事件は清水寺で起きた。
「おお、これが清水の舞台か!」
「あんま大した事あらへんな」
「ほんまや、落ちても大丈夫やろ」
「アホ。落ちたら死ぬわ!」
高さ13メートルの清水の舞台でワイワイ騒ぐ、ハンサム軍団。
「優君、危ないですよ」
「大丈夫や」
心配する紺野を余所(よそ)に、
またしても調子に乗った浜口が手すりから身を乗り出して、
手をかざして風景を眺めた。
昼近くになって腹痛が治った浜口は、
昨日の夜から何も食べてない事を忘れてしまって、
自分の体力が落ちている事に気付いていない。
「危ないから、はしゃがないで下さい」
「大丈夫やって、紺野」
身を乗り出しすぎた所で、クラッときた。
「わぁあ!」
バランスを崩した浜口は、清水の舞台から落ちた。
「わっ!優君!」
「バカ!浜口!」
「ぐっちょん!」
「はまぐちぇ!」
身を乗り出して、転落する浜口を見る辻班。
その、辻班を飛び越えて清水の舞台から飛び込む、もう一人の影。
「なんや!」
「あれは!」
「鳥だ!」
「弾丸や!」
「いや、飯田さんや!」
高さ13メートルの懸崖に縦横に柱を組んで張り出した
通称『地獄止め』 を蹴って、落下する浜口に追い着いた飯田は、
浜口を抱きしめて、身を捩(よじ)って自分の背中を地面に向けた。
ドンと落ちた地面から1メートル程バウンドして、バタリと大の字になる飯田。
「…ぁゎゎゎゎ」
飯田をクッションにして助かった浜口は、
ピクリとも動かない飯田を呆然と見ている。
「わっ!」
その飯田の指がピクッと動いた。
「わわわわ!」
パチリと目を開け、ムクリと起きる飯田。
「大丈夫だった?」
平然と立ち上がった飯田は、土埃を落としながら浜口に聞く。
「そ…それは、こっちが聞きたいがな…」
浜口の腰がヘナヘナと抜け落ちた。
「ありゃ?」
飯田が見上げると、江頭をはじめとする朝娘中学の教師達と生徒達が
舞台の手摺りから身を乗り出して、こちらを見ている。
その顔は全員、顔面蒼白になっていて、アングリと口を開けていた。
飯田は照れ笑いで「大丈夫だよ」と、手を振ったが、
江頭は、そのまま泡を吹いて ぶっ倒れた。
「ババババババッカモ〜〜〜ン!!迷惑ばかりかけやがって!!」
昼飯を取るために移動するバスの車内で、江頭のカミナリがバリバリと落ちる。
「浜口!オマエは今日の昼食と夕食は抜きだ!!」
落ちたカミナリは浜口の空きっ腹に響いた。
「こ、紺野ぉ…」
紺野をすがる様に見た浜口は、プイッとソッポを向かれて、ガックリと肩を落とした。
「ぷっ、ありゃ完全に振られたな」
「最初っから見込みなんて、あらへんとちゃうの」
「さすが、HAMAGUCHEの異名を取るだけあるぜ」
クスクス笑うハンサム軍団。
「オマエ達も連帯責任で、今日の昼飯は抜きだ!」
江頭はハンサム軍団をギロリと睨み付ける。
「げっ!」
「ウソやん!」
それを見て、クスクス笑う辻、加護、高橋。
「何笑ってる!辻班全員だ!」
江頭は腕組みをして辻達を睨んだ。
「えっ!」
「ウソ!」
「…」
目が点になる辻達。
「…す、すまん…」
消え入りそうに謝る浜口を、辻班全員が睨み付けた…
「のんちゃん達、来てないね」
昼飯処のレストハウスで極上ステーキ定食を食べながら、
朝娘中学の団体を横目で見る飯田は、辻達を探した。
「さっきの件で怒られたんじゃないですか?」
麻琴がモリモリとステーキを口に運びながら、
キョロキョロと探す振り。
小川麻琴は、昨日と今日で、すっかりと元気を取り戻していた。
「まぁ何処かで食べてるんだろう、こっちはこっちで楽しもうぜ」
「はい」
ニッと笑う飯田は、更に松坂牛ステーキを追加注文した。
昼食を終えてバスに乗り込む朝娘中学の生徒達。
辻達のバスの後ろに付いて発進する飯田のコルベット。
後部座席に陣取るハンサム軍団が窓をドンドン叩いた。
「うん?なんだアイツ等。泣いてるんじゃないか?」
前を走るバスの後ろの窓を叩く加藤と矢部と有野は
涙目で何かを訴えているように見える。
「きっと、飯田さんを見て嬉し泣きしてるんでしょう」
辻と加護も加藤達の間に割り込んで、
窓を叩いて何かを訴えている。
「あぁそうか。浜口って生徒を助けたから、
ありがとうって言ってるんだな」
昼食時間、罰としてバスに閉じ込められた辻班が、
昼飯抜きになったと、必死に訴えている事を知らない飯田と麻琴は、
「おーい!」と笑顔で手を振って答えた。
結局、浜口のせいで、その日の辻班の行動は教師達の監視付きになり、
二日目の班行動は自由も無く、重苦しい物となってしまい、
浜口の辻班での立場は、益々惨めな物となってしまった。
宿に帰り、夕食時間を一人、部屋で反省する浜口。
コンコンとノック。
「…誰や?」
黙って部屋に入ってきた紺野の手には、
皿に乗ったオニギリが2ヶとタクワンが3切れ。
浜口を不憫に思った紺野は、皆に内緒で、
オニギリを握って持ってきたのだ。
「こ、紺野…」
「みんな には内緒ですよ」
浜口は、修学旅行の前日に家で食べた夕食から今の時間まで、
鹿センベイとポテチ以外何も食べていなかった。
約二日ぶりに食べた、米は腹にしみる。
「美味い…美味すぎるで…」
何故か涙が出てきた。
「あまり心配させないで下さい」
微笑み交じりに溜め息をつく紺野の顔。
ウンウンと噛み締めるように頷く浜口は、
自分の顔が真っ赤になっている事に気付いていない。
「…じゃあ」
皿を持って部屋を出る紺野を見送った
浜口は「うしっ!」と小さくガッツポーズを作った。
「浜口、オマエ何ニヤついてんねん。腹立つわ!」
夕食を終えて、ゾロゾロと帰ってきたハンサム軍団は
妙にニヤニヤしている浜口に気付いた。
「な、なんでもあらへんがな。さ、風呂行こうや」
バンバンと矢部の肩を叩いて、
「ハッハッハ」と高笑いで部屋を出て行く浜口。
「なんや?アイツ?」
矢部が加藤と顔を見合わせて、「解からん」と首を振った。
夜…ハンサム軍団は、何もする事が無く、そそくさと布団を敷き
ゴロリと横になってダベっている。
監視対象になった矢部達の部屋の前には、
江頭が椅子を持ってきて陣取り、見張っているのだ。
「ちっ、ついてねえなぁ!」
ブツブツ文句を垂れる加藤。
「…お、俺、明日の自由行動に掛けるわ」
横になった有野が、天井を見ながら呟いた。
三日目の大坂は、午後の3時から3時間の自由行動が有る。
「何を掛けるんや?」と矢部。
「か、加護を誘ってみようと思う…」
「は?」
「…ちょ、ちょっと ええなぁと思うてんねん…」
有野は真っ赤になっている。
「オマエ…ハハ‥まぁ、頑張れや。
…そうかぁ、じゃあ俺はスーパーアイドル愛ちゃんでも誘ってみようかな」
そう言って、矢部はタバコを取り出して立ち上がり、
火を点けて紫煙を窓から外に吐き出す。
「よしっ、ほなら俺は紺野を誘うで!」
自信有り気な浜口。
「オマエは無理ちゃう?」
突っ込む有野も、何故か自信有り気だ。
「ほっとけ」
先程の紺野との出来事は、浜口に余裕を持たせた。
「待て待て待て…って事はよ、有野は加護だろ。浜口は紺野。
真治は麻琴って娘で、矢部は愛ちゃん…」
指折り、人数を数える加藤は、
「よっしゃ!」と笑顔でガッツポーズ。
「なんやねん?」
矢部がタバコを吸い終わり、戻ってきた。
「俺は飯田さんって事だよな?な?」
ニヤニヤと一人で納得する。
「イヤッホウ!なんか楽しくなってきたぜ!」
加藤は嬉しくて、布団の中で手足をバタつかせた。
「辻は どないすんねん?」と呆れ顔の矢部。
「あんなガキみたいなのは、ほっとけって!」
加藤の笑い声がゲラゲラと響く京都の夜…
修学旅行最終日は、波乱を含んだ旅になりそうだった…