狼から来ました

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581ハナゲ ◆hANagEBvfs


「始めぃ!」

龍拳の開始の言葉に、スッと構える麻琴。

飯田は片手を上げて試合を止めた。

「言っておきたい事が有る」

「なんでしょうか?」

「私は寸止めするが、麻琴ちゃんはフルコンタクトで突いてくれ」

「なっ?」

「それと試合の決着は、どちらかが参ったと言うまで…で、どう?」

「…腕に自信が有るようですけど、失礼ですが流派は?」

「我流…」

そう言いながら、飯田はポケットから警察手帳を取り出した。

「魔人ハンター…こう言えば納得して貰える?」

「……」
582ハナゲ ◆hANagEBvfs :04/03/03 01:17 ID:/8OhyPFp

魔人ハンターの噂は知っている。
朝娘市警察の中でも『魔人ハンター』は3人しかいない。
一人は『妖人』、一人は『銃人』、
そして一人は、武器を使わず、人間を超越した肉体だけで敵を粉砕する『超人』…
沸々と湧き上がるように、体から漏れる『気』で解かる。
目の前に立つ飯田圭織は、多分、いや絶対その超人だ。

小川麻琴は祖父龍拳を見た。
黙って頷く龍拳。



「…飯田さん、此方も当てて構いません」

両手を前に突き出し、手の平を相手に見せて、腰を落とす形は『小川式受手の形』。
麻琴は飯田の攻撃を受けるつもりだ。

「まずは、私が攻撃していいって事?」

構えも何もなく、肩をグルングルン回しながら、
おもむろに近付く飯田の拳が消えた。

---パン!パン!パン!---

左、右、左と出した飯田の瞬速の拳は、全て麻琴の手の平で受け止められる。

飯田の拳と『受手の形』の接触は、シューッと音を立てて
麻琴の手の平から摩擦煙を上げた。
583ハナゲ ◆hANagEBvfs :04/03/03 01:18 ID:/8OhyPFp

「ほう、結構ヤルじゃない」

ビリビリと痺れる飯田のパンチは、手の平に『気』を集めて受けていなければ
最初の一発で粉砕されている。
正に『超人』だ。
だが、見える、受けられる。
長兄の直也の拳は、こんな物ではない。
『受手の形』で前面に突き出す両手の隙間から、
飯田を覗く麻琴の口元は薄く笑う。

スッと前に出る麻琴は、「おっ?」と少し驚きながらも、繰り出す飯田の
拳、膝、肘、を『受手の形』でさばきながら、クルリと体を回転させて
飯田の懐に入り、体を密着させた。

両手を腰に溜めて、『気』を集中させる。

「波ッ!!」

飯田の横腹に当てた『小川式波動拳』は、飯田をドンッと吹き飛ばした。


「今の技、テレビで見た事あるでぇ!」
「すっげー!カメハメ波なのです!」
「今のがカメハメ波ですか」
加護、辻、紺野は「わぁ!」と声を上げる。


歓声を上げるギャラリーに「違います!」と思いつつ、
尻餅を付いた飯田に向かって跳んだ麻琴は、
『小川聖拳』を飯田の胸の真ん中に打ち込んだ。
584ハナゲ ◆hANagEBvfs :04/03/03 01:23 ID:/8OhyPFp

ピシッと音を立てた直突きは、飯田の心臓を一瞬止めた。

これで、飯田の動きは完全に止まる。
後は、顔面に もう一度『小川聖拳』を当てれば勝ちだ。
勿論、寸止めで…

「…なっ!?」

倒れている飯田の右手が、麻琴の袴の裾を掴んで引っ張った。
バランスを崩した麻琴の足首を、飯田は体を起こしながら払う。

飯田と入れ替わるように尻餅を付いたのは麻琴だ。


「立ちな」
クイクイッと人差し指で、起き上がるように促す飯田は、余裕の笑みだ。


「あ‥有り得ない…」

普通の人間なら一撃で肋骨と内臓を破壊する
『小川式波動拳』を渾身の力を込めて打った。

普通の人間なら心臓が破裂する『小川聖拳』を本気で打った。

飯田圭織が『超人』と解かっていたからだ。

だが、本気で打ち込んだ『小川流拳法』は効かなかったのだ。
585ハナゲ ◆hANagEBvfs :04/03/03 01:26 ID:/8OhyPFp

愕然とする麻琴は、祖父龍拳を仰いだ。
無表情の龍拳は無言のままだ。


「鬼拳は、まだ使ってないんだろ?」
上着の革ジャンを脱ぎ捨てた飯田は、黒のタンクトップだ。

「…はい」

「じゃあ、使いな」

仁王立ちする飯田は、麻琴を見据える。

「…いやです」

「なぜ?」

「…人に使った事が有りません」

「じゃあ、丁度良い、私に試してみな」


「…お爺様」
麻琴は再度、龍拳を仰ぎ見る。
勿論、試合を中止させる為だ。

586ハナゲ ◆hANagEBvfs :04/03/03 01:30 ID:/8OhyPFp

「…麻琴よ、やって差し上げなさい」

「お爺様!私に人を殺せと、おっしゃるのですか!?」

「言うては無い、これ以上無理と判断したら、ワシが止める」

「でも、鬼術の解呪に自信が有りません…解呪は術者にしか出来ません」

「と、言う事じゃが…飯田さん、どうじゃ?」
龍拳は飯田に任せた。

「構いません」

「うむ、麻琴よ、決まりじゃ」

「……分かりました…」

何となく緊迫した場面に、吉澤を除くギャラリー全員がゴクリと唾を飲み込んだ。


587ハナゲ ◆hANagEBvfs :04/03/03 01:32 ID:/8OhyPFp


小川麻琴は目を閉じて、両手を前に印を結ぶ。

「小・川・鬼・乗・手・超・捻・転」

麻琴の手の甲に梵字が浮かぶ。
ギュッと握った右拳を前に、スッと構えるは、『鬼拳超捻転』の形。

「…受けたら『参った』と、言ってください」

「参ったらな」

構えたまま腰を落とす麻琴の両足の指が、床を噛むようにキリキリと食い込む。

「行きます」
言うと同時に、ドンッ!と来た。

避ける間も無く(勿論、飯田は避ける気は無いが)、3メートルの距離を
一気に縮め、梵字の拳は飯田の腹のド真ん中に叩き込まれた。

何かが腹から背中に突き抜ける感覚の後に襲い来る悪寒…
ギリリと腹に食い込む、麻琴の拳に浮かび上がった梵字は、
溶けるように飯田の腹の中に送り込まれた。

588ハナゲ ◆hANagEBvfs :04/03/03 01:33 ID:/8OhyPFp

「これが『鬼拳超捻転』、貴女の内臓は掻き回され、破壊されます」

「…ふーん」
冷や汗さえかかず自分の腹を擦る、飯田の顔には苦悶の表情は無い。

「や、やせ我慢はやめて、参ったと言ってください」

「…言わない」
ニッと歯を見せた飯田は、麻琴の襟を掴むと、そのまま背負い放り投げた。


どんな体勢からも、体を捻って猫のように着地する『小川式受身』で
ヒラリと床に身を置いた、麻琴の顔面に剛拳が飛ぶ。

「……ぁぁ」
寸止めされた、飯田のパンチは小川麻琴に死の恐怖を与えた。

当たれば、確実に死ぬ。

スイカのように吹き飛ぶ、自分の顔が見えたのだ。

ゴクリと喉が鳴る。
「…ま、参りました」

顔から冷や汗を垂らしたのは、麻琴の方だった…