――― 21話 修学旅行前夜 ―――
「お前等、好きな者同士で班決めをしろ」
ホームルームの時間、江頭の言葉でワイワイと気の会う者同士で
修学旅行の班を作る。
「うち等はいつも一緒やけど…」
加護、辻、紺野の3人は高橋を誘った。
「愛ちゃんも入るか?」
「…入ってもいいけど」
これで4人…
後は男子のグループと組むだけだ。
「おい、俺等と組むか?」
矢部がハンサム軍団を率いて加護に話しかけた。
「…まぁ、ええけど」
「よっしゃ、決まりや」
何故か浜口がガッツポーズ。
40名のクラスは其々小さなグループを作ったが、
加護達はハンサム軍団を入れて、計9人の大所帯になった。
「よーし、決まったな。じゃあ班長と副班長を決めるんだ」
江頭に言われて、其々グループごとに机を並べて、班長を決める。
「はいはいはい!のの が班長さんをやるのです!」
辻が張り切って手を上げる。
「ええ!辻ぃ、オマエで大丈夫か?」
加藤が、不安気に突っ込む。
矢部の方が班長に向いてると思ったからだが、
「大丈夫なのです!」
との辻の一言と、
「じゃあ、私が副班長しますから」
と紺野がサポート役の副班長に名乗り出た事で、皆が安心した。
「よし、決まりやな。紺野、ほんま頼むでぇ」
矢部に肩を叩かれて、ハイと頷く紺野。
「班長さんは偉いのです、みんな、のの の言う事を聞くのです」
「おい辻、班長って何をするのか知ってるのか?」
加藤の脳裏に、また不安がよぎる。
「知らないけど、大丈夫なのです」
「……ハァ…」
と、長い溜め息。
「加藤さん、大丈夫です。私がしっかりとサポートします」
グッと拳を握ってみせる、紺野の瞳は燃えている。
「本当に、本当に頼むぞ!紺野!」
紺野の手を取ってギュッと握った加藤の瞳は、
すがる様に涙目になっていた。
「じゃあ、辻さん、みんなの意見を聞いて、二日目の班行動を決めてください」
「うん?」
「だから、二日目の午後3時から、班ごとに見学する場所を決めるんです」
「そうなの?」
「…はい、旅のしおりに班ごとの予定を書いて、先生の許可を頂くんです」
「あーい」
「…」
紺野の仕切りに、班員が涙ながらに頷く。
大変だが、頑張ってくれ…と、その涙は語っていた。
「じゃあ、みんな何処に行きたいのか言って下さいです」
「俺は、京都タワーに上りたいな」
「うちは絶対嵐山に行くでぇ」
「うんじゃ、俺は手塚治虫ワールドだな」
「私は、京都市動物園」
「俺は風俗博物館や」
其々、勝手な事を言う班員の希望をメモに取りながら、
「後は、のの の甘味処の店を入れて…」
と、全員の希望をしおりに書き込んで
「できたー!」
と、教壇の椅子に座っている江頭に見せに行く。
「オマエ、2時間で全部行けるか?やり直しだ!」
江頭に怒られて、スゴスゴと帰ってくる。
辻がチョイチョイと手招きして、紺野を教室の隅に呼び出す。
「…ダメだったのです」
「当たり前です。全部回ったら一日かかります。
みんなの意見を聞いて、みんなが納得できるように
まとめるのが班長の仕事です」
「う〜〜、だって、全員の希望を叶えたいのです」
ヒソヒソと話す、辻と紺野を
大丈夫かよ と、呆れ顔の班員達。
「…なんとか削れる所を削りましょう」
「……わかったのです」
そうは言ったものの、辻では意見をまとめる事ができず、
宿題となってしまった。
放課後…
「私の意見は譲らないわよ。
あ、後、嵐山モンキーパークも追加しててね」
そう言って、高橋はバイバーイと手を振って、
迎えに来たマネージャーの車に乗り込んだ。
「…アイツ、業とイジワルで言ってんな」
加護が腕を組んで、ベーっと舌を出した。
「なんとかなるのです」
辻はアッケラカンとしたものだ。
「……ハァ」
紺野は思い詰めたように溜め息をついた。
MAHO堂の手伝い中も、ふさぎ勝ちな紺野を心配して
「考え過ぎも あかんでぇ、もっと気楽にしぃ」
と、声を掛ける加護にも
「…はい、ありがとう」
と返す声は重い。
そんな紺野の心配事も知らない辻は
鼻歌で楽しく仕事中だ。
「のの!ののも、ちゃんと考えなきゃ あかんでぇ、班長やろ」
紺野を不憫に思ったのか、加護が怒る。
「あさ美ちゃんは考え過ぎなのです。
ダメだったら、ヤベッチ達の意見をバーッと削るのです」
「のの!あのなぁ!」
ツカツカと詰め寄る加護の肩を紺野の手が押さえて止めた。
「…辻さんの言う事も、一理あります。
私が心配性すぎるのかもしれません。
全部回るのは無理なんだから、私達の行く所と、
矢部さん達の行く所を一ヶ所づつに絞ってもらおうと思ってます」
「…う、うん。それが、ええかもな」
「じゃあ、とりあえず私達が行く所を決めましょう」
「ののは、食べる所が有ればいいのです」
辻がハイハイと手を上げて入ってきた。
最初に自分の行きたい所を引っ込めた辻は、
自分なりに心配はしているのだろう…
「あと、愛ちゃんの意見は無視して構わないのです」
「ああ、それは大賛成やな」
「でも、愛ちゃんの意見も聞かないと…」
「ええねん、アイツはイジワルで言うてんねんから」
「…じゃあ、こうしましょう。愛ちゃんの行きたいモンキーパークは
嵐山にありますので、加護さんの行きたい嵐山と一緒です」
「…まぁ、ええやろ」
「それで、決まりなのです」
「…よかった」
初めて、紺野がニコリと笑った。
夜…
高橋が住んでいる石黒音楽事務所の呼び鈴が鳴った。
「はいはい、どなたですか?」
石黒が出ると、紺野はペコリと頭を下げた。
「なぁんだ…師匠の所の魔女見習いか…なんか用?」
「あの、愛ちゃんいますか?」
「うん?愛?…いるよ、ちょっと待ってて」
そう言って、石黒は面倒臭そうに頭を
掻きながらも、高橋を呼んでくれた。
「…なんの用?私、眠いんだけど」
パジャマ姿のまま出てきた高橋は、もっと面倒臭そうだ。
「ちょっと、話しが…」
紺野は、さっき決めた予定を高橋に話す。
「…だから、愛ちゃんの意見も入ってるから…」
「あ〜、もう分かったわよ」
壁に寄りかかって黙って聞いていた高橋が、眠そうに話しを遮る。
「…でも」
「別に、私の意見なんか無視して良かったのに…
ちょっと意地悪で言ってみただけだから」
そう言って、紺野をチラと見た高橋は少しニコリと笑った。
「でも、わざわざ言いに来てくれたんだ…電話でも良かったのに」
「…ちゃんと直接言ったほうが良いと思って」
「……」
「じゃあ」
そう言って、寂しそうに背を向ける紺野の背中に高橋の声。
「ありがと。嬉しかったよ。あさ美ちゃんって優しいんだね」
振り返る紺野に向かって、高橋はバイバイと手を振った。
「また、明日ね〜!」
「う、うん!」
帰り道を歩く、紺野の表情は晴れやかだった。
「あ〜、もう、面倒臭いのです」
帰宅した辻は、そのまま飯田の家に転がり込み、
ソファに寝転がって手足をバタつかせた。
「班長なんて、やらなければよかったのです」
「ハハ‥でも、楽しみなんだろう?」
旅のしおりをペラペラめくりながら飯田が笑った。
「へへへ、実はそうなのです」
「…羨ましい」
ちょっぴり寂しそうな小川。
小川麻琴は、小川神社の事件以来、
飯田の家に居候させてもらっている。
そして、週に一回ぐらいしか帰宅しなかった飯田も、
小川を心配して、毎日ちゃんと帰るようになっていた。
「麻琴ちゃんは学校に行ってないんですか?」
「うん、小学校卒業してから、行ってない。
修行がきついし、それに、勉強は直也お兄様がみてくれたから」
「…そうなんですか」
少し、しんみりとした雰囲気。
「じゃあ、のの達の学校に入ればいいのです。
そうすれば、修学旅行にも一緒に行けるのです」
「入るのはいいけど、修学旅行は無理だろ」
ハハハと突っ込む飯田。
その飯田が、ハッと何事かを思いついた。
「でも、一緒に行く事は出来るな」
「行ける訳ないのです」
「行けるよ〜」
そう言いながら、飯田はニーッと笑い、
辻の脇腹をコチョコチョと、くすぐり始めた。
「ニャハハハハハ、止めるのです。キャハハハハくすぐったいのです」
「ほら、麻琴ちゃんも、のんちゃんをくすぐるんだ」
調子に乗った飯田が小川を煽る。
ゲラゲラと笑う辻の声が、貧乏長屋に響いた…
翌日から、副班長の紺野が行動を起した。
意見がバラバラなハンサム軍団を説き伏せ、
自分が決めた予定を無理矢理ねじ込んだ。
そして夜、一人一人の家を回って、頭を下げる。
「なんやねん、わざわざ、来てくれたんか?」
「だって、みんな我がままなんだもん」
最初に行った、浜口の家…
「よっしゃ、俺も手伝ったるわ」
「本当?」
「ああ、もちろんや…それに夜やしな、女の子の一人歩きは危険やで」
「ありがとう、優君…」
紺野の笑顔に、照れる浜口…
「ハハ‥、じゃあ最初は矢部の家に行こうか」
「うん」
紺野の行動にハンサム軍団達は、驚き、恐縮して、素直に納得した。
その紺野が、修学旅行の前々日、熱を出して学校を休んだ。
心配した辻班が全員で、放課後、紺野を見舞いに行く。
紺野は自室のベッドで寝込んでいた。
「なんやねん、旅行は明後日やで」
「大丈夫かいな?」
紺野の青白い顔を見てハラハラする、浜口と有野。
「うん、大丈夫。ちょっと疲れただけ…」
コホンコホンと咳をする紺野が、皆に ある物を手渡した。
それは、一人一人、名前が入ったお守りだった。
「…昨日、徹夜で作ったんです。
良い事がありますように…って、
いっぱい思い出ができますように…って」
手渡されたお守りを見る皆は言葉が無い…
バラバラな辻班をまとめる為に、一人走り回り、
楽しい旅行にする為に、心を砕き、
全員の安全を祈って、徹夜でお守りを作り…
頑張った代償が、今の紺野の姿だった。
「…私のも ある…」
高橋が、自分宛てのお守りをギュッと握った。
「て、徹夜なんて、するなよ」
目が真っ赤になった加藤は、鼻をすする。
「そうやで、そんなんで旅行、行けへんようになったら…切ないやんけ…」
矢部も涙声だ。
「…うん、ごめんね…でも、作りたかったの」
この中学に編入する前までの十数年、人の温もりを知らずに育った少女は
今までの青春を取り戻すように、一生懸命に生きている。
「紺野…」
「あさ美ちゃん…」
浜口と加護はエグエグッと喉を鳴らして俯(うつむ)き、すすり泣いている。
ウエーンと辻が紺野に抱きついた。
「ごめんなしゃい。班長は ののなのに…」
「…大丈夫です。今日と明日、グッスリ眠れば治ります」
「ほ、本当ですか?」
ウンと頷く紺野。
「紺野…絶対来いよ」
普段は無口な武田が、口を開いた。
「班長が頼りない俺等は、副班長のオマエが頼りなんだからな」
怒ったように言うと、武田は部屋を出て行く。
それに釣られる様に、紺野に声を掛けて部屋を後にする辻班…
「…あさ美ちゃん…ありがと…」
最後に手を振りながら部屋を出た高橋の瞳に、
光る物を見た紺野は、こぶしをギュッと握って俯(うつむ)いた…
「みなさん…お見舞いに来てくれて、ありがとう…」
…楽しい修学旅行になりますように…
――― 22話 修学旅行初日 ―――
早朝、高速道路を180キロオーバーで飛ばす、黄色と黒のツートンのコルベット。
「怖い怖い怖い!」
目を見開き絶叫するのは、助手席に乗った小川麻琴だ。
「なに言ってんの!あっちは新幹線なんだから、
もっとかっ飛ばすわよ!」
飯田圭織は、更にアクセルを踏み込む。
ギアチェンジしてアクセルを踏み込むたびにグンとGが掛かり、
そのつど、麻琴は仰け反り悲鳴を上げる。
「大丈夫だって、この車は特注だから、事故っても死なないって」
「死ぬ死なないの問題じゃないよ!」
ギャーギャー騒ぐ麻琴の膝には、辻が作った旅のしおりが揺れていた。
奈良公園に着いた飯田と麻琴は、さっそく辻達を探す。
「しおりには、11時半に奈良公園って書いてるけどなぁ」
「広いですからね…」
鹿がウヨウヨ歩く公園内をキョロキョロ見渡していると、
そこに修学旅行生の団体がゾロゾロとやってきた。
「来た来た、あの制服だよ」
コソコソと隠れながら近付き、生徒達の一番後ろに並んだ。
「いいかぁ!ここで昼食を取って、12時30分には次の場所に行くからな!」
裸の上半身にジャケットだけ羽織った江頭が、拡声器で指示していた。
「では、他の人に迷惑をかけないように!」
バラける団体の中に辻達を見つけた飯田は、コッソリと近付き、
辻の背中から抱きつき、「ワッ!」と声を出した。
「わぁぁああ!ビックリしたのです!…って、あれ?飯田さん!」
ニヒヒーと笑ってピースサインをする飯田と、ペコリと頭を下げる麻琴。
「麻琴ちゃんも!どうしたんです?」
「あんた等、何しに来たん?」
「…言葉もありませんね」
驚く、辻、加護、紺野に「着いてきちゃった」と、飯田。
「え〜〜!」
「私達も、のんちゃん達に混ぜてよ」
ニッと歯を見せた飯田が、辻班の男子達と高橋に「よろしくね」とウィンクする。
「だ、誰やねん、辻…」
矢部は、どんな取り合わせなんだと、革ジャンの飯田と巫女姿の麻琴を見比べる。
「紹介するのです。飯田さんと小川麻琴ちゃんなのです。
飯田さんは刑事で、麻琴ちゃんは巫女さんなのです」
「い、いや…オマエ達と、どんな関係やねん?」
「お友達なのです」
「…そ、そうか」
いまいち納得できないが、女子が増える事はいいことだ。
特に、美人の飯田は、加藤のハートをズキュンと射抜いた。
「いやいや、いいんじゃないの、いいんじゃないの?なぁ、真治」
加藤に肩をポンと叩かれた武田は、呆然と麻琴を見ていた。
そして、ハッと武田に気付いた麻琴もビックリしたように目を開く。
「…た、武田君?」
「…麻琴か?」
見詰め合う2人…
只ならぬ雰囲気の2人に、「うん?」と一瞬固まる皆。
「知り合いなの?」
「は、はい」
飯田に聞かれてハッとした麻琴は、少し頬を染めた。
「…武田君は、去年まで小川流拳法の門下生でした。
3年生になって、受験勉強のために辞めましたけど」
「そうか…」
飯田は麻琴の背中をポンと叩いた。
「2人で、お昼 食べてきな。つもる話しもあるだろ?」
「…で、でも」
「いいから、いいから」
飯田に背中を押されて、歩き出す2人…
見送る飯田の瞳は、遠くを見ているようだった。
「さ、私達はグループで仲良く食べようね」
辻班に向き直り、仕切りだす飯田。
「で、でも、あいつ等!」
いきなりの展開に、口を尖らせる加藤。
なんか雰囲気の良い2人に、少し嫉妬を覚えたのだ。
「君、名前は?」
「か、加藤です」
「じゃあ、加藤君、お姉さんと一緒に食べようねぇ」
飯田にニコッと微笑まれた加藤はフニャ〜と相好を崩した。
「あぁぁあああ!!」
バックを開けた浜口が叫ぶ。
「どうしたんです?」
怪訝そうな紺野。
「弁当…忘れた…」
ガックリと項垂れる。
初日のお昼は自宅から持ってきた弁当を
公園内で食べる事になっていたのだ。
「しょうがないですねぇ…じゃあ、私のを半分あげます」
「…こ、紺野ぉ…」
浜口にとって紺野は、正に女神様だ。
弁当を忘れた事を神に感謝する浜口は、
「じゃあ、俺、ジュース買ってくるわ。ちょい待っててや」
そう言って、売店に駆け出した。
「アホやで、アイツ」
首を振りつつ加護が溜め息を付いたが、
もっと、アホな事が起こった。
売店からニコニコしながら帰ってきた浜口が、
煎餅(せんべい)をポリポリ食べてた来たからだ。
「美味いなぁ、この鹿センベイって。味が濃いねん」
全員、ブッと噴き出す。
「ほんまもんのアホや…」
ポカーンと口を開ける矢部。
「鹿センベイを食べる人には、お弁当は分けません」
プイッと横を向く紺野に、「なんでや!」と、浜口は頭を抱えた。
「武田君…元気だった?」
「…ああ、麻琴は?」
「う、うん」
「龍拳様は、御健在か?」
「……」
「?…どうした?」
「…」
大樹の影の木漏れ日の中、麻琴を見た武田は焦る。
俯(うつむ)いた麻琴はポロポロと涙を流していたのだ。
「おい…まさか?」
立ち尽くす武田の胸に、麻琴の額がチョコンと当たった。
「…暫らく、このままでいさせて…」
「……」
武田は、そっと麻琴の頭を抱きしめた…
「あっ!あいつ等!」
公園内を見回りしていた江頭が、武田が巫女を抱きしめているのを見つけた。
注意しようと踏み出す江頭の襟を、後ろから誰かが掴んで止めた。
「貴方、江頭先生ね?」
「だ、誰だね君は?」
「…あの巫女姿の少女の…姉のような者よ」
江頭が飯田の手を振り解こうとするが、万力の力でビクともしない。
「あの2人…少し見守ってあげてよ」
「何言ってるんだ!離しなさい!」
飯田がパッと手を離した拍子で、江頭は尻餅をついた。
尻餅を付いたままの江頭に向かい、しゃがんで顔を近づけた飯田は
ニーッと笑いながら、胸元から警察手帳を取り出して見せる。
「貴方の生徒の、辻希美の親戚みたいな者でもあるの」
「…辻の?」
「そう、だから、修学旅行に勝手に着いて行くわよ」
「な〜に、言ってんだ!ダメだ、ダメだ!」
「邪魔はしないわ、勝手に後を着いて行くだけだから。
ただ、私達と辻希美達が一緒に行動しても、
見て見ぬ振りをして欲しいだけよ」
「ダメ、ダメ!そんな事は許されないし、
現に今、あの2人は抱き合ってるじゃないか!」
フと目付きが変わる飯田。
「…おい江頭。アンタ授業中に裸になってるんだってな」
口調も変わった飯田は、江頭のジャケットを掴んでシゲシゲと見る。
「…今もジャケットの下は裸だしな」
「が、学校公認だ…」
「公然ワイセツ罪」
「校長も公認してる…」
「知らないね」
「……」
「逮捕…しようかなぁ」
プツプツと薄い額から汗の球が浮き出た、江頭の喉がゴクリと鳴った。
「…あっ!用事を思い出した!」
急に立ち上がった江頭は、薄ら笑いを浮かべて、その場を立ち去る。
逃げるように消えていく江頭に、バイバーイと小さく手を振って、
飯田は、ベンチに腰を下ろした麻琴と武田を遠くから見守る。
何を話しているのかは分からないが、
武田が俯(うつむ)き、首を振っている所を見れば察しがつく。
麻琴は多分、あの武田という少年が好きなんだろう…
どうなるかは分からないが、この旅行が終わる頃には
麻琴には立ち直って欲しい…
その為に連れて来たんだから…
「飯田さん!時間なのです!」
班長の辻が、ケタケタ笑いながら飯田に駆け寄ってきた…
次の目的地、法隆寺に向かう朝娘市中学校のバスを追いかける飯田のコルベット。
二車線の所で、辻達のバスに並んでクラクションを鳴らして、
コンバーチブルスイッチを押す。
メタルトップの電動コンバーチブルが開き、オープンカーに変身した
コルベットは、飯田と麻琴の髪をなびかせた。
「おーい!のんちゃーん!」
バスの窓に向かって手を振る飯田を見つけた辻達も
「飯田さーん!」と、窓から身を乗り出して手を振る。
「おーい!飯田さーん!」
一番張り切って手を振るのは加藤だ。
江頭が苦々しく飯田を見ていたが、飯田と目が会うと、
不気味な愛想笑いを返す。
「気持ち悪い先生ですね」
「ハハハ、いい先生だよ」
武田との再会が嬉しかったのか、麻琴も楽しそうだ。
3台の朝娘市中学のバスと並行して走るコルベットは
次の目的地に着いた。
五重塔、大宝蔵院、夢殿とゾロゾロと見学する中学生達と一緒に歩く
革ジャンの美女と巫女。
麻琴は法隆寺の巫女と何回も間違えられて、
一般観光客の写真撮影に何度も納まった。
東大寺の金剛力士像、大仏殿、二月堂と回る時も同じだ。
「巫女の格好は失敗しました」
「うん?、俺はそのほうが…」
「え?」
「あ、い、いや、なんでも…」
麻琴と並んで歩く武田が、そこまで言って顔を赤くした。
「ハハ‥青春やなぁ…」
何故か達観したような物言いの矢部。
「アホ…」
その矢部に向かって加護がボソリと呟く。
「飯田さんも、俺等と同じホテルに泊まるのか?」
「そうよ」
イヤッホウと手を上げて喜ぶ加藤。
「私達の部屋は最高級の部屋だから、遊びに来ていいよ」
「いやったぁあ!」
ガッツポーズの加藤。
紺野と高橋は顔を見合わせて、ヤレヤレと溜め息をついた。
初日の予定を終えた一行は、バスで京都に向かった。
京都の『桐堂旅館』という温泉旅館で2泊して、
3泊目が大坂の『浪速旅館』という宿に宿泊して帰省する日程なのだ。
夕方に着いた一行は、思ったより豪華な造りの温泉宿に
「おお!」と歓声を上げて喜んでいる。
飯田は、それを横目に見ながらチェックインの手続きを取った。
飯田の予約した部屋は中庭の離れに有る、一泊7万円の特別室だ。
前金で全額現金で支払った飯田に、麻琴が目をパチパチさせて驚く。
女将自ら案内する部屋は、なんとも豪華なつくりで、
飯田と麻琴2人で使うには広すぎる位だ。
ひとしきり部屋の説明を終えた女将が
「どうぞ、ごゆるりと…」と、深々と頭を下げて出て行くと
「疲れた〜〜」と、飯田がゴロンと大の字になった。
「あの…飯田さん」
「うん?」
「いいんですか?」
「何が?」
「こんな立派な部屋…」
「ああ、心配無用だよ」
「でも、お金がもったいない…」
「…ハハ、金なら経費で、いくらでも落ちるから大丈夫」
「え?」
「私の上司は、朝娘市警察署長ただ一人ってことだよ」
魔人ハンターと言えど、給料は一般警官達と大差はない。
ただ決定的に違う事がある。
どこの部署にも所属しない飯田の直属の上司は署長一人だけだ。
普通の刑事達が領収証を落とすのに、何に使ったかの説明と
課長のハンコが必要なのに対して、
飯田は、署長室に行って「よろしくね」と、領収証を手渡すだけで良かった。
特注のコルベットも、それで買ったし、平家に渡していた何百万単位の
情報料も、それで支払っていたのだ。
「ひぇええ、なんでも有りですね」
「…まあね」
魔人ハンターの棲む世界をちょっぴり知って、
ホウと溜め息をつく麻琴に向かってニコリと微笑む飯田。
「ささ、ひとっ風呂浴びようか?」
飯田は立ち上がりながら服を脱ぎ捨て、
部屋についてる 豪華な檜の内風呂に入っっていった。
部屋で荷物を下ろした辻達は、そのまま大広間に集まった。
もう夕食の用意が出来ていたのだ。
学年担任の先生が宿泊施設での注意事項を話している。
辻はアクビを噛み殺しつつ、周りを見て浜口が居ない事に気が付いた。
「あれ?グッチョンはどうしたんです?」
「腹壊して部屋で寝込んでるよ」
呆れ顔の加藤。
「え?」
「昼に食べた鹿センベイが中(あた)ったんだろ」
「アホやで」
「…優君」
紺野はハ〜〜ッと長い溜め息をついた。
修学旅行の楽しみの一つは皆で食べる夕食だ。
「おかわり」
「はい」
副班長の紺野は、甲斐甲斐(かいがい)しく
御櫃(おひつ)から、ご飯をよそい 皆に手渡している。
「おい、副班長にばかり やらせないで班長もやれや」
矢部に言われて辻がブー垂れる。
「ののは食べる事に忙しいのです。
男子の分はカメラ係の有野君がやればいいのです」
「へ?俺?」
首にカメラを ぶら下げた出番の少ない有野がキョトンとする。
「いいわ、私が男子の分をやってあげる」
そう言って高橋が、ご飯係を買って出た。
「…きょ、恐縮っす」
有野が、恐る恐る茶碗を差し出す。
「フフ」
高橋がクスッと笑って、茶碗を受け取った。
週に半分も学校に来ないアイドルの高橋は、
余り友達も出来ず、教室でも少し浮いた存在になっていた。
その高橋も辻達に少しづつ ほだされて、輪の中に自然と入ってきている。
「旅行って、ええもんやなぁ」
また、物知り顔風の矢部。
「アホ…」
加護がボソリと、また呟いた…
風呂から上がって、女子の部屋に行こうと
辻達の部屋に電話した加藤はガックリと膝を落とした。
辻班の女子達は全員、飯田に呼ばれて出て行って居なかったのだ。
飯田の部屋が、どこに有るのか分からず、
部屋に篭もり、飯田から誘いの電話が掛かってくる事に、
いちるの望みを掛けて座して待つ。
布団をかぶり唸っている浜口をチラリと見て、
「鬱陶しいなぁ、オマエ!」と毒づく。
「鹿センベイなんて5袋も食うからだ、バカ!」
「でも、鹿センベイって人が食っても大丈夫ちゃうんか?」
矢部が、浜口のバッグから、鹿センベイを見つけて取り出した。
「なんやこれ?一袋30円って…
オマエ、これって本当に鹿しか食べられへん、
本物の鹿センベイちゃうんか?」
ビリリと袋を開けて、ウッと咽る。
「うわっ!くさっ!」
袋をよく見たら、「鹿専用、人間は食べられません」との注意書き。
「こんなの食ったら腹壊すでぇ」
「…だって…紺野が…」
お昼の時、鹿センベイをバリバリ食べて帰ってきた浜口に
「鹿センベイを食べる人には、お弁当は分けません」
と、プイッとソッポを向かれた浜口は、
泣きながら その場を逃げ去ったのだ。
「浜口ぃ、オマエ、紺野に振られるな」
矢部に頭をポンと叩かれた浜口の顔は益々青くなっていく。
「オマエの お守りだけ、効かへんのとちゃうんか?」
「…うぅうう」
浜口のバッグに付けられた、紺野の手作りの
お守りが、寂しそうに揺れた。
「それにしてもよ…」
加藤が、部屋のベランダで椅子に座り、物思いに黄昏て
窓の外を見ている武田に近付き、向側の椅子に座る。
「オマエはいいよなぁ。いきなり彼女が出来てよ」
「彼女じゃないよ…」
「いい雰囲気だったじゃねえか?」
「……彼女のお爺様が死んだらしい」
ポツリと呟くように言う。
「…え?」
「彼女のお爺様は、俺の拳法の師匠でもあった…」
「……」
「飯田さんだっけ?
彼女はいい人だよ…
傷ついた麻琴の心を癒すために、辻達に着いてきた…」
「…そうか」
「俺は、この旅行中に、出来る事は何でもするつもりだ…」
「…ああ、頑張れよ」
加藤が、冷蔵庫から缶コーヒーを取り出して、武田に渡した…
飯田の部屋に呼ばれた辻班女子達は、
部屋の豪華さにビックリして開いた口が塞がらない。
「なんや、この部屋!うち等とは、えらい違いやで!」
部屋の中央の大きな座卓には、食べきれない程のご馳走が並び、
でかい船盛に箸を伸ばしていた飯田が、
「あんた達も、食うのを手伝って」
と、手酌で日本酒を空けていた。
「あーい、いっぱい食うのです」
辻が早速 箸を持って刺身に飛びつく。
「辻さん、さっき あんなに食べたのに…」
「アレとコレは別腹なのです」
「別腹の意味、ちゃうやろ」
「あの…私も混ざって良かったんですか?」
少し恐縮気味の高橋。
「ああ、全然構わないよ…って、アレ?どっかで見た顔だな」
「アイドルの高橋愛ちゃんなのです」
辻の紹介にペコリと頭を下げる。
「おお!そっかそっか!魔女の社長の所の娘か」
ポンと手を打って納得の飯田。
「え?…社長の事、知ってるんですか?」
「あ…うん、まあな。ちょっとした因縁ってヤツね」
訳有り顔でニヤリとする。
「……?」
「まぁ、そんな事より、ゆっくりしていきな」
そう言いながら、飯田は何本目かの徳利を空けた。
「うわぁぁあ!凄いですよ!みんな来て見てください!」
紺野が縁側に立って、皆を手招きして呼ぶ。
「なんや、なんや?」
「なんなのです?」
ゾロゾロと縁側に集まった辻達が「わぁ!」と歓声を上げた。
景色が絶品な日本庭園の中庭の向こうに見える、
緩やかな山並みの斜面に揺らめく大文字焼きが、
幻想的な夜景を醸し出している。
「すご〜〜い」
「綺麗やなぁ…」
其々に感嘆の溜め息を付く辻班と麻琴…
嬉しそうな、幸せそうな、麻琴の顔を見て、
飯田は目を細めた。
小川神社の事件を解決すると飯田は約束した。
だが、どうやって解決したら良いのか、方法が まったく思いつかない…
飯田が乗り込めば、小川直也と殺し合いになるのは目に見えていた。
それは絶対に避けたかった。
麻琴は自分の本当の妹であり、直也は血を分けた兄であった。
自分が『オニ子』である事を打ち明ける事も考えたが、
そうする事は飯田自身が、心のどこかで完全に拒否している。
今まで、相手を殺す事でしか、事件を解決した事が無い飯田には
事件解決への糸口さえ見出せないでいるのだ。
その前に…
傷心の麻琴を何とかしたかった。
「わぁ!火が飛んで『犬』の字になったのです!」
「ほんまや!」
「これでは『犬文字焼き』ですね」
大の字が犬の字になるハプニングに
腹を抱えてケタケタ笑う娘達…
友達か…
私では無理だな…
麻琴の こんな笑顔、見た事が無い…
自分を本当の姉と知らない麻琴の笑顔は、
飯田には、眩しく、切なく、胸が締め付けられそうになる。
旅行が終わったら、辻達の中学に転入させよう…
友達は絶対必要だよ…
「飯田さんも、こっちに来てください!」
手を振って飯田を呼ぶ、麻琴の笑顔に「ああ」と答える飯田は、
何故か泣きそうになるのを必死に我慢した。
翌朝…
午前5時に飯田の部屋の電話が鳴った。
「…はい」
電話に出たのは麻琴だ。
『中庭に来てくれ』
声の主の武田は、そう伝えると電話を切る。
(麻琴は武田だけに、自分の部屋番号を教えていたのだ)
麻琴が着替えて中庭に出ると、
ジャージ姿の武田が、一汗掻き終わっていた所だった。
「稽古するぞ」
そう言って、武田はスッと両手を前に突き出し
小川流拳法の基本形を構える。
「…うん」
流れるような小川流拳法の演舞を、同じ動きで演じる2人…
チュンチュンとスズメが鳴く中庭で、
朝日に照らされた2人の拳音が、ピシリと響いた…
今日はココまでです。次回も続く修学旅行編は更に盛り上げる予定です。
投票スレでメチャクチャ褒めてくれた人がいました。
嬉しかったですが、褒めすぎだろうと、恥ずかしかったです。
恐縮です。頑張ります。アリガトウ。 では。